最適なパートナー



週末の金曜日、吉山信彦は後輩の糸井友則を誘って居酒屋で飲んでいた。
友則に愚痴を聞いてもらうためだ。
「なあ、聞いてくれよ」
「どうしたんすか?今日は最初から荒れてますね?」
「そりゃ荒れるぞ。お前に愚痴っても仕方ないとは思うんだけどな、今日は我慢して聞いてくれ。実は俺の結婚のことなんだけど、俺の結婚は失敗だった。あんなやつと結婚するんじゃなかった…」

信彦と敬子は同じ職場で出会って結婚した。
いわゆる職場結婚というやつだ。
噂では敬子から仕掛けたらしい。
信彦としてはまだまだ結婚するつもりはなかったのだ。
しかし、敬子に誘われるままホテルに入ったのが運のツキだった。
一度の過ちで結婚せざるをえない事態になってしまったのだ。
いわゆる"できちゃった結婚"だ。
敬子からは少しでも早い入籍を迫ってきた。
信彦は誠意を見せて、敬子に言われるまま婚姻届を出した。
そして、二人で新居を構えることにした。
敬子は入籍とともに寿退社し、専業主婦の座におさまったのだった。
渋々ながら結婚という事態になった信彦だったが、それでも結婚したひと月前はそれなりに幸せだった。
それからまだ数週間しか経ってない。
しかし早くも喧嘩したようだ。
「でも先輩たちって結婚してからひと月も経ってなかったですよね?」
「まあな。そもそも俺はあんなやつと結婚するつもりなんかなかったんだ」
「でも先輩の奥さんって美人じゃないですか」
当然友則も敬子の顔は知っている。
十分美人の部類に入る顔だ。
「あの程度の顔なんてざらにいるぜ、今ドキ。一番気に食わないのは妊娠してないくせに妊娠したって嘘をつきやがって結婚させられたことだ」
「えっ、そうなんすか?」
「ああ。昨日家に帰ったらDVD見ながら運動してやがったんだ。だから『そんな運動してお腹の子は大丈夫なのか?』って聞いたら『あらっ、私、妊娠なんかしてないわよ』って言いやがるんだ。『俺はお前が妊娠したって言うから結婚したんだろう』って言うと『それくらい言わないと私と結婚してくれないでしょ?』とぬかしやがって」
「ひどいっすね。でもそれだけ先輩のことを好きだったって思えば…」
「なあ、糸井。結婚ってのは男と女がお互いのことが好きで、お互いのことを信じあえてこそだろ?言わば人生のパートナーなんだ。それなのにパートナーとしてのスタートが嘘で始まってるんだぞ。もうこんな結婚なんて終わりにするしかないだろう」
それから信彦は敬子の悪口ばかりだった。
友則は適当に相槌を打ちながら、黙って信彦の愚痴を聞いていた。
信彦は愚痴をこぼしながら酒のピッチもあがっていった。
やがて信彦は机に突っ伏して眠りだした。
「先輩っ、先輩っ」
友則がいくら身体を揺すっても一向に起きる気配がない。
「仕方ないなあ、こんなに飲んで…。気持ちは分からないでもないけど…」
友則は店の閉店時間まで信彦が目を覚ますのを待った。
しかし信彦は一向に起きる気配はない。
「お客さん、すみませんがもう閉店の時間ですんで」
店の人からそう言われたときには午前0時を回っていた。
友則は仕方なく店の人にタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。
タクシーが来ると、店の人2人に手伝ってもらって信彦をタクシーに押し込んでもらった。
そして友則はそのまま信彦を自宅に連れ帰った。

朝になった。
信彦はひどい頭痛とともに目を覚ました。
(痛たたたたた…)
信彦は頭を押さえながら上半身を起こした。
(昨夜は飲み過ぎたもんなあ)
ふと周りの景色が見慣れたものではないことに気がついた。
信彦は知らないところで寝ていたのだ。
(そういや昨日の晩は途中から全く記憶がないや)
信彦は布団から出て、人の気配がする方へ行った。

「おはようございます、先輩」
そこにいたのは友則だった。
「そっか。俺はお前の厄介になったのか。悪かったな、迷惑かけて」
「そんなこと、別にいいっすよ。それより、はい」
信彦の目の前に水が出された。
少しレモンが入った冷たい水だった。
信彦はその水を一気に飲んだ。
寝ぼけた頭をはっきりさせ、お腹の活動が活発になったようだ。
「サンキュー」
「もうすぐご飯が炊けますから、そこで新聞でも読んで待っててください」
信彦は椅子に座って目の前にある新聞に手を伸ばした。
やがて目の前のテーブルに少しずつ朝食のおかずが並べられた。
「お前、いつもこんなの作ってるのか?」
「えっ、まさか。ひとりだとトーストとか簡単なものですよ」
「うちのやつは結婚してから、朝食なんか作ってもらったことなんてないぞ。というか俺が家を出るときは起きてすらこない」
信彦は味噌汁を飲んだ。
「うまい!糸井って料理うまいんだな」
「そうですか。お口に合ってよかったです」
「玉子焼きか…どれどれ…ふ〜ん、ちょっと甘めなんだ」
「うちの家では味醂を入れるんです」
「へえ、そうなんだ。あんまり甘いのは苦手だけど、これくらいならいいな、おいしいよ」
「どんどんお代わりしてください」
「…結婚したらこういうふうな感じになるもんだと思ってた。女房が朝食を作ってくれて、何かあったかい家庭って感じのイメージだったんだよな。現実は女房はまだ布団の中で、コンビニでおむすびを買って、会社で食べて…。現実ってこんなもんかと思ってた…」
「先輩…」
「ありがとうな、本当に。迷惑かけたのに、朝飯までご馳走になって」
「そんな。別にそういうつもりでやったわけじゃないし」
「とにかくありがとうな」
信彦は何度も礼を言って、帰って行った。

翌週の月曜のことだ。
「糸井、今日も飲みに行かないか?」
「この前、飲みすぎたばかりじゃないですか?」
「そっか…。じゃどっかでメシでも食おう。いつもみたいに呑み屋じゃなくってちょっといいところでコース料理でもどうだ?先週のお礼もかねて。俺がおごるからさ」
「どうしたんですか?今日は機嫌いいみたいですけど」
「それはメシを食いながら話す。だから行こう」
「いいですけど、男二人でですか?」
「変か?」
「男二人で居酒屋はともかくレストランとかって変じゃないですか?」
「そうなのか?」
「何なら今日もうちに来ませんか?」
「おっ、いいね。じゃあ上等な肉でも買ってすき焼きでもやろうぜ」
話はトントン拍子で決まった。

会社が終わり、二人は友則のマンションにやって来た。
手にはすき焼きの材料があった。
友則はスーツから普段着に着替え、エプロンをつけた。
そして買ってきたものを適当な大きさに切って皿に盛った。
テーブルにIH調理器を置いて、その上に鍋を置いた。
「すみません、すき焼き鍋なんて持ってないんで」
「いいよ、別に。それより始めようぜ」
信彦は鍋を加熱し、牛脂を鍋に塗りつけるようにした。
「糸井、お前、割り下を使わないすき焼きって知ってるか?」
「えっ、すき焼きって割り下を使うもんなんでしょ?」
「それが違うんだな。あれだと焼くんじゃなくて、煮る感じだろ?」
「確かにそうですけど」
「本当のすき焼きってのはな、こうするんだ」
そう言いながら鍋の底に牛肉を2枚伸ばしておいた。
そこに砂糖をのせ、醤油をかけた。
そしてさっと焼いてそれを友則に薦めた。
「ほらっ、食ってみろ」
友則はやや疑い気味に、牛肉を卵をつけ、口に運んだ。
「おいしい!」
「だろ?」
信彦は嬉しそうにニヤッと笑った。
「もっと嫌な感じの甘さを想像してたんですけど、すごくおいしいです」
「この方法は三重の松阪の店で知ったんだ。これを知ると、割り下なんかでは食えないぜ。でも牛肉もそれなりの物を買わないといけないんだ。そこが欠点なんだけどな」
その日は信彦が鍋奉行よろしく仕切って食事が進んだ。
「ところで先輩が朝言ってた話ですけど、何かいいことあったんですか?」
「おお、そうだ。実は俺たち離婚したんだ」
「ええっ!どうして?」
「お前の家に泊めてもらって、朝帰りしただろ?あいつ、それを浮気だと思ったんだ」
「そんな!僕が説明しましょうか?」
「いいんだよ。それであいつは離婚するって言いやがったから、離婚しようってことで、今朝区役所に離婚届を出してきた」
「えっ、もう離婚しちゃたんですか?」
「ああ、善は急げって言うだろ?」
「本当にそれでよかったんですか?」
「ああ、敬子は実家に戻っていった。これですっきりした。だから今日は元気だったろ?」
「はい、まあ」
友則はてっきり信彦と敬子が仲直りしたものとばかり思っていたのだが。
まさか離婚だなんて。
しかも離婚の原因が自分の部屋に泊めたことだったことに少なからずショックを受けた。
「お前が気にすることじゃないんだよ」
友則の表情から罪悪感を感じていることは明らかだった。
だから信彦はそう言ったのだ。
「お前が俺を泊めてくれたことは善意からしてくれたことだし、何も悪いことなんかじゃないんだ。俺たち夫婦が、そんなことでさえ、きちんと説明できない関係になってることが一番悪かったんだから」
「でも…」
「とにかく俺はお前に感謝してるんだ」
信彦は立ち上がった。
「糸井、ちょっとトイレ借りるな」
「えっ、あ…、どうぞ」
信彦はトイレに向かった。
途中、洗濯槽に女性の下着が入っているのが見えた。
(昨夜彼女が泊まりに来たのかな?)
そんなことを考えた。

テーブルに戻ったときに、信彦は何気なく聞いてみた。
「なあ糸井、あれ、お前の彼女のか?」
友則は信彦の視線の先のほうを見た。
洗濯槽の中を見られたのだ。
友彦はうろたえた。
「彼女がいるんだったら、そう言ってくれよ。あんまり俺が出入りすると彼女に悪いしな」
しかし友彦からは何の返事も返ってこなかった。
友則は見るからに動揺していた。
信彦と視線を合わせようとしなかったのだ。
「おい糸井、どうしたんだ?」
「いえ…あの…」
「糸井、お前、何か変だぞ。お前の年齢じゃ彼女がいたって当たり前なんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないか」
「いえ、違うんです…」
「違うって?」
「…あれ…僕のなんです」
「えっ?」
信彦は友則の言葉の意味が分からなかった。
こいつ、女の下着が自分のって言ってるのか?
「僕、女性の服装に憧れてて、それで…」
「それはお前が着てるってことなのか?」
「…はい……」
沈黙の時が流れた。

「なあ、糸井が女性になった姿、見せてくれよ」
沈黙を破ったのは信彦だった。

興味本位ではなく真剣だった。
信彦の言葉からからかうような雰囲気が感じられないため、友則は断りづらかった。
「駄目ですよ。人に見せたことがないし」
友則は視線を落としたまま、何とか拒絶の言葉を搾り出した。
「見たいんだよ、俺は。糸井だったら絶対綺麗になると思うし、見てみたいんだ」
友則は恐るおそる顔をあげた。
信彦の真剣な視線が友則の眼を捕らえた。
友則は慌てて信彦から顔をそむけた。
「頼む」
再び顔をあげると信彦が土下座のように机に顔をつけるようにしていた。
「どうしてそこまでするんですか?」
「だから見たいんだよ。それだけだ」
「だからどうして?普通、男が女装してるなんて気持ち悪いとしか思わないでしょ?」
「確かにそうだ。見ずに帰ったら、俺もそうとしか思わないだろう。だから今見ておきたいんだ、お前の女装を。お前の綺麗になった姿を」
信彦が言わんとすることが何となく分かるような気がした。
「…分かりました。ただし少しだけですよ」
結局友則は信彦の前で女装することになった。

友則は隣の部屋に行った。
なぜか気持ちが高ぶっているのは自分でも意識していた。
それを抑えるようと、あえていつものように女装にかかった。
着ている者を全部脱ぎ去って、女の子のショーツを穿いた。
パンストは伝線しないように丸めてゆっくりと脚を通した。
ブラジャーをつけた。
ブラジャーに入れるパットはいつもより多く入れた。
少しでも女らしいことを信彦に見せたかったのだ。
スカートはあまり短いと恥ずかしい。
だから膝が隠れるくらいの、大きな花柄のフレアスカートにした。
そして身体にフィットしたミントグリーンのセーターを着た。

鏡台の前に座り、顔の前に垂れている髪をピンで留めた。
化粧水を顔全体につけ、顔の肌を落ち着かせた。
ファンデーションをパフにつけ、顔全体に薄く伸ばした。
眉毛を細くしたいのだがそれをすると男に戻ったときに怪しまれる。
だから眉毛はいつも見て見ぬ振りをしていた。
でも今日は毛抜きで少しだけ抜いて、形を整えた。
アイペンシルで目もとをくっきりさせ、ピンクのアイシャドウをつけた。
マスカラでまつげを強調し、ノーズハイライトをつけた。
できるだけ目立たない程度に気をつけながらチークをつけた。
ルージュをつけたあとに、リップグロスでボリュームをつける。
そしてゆるくカールがついたセミロングのウィッグを念入りにブラッシングする。
そのウィッグを被ると、目の前の鏡に見慣れた友美が現れた。
友則は女装した自分のことを友美と名づけていたのだ。

今日の友美はいつもより綺麗な気がした。
耳たぶにイヤリングをつけた。
友則は髪の毛に隠れた耳にイヤリングをつける仕草が好きだった。
この仕草をすると自分が本当に女性になったような気がするのだ。
さらに友則は買ったその日につけただけのネックレスをつけた。
このネックレスは特別な日にだけつけようと思っていたのだ。
今日がまさにその日だと思った。

時計を見ると40分が経っていた。
いつもより時間がかかった。
あんまり遅いんで信彦はもう帰ってしまったかもしれない。
それだったら、それはそれでいい。
恐るおそるドアを開けた。
信彦はまだ座っていた。
じっとこちらを見ていた。

「意外と時間がかかるんだな。こっちに来てもっとよく見せてくれよ」
友則はゆっくりと信彦の前に歩を進めた。

「綺麗だ」
「気を使ってもらわなくてもいいですよ」
「いや、本当に綺麗だ。綺麗になるとは思っていたが、これほどとは思わなかった」
「もう着替えてもいいですか?」
「そのままでいいじゃないか。せっかくの美人が短時間で終わりなんて寂しいだろう。さあ座って」
信彦は立ち上がって、友則の椅子をひいた。
「先輩、自分で座れますから」
「何を言ってるんだ。レディをもてなすのは男の務めだろ?」
友則は自分がレディとして扱われていることに喜びを感じた。
友則はスカートに皺がつかないように気をつけて座った。
信彦は再び自分の椅子に座った。
「なあ、お前がその格好してるときはどう呼べばいいんだ?」
「ともみです。友則の友と美しいで、友美です」
「そうか、友美ちゃんか。いい名前だ。それじゃ友美ちゃん、ひとつ頼みがあるんだけど」
「何ですか?」
「せっかくそんなに美人なんだから、女らしい話し方をしてくれないか?」
「笑いませんか?」
「もちろんだ。それじゃ二人の出会いに乾杯しよう」
信彦は友則のコップにビールを注いだ。
「それじゃ先輩、僕…じゃなくて、私からご返杯」
「先輩ってのも色気ないな。信彦さんでどうだ?」
「じゃあ信彦さん。どうぞ」
友則はビールを注いだ。
「二人の出会いに乾杯!」
二人は改めて乾杯して、笑いあった。

「楽しかったよ。また来てもいいかな?」
「ええ、いつでもどうぞ」
「そのときは友美ちゃんになってくれよな」
「信彦さんがお望みなら」
信彦が玄関で靴を履こうとすると目の前に靴べらが現れた。
「はい、どうぞ」
「おっ、サンキュー。友美ちゃんはいい奥さんになれるな」
「ふふふ、ありがとうございます」

信彦が帰ったあと、友則の心の中には温かいものが残っていた。
「信彦さん…か」
そう呟くと鼓動が高まったような気がした。
友則は女装のままエプロンをつけ、食器を洗った。
いつもは服が汚れるから女装して洗い物などしない。
でも今日はずっと女性として一日を終えたい。
友則はそんなふうに思っていた。

「ただいま」
信彦は誰もいない部屋に向かって声を出した。
(友美だったらきっと俺が帰ってくるのを待ってくれるだろうな)
伸彦はふと自分の頭に浮かんだ考えに苦笑した。
(友美ってったって糸井だもんな)
そんなことは分かっている。
でも友美のことを考えると何となく心が和むような気がするのだ。

火曜日からはいつもと同じ日常に戻った。
友則はすぐにでも信彦が来てくれると思っていた。
でも信彦は何も言ってくれない。
言う素振りすらなかった。
期待外れの日々が続いた。

金曜日も何もなく一日が過ぎようとしていた。
友則は諦めて帰ろうとした。
そのとき信彦に声をかけられた。
「糸井、俺、まだ仕事が終わらないんだけど、終わったら、また行っていいかな?」
待ちに待った言葉だった。
「ええ、準備して待ってます」
思わず友美口調で返事した自分に驚きながらも友則は嬉しさを隠そうともしなかった。

帰りに夕食の材料を買い込み、幸せな気分で自宅に戻った。
(どうしてこんなに楽しい気分になるんだろう)
友則は自分の心の変化に疑問を感じた。
(僕を女性として扱ってもらえるのが嬉しいんだよな、きっと)
そう自分を納得させた。

友則は帰宅すると、すぐに浴室に入った。
男としての汗や臭いを洗い落として女性に変身するためだった。
脱毛クリームを使い、念入りに無駄毛の処理をした。
シャワーで脱毛クリームを洗い落とすと体毛のない綺麗な肌が現れた。
全身をバスタオルでさっと拭いて、全身にローションをつけた。
そしてバスタオルを胸のところに巻き、髪をドライヤーで乾かした。
下着をつけ、今日の服を選んだ。
選ぶといっても前回のものを含め、服は2つ、スカートは3つしか選択肢がない。
(もっと服欲しいな)
今日は無駄毛を処理したので、ストッキングをはかないことにした。
この前穿いていないスカートを除くと、膝頭が出る程度のものと膝上15センチくらいのものだ。
友則は迷ったあげく、膝上15センチの短いものにした。
白く裾にレースがついたスカートだ。
無駄毛もないし、きっと友美の脚を綺麗に見せてくれるに違いない。
服はサーモンピンクのVネックのセーターしかなかった。
でも友則はこの組み合わせはお気に入りだった。
化粧をして、ウィッグを被り、アクセサリをつけると美しい友美の完成だ。
鏡に全身を映し、後ろ姿もチェックした。
セーターから見えるブラの線が印象的だ。
(完璧ね)
友則はエプロンをつけた。

今日はブリの照り焼きとブリのお刺身、ホウレン草のおひたし、きゅうりとタコの酢の物、アサリの味噌汁という献立にしようと考えていた。
夕食の準備も進み、味噌汁の味を調えているときに呼鈴が鳴った。
「糸井、来たぞ」
友則は鍋の火を止め、玄関に行った。
そして鍵を開け、ドアを開けた。
「信彦さん、いらっしゃい」
「あっ、そうか。糸井じゃなかったな、友美ちゃんだったよな」
「そうよ。どうぞ上がって」
信彦は靴を脱ぎ、部屋に入った。
「おっ、すごい。ご馳走だな」
「お口に合えばいいんだけど」
「合う合う。友美ちゃんの料理の腕は最高だからな」
「もう調子いいんだから。すぐにお食事にする?」
「おう、食べる。すぐに食べる。うまそうだなぁ」
信彦が嬉しそうに椅子に座った。
友則はお盆にごはんと味噌汁をのせ、信彦の前に置いた。
そして自分の分を置いて席についた。
「それじゃいただきます」
「どうぞ召し上がってください」
信彦は「うまいうまい」と言いながら目の前のものを平らげていった。
「信彦さん、ビールは?」
「今日はいいや」
「どうしたの?」
「たまには休肝日も必要だろう」
「まるでおじさんみたいなこと言ってる。でも信彦さんも健康に気をつけてもらわなくちゃね」
「まるで夫婦みたいな会話だな」
「でもわたしは男よ」
「いや、俺にとって友美はこれまで出会った中で一番綺麗な女性だよ」
「うまいこと言っても何も出ませんからね」
「本当にそう思ってるんだよ。友美は俺にとって理想の奥さんだよ」
「ふふふ、ありがと♪」
この日から週末になると友則の部屋での夫婦ごっこをするようになった。
少しずつ友則の衣装の数も増えていった。
信彦の前では決して同じ服を着ないように買い足していたのだ。

最初のうちは食事が終わると、比較的すぐに帰っていた信彦だったが、やがてズルズルと長居するようになっていた。
何かが起こりそうな雰囲気があるのだが、何も起こらなかった。
たいてい12時を過ぎたくらいに帰って行くという日が続いていた。

それは最初のときから2ヶ月ほど経ったときだった。
いつものように二人で夕食を楽しんだ後、友則が台所で食事の後片付けをしていた。
そのときだった。
「友美!」
洗い物をしていた友則は急に信彦に後ろから抱きしめられた。
半ば想定していたことで、少ししか驚かなかった。
むしろ嬉しさのほうが上回っていた。
「信彦さん…」
割らないように洗っていた食器を置いた。

信彦が身体を密着させてきた。
そのため友則は信彦の股間が膨張していることにすぐに気がついた。
友則は生まれて初めて身の危険を感じて、身体を硬くした。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
「…ごめん」
友則が身動きせずにじっとしてると、信彦がゆっくり離れていった。
気まずい時間だった。
部屋にはテレビの音だけが流れていた。
「もう帰るよ」
いたたまれなくなったのか、それから5分も経たないうちに信彦は立ち上がった。
友則は濡れた手をタオルで拭き、玄関に向かう信彦を追った。
玄関に向かう信彦の背中を見て、ホッとするような安心感がある反面、何も起こらなかったことに対する残念な気持ちが入り混じっていた。
信彦が玄関まで行くと友則はいつものように手に靴べらを持って信彦が靴を履くのを待った。
友則は信彦の足下を見ていた。

「友美」
友則が顔をあげると信彦は思い詰めたような表情でこちらを見ていた。
「友美、好きだ」
信彦は歩み寄って友則を抱きしめた。
そして唇を重ねてきた。
それは30を過ぎた男とは思えない性急で荒々しいキスだった。
友則はあまりにも急なことでどうしていいか分からなかった。
信彦の手が友則の何もない胸のところに伸びてきて、胸を揉むような仕草をした。
しばらく胸を揉むようにしてから、やがて信彦の手がスカートの中に伸びてきた。
「……ん…ぃや…」
手がペニスの膨らみに触れたときに信彦の動きが一瞬止まった。
しかし、思い直したかのようにショーツの上からペニスを撫で回した。
友則のペニスは大きくなりショーツからはみ出していた。
信彦の手が友則の睾丸に当たった。
「痛いっ」
「ごめん」
「ううん」
このことが信彦に冷静さを取り戻すきっかけになった。
「俺本当に友美のことが好きなんだ」
「でもわたしは男よ」
「分かってる…。分かってるけど…」
信彦は肩を震わせていた。
泣いているようだった。
「信彦さん」
信彦の手に友則が手を重ねると、信彦は友則を抱きしめて泣いた。
友則は信彦に抱きしめられたままじっとしていた。
気の済むまで泣けば信彦も落ち着くだろうと思ったのだ。

信彦は友則を抱きしめながら友則からの香りに戸惑っていた。
友則が男であることは頭で分かっている。
しかし今抱いている友則からは女性の香りがしている。
それは単に化粧品の臭いなのかもしれない。
そう思いながらも友則に女性を感じ、ペニスが大きくなっていた。

友則も抱きしめられているうちに自分のペニスが大きくなっていることに戸惑っていた。
わたしはこの人に抱かれたくて興奮してるのかな?
そう思い始めると身体が火照ってくるような気がした。
わたしはこの人に抱かれたいんだ。
やがてそう確信するようになった。

「友美、いいか?」
信彦の問いに当然のように友則はうなずいた。
そんな自分に戸惑いながらも友則は信彦に抱かれたいと思った。
信彦は友則を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこの状態だ。
友則は軽々と抱き上げられることに驚き、そうしてくれる信彦のことが嬉しかった。
信彦は友則を寝室に運んだ。
静かにベッドに下ろすと友則の目をじっと見つめて言った。
「友美、俺は今からお前を抱く。男どうしというものは俺たちの愛には何も障害にならないことを示すために。分かったか?」
「はい」
信彦の顔が近づいてくる。
友則は目を閉じた。
信彦の唇が触れた。
舌が友則の唇を這う。
信彦の舌が友則の口に入る。
友則は自分の舌を必死に絡める。
信彦の唾液が友則の口に流れ込む。
友則はそれを飲み込んだ。

信彦の手が胸の膨らみに置かれた。
そこにはブラジャーとパットで作られた膨らみがあった。
しかし女性ならあるはずの乳房はない。
それでも友則は胸の膨らみに置かれた信彦の手に感じた。
信彦は何もないはずの胸を揉むようにした。
「ぁんっ…」
友則はそれに呼応して喘ぎ声を上げた。
友則はそれだけで背筋がゾクゾクするほどの快感を感じたのだ。
自分がこんなに感じやすいなんて知らなかった。
信彦が友則の服を脱がせた。
友則の上半身はブラジャー一枚になった。
信彦はブラジャーの上から揉むように手を動かしながら、舌は首筋を這い回った。
友則は信彦の舌技に翻弄されていた。
気がつくとブラジャーも剥ぎ取られ小さな乳首を舐められていた。
友則は自分の乳首がこんなに感じるなんて知らなかった。
感じすぎて友則のペニスは大きくなった。
その結果、ショーツからはみ出して、スカートの裏地をこすった。
それは少し痛みを伴うほどだったが、それ以上に感じていた。

信彦はスカートの上から友則のペニスを握ってきた。
その行為によって、友則は自分が男であることを認識させられてしまう。
感じる以上に背徳感を覚えた。
その背徳感のせいで、より高揚するという具合だった。

信彦はスカートをめくりあげ、友則のペニスを舐めた。
「いやっ、信彦さん。それはやめて…」
友則は恥ずかしさからそう言ったが、一方ではどうしようもないくらい感じていた。
これ以上されていると出してしまいそうになる。
そう思ったときに、友則は上半身を起こした。
「今度は私が…」
そう言って信彦の服を脱がせ、全裸にした。
そして信彦の上になり、信彦のペニスを含んだ。
それは友則のものより大きく黒いものだった。
友則はフェラチオをすることにもう少し抵抗感があるかと思ったが、何の抵抗もなく口に入れることができた。
きっと信彦のものなのだからだろう。
抵抗感どころか、愛おしささえ感じていた。
しっかりと時間をかけてペニスを舐め上げた。
そして唾液まみれにしたペニスを口から出し、先端部分を舌の先で刺激した。
それから陰嚢を舐めた。
再びペニスを口に含み、上下に頭を動かして刺激を与えた。
やがてペニスの先から苦い汁が出てきた。
「もういいよ」
信彦が友則の口からペニスを抜き、うつぶせに寝かせた。
友則はいよいよ受け入れる時が来たと覚悟した。
するとお尻のところに冷たいものを感じた。
「えっ、これって…?」
「少しでも痛くないように買ってきたんだ、ローション」
「…ありがとう」
友則は信彦の優しさが嬉しかった。
「俺は初めてだからうまくいかないかもしれないけど、我慢してくれよな」
「うん」
信彦のペニスが肛門に当てられた。
そして少しずつ入ってきた。
身体が貫かれるような痛みだ。
友則は気を失いそうな痛みに耐えた。
「友美、大丈夫か?」
「…うん…大丈夫…よ……」
この痛みに耐えて信彦のものを受け入れることが愛の証だと思った。
だから無理して大丈夫だと言ったのだ。
「入ったよ」
「うん…」
信彦は腰を動かし始めた。
「あぁぁぁぁ…あぁぁぁぁ…」
あまりの痛みに無意識に声をあげていた。
しかし信彦は友則が感じているんだと思った。
だからもっと感じさせようと、さらに腰を激しく振った。
友則は痛さで気を失いそうだった。

信彦が友則の中で精を放出した。
(やっと終わった)
友則がそう思ったときに友則自身が驚くことが起こった。
友則のペニスからも白い粘液が飛び散ったのだ。
痛みだけだと思っていたのだが自分も感じていたのだ。
同じように信彦と感じたことが友則は嬉しかった。
目からは涙がこぼれた。

アヌスから信彦のペニスが抜け出たことを感じた。
しかし何となくアヌスには未だに何かが入っているような違和感を感じていた。
それでも心の中では信彦のものを受け入れることができた安堵感が強かった。

信彦は横に寝て友則を抱きしめた。
友則は信彦の胸で信彦の汗の匂いを嗅いでいた。
男の匂いだ。
いつも自分も発しているもののはずなのになぜか心地よい匂いに感じた。
「本当にこうなって良かったの?」
友則は思い切って聞いた。
「ああ、もちろんだ。俺は友美を愛してるんだから」
「嬉しい」
友則は激しく信彦の唇を求めた。

その夜、信彦は泊まってくれた。
翌土曜には「デートをしよう」と誘ってくれた。
嬉しかったが、戸惑いもあった。
「でもわたし、外に出たことないから」
「大丈夫だって。友美は誰より美人なんだから」
「でもやっぱり怖いわ」
「俺がずっと一緒にいるじゃないか」
「それに靴がないし」
「それじゃまず靴を買いに行こうよ」
ということで、半ば無理やり外出することになった。

結局外に出て良かったと思った。
自分が考えているほど誰も自分たちのことを見ているわけではない。
たとえ見られてもチラッと見られる程度だった。
男か女かを選別してやろうなんて視線は皆無だった。
それどころか胸や脚を見られていることを強く感じた。
そんなとき、自分が女性として見られていると思えた。
自分がそうした行動をしてしまっていたからだ。
そんなふうに自分の女装に自信を深めることができると、信彦といることを楽しめるようになった。
まず手をつないで歩いているだけで楽しかった。
靴がなかったので、スニーカーを履いて出かけたのだが、靴を買うときも楽しかった。
女性の靴を選ぶこと自体楽しかったが、信彦が自分のものを選んでくれていることが嬉しかった。
結局歩きやすさを考えてヒールのないパンプスを買ったのだが、本当は少々歩きづらくてもハイヒールを書いたかった。


日曜もデートをした。
この時間がずっと続いたらいいのに。
真剣にそんなことを祈ったが、そんなことは所詮無理だ。


そして次の月曜に友則は会社を辞表を出した。
自分の職場には寄らずに、人事に直接出した。
朝スーツを着るときにどうしようもない違和感を感じたのだ。
このスーツを着て、信彦の前に行くなんて耐えられそうにない。
信彦に男の姿をさらすなんて考えただけでもつらかった。
そうして、やや衝動的に辞表を出したのだった。
信彦には相談すらしていない。
あとで知って驚くだろうな。
でも自ら辞めたことを知らせる気にはならなかった。

家に戻った。
友則にはこれからのことは全く考えていなかった。
(実家に戻ろうかな)
そんなことを考えていると携帯が鳴った。
「友美、会社辞めたんだって?」
これまで家で食事とかをしているときだけ友美と呼んでくれていた。
しかし携帯で友美と言われたのは初めてだった。
友則にはそれが嬉しかった。
「えぇ」
その瞬間、友則は友美になった。
「どうしてなんだ?」
「だって…」
「ん?」
「だって、信彦さんの前で男の姿になりたくなかったから…」
「…そうか……」
友則は信彦の次の言葉を待った。
何か言ってくれる。
そんな期待があったのだ。
「俺のマンションに来ないか?」
「信彦さんのマンション?」
「ああ」
「今から?」
「いや、そういう意味じゃなくて…さ……引っ越してこないか?」
「えっ?」
「一緒に暮らそう」
「本当に?」
「ああ」
「本当にいいの?」
「しつこいぞ。一緒に暮らすのが嫌なのか?」
「そんなこと…ない…」
「だったら俺のところに来いよ、なっ?」
「…うん♪」

次の日には友則は信彦のマンションに引っ越した。
そこでは一日中女性の格好をして、信彦の妻のように家事をこなした。
信彦は朝早く家を出て、夜遅くにならないと帰ってこない。
しかし、信彦のために、部屋を掃除し、買い物に行き、夕食の支度をしていることが友則にとっては楽しかった。

信彦のマンションに移ってから、女性ホルモンを摂るようになった。
少しでも女性の身体に近づきたいと思ったからだ。

もちろん夜になって愛されているひと時が至福の時間だった。
毎日のように信彦のものを受け入れているうちに友則の身体はどんどん敏感になっていった。
これは女性ホルモンを摂るようになっていたおかげだろう。
ヒゲを剃らずに済むのは助かるし、肌のキメが細かくなっていくのが嬉しかった。
何より化粧のノリが違う。
信彦の愛撫で敏感に感じるようになった。

「ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…」
今日も信彦のペニスに突かれて友則は絶頂に向かっていた。
やがて信彦の精が友則の中で弾けた。
愛し合った後に信彦の腕にくるまれているひと時が友則は好きだった。
「ねぇ」
「何だ?」
「少し胸が出てきたの、気づいてた?」
「ああ、太ったのか?」
「ひっどーい。女性ホルモン、摂ってるのよ」
「分かってたよ、それくらい。綺麗になってきてるもんな」
信彦はこういうことをサラッと言えるところがズルイと思う。
これでたいていのことは許さざるをえなくなる。

「ねえ、私の身体、ちゃんと女性の身体にしたほうがいい?」
「友美の好きなようにすればいいよ」
「そんなのずるいわ。信彦さんが決めてくんなきゃ」
「これから二人でゆっくり決めればいいじゃないのかな。俺たちはこれからずっと一緒なんだから」
「うん、そうね」
友則はニコッと笑った。

そんな友則を信彦は可愛いと思った。
こいつを絶対に幸せにしてやりたい。
男とか女とかそんなものはどうでもいい。
俺は友美を愛しているんだ。
信彦はそう思えた。
「友美が男でも女でも、俺は友美を愛してる」
信彦は自分の気持ちを素直に友美に伝えた。
友美になら素直な気持ちになれるのだ。
「うん、私も愛してる」
最高の笑顔だ。
信彦は少し回り道をしたが、本当の人生のパートナーを見つけた思いだった。


《完》

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