親父の花嫁



川原三郎は最低の男だ。
顔は細面でまあまあ良く、長身でスラッとしている。
いわゆるイケ面の部類に属する。
しかし如何せん、性格がだらしない。
働きもせず、女の稼ぎでその日暮らしをする。
いわゆる紐タイプなのだ。
父一人子一人の環境で育った彼は中学までは勉強はともかく優しくて思いやりのある人間だった。
母親は三郎を産んで産後の肥立ちが悪く亡くなったらしい。
母親がいない分、三郎と父親の繋がりは強かった。
しかし、高校で悪い仲間ができたのがきっかけで、三郎の人生がおかしな方向に向かってしまう。
父親が夜遅くまで働いていて誰もいない彼の家は格好のたまり場だった。
父親の姿がなければ誰かが三郎の家にいた。
三郎は父親に対して申し訳のなさを感じながらも、一方では意味のない反抗心から悪い仲間との交遊を断とうとしなかった。
また、高校から急に身長が伸び、見た目が良くなったことも三郎にとっては決していいことではなかった。
女にだらしなくなったのだ。
知り合った女性とは必ず寝た。
その中には水商売の女もいた。
初めて水商売の女と仲良くなったときに、女に食わせてもらう気楽さを味わった。
それからは女に愛想をつかされて追い出されると次の女を探した。
女に依存することでここまで生きてきた。
幼少のころ母親の暖かさを知らずに育ち、出会う女に母親の暖かさを求めていたのかもしれない。
しかし、彼のだらしなさはそんなことを考えても救い難いもののように思えた。

今は小さなスナックで知り合ったホステスの亜沙美の部屋に厄介になっている。
もちろん三郎は働きもせず、亜沙美の稼ぎで食わせてもらっている。

亜沙美のお腹には三郎との子供が宿っている。
亜沙美がいくら避妊の協力を頼んでも応じなかった三郎のせいもある。
また、妊娠という事実をつきつけて、三郎との結婚を実現しようとした亜沙美の浅はかな考えがあったのも否めない。
しかし、妊娠という事実の前であっても三郎は結婚には応じなかった。
三郎にすると厄介な状況になれば、次の女に逃げようという考えがあったのだ。
それでも逃げなかったのは、亜沙美といると無条件に落ち着くからだ。


妊娠も8ヶ月に入り、いよいよ出産間近になっていた。
この時期になっても三郎と亜沙美は単なる同棲状態から変化することはなかった。
それでも亜沙美はスナックに働きに出ていた。
三郎が甲斐性なしのせいというのもあるが、店の事情もある。
亜沙美が働いているスナックはママと亜沙美の二人で経営している店だ。
客は10人も入れば満席になる狭いスペースしかない。
けれども、亜沙美に休まれたら客の接待も満足にできなくなる。
必然的に店の売上も確実に落ちてしまう。
お腹が大きい状態でも意外と亜沙美の人気は高いのだ。


8月24日 4:27


「おい、抱かせろや」
亜沙美が明け方スナックから帰って来ると目を覚ました三郎が迫ってきた。
「嫌よ、疲れてそんな気になれないの」
「何言ってんだよ、亭主の言うことが聞けねえのかよ」
「亭主って何よ。別に結婚もしてないし、女を養ってくれる甲斐性もないくせに」
「何だと。女のくせに生意気なことを言いやがって」
三郎は力ずくで亜沙美を抱こうとした。
「いや、やめてよ」
亜沙美が抵抗したため、半分寝ぼけていた三郎はバランスを崩した。
そして、二人で折り重なるように倒れた。

「いてててて」
気がついたとき三郎はお腹に痛みを感じた。
三郎は自分のお腹に手をやった。
何だか随分出ている。
(何だ、これは?)
目の前に三郎の姿をした男がニタニタと笑ってこっちを見ている。
「へえ、あたしとサブちゃんが入れ替わっちゃったんだ」
この時点になって初めて三郎は自分の身体を見た。
さっきまで亜沙美が着ていたピンクのドレスと白いカーディガンを着ていた。
顔にまとわりつく長い髪が鬱陶しい。
どうやら三郎の姿をした男が言ったことは本当らしい。
となると、三郎の身体には亜沙美が入っているのだろう。
つまり、三郎と亜沙美は身体が入れ替わったらしい。
「何がどうなったんだよ」
「さあ?あたしにも分かんないわよ。あたしが嫌がってるのにあんたが無理やり抱こうとした罰じゃない?」
「こんなの困る。元に戻ろうぜ」
「いいけど、どうやって?」
「分からんけど、もう一回二人で倒れれば元に戻るかもしれないぜ」
「嫌よ、痛いもの。それにちょっとの間くらいあたしになってあたしの苦労を知るのもいいんじゃない」
「そんな無責任なこと言うなよ」
「何言ってんのよ。無責任はあんたじゃない、いつだってぐうたらぐうたらしてるくせに」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう」
「じゃあ、どうするのよ?」
「そんなこと、俺にも分かんないよ」
三郎は泣き出した。
「大の男が情けないわね。もっとシャキッとしてよ。とりあえずドレスを脱いだら」
三郎はのろのろ立ち上がり、羽織っていたカーディガンを脱いだ。
肩にかかった細い肩紐が艶かしい。
「意外とあたしの身体って艶っぽいのね」
亜沙美は三郎の肩に触れた。
「やめろよ、気持ち悪い」
「今まであたしがいくらやめてって言ってもサブちゃんは無理やりやったわよね。今日はあたしがサブちゃんを犯してあ・げ・る」
亜沙美は三郎の乳房をドレスの上から掴んだ。
「痛い!」
「痛いでしょ?でもサブちゃんは何度言っても無理やり胸を掴んだりするんだよね?」
「悪かった。もうしないから」
「"もうしない"って何よ。"もうできない"の間違いでしょ?だってサブちゃんがされる立場なんだから」
亜沙美はドレスの下に右手を潜り込ませて三郎の乳房を優しく揉んだ。
「どう?気持ちいいでしょ。気持ちよかったら声を出してもいいのよ」
亜沙美は自分の身体になった三郎をいたぶった。
三郎は初めて経験する感覚にとまどっていた。
「どう?立っていられないんじゃない?横になってもいいのよ」
亜沙美のその言葉に三郎は布団に横になろうとした。
亜沙美は左腕で三郎の身体を支えてやった。
「やっぱり男の人の力ってすごいね。左腕だけであたしの身体を支えることができるんだ」
亜沙美は右手で三郎の乳房を揉みながら、左手で肩から肩紐をずらした。
「えへへへ、何かすごくドキドキするね」
亜沙美はこの状況を楽しんでいた。
三郎は戸惑いながらも、快感に身を任せていた。
亜沙美は三郎のドレスをずらし、乳房を覆っていたブラジャーを取った。
「あっ」
三郎は思わず両手で胸を隠した。
「サブちゃんったら何を恥ずかしがっているの?まるで処女みたいね」
亜沙美は優しく三郎が乳房の上に置いている手をどけた。
そして胸に顔を近づけて、舌の先で乳首を押すようにした。
「…んっ………」
三郎の身体がビクンと反応した。
「どう?あたしはこうされるのが好きだったんだけど、サブちゃんも同じみたいね。身体はあたしのなんだから当たり前かしら」

亜沙美は執拗に乳首を攻撃した。
乳首が亜沙美のウィークポイントなのだ。
三郎は亜沙美にいいように弄ばれていた。
「あたしのおチンチン、大きくなっちゃった」
亜沙美は三郎の手をとって、亜沙美の股間に持っていった。
三郎は元の自分のペニスの感触に驚き、さっと手を引っ込めた。
「サブちゃんって、元の自分の物なのに面白い反応するのね。本当に処女を相手にしてるみたいだわ」
亜沙美はこの状態が楽しくなってきた。
三郎が亜沙美を無理やり抱きたい気持ちが理解できた。
このままの状態でもいいかなと考え始めていた。
亜沙美は三郎のドレスの裾を捲り上げた。
亜沙美は三郎のショーツの上から股間の溝に沿って激しく擦った。
「……ん……んん……ん……ん……ん…」
三郎は股間から全身に広げる快感に翻弄されていた。
「…やめろ……おかしくなる……」
三郎がそう言うと、亜沙美は急に手を離した。
「やめろっていうからやめてあげたわよ。これでいいの?」
三郎は急に快感を奪われて、火照った身体をどうしていいのか分からなかった。
亜沙美がそばで勝ち誇ったような顔をして、三郎を見ていた。
「…もっと……してほしい……」
三郎は屈辱に耐え、気持ちのままを言った。
「えっ、なに?よく聞こえないんだけど」
亜沙美はニタニタ笑っていた。
「俺の……を触ってくれ」
「サブちゃんは女の子なんだから俺じゃなくって"あたし"っていわなきゃ。あ・た・し。ほら、言ってごらん」
「あたしの……を触ってくれ」
「もう!触ってくれじゃなくてもっと女の子らしく言ってよ。今度ちゃんと言わないと、やってあげないからね」
「あたしの…オマンコを…触ってください」
「はい、よく言えました。これからはしてほしいことがあったら、ちゃんと言ってね。でないと、ちゃんとしてあげられないからね」
亜沙美は三郎のショーツを取った。
そのころまでにショーツの股間部分はおしっこをもらしたかのようにグショグショに濡れていた。
「それじゃちゃんと説明しながら触ってあげるね。ここが外陰唇」
亜沙美は三郎の股間を大きく触った。
「そしてここが内陰唇ね」
「…ん……んんん…んん…
「サブちゃんったら、気持ち良かったら、もっと大きな声を出してもいいのよ、お隣に聞こえるけどね」
三郎は触られるたびに快感に翻弄されていた。
「で、これが陰核。普通クリトリスって呼んでるところね。ここはいきなり強く触ると痛いから、これくらい優しく触ると」
「…あああ……いい……」
三郎は大きな声をあげた。
「ねっ、いいでしょ?もっと触ってあげようか?」
「ぁ…やめろ……おかしくなってしまう…」
「そうなの?だったら触んない」
「えっ……触って…ほしい……です」
「そうならそうとさっさと言えばいいじゃない。本当に手間がかかるわね」
亜沙美は溝に沿って、何度も何度も指を上下させた。
「…ぁ…すごっ…い……ぁ…ぁあ……ん…ん…ん…ん…」
「どう?気持ちいい?」
「…ん…んん…ん…ん…気持ち…い…い……ん…ん…ん…ん…」
「今度はどうされたい」
「…入れて…欲し……い……」
「何を?」
「…お前…のチンポを…あたしの…オマ…ンコに…入れて…欲しい……」
「もうサブちゃんったら。よくそんな恥ずかしいことが言えるわね。女になってまだちょっとしか経ってないのにサブちゃんって女の子の方が合ってるんじゃない?それじゃ恥ずかしいことを言ったご褒美をあげるわね。サブちゃん、四つん這いになってくれる?」
三郎は言われるままに四つん這いになった。
「お腹が大きいんで、正常位は難しいから後ろから行くわね」
三郎は自分のオマンコに異物が入ってくるのを感じた。
被挿入感。
何とも不思議な感じだ。
特に気持ちいいわけではない。
股間に心臓があるようにドクンドクンしているのを感じる。
「へぇ、あたしの中ってこんなふうに感じるんだ。結構気持ちいいわね」
亜沙美は男の立場を心から楽しんでいた。
「じゃっ、動くわよ」
亜沙美が動き出した。
三郎は急激に快感に襲われた。
乳首の愛撫とは違う身体の中心から湧き出してくるような快感だった。
『パンッパンッパンッパンッパンッパンッパンッ……』
亜沙美が三郎にぶつけてくる音が部屋中に響いている。
三郎は何も考えることはできなかった。
亜沙美も男の快感に流されていた。
「ああああ、出ちゃう」
亜沙美が叫ぶと同時に、三郎の中に大量の精液が放たれたのを感じた。
熱いものが身体の中に放たれたことを感じながら、三郎も絶頂を迎えた。

亜沙美が三郎の中からペニスを抜くと、二人は横に並んで仰向けに寝ころんだ。
「はぁぁ、男の人の感じって一気に来て爆発するって感じね。すごかったわ」
亜沙美は三郎に向かって言ったが、三郎はまだ快感の波にもまれていた。
「まだサブちゃんは余韻に浸っているみたいね、女の快感はずっと残るでしょ?」
三郎は声を発することができず、ただただうなずくだけだった。
男の快感を知った亜沙美は元の身体に戻る気はほとんどなくなっていた。


8月24日 7:15


二人が寝ていると、三郎の携帯がメールの着信を告げた。
亜沙美が携帯を取った。
「『サブちゃん、会いたいな 由美』だって。誰よ、由美って」
「……」
「言いたくないなら言わなくたっていいわよ、由美って娘に聞くから」
「ちょっと前から時々遊んでいる女だよ」
「ちょっと前って?」
「3ヶ月ほど前」
「ふ〜ん、あたしに食わせてもらってるくせに自分だけ楽しいことしてるんだ」
「……」
「それじゃ今日はこういう状態だし、あたしが代わりに行ってあげるね」
亜沙美は返信した。
「『俺も会いたいよ』。待合せ場所って決まってるの?」
「駅前の青山っていう喫茶店」
「ふ〜ん、じゃあ『いつもの喫茶店で待ってる』と。これでいいわね」
早速亜沙美は三郎として返信し、デートの約束をとりつけた。


8月24日 8:56


亜沙美は由美の待つ喫茶店に行った。
由美が誰だかすぐに分かった。
亜沙美が店に入ると大きく手を振ったからだ。
由美は亜沙美と同じようなタイプだった。
背が小さくて、童顔で、笑顔が可愛くて。
亜沙美は由美の買い物に付き合った。
今日の三郎は中身が女性だから買い物に対して由美と同じように楽しんだ。
亜沙美は無意識のうちにすれ違う女を見てしまっていた。
それは同性としてではなく、男として女を見ていた。
そんな視線に気がついた女のほとんどは無視していたが、稀にいかにも誘っているかのように好意的な視線を返してくれる女もいた。
そんなとき亜沙美の股間の物が大きくなった。
隣にいる由美は大抵気がついて肘で突かれるのだが。
買い物が終わると由美の部屋に行っての食事だ。
これはお決まりのコースなのだろう。
当たり前のように由美は行動していた。
そして食事が終わればセックス。
亜沙美は女が感じるところを優しく攻めた。
由美のオマンコは亜沙美のよりグロテスクに見えた。
しかし挿入すると亜沙美のペニスにビタッと張り付く感じで、締め付けもきつかった。
亜沙美は今朝のセックスよりずっと気持ちよかった。
(あたしのより気持ちいい。セックスの相性ってあるのね)
快感の果てに由美の中に出してしまって亜沙美はそんなことを考えていた。
「今日のサブちゃん、いつもよりずっと優しい。あたし、また好きになっちゃった」
由美はそんなことを言いながら、亜沙美のペニスを口で銜えた。
(あああ、気持ち良い。とろけてしまいそうってこういうことを言うのね)
亜沙美はこのまま三郎のままでいようと考えていた。
そのためにはどうすればいいのか?
とにかく三郎と離れた方がいいと考えた。


8月24日 15:04


亜沙美は三郎の待つ部屋に戻った。
だらしなく寝ている元の自分の身体がいる。
百年の恋も冷めるとはまさにこのことだ。
亜沙美は自分の決心をさらに確かなものにした。
「由美ちゃんって可愛いわね。あたし、由美ちゃんのセックスにはまっちゃいそう。このまま由美ちゃんのところに行っちゃおうかな?」
亜沙美は本心を隠しながら三郎を牽制した。
「俺はどうなるんだよ?」
「知らないわよ、そんなの。元々サブちゃんだってあたしに飽きたらどこかに消えようっていう魂胆だったんでしょ、どうせ」
「俺はこんな身体のままでいるの、やだよ」
「こんな身体で悪かったわね、そんなにあたしのことがいやならさっさと出て行くから」
「俺の身体のまま出て行かないでくれよ」
「いやよ、もう決めた。すぐ出ていくから」
「そんなぁ…。どうしたらいてくれるんだよぉ」
「う〜ん、そうねぇ。フェラチオでもしてもらおうかしら?」
「フェ……フェラチオ?」
「由美ちゃんのフェラチオってすっごく上手じゃない。彼女よりうまかったら、いてあげてもいいわよ」
三郎は亜沙美の理不尽な要求にも応じざるを得なかった。
三郎は亜沙美のズボンのベルトを緩め、留めてあるボタンを外した。
ジーパンを少し下ろし、パンツも下ろした。
目の前に見慣れているはずのペニスが現われた。
(俺のチンコってこんなにグロいもんだったのかよ)
三郎は亜沙美のペニスに触れた。
うっすらと由美の口紅の痕がついている。
なぜかジェラシーが湧いてきた。
三郎は由美に張り合うかのようにペニスを口に銜えた。
舌で一生懸命に刺激を与えた。
袋も一生懸命に舐めた。
唇を窄めて頭を激しく揺すった。
亜沙美のペニスから精液が放出された。
三郎は覚悟を決めて亜沙美が出したものを飲み込んだ。
うまいものではなかった。
「何かすっごく暴力的なフェラチオだったわね。こんなんじゃ由美ちゃんの圧勝ね」
「でもお前は気持ちがいいから出したんだろ?」
「気持ち良くって出したというよりも、無理やり出さされたって感じね。全然愛が感じられなかったわ。それじゃ、約束通り、出て行くから。じゃあね、さ・よ・な・ら」
「ホントに出て行くのか?」
「さっきからそう言ってるじゃない。もうあなたの前には現れないわ。あたしはもう川原三郎として生きていくことに決めたから。あなたは上原亜沙美として好きに生きていってくれていいわよ。何だったら、いい男を見つけて、玉の輿でも目指してみたらいいんじゃない?」
「そんな…。捨てないでくれよ」
「無駄よ。今までどれだけ好き勝手やってたと思ってるのよ。それじゃ、これがホントに最後だからね」
亜沙美は三郎の姿のまま出ていった。
由美のところに行ったのだ。
亜沙美は本当に三郎として生きていくつもりなのだろう。
そうなると、このまま亜沙美として生きていくしかないのか。
女として、母親として、生きていけるのだろうか。
ひとり残された三郎は大きなお腹を抱えて途方にくれた。


8月24日 16:51


入れ替わって半日しか経っていないが、三郎は亜沙美に捨てられ、独りぼっちになった。
三郎は慣れない女として生きていかなければならないのだ。
もしかすると亜沙美が何事もなかったかのように戻ってくるかもしれない。
しかし、そんなことはほとんどないような予感があった。
かなりの確率で、亜沙美として生きていくしかないのだと思っていた。
とりあえず今は亜沙美として振舞うしかない。
三郎はそう考え、気持ちを切り替えて亜沙美のスナックに働きに出た。

亜沙美と出会った店なので、亜沙美が店でどういう仕事をしていたかは分かっている。
三郎は言動に注意しながら無難に亜沙美として仕事をしていた。
しかしママにはいつもと違うことを見破られた。
三郎は「サブちゃんが出て行っちゃったの」とだけ話した。
ママはそれ以上のことは追及しないでいてくれた。
それにしてもお腹が大きいことがこんなに大変なことだとは思わなかった。
三郎は自分の身勝手さを心の中で詫びた。
元々は心根の優しい男なのだ。

(えっ、親父…)
もうすぐ0時になろうかというタイミングでやってきた客を見て驚いた。
三郎の父親の次郎だったのだ。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
三郎は動揺を抑えて言った。
「ビールとおつまみを適当に」
次郎は無愛想に注文した。
三郎は冷蔵庫からビールとコップを取り出し、次郎の前にコップを置いた。
「どうぞ」
次郎がコップを手に取るのを待って、三郎はコップにビールを注いだ。
次郎は黙って一気にコップに注がれたビールを飲んだ。
「お強いんですね」
三郎はもう一杯注いでビール瓶を次郎の前に置いた。
「ママ、冷蔵庫にある物、使っていい?」
「いいわよ。何か作るの?」
「うん、ちょっとね」
三郎は手早く鯵みりんの一夜干し、茄子の水煮、小松菜と薄揚の煮物を作り、次郎の前に置いた。
どれも次郎の好物だ。
次郎はびっくりしたように三郎のことを見ていた。
次郎は目の前に出された物に箸を伸ばした。
「うまい!」
次郎は何か言いたげに三郎の方を見ていた。
三郎は次郎のところに行った。
「何かご注文ですか?」
「いや、そうじゃないんだが。お任せで出してもらったのは全部私の好物ばかりだったんだ。どうして分かったのか不思議なんだよ」
「別に理由はありません。私の父と同世代の方だとお見受けしましたので、父が好きだった物をお出ししたんですけど、お気に召しませんでした?」
「いいや、そんなことはないよ。とっても美味しいよ」
それはそうだ。
幼いころから三郎が毎日食事の支度をし、父の味の好みは熟知していたのだから。

「亜沙美ちゃん、ちょっとあちらのお客様のお相手頼めるかしら?」
「ええ、いいわよ」
三郎は別の客の相手をしに行った。
代わりに次郎の前にママがやってきた。
「亜沙美ちゃんって言うんだ、彼女」
次郎は近づいてきたママに言った。
「お客さん、この店は初めて?」
「隣町に住んでるんだけどね、この辺はあまり来る機会がなかったもので」
「それじゃあ、今日はたまたまこっちへ?」
「バカ息子がこの辺りにいるって噂で聞いてね」
「息子さんがいらっしゃるの?」
「ああ、いることはいるんだが…。もう5年以上も顔を見てないんだ」
「そうなの?でも、どこかで元気にやってるんじゃないの」
「そうは思ってるんだけどね。どちらかと言えば、あまり行いの良いと言えない息子なんで、他人様にご迷惑をかけてないか心配でね」
「きっと大丈夫なんじゃないかな。生きていくためには、いつまでも馬鹿やってる場合じゃないでしょ?」
「そりゃそうなんだが…。もう息子のことは忘れて、私は私で生きていくかな…」
「そのほうがいいわよ。たまにはうちにも来てよ。これからよろしくね」
「こちらこそ」

「ところで、お客さん、亜沙美ちゃんと知り合いなの?」
「いいや。でも、彼女、いい娘だね」
「そうなのよ。とってもいい娘なのに馬鹿な男に掴まっちゃって。でも今日その男が出て行ったんだって。出て行って良かったって私は思うけど、亜沙美ちゃんはちょっと落ち込んじゃってるみたいなのよ」
「馬鹿みたいな男でも彼女にとってはいい男だったんだろうな。男と女は傍から見てても分かんないからね」
「でもその亜沙美ちゃんがお客さんがお店に来てから何か張り切っちゃってるみたいだから知り合いなのかなって思ったんだけど」
「彼女みたいな可愛い女性と知り合ったら絶対忘れないよ」
「じゃ、また亜沙美ちゃんに来てもらうから、そのときは悩みでも聞いてあげてよ」

ママが次郎の前を離れた。
次郎は何も言わず黙々と目の前の惣菜とビールを飲んでいた。
三郎はひとりで飲んでいる次郎のことが気になっていた。
ビールの瓶が空になりそうなのを見て次郎のところに行った。
その姿を横目で見ながら「やっぱり何かあるわね、あの二人」と呟いていた。
ビール瓶が空になると、三郎は日本酒を冷やで出した。
「どうぞ」
「あっ、ありがとう」
どうしてこんなに自分の好みを知っているのか不思議だった。
次郎はいつもビールに飽きると、日本酒を冷やで飲んでいたのだ。
(もしかしたら女房の生まれ変わりかもしれないな)
そう考え、次郎は深く追及しないことにした。

「ところで、ママに聞いたんだけど、彼氏が出て行ったんだって」
「えっ!」
三郎は驚いてママのほうを見た。
ママはニコニコと笑顔を返すだけだ。
余計なことを言いやがって。
そう思ったが、そんなことを口に出すわけにはいかない。
「そうなんですよ。ちょっと喧嘩しちゃって」
「いくら喧嘩したからといっても、身重の妻を放っておくわけにはいかないだろう」
「そうですよね。きっと帰ってきますよね…」
そう言ったときに、どういうわけか涙が溢れてきた。
「ごめんなさい。お客様の前で泣くなんて」
「私こそすまなかった。嫌なことを思い出させて」
「いいんです。もしもひとりになっても、産まれてくる子供は私が育てますから」
それきり、二人の会話は途絶えてしまった。


8月25日 1:15


終電もなくなり、店の中にはママと三郎と次郎の3人になった。
3人で酒を飲みながら、話をしていた。
決してさっきの話題には触れなかった。
取り留めのない話をして、時間だけが過ぎていった。
三郎にとっては久しぶりの父親の傍は居心地が良かった。
亜沙美になったことで不要な反抗心もなくなり、素直に自分を出せた。
三郎は次郎の横で座って、いつの間にか眠ってしまった。

「あらっ、亜沙美ちゃん、寝ちゃったのね。今日は何かとあって疲れてたのかもしれないわね」
「じゃあ、そろそろ帰るよ。お愛想を」
「いいわよ、今日はの亜沙美ちゃんを元気づけてくれたみたいだし」
「そんなの悪いよ。私の方こそ久しぶりに楽しい酒を飲めたんだから」
「それじゃ2000円だけいただいていいかしら?」
「じゃ、はい、2000円」
「あとひとつお願いしていいかしら?」
「この娘、送ってくださらない?こんなに幸せそうな顔して寝てると起こすのも悪くって。女の力だと無理でしょ?」
「いいけど、家なんか知らないよ」
「この店の裏の賃貸だから歩いて1分もかかんないところ。私も店を締めて一緒に行くから」
「ああ、分かったよ。それじゃ、連れて行くよ」
次郎はママが店の後片付けをしているのを待った。
次郎は亜沙美を抱きかかえて店を出た。
亜沙美の家は本当にすぐだった。
ママが布団を敷くと、次郎はゆっくりと亜沙美を下ろした。
「それじゃ、私はこれで」
次郎は帰ろうとした。
「もう少しだけ亜沙美ちゃんにつき合ってあげてよ。あなたとこの子、何かあるんでしょ?」
「いや、何もないよ」
「まあそんなに隠さなくてもいいじゃないの。男と女の子とは傍から見てても分かんないんでしょ?」
次郎としても亜沙美という女性に興味があった。
ママの言葉にしたがう振りをして、渋々残ることにした。

「それじゃ、あとはよろしくね」
ママは意味深なウインクを残して帰って行った。


8月25日 3:11


浅い眠りの中で三郎は父の匂いを感じていた。
少し加齢臭が加わったが、懐かしい父の匂いに包まれていることで安心して眠っていた。

次郎は自分の腕を枕にして眠っている女性を前に不思議な感覚にとらわれていた。
今日初めて会ったのにこの愛おしさは何なんだろうかと。
女性の手が次郎の股間に来た。
そう言えば三郎もすぐに俺の股間に手をやっていたな。
さすがに自分の息子に触られてもペニスの形状に変化は起こらなかったが、今手を伸ばしているのは若い女性だ。
40代半ばの次郎にとっては興奮するには十分の状況だった。
当然のように大きくなっていった。

三郎は夢の中で父と一緒に寝ていた。
自分は幼いころの姿だった。
幼い三郎は父のおチンチンを触って寝るのが好きだった。
柔らかいおチンチンを触っていると父の存在を実感でき、何となく安心できた。
母の存在を自らの手で実感できなかったこともあるのかもしれない。
いつもはフニャフニャのままのおチンチンが少しずつ大きくなってきた。
(親父の奴、何、興奮してんだよ)
三郎は半分夢の中にいながらも、今自分の手で感じていることが現実の出来事だと覚った。
さらに今亜沙美の姿だったことも思い出した。

「あっ、ごめん」
三郎は慌てて手をひっこめた。
次郎はじっと三郎の顔を見ている。
三郎はなぜか目蓋を閉じてしまった。
(何してんだよ、俺。キスを待ってるみたいじゃないか)
次郎の息を感じたかと思うと、三郎の唇に次郎の唇が重なった。
(親父にキスされちまった)
しかしなぜか嫌な感じはしない。
三郎は両腕を次郎の背中に回した。
次郎は三郎の反応により自分の気持ちが受入れられたと思った。
(あっ、胸を触られてる)
三郎は次郎の手が乳房に伸びてきたのを感じた。
恐るおそるという感じで触っているのが可愛いと思う自分に少し驚いた。
亜沙美に犯られた時と違って全然性急すぎない愛撫に居心地の良さを感じた。

次郎の愛撫に身を任せているといつの間にか全裸にされていた。
三郎のお腹が大きく正常位で入れることができないため、腰の下に座布団らしきものが置かれた。
仰向けのまま腰を持ち上げられ、三郎の腰が少し浮いたような形になった。
次郎は膝で立っているような体勢をとり、三郎の股間に次郎のペニスが当てられた。
少しずつ入ってきた。
次郎のペニスは三郎ほど硬くなかった。
(なんかいい…)
何だかとっても優しい気持ちになれた。
亜沙美の時とは違う感覚だった。
次郎は腰を前後に動かした。
一定のリズムでゆっくりゆっくり突かれた。
(ああ、本当にすごくいい)
三郎はゆっくりと、しかし確実に昇ってくる快感に身を任せていた。
決して短くない時間の後、次郎が自分の中で放出したのを感じた。
三郎は性的な快感とともに暖かい幸福感に包まれていた。

「すまなかった」
(やるだけやって謝るなよ、女の立場がないじゃないか)
三郎はそう思ったが、あえて黙っていた。
「今日会って寝込みを襲うみたいになったが、決して欲望のままに動いたわけじゃないんだ。この歳でこんなことを言うのも恥ずかしいんだが、私はあなたのことを好きになったんだ。出会って数時間しか経ってないし、自分の子供と大して変わらないんだが、これだけは言える。私は真面目にあなたのことを愛している」
次郎はそこで一息おいた。
「あなたはもうお腹の子の父親は帰ってこないように考えてるんだろう?それじゃ、私がその子の父親になれないだろうか?」
「そんな…。悪いです」
「私のことは嫌いか?」
「そんなこと、ないですけど…」
「年齢差が気になるか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「それじゃその子の父親にならせてほしい」
次郎のその言葉に三郎はなぜか涙が出てきた。
(何泣いてんだよ、俺は)
そう思うのだが、涙が止まらない。
次郎は三郎を見て返事を待った。
「お返事する前に話しておかないといけないことがあります」
三郎は何とか言葉を絞り出した。
「実はお腹の父親は三郎さんなんです」
次郎は一瞬言葉の意味が理解できなかった。
しかしすぐに三郎の言葉の意味が分かった。
「お腹の父親は私の息子だというのか!」
三郎は黙って肯いた。
「バカ息子を見つけて、あなたと一緒にさせる!」
次郎は立ち上がって、そう叫んだ。
「それはいいの。もう三郎さんとは別れたから。その代わり…」
三郎は次郎に唇を押しつけた。
次郎は無抵抗にキスされていた。
長いキスの後、また沈黙がおとずれた。
その沈黙を破ったのは次郎だった。
「…私でいいのか?」
三郎はその言葉に無意識のうちに肯いていた。
何度も何度も肯いた。
肯くとさらに涙が流れて、しゃくり上げて泣き出した。
三郎自身にも何がどうなっているのか分からなかった。
自分の中の何かが壊れてしまったかのようだ。
次郎はそんな三郎を優しく抱きしめていた。
「私を大切にしてくれる?」
「ああ、もちろんだよ」
三郎は自分が子供のころのような安心感に包まれていた。


8月25日 11:42


三郎はママに電話した。
「あっ、ママ。おはようございます」
「亜沙美ちゃん?どうしたの、こんな時間に?」
「えぇ、実は…」
三郎はどう言えばいいのか分からず、少し言いよどんだ。
「どうしたの?」
「実は昨日のお客さんに結婚を申し込まれちゃって」
「やっぱりね。何かあると思ってたのよ、わたしは。で、どうするの?」
「歳が離れてるけど、結婚してもいいかなぁって」
「何言ってんのよ、そういう言い方をするのは受けたんでしょ?」
「ええ」
「何も恥ずかしがることはないじゃない。分かったわ、それじゃ今日お店で結婚式を挙げましょう。わたしが段取りしてあげるから」
「ありがとう、ママ」
「ただし、これからもお店を手伝ってね」
「分かってるわ」
三郎が電話を切ると、そばに次郎が立っていた。
「ママがね、お店で結婚式しようだって」
「亜沙美のウェディングドレス姿は綺麗だろうな」
(もう呼び捨てしてやんの)
三郎は次郎の言葉にそう思った。
「私のこと、名前で呼んでくれるの?私は何て呼べばいいの?」
「亜沙美の呼びやすいように呼んでくれたらいいよ」
「じゃあ、パパでいい?」
「パパか?本当に父親みたいな年齢だから親娘みたいだな」
「ダメ?だってお腹の赤ちゃんの父親になってくれるんでしょ?だったらパパでいいでしょ?」
「だったら亜沙美のことはママと呼んだ方がいいのかな?」
「赤ちゃんが産まれてから考えましょ、ね?」
次郎は三郎を抱きしめてキスをした。


8月25日 20:59


次郎と三郎は結婚式を挙げた。
結婚式と言ってもスナックでの形ばかりのものだろうと思っていたのだが、期待以上のものだった。
たくさんの常連のお客さんが集まってくれ、とてもいい式になったのだ。
きっとママが電話しまくってくれたんだろう。
また、ママが準備してくれたウェディングドレスはマタニティでも大丈夫なものだった。
三郎はママの心遣いが嬉しかった。
「ママ、本当にありがとうございます」
「亜沙美ちゃんは今まで苦労してきたんだから、ちゃんと幸せになるのよ」
「うん」
ママは次郎の方に向き直った。
「亜沙美ちゃんをよろしくお願いしますね」
ママは次郎に深々とお辞儀をした。
「はい、絶対に幸せにします」
次郎は三郎の肩を抱き寄せ力強く言った。
ウェディングドレスを着た三郎は綺麗だった。
親子ほど歳の差があるが、仲睦まじく見えた。
三郎は大きなお腹を抱えながらも幸せそうな笑顔を振りまいていた。
つい1日半前からは考えられない事態だが、これも運命なのだろう。
三郎はこれまで父に随分と迷惑をかけた。
亜沙美として、妻として、父を支えていけるチャンスに巡り会えたことに感謝していた。

「産まれそう」
急にお腹に強い痛みを感じた。
「あと1〜2ヶ月あったんじゃなかったっけ?」
「おい、車はあるか?」
「救急車の方がいいんじゃないか?」
「病院に電話しろ」
幸せな結婚式は急に騒々しくなった。

「おい、車が来たぞ。すぐに病院に行け」
次郎が三郎を抱きかかえて、車まで運んでくれた。

「ねえ、パパ、ずっと私のそばにいてね」
三郎は次郎の手を強く握った。
「ああ、もちろんだよ」
これまでに見たこともない次郎の笑顔だった。

思いもかけない入れ替わりだった。
でも、そのおかげで、これからの人生は次郎に尽くしてあげることができる。
ただ息子として、ではなく、妻として、になってしまったが…。
でもそのほうがきっと素直に愛情表現ができる。
確信に近いそんな思いを抱きながら、新たな生命を産み落とそうと、三郎は陣痛の痛みと戦っていた。
その痛みは三郎に母親としての自覚を目覚めさせようとしていた。

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」
産声が聞こえた。
その産声を聞くと、三郎の心の中に母としての、女としての喜びが満ちていった。

「元気な男の子を産んでくれてありがとう。3人で幸せになろうな」
「うん」
三郎は素直に肯くことができた。


《完》

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