軟禁されて



(ここはどこだ…)
友永幸弘は椅子に座らされ後ろ手に縛られていた。
しかも目隠しされていた。
動き回ることもできず、周りの風景を見ることもできない。
そのため、周りの様子が分からない。
なぜか頭がズキズキ痛む。
(痛ぇ)
頭の痛みを感じたことで記憶が蘇ってきた。
(そういや帰り道で殴られたんだっけ)


幸弘は24歳。
車の販売会社に入社して、二年目の会社員だ。
身長は大して高くないが、可愛い系の顔をしているため女性には人気があった。
ただ性格が天然系で、少しピンぼけの部分があった。
それは会社生活にも現れていて仕事を器用にこなしていくタイプではなかった。
はっきり言えば要領が悪かった。

その日いつものように残業をしていた。
幸弘の課で一番遅く帰るのが幸弘だった。
性格のせいかまだまだ仕事の段取りが悪く、どうしても帰るのが遅くなってしまうのだ。
いつものように仕事を終えたのが11時過ぎ。
事務所の戸締りを確認してようやく家路についた。
明日から3連休だし、久しぶりにゆっくりできる。
婚約者の青木純子に会えるのも久しぶりだ。
そんなことを考えながら寮への道を急いだ。
あと2回角を曲がると寮に着く。
そんなタイミングで後頭部に強い痛みを感じた。
誰かに殴られたらしい。
叩いた犯人のほうを見ようとしたが、その前に気を失い、前のめりに倒れた。


「誰かいないのか?」
幸弘は頭の痛みに耐えながら耳を澄ませた。
何も音がしない。
周りに人がいる気配はない。
幸弘は誰かが現れるまでじっとしていた。

1時間近く経ったと思われたころ、ドアが開く音がした。
「誰だ」
幸弘は叫んだ。
返事はない。
しかし足音が近づいてくる。
幸弘の背後で止まった。
「誰だ」
幸弘は再び叫んだ。
やはり返事はない。
返事の代わりに目隠しが取られた。

急に目隠しが外されたため、幸弘は眩しくて目を細めた。
少しずつ部屋の様子が目に入ってきた。
人が住んでいる気配すらない廃屋の一室だった。
その部屋に、部屋中至るところに一人の女性の写真が貼られていた。
(可愛い人だなあ)
こんな状況にも関わらず幸弘はそんなのんびりしたことを考えた。
写真の一枚一枚はそんなことを考えさせる穏やかなものだった。
ほとんどの写真が色褪せていた。
撮られてから少なくない年月が経ったことを示している。
それにしても壁という壁にひとりの女性の写真が貼られているのは異様だ。
しかも天井にまで貼られている。
その光景は異常な執念さえ感じさせる。
幸弘は一種の寒気を覚えた。

「誰だ、この女は?」
「俺の妻だ」
幸弘の背後から男の声がした。
幸弘は男のほうを見ようとしたが、男の手で頭を押さえつけられ見ることはできなかった。
「20年前に死んだ俺の妻だ。俺は妻を取り戻すために自分の一生をかけたんだ」
「それと僕とどういう関係があるんだ!?」
「俺の妻の復活にはお前が必要なんだよ」
「どういうことだ!」
「そう急ぐなって。今に分かるさ」
その言葉とともに背中に鋭い痛みを感じた。
「何をしたんだ!」
「さあな」
すぐに強烈な睡魔が襲ってきた。
「ちくしょう…」
その言葉を最後に幸弘は眠りに落ちた。


気がつくとベッドに寝かされていた。
さっきまでの部屋と違い、普通のマンションの一室のようだ。
今度は縛られてなかった。
机の上の写真立てにあの女性の写真があった。

「やっと気がついたか。あれから20時間以上が経ったんだぜ。よほどお疲れだったようだな」
聞き覚えのある声だ。
昨日の男の声だった。
「誰だ、お前は?何のために僕をこんな目に合わせるんだ」
幸弘は声のするほうを見た。
そこには40歳後半くらいの男が立っていた。
あまり乱暴なことをしそうな男には見えない。
「まあ細かい話は後回しにして飯でも食おうや。腹が減ってるだろう」
男はテーブルのほうを見た。
つられて幸宏もテーブルを見た。
そこには弁当が置かれていた。
食べ物を目の前にして幸弘は空腹を感じた。
「食べていいのか?」
「ああ、どうぞ」
「毒が入ってるんじゃないだろうな」
「そう思うんなら食べないでいいんだぜ」
幸弘は少し迷ったが結局空腹には勝てず弁当を食べた。
一気に弁当を食べ終わると、ようやく少し気持ちが落ち着いてきた。

「ふぅ、それで僕をどうしようってんだ?」
「そんなことより身体は何ともないのか?」
「ど…どういうことだ?やっぱり毒が入ってたんだな」
「いいや、弁当には何も入れてないぜ」
「弁当には…だと?じゃあ…昨日の注射か?」
そう言われると何かイライラする。
しばらくすると手が震えてきた。
「あの注射は麻薬だったのか?」
「そう思うんだったら、別にそれでもいいぜ」
汗が滲んできた。
幸弘は耐えた。
しかし我慢にも限界がある。
「おい、昨日の薬を。頼む」
ついに幸弘は男に懇願した。
「どうしたんだ。まるで麻薬中毒者みたいだな」
「お前が打ったんだろ。頼む、打ってくれ」
「ここにあるぜ。これから俺の言うことを聞くか?」
「ああ、分かった。何でも聞く。だから薬をくれ」
幸弘は男が差し出した薬の入った注射器を受取った。
幸弘はすぐに自分の腕に突き刺し、薬を注入した。
「ふぅ」
すぐに禁断症状が治まった。

「それじゃ俺の言うことを聞いてもらおうか、約束だろ?」
男がニヤニヤと笑っていた。
「何だ、何をすればいいんだ?」
「なあに、そんな難しいことじゃない。しばらくこの部屋でおとなしくしてくれるだけでいいんだ」
「そんなこと言われても…。僕にも仕事があるし」
「お前の都合なんて知ったことじゃない。お前にはこの部屋で生活してもらう。約束だろ?」
「ああ、分かったよ。おとなしくいればいいんだろ?」
「そうだ、おとなしくしてればとって食おうってわけじゃないんだから」
しばらくすると男が出て行った。

(こんなところにいたら何されるか分かったものじゃない)
幸弘は部屋を抜け出し、外に出た。
男の姿は見えなかった。
安心して辺りの様子を見た。
その景色には見覚えがあった。
会社の寮からそれほど遠くないところだ。
(とにかく寮に戻ろう)


幸弘は急いで寮に戻った。
(とにかく純子に電話しよう)
幸弘は純子の携帯に電話した。
しかし何度電話しても呼出音ばかりで全然繋がらない。
(どうしたんだろう?昨日電話しなかったんで怒ってんのかな)
なかなか繋がらない電話をかけてるうちに眠ってしまった。

しばらくすると禁断症状が出てきた。
(どうする?戻るか?それとも病院に行くか?)
病院に行けば通報され、警察の取調べを受けるだろう。
しかしあんなところへ戻れば何をされるか分かったもんじゃない。
警察に連行されてもありのままを話せば分かってくれるはずだ。
とにかくこのままでは禁断症状が治まるはずがない。
寮母さんに頼んでタクシーを呼んでもらった。
タクシーはすぐに来た。
幸弘は倒れこむようにタクシーの後部座席に乗り込んだ。
「お客さん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。市立病院までお願いします」
「病院より確実に症状が治まるところに行きましょう」
ルームミラーにタクシーの運転手の顔が映った。
「お前は!」
あの男だった。
幸弘の顔に何かを噴霧された。
幸弘は気を失った。


気がつくと昨日のマンションの部屋だった。
ベッドに寝かされていた。
禁断症状は治まっていた。
しかし両手が後ろ手に縛られていた。

「この部屋から出ないと約束しただろ?約束を破った罰は受けなくちゃな」
男はスタンガンを幸弘に押し当てた。
「痛いっ!」
「今回は少し抑え目にしたが、次はもっと痛いぜ。分かったか」
「分かった…」
「口の利き方が分かってないみたいだな。分かりました、だろ?」
男は昨日より高圧的な態度になっていた。
「……分かりました」
これ以上怒らせるとどんな目に会うか分からない。
幸弘はあえて反抗的な態度を取らないように注意した。
「それでいいんだ。二度目はないと思え」
幸弘は黙って頷いた。

男がナイフを取り出した。
「よし、それじゃ、縄を解いてやる。背中を向けろ」
幸弘は男に背を向けた。
腕に痛みを感じた。
「何を!」
「約束を破った罰さ。昨日の10倍の量を注射してやったぜ。今度逃げたら禁断症状はさらに強くなってるだろうな」
「そんな…」
男が幸弘を縛っている縄を切った。
幸弘の手足は自由になったが、精神的には拘束されたようなものだった。

「この部屋の中では自由にしていい。ただし、絶対に外には出るな。今度逃げたらどうなるか分かってるだろうな?」
「は…はい」
「一応言っておくがこの部屋には監視カメラがつけてあるからな。怪しげな行動を取ればすぐに分かるからな」
「監視カメラ?」
「ああ、そうだ」
「それじゃ昨日逃げたことも?」
「ああ、分かっていたさ」
「それじゃあどうして…」
男が幸弘にスタンガンを当てた。
「うわああああ」
「口の利き方に気をつけろって言ってるだろ」
「…はい…」
「あまり余計なことは聞かんことだな。とにかくこの部屋にいる限りお前は自由だ。食事は定期的に届けさせる。次に禁断症状が出てきたら、この薬を使っていいぜ」
「はい」
「それじゃまた明日来るからな」
男が出て行った。

幸弘はドアを確認した。
ドアは開いた。
今日も逃げ出そうと思えば逃げられる。
しかし逃げ出すことはできなかった。
逃げ出せばもっとひどい目に遭わされる。
そんな恐怖が心を占めていた。

(とにかく風呂でも入ろう)
幸弘は風呂に入った。
2日振りの風呂はとても気持ち良かった。
しかし、風呂からあがると徐々に気分が悪くなってきた。
大量の薬が注射されたせいかもしれない。
あるいは単なる気のせいなのかもしれない。
いずれにせよ幸宏は立っているのもつらくなってきた。
(とにかく寝よう)
倒れこむようにベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。

夢を見た。
逃げても逃げても何か分からないものに追われる夢だった。
うなされて目を覚ましたときはまだ夜中だった。
嫌な汗をかいている。
体調はますます悪くなっていた。
明らかに熱があるようだ。
体温計がないので正確な体温は分からないが、38度はあるはずだ。
とにかく苦しい。
水を飲みたいが、起き上がるのもつらい。
そのまま寝続けたが、寝ているのか起きているのか分からない状態だった。

気がつくと辺りはすっかり明るくなっていた。
目の前に男の姿が会った。
「どうしたんだ?」
「熱が出て…苦しいんです…」
「昨日大量の薬を注射したからな。そのうち治るさ」
男は冷たく言い放ち、すぐに出て行った。

幸弘はその後も何度も寝返りを打ちながらも眠った。

夕方になったころ、嘘のように回復した。
回復すると身体中 汗をかいていて気持ち悪かった。
(シャワーを浴びよう)
幸弘は浴室に入った。


(ふぅ、気持ちいい…)
シャワーの水に打たれていると、今置かれた悪夢のような状況が嘘のような気がする。
嫌なことも何もかも洗い流されていくような気さえする。
だがやはり現実なのだ。
(僕、どうなっちゃうんだろう)
幸弘はこれからの自分に大いに不安を覚えた。

幸弘はシャワーを浴び終わって、洗面所の鏡に映った自分の顔を見た。
(?)
何か印象が違う。
確かに自分の顔なのだが、どことなく優しげだ。
そういえば何日か髭を剃っていないにもかかわらず髭が生えていない。
もしかするとあの注射には女性ホルモンが入っているのかもしれない。
これまで麻薬だとばかり思っていたが、女性ホルモンも入っているんだ。
あらためて自分の顔を見ると、あの写真の女性の顔に似ているような気がする。
(このままだとあの男の奥さんにさせられてしまう)
幸弘の心に不安が広がった。
そして思わず叫んだ。
「おい、監視カメラで僕を見てるんだろ!僕はお前の奥さんにはならないからな。このまま警察に行ってやる。警察でお前に拉致されたことを訴えてやる」
幸弘は急いで服を着て、玄関のドアを開けた。
目の前にはあの男がいた。

「また約束を破ったな」
男はスタンガンを幸弘にあてた。
「わあああ」
幸弘は電気ショックで倒れた。


気がつくとベッドに縛り付けられていた。
幸弘の目の前には男がいた。
「約束を破った罰は取ってもらうぞ」
「約束を守ったってどうせ僕を女にするつもりなんだろう。そんなこと絶対にさせないからな」
「まだ自分の立場が分かってないらしいな」
男はスタンガンを押し当てた。
「わあああ」
「口の利き方には注意しろってんだろ」
「うるさい。わあああ」
幸弘が口を開く度にスタンガンを押し当てられた。
何度も何度も。
痛みで意識が飛んでしまうこともあった。

そのうち禁断症状が現れ始めた。
「身体が震えてるぞ。寒いのか?」
「くそぉ…」
スタンガンが当てられた。
「わあ」
幸弘は耐えた。
これ以上、薬を打たれると女にさせられてしまう。
しかしその我慢もほとんど持たなかった。
ついに幸弘は言った。
「薬をくれ」
またスタンガンが当てられた。
「薬を…ください……」
「女になってもいいのか」
「もうどうでもいい」
スタンガンが当てられた。
「わあああ」
「何度も言わせるんじゃない」
「とにかく薬を…お願いします」
「そんなにお前が言うんなら仕方ないな。お前が望むから注射してやるんだからな」
男は幸弘に注射を打った。
一気に幸弘の禁断症状は治まった。

「それじゃ、約束を破った罰の続きだ」
男は幸弘の服に鋏をあてた。
「何をする…んですか?」
男は身体に当てずにスタンガンのスイッチを入れた。
目の前で放電の様子が見えた。
それだけで幸弘には十分効果的だった。
一瞬にして幸弘の身体が硬直した。
「口答えはするな」
「は…はい」
男はゆっくりと幸弘の着ているものを切り裂いた。
幸弘は全裸でベッドに縛り付けられている状態になった。

男がじっと幸弘の身体を見ている。
「あまり変化が見られないな。ここはどうだ?」
男が幸弘の身体に手を伸ばした。
そして幸弘の乳首を指で押さえた。
「うっ」
幸弘は痛みを感じた。
「ほぉ、しこりができてるじゃないか。いったいどうしたんだろうな」
男はニヤニヤしていた。
そしてスイッチを入れない状態のスタンガンで幸弘の乳首を撫でるようにした。
幸弘は恐怖を感じながらも、一方では快感を感じていた。
「どうだ?感じてるんなら声を出してもいいぜ」
幸弘は耐えた。
口から声が漏れそうになるのを必死に耐えた。
「なかなか頑張るじゃないか。それじゃこれはどうだ?」
男がさらに胸に顔を近づけたかと思うと、舌で幸弘の乳首を舐めた。
「ぅん…」
「やっぱり舐められるほうがいいのか。変態だな」
男は幸弘の乳首を舐め続けた。
幸弘は気味が悪かったが、舐められることによる快感は否定しようがなかった。
無意識のうちに喘ぎ声をあげていた。
10分近く舐められ続けた。
幸弘はあまりの快感に息絶えだえになっていた。
「感じ方はすっかり女だな。いい思いをさせてやって、許してやるほど俺は甘くない」
男はピンク色のソーセージ状のものを取り出した。
線でつながった先にはつまみのついたコントローラのようなものがついている。
「これが何か知っているか?そう、ローターだ。これをお前の乳首につけて気持ち良くさせてやろうってんだ。優しいだろ?」
「やめてくれ」
スタンガンがあてられた。
「懲りん奴だな」
男がローターを幸弘の胸につけ、スイッチを入れた。
微かな快感がローターからもたらされた。
「明日までこれで楽しんでてくれ」
男が出て行った。
幸弘はローターの振動を感じた。
すると身体の中から何とも言えない快感が湧き上がってきた。
快感の波に飲まれているうちに硬くもなっていないペニスから精液があふれ出した。
決して勢いはなかったが、少しずつ絞り出すかのように精液が流れ出した。
幸弘は精神的にも体力的にもギリギリまで追い込まれていた。
それでも快感だけは耐えることなく幸弘を襲ってきた。


何時間が経ったのか幸弘には分からない。
ようやく男がやってきた。
幸弘は虚ろな目で男のほうを見た。
「外してくれ」
スタンガンを当てられた。
「外してください」
「女のように頼んでみな」
「…外してちょうだい……お願い……」
「ははは、なかなかうまいじゃないか。これからもその話し方をしてくれよ」
ローターが外された。
しかしまだ胸が振動しているような気がする。
男の手が幸弘の胸に触れた。
男の手の感触から幸弘は自分の胸の変化を感じた。
幸弘は男に驚いた表情を見せた。
「どうだ?気がついたか?かなり乳房が形成されてきたぞ。まだAくらいだけどな」
「えっ?」
男が乳首をつまんだ。
「痛いっ」
「乳首も少し大きくなってるぜ」
「嘘だぁ」
幸弘が叫ぶと男は容赦なくスタンガンを押し当てた。
それでも幸弘は叫んだ。
このままでは本当に女にさせられる。
そんな恐怖が幸弘に最後の足掻きを行わせた。
しかし、そんなときに禁断症状が始まった。
少しの間耐えた。
しかし、ほとんどもたなかった。
「薬…薬を………」
「薬をどうすればいいんだ?」
「薬を……ちょうだい……お願い……」
「ようやく自分の立場が分かったようだな。もう反抗するんじゃないぜ」
「わかった…わ……。だから早く薬を…」
男は幸弘に注射した。
幸弘は禁断症状から解放された。
同時に幸弘は反抗することを完全に放棄した。

男は幸弘の胸にできた膨らみに手をあてた。
そしてゆっくりと揉んだ。
「どうだ?感じるか?」
わずかに感じたが、幸弘の表情は全く動かなかった。
幸弘は感情をなくしたかのようだった。
「今度はだんまりか?まあいい。いつまで続くかな?」
男は再び幸弘の胸にローターをつけた。
そしてスイッチを入れた。
ローターが振動し始めると、最初は無表情だった幸弘の顔が少しずつ歪んできた。
胸の刺激から逃れようと必死に身体を動かそうとしたが、身体は縛られているため身動きがとれない。
やがて微かな声が漏れた。
その声は少しずつ大きくなってきた。
男はそんな幸弘の姿をすぐ傍でジッと見ていた。
「お願い…止めて…」
「言うこときけよ」
「…はい……」
「お前のことは今から女として扱う。わかったか?」
「…はい……」
「お前は男か?」
「…私は…女です……」
「そうだ。お前は女だ。よく分かっているじゃないか。ははははは…」
男は大きな声で笑った。
幸弘の目から涙がこぼれた。

男は幸弘の下半身の拘束を解いた。
「膝を立てろ」
幸弘は男に命じられるまま膝を立てた。
すると男は幸弘の股間に頭を入れ、覗き込んだ。
「ほぉ、順調そうだな」
そう言って下腹の辺りを数ヶ所押した。
「子宮もちゃんと出来上がっているようだ」
さすがにこの言葉には幸弘も驚いた。
「どういうこと…?」
男は幸弘の顔を見てニヤッと笑った。
「どうせ性転換手術でもされると思ってたんだろ」
幸弘はゆっくり肯いた。
「実はお前に与えた薬は麻薬でも女性ホルモンでもない。性転換させる薬だったんだ。動物実験じゃ比較的短時間に変わったんだが、人間の場合そうはいかないらしい。身体が大きい分、時間がかかるらしいな。猿の場合は3日間で完全なメスに変わって、しかもその猿は子供を産んだんだ。おそらくお前も子供を産むことができるようになるはずだ」
幸弘の頭の中はパニックに陥っていた。
しかし表情にはわずかな驚きが出ているだけだった。
「お前の股間にはまだ小さくなったとは言えペニスが残っている。しかし睾丸はすでになくなっている。しかも女性器もできつつある。いわゆるフタナリってやつだ。あとはペニスがなくなればほぼ女性化は完了だ。おそらくあと1日か2日といったところだろうな」
幸弘は男の言葉を頭の中で反芻した。
(あと1日か2日で女性化は完了…)
自分の身に起こっていることなのに、他人事のようにしか感じられなかった。

男はナイフで幸弘を縛っている全ての縄を切った。
「立て」
幸弘は男に命じられるままに立ち上がった。
「今のお前の姿を見せてやろう」
男は幸弘を全身が映る鏡の前に立たせた。
そこに映っているのはショートヘアの女性だった。
身体全体も心なしか色が白くなっているようだ。
胸がわずかだが隆起している。
胸の先には小指の先ほどの乳首が存在している。
ペニスは確かに存在しているのだが、子供の指程度の大きさになっていた。
むしろ存在していることが不自然に見えるほどだった。

さらに顔の印象が全く違う。
確かに自分の顔なのだが、なぜか女性の顔に見えた。
色が白くなっていること以外、何が変わっているのかは分からない。
むしろ変わっているところはないように思える。
しかし女性の顔に見えるのだ。
しかも写真の女の顔にそっくりになっていた。
そんな自分の姿を見せられても、やはり幸弘はあまり表情に表すことができなかった。
感情を表現する方法を忘れてしまったようだった。
幸弘はそんな自分の状態を内心では悲しく感じていた。

幸弘が鏡の前でジッとしていると、男はどこかに携帯をかけた。
しばらくすると、紙袋を抱えて女がやってきた。
「急に呼びつけないでくださいよ」
女は開口一番男に文句を言っている。
「一応前から言ってただろ」
「だからと言ってすぐ来いはないですよ。私にだって都合があるんですからね」
「悪かった。その分、礼を上乗せするから」
「そういうことなら、まあいいですけど」

女は目の前の幸弘を見た。
「あなた、本当に男の子?」
幸弘は何も答えなかった。
答える気力がなかったのだ。
「あなた口がきけないの?」
女は不思議そうに幸弘の顔を覗き込んだ。
相変わらず幸弘は無言だった。
「ねえ、先生。この子、口がきけないの?」
「そう言えば女にされることを知ってから喋ってないな」
男は幸弘の目の前にスタンガンをちらつかせた。
「反抗的な態度をとってるとどうなるか分かってるんだろうな」
幸弘は反抗しているわけではなかった。
話すことができなかっただけなのだ。
しかし声を出さないとまたスタンガンで責められる。
「……はい……」
幸弘は気力を振り絞って何とか声を出した。
「ちゃんと返事くらいしないとな。人間として失格だぜ」
男がスタンガンのスイッチを入れた。
『ビリビリッ』
幸弘は放電の音で身体を硬直させた。
「これが嫌なんだろ?だったらちゃんとやろうぜ」
幸弘はこわごわ肯いた。

「そんなに脅さないでよ。この子、怖がってるじゃない?」
女が男を制してくれた。
幸弘は少し助かったような気がした。

女は持ってきた紙袋から服を取り出した。
「まずそれ着て」
それは女性の服だった。
幸弘には反抗する気はなかった。
おとなしく出された下着を身につけた。
しかしブラジャーはなかなかうまくつけられなかった。
「今日はやってあげるけど、明日は自分でつけられるようにね」
女がブラジャーをつけてくれた。
そしてキャミソールとミニスカートを着た。
肩にかかるブラジャーの紐とキャミソールの紐が幸弘の女性になった一面を際立たせるような感じがした。

「それじゃここに座って」
女が椅子を指差した。
幸弘が座るとすぐに幸弘の顔にいろんな化粧品を塗りたくられた。
鏡には可愛い女性が映っていた。

「予想通り、彩華さんにそっくりね」
「彩華…さん?」
「そう、亡くなった先生の奥さん。ねえ、先生もそう思うでしょ?」
男は幸弘の顔を見て、目が潤んでいた。
「…あっ…そうだな……」
幸弘は男の意外な部分を見たようで驚いていた。
恐かっただけの男の人間の部分を見たような気がした。

「おい、立て」
さっきの目が潤んだことが嘘のように今までの強い調子で男が命じた。
幸弘は反射的に立ち上がった。
強く言われると考える前に身体が反応する。
そういう状態になっていた。

男が幸弘の前に立った。
「お前は今から彩華だ。分かったか」
男の強い調子に幸弘は反射的に頷いた。
すると男の顔が近づいてきて、男の唇が幸弘の唇に重なった。
幸弘は目を開けたまま、男のされるがままにしていた。
しかし口は固く閉じたままだった。
男が舌の先で幸弘の唇をなぞる様に舐めた。
幸弘はくすぐったさを感じたが、それでも口を固く閉じていた。

男が唇を離し、怒ったように叫んだ。
「彩華、少しは口を開けろ」
男は再び唇を重ねた。
幸弘は微かに口を開いた。
そして何かに耐えるように目蓋を固く閉じた。

男の舌が幸弘の口の中に入ってきた。
幸弘は自分の口の中で蠢く舌の動きを感じていた。
特に気持ちいいわけでも気持ち悪いわけでもなかった。
とにかく早く終わってほしいと願うだけだった。

男の手が幸弘の胸に重なった。
そしてゆっくりと揉みあげるように指が動いた。
幸弘はそれでもほとんど反応しなかった。
男の指が乳首を摘むように揉みあげられると少し感じた。
それでもそれほどの反応は示さなかった。

「お前は不感症か」
男が吐き捨てるように言った。

男が幸弘の手首を掴み、自分の股間に当てた。
男のペニスが大きくなっているのが分かった。
「彩華、これを何とかしてくれ」
男がスタンガンをちらつかせた。
幸弘は急いで男のズボンのチャックを開けてペニスを取り出した。
「どうすればいけるかはお前だったら分かるだろ?」
幸弘はペニスを握って擦った。
「そんなんじゃダメだ。口でやってもらわないとな」
幸弘は男が要求していることは理解できた。
しかしそんなことはやれそうにない。
「…できません……」
「ほぉ、久しぶりに彩華の声が聞けたな。だがそんなことで許されるとはまさか思ってないよな」
男がスタンガンを幸弘の目の前に近づけスイッチを入れた。
目の前で放電の様子が見えた。
「やります」
幸弘は急いで男のペニスを口を近づけた。
おしっこの匂いがした。
そんな匂いを我慢してペニスを銜えた。
すると口の中に何とも言えない生臭い匂いが広がった。
それでも何度か舐めていると嫌な匂いはしなくなった。
幸弘は一心不乱で男のペニスを舐めた。
相当長い間、幸弘は男のペニスを舐め続けた。
しかし男はいかなかった。
「もういい」
男が無理やり幸弘の口からペニスを抜いた。
しかし幸弘はペニスを追うようにして再びペニスを口に入れた。
今度は口を窄めるようにして顔を前後に揺すった。
「お…おい…やめろ……」
男のペニスはすぐに硬度を増し、一気に爆発した。
「ゴホッゴホッゴホッ」
男の放出したものが幸弘の気管に入り、幸弘は咳き込んだ。
幸弘の口の辺りには男が出した精液が流れていた。

男はペニスをズボンに押し込んで、服装を整えた。
「それじゃ仕事に行ってくる。あとは頼む」
男は女に言い残して、外に出て行った。
後には顔中に男の出した精液がついた幸弘と女が残された。
幸弘は男がいなくなったことで、随分精神的に楽になったような気がした。

「あーあ、先生ったら久しぶりの彩華さんなんだからもっと優しくしてあげればいいのにね?」
「先生って?」
「あら、知らなかったの?あの人、お医者さんよ」
「お医者さん?」
幸弘はオウム返しのように女の言葉を繰り返すだけだった。
考える気力がなくなったかのようだ。
「あまり余計なこと言うと怒られるから、私が言ったって内緒よ。もし言ったら…」
そう言ってスイッチを入れずにスタンガンを押し当てた。
「あなたの嫌いなスタンガンをお見舞いしないといけないわ。分かった?」
「…はい……」
幸弘はスタンガンを見せられると条件反射のように身を固くしてしまう。
男がいなくなって軽くなったと思われたストレスが再び高まった。

「それにしてもいつまでもザーメンをつけたままでいるわけにはいかないわね」
女が幸弘の顔を濡れティシュで拭いた。
「ひとまずはこれで綺麗になったけど、シャワーで綺麗にしましょうか?」
幸弘の手を取って浴室に連れて行った。
「はい、服脱いで」
幸弘は何もせずジッと立ちつくしていた。
「もう本当に手がかかるわね」
女はそう言って幸弘の服を脱がせてくれた。
幸弘は全裸になった。
「あれ?」
女が幸弘の縮こまったペニスを凝視していた。
「さっきは気がつかなかったけど、これってもうペニスじゃないわ」
(?)
「大きなクリトリスでしかないわよ。もう大陰唇も小陰唇もできあがってるし。ちょうどクリトリスがあるところにペニスがあるもの」
幸弘はそんなことはないと思う反面、やっぱりとも思った。
こうした事態にそれほど驚くことができない自分に対して半ば絶望感を持った。

「ねえ、もうすぐ本当の女性になるんだから、最後に私を抱いてみない?」
女が妖しく腕を幸弘の首に絡めた。
そして抱き寄せキスをした。
長いキスだった。
感情を失ったように思えた幸弘だったが、女とキスすることで内面の男性部分が少しずつ覚醒してきた。

幸弘は女の胸を服の上から揉んだ。
「そんなに慌てなくてもいいのよ」
女は幸弘を軽くいなして、自ら服を脱ぎ全裸になった。

「さあ、それじゃいいわよ」
幸弘は本能のおもむくまま狂ったように女の全身を舐めまわした。
(僕は男だ!僕は男だ!)
幸弘は心の中で必死に叫んでいた。
女が幸弘の腕の中で喘いでいる。
幸弘は自分の身に起きている不条理なことを振り払うかのように女を抱いた。

「今度は私が可愛がってあげる」
女はそう言って幸弘と体を入れ替えた。
女は幸弘の乳首を舌で弾いた。
「あ…ぁん……」
幸弘はさっきまでのように感情を抑えることはできなかった。
一度男として感情を表に出したことで感情が噴出してしまったかのようだった。
女の愛撫により生み出される快感に声を出すことを抑えられなかった。
幸弘は大きな声で喘いだ。

女が小さくなった幸弘のペニスに優しく舌を這わせた。
女の舌の動きとともに全身に電気のような快感が走る。
「ああああ……ダメ……」
幸弘は身を捩って女の舌から逃げようとした。
しかし女は容赦なく舐め続けた。
幸弘は喘ぎ声をあげ続けた。
不思議なことに女がペニスを舐めると、飴が溶けていくようにペニスが少しずつ小さくなっていくのだ。
女の執拗な舌により、やがて普通よりやや大きいくらいのクリトリスになった。
大きさの変化が終わったあとも、女の舌が新たにクリトリスになったものを絡めるように舐めた。
「ぁ…ぁ…ぁ……なんか……変………」
幸弘は身体の中心から強い何かが生まれてくるのを感じた。
「あああああああああああああああああ…」
やがて身体を反らすようにして二度三度痙攣したように震わせた。
一瞬気を失ったかのように動きが止まった。
やがて激しい運動をしたかのように肩で息をした。
「これであなたも完全に女ね。たぶんもう禁断症状も起きないはずよ」
幸弘は快感ではっきりしない意識で自分の腹の下を見た。
そこにはわずかに残っていたペニスの残骸がなくなっていた。
(女になってしまった…)
幸弘は無意識のうちに涙が零れてきた。

「クシュン!」
浴室で裸のままでいたため身体が冷え切っていた。
「女の子は身体が冷えやすいから気をつけなきゃね」
「誰が女の子だ!」
幸弘は再び反抗する気力を取り戻した。
「あら?また反抗的になったの?」
女はニコッと笑って、幸弘にスタンガンを押しつけた。
「わあああああ」
電気ショックに大きな声をあげた。
「やめろ……やめて……」
「そういうふうに可愛らしく言おうね。そうでないと…」
「わかった…わかったわ……」
「それじゃ身体を温めてきて」
幸弘は女の言葉にしたがいシャワーを浴びた。
シャワーからでると女が用意した下着を身につけた。
ブラジャーが少しきつかった。
さらに胸が成長したようだ。
服はミニのワンピースだった。
幸弘は恥ずかしくて仕方がなかった。
しかし鏡に映った姿は可愛い女性だった。

「ふふふ、とっても可愛いわよ」
「……」
「まただんまりなの?何も喋んなくてもスタンガンするわよ」
「…ごめんなさい」
「それでいいわ。それじゃ外に出ましょうか?」
「この格好で?」
「そうよ。だってあなたのブラ、ちょっと小さくなっちゃったんでしょ?ちゃんと合うものを買わなきゃ肩が凝ったりして大変なのよ」
「そんなの…いいです。大丈夫です」
幸弘は抵抗したが、すぐにスタンガンを見せられ、女の言うことに従わざるをえなくなった。

女は手早く幸弘に化粧した。
そして幸弘を玄関に連れて行き、目の前にヒールの高いミュールを出した。
「これを履いてね」
幸弘は黙ってミュールを履いた。
少し小さめで足の先が痛かった。
何とか歩くことはできそうだ。
「外に出たらあなたのことを彩華って呼ぶわね。彩華は私のことを仁美さんって呼んでね」
「仁美さん…?」
「そう。それじゃ出るわよ」
「ちょっと待って…ください…」
幸弘の言葉を無視して仁美はドアを開けた。
「早く出て」
幸弘は仁美に促されて外に出た。

幸弘は身体が女性になっているとは言え、精神的にはまだ女性であることを受け入れてはいなかった。
それでも話し方は何とか取り繕うことができる。
しかし、所作はまだまだ男そのものだ。
だから他人から見ればすぐに女じゃないことが分かるんじゃないか。
女じゃないことが分かると変態だと思われてしまうんじゃないか。
そんな恐怖が幸弘にはあった。

幸いマンションの中では誰にも会わなかった。
しかしマンションを一歩外に出るとたくさんの往来があった。
幸弘にとっては道行く人全てが自分を見ているように思えた。
「もっと頭をあげて。せっかく美人なんだから皆に見てもらいましょうね」
仁美はそう言ってバッグの中からスタンガンをわずかに見せた。
幸弘はスタンガンを見せられると慌てて顔をあげた。
しかし視線は下を見たままだった。
それでも自分の周りにいる人たちからの視線は強く感じた。
特に男性はジロジロと舐めるような粘っこい視線を浴びせてきた。
『視姦』
そんな言葉が頭をよぎった。
自分も最近まで女性に対してそんな視線を送っていた。
スカートから伸びる脚、胸の膨らみ、顔やヘアスタイル。
好きなタイプであろうがなかろうが無意識に見てしまっていた。
そんな行動に対して悪いことをしている意識は全くなかった。
しかし自分が見られる立場になるとそんな視線を浴びせられるだけで身を硬くしてしまう。
とても居心地が悪かった。

「どれくらい歩くんですか?」
幸弘は仁美に聞いた。
「すぐそこよ」
しかし結局20分近く歩かされた。
慣れないヒールのせいか何十キロも歩いたようにすでに脚が張っていた。
また見られているという緊張感のせいで精神的にもヘトヘトの状態だった。

仁美がランジェリーショップへ入って行った。
早く男性の視線から逃れたい欲求はあっても、さすがに女性の下着だけの店には入るには抵抗があった。
幸弘は店の前で佇んでいた。
「何してんの?入ってきなさいよ」
仁美は顔だけを外に出した。
「でも…」
「そんなとこに立ってたら余計目立っちゃうじゃない。ほら」
仁美が幸弘の手を引っ張って無理矢理店に入れた。
店の中にはカラフルな下着が山のようにあった。
まさに目のやり場に困るといった状況だった。

「この子のサイズ、測ってくれない?」
仁美は近くにいる店員を呼びつけ、幸弘の身体のサイズを測るよう頼んだ。
「えっ、いいです」
「そんなこと言ったってサイズが分からなきゃ何も買えないじゃないの」
仁美はバッグに視線を移した。
スタンガンをあててほしいのということなのだろう。
そうなると幸弘は逆らえなかった。
「はい、分かりました」
幸弘はおとなしく店員にバストサイズを測ってもらった。

「ブラは75のCかDですね。メーカーによってカップが少し違うから実際につけてみてくださいね」
店員の言葉を聞くと仁美がいくつかのブラジャーを持ってきた。
「それじゃあこの辺を着けてみて」
幸弘は渡されたブラジャーを持って試着室に入った。
すると仁美も一緒に入ってきた。
「…どうして……?」
「だってまだ彩華は一人じゃブラ着けれないでしょ?」
「…でも…」
「でも?何?」
仁美が微笑んで睨んだ。
仁美の微笑みは悪魔のように見えた。
幸弘は仁美の着せ替え人形みたいなものだった。
次から次へといろんなブラジャーをつけられた。
結局おとなしめのデザインのパステル調の色のブラジャーとショーツを5組その店で購入した。

「次は美容院よ」
幸弘はおとなしく仁美の後にしたがった。
「あ、仁美さん、いらっしゃい。今日はこちらの方?」
「ええ、あんまり外見に構わない子だからちょっとお洒落させてあげようと思って」
「どのように」
「お任せするわ。可愛くしてあげて」
「こちらへどうぞ」
幸弘は椅子に座らされた。
「それじゃカラーリングもしましょうね。黒のままもいいけど、少し軽やかな印象にしましょう」
幸弘の髪はライトブラウンに染まられ、フェミニンなヘアスタイルになった。
「メークもしておきましょうか」
「お願いするわ」
仁美にされるよりも時間をかけてメークされた。
できあがった姿は浴室で見た印象より何倍も綺麗な女性になっていた。
「…すごい…」
幸弘は思わず呟いていた。
そんな呟きを仁美は聞き逃さなかった。
「何がすごいの?想像以上に綺麗になったってこと?」
幸弘は恥ずかしい思いだったが、素直に頷いた。
「自分が綺麗になるってことが女性は嬉しいものなの。別に男性がどう思うかは関係ないの。綺麗なものが好きだから自分も綺麗になりたいだけなの。それが分かったんなら彩華も立派な女の子ね」
仁美に立派な女の子と言われるのは複雑な心境だった。
しかし目の前に映る綺麗な女性が自分だと思うと自然と笑みが浮かんできた。
微笑んでいる自分はさらに綺麗だと思えた。


美容院を出ると幸弘からさっきまでのオドオドした様子がなくなっていた。
そんな幸弘の変化を仁美は素早く感じ取っていた。
「喉が渇いたわ。そこのオープンカフェでお茶でも飲みましょう」
仁美は通りにあるテーブルについた。
そこで仁美はアイスオーレ、幸弘はアイスコーヒーを頼んだ。
注文したものがくるまで仁美は幸弘の様子を見ていた。

幸弘は膝をつけ、脚を流すように座っていた。
店の窓ガラスに映る自分の姿をチラチラ見ているようだった。
時々スカートを伸ばすようにして姿勢を正していた。
ふと道行く人と視線が合うと恥ずかしげに下を向いた。
その姿は自信がないのではなく、女の子らしさが醸し出されていた。
アイスコーヒーも可愛らしく飲んでいた。
それは皆から見られていることを意識しているかのようだった。
「気に入ってくれたようね」
仁美の言葉に幸弘は素直に頷いた。

「そろそろ帰りましょうか」
仁美の言葉に幸弘は不満そうだった。
「そろそろ帰らないと先生が来ちゃうから」
そんな言葉に幸弘は渋々帰ることにした。

二人が帰ってしばらくすると男がやってきた。
「先生、とうとう完全に女性の身体になったわよ」
「ほぉ、そうか」
男はそれほど関心を示さないように見えた。
そんな態度に幸弘は不思議な気がした。
「……ん?何か感じが違うが…」
「さすが鈍感な先生でも気がついたのね。髪の毛少しいじっちゃった」
「髪の毛?そうか、染めたのか」
「それと少しパーマをかけてボリューム感を出してみたの。似合ってるでしょ」
「ああ、綺麗だ」
幸弘は男に綺麗と言われてなぜか嬉しいと感じた。
(どうして…?)
幸弘は自分のそんな気持ちの変化に戸惑っていた。

「それじゃ俺は帰る。後は頼む」
男はすぐに帰ろうとした。
「どうして?せっかく彩華さんになったのに」
「今日は疲れた」
男は出て行った。

「先生、きっと彩華があんまり綺麗なんで照れてるのよ。明日になればいつもの先生に戻るわよ。それじゃあ私は帰るから。戸締まり、ちゃんとしてね」
仁美の言葉は幸弘の耳に全く届かなかった。

幸弘の頭の中にはいろんな不安が充満していた。
今朝までの男の態度とあまりにも違いすぎる。
もしかすると男の亡くなった奥さんと全然似てないんじゃないのか?
期待外れだったのでこのまま捨てられるんじゃないのか?
捨てられたりしたらもう自分のことを幸弘だと分かってくれる人はいない。
戸籍のない性転換した男なんかどこでも働かせてもらえないんじゃないか?
この先どうやって生きていけばいいんだろう?
そんなふうにいろいろな不安が幸弘を襲ってきた。
さっきまで綺麗になったことで有頂天になっていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

幸弘は眠れぬ夜を過ごした。


翌朝になると仁美がやってきた。
「おはよう。よく眠れた?……そうでもなさそうね」
幸弘の目が真っ赤になっていることに気づいた。
「昨日の先生の態度が気になったの?」
幸弘は頷いた。
「大丈夫よ。あっ、そうだ。先生の名前って知ってたっけ?」
幸弘は首を横に振った。
「鈴木高文よ。高文さんって呼べばきっと彩華のことを見てくれると思うわ」
「高文さん……」
幸弘は今の姿のまま追い出されることだけは避けたいと思っていた。

その日の夜、高文がやってくると幸弘は思いきって言った。
「いらっしゃい、高文さん」
高文の顔はみるみるうちに怒りで真っ赤になった。
「…あの女、いらんことを教えやがって…。帰る」
乱暴にドアを開けて、出て行った。
一人残された幸弘は呆然と立ち尽くすしかなかった。
仁美の言った通りにしたのにどうして…?
幸弘の心の中には仁美に対する謂われのない怒りが湧きあがっていた。
そしてこのまま高文に捨てられるのではないかという恐怖に襲われていた。

次の日、高文は来なかった。
そしてまた次の日も。
また次の日も。
本当に捨てられたんじゃないか…。
幸弘の心の中にはさらに大きな不安が覆っていった。

幸弘は高文のことを恐れていた。
何かあればすぐにスタンガンを使う高文のことを。
しかし高文が来なくなってからは高文に見放されることを恐れるようになっていた。

高文に見放されたんじゃないかと半ば覚悟し始めるようになった日に高文は久しぶりに顔を出した。
「仕事で九州に行ってたんだ。これ、お土産」
そう言って幸弘に土産の箱を渡した。
『博多明太子』と書かれた箱を受取ると、思わず幸弘が呟いた。
「何だ…嫌われたんじゃなかったんだ…」

高文の耳にも幸弘の呟きは届いていたはずだが、高文は全く聞こえなかったように振舞った。
「お茶でも入れてくれるか」
「はい」
高文の言葉に幸弘は思わず嬉しそうに返事をした。
幸弘は高文に背を向けて急須に茶葉を入れた。
幸弘は背後から抱きすくめられることを想像していた。
完全な女性になった今、高文は自分のことを犯すに違いない。
幸弘はそう考えていた。

しかし実際はそんなことは起こらなかった。
「はい、お茶、どうぞ」
幸弘は高文にお茶を出した。
そして変な想像をする自分を恥じた。

高文がお茶を飲んでいる様子を黙って見つめていた。
お茶を飲み終われば何かされるかもしれない。
相変わらず幸弘の頭には次の妄想が浮かんでいた。

結局その日は何事もなく高文は帰って行った。
ホッとする反面自分には抱きたくなるような魅力がないのかと少し淋しい思いがした。


それからほぼ毎日高文は訪ねてきた。
仕事帰りにやってきて、幸弘が作った夕食を食べるのが日課のようになっていた。
さすがに幸弘が初めて作った料理はあまり美味しくなかったようだ。
高文は少し箸をつけただけですぐに食べるのをやめた。
それに奮起して料理の研究に励んで、それなりの料理を作れるようになった。
そうすると料理は必ず食べに来てくれた。
しかし、幸弘に指一本触れようとしない。

それからしばらくの間は来てもすぐに帰るか、しばらくいたとしてもほとんど会話がないのだ。
幸弘は何のために自分がこんなことをしているのか分からなくなっていた。

その日も食事を取るとすぐに出て行こうとした。
高文が玄関に向かおうとする後ろ姿が涙で霞んでいる。
幸弘はもうどうしていいのか分からなかった。
幸弘の中で何かが切れた。
「あなたにとって私は何の魅力もないんですか?いつもいつも晩御飯を食べて帰っていくだけ…。あなたはそんなことのために私を女にしたんですか!」
自分でも驚く言葉を叫びながら高文の背中に抱きついた。
「今すぐ私をあなたのものにしてください。私はあなたに抱いて欲しい」
幸弘は高文の背中に向かって叫んだ。
幸弘自身自分が何を言っているのか理解できていなかった。

高文が振り返り、幸弘を見た。
「いいのか?」
幸弘は流れる涙をそのままにして頷いた。
「俺のことを好きでもない人間を抱くつもりはない。お前は俺のことを好きなのか?」
「分かりません。正直なところあなたを憎いと思います。でも何かが変なんです。あなたが晩御飯を食べに来てくれるのは嬉しかった。でもいつもいつも晩御飯だけで私に興味を持ってくれないことはすごく不満だった。悲しかった。たまには私のことを見て欲しい。言ってることが無茶苦茶なのは分かってます。結局私があなたのことを好きなのか嫌いなのか、憎んでいるのか愛してるのかすら分かりません」
「少なくとも興味はあるってことか」
「はい」
幸弘は呟くような小さな声で返事をした。
その答えを聞いたかどうか分からないが、高文は幸弘をきつく抱きしめてきた。
そして荒々しく唇を重ねた。
最初は驚いて目を見開いてされるままにしていたが、やがて目を閉じて高文の背中に腕を回した。

高文は重ねた唇を離した。
そして幸弘の目をジッと見た。
何秒かが過ぎていった。
やがて幸弘に聞いた。
「本当にいいのか?」
高文が最後の確認をしていることは幸弘にも理解できた。
幸弘の覚悟は変わらなかった。
幸弘は静かに頷いた。

幸弘は全裸になってベッドで高文が来るのを待った。
しかし高文はなかなか幸弘を抱いてくれなかった。
高文は少し離れて幸弘の身体を薄暗い灯りで眺めていたのだ。
「何見てるんですか?恥ずかしいです」
幸弘は左腕で乳房を隠し、左脚を軽く曲げて恥ずかしそうに身体を捩った。
「綺麗だ」
高文は幸弘のほうをまっすぐ見て言った。
「えっ?」
「彩華の身体、綺麗だ」
そんな聞いていて恥ずかしい言葉がなぜか幸弘には心地よく聞こえた。
そんな自分の感覚が自分でも理解できなかった。

高文も服を脱いで裸になった。
ペニスはすでにはち切れんばかり雄々しく上に反っていた。
高文がゆっくりと幸弘に覆い被さってきた。
「灯り、消してもらえませんか?」
「どうして?」
「だって…恥ずかしいです」
「彩華はもっと自信を持っていいんだ」
高文の体重を感じることで、幸弘は身を固くした。
「もっとリラックスして…」
高文の話し方は幸弘を諭すような静かな口調だった。
顔が近づいてきた。
幸弘は緊張しながら目を閉じた。

しかしなかなか唇には何も当たらなかった。
そっと目を開けるとすぐそばに高文の顔があった。
高文は幸弘の顔を見つめていた。
「なあに?」
幸弘が聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で聞いたせいか、高文は何も言わなかった。
その結果、幸弘と高文はベッドの上で見つめ合うこととなった。

幸弘の視界の下のほうで何かが動いた。
「…ぁ……」
高文の手が幸弘の乳房の上に置かれたのだった。
高文は時々微かに乳首に触れるように手を動かした。
「…ぁぁ………」
わずかな接触が幸弘に微かな、しかし確実な快感を与えた。
微かな喘ぎ声を止めるように高文がキスをした。
幸弘はキスで声を出せないようにされて乳房を揉まれる感触が好きだった。
何となく持っていた緊張感も何となく解けてきた。

高文が舌の先で幸弘の唇を舐めた。
幸弘は口を半開きにして、唇を這う高文の舌を感じていた。
やがて高文の舌が幸弘の口の中に入ってきた。
幸弘は高文の舌に自分の舌を絡めた。
高文は幸弘の反応を気にする様子もなく口の中や口の周りを舐め尽くした。
幸弘は高文の舌の動きに気を取られて、他の部分への注意が散漫になった。

ふと気がつくと高文の手が股間に伸びていた。
幸弘は思わず身を固くして、両脚をしっかりと閉じた。
解けていた緊張感が一気に高まった。
「力を抜いて」
それでも幸弘は両脚の力を抜かなかった。
「そんなに恐いか?」
幸弘は正直に頷いた。
「そうか……だったら本当の覚悟ができるまで抱くのはやめておこう」
高文はさっさと離れて服を着出した。

幸弘は慌てた。
男性の性欲を知る幸弘にとって、高文があの状態であっさりやめることができるなんて想定外だった。
そんなにまで自分には魅力がないのか?
今嫌われたら絶対に追い出される。
そう思った幸弘は、服を着始めた高文に抱きついた。
「お願いです。私を抱いてください」
「しかし私に抱かれるのは恐いんだろ?」
「それは…」
「だから今日はやめておこうと言ってるんだ」
「でも女性は初めてのときは誰でも緊張するもんなんです」
「なるほど…そう言われるとそうかもしれんな。お前は女だもんな」
「はい。だから…」
幸弘が言い終わらないうちに高文は幸弘をベッドに押し倒し、乳房にキスをした。
さっきまでと違い激しい愛撫だった。
幸弘は高文の豹変振りに戸惑いつつも乳房を舐められることで生み出される快感に翻弄されていた。
そのため、高文の手が股間に伸びたことに気がつかなかった。
幸弘のそんな隙を突くように高文は幸弘の股間の溝に指を滑り込ませた。
そしてその指は幸弘のクリトリスを攻撃した。
「あああああああ…」
幸弘は突然の強い刺激に大きな声を出してしまった。
あまりの快感に頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうようだった。

「彩華、すごく濡れてるぞ」
高文に言われるまでもなく幸弘は自分の股間がグッショリ濡れていることは分かっていた。
それでも高文に改めて言われるとすごく恥ずかしい思いがした。
その恥ずかしさを誤魔化すためもあり、高文に向かって言った。
「来てください」
「いいのか?」
「はい、大丈夫です」
幸弘は高文と顔を合わせることに恥ずかしさを覚えた。
そこで横を向いて、視線を合わせないようにした。
高文はペニスを挿入しやすいように幸弘の左脚を自分の右肩に乗せて大きく股を開かせた。
そして高文のペニスが幸弘の股間に当てられた。
「いくよ」
高文の言葉の次の瞬間、幸弘は股間に強い痛みを感じた。
それでも幸弘は声を出さなかった。
痛いと言ったらまた高文が離れてしまうかもしれない。
そんな思いで幸弘は必死に言葉を押さえた。
「ふぅ…やっと全部入った。痛いか?」
幸弘は首を横に振った。
「大丈夫なんだったら動いていいか?」
幸弘は大きく頷いた。
高文がゆっくりと腰を動かした。
高文が腰を押しつけると幸弘の左脚が大きく開かれる。
少し苦しかったが、そのせいで変な興奮を覚えた。

『クチュクチュクチュクチュクチュ……』
部屋に淫らな音が響いている。
最初は痛いだけだったのが、少しずつ痛みの中に快感を感じるようになった。
快感を感じるようになると声を抑えることができなかった。
「ぁぁ…ぁぁ…ぁぁ…ぁぁ…ぁぁ…ぁぁ…」
幸弘は自分の喘ぎ声をどこか遠くから聞こえる声のような気がしていた。
そんな自分の声でさらに気持ちが高まっていった。
幸弘はさらに強い快感を求めるように自ら腰を振っていた。
そんな自分の行動に幸弘自身気づいていなかった。

幸弘が腰を振っていることに気づいた高文は腰の動きを速めた。
幸弘は全ての神経が子宮に集中しているような気がした。
高文のペニスの動きを感じとれるような気がするのだ。
高文のペニスが大きく膨らんだように思えた。
「ああ彩華いくぞぉ」
高文のペニスから精液が放出され、幸弘の子宮に打ち付けられた。
「ああああああ…すごい……」
幸弘の快感が一気に高まった。
幸弘の女性器が高文のペニスから出た精液を一滴も逃さないように激しく収縮した。
「彩華、良かったぞ」
高文が幸弘からすぐに離れた。
幸弘はもっと一緒の状態でいたかったが、それは叶わなかった。
それでも与えられた快感はなかなか幸弘から離れることはなかった。

幸弘は快感の余韻で半分夢を見ているような状態だった。
そんな状態の幸弘を残して高文は帰って行った。
一人残された幸弘はしばらくの間身動きもせず自分の世界に漂っていた。
(ああ…本当に女として抱かれちゃったんだ……)
幸弘は自分が陥った雰囲気から回復するにつれ、自分がどうしてあんな行動に出たのか理解できなかった。
しかし不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ何とも言えない充足感があった。

(とにかく身体を洗おう)
そう思って身体を起こすと高文が放った精液が身体の中から流れ出した。
その感覚は決していいものではなかった。
幸弘は傍にあったティシュボックスを手に取った。
数枚のティシュを取り出し、その部分を拭いた。
ティシュについたのは高文の出した精液と自分の血だった。
(処女喪失か…)
破瓜の血を見て、幸弘は半ば他人事のように考えていた。
何度拭いても高文の出したものが逆流してくる。
(シャワーを浴びよう)
幸弘はシャワーで洗い流すことにした。

幸弘は浴室で高文の唾液がついた身体を洗い流した。
シャワーが身体を打つ感覚が気持ち良かった。
それでもまだ股間に何か入っているような違和感が残っていた。
幸弘は流れ出る白いものが出なくなるまで念入りに洗った。

シャワーを浴び終わるとバスタオルを胸のところで巻き、風呂上がりの肌の手入れをした。
こんなことを自然とできている自分を改めて不思議に思った。
幸弘は自分の胸に存在する乳房に手を置き、自分が女であることを確認した。
(女…なんだもんね…)

幸弘は肌の手入れを終え、バスタオルを取った。
そして買って一度も穿いてなかったライムグリーンのショーツに脚を通した。
鏡に映る自分は本当にいいスタイルだと思う。
男の目から見ると絶対に好きになると思う。
そんな自分の姿を見てもそんなに興奮はしない。
精神的にも女性になっているんだろう。
そんなことを思いながらパジャマを着た。
パジャマを着るとようやく落ち着いた気持ちになった。

「高文さん、お休みなさい」
今はもう部屋にいない高文に眠る前の挨拶をした。
(一緒にいたい…)
幸弘は心からそう思った。
高文のいないベッドで一人横になっているとなぜか寂しい気持ちになった。
一人で寝ることがなぜかとても切ないことのように思えた。
どうしてこんな気持ちになるんだろう?
幸弘は少し混乱していた。
それが高文のせいだということは明らかだった。
幸弘の気持ちに大きな変化が起こっていた。


次の朝起きると下腹部に鈍い痛みを感じた。
(昨日のセックスのせいかな?)
幸弘はその感覚をそんなふうにしか思わなかった。
しかし、時間とともに回復に向かうこともなく、やがて出血が始まった。
初潮だった。
幸弘は慌てて仁美に電話をかけた。
「仁美さん、生理よ。生理が始まったの」
「彩華、落ち着いて。生理なんて健康な女性なら皆なるものなの。トイレにナプキンを置いてあるから、それを使って」
「だって…使い方なんて知らないし…」
「すぐに行くから何とかやってみて」
「…分かったわ」
幸弘はトイレの中を見た。
ナプキンはすぐに見つかった。
使い方が分からなかったが、テレビコマーシャルを思い出しながら、ショーツにナプキンをつけた。
それを穿くと、ゴワゴワして気持ちのいいものではなかった。
(これでいいのかな?)
そんなことを思っていると、仁美が来てくれた。
「どう?うまくできた?」
仁美は幸弘のやったことを確認した。
「だいたいいいんだけど生理用のショーツがあるから、それを使って」
幸弘は生理用ショーツなんて存在は知らなかった。
タンスから取り出し、それにナプキンをつけた。
穿いてみるとやはりあまり気持ちのいいものではなかった。
「生理のとき女の子はみんなそんなもんだから我慢しなさい」
仁美の言葉に幸弘はそんなものかと思ってナプキンの違和感は気にしないことにした。

それにしても下半身が重い。
普通に生活するのもつらいくらいだ。
それを仁美に伝えると「生理は病気じゃないんだから、普通に生活してなくちゃダメよ」と取り合ってくれない。
幸弘は重い下半身を我慢しながら一日を過ごした。

夜になって高文がやってきた。
手にはスーパーで買ってきた買い物バッグを幸弘に手渡した。
「これは?」
中を見ると、それは赤飯だった。
「仁美から連絡があったんだ」
照れくさそうにそんなことをいう高文を幸弘は可愛いと感じた。
自分よりはるかに年上の男に対してそんな感情を持つなんて信じられなかった。
だが、本当に可愛いと思うのだ。

二人で高文が持ってきた赤飯を食べた。
特に話すこともなく、二人とも黙って食べた。
その静かさのせいか何となく照れくさい感じがした。
そんな雰囲気を嫌って幸弘が口を開いた。
「こうして二人でお赤飯だけ食べてるのって不思議な感じですね」
「そう言えば、年寄りの夫婦みたいだな」
幸弘にはどういう例えか理解できなかったが、とりあえず肯定しておいたほうがいいと思った。
「そうですね、夫婦みたいですね」
そんな幸弘の言葉に高文は反応した。
「夫婦と言えば、明日俺たちの婚姻届を出してくる」
幸弘にはすぐにその言葉の意味が分からなかった。
「婚姻届って?」
「俺と彩華の婚姻届だ」
ついこの前まで男だった自分が女に変えられ、その犯人と夫婦になる。
とても我慢できることではないと理性では思うのだが、なぜか感情が高ぶってくる。
正直なところ嬉しいのだ。
目から涙が零れたのを感じた。
「わたしでいいの?」
元男だった自分と結婚したいと言ってくれたことが嬉しいと思えた。
「もちろん。そのために彩華になってもらったんだから」
高文のそんな言葉を聞くと、幸弘は反射的に頷いていた。
よく分からないが、きっと愛しているんだろう。
短い期間にいろいろあったが、幸弘は高文と夫婦になることが必然のことだと思えた。
「よろしくお願いします」
幸弘は高文に微笑みかけた。

その日のうちに幸弘は今までいたマンションから高文の家に移り住んだ。
一人で住むには広すぎる豪邸だった。
「こんなところに一人で住んでるんですか?」
「ああ、親父が残してくれた家なんで仕方なく、な」
「掃除とか大変でしょ?」
「そういうことは業者に頼んでるから大丈夫だ」
幸弘が全ての部屋を見て回ったが、どこも十分に掃除が行き届いていた。
「今日から私が掃除しますから」
それくらいしないと捨てられるかもしれないという思いがあったのだ。

次の日に二人で区役所に行き、婚姻届を出した。
幸弘のために長谷川彩華という戸籍が準備されていた。
長谷川彩華という戸籍をどこから手に入れたのか分からない。
とにかく幸弘は名実とも鈴木彩華になった。

その日の夜、二人きりになると高文が切り出した。
「やっと彩華と夫婦になることができたんだな」
高文が涙を流した。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない…」
幸弘は高文の涙を見て高文のことを可愛いと思った。
「あの…」
「悪い。ところで、夫婦なんだし、普通に話してくれていいんだ。もうあんなひどいことはしないから」
「どういうふうに呼べばいいでしょう?」
「呼びやすいように呼んでくれればいい」
「それじゃ……あなた、でいいでしょうか?」
「あなた、か…。それでいい」
高文が幸弘を抱き寄せた。
「あなた、絶対私を離さないでね。あなたに捨てられたら私、ひとりぼっちなんだから…」
幸弘は高文の胸に顔をうずめた。

結婚初夜は生理のためにセックスレスだった。
結局二人が夫婦としてセックスしたのはそれから5日後。
初めてのときのような陵辱ではなく、優しく暖かいセックスだった。
単に性器がもたらす快感ではなく、心から幸せだと感じるセックスだった。
女は気持ちひとつで全く違うように感じることを実感した。

その日から幸弘は高文の妻としてしっかり役割を果たすよう努力した。
不本意な形で女にされ、うまく乗せられたように結婚してしまったのだが、幸弘は十分に幸せだった。
自分が男だったなんて、自分でも嘘のように思えた。
幸弘は高文に尽くした。
最初は捨てられないようにという思いがあったが、少しずつ確実に高文のことを愛していた。

高文も幸弘を愛してくれた。
ときにはどこかで浮気をしていたかもしれない。
なぜか分からないが、実際そう感じるときが何度もあった。
男なんてそんなものだと思うし、それを隠そうとするということは自分と別れるつもりがないことだと思って、あえて問い詰めないことにしていた。
逆切れされて自分がひとりぼっちになるということを恐れていたしせいも幾分かはあったが、問い詰めても何も生み出さないと思っていたことが大きかった。
とにかく夫婦生活はうまく行っていた。
なかなか子宝には恵まれなかったが、二人の仲には何の影響も及ぼさなかった。

そんな夫婦生活がやがて終わりを迎えるときがきた。
結婚して1年半ほど経ったときに高文が死んだのだ。
交通事故で、即死だった。
幸弘は自分がこんなに涙を流せるのかと思うほど泣いた。
何人もの弔問客の相手をしたあとに泣いて泣いて泣きまくった。

幸弘は未亡人になった。
自分の正体を知って受け入れてくれる人がいなくなった。
それは精神的にはすごくつらいことだった。
しかも遺産目当てに結婚したとか彩華が人に頼んで殺したんじゃないかとか心無いことをいう者がいて、幸弘は精神的に相当まいっていた。

しかし、金銭的には高文が残した十分すぎる遺産のおかげで悠々自適の暮らしを送ることができた。


幸弘は働かなくても生活に困らないこともあり、ほとんど外出しなかった。
その日もいつものように、どこにも外出せず家にいた。
すると、インターホンが鳴った。
あまり人との接触は持ちたくない。
幸弘は最初のうち無視していた。
それでもインターホンが鳴り続けた。
誰がそんなに粘っているのかと幸弘は窓から玄関を覗いた。
「西中さん…」
玄関にいたのは幸弘の面倒を見てくれた職場の先輩の西中俊夫だった。

幸弘が覗き見していることに気がつかない俊夫は諦めて帰ろうとしていた。
幸弘は慌てて窓を開けた。
その気配に俊夫は足を止め、幸弘のほうを見た。
「あ…いらしてたんですか?少しお時間よろしいでしょうか?」
「はい、今開けますから」
幸弘は玄関を開け、俊夫を招き入れた。

「私はこういう者でして」
応接間に入ると俊夫が名刺を差し出した。
幸弘は名刺を見た。
肩書きに課長と書かれていた。
(課長になってる…)
幸弘は俊夫が仕事に頑張っていることが分かり、何となく嬉しく思った。

「どうぞ、お座りください。今お茶でも入れますから」
「あっ、奥さん、お構いなく」
キッチンでお茶を入れ、俊夫の前に置いた。
そして俊夫に向かい合うように座った。
「早速なんですが、お車は何台かお持ちでしょうか」
「はい、主人の車が2台あります」
「奥様は乗られないのですか?」
「はい、私は免許を取ってないので」
幸弘としては免許を持っていたのだが、彩華としては免許を取ってなかったのだ。
「そうですか…。今日ご主人は?」
「主人は先日亡くなりました」
「すみません、そんなときに。…それでは私はこれで失礼します」
俊夫は変なことを話題にしたと思ったのだろう。
慌てて席を立ち帰ろうとした。
「ちょっと待ってください。もしお時間があれば私の話相手になってもらえませんか?」
俊夫はちょっと不審げな顔をしたが、再び座り直した。
「それでは少しだけ」
それから15分ほど俊夫の職場の話などを聞いた。
「それではこの辺で失礼します」
俊夫が席を立った。
「あのぉ、また来ていただけないでしょうか」
幸弘の言葉に俊夫は笑顔で答えた。

それから何かにつけて俊夫が顔を出すようになった。
幸弘は俊夫に会うことで自分が孤独じゃないと感じることができた。
だから幸弘は俊夫に会える時間を失いたくなかった。
一方、彩華がそんな態度を取るのは自分に気があるからだと俊夫は思った。

俊夫が初めて訪ねてから5回目くらいのときに事件は起こった。
応接間に入ってきた俊夫は幸弘を抱きしめ、幸弘をソファに押し倒したのだ。
幸弘は予期しない俊夫の行動に驚いたが、俊夫との時間を失いたくない一念で俊夫の行動に抗わないことにした。

「奥さん、いいですか?」
幸弘は肯定も否定もしなかった。
それを俊夫は肯定と理解し、ゆっくりと唇を重ねた。

俊夫は幸弘の反応を確かめるように唇を重ねたまま、背中に回した手を下方に移動させお尻の辺りに手を置いた。
幸弘が拒絶しないことを知ると、スカートの上からお尻を撫で回した。
「…ぁ…ぁん……」
幸弘が声を出すと、その隙に幸弘の口の中に舌を挿入した。
幸弘はその舌を絡めるように動かして応じた。

俊夫の手がスカートの中に入ってきた。
スカートの下はショーツ1枚だけだった。

「…ぃゃ……」
幸弘は呟くような小さな声を出して、身体を捩って逃げようとした。
俊夫は力を強めて幸弘の動きを止めた。
俊夫の手がショーツの上からお尻を撫で回した。
くすぐったいような快感に幸弘は声を抑えられなかった。

俊夫の手がショーツの中に入ってきた。
キスはずっと続いている。
手はなおもお尻を撫で回した。
(西中さんってお尻が好きなのかな)
幸弘はそんなことを考えていた。

俊夫がお尻を触りながらゆっくりとショーツを下げた。
幸弘は右脚を曲げて右脚を抜いた。
ショーツは左脚の太腿辺りで止まっている。

急に絡めあった舌がなくなったかと思うと、両脚が大きく広げられたことを感じた。
俊夫が手で幸弘の股間を広げたのだ。
俊夫の顔が幸弘の女性器の前に移動していた。

「いやぁ…恥ずかしいからやめてください…」
「恥ずかしがる必要なんてないさ。奥さんのプシーはとても魅力的だよ」
幸弘にはプシーが何のことか分からなかったが、女性器をさすことは明らかだった。
幸弘の股間に俊夫の息がかかった。
幸弘は恥ずかしさに両手で顔を隠した。
「いい香りだ」
俊夫が匂いを嗅いでいるようだ。
「恥ずかしいからやめてください」
俊夫の手でがっちり両脚を持たれて身動きできない幸弘は同じ言葉を繰り返して懇願するしかなかった。
俊夫の手に力が入って、お尻がソファから離れたことを感じた。
「綺麗なアヌスだ」
俊夫に肛門を見られてる!
「いや…やめて……」
幸弘は本気で嫌がった。
何とか逃げようともがいた。
しかし俊夫の力は強かった。
全く動くことができなかった。

肛門に湿り気を帯びた生暖かい物が触れたのを感じた。
俊夫が幸弘の肛門を舐めたのだ。
その瞬間背筋にゾクゾクとした感触が流れた。
「ああああああああああ…」
幸弘は無意識のうちに絶叫のような大声をあげていた。
俊夫は肛門の辺りを舐めたり、肛門に舌を挿入するような感じで強く押し当てたりした。
幸弘は高文からは感じたことのない羞恥とそれを上回る高まりを感じた。

「奥さん、すごく感じてるみたいですね。もうビショビショですよ」
そんな言葉とともに俊夫の舌が前方へ移動した。
今度は女性器全体を舐められた。
すごい快感だ。
幸弘の頭はもう真っ白だった。
何も考えられなかった。

俊夫の舌に翻弄されて幸弘の意識が朦朧としていた。
少しずつ正気が戻ってくるにしたがって目の前に立っているのが俊夫だと気がついた。
俊夫はすでに全裸になっていた。
「奥さん、大丈夫ですか?でもまだ終わってませんよ」
そう言って再び覆い被さってきた。
幸弘は俊夫を迎え入れるため反射的に両脚を広げた。
「そんなに積極的にしていただけるなんて…。ご主人を亡くされてから、かなりご無沙汰なんですね」
そんなことを言いながら俊夫はペニスを挿入してきた。

高文以外のペニスを受け入れたのは初めてだった。
気のせいか高文のものよりは硬いように思えた。
年齢のためかもしれない。
入ってきたときはこれからの快感への期待が高まってくるようだった。
しかし俊夫が動き始めるとそれが期待外れだったことが分かった。
最初期待させられた分、その失望感は大きかった。
動きが高文に比べると暴力的で単調なのだ。
ただただ自分の溜まっているものを吐き出せばいいという感じで腰を打ちつけてくるだけだった。
挙句の果ては「あ…出る……」と呟きペニスを抜いて、捲れ上がったスカートの裏地に精液を出したのだった。

幸弘がまだまだいけてもないのに俊夫は一人でいってしまった。
幸弘は欲求不満だった。
時間そのものも短かった。
あの前戯のまま終わったほうがよっぽどマシだった。
もう一度クンニしてほしかった。
しかしそんなことは頼むことができなかった。
なぜなら俊夫はすでに服を着始めていたのだ。
しかたなく幸弘はティシュでスカートの裏地を拭き、湿っているショーツを穿いた。

「奥さん、また来てもいいですか?」
俊夫は服を着ながら、そんなふうに聞いてきた。

これからも昔の知り合いに会いたい欲求は強かった。
俊夫がそれほどセックスがうまくないが、それは別にいい。
しかし俊夫にはおそらく妻がいて、その妻に対して申し訳ないという罪悪感があった。

少し悩んだが、とりあえず断るほうが賢明なような気がした。
「でも結婚なさってるんでしょう?奥さんが可哀想じゃないですか?」
俊夫の妻の存在を理由をして、それとなく断ろうとした。
「大人のつき合いなんですから家庭なんて思い出させないでくださいよ。僕は奥さんのことを気に入ってますし、奥さんも僕のことは嫌いじゃなさそうだし。それでいいじゃありませんか?ねっ、そうでしょ?」
俊夫は能天気に答えた。
俊夫にとってこういうことは少なくないことなのかもしれない。
そう思うと自分が悩むのは馬鹿らしいような気がしてきた。
俊夫とこれからも会えるのなら、会うための手段ということで割り切った関係でいいような気がした。
そう思ってもやはり浮気をさせている点が気にはなった。
そのため明確な返事をせず俊夫の足元を見た。
判断を俊夫に委ねようとしたのだ。

そんな様子を俊夫は幸弘が頷いたものだと思ったようだ。
「それじゃ、また来ますね」
嬉しそうに笑って幸弘のおでこにキスをし、帰って行った。


幸弘の期待通り、俊夫はほとんど毎日幸弘に会いに来てくれた。
セックスは相変わらず独りよがりでお世辞にもうまいとは言えない。
しかし、それでも俊夫の顔を見られるのは幸弘の唯一の喜びだった。
いつの頃からか俊夫は幸弘のことを「彩華」と呼ぶようになり、幸弘は俊夫のことを「俊夫さん」と呼ぶようになった。
最初は俊夫を繋ぎとめるためだけで身体の関係を持ってしまったが、次第に女性として俊夫を愛するようになった。
そうなると不思議なもので単調なセックスにもそれなりに感じるようになった。

休日には二人でデートすることもあった。
幸弘は不倫の罪悪感を感じながらも、それなりに幸福感を感じていた。
ささやかなこんな幸せが続くように祈っていた。

しかし、そんな幸弘のつかの間の幸せも消えてしまいそうな事態になってしまうのだった。

それは簡単なメールだった。
『妻にばれた。もう会えない』
幸弘は一瞬目の前が真っ暗になったような気がした。
また一人ぼっちになってしまう。
もう孤独なんて耐えられそうもない。
幸弘は慌てた。

すぐに、幸弘は俊夫に会いに勤務先の自動車販売店に行った。
もちろん以前自分自身が働いていたところだ。
車を見に来た客の振りをして店の中をうろついて俊夫の姿を探した。
俊夫は事務所に座っていた。
幸弘がじっと見ていると、その視線を感じたのか俊夫が顔を上げた。
俊夫の表情に少し動揺が走ったが、すぐに平静を取り戻したかのように仕事を続けた。
それでも幸弘がじっと見ていると、仕方なく俊夫が立ち上がって近づいてきてくれた。

「俊夫さん」
幸弘は嬉しそうに俊夫のほうへ駆け寄った。
「彩華。こんなところに来るんじゃない!」
小声だが、厳しい調子で俊夫が制した。
「だって…」
「いいからこっちへ」
俊夫は幸弘を店の外の人目につかないところへ連れて行った。
「こんなところに来られたら迷惑だ。早く帰ってくれ」
俊夫は本気で怒っているようだ。
「だってあんなメールだけでお別れなんて」
「こんなところを誰かに見られたらどうするんだ。今の時代、ちょっとしたことでクビにさせられてしまうんだ。私がクビになったらどうしてくれるんだ!」
「だって、これからも会って欲しいんだもの。愛人でもいいから。ねっ、お願い。これからも会って」
幸弘のそんな言葉を無視して俊夫は職場に戻って行った。
仕方なく幸弘は家へ帰った。


次の日、幸弘が家にいると、インターホンが鳴った。
(俊夫さんだ!)
幸弘は大急ぎで玄関を開けた。
そこに立っていたのは女性だった。

「純子…」
その女性はかつて幸弘の婚約者だった青木純子だった。
「あなたが鈴木彩華さんね。ちょっとお邪魔していいかしら?」
「あ…あの…」
純子は幸弘の返事も待たずに家の中に入った。

部屋に入ると立ったまま幸弘と向き合った。
「あなたと主人が不倫してるのは分かってるわ。どっちが言い寄ったのかは知らないけど、どうせセールスに来た主人をあなたが暇つぶしに主人をたぶらかしたんでしょ。もうこれ以上主人につきまとわないでちょうだい」
純子は一気に捲くし立てた。
幸弘は何も言い返すことができなかった。

「そう言えばさっき私を見て純子って言ったわね。どうしてあなたが私の名前を知ってるのよ」
純子が幸弘の顔をじっと見ている。
幸弘は正視できずに目を逸らした。
そんな幸弘の顔を見ながら純子の顔が驚きの表情に変わっていった。

「嘘…そんなことが……」
純子は呟くように言った。
「今のあなたの困った顔、友永くんにそっくりだった…。あなた、もしかして…」
幸弘は何も言えなかった。
言えないどころか顔すら上げられなかった。

純子が急に笑い出した。
「あなた、やっぱり友永くんだわ」
幸弘は純子の顔も見られず俯いていた。
「友永くんが女になりたかったなんて知らなかったわ。それなのに私と婚約までするなんて信じられない。あなたがいなくなって私がどれだけ悲しんだか知ってるの?それなのに、私を捨てて性転換したなんて…。しかも私の主人と不倫だなんて…」
純子はそこで言葉を切った。
沈黙の時間が流れた。

「私は絶対あなたを許さない。主人にあなたの正体をばらせば、もう絶対あなたに会おうなんて思わないでしょうね」
純子の口調は静かなものだった。
その口調が余計に純子の怒りの大きさを表しているように感じられた。

幸弘は純子の誤解を解かなければと思った。
そして何とか気力を振り絞って高文に無理やり性転換させられたことを話した。

「無理やり性転換させられた人が、私の主人と関係を持ったって言うの?誰がそんな馬鹿な話、信じるっていうの?絶対に信じられない。あなたは根っから淫乱女なのよ。というより淫乱オカマかしら?」

"オカマ"と言われたことにムッとして純子を見た。
純子は睨み返してきた。
「何よ、その顔は?淫乱オカマって言ったのが気に障ったのかしら?私なんかそのオカマに自分の亭主を奪われたのよ。それくらい言ったっていいでしょ!」
幸弘は何も言い返せなかった。
純子は勝ち誇ったような顔になった。

「とにかくもう主人には会わないでよ。もし会ったりしたら、あなたの正体、隣近所に言いふらして、この辺を歩けなくしてやるわ」
純子は捨て台詞のように言い捨てて帰っていった。


幸弘は何もする気がおきず、ずっとそのままで一夜を明かした。
次の日の朝早くにインターホンが鳴った。
誰か来たようだ。
しかし幸弘は応対する気力すらない。
鳴り続けるインターホンを無視していた。
「おーい、いるんだろ?」
俊夫の声だ。
会えば純子の仕返しがあるかもしれない。
でも結局はドアを開けることになってしまった。

「純子から聞いたんだけど、彩華は本当にあの友永なのか?」
幸弘は一瞬返事を躊躇ったが、頷いた。
「どうして女になんかなったんだ?」
幸弘は純子にしたのと同じ説明をした。
「へぇ、ということはお前の顔って、そいつの奥さんに似てたんだ」
俊夫が幸弘の顔をじっと見た。
幸弘は顔を上げておれず、俯いた。
「それより私に会いに来て大丈夫なんですか?私の正体を近所にばらすって言ってましたけど…」
正体を知られたこともあって、俊夫の前では昔の幸弘に戻ってしまう。
「大丈夫、大丈夫って。ばれてすぐに会いに行くなんて絶対に思わないから」
幸弘は一抹の不安を感じたが、あえてそれを口にしなかった。
「友永、改めて裸を見せてくれないか」
「どうしてですか?」
何度も俊夫に抱かれた幸弘だったが、俊夫の頼み事に対して本能的に恥ずかしさを感じた。
「今までは彩華という女性として接していたが、友永として見たらどんな感じなのか知りたくってな」
「そんな…いやです」
幸弘は背を向けた。
しかし俊夫に無理やり反転させられ、服を引き裂かれた。
「やめてください!」
「別にいいじゃないか、こっちに来い」

ブラジャーが顕わになった状態でベッドに押し倒された。
そしてスカートの中に手を入れたかと思うと、一気にショーツを引き下ろした。
引き裂かれた服を完全に剥ぎ取られ、ブラジャーとスカートだけになった。
「これがあの友永かと思うと、ものすごく興奮するな」
俊夫の鼻息は荒かった。
幸弘は俊夫の迫力が恐かった。
ベッドの上を後ろに逃げたが、俊夫がにじり寄ってきた。
ついに壁まで追い詰められた。
いやらしい笑いを浮かべた俊夫の顔が目の前にある。
幸弘が顔を背けた途端ブラジャーを取られた。
慌てて胸を隠した途端スカートを剥ぎ取られた。
全裸になった幸弘は手で乳房と股間を隠していた。

「お前の正体が分かってても、十分女に見えるな。とても元男には見えん」
俊夫はいやらしい笑いを浮かべて幸弘の裸体を鑑賞しながら、ゆっくりと自分の服を脱いだ。
ついに全裸になった。
俊夫のペニスはこれまでになく雄々しく反り立っていた。
それだけ興奮してるのだ。


俊夫は自分のペニスを持ち幸弘ににじり寄ってきた。
「それじゃ改めてお前のオマンコを見せてもらおうか」
俊夫が幸弘の太腿に手をかけ、力づくで幸弘の股を広げた。
そして幸弘の女性器をじっと見た。
「とても作り物には見えないな」
「作り物じゃない」
「ほぅ〜、そしたらお前は元々女だったのか?確か…半陰陽とかいうんだったっけ?」
「そうじゃない。薬で女にされたんだ」
「そんな薬があるわけないだろ。どうせ睡眠薬でも飲まされて性転換手術されたってところなんだろ?」

俊夫はそんなことを言いながら女性器を見ているだけだった。
幸弘は恥ずかしくて仕方がなかった。
しかし逃げようにも俊夫の力の前に全く身動きできなかった。
それによってものすごく興奮していることは否めなかった。
「ほら、濡れてきたぞ。本当によくできてるな」
「だから…作り物じゃないって言ってるじゃないか…」
幸弘は搾り出すような声で言った。
しかしそんな幸弘の言葉は無視された。

「どんどんどんどん濡れてきてるぞ。本当に淫乱なんだな。おもらししたみたいにグショグショだぞ。それじゃそろそろ準備はいいだろう」
俊夫は前戯もせずにペニスを挿入しようとした。
幸弘は腰を引いて逃げようとしたが無駄だった。
俊夫のペニスが入ってきた。
前戯は全くなかったにもかかわらず、スムーズに入ってきた。
「見られるだけでこんなに濡れるなんてセックスするために女になったみたいだな」
そんな嫌味を言いながら、数回腰を振っただけで俊夫の中で精子をぶちまけて、すぐに抜け出た。
「悪い悪い。いつも以上に興奮してるみたいだ。中で出したりしたら妊娠してしまうかもしれんな、ははははは……」
俊夫は大声で笑った。

生理が規則的にやってきていた幸弘にとっては妊娠と言うのは現実的な問題だ。
しかし、高文との営みでも全く妊娠しなかったのだ。
あの性転換薬では妊娠できるほど完璧な女にはなってないと思っていた。

「それじゃお前の口でまた大きくしてくれないか?」
俊夫がだらしなくぶら下がったペニスを持って、幸弘の顔に近づけた。
「いやだ」
「せっかく女になったんだからフェラチオくらいできなくちゃな」
俊夫がペニスを幸弘の顔に当てようとしたが、幸弘は顔を背けて逃げた。
それでもペニスの生くさい匂いが鼻についた。
「仕方ないな。それじゃ自分で大きくするか」
結局その日は4回も中で射精された。
これまではせいぜい2回だったのに…。
元男を抱いているということで俊夫はこれまでにないくらい興奮しているということなんだろう。

それから2週間に1〜2度くらい幸弘を抱きにやってきた。
あまり頻繁に来て純子にばれることを恐れているのだろう。
俊夫のそんな努力が報われたのか特に怪しまれている様子はないようだ。

幸弘は元男と知りながら抱き続ける俊夫の性癖が信じられなかった。
それでも俊夫を好きになった気持ちは変わらず、俊夫が来てくれることだけが幸弘の喜びといっても過言ではなかった。

3ヶ月ほどそんな関係が続いた。

10日振りに俊夫が訪ねてきた。
入ってきた俊夫に幸宏は抱きついた。
「泥棒猫!」
俊夫の背後から声がした。
そこには純子が立っていた。
「前に言ったわよね。今度主人に会ったら、隣近所にアンタの正体ばらすって。単なる脅しだと思ってたら痛い目に遭うんだから」
純子は幸宏のことを睨みつけた。
そのとき急に幸宏は吐き気に襲われたため、口を押さえてトイレに駆け込んだ。

吐くだけ吐いて戻ってきた幸宏を見て、純子は言った。
「まさか、あなた…」
「そうよ」
幸宏は勝ち誇ったように笑顔を純子に向けた。
俊夫には二人のやりとりが理解できなかった。
「何だ?彩華がどうかしたのか?」
幸宏は俊夫の顔を見てニッコリ笑った。
「分からない?あなたの赤ちゃんができたの♪」
俊夫の顔がわざとらしいほど驚いた顔になった。
「あ、あ、赤ちゃんって。だって彩華は男じゃないか」
「だから手術じゃなくて薬で性転換したって言ったでしょ。薬のせいで身体の中までも女になったの。だからきちんと生理だってあったんだから」
「だって…そんなこと…一言も言ってない……」
「だって、あなたったら手術で変わったって思いこんでいたし、薬なんて言っても信じてもらえそうもなかったし」
「本当に赤ちゃん…なのか?」
「ちゃんと昨日産婦人科に行って見てもらったんだから間違いないわよ。3ヶ月ですって」
そんな二人の会話を純子は怒ったような顔をして聞いていた。

「どうして私に子供が授からなくて、オカマのあんたに子供ができるの?そんなのっておかしいじゃない?」
純子の目から一気に涙が溢れた。
「ごめんなさい」
「あんたに謝られたら私の立場がないじゃない」

純子は幸宏につかみかかってきた。
幸宏はとっさにソファに横になり、お腹を庇うような体勢をとった。
純子は幸宏をなぐろうと腕を振り上げた。
しかしそんな腕を俊夫が掴んだ。
「やめろ、子供に何かあったらどうするんだ」
「何それ、あなた、このオカマを庇うの?」
「オカマって言うなよ。子供を産むことができるんだから立派な女じゃないか」

純子は結婚してからずっと子作りに励んでいるのに全く妊娠の兆候すらなかった。
自分は女として半人前じゃないかと心のどこかで考えていた。
そんな折りに浮気相手のオカマが身籠もったという。
純子の女としてのプライドはズタズタにされた。

「あんたの正体、この辺でしゃべってやる。覚えてなさいよ」
そう言って外に飛び出して行った。

「止めないと」
純子を追うとする幸宏を俊夫が押しとどめた。
「あまりに激しく動いてお腹の子にさわったらどうするんだ」
「でも…」
「大丈夫だ。いくら彩華のことをオカマだって言いふらしても、妊娠していることが分かれば、そんな噂はすぐに消えてしまうさ」

俊夫の言った通りだった。
幸宏のお腹が大きくなるにつれ、隣近所に流れた噂は消えていった。

俊夫と純子は離婚した。
そして俊夫と幸弘が結婚した。
「これで良かったんだろうね」
俊夫の言葉に幸弘は頷いた。

「あんっ…俊介が見てる」
「いいさ、お父さんとお母さんが愛し合う姿を見るのは悪いことじゃない」
幸弘は俊夫の腕に抱かれて、熱いキスを交わした。
幸宏は最高に幸せだと感じた。


《完》

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