水晶玉の予言



「ねえ、占いしようよ」
香澄が急に立ち止まって僕の袖を引っ張った。
目の前にはお世辞にもお洒落とは言えない小屋があった。
そこにはいろんな占い師がいるらしく、実に様々な占いがあった。
手相や占星術は分かる。
何だ、この『フラメンコ占い』って!

「やだよ、占いなんて。金の無駄じゃん」

当然のように僕は断った。
そもそも僕は何となく占いっていうのは好きじゃないのだ。
基本的には占いなんて信じない。
信じないけど、僕の性格からして嫌なことを言われると絶対に気にしてしまう。
雑誌なんかに書かれている申し訳程度の占いコーナーでも嫌なことが書かれていたりすると、その日一日中気にするような性格なのだ。
気にして、何かあると占いのせいにしてしまう。
信じないと言ってるくせに、心のどこかでは気にしているのだ。
それが分かっているから、占いなんてものには近づかないようにする。
それが一番なのだ。

「そんなこと言わないでいいじゃん、一回だけ」
「やだってば」
「そんなこと言わないでさ」
僕が嫌がっているのに、その日の香澄は頑固だった。
「そんなんでお金を使うくらいならどこかでジュースでも飲もうよ」
「ジュースもいいけど占いがいいの。お金が無駄って言うんならあたしが出すからさ、ねっ?」
香澄が小首を傾けて、僕の顔を下から覗き込んだ。
(こいつはこのポーズをしたときには僕が断らないのを知ってやってやがるんだ)
そんなことを思っても香澄のこの可愛いポーズの前では僕は無力だった。
「しゃあないな。今日だけだぞ」
「嬉しい。だから剛志のことだぁ〜い好き」
わざとらしく僕に抱きついてきた。
そんな香澄に僕はだらしないほど弱かった。
惚れた弱みというやつだ。


僕と香澄は『水晶の部屋』と書かれた部屋に入った。
その部屋にはいかにも占い師という感じの女性が座っていた。
顔は分からない。
イスラム教の女のように目が見えているだけだ。
その目元は知性を感じさせる美しさを醸し出している。
きっと頭がよくて美人なんだろうな。
僕がそんなことを考えながら占い師のことを見ていた。
すると香澄が軽くヒジ鉄をしてきた。
僕がその占い師のことをジッと見ているのに気づいたのだろう。

僕たちのその女性の前の置いてあるパイプ椅子に座った。
「こういうことを知りたいっていうリクエストはありますか?」
占い師の声はハスキーで艶っぽかった。
声を聞いてるだけで勃起しそうだ。
世の中にこんな声があるなんて知らなかった。
顔はどんな顔をしてるんだろう?
普段はどんな服装なんだろう?
ものすごくエロい服だったりして。
部屋では全裸で過ごしているのかな…。

僕が妄想モードに突入しようとしているときに香澄が言った。
「あたしたちがこれからどうなるかを占ってください」
隣に香澄がいることを思い出した。
必然的に僕の妄想は打ち切らざるをえなかった。

「分かりました。お二人の将来ですね」
占い師は何やら訳の分からないことを呟き出した。
水晶玉に何かを映し出すデモンストレーションだろう。
実際映像も何も映っていないのに、映ったかのように話すに違いない。
そして予想通り水晶玉を覗いた。
どんなふうに言うんだろうか?
異様に芝居がかった感じなんだろうな。
そう思っていると、予想外の声が聞こえた。
「えっ?」
占い師がそう小さな声で呟いたのだ。
決して芝居がかったものではない。
これまでの雰囲気とは全然そぐわない、日常の彼女を感じさせる声だった。

それだけに何かおかしなことが起こっていると感じざるをえなかった。
(何があったんだ?まさか僕らに言えないとんでもない運勢が出てたりして)
僕は心配そうに彼女を見た。
ジッと水晶玉を見ているだけだ。
ふと隣の香澄をみるとやっぱり同じように占い師を見ていた。
きっと僕と同じ心境なのだろう。
心配そうな顔をしている。

そんな二人の心配を知ってか知らずか占い師は何度か同じことを繰り返した。
5度ほど繰り返してから僕たちのほうに向かって言った。
「何度やっても女の子二人の姿が映りますね」
予想外の言葉だった。
女の子二人?
何だ、それ?
「どういうことですか?」
香澄が身を乗り出して聞いた。
「私もこういう映像が出たのは初めてなんで何とも言いようがないですね。ほら、見えるでしょ?」
占い師は水晶玉に映ったものを僕たちに見せてくれた。
確かに映像が映っていた。
トリックでも何でもない。
水晶玉の中に映像が映っているのだ。
そしてその映像は占い師が言ったように女の子が二人で楽しそうに買い物をしている姿だった。
「ねっ、女性が二人映っているだけでしょ?」
占い師が僕たち二人の顔を交互に見ながら言った。
「本当だぁ」
香澄はさらに水晶玉に顔を近づけた。
「…あれっ、こっちはあたしだけど、こっちは剛志じゃない?」
「馬鹿なこと言うなよ」
僕はそう言ったが、香澄に言われる前に気がついていた。
香澄のそばに映っている女が僕そっくりなことを。
どことなく僕のお袋に似てるような気もする。
お袋の若いころはきっとこんな感じだったのだろう。
「剛志、アンタが女の子になるのかもね」
「何言ってんだよ、そんなことあるわけないだろ?」
「でも剛志って可愛い顔してるし、女の子の格好したら似合うかもよ。ねっ、そう思いません?」
香澄は占い師に向かって聞いた。
「さあ、私には何とも言えませんね」
「この占いってよく当たるんですか?」
「こらっ、失礼だろ?それに私の占いは当たりませんなんて言うわけないだろ?」
僕たちの会話を聞いて占い師は笑った。
「まあこんな結果が出ればどなただって信じられないでしょう。私だって信じられなくて何度もやり直したんですから。だから見料はいいですよ」
「だったらさっさと帰ろうぜ」
占い師の言葉をこれ幸いと僕は立ち上がった。
「そんなのダメだよ。あたしのリクエストで見てもらったんだから、見料はきちんとお支払いします」
「本当にいいですよ」
「占いって結果によって見料が変わるんですか?」
「そんなことないですけど、今日の結果が結果ですから」
「そうだよ。早く帰ろうぜ」
「ダメ。こういうことはキッチリしとかなくちゃいけないの!」
「わかりました。そしたら2000円だけいただけますか?」
「3000円でしょ?」
「1000円はサービスということで」
「う〜ん…何か釈然としないけど…。それじゃこれ2000円。また来ていいですか?」
「はい、もちろん。お待ちしてます」
僕はようやく『水晶の部屋』から解放された。

僕と香澄は部屋に帰ってきた。

僕と香澄は知り合って半年になる。
出会って1週間で交際が始まりその日のうちに同棲が始まった。
こんな関係のまま半年が経っていた。
未だにこうして同棲が続いているが、ややマンネリ気味だ。
寝る前にはいつものように半分義務のようになったセックスを果たした。

「ねっ、お願いがあるんだけど」
二人が裸のまま横になっていると香澄が僕に向かって言った。
「何だよ」
「あたしのスリップを着てみて」
「やだよ」
「だってさっきの占いの結果、気になるじゃん。スリップだけでいいからさ」
香澄がいつものポーズを決めた。
僕はいつものように無力だった。

僕は香澄に命ぜられるまま香澄のスリップを身につけた。
ちょっと小さめで締め付けるような感じがしたが、男の下着にはない肌触りでとても気持ち良かった。
「剛志、いつもより興奮してるんだ」
僕はスリップを着ている自分に興奮して股間がいつもより雄々しくなっているのだ。
ついさっき一度セックスしたにもかかわらず。
「たまにはこういうプレイもいいでしょ?」
香澄がスリップの上から僕の乳首を触った。
「ああ…」
僕は不覚にも感じてしまい、喘ぎ声を出してしまった。
「剛志、気持ちいい?」
「…ぅん…」
「剛志じゃ面白くないからツヨコって呼ぼうか?」
香澄は僕の胸で動かしていた指を止めて言った。
「やだよ、そんな名前」
「じゃあさ……剛志のヨシをとってヨシコとかヨシミなんかどう?」
「ヨシミでいいよ、ヨシミで」
「ふ〜ん、ヨシミになんか思い入れがあるんでしょ?」
「ないよ、そんなもの。それじゃヨシコでいいよ」
僕はとにかく香澄に胸を触ってほしかった。
「一度決めたんだからヨシミにしよ。で漢字はどうする?」
「そんなのどうだっていいよ」
「ダメよ。漢字でだいぶ印象が変わるんだから。"良い美しい"の"良美"と義理の"義"と実用の"実"の"義実"じゃ全然印象が違うでしょ?」
「確かにそうだけど。だったら香澄が決めてくれよ」
「それじゃあね…佳作の佳に美しいで佳美ってどう?いいでしょ?」
「いい、いい、それで決定」
「もう佳美ったらそんなに急いで。きっと早くあたしに可愛がって欲しいのね」
香澄は再び僕の乳首をスリップの上から触ってくれた。
「佳美、気持ちいい?」
「うん…」
香澄はスリップの上から乳首を舐めた。
「…ぁぁ……」
「佳美ったら胸が弱いのね?それじゃこっちはどうかな?」
香澄はスリップの上から僕のペニスを握った。
スリップの感触がペニスに伝わるのがいつもと違って気持ちいい。
香澄はスリップの上からペニスの先をこするように指を動かした。
「あああああ……」
僕はあえなく果てた。
「もう佳美ったら、ひとりでいっちゃって。しかもあたしのスリップを精液で汚しちゃうし、最低」
香澄は非難の言葉を発しながらもなぜか楽しそうだった。
その日僕はそのままスリップを身につけたまま眠ってしまった。

次の日、いつものように義務のセックスを果たそうとした。
しかしある程度以上硬くならないのだ。
「もしかしてあたしのスリップを着ないと不能になっちゃったとか」
少し冷やかすようにそう言って、僕にスリップを手渡した。
僕はまた香澄のスリップを身につけた。
すぐに大きくなった。
間違いない。
僕はセックスのときには必ず香澄の下着を身に着けないとできなくなったのだ。
僕はパジャマ代わりに香澄の下着を身につけるようになった。


僕はひとりであの占い師のところへ行った。
「あの日から何となく自分の感覚が変になっちゃったんだけど」
「変ってどういうこと?」
「何て言うか少しずつ感覚が女になってるみたいな感じがするんだけど」
「じゃ、いっそのこと女の感覚を経験してみない?」
「えっ?どういうこと?」
「女の感覚を経験して違和感を感じれば女の感覚になることにブレーキがかけられるんじゃなくて?」
「でもその逆ってこともありえますよね?」
「ええまあそうね?どうする?恐い?」
「そんなことはないけど、女の感覚を経験するって具体的にはどうするんだよ?」
「経験するっていっても本当に女性になれるわけじゃないからあくまでも疑似体験ってことだけどね…。この中に入るの」
「この中って…この水晶玉?」
「そう、この水晶玉。準備はいい?」
占い師が何か呪文らしき言葉を発した。
水晶玉が周りが見えなくなるほど発光した。
次の瞬間僕は女になっていた。


見渡す限り白い空間。
僕はそこで白いパーティドレスのようなものを着ていた。
声は出なかった。

ふと気がつくとひとりの男がすぐ傍にいた。
香澄だった。
しかし背は高く顔もりりしく見えた。
乳房はない。
胸板が厚く、股間に微妙な膨らみがあった。

僕はその男に抱きしめられた。
「佳美、愛してる」
男は僕を強く抱きしめ唇を重ねてきた。
僕は口に入れられた舌に自分の舌を絡ませた。

僕の大きく開いたドレスの胸元から男の手が滑り込んできた。
男の手が僕の乳房を揉みしごいた。
「…ぁぁん…」
僕の口から甘い吐息が漏れた。
それは僕の声とは違った甘い綺麗な声だった。

僕は胸から伝わってくる快感のせいで股間が熱くなっていく感じがした。
実際股間はおもらししたようにビショビショになっていた。

僕はいつの間にか全裸になりベッドに横たわっていた。
「佳美、行くよ」
男のペニスが身体に入ってきた。
男のペニスを強く締め付けた。
「佳美のオマンコは最高だ」
男はゆっくりと抽送を始めた。
僕は大きな声で喘いだ。
僕の声が至るところから響いてくる。
僕は男の動きが生み出す大きな快感に何も考えられなくなっていた。
男のペニスが大きく脈打って僕の中に大量の精液を放出した。
僕の頭は真っ白になり意識が遠のいていった。


「どう?」
僕は現実に戻っていた。
目の前には占い師がいた。
「あたしは…」
そう呟いた声は元の自分の声だった。
そのことが現実の世界に引き戻すことになった。
「あっ…。何だったんだ、今のは?」
「あなたの深層心理が求めているものよ」
「僕の深層心理?」
「そう」
「そう…か…」
僕は占い師に見料を払って出た。

その経験が完全に僕をおかしくした。
香澄が服を選んでいるときにその服を着ている自分を想像してしまうのだ。
部屋にいると手の届くところに自分が着てみたい服が置いてある。
着たいけど香澄の目があるから着られない。
香澄がいなくてもいつ戻ってくるか分からないから着られない。
自分がこんなことを考えていることすら香澄には知られたくなかった。
僕は自分の欲求を抑えることに必死だった。

「ねえ、明日どうしても外せない用事ができちゃったの。明日は朝早く出ていくけどごめんね」
「ああ別にいいよ」
僕はそう言いながらも訪れたチャンスに気持ちが高ぶるのを抑えきれなかった。

「行ってきます」
次の朝早く香澄が出て行った。
忘れ物を取りに帰ってくるかもしれないと思い10分ほどは様子を見ていたが、香澄は帰ってきそうにない。
(そろそろ大丈夫そうだな)
僕は家の鍵を確認してカーテンを閉めた。
目星をつけていた香澄の服が入ってあるところは確認済みだ。
僕は裸になりそれらの服に着替えた。
ヘアスタイルが不満だったがスカートから伸びるパンストに覆われた脚は我ながら綺麗だと思った。
その日は3時間ほど女の子の格好で過ごした。

一度経験すると度胸がついた。
香澄がいなくなると短時間でも女装するようになった。
ヘアスタイルをどうにかしたかったので、僕は女装用のウィッグを買った。
そのウィッグを被ったとき初めて口紅をつけた。
そのときの女装は我ながら完璧だと思った。

いつものように女装していると急に玄関の鍵の音がした。
『ガチャガチャ……カチャッ』
ドアの鍵が開けられ香澄が帰ってきた。
僕はどうすることもできず立ちつくした。
香澄と目が合った。
「誰?何してるの?」
「え…っと……」
僕が発した声で香澄は僕だと分かったようだ。
「剛志なの?」
「…うん……」
「どうしてそんな格好してるの?」
香澄は驚きから少し怒っているようだった。
「……」
僕は何も言えず立ちつくすだけだった。
「もう…黙ってても分かんないじゃない」
それでも僕が黙っていると、時間が香澄の気持ちを落ち着けたようだった。
「剛志を女装させたのはあたしからだったわよね?あっ…今は女の子だから佳美って言わなくっちゃダメね」
香澄は僕のそばに来た。
「佳美ってこんなに可愛かったんだ。ちょっと悔しいな」
僕はその言葉に口元を緩めた。
「笑ったほうがやっぱり可愛いわよ。女の子は笑顔が一番よね?」
香澄は急に思いついたように言った。
「ねぇ、今から外で食事しない。もちろん佳美のままでよ」
僕はその提案に焦った。
「外出なんて無理だよ」
「大丈夫よ。帰ってきたときは剛志だなんて全然思わなかったもの。絶対女の子で通るって」
香澄のいつものポーズをした。
僕が女装してる状態でもそのポーズの効き目は変わらなかった。
僕は頷くしかなかった。

僕と香澄は近くのファミレスに行った。
女装で外に連れ出されては喉に通るものもなかなか通らなかった。
お腹が空いていた割には全く食べることができなかった。
「佳美ったらダイエットしてるの?」
香澄のそんな軽口にも声を出すと男だとばれると思い何も言うことができなかった。

「女の子同士、一緒に買い物に行こうよ」
ファミレスを出ると、香澄は僕の腕を取ってファッションビルに入っていった。
そこで二人でいろいろな服を見た。
僕は女の子の服が本当に好きみたいだ。
可愛い服を見てると自然と女の子の口調で香澄と話せるようになった。
「これって香澄に似合うんじゃない?」
「そう?香澄にはこっちの可愛いほうが良さそうね」
「私って可愛いからこんなのが好きかも」
「佳美ったら。言うわね」
そんな感じで二人でウインドウショッピングを楽しんだ。
ふと香澄が呟いた。
「これって前やった占いみたいだね?」
「そう言えばそうね」
占いが当たったのか、僕が占いに影響されてこうなったのかは分からないが。

この日が僕の女の子としての生活の始まりだった。
僕は基本的に女の子として生活するようになった。

香澄との関係も微妙に変わってきた気がする。
占いの通り、僕たちは一見仲のいい女の子同士になった。
夜は受け身になるほうが個人的には居心地がいいのだが、時には男の役割も果たした。
いずれにせよ僕たちの生活は以前より断然いい感じになった。

性転換なんてとんでもない。
ただ女の子の服を着るのが好きなだけだ。
これからのことなんか全然考えていない。
今はこの姿のほうが自然だから女の子の格好をしてる。
それだけだから。


《完》

次の作品へ | top | 前の作品へ
inserted by 2nt system