生き返ったら



桂木正二郎は仕事関係者との打合せを終え車を走らせていた。
正二郎の家は昔からの資産家だった。
その家の資金をもとに、自分の専門力を活かして、30歳を機に建築設計事務所を開業した。
今では都内に5軒の事務所を構えるまでになった。
仕事一筋で、もうすぐ50歳になるというのに結婚することなく未だに独身だった。
(あーあ、疲れたなぁ。帰って一杯飲んで寝るとするか)
そんなことを考えていると、目の前の信号が黄色から赤に変わった。
正二郎はブレーキを踏んだ。
しかし何の抵抗もなくスコッと踏みこめてしまった。
車は当然速度を落とすことはなかった。
「おっ、おい」
正二郎は慌てた。
何度ブレーキペダルを踏んでも同じだった。
車は全くスピードを落とさなかった。
そのまま交差点に突入した。
クラクションが鳴り響いた。
正二郎は横から激しい力を感じた。
横から来た車にぶつけられたのだ。
車はスピンして道路脇の電柱にぶつかって止まった。

「大丈夫ですか?」
激しくガラスを叩く音で正二郎は一瞬意識を取り戻した。
消防隊らしき人が必死に何かしようとしていた。
辺りはサイレンが鳴り響いていた。
正二郎はシートと電柱で強く挟まれ身動きできる状態ではなかった。
身体中に痛みが走る。
骨は何本か折れているんだろう。
声すら出すことはできなかった。
(あーあ、これで死ぬんだろうな)
そんなことを考えていると、意識が遠のいていった。

正二郎はどこか分からないところを歩いていた。
霧がかかったようで周りの状況は分からなかった。
見えてはいないのだが、周りには多くの人が同じ方向に向かって歩いているのを感じた。
まさにそう感じるのだ。
お年寄りが多かった。
可愛い高校生くらいの女の子もいた。
小さな男の子もいた。
そうして歩いていくともうすぐ川があることが何となく分かった。
それがいわゆる"三途の川"だということもなぜか分かった。
(このままでは本当に死んでしまう)
それまで漠然と歩いていた正二郎は急に正気を取り戻した。
そして皆と逆方向に向かおうとした。
しかしそれを妨げようとするかのような力が働いた。
なかなか逆方向に向けないのだ。
それでも何とか逆を向いて歩き出した。
少しでも気を緩めるとまた元の方向に向かいそうになる。
正二郎は強い意志で逆方向に向かった。
短くない時間が流れた。
やがて遠く向こうに光が見えた。
正二郎は必死に光に向かっていった。
その光が生命の橋渡しだと信じて。
光が近づいてくると、その光が身体全体を包んだ。
暖かい光だった。
(これで生き返れる…)
正二郎はそう確信した。

気がつくと正二郎は病室らしきところにいた。
(生き返った…のか?…)
そう思った瞬間だった。
「沙希」
「沙希」
傍にいた老夫婦らしき二人が正二郎に声をかけてきた。

正二郎は状況を把握できなかった。
「えっ…と…、ここは?」
かろうじてその場を取り繕うように尋ねた。
それによって声が違うことにも気がついた。
(何かが変だ)
そう思ったが、今はおとなしくしていたほうがいいような気がしていた。
「病院だよ。交通事故に巻き込まれて救急車で運ばれたんだよ。頭を打って気を失ってたんだけど、大丈夫かい?」
「…はい……」
とりあえず返事はしたが何が何なのか全く分からなかった。
沙希っていったい誰なんだ?
俺はどうなったんだ?

正二郎は自分の手を見た。
見慣れたごつごつした手ではなかった。
色白で綺麗で小さな可愛い手だった。
正二郎の不安は増した。
とにかく今の自分を確認したい、今の自分の姿を見たいと思い、一人になれるところに行こうと思った。
「あ…あの……」
「何だい?」
「トイレ…」
言われた老女は看護師に確かめるように顔を見つめた。
看護師は"大丈夫"と言わんばかりに満面の笑みを返した。
「一人で行けるかい?一緒に行こうか?」
「はい、お願いします」
正二郎は自分の状況が分からない間はできるだけこの老夫婦と離れないほうがいいと考えて返事をした。
「それじゃばあちゃんと行こう」
正二郎は上半身を起こした。
軽い眩暈を感じた。
「ゆっくり立ち上がりなさい」
正二郎は老女の言葉にしたがうようにゆっくりと動いた。
ベッドから降りるときにピンクの入院服から自分の脚が見えた。
無駄毛の無い白いスラリとした脚だった。
明らかに元の正二郎のものではなかった。
スリッパを履こうと下方を見ると、視界に自分の髪の毛が垂れてきた。
肩にかかるくらいの髪の長さがありそうだった。
間違いなく自分は沙希という女になっているのだ。

「ばあちゃんはここで待ってて」
正二郎はトイレの前で老女を残し、トイレに入った。
すぐに洗面の鏡で今の自分の顔をみた。
鏡に映っている顔。
それはさっきすれ違った女子高生だった。
実際高校生なのかどうかは分からないが、それくらい幼い顔をしている。
(俺はどうなっちゃったんだ?)
正二郎は自分の右頬を触った。
鏡の中の少女も同じように頬を触った。
間違いなく鏡に映っている少女が今の自分だ。

正二郎は念のため身体を確かめるべく個室に入った。
入院服の下はショーツ一枚だけだった。
わずかばかり膨らみかけている胸にはブラジャーもしていなかった。
予想通り身体も少女のものだった。
(俺はこの子の身体を奪って生き返ったということか?)
心臓の音が聞こえるかのように鼓動が激しくなった。
自分が沙希という少女になったのは分かったが、それに対してどうすればいいのだろう?
自分は沙希ではないことを打ち明けるほうがいいのか?
そんなことをしても誰も信じてくれないのは明らかだ。
自分自身が信じられないのだから。
とりあえず沙希の振りをして様子見するほうがいいような気がした。
それ以外選択肢はないように思えた。

そこまで考えたときに尿意をもよおした。
正二郎はショーツを下ろし便座に腰掛けた。
『シャー』
特別な意識なくおしっこが出た。
(ふぅ、俺はこれからどうなるんだろう?)
トイレットペーパーでおしっこの出たところを拭いてトイレを出た。
「長かったけど気分でも悪かったのかい?」
「ううん、大丈夫」
正二郎はベッドに戻り、自分のこれからについて考え込んでいた。
周りには事故のためにまだどこかが悪いように映った。
そのため正二郎は念のためもう一晩入院することになった。
翌日には退院できるのだが、自分はどうなるのかが不安で正二郎はほとんど眠れない夜を過ごした。


次の日、老女はセーラー服を持ってきた。
こういった退院の日の正装は学生のうちは制服なんだそうだ。
正二郎もその意見には反対しないが、それを着るのは自分自身なのだ。
外見は高校生かもしれないが、中身は50間近のオジサンなのだ。
心理的に強い抵抗感を感じつつも、反抗するのもおかしいと思い、結局はおとなしく老女の言うことを聞くことにした。
初めてのブラジャーに戸惑っていると体調が本調子ではないととらえられて老母がつけてくれた。
服についても同じように老母が手伝ってくれたので、あまり戸惑わずにセーラー服を着ることができた。

「お世話になりました」
「ありがとうございました」
医者や看護師に礼を言って、病院を出た。
病院の前のタクシー乗り場に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
タクシーで家に帰る途中『桂木正二郎告別式会場』と書いた看板を見つけた。
(俺の葬式か?)
そう思うと思わず正二郎は叫んでいた。
「停めてください」
正二郎はタクシーを停め、その看板が示している方向に向かった。
「沙希、どこに行くんだ?」
老夫婦が叫ぶ声を無視して正二郎は看板の指す方向へ走った。

立派な寺院だった。
そこに読経が流れる中、正二郎の写真が大きく飾ってあった。
皆形式ばかりの悔やみの言葉を述べている。
正二郎は自分はここにいると叫びたい衝動に駆られた。
しかし今の正二郎の姿を見て誰が信じてくれるというのか。
正二郎はどうしようもない苛立ちを覚えつつ自分の祭壇を見つめた。
(これで俺は本当に死んだことになるんだ)
そう思うと涙が流れた。

「野崎さんじゃないの?」
正二郎の母親らしい声がした。
後ろを見ると自分を追って野崎夫婦が寺に入ろうとしているところだった。
その老夫婦に母の菊枝が野崎夫婦に声をかけていた。
野崎夫婦は何も言わずに母に会釈をしていた。
(知り合いなのかな?)
正二郎はジッと母のほうを見ていた。
母は野崎夫婦に近寄って行った。
「随分とご無沙汰してしまって。もう20年くらいになるかしら?」
「…はい」
「今日はどうして?」
野崎夫婦は正二郎を見た。
すると母も正二郎を見た。
「それじゃ…」
母が正二郎の傍にやってきた。
「それじゃこの娘が沙希ちゃん?」
確かに今の自分の名前は沙希だ。
「お父さんのお葬式に来てくれたのね?」
お父さん?
自分には娘なんかいないぞ!?

正二郎には約20年前結婚を誓い合った女性がいた。
双方の両親の了解も得て、残りは式の準備をするだけだった。
しかしもうすぐ結婚というタイミングに相手の女性から結婚をやめたいと言われた。
理由は全く教えてくれなかった。
何とか説得しようとしたが、徒労に終わった。
運悪くそのタイミングに仕事の関係でヨーロッパに行かねばならなくなった。
当初は10日くらいで戻ってこられると思っていたのだが、結局2ヶ月間の滞在となってしまった。
戻ってきたときにはその女性とは連絡がとれなくなった。
女性は越してしまって連絡が取れなくなっていた。
女性の実家にも連絡をとりたかったが、そのときになって電話番号も住所も知らないことに気がついた。
心残りはあったが、正二郎は女性のことを忘れることにした。
そうは思ってもその後有紀以上の女性に会えずに死ぬまで独身だったのだ。
そう言えば彼女の名前は野崎有希だった。
野崎有希と野崎沙希。
いかにも親子らしい名前だ。
ということはこの身体の持ち主は有紀が産んだ娘だったのか。
正二郎は娘の身体を奪って生き返ったということか。

正二郎は野崎夫婦とともに形式的に自分の祭壇に手を合わせた。
正二郎は野崎夫婦にこの家との関係を問いただした。
「はっきりした理由は分からないんだけど、桂木さんに反対されたっていって帰ってきたんだ。桂木さん本人かと聞いたら何も返事しなかったが、どうやら本人ではないらしいんだ。そのときには桂木さんのご両親ともお会いしてたし、理由を聞こうとしたんだけど、有紀に強く止められてしまって。無理やり聞き出したところで、有紀が傷つくだけだと思って、聞くことはあきらめたんだよ。ところがそれからすぐ有紀が妊娠していることがわかった。沙希には申し訳ないんだけど、じいちゃんたちは子供を産むことに反対した。それでも有紀は産むと言ってきかない。困って桂木さんにも意見してもらおうと、有紀には内緒で桂木さんに葉書を出したんだよ。でも何も言ってこない。沙希が生まれたときにも写真を送って知らせたんだけど全然何も言ってこなくって。有紀はお前を産んでからすぐ産後の肥立ちが悪くって亡くなってしまった。もちろん桂木さんには知らせたんだけど…。初宮参り・七五三参りのたびに沙希の写真を送ったんだけど、相変わらずで」
ということだった。

弔問客が少なくなった頃を見計らって、菊枝にも同じ質問をした。
「沙希ちゃんのお母さんと正二郎とは家柄が違いすぎたの。私がそのことを沙希ちゃんのお母さんに言うと、沙希ちゃんのお母さんはそのことを分かってくれて、自分で身をひいてくれたの。正二郎と別れてから沙希ちゃんが産まれたんだけど、そのことを正二郎に教えると、あの子の気持ちが揺れると思って、野崎さんからいただいた手紙や写真は私があの子に見せなかったの。ごめんなさいね。私が正二郎に沙希ちゃんのことを話しておけば沙希ちゃんは生きたお父さんに会うことができたのに」
菊枝の話なので、自分の都合のいいように脚色している部分があるはずだが、要はこの母親が二人を引き裂いたということだ。
どこか寂しげに話す菊枝の姿に自分のやってしまったことに悔いている様子が感じられた。
有紀が死に、正二郎が死んだ今、自分のしたことを償う方法がなくなってしまい、どうしていいのか分からないのだろう。
正二郎にはそんなふうに見えた。

そのとき父・一之介が姿を現した。
「この娘が正二郎と有紀さんの子供か。そういえば有紀さんに似てるな。わしはあのまま有紀さんと結婚するとばかり思っておったんだが、縁がなかったんじゃろうな。間の悪いことに海外出張なんかに行って離ればなれになりおったしな」
一之介はそんなことを言った。
菊枝の一存で二人を別れさせたとはとても思えなかった。
絶対に一之介の意思があったはずなのだ。
しかし一之介は自分が知らなかったふうな言葉を発した。
本当に正二郎が有紀と別れたのは菊枝だけのせいだったのだろうか。
正二郎は菊枝に対し今さらながら怒りを覚える一方、一之介に不信感を感じた。
そして、一方では償うことができなくなり、それほど長くはないこれから先、そのことを背負って生きていかなければならない母が可愛そうにも思えた。

沙希が正二郎の娘であることはあっという間に広がった。
そして正二郎の知らないところでトントンと話が進み、沙希は一之介の養女として迎えられた。


「邪魔な兄貴をやっと消したと思ったのに、今度はその娘かよ」
沙希が桂木家の養女になって一週間ほどしたときに、怪しげな会話を耳にした。
物陰に隠れて聞いているとそれは弟夫婦だった。
「せっかく兄貴の車に細工してうまく逝ってくれたと思ったのに…」
その言葉を聞いて思わず正二郎は飛び出してしまった。
「お前ら、今の話は本当か?」
「沙希ちゃんか…何のことだい?」
「今のお前たちの話は本当か聞いてるんだ」
「仮にも女の子がそんな乱暴な口の聞き方をしちゃいけないな」
「うるさい。俺が正二郎だ」
「何を言い出すかと思えば…。沙希ちゃんが兄貴のわけがないだろ?」
「お前らが車のブレーキに細工をしたんだろ?」
「さあ?何のことやら?」
「…もしかしたら敬一郎兄さんのときも?」
「……どうしてお前が敬一郎兄さんを知ってるんだ?」
信三郎の顔が真顔になった。
「だから俺が正二郎だって言ってるだろ?」
「満更嘘八百でもなさそうだな。となるとあまり出歩いてもらっちゃこっちが困りそうだ」
信三郎の顔に不気味な笑みが浮かんだ。
「それにしても父親が娘の身体を乗っ取るとはひどい父親もあったもんだ」
「うるさい。不可抗力だ」
「まあそんなことはどうでもいい。俺たちの秘密を聞かれたからにゃここにいてもらっちゃ困るんでね」
信三郎は正二郎に近寄ってきた。
「な…何をするんだ…」
「ちょっと眠ってもらおうか」
信三郎は正二郎のみぞおちに素早くコブシを入れた。
正二郎は気をうしなった。

気がついたときは地下の部屋に横たえられていた。
猿轡を噛まされ、両手両足を縛られていた。
辺りには人の気配がしない。
この地下室は幼いころから物置部屋として使われていた。
少々暴れても音が漏れないので兄弟3人で遊びまわったものだった。
自分を殺したのは実の弟だった。
その弟に囚われて今の命も弟の気持ち次第だ。
正二郎は絶望的な気持ちになった。


その頃、信三郎は父・一之介と話をしていた。
沙希が精神的に不安定だということを説明していたのだ。
「お父さん、沙希ちゃんは自分に父親がいたこと、そしてその父親が死んだという二重のショックで精神的に混乱してるようです」
「混乱?どういうことだ?」
「自分が正二郎兄さんだと言い出してるんです。これから僕の知り合いの精神科医のところに連れて行こうと思うんですが」
「ああ、そうしてくれ。あの娘には今まで苦労をかけた。これからは我々で幸せにしてやらんといかんからな。頼んだぞ」
一之介の同意を取り付けた信三郎は内心大喜びだった。

どれくらい時間が経ったんだろう?
1時間も経っていないかもしれないし、数時間経ったのかもしれない。
ひとり身動きできない状態で放置された正二郎にとっては時間の感覚がなくなっていた。
そこに信三郎がやってきた。
「これからお前は精神科に行くんだ」
正二郎には信三郎が言っている意味が分からなかった。
「俺の意図が分からないみたいだな。お前はそこで自分が正二郎だと言うがいい」
正二郎には信三郎の狙いが分かった。
「そうするとお前はおそらくそのまま入院だろう。もしかしたら一生出てこれないかもしれないな」

正二郎は何とか医者を誤魔化す方法を考えた。
信三郎にそれが伝わったのだろう。
「相手は精神科医だぜ。催眠療法でもやりゃ一発で自分のことを話すだろう。そしたら多重人格か何かで入院だろうな。自殺願望や殺人願望の人格もあるとでも俺が言やあ隔離棟確実だぜ。あんなとこに入っちゃもう二度と出てこれないだろう」
正二郎は猿轡のせいで何もいえなかった。
必死に首を横に振ってやめて欲しいことを表した。
「言いたいことがあれば医者に言えばいいさ。それじゃそろそろ行こうか」
信三郎が正二郎を抱き上げようと手をかけたときだった。

信三郎の息子の彰政がやってきた。
「父さん、こんなところで何してるんだ?」
「彰政、お前は向こうに行ってなさい」
彰政は信三郎の足元に転がっている沙希を見つけた。
「沙希ちゃんじゃないか。何で縛られてるんだ?」
「お前は向こうへ行ってろ」
「父さん、また変なこと考えてるんじゃないだろうな」」
「うるさい。お前は向こうへ行ってろ」
「この娘をどうするんだ?」
「こいつは沙希に見えるが、実際は俺の兄さんの正二郎なんだぞ」
「はっ?どういうこと?」
「お前には関係ない」
「関係あるさ。父さん、俺の趣味知ってるだろ?」
「…ああそうか。お前はおかま好きだったな」
「おかまはないだろ?ニューハーフだよ、ニューハーフ。それも完全に性転換して女になったニューハーフが好きなんだ」
「だったら普通の女でいいだろ」
「それが微妙に違うんだな。男が女になってるから萌えるんじゃないか。それより本当にその娘、正二郎おじさんなのか?」
「…ああ、そういうことか。ならお前の好きなようにしていいぞ」
「やったぜ。じゃあちょっと待ってて」
彰政が手にビデオカメラと何かを持って戻ってきた。
「何だ、それは?」
「ビデオだよ。記念に録っておこうと思ってね」
「ビデオじゃない。もうひとつのほうだ」
「ああこれ。スタンガン。言うこと聞かなかったらこれでおとなしくなってもらうのさ」
「お前、いつもそんなもの持ち歩いてるのか?頼むから犯罪者にだけはなるなよ」
「俺は父さんの息子だぜ。犯罪者になる可能性は高いんじゃないか」
彰政は恐ろしいことを真顔に言いのけた。

彰政がビデオカメラを三脚にセットした。
「よし、それじゃ録画スタートっと」
彰政が下卑た笑いを浮かべて正二郎に近づいてきた。
そして正二郎の猿轡を解いた。
「正二郎おじさん、大変でしたね」
「…彰政くん…助けてくれるのか?」
「だって沙希ちゃんに見えても僕のおじさんの正二郎おじさんなんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「ならこんな猿轡も縄も失礼ですよね」
彰政は両手足の縄も解いた。
「…ありがとう」
正二郎は彰政の真意を諮りかねた。
とにかく正二郎は立ち上がろうとした。
すると彰政が正二郎の足を払った。
「何するんだ」
「何って?これから僕がおじさんをたっぷりと可愛がってあげるんですよ」
彰政が覆い被さろうとした。
正二郎は彰政の腹を思いっきり蹴った。
彰政は腹を押さえてうずくまった。
「…何するんですか?可愛い甥に」
「何が可愛い甥だ。お前が何をしようとしてるかくらい分かってるからな」
「聞き分けのないおじさんにはこれを使うのも仕方ないですね」
正二郎は右手にスタンガンを持った。
「や…やめろ…」
「おじさんが抵抗するからですよ。おとなしく抱かれていれば痛い思いをしなくて済んだのに」
彰政は持っていたスタンガンを正二郎に当てた。
《ビリビリッ》
正二郎はその場に倒れた。

彰政は正二郎のブラウスを脱がせ、下着姿にした。
彰政はキャミソールの上から正二郎の乳房を揉んだ。
「…んんっ…」
正二郎が感じているのか小さく喘ぎ声を漏らした。
「これが正二郎おじさんかと思うと、すごく興奮するぜ」
彰政はブリーフ一枚になり、正二郎に覆い被さった。
キャミソールを捲り上げブラジャーを上にずらした。
そして乳首を舐めた。
「…んっ」
「おじさん、気持ちいいですか?気持ちが良かったら思いっきり声をあげてくださいよ」
彰政は卑しい笑いを浮かべた。

正二郎は意識を取り戻すにつれ、胸の違和感を覚えた。
次第にそれが彰政が自分の乳房を愛撫しているためだと分かった。
「や…やめろ…」
「おじさん、気がついたんだ。どうです?甥に乳首を舐められている感想は?」
「うるさい…ぁ……」
彰政が正二郎の乳首を指で弾いた。
「いい声じゃないですか?どんどん啼いて俺を楽しませてくださいよ」
「だれがっ……ん…」
彰政の容赦ない乳首への攻撃に正二郎は翻弄されていた。
(何だ、これは?女が声を出すはずだ…)
妙なことに感心しつつも正二郎の頭は胸から伝えられる快感に集中していた。
(!)
正二郎が胸からの快感に集中しているうちに彰政の手が股間をまさぐっていた。
すでにショーツは脱がされていた。
「やめろ!」
「何だかんだ言ってもおじさんも感じてるんでしょ?ほら、こんなになってますよ」
彰政は正二郎の股間の液を指にとって正二郎に見せた。
「胸を触られただけでこんなに濡れるなんておじさんはスケベなメスですね」
正二郎は何も言えなかった。
しかし娘の貞操を守らないといけないと考えた。
正二郎は彰政から逃げようともがいた。
「まだ抵抗するんですか?ここまで来て。仕方ないな」
《ビリビリッ》
またスタンガンを当てられた。

正二郎が意識を取り戻したとき目の前に彰政の顔があった。
「やっと意識が戻ったようですね。それじゃ始めますね」
正二郎の股間に強い違和感を覚えた。
(入れられてる)
正二郎はそう感じたが、まだ身体が自分の思い通りに動かせるほど回復していなかった。
彰政の動きが止まった。
「全部入っちゃいましたよ、正二郎おじさん。甥の俺にチンポ突っ込まれてる気分はどうですか?気持ちいいでしょ?」
「…ぁ……ぅぅぅ……」
「気持ちよすぎて言葉にならないんですね?それじゃ動きますよ」
彰政が腰を振った。
意識がはっきりしてくるにつれ痛みを感じるようになってきた。
「…痛い……」
「痛いんですか?もしかして処女だったんですか、おじさんは?」
彰政の抽送は5分程度続いた。
正二郎は痛みを感じなくなってきた。
聞こえている女の喘ぎ声が自分の声だとしばらくの間気づくことがなかった。
「それじゃおじさん、おじさんの中に出しますよ」
彰政は動きを速めてフィニッシュを迎えた。
自分の中に彰政の精子を放出されたことを感じながら正二郎はそれが自分のことのようには思えなかった。
自分の感情をどうしていいのか制御できなくなっていたのだ。

彰政のペニスが正二郎から出て行った。
彰政は正二郎の股間をジッと見ていた。
彰政が出した大量の精液とともに赤いものが混じっている。
「やっぱりおじさんって処女だったんですね。血がでてますよ。破瓜の血だし、記念にアップで映しとこう」
彰政はビデオを三脚から外し正二郎の股間を録った。

「このままで済むと思うなよ」
正二郎はそれだけを言い放った。
それは精一杯の強がりだった。
「何言ってるんですか?おじさんの方こそ娘の身体を奪って生き返ったくせに。娘の身体で生き返って、男に抱かれて喘いでいる変態なんですよ、おじさんは。そんなおじさんに言われたくないな」
彰政の言葉に正二郎の顔が悔しさに歪んだ。
「まっ、心配しないでも俺たちとおじさんの秘密にしときましょうよ。まあこんなこと信じてくれる人間はいないと思いますけどね。それじゃもう一回抱いてあげましょうか」
彰政はもう一度正二郎を抱いた。
二度目は正二郎も抵抗する気が失せていた。

二度目も正二郎の中で放出すると、信三郎が近づいてきた。
「次は俺にもやらせろ」
「お父さん、相手は自分の兄貴なんだろ?」
「あんなもん見せられて興奮しない男がどこにいるんだ。それにあれは客観的に見れば姪の沙希だ」
信三郎は全裸になり、すぐにペニスを正二郎の中に入れた。
「これが兄貴のオマンコの感触か。なかなか締め付けが強くっていいな。じっとしてても十分気持ちがいいぜ。おっ、また締めつけてきた。よっぽど男が好きな身体なんだな」
信三郎が正二郎の上半身を起こし、反対方向に向けた。
その結果バックで突かれる格好になった。
信三郎が激しく腰をぶつけてきた。
「どうだ。バックのほうが感じるんじゃないのか?」
正二郎は決して感じてはいなかったが、喘ぎ声は確実にあげていた。
「いい声だぜ、兄貴」
信三郎は何百回も腰をぶつけた。
正二郎の意識はほとんどなかった。
いつの間にか正常位に戻っていた。
ようやく信三郎のものが放出されたとき正二郎は意識を失っていた。


その後も彰政は暇があれば正二郎を抱きにやってきた。
正二郎は抵抗する気力が失せていた。

一週間ほど経ったとき正二郎は初めての生理を迎えた。
妊娠していないことが分かり少しホッとした。
それでもいつまでこの生き地獄が続くのかと思うと妊娠してるかどうかなんてどうでもいいような気がした。

生理中でも彰政はお構いなしだった。
そんな彰政でもそろそろ正二郎を抱くことに飽きつつあった。


いつものように彰政が正二郎を抱いた。
何回か正二郎の中に出すと疲れたのか、正二郎の横に大の字になって寝ていた。
そこへ信三郎がやってきた。
「彰政、またやってたのか?」
「ああ。でもなんか飽きてきたよ。反応しないし、まるでマグロを抱いてるみたいだ」
「それじゃそろそろ殺ってしまうか」
「精神病院に連れて行くんじゃなかったのか?」
「今さら連れて行って余計なことしゃべられたらそっちの方がヤバイだろう」
「そりゃそうか。それにしてもこれだけ美人なのに勿体ないな。どこかに売って金にするなんてどうだ?」
「そんなスケベ心が身の破滅のもとなんだ。殺るときには殺る。これが基本だ」
「親父ってなかなか悪いやつなんだな。でも爺さんにはどう言うんだ?」
「親父には当初の予定通り沙希を精神病院に連れて行ったことにしてある。完治する見込みがないので自殺でもしたことにしとければいいさ」
そう言って、信三郎がゆっくりと近づいてきた。
(殺される)
正二郎はそう思い、スキを見て死に物狂いで信三郎に体当たりした。
不意を突かれた信三郎は尻餅をついた。
彰政は相変わらず大の字で寝たままだ。
正二郎は必死に上への階段を昇った。
幸運なことにドアには鍵がかかってなかった。
ドアを開け倒れこみながら声を限りに叫んだ。
「助けて」
一之介が一番に駆けつけてくれた。
一の介は沙希が家にいたこと、そして明らかに暴行を受けている様子に驚いた。
「沙希、どうしたんだ?」
(助かった…)
薄れ行く意識の中、一之介の顔だけが見えていた。


気がついたら病院の一室だった。
(そう言えば生き返ったときもこんな感じだったな)
はっきりしない頭でそんなことを考えているときだった。
(お父さん)
正二郎の心の中で誰かの声が聞こえた。
「誰だ?」
(わたしよ、沙希よ)
「沙希…死んだんじゃなかったのか?」
(お父さんがわたしの身体に入ったとき、わたしも一緒に自分の身体に戻っていたの。気がつかなかった?)
「ああ」
(お父さんが先にわたしの身体をコントロールしたせいか、わたしは意識の奥のほうに追いやられちゃってなかなか出てこれなかったの)
「そうなのか…悪いことをしたな…。ところで今まで起こったことは分かっているのか?」
(うん、お父さんがわたしのためにあんなひどいことされても頑張ってくれたことは全部分かってる。ありがとう。それを言いたくて。これからもわたしの身体、大事にしてね)
「どういう意味だ?まるで…」
(そう、お別れなの。意識の底で眠ってる魂は存在しちゃいけないらしいの。だからわたしはもうすぐ消えてなくなってしまう。でもわたしの身体はお父さんがずっと大事にしてくれるんだよね?あたしの分まで生きてくれるんだよね?お父さん…)
「沙希…」
(消えてしまう前にお父さんと話せて嬉しかった。神様のサービスなんだよね、これってきっと。それじゃ、わたし、逝くね。ありがとう、お父さん……)
「…沙希?……沙希……沙希ぃぃぃぃぃぃ」
病室に正二郎の絶叫だけが悲しく響いた。


信三郎と彰政が逮捕され、警察で意味不明の訳の分からないことを供述したため、精神鑑定が行われるという話が聞こえてきた。
結局二人とも責任能力なしとして無罪となったが、二度と普通の社会に戻ってくることはなかった。


沙希はその事件のせいで男性恐怖症に陥った。
家族であっても男性が近づくのを極端に恐がった。
男性に身体に触れられるとパニックになり気を失うことすらあった。
学校に行くこともできず、ただただひとりで過ごすことが多くなっていった。
一之介はそういう沙希の状態に心を痛め、何人かの家庭教師を連れてきた。
しかし沙希は誰にも心を開かなかった。
最初は女子大生だったが、そのうち性別に関係なく人当たりのいい人間が来るようになった。
ほとんど反応を示さない沙希にほとんどの人間はひと月持たずに辞めていった。
しかしそのうちの一人の加山大輔という青年は唯一人一ヶ月以上経っても辞めなかった。
大輔は一応家庭教師ということで沙希のもとに来たのだが、実際勉強を教えることはなかった。
大輔も家庭教師というよりは話相手になろうとしているかのようだった。
大輔は必ず毎日顔を出した。
ほとんど沙希は話をしなかった。
大輔が一方的に話をしているだけだった。
そして3ヶ月が過ぎた。

「沙希ちゃん、いつになったら心を開いてくれるんだい?」
「…」
「そうだ。面白い話をしてあげよう」
大輔が沙希の顔を見ずに話し出した。
「ある女の子が交通事故に遭いました。道を歩いていただけなのに暴走車が突っ込んできてアッという間の出来事でした。女の子が天国の道を歩いていくとひとりの男の人がみんなと反対方向に急いでいるのに気がつきました。どうしたんだろう?女の子は何となく興味を覚えてその男の人の後をついていくことにしました。男の人の前にまぶしい光が見えました。男の人はそれを目指しているようです。女の子は男の人から離れないよう一生懸命ついていきました。気がつくと病院の部屋にいました。でも身体を動かすことができません。いくら頑張っても身体は動きません。諦めかけたときに「ううーん」という声とともにようやく目を開けることができました。近くにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいます。でもどうしても言葉がでません。女の子はここでようやく気がつきました。女の子の身体にはさっきの男の人が入っちゃったこと。女の子の身体はその男の人でないと動かせないことを」
正二郎は瞬きをすることも忘れたかのように大輔のことを見ていた。
「女の子は意識だけはしっかりと持ってました。女の子の身体を動かしているのがお父さんだと知ったときは大変驚きました。そしてひとつの身体にふたつの魂が入っていることは許されないことを知りました。女の子は逝かなくてはなりません。女の子は最後にお父さんと話がしたいと思いました。すると神様がその願いを聞き届けてくれました。女の子は自分の分まで生きてほしいと伝えました。最後に話せて嬉しかったことを伝えました」
正二郎の目から涙がこぼれた。
大輔の目からも涙がこぼれた。
「沙希…なのか?」
「やっと分かったんだ。本当に鈍感なんだから」
「どうして?」
「どうしてって?…どうしてあたしが大輔さんになったかってこと?」
「ああ」
「お父さんがあたしの身体に入ったときと同じよ。死ぬのが嫌だから光を探して彷徨っていたの。そして気がついたらこの身体に入ってたってわけ。元の持ち主の魂はないわ。死んじゃったみたい」
大輔の手が正二郎の頭を撫でた。
正二郎はビクッと身体を震わせた。
「あたしだと分かっても恐怖症はなくならないみたいね。あんな思いをしたんだもん、仕方ないよね?ゆっくり治していこうね?」
「うん…ああ…」
正二郎は自分の病気は治るかもしれないと思えた。


大輔は沙希だった。
この事実を知ってから沙希と大輔の距離は一気に縮まった。
それは周りの目からも明らかだった。
沙希は一日の最初に大輔の来る時間を確かめるのだった。

「ようやく沙希が明るさを取り戻してくれたようだな」
「はい」
「これも大輔くんのおかげだ」
「本当に。あの二人はとても仲がよろしくて羨ましいですわ。沙希ちゃんったら口を開けば"加山先生"ですからね」
一之介と菊枝が沙希を見ながらにこやかに話していた。

大輔はあの日以来沙希としての話し方はしなかった。
誰に聞かれているか分からないからだ。
それは正二郎も同じことだ。
大輔の前で沙希として振る舞う恥ずかしさはあった。
しかしそれも大輔の正体を知った数日だけで、あとは沙希として自然に振る舞うことができた。

沙希は18歳の誕生日を迎え、初めて家の外で二人っきりでデートをした。
「沙希ちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
ジュースで乾杯した。
素晴らしいディナーだった。
食事が終わると二人は無言のままホテルの部屋に行った。
正二郎は大輔になった沙希に抱かれてもいい、抱かれたいと思っていた。
大輔が正二郎を抱きしめた。
正二郎は思わず身体を硬くした。
その反応を感じて大輔が言った。
「まだまだ心の傷は癒えてないみたいだね?」
正二郎は申し訳ない気持ちになった。
気持ちは大輔のことが好きなのに無意識のうちに身体が拒絶反応を示すのだ。
「無理しなくていいよ。時間はまだまだあるんだから」
「でもせっかく部屋まで取ってもらったし…」
大輔は笑みを浮かべて言った。
「この前、沙希ちゃんのお父さんにすぐにでも結婚してもいいって言われたよ。もちろん僕が婿養子になるのが条件だけど」
「結婚?」
「沙希ちゃんには絶対に幸せになってもらうんだって。お父さんは女の幸せは結婚だと考える世代なんだからね。だから時間はいっぱいあるってこと。もちろん僕と結婚してくれるんだったらっていう条件付きだけど」
大輔が笑った。
正二郎はなぜか涙が出てきた。
正二郎は大輔の唇を求めた。
二人はキスをした。
正二郎にとっては女性として初めてのキスだった。

それから大輔を受け入れる気持ちの傷が癒えるのに1年の月日を要した。
1年後の沙希の誕生日に初めて二人はひとつになった。

(有紀、ちょっと奇妙な形だけど、俺たちの愛が結実したんだよな?)
正二郎は天国にいるであろう有紀に心の中で語りかけた。
(そうね)
大輔の笑顔を通じて有紀がそう言ったような気がした。

沙希がリズミカルな動きを始めた。
正二郎の中で動く沙希のペニスを感じながら正二郎は何とも言えない幸福感を感じていた。
(ああ、これが女性としての快感なんだわ)
愛する人と結ばれること。
身体の結びつき以上に心の結びつきが重要なこと。
それを娘の沙希から教えられた。
今、正二郎は元・娘の腕の中で喘いでいる。
恥ずかしくはなかった。
幸せだった。
ずっとこの人と一緒にいたい。
正二郎は強くそう願った。


《完》

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