誘拐



「おはようございます」
「ああ、おはよう」
石川賢吾は迎えに来た運転手の顔も見ずに挨拶を返した。
そして運転手が開けたドアから車に乗り込んだ。
「あなた、いってらっしゃい」
玄関先ではいつものように妻の美恵子が賢吾を見送っていた。


賢吾は大学を卒業してWebデザインの会社を立上げた。
幸運なことに、すぐに有力な一流企業の注文を受注することができた。
そのおかげで最初から経営が軌道に乗ったのだ。
一流企業での実績があれば、顧客への強烈なアピールになる。
一流企業の実績をアピールすることで、次々と新たな取引先を増やすこともできた。

仕事が順調だったおかげで、お金には苦労しなかった。
そんな余裕のせいか女性にはもてた。
賢吾は初心な女性が好きだった。
もちろんキャバクラへ遊びに行ったりはする。
そういうところで働いている女性はいくら綺麗で可愛くても本気で好きにならなかった。
仕事に一生懸命で恋愛に疎いようなタイプの女性を好きになるのだ。
そういう女性だから賢吾との失恋を苦に自殺を図った女性もいた。
そんなときは不本意ながらお金を使って問題の解決を図った。
何人もの女性とつき合って、今の妻の美恵子に出会ったのだ。
出会ったころの美恵子は女子大に通う明るい女性だった。
何の屈託もなく明るく接してくる美恵子に強く惹かれていくのを抑えることはできなかった。
幸運なことに美恵子も賢吾に好意を持ってくれた。
賢吾と美恵子は恋に落ち、そして2年前に結婚した。

仕事もプライベートも賢吾の思いのままだった。
順風満帆……のはずだった。


賢吾は車の中で今日の予定を確認していた。
ふと気がつくと周りの景色がいつもと違う。
「おい、道を間違えてないか?」
賢吾は運転手に聞いた。
「いいえ、予定通りですよ。社長を誘拐するんですから」
「何だって!」
その瞬間車が急ブレーキで止まった。
運転手はすぐに防毒マスクをつけ、振り返った。
賢吾は逃げる間もなく、顔に噴霧状のものを吹きつけられた。
「何を…する……」
賢吾はゆっくりと気を失った。


気がついたところはマンションのような一室だった。
賢吾はベッドに両手を縛られていた。
「やっと気がつきましたか」
見たことのない男だった。
「お前は誰だ。俺をどうするつもりだ」
男は黙って手に持ったリモコンを操作した。
テレビのスイッチが入り、ワイドショーらしい番組が映った。
相変わらずどうでもいい芸能人の話をしていた。
『IT企業の社長、誘拐される。犯人からマスコミへ犯行声明が送られる。』
とのテロップが流れた。
「何だ、これは?俺のことか?」
「そう、社長のことですよ」
「どうしてこんな形で流れるんだ。普通は誘拐の場合人質の安全が確保されるまで報道協定が結ばれるんじゃないのか?」
「私がテレビ局経由で身代金を要求したからですよ。会社に連絡したらテロップを流せってね。今頃会社とお宅に警察がスタンバってると思いますよ」
男は不敵に笑った。

「どうしてそんなことを…」
「せっかくの誘拐なんだから注目されたほうが面白いでしょう?」
「身代金はいくら要求した?」
「とりあえず1000万ほど」
「1000万!?それだけか?」
「今はそれだけで十分ですよ」
「それだけのためにこんなことをしたのか?…だったらすぐに俺を解放しろ。解放してくれたら5000万円やるから」
「それはいいかもしれませんね」
「そうだろ。誘拐なんて身代金の受け取りのときにほとんど捕まるんだから」
「でも、目的はお金だけじゃないんですよ。ちょっとした魔法の実験をする計画もありますので」
「魔法?何のことだ」
「これ、知ってます?」
男は手に注射器を持っていた。
「何だ、それは?……毒なのか?俺を殺す気か?」
「まだお金も手に入れてないのに人質を殺すなんてことはしませんよ。実はこれが魔法のタネなんです」
「魔法?そんなことできるわけがないだろ」
「まあ見ててくださいよ」
男が壁のスイッチを入れると、窓のカーテンが開き、窓ガラスが鏡になった。
鏡には賢吾と男が映っている。
「なっ…」
賢吾は男の意図が理解できなかった。
そんな賢吾の戸惑いのすきに男が賢吾の腕に注射器を刺した。
「社長はいい男だから、どういうふうになるか楽しみです」
注射器の液剤が身体に入った途端、賢吾の身体はものすごい痛みに襲われた。
身体中の骨が折れてしまうような気がした。
身体がものすごく熱い。
意識が朦朧としてきた。
男が耳元で何か囁いている。
すると痛みを忘れていい気持になってきた。
そんなふうに感じているうちに、完全に意識を失ってしまった。



気がついたときには両手は自由になっていた。
「社長、いやもう社長とは呼べませんかね」
男の言葉に賢吾は上半身を起こし言葉を発した。
「何を言ってるんだ」
なぜか声のトーンが高い。
賢吾は嫌な予感がした。
ふと鏡に変わっている窓ガラスを見た。
そこに見慣れた自分の姿はなかった。
その代わり男物のワイシャツとスラックスを穿いた女性の姿があった。
(!?)
賢吾はその姿が自分のものだと認識するまで数秒かかった。
賢吾はワイシャツの上から自分の胸に手をあてた。
フニャ。
手のひらから柔らかい感触が伝わってくる。
同時に胸から握られた鈍い痛みも感じた。
視線をその部分に落とすとワイシャツの上からでも分かる明らかに柔らかな膨らみがあった。
(まさか!)
賢吾はズボンの上から股間に手をあてた。
(……)
予想通りそこには男性のシンボルの感触はなかった。
確かめるのも恐ろしいことになっていることは容易に想像できた。
しかし自分にとどめを刺す勇気はなく、躊躇していた。

「どうしたんですか?ご自分の身体なんだから確認してみてくださいよ」
しかし賢吾は恐ろしくてそんなことはできなかった。
「どんなふうになっているのか気にならないんですか?」
男がニヤニヤと笑いながら見ている。
「俺に何したんだ?」
「そんなに可愛くなったのに自分のことを俺なんて言わないでくださいよ。がっかりじゃないですか」
「俺は俺だ。そんなことより何をしたか教えろ」
「女になったせいでヒステリックになりやすいんですね」
「な…何を…」
「社長に打ったのはご推察の通り性を変える薬です。これで社長は社長として認識されなくなったわけです」
「性を変える薬だと…。そんなものがあるのか」
「百聞は一見にしかず、でしょ?現に社長が身を持って経験してるんじゃないですか」
「…え…やっぱりそういうことなのか……」
「そうですよ。さっきの注射で身体は完全に異性に変わってます。でも、細胞レベルまでは変えることはできないんです。ご安心ください」
「…それはどういう意味なんだ」
「社長は見た目は完全に女性になってます。見た目だけじゃなく女性としての器官が備わってます」
「器官?」
「乳房とか女性器はもちろんですが、膣や子宮もできているという意味です」
「子…子宮!」
「はい、子宮もです。だから生理だって経験できます」
「生理だって!?」
「そうですよ、すごいでしょ?」
「本当にそんなことができるのか…。で、元に戻れるのか?」
「毒薬に解毒剤があるように、元に戻ることは可能です。ただし、2週間以内に元に戻らないと二度と元に戻れません」
「元に戻れなくてももう一度注射してもらえばいいんじゃないか」
「さすが社長、いいところに気がつきましたね。でもどういうわけかこの薬で性を変えられた者には効かないんですよ」
「それじゃ一刻も早く戻してくれ。女になんかなりたくない」
「女になんかって言い方は女性に対して失礼じゃないですか。社長は大の女好きなんですから、もっと女性を敬っていただかないといけませんねえ」
「うるさい。ごちゃごちゃ言ってないで早く元に戻せ」
「ご自分の立場が全然お分かりじゃないんですね、プシーキャットちゃん」
賢吾は急に身体の中から湧き上がる妙な疼きを覚えた。
「おや、どうしました?顔が赤くなってきましたよ」
賢吾は無意識のうちに乳房に手を当てていた。
「…お前…俺に何をした?」
「別に何もしてませんよ。ただ先ほど気を失う前にちょっと催眠術をかけさせていただきました。あるキーワードを聞くと、性欲が高まるように、ね。これを抑えるには男とやっちゃうしかありません」
「はぁ…はぁ…」
賢吾の息遣いが荒くなってきた。

「でも先ほども言いましたように細胞は変わってません。したがって、染色体は男性のままです。すなわちXXではなくXYのままです。だから妊娠することはほぼありません」
「…妊娠……」
「そうなんですよ。せっかく社長は見た目が完全な女性になれたにもかかわらず妊娠することはないんです。だから、セックスだって怖くありませんよ。さ、身体を楽にして…」
男は賢吾のワイシャツのボタンをひとつずつゆっくりと外した。

「や…やめろ…」
賢吾は口では嫌がっていたが、なぜか身体は抵抗することができなかった。
「抵抗したければ抵抗していただいていいんですよ」
男の丁寧な言葉遣いを不気味に感じた。
ワイシャツの前が開けられ、ランニングシャツが現れた。
そこには明らかに大きくなった乳房があった。
乳首が硬くなり、ランニングシャツを押し上げていた。
「やめろって言っても、こんなに乳首が立ってるじゃないですか」
男はシャツの上から乳首を軽く摩った。
「…ぁ…んんん……」
賢吾は胸の先から伝わってくる電流のような快感に声を抑えることができなかった。
「社長、いい声ですね。私もちょっと興奮してきましたよ」
男の股間が大きく膨らんでいた。
賢吾よりも明らかに若そうに見えるその男にはそんな賢吾の姿に興奮するのは当然のことだろう。
賢吾はそんな若々しく雄々しい部分から目を離すことができなかった。
(欲しい……)
賢吾はそんな自分の欲求を慌てて否定した。
(何を考えてるんだ、俺は。男のチンポを欲しがるなんて)
しかし身体の内側から湧き上がる欲求に抗うことは不可能だった。
賢吾はゆっくりと男の股間に手を伸ばした。
男の膨らみは暖かく愛おしいもののように思えた。
「おや、どうしたんですか?私のチンポが欲しいですか?」
「はぁ…はぁ…欲しい…入れて…くれ……」
「おやおや、堕ちるのがちょっと早すぎやしませんか。もしかしたら元々そういう素質があったんですかね?」
男の手が賢吾のシャツを脱がそうとしていた。
賢吾は脱がせやすいように上半身を浮かせた。
「意外に従順ですね。女は従順なほうが可愛いですよ」
男の手が直接乳房に触れた。
「綺麗な胸ですね、それにとても柔らかいですし」
男の手が賢吾の乳房を撫で回した。
「どうです?気持ちいいですか?」
賢吾は初めて他人に胸を触られる羞恥と期待に胸を躍らせた。
男は賢吾の乳房に舌を這わせた。
くすぐったいような気持ち良さを感じていた。

賢吾が快感に身を任せて全身の力を抜くと、男が強引に賢吾のズボンとパンツを引き下げた。
「な…何をするんだ」
男の激しい動作に賢吾は一瞬正気に戻った。
「どうしたんですか、急に怒鳴ったりして。気を取り直して続きをやりましょう」
男の指が賢吾の割れ目に強引に入ってきた。
「おや、もうすっかり濡れてますよ。こんなに濡れているんだったらいつでも入れることができそうですね」
男は賢吾を言葉でいじめながら賢吾の感じるところを指で攻めた。
賢吾は男の指にすっかり翻弄されていた。
男の指から生み出される快感をさらに求め、賢吾は脚を広げて男の指に股間を押しつけた。
「そんなに飢えてるんですか、それじゃそろそろ入れてあげましょうか」
男はズボンとボクサーパンツをずらしペニスを賢吾の股間に当てた。
快感に我を忘れていた賢吾でも股間にペニスをくっつけられたことはすぐに気がついた。
賢吾は急に恐怖を感じた。
「や…やめろぉぉぉぉぉ……」
賢吾は叫んだが、賢吾の声を合図にするかのように男は容赦なく賢吾を貫いた。
それは股間に杭を打ち込まれたようだった。
「い…痛い!」
「女性は誰だって初めてのときは痛いもんですよ、少し我慢してください」
男は賢吾の痛みが治まるのを待った。
「どうです、少しは落ち着きましたか?それじゃ身体の力を抜いて。そろそろ動きますよ」
「や…やめろ……やめてくれぇ……」
賢吾は男から離れようと抵抗した。
しかし男に腰を掴まれて全く逃げることができなかった。

男は賢吾の様子をうかがいながらゆっくりと腰を動かし始めた。
単純に出し入れするだけでなく、微妙に角度を変えたり、緩急をつけたりしてきた。
最初は痛みしか感じなかったが、少しずつ妙な感覚が身体全体に満ちてくるのを感じた。
「…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ……」
賢吾は声が漏れることを抑えることができなかった。
男の腰の動きに合わせ、声を漏らした。
(な…何だ、これは…?なんか変な感じだ…おかしくなりそう…だ……)
賢吾は女としての快感に戸惑っていた。
しかし身体は快感を求めていた。
男とともに腰を振り、さらに強い快感を欲していた。
男の動きが激しくなってきた。
賢吾もそれに応えて激しく腰を振った。
「それじゃそろそろフィニッシュにしましょうか」
男のペニスが賢吾の中で爆発した。
賢吾の女性器は男のペニスを強く締め付けている。
それは精液を最後の一滴まで搾り取ろうとするようだった。
賢吾は全身が痙攣しものすごい快感の中、意識を失った。



朝になった。
賢吾の意識は起きていたが、気怠さのため目を開くのが躊躇われた。
身体も何となく重い気がする。
(変な夢を見たなあ)
賢吾は自分の身に起きたことは夢のように考えていた。

上半身を起こそうとする時に肌にあたる布団の感触に違和感を覚えた。
布団が直接肌にあたるのだ。
賢吾が全裸のまま寝るのは女と寝たときくらいしかない。
しかし女と寝た記憶はない。
記憶があるのはその逆、女として犯されたことだ。
(ま…まさか……)

上半身を起こすと胸に重量感を感じた。
賢吾は視線を胸元に落とした。
「あ…」
視線の先には乳房があった。
夢だと思ったことはやはり夢ではなかったのだ。
賢吾は確かに男に犯されたのだ。
賢吾は自己嫌悪とともに絶望的な気持ちになった。


「やあ、お目覚めですね。よく眠れましたか?」
男が近づいてきた。
賢吾は慌てて毛布で身体を隠した。
裸を見られることを恥ずかしいと感じた。
女性としての恥ずかしさを感じたのかもしれない。
「いいですね、その反応は。まるで処女みたいですよ。いやもう処女じゃなくなっちゃいましたっけ」
「うるさい。俺を早く戻せ」
「まあとにかくシャワーでもいかがですか?私の精液が身体中についてるのはいやでしょう」
賢吾は男の言うことにしたがうことにした。
男が言った通り、いつまでも男に抱かれた痕跡を身体に残しておきたくなかったのだ。

賢吾は身体に毛布を巻いて立ち上がった。
シーツには破瓜の血がついていた。
それを見ている賢吾に男が気がついた。
「どうです?社長の処女の証ですよ。記念に残しておきましょうか」
賢吾は男の言葉を無視して浴室に向かった。

賢吾が浴室だと思って開けたところはトイレだった。
「風呂は隣ですよ」
背後から男の声がした。
しかしトイレを見たことで尿意を催してしまった。
賢吾はそのままトイレに入った。
「座ってしてくださいよ。立ったままだと床掃除しないといけなくなりますからね」
男の笑い声がした。

賢吾は自分の股間を見た。
そこには陰毛が見えるだけで朝いつも大きくなっているものはなかった。
「…くそっ……」
賢吾は惨めな気持ちになり、便座に腰かけた。
シャーーーッ。
勢いよくおしっこが便器を叩いた。
おしっこが終わるとトイレットペーパーで股間を拭いた。
そうしないといけないような気がしたのだ。
賢吾の目からは涙がこぼれた。


トイレを出ると男のほうは見ず、隣の浴室に移った。
浴室の鏡で自分の姿を見た。
顔の造りは確かに賢吾のそれだ。
しかし何となく印象が優しくなっているように思える。
女の身体がついていてもそれほど違和感を感じないのだ。
髪が短いため少しはおかしいようにも感じる。
しかし、賢吾を知らない者が今の賢吾を見ても髪が短い女性としか思わないんじゃないかと思えた。
(完全に女になってるんだ…)
賢吾は気持ちが沈んでいくのを感じた。
それでも気を取り直してシャワーを浴びた。
身体を叩くシャワーは心地よかった。
沈んでいる気持ちが少しは元気になるような感じだ。
男の汗、唾液そして精液を洗い流そうと賢吾は入念に洗った。
賢吾はタオルで身体を拭き取った。
肌は滑らかで、表面の水を弾いていた。
女の肌はかなり瑞々しい。
何だか若くなっているように思えた。

バスタオルを身体に巻いて男のいる部屋に戻った。
服を着ようとしたが、賢吾が着ていた服がなくなっていた。
「俺の服はどこだ?」
「そこに出してるでしょう」
男が指差したほうに置かれているのは女性の服だった。
「何だ、これは。女の服じゃないか」
「何を言ってるんですか?社長は今女でしょ?なら女の服を着るべきじゃないですか」
「ふざけるな…」
そのとき賢吾は寒気を感じた。
「くしゅん!」
くしゃみが出た。
女性の身体は温度に敏感なのだ。
賢吾は男を睨みながらも、仕方なく置いてあるショーツを手に取った。
「これしかないから仕方なくだからな」
男に言い訳をして、バスタオルを巻いたままショーツを穿いた。
股間にピタッとする感覚は意外にも心地よかった。
賢吾はブラジャーを手に取った。
「これもするのか?」
「社長がノーブラのほうが良ければ無理にとは言いませんが」
賢吾はブラジャーをつけずにキャミソールを身につけた。
「乳首の痕が見えるのが色っぽくていいですね」
賢吾もそんな女に対してはいやらしい感情で見ていたから男の言うことは理解できる。
あまり自分のことをいやらしい目で見て欲しくはない。
だから賢吾は一旦キャミソールを脱いでブラジャーをつけることにした。
後ろ手にブラジャーを留めようとしたが、なかなかうまく填まらなかった。
「…ん?…くそっ……」
「どうしました?女の子初心者としてはブラジャーは上級すぎました?」
賢吾は何とか留めようとしたが結局うまくいかず、男にブラジャーを留めてもらった。
「ずっと女でいるんだったら自分で留められるようにならないといけませんねぇ」
そんな男の嫌味を言われながら。
賢吾は急いでキャミソールを着て、ブラウスを着た。
そしてスカートを手に取り、動きが止まった。
(何だよ、これ。短すぎるだろ)
グレイのタイトスカートだった。
問題は初のスカートの割には明らかに短かいことだった。
絶対に膝は出るだろう。
しかし賢吾はそれを言葉にしなかった。
どうせ最終的には男の言うことを聞くしかないのだ。
それが分かっていたから賢吾は黙ってスカートを穿いた。
予想通り膝上10センチの長さだった。
「綺麗な脚ですね。思わず触りたくなっちゃいますよ。あっそうだ。そういう服装のときにはパンストは必須ですよね」
賢吾はスカートを穿いたままパンストを穿こうとした。
しかしうまくいかない。
タイトスカートのせいで脚がある一定以上開かないのだ。
「一回スカートを脱いだほうがいいですよ」
男の言うことにしたがうのも癪だが、賢吾はスカートを一度脱いでパンストを穿こうとした。
最初はすぐに伝線を入れてしまった。
「丸めて足の先からゆっくりと穿くんですよ」
賢吾は確実に丸めて慎重に上げていった。
今度はうまくいった。
再びスカートを穿き、グレーのジャケットを着た。
「着たぞ、これでいいのか?」
賢吾は男のほうを向いた。
「それじゃ社長、こちらに来てください」
「何するんだ?」
「もちろん化粧ですよ」
「そんなことはしなくていい」
「今から私とデートするんですよ。女性が外出するとき化粧は欠かせないでしょ」
「デート?こんな姿で外を歩けるか」
賢吾は自分のスカートを見ながら言った。
「言うことを聞かないのなら社長は一生女のままですよ。それでもいいんですか?」
男に主導権があるのは間違いない。
賢吾は従うしかないのだ。
「…くそっ」
男の差し出した椅子に座ると慣れた手つきで化粧し出した。
女の匂いが賢吾の鼻をつく。
男の顔がすぐ目の前に近づき、真剣な顔で賢吾に化粧を施した。
何ともやりきれない気持ちになっていった。
「社長は今のままでも十分綺麗ですけど、より美しくなるためにこれをつけてもらいますよ」
それは軽くウェーブのついたセミロングのウィッグだった。
男はそれを賢吾に被せ、ブラシで整えた。
ウィッグの髪が肩にかかるのがくすぐったい。
奇妙な快感を覚えた。
そんな感情に賢吾自身が驚いた。
「それではこちらに来てください」
賢吾は鏡の前に立たされた。

(!)
賢吾は目を疑った。
ものすごい美人が映っていた。
確かに自分の顔だ。
信じられないことだが、この美人が自分なのだ。
自分の顔がこれほど女顔だとは思わなかった。
賢吾はなぜか心がウキウキするような気がした。
その結果、無意識に鏡の前でポーズをとってしまった。
「おや?気に入っていただいたようですね」
「うるさい!気に入ってなんかない」
賢吾は自分の心が覗かれたようでムキになって言い返した。
「この薬はなぜか若返り効果もあるんですよ」
男の言葉に賢吾は納得した。
そう言えばシャワーの水も弾き返していた。
そして自分の姿をよく見た。
確かに25歳前後に見える。
若返り効果というのは確かなようだ。

「せっかくそんな美人なのにそんな言葉遣いでいいんですか?」
確かに賢吾も言葉遣いのことは感じていた。
しかし女性らしい話し方なんかできるわけがない。
賢吾は何も言い返せなかった。
「ところで名前は何てお呼びしましょう?社長なんて色気ないですからね。奥様のお名前にしましょうか」
「……」
「おや返事をいただけないんですか。それじゃ美恵子ということで…」
「妻の名前はやめてくれ」
賢吾は拒絶した。
「それじゃ社長の秘書で、しかも愛人の梨紗ってのはどうです?」
「どうしてそれを…」
「気に入っていただけたようですね、それじゃ社長のことは梨紗と呼ばせていただきますね。私のことは賢吾さんとでも呼んでいただきましょうか」
「…好きにしろ」
「それじゃ今から私が賢吾で、社長が私の妻の梨紗ということにしましょう。くれぐれも女らしくしてくださいよ。そうでないと社長にとって良くない結果になる可能性が大ですよ」
男の顔に浮かんだ笑顔が不気味だった。
「それでは始めましょうか」
男は賢吾に毛皮のコートを掛けた。
「梨紗、出掛けるぞ。グズグズするなよ」
そして腰に手を当て玄関に向かうよう促した。
男の口調が急に変わった。
奇妙なデートがスタートしたのだ。

男に促されて外に出た。
玄関を出ると周りの様子が分かった。
賢吾が閉じ込められていたのは予想通りマンションだった。

男は賢吾の腰に腕を回して賢吾を前に押した。
押された賢吾は一歩踏み出した。
ヒールが少し高く違和感はあるが、それほど問題はなさそうだ。
コツッコツッコツッとハイヒール特有の音がマンション内に響いた。
それは自分が女性であることを主張しているようだった。

エレベータホールに来た。
そこで自分のいる部屋が最上階の28階であることが分かった。
(安くないだろうにこの男何者だ?)
そんな疑問を持ちつつ、二人はエレベータで1階まで降りた。
マンションの駐車場に男の車はあった。
アウディのA5だった。
(金は持ってそうなのに何故俺を誘拐したんだ?)

男は助手席のドアを開け、賢吾を車に促した。
賢吾は女がよくやるようにスカートが皺にならないように押さえながらお尻から助手席に座った。
タイトスカートだったためいつものような乗り方ができないせいもあったが、自然と女性らしい乗り方ができたことは自分でも驚きだった。
そんな賢吾を見て男はニヤリと笑った。

郊外のショッピングモールに行き、そこのブティックに入った。
「さあ何でも好きなのを選んでいいぞ」
男は賢吾に微笑んだ。
「いらっしゃいませ、奥様にプレゼントですか?」
店員がにこやかに近づいてきた。
「妻に服をプレゼントしようと思ってね」
「それでは奥様、お気に召したものがございましたらお声をおかけください」
店員は賢吾が選ぶのを少し離れたところから見ていた。
しかし賢吾は服を選ぶ様子はなかった。
店員はどうすればいいのか不安そうな顔になった。
「実は女房と喧嘩してね」
男は小声で店員に告げた。
「ああ…それで…」
店員は何もかも理解したような顔をした。

「奥様、こちらのワンピースはいかがですか?」
店員は待つのではなく積極的にいくつかの洋服を賢吾に勧めた。
しかし相変わらず賢吾は店員の勧める服にも全く興味を示さなかった。
困り果てた店員を助けるように男が割って入った。
「今のワンピースがいいんじゃないか。それをもらおう。あとこれなんかも若々しくて良さそうじゃないか。ついでに買っておこうか」
「それじゃ念のために身体のサイズを測らせていただいてよろしいでしょうか?」
店員は素早く賢吾のウエストを測った。
「ウエストは63センチですね。すぐにご用意します」
店員は煩わしい客を早く終わらせようとするかのように急いでレジのところで包装を始めた。
「もう少しそれらしく振舞ってもらわないと困るだろう」
「女らしくとは言われたけど、あなたの妻らしくなんて言われてないから」
男は「チッ」と舌打ちしたときに、店員が購入した服を買物袋に入れ持ってきた。
そのとき店員は賢吾の顔を繁々と見た。
「あのぉ、奥様、今日は急いで出て来られたのですか?」
「うん、まあ、急いでいたかな」
男が賢吾に代わって返事をした。
「だからアクセサリをつけておられないのですね。せっかくですからアクセサリもいかがですか?」
男が「行け」というように顎で合図した。
「そうね、いただくわ」
賢吾は店員に勧められるまま、イヤリングとネックレスと指輪を買った。
賢吾の美しさはアクセサリをつけたことによってアップした。
やはり女性にはアクセサリが必要なんだなと思った。
「なかなか似合うじゃないか。これはこのままつけるから包まなくていいよ」
男は店員に万札を何枚か渡して支払いを済ませた。

「一時的に女になったわたしに何万も使うなんて馬鹿じゃないの」
店を出た賢吾はすぐさま男に言った。
「一時的に女なのかずっと女のままかはお前の態度次第だってことを忘れるなよ、いいな」
男の表情にはこれまでの温和な感じは全く存在していなかった。
賢吾は身代金を払えばすぐに元に戻れると考えていた。
今の状態は一時的なものだと思い少し気楽に考えていた部分があった。
しかし、思い違いだった。
自分の運命はこの男の気持ちひとつでとんでもないことになる可能性があるのだ。
賢吾はこの先男の機嫌を損ねないようにしなければと強く思った。

「それじゃ次は下着を買っておこう。この先どれだけ必要になるか分からないしな」
男は意味ありげに笑った。
「ええ、そうね」
賢吾は「そんなもの必要ないだろう」と思いながらも男の機嫌を損ねないように返事した。
しかし、顔は引きつっていた。
カラフルな下着が展示されている店にはとても入ることができなかった。
「さすがにこんな店に俺は入れない。梨紗ひとりで買ってこい」
男が賢吾を店に入るよう促した。
「えっ…」
賢吾は見た目は女だが、気持ちはまだ男だ。
こんな店にひとり入れられても困る。
男にそう言おうとしたが、男の目を見て思い止まった。
(こいつを怒らせちゃいけないんだ)
賢吾は「それじゃ買ってくるから待っててね」と言って店の中に入っていった。

店の中に入っても女性の下着なんてじっと見ることができない。
それにどのサイズを買えばいいのか分からない。
困っていると店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、サイズはどの辺りですか?」
「ごめんなさい、最近測ってないから分からないわ」
「お測りしましょうか」
「そうね、お願いしていいかしら」
賢吾は店員にサイズを測ってもらうためにフィッティングルームに入った。
バスト86センチDカップ、ウエスト62センチ、ヒップ88センチ。
素晴らしいプロポーションだった。
(さっきの店ではウエストが63センチって言ってたな。1センチ測り間違えたんだ…)
賢吾はウエストが1センチ大きく言われたことが腹立たしく思えた。
(俺は何を怒ってるんだ。これじゃ本当の女みたいじゃないか)
そんな感情の変化を賢吾自身戸惑っていた。

賢吾は店員に勧められるまま買うことにした。
色は黒、ベージュ、ピンクで、それぞれショーツとブラジャーとキャミソールを1つずつ。
締めて27,600円だった。
女の下着の値段には驚いたが、どうせ男が払うんだし、問題はないはずだ。
罪悪感を感じることなく、男から3万円を受け取り支払った。
「女の下着は思ったより高いんだな」
そんなふうに呟く男に賢吾は「いい気味だ」と心の中で舌を出した。

賢吾のための買い物を済ませると、再び車を走らせた。
「さて次は今日のデートのメインだぞ」
男の言葉に賢吾は首を傾げた。
「メインって何なの?」
「敵情視察さ。まあ黙って見てろよ」
男は車を走らせた。
どうやら賢吾の自宅に向かっているようだった。

賢吾の自宅は30坪ほどの慎ましやかな大きさだ。
同じような大きさの家がいくつも並んでいる。
隣の家とは2階から簡単に行き来できるような近さだった。
今の資産だともう少し大きな家を購入することも可能だ。
でも、妻と賢吾の二人だとそれほどの広さはいらないと考えている。
家族が増えたときにでも考えればいいと思っていた。
環境は重視した。
とにかく静かな環境を求めて、この家に決めたのだ。
いつもはこの辺りには路上に駐車する車がそれほどない。
しかし今日は少なくない車が停まっていた。
「今日は駐車違反の車が目立つな。何か事件でもあったのかな?」
男は賢吾に向かって奇妙な笑いを向けた。
「警察の車ね」
「そうだろうな。あとマスコミもいるかもしれないぜ」
「警察とマスコミがこんなにいるのにどうやってお金を取ろうって言うの?」
「さあな。ダメならダメでもいいんだよ。梨紗のような綺麗な女が手に入るんだからな」
賢吾は男の言葉がまんざら嘘ではないように感じた。
「そんなこと言わないで。わたしも協力するから」
賢吾は焦りながら言った。
「そうだな。我が愛する妻のために頑張らないとな」
そう言って男は賢吾の手を握ってきた。
賢吾は嫌悪感を覚えたが、我慢して男の手を握り返した。

次に向かったのは賢吾の会社が入っているビルだった。
都心の雑居ビルの5階に賢吾の会社は入っていた。
賢吾たちは少し離れたところに停車して周りをうかがっていた。
目立たないように気をつけてはいるが、あちこちにマスコミ関係の車が停まっていた。
警察の車も多くあるんだろう。
「家も会社も厳戒態勢だな。こりゃ簡単には行きそうもないな」
そんな言葉とは裏腹に男の顔からは焦りのようなものは感じられなかった。
よっぽどの勝算があるのだろうか。
それとも本当にこのまま賢吾を梨紗としてそばに置くつもりなのだろうか。
後者は絶対に嫌だ。
何としてでも身代金を手に入れないといけない。
賢吾は強く決心した。


「状況は想定内だったな。とりあえず食事に行こうか。腹が減っては戦はできないからな」
男は車を走らせ、Rホテルに入った。
そして日本料理の店に入った。

机の上に多くの料理が並べられた。
男は黙々と食べている。
賢吾も箸をすすめたが、女の身体になったせいか、それともその精神的なショックによるものなのかあまり食べられなかった。

男は机の料理をほとんど平らげると席から立ち上がった。
「ちょっとトイレに行ってくる。すぐ戻ってくるが、逃げるんなら逃げてもいいぞ」
男の姿が見えなくなると、賢吾はどこかに逃げることを考えた。
しかし自分が石川賢吾だと言っても誰も信じてくれないだろう。
こんな女の姿で何をどう言えばいいのだろうか?
賢吾は結局逃げもせず男が戻ってくるのを待った。

「おとなしく待ってくれてたのか。それじゃ褒美として教えてやろう、明日取引だ。戻れるかもしれないぞ」
「本当か?」
賢吾は予想外の言葉に驚いて女らしく話すことを忘れてしまった。
「言葉遣いができないなら中止にしてもいいんだぞ」
「ぁ…ごめんなさい。明日取引って本当なの?」
「ああ、今電話してきた」
そう言って携帯をテーブルの上に置き、変声器を外した。
そしてFOMAカードを取り出してポケットから新しいFOMAからを取り出してセットした。
「何から足がつくか分からないからな。一回ずつ番号を変えてるんだ」
男は相当慎重な性格のようだった。
「それじゃ明日に備えて今日はもう休もうか、部屋を取ってきたぞ」
男はテーブルの上に鍵を置いた。
おそらくまた抱かれるのだろう。
賢吾は逃げ出したい気持ちだった。

「女の振りして疲れただろ?ゆっくり休んでろよ」
部屋に入っても予想に反して男は賢吾を抱かなかった。
てっきり抱かれるかと思っていたので肩透かしを食ったようだった。
(まぁいいか。実際疲れてるし早く寝るとするか)
そう思って、洗面所でホテルに備え付けのナイトウエアに着替えた。
男はジャケットを椅子に掛けベッドに寝転がっていた。
賢吾はもうひとつのベッドに横になった。
「それじゃお休み。プシーキャットちゃん」
男が賢吾のほうも見ずに言った。

その言葉にすぐ身体が反応した。
「ど…どうして…そんなことを…言うんだ……」
賢吾は自分の身体が火照ってくるのを抑えられなかった。
火照った身体を鎮めるためにナイトウエアに手を潜り込ませて乳房を揉んだ。
それでも満たされず自らクリトリスをまさぐった。
しかしそれがさらに欲望を大きくすることになった。

「頼む。抱いてくれ」
賢吾は自尊心を捨て去り、男が寝転んでいるベッドに近づき、懇願した。
「僕も疲れてるんだから、ゆっくり寝させてくれよ」
男は賢吾と反対方向に寝返りを打った。

賢吾は脱いでいる服を脱ぎ、下着だけになった。
そして男の顔を覗き込んだ。
「頼む、俺を抱いてくれ」
「女らしくない梨紗なんて抱きたくないよ」
賢吾は自らの欲望を満たすために男の願いを聞き入れざるをえなかった。
「……そんなこと言わないで…抱いてちょうだい…」
「さっきも言った通り疲れてるんだ、梨紗がサービスしてくれるんだったら好きにしてくれていいぜ」
「サービスって?」
「女が男にするサービスさ、分かるだろ?」
男は自分の股間を押さえた。

賢吾は男のズボンをずらした。
そして、ペニスを取り出した。
(こんなものを銜えるなんて……)
理性ではそう思うが、性欲のほうがはるかに強かった。
賢吾は男のペニスの先を舐めた。
生臭く、そして…魅力的だった。
なぜかそう感じた。
そう感じると賢吾は自分の内から噴出す欲望を抑えきれずに男のペニスを口に含んだ。
口の中でピクンとペニスが反応した。
何だかすごく愛おしいもののように思えた。
賢吾は丁寧に口の中でペニスを舐め上げた。
「お…すごくうまいじゃないか…。さすが男の感じるところはよく分かってるな……」
賢吾はペニスを銜えたまま上目使いに男を見ていやらしく笑った。
それは淫らな女の目だった。
ペニスを口から出し、賢吾は男の腰に跨がった。
膣口にペニスを当て、そしてゆっくりと腰を下ろしペニスを身体に迎え入れた。
「…ぁ……ぃぃ…ゎ……」
賢吾は男の上で腰を振って喘いでいた。
ペニスの角度を微妙に変えながら自分の感じる位置を探った。
「…す……すごい……」
賢吾は快感の波に完全に翻弄されていた。
男のペニスから精液が放たれた。
男の精液が身体の中で放たれたことを感じた。
同時に賢吾の心の中は充実感で満たされていった。



賢吾が朝起きるとシャワーで身体を洗い流し、男の準備した服に着替えた。
男の準備したのは昨日ブティックで買ったものだった。
昨日のOL風な服装とは違い、かなり若々しいフェミニンなものだった。
膝こそ隠れるが裾の広がる小さな花柄のワンピースだった。
今日もまた男は賢吾に化粧をした。
服装のせいか今日のほうが女性らしく映った。
男と二夜連続交わったせいで女性ホルモンが身体中に行き渡ったせいかもしれない。

「いよいよ今日が取引の日だぞ、うまく行けば梨紗ともお別れだな」
「でもお金はどうやって受け取るんだ」
賢吾は戻れるかもしれないという気持ちが高まり、ついいつもの口調で話してしまった。
男は賢吾を睨みつけた。
「そんな言葉遣いするな。戻りたくないのか?」
男の言葉に賢吾は狼狽えた。
「あ…そうね……お金はどうやって受け取るの?」
賢吾は慌てて女らしく振る舞った。
「そうだ、それでいい。金は梨紗が受け取りに行くんだよ」
「えっ?」
「聞こえなかったのか?お前が受け取りに行くんだ」
「わたしがお金を?」
「そうだ、この携帯を持って行け。この携帯を使って俺からの指示を伝えるからな」
男はスワロフスキーを装飾した携帯を取り出した。
それは賢吾の携帯に装飾を施したものだった。
「どうしてこんなことを……」
元に戻っても使い物にならないな。
賢吾はそう思った。
「どうだ、梨紗に似合ってるだろう」
「えっ…ええ、ありがとう……」
賢吾は心にもないことを言い、仕方なくその携帯を受け取った。
「その携帯には少し細工しておいた。盗聴器を仕込んでおいたんだ。お前の周りの声が聞こえる。だから、怪しいことしてもすぐに分かるからな。そうなれば取引は中止だ。お前と会うことも二度とない」
男が賢吾の顎を持ち上げるようにして言った。
「絶対にそんなことはしないし、させないわ」
賢吾は男を睨みつけた。
「お前がやめてくれと言っても警察は絶対にお前に張り付くはずだ。まあお前が俺に協力してくれれば何とかなると思うがな。だが、お前が怪しい行動を取るようだったらそのときは…。分かってるだろうな」
「…ぁ…はい…」
「それじゃ会社に行け。それでそこにいる警察にこの封筒を渡すんだ」
「何が入ってるの?」
「お前は知らなくていい。とりあえず警察がこれを見たら、取引スタートだ、いいな」
賢吾は男から封筒を受け取った。
それは緩衝封筒だった。

賢吾は男の運転する車に乗り会社に向かった。
車に乗っている間、男は何も話さなかった。
会社の前に着いた。
「それじゃうまくやってくれよ。会話はすべて聞かれてるっていうことを忘れるなよ」
「はい」
賢吾は封筒を持ち、車から降り立った。

賢吾はエレベータで5階に上がり、会社の前まで来た。
大きく深呼吸をした。
自分の会社に入るのにこんなに緊張したことはなかった。
受付に置かれている呼出ベルをたたいた。

「はい、いらっしゃいませ」
受付をしてくれている人事の依田美香子が出て来た。
女になって初めて知り合いと顔を合わせるのだ。
恥ずかしくてとても目を合わせることができなかった。
美香子は賢吾の顔を見て首を傾げていた。
まさか賢吾だと気がついたのか?
賢吾が次の言葉を発することができないでいた。
「あ…あのぉ……」
賢吾は言葉を振り絞った。
しかしうまく言葉をつなげなかった。
美香子は賢吾の次の言葉を待っていた。
妙な沈黙の時間が流れた。
「社長の誘拐の件で…」
賢吾は何とか言葉を絞り出した。
「えっ?」
「刑事さんにお会いしたいんですけど…」
「ちょっとお待ちください」
美香子は急いで中に入っていった。
すぐに3人の男が出てきた。
「警視庁の中森です。誘拐の件でお話があるのはお嬢さんですか?」
「ちょっとここでは」
「あ…そうですね。それでは中で」

賢吾は会社の会議室に連れていかれた。
そこは会社の役員と刑事らしき男たちがいた。
「で君は?」
「何も言わずにこの封筒の中身を見てください」
刑事のひとりに封筒を渡した。
刑事は封筒の封を切ると中の物を取り出した。
中にはDVDが入っていた。
そのDVDをPCのドライブにセットした。
PCのモニターに映像が映った。
部屋にいる者全員が覗き込んだ。

映し出されたのは最初に監禁された部屋だった。
「身代金はできましたか?まあ1億円くらいの端金なんかわざわざ時間をおかなくても準備できるでしょうけどね」
変声器を通して妙に甲高くなった声が聞こえてきた。
しかし話している犯人の姿は映っていない。
「1億円だと…。1000万円じゃなかったのか?」
賢吾は小声で呟いた。
そんな賢吾の呟きに気がつく者はいなかった。
「それをこのDVDを持ってきた女に持たせてもらえますか?ところで、その女の正体、誰だと思います?何と社長の石川賢吾さんなんですよ」
(何を言い出すんだ…)
部屋中の者が一斉にざわめきたった。
唯一人事の美香子が「やっぱり」と呟いていた。
賢吾はこれ以上話させてはならないと思い、DVDを止めようと慌てて手を伸ばした。
しかし周りにいた男たちに止められてしまった。
「やめろぉ。やめてくれぇ。そんなものを見るなぁ」
賢吾は男に羽交い絞めされながらも必死にDVDを止めようとした。

「と言っても信じれないですよね?それじゃこれを見てもらえますか?」
DVDの男の声が続けた。
注射を打たれて苦しんでいる賢吾の様子が映し出された。
目出し帽を被った男が賢吾のそばに映っていた。
賢吾の様子が落ち着くと、男の手がワイシャツを捲り上げ、賢吾の乳房をアップで映した。
ズボンがずらされてペニスのなくなった股間が映された。
賢吾が気を失っている間に全身を撮影されていたのだ。
「特殊撮影でもなんでもないんですよ。映像が加工されたかどうかは調べてもらえばすぐに分かるはずですよね。何なら社長の家に残っている指紋と女の指紋を照合してもらってもいいですよ。自宅に髪の毛でも見つかればDNA鑑定してもらえば確実に確認できるでしょうし。歯の治療痕で照合してもらってもいいですし。とにかく確認していただくまで待ちますから、確認できればそこの女に確認できたことを告げてください。ところでそちらの会話は全て盗聴してます。社長がおかしなことを言えば取引は即中止、社長は一生女のままです。人質は社長の"男"です。くれぐれもその点をお忘れなく」
男の笑い声が響き、DVDが終わった。

誰一人賢吾のもとに近づくものはいなかった。
気味の悪いものを見るように遠巻きで見ているだけだった。
「ちくちょう…」
賢吾は恥ずかしさと悔しさでその場に崩れていた。
目からは涙が零れていた。

「本当に賢吾なのか?」
しばらくして声をかけてきたのは副社長の井上智信だった。
智信とは同い年で、会社の立ち上げた時から一緒に苦労した友人だった。
技術に長けており、技術は智信、営業・経営は賢吾の二人三脚でここまで来たのだ。
そんな仲間だからこそ、こんなときにまず声をかけてくれたのだろう。
しかし賢吾には気持ちに余裕がなかった。
「……ああ、そうだ」
智信の顔も見ず賢吾はぶっきら棒に答えた。
「どうしてそんな姿になっちまったんだ…」
「DVD見ただろ。訳の分かんない薬で女にされたんだよ」
「あれって本当なのか?特撮かなにかなんだろ?」
賢吾は智信の手を取って自分の胸に押しつけた。
相変わらず智信のほうは見ない。
「…嘘だろ……」
「何なら下も触るか」
「えっ…そこまでしなくていいよ…」
智信は言葉が続かなかった。

社員全員で30人足らずの小さな会社だから、全員今の状況が分かったようだ。
そこにいる社員全員が賢吾を見ている。
まるで視姦されているみたいだ。
賢吾はそう感じた。

そのとき秘書の立田梨紗が戻ってきた。
彼女はどこかに出かけていたようだ。
「何かあったの?」
梨紗はそばに立っている女子社員に聞いた。
女子社員は賢吾のほうをチラッと見、梨紗に耳打ちした。
梨紗は驚いた表情を浮かべたが、すぐに賢吾のところにやってきた。
「社長…なんですか?」
賢吾は無言で頷いた。
「そんなところではせっかくのお洋服が汚れてしまいます。どうぞこちらへいらしてください」
賢吾は梨紗に連れられて会議室の外に行こうとした。
しかし刑事に止められた。
「社長さんにいろいろと事情をお聞きしなければいけませんので、しばらくこちらで座っていてください」
賢吾は梨紗に促されるまま会議室の椅子に座った。
正面の椅子に梨紗が座った。
「こんなときに不謹慎かもしれませんが、社長って美人なんですね」
梨紗が賢吾を見て微笑んでいる。
「そんなに見るなよ」
「社長って本当に美人です。女の私も妬けちゃいます」
梨紗がニコッと笑った。
なぜか賢吾の心が軽くなっていくようだった。
梨紗の言葉が賢吾を救ってくれた。

結局その日社員たちは強制的に退社させられた。
残ったのは智信をはじめ幹部数人と秘書の梨紗だけだった。


刑事たちはDVDの内容の裏付けに飛び回っていた。
賢吾の自宅で待機した刑事は家の指紋や髪の毛など賢吾の痕跡を収集した。
歯の治療痕の照合のため通院していた歯科医からカルテを入手した。
賢吾から採血し徹底的に調べられた。
病院に連れていかれそうになったが、それは断った。
事件の捜査ではなく性転換の謎をモルモットのように検査漬けにさせられそうに思えたからだ。

刑事たちは同時に犯人につながる証言を賢吾から求めた。
その雰囲気は犯人に対する取り調べのようだった。
しかし賢吾は頑として証言を拒否した。
こんな生き恥をかかされても男に戻りたい。
犯人を怒らせるようなことは絶対にしない。
そんな思いで証言を拒んだ。
今賢吾を生かせているのは「絶対に戻ってやる」という思いだけだった。
夕方になるころ、賢吾は賢吾自身であることが確認された。

賢吾が持っている電話が鳴った。
辺りに緊張が走った。
賢吾は深呼吸をして携帯を開いた。
「もしもし」
『もしもし』
電話から変声器で変換したような変な声が聞こえてきた。
おそらくあの男なのだろう。
「なぜ俺のことをばらしたんだ」
『警察は社長のことを犯人側の人間だと思っていたはずですよ。だからその誤解を解いてあげたんじゃないですか。もう社長は社長だって認めてもらったんでしょ?』
「ああ、それはそうだが」
『それじゃ刑事さんに代わってもらえませんか?』
「えっ?」
賢吾は男の言葉が一瞬理解できなかった。
誘拐犯が刑事と直接話すなんて状況は、賢吾の想像の範囲にはなかったのだ。
この男は何を考えているのかさっぱり分からなかった。
それだけに不気味だ。
賢吾は気を取り直して「刑事さんに電話を代われって」と言って、中森に携帯を手渡した。
「もしもし、捜査一課の中森だが」
『社長の身元確認が終わったみたいですね』
「ああ、確認した。確かに社長だ」
『それでは身代金の受け渡しに入らせていただきます。いいですか?』
「ああ」
『社長自身にお金を持たせて車に乗るように言ってください。くれぐれも変なことをしないでくださいよ。そちらの話し声は全てこちらに筒抜けなんですからね。社長が女のまま元に戻れなくなれば警察はどう責任取るんですか?あなたが結婚してあげますか?社長は美人ですからね、ははははは……』
奇妙な声の笑い声を最後に電話が切れた。

警察は連絡用のマイクをつけるように賢吾に頼んだが、賢吾は拒否した。
仕方なく1億円を入れるバッグの底を二重底にし、そこに賢吾に無断でGPSと盗聴器を仕掛けた。
「我々が警護することはお許しください。くれぐれも無茶だけはしないようにしてください」
盗聴を恐れ、筆談でそう伝えた。
賢吾は黙って頷いた。
そして刑事のひとりが賢吾にバッグを渡した。

賢吾は車に乗り込み、バッグを助手席に置いた。
すぐに男から電話があった。
『まずは駅に向かえ』
「駅?駅に行ってどうすればいいんだ?」
『ほぉ、もう男に戻りたくないみたいだな。ずいぶん横柄な物言いするもんだ』
「あ…え……ごめんなさい。1億円も持ってるもんだから気が動転しちゃって」
『うまい言い訳を考えたもんだな。まあいい。とにかく駅に行け。その後は駅に着いてから連絡するからな』
「わ…分かったわ…。駅に行けばいいのね?」
賢吾は駅に向かった。
後ろからつけてくる車の存在に気がついた。
きっと刑事たちなんだろう。
賢吾は何とか撒こうとした。
運良く信号が切り替わり、警察の尾行から逃れることができた。

駅に着いた。
尾行していた車はついてこれなかったようだ。
賢吾は車に乗ったまま男の連絡を待った。
しかしなかなか男から連絡はなかった。

駅のロータリーで待っていると、一人の制服の警官が車の窓を叩いた。
「ここは駐車禁止なんだけどね」
「あ…すぐ出しますから」
「とりあえず免許証見せて」
賢吾はどうすべきか迷った。
そもそも今の姿の免許証なんて持っていない。
免許証なんて出せるわけがないのだ。
「何だ、免許証がないのか。怪しいな、ちょっと出て」
制服警官に詰問されていると、近くにいた刑事たちが急いで近づいてきた。
いつの間に賢吾に追いついたのだろう。
賢吾が疑問に思っていると、刑事たちがその警官の腕を掴んで賢吾の車から引き離した。
警官は最初抵抗していたようだが、刑事が警察手帳を見せると急におとなしくなった。
さらに刑事が小声で何かを説明し出すとしどろもどろになった。
「それじゃ気をつけてくれよ」
「はっ」
警官が刑事に敬礼をしていると、賢吾の携帯が鳴った。
『警察がチョロチョロしてるみたいだから、今日の取引は中止しましょう。また連絡します。今日は久しぶりのご自宅でごゆっくりなさってください』
「今の警官は駐禁を注意しただけなんだ。中止なんて…。お、おい、待ってくれ」
電話が切れた。
そのやりとりはそばにいた刑事たちに聞こえたようだ。
刑事たちは警官を睨みつけた。
警官の顔は完全に青ざめていた。

「犯人は何と言ってましたか?」
「今日は警官がいるから、今日は中止だと言ってました。自宅で休んで連絡を待てと」
「そうですか」
刑事は賢吾の言葉を聞いてどこかに電話した。
「はい、それでは今日のところは自宅で待機していただくことにします」
刑事が賢吾に向き直って自宅に戻るよう告げた。
もしかしたら自分は女のまま生きていかなければならないんだろうか。
賢吾はそんなことを考えながら車をスタートさせた。


走り出すとすぐに携帯が鳴った。
「もしもし」
『どうも盗聴されているような気がする。適当な相槌だけで絶対に復唱するな、いいな』
「どうして?」
『さっきの警官に近づいてきた刑事だが、明らかにお前より先に駅に来て待っていたようだ。俺がお前に駅を行けと命じたのは車に乗ってからだからな。盗聴でもしてない限りお前を尾行するしか駅に来る方法はないんだ。実際お前の車を尾行してた車があったからな。でもさっきの刑事はその車から降りてきたわけではなかった』
「そうなの?」
『刑事は明らかにお前より先に駅で待っていた。警察は何らかの方法で情報を掴んだんだ。どこかに盗聴器でも仕込んであるんだろう。だから警察に細工されたかもしれないものは処分しろ。金の入った鞄は入れ替えろ。服も捨てるんだ。アクセサリ類は全部外しておけ。あとは…』
「この携帯は?」
『目を離した時間はあるのか?』
「いいえ」
『ならそれは持っておけ。俺の情報収集のためには必要だ』
「分かったわ」
『おそらくお前の自宅の周りには刑事が何人かいる。とりあえず家でおとなしく待ってろ。そのうちこちらから連絡する』
男からの電話が切れた。

賢吾は久しぶりに自宅に戻ってきた。
インターフォンを押す手が震えた。
「どちら様ですか?」
インターフォンから少し警戒しているような妻の声が聞こえてきた。
賢吾はできるだけ声を落して「俺だ」と言った。

ドアが静かに開き、ゆっくり美恵子が顔を出した。
「どなた?」
「あ……あの……」
「…あなたなの?」
「ああ」
「本当に女になっちゃったの?」
誰かからすでに連絡が行ってるらしい。
余計な説明をせずに済みそうだ。
賢吾は頷いた。
「とにかく中に入って」
賢吾は家に入った。
入るときに家の周りを見ると、家の周りには刑事らしき男が数人いた。

「あなた……」
美恵子は賢吾に何か言いたそうだった。
「疲れた。風呂に入る」
賢吾は美恵子の話を遮るように浴室に急いだ。

賢吾は男に言われた通り、鞄の現金を手近にあった紙袋に移した。
そして着ていた服やアクセサリをその鞄に詰めた。
ウィッグも鞄に詰めた。
ウィッグを取った顔は見慣れた自分の顔だった。
確かに見慣れた自分の顔なのだが、昨日よりさらに女っぽくなっているような気がする。
そんな事実もなぜか自然なことのように受け入れることができた。

賢吾はウィッグをとったこと、しかも久々の我が家の風呂でリラックスしていた。
それほど広くない浴槽だが、気持ちはリラックスしていた。
自分の身体を見ると、それは見事に女性の身体だ。
それなのになぜかあまり違和感を覚えなくなっていた。

「あなた、服はここに置いておきますからね」
美恵子の声がした。
「ありがとう」
男のときにはほとんど言ったことのない感謝の言葉がなぜか口から出た。
それも女性化の影響なのだろうか。

身体を洗って、浴室から出ると、置かれている服を見て驚いた。
「これは美恵子の……」
置かれていたのは美恵子の下着と服とジーパンだった。
(確かにこの姿じゃ美恵子のものが相応しいよな)
ブラジャーが少しきつかったが、何とか着ることができた。
女性の服を着ることにあまり抵抗感がなくなっていた。
賢吾はそんなことにも気がつかなかった。

「よかった…。私の服でもぴったりみたいね」
「ああ、何とかな」
「ウィッグは?ウィッグはどうしたの?」
「あ…ああ。暑いからとった」
「確かにそうね。……でもそのままでも十分美人ね、あなたって」
「そうかな」
賢吾は自然に笑みが浮かんだ。

「ご飯は?ご飯は食べました?」
「いや、食べてない」
「簡単なものでよければ作りましょうか?」
「ああ、頼む」
出てきたのは朝食みたいなものだった。
しかし久しぶりに食べる妻の手作り料理は賢吾の心に滲みた。
無意識のうちに涙が流れてきた。
「どうしたの?」
美恵子が不思議そうな顔をして賢吾の顔を覗き込んだ。
賢吾には自分でもなぜ涙が出てくるのか分からなかった。
気持ちの高まりが感情という形になって表れる。
心まで女性化が進んでいるのだ。
賢吾はそんなふうに感じた。

そのとき美恵子の携帯が鳴った。
「もしもし」
美恵子は黙って携帯を聞いていた。
美恵子の顔色に変化が見られた。
「あなたに替われって」
美恵子は賢吾に携帯を渡した。
「もしもし」
『俺だ』
あの男だった。
「どうして妻の携帯の番号を知ってるんだ?」
賢吾は男に詰問した。
『いくら奥さんの前でもそんな言葉遣いは許さん』
男は賢吾の質問には答えず賢吾の言葉遣いを責めてきた。
「いや…でも…」
『これからもずっと女のままでいたいのか?それなら無理にとは言わないが…』
「あ…それは……」
『そう言やどうして奥さんの携帯を知ってるかを知りたいんだったな。俺はずっと梨紗のそばにいた。お前の携帯を覗く時間はいくらでもあっただろ?』
「……そう…ね…」
賢吾は妻の目を気にしながら女性らしく話すように努めた。
美恵子はそんな賢吾の顔を驚いたように見つめていた。
『お前の着ていた服は処分したのか?』
「え…ええ、洗面所にまとめておいてあるわ」
『まだ捨ててないのか?』
「ごめんなさい。すぐ捨てます」
『いや、それはそのままにしておけ。ところで、明日だが、梨紗の家の隣に高校生がいるだろ?』
「どうしてそんなことを知ってるの?」
『そんなことはどうでもいい。まあ聞け。二階から隣の家に移って、そこの家の娘のような振りをして外に出るんだ。金は学生鞄にでも入れろ。俺はOホテルの703号室で待ってる』
「隣には何と言えば…?」
『そんなことは自分で考えろ。とにかくその方法だとおそらく警察を騙せるはずだ』
「分かったわ」
『それから脱いだ服のそばで、明日の朝9時に連絡があるように言っておけ。警察が聞いているとすると、その言葉で朝の早いうちは油断するだろう。分かったな』
「はい」
『それじゃ明日な』
賢吾は電話を美恵子に返した。

「そんな顔で見るなよ、ああいう話し方をしないと取引しないって言ってるから」
美恵子の視線が気になって言い訳した。
「でもあなたの話し方、自然だったわよ。とても無理やり話さされているようには思えなかったわ」
「嫌味を言うなよ」
「嫌味じゃないわよ。本当に自然だと思ったから言っただけよ」
「そんなことより……」
賢吾は男の言葉を美恵子に伝えた。

美恵子は隣の家に電話をした。
「もしもし田中さんですか?隣の石川です。実はちょっとお願いしたいことがありまして…」
最近2〜3日の喧噪で尋常でないことが起こっていることを感じていたのだろう。
詳しい事情を聞くことなく、協力してくれることになった。
「明日5時にベランダ伝いに来てくださいって」
「ありがとう。それじゃ明日は早いし、もう寝るよ」
賢吾は1億円の入った紙袋を持って寝室に向かった。
寝室に行く前に、男の指示通り、洗面所で一人芝居をうった。
「もしもし……分かった。明日9時の連絡を待っていればいいんだな。それじゃ今日は休ませてもらう」
いかにも携帯で話しているように話した。


賢吾は美恵子のパジャマを着てベッドに入った。
後に来る美恵子のために部屋の灯りは点けたままだった。
眩しさを避けるように目を閉じた。

しばらくすると美恵子が寝室に入って来た。
浴室からそのまま来たようで、バスタオルを身体に巻いているだけだった。
「あなた、起きてる?」
賢吾は黙って目を開けた。
「お願いがあるの。あなたの裸を見せて」
「な…何を言ってるんだ。馬鹿なことを言ってないで寝かせてくれ」
「お金を渡せば元に戻れるんでしょ?」
「ああ、そう言われてる。薬さえ打てば大丈夫らしい」
「それじゃ今夜が女性としては最後なんでしょ?」
「あ…まあ……そう…だな……」
「だから女になっているあなたの姿を見ておきたいの。いいでしょ?」
美恵子は身体に巻いていたバスタオルを落とした。
そして強引に賢吾の布団を剥いだ。
美恵子は賢吾のパジャマのボタンに手をかけた。
賢吾は手を美恵子の手に重ねた。
美恵子は優しく賢吾の手を外した。
そしてボタンをひとつずつ外していった。

美恵子の目の前に賢吾の女体が現れた。
「あなた、綺麗だわ……」
美恵子のそんな言葉が嬉しく思えた。
美恵子の手が賢吾の乳房に重ねられた。
手の冷たさが気持ちよかった。
賢吾の乳房の上で手が動いた。
時々乳首を擦った。
「…ぁ……」
その度に賢吾の口から甘い溜め息が漏れた。
「綺麗よ、あなた…とっても……」
美恵子の甘い言葉が賢吾の頭に響いている。
美恵子の手の感触が乳房から全身に広がっている。
手による快感だけでなく言葉によりさらに高みに昇っていくように感じられた。
長い時間そんな言葉と愛撫だけが続いた。
強い快感はなかった。
ただ心地よい快感が全身の隅々まで満たしていた。

賢吾の女性の部分は恥ずかしいくらい濡れていた。
それは賢吾自身がよく分かっていた。
それほど感じていることが恥ずかしかった。

「あなた、感じてるんなら声を出していいのよ」
美恵子はもう一方の手をショーツの中に滑り込ませた。
「やっぱり感じてるんじゃない。こんなに濡れてるわよ」
美恵子は左手を賢吾の顔の前に見せ、親指と人差し指をつけたり離したりした。
指の間に粘りのある液体の筋ができた。
賢吾は自分が感じている証拠を突きつけられて恥ずかしそうに顔を背けた。

「本当にすっかり女になってるのね」
美恵子の声が耳元で響いた。
賢吾は驚いて美恵子のほうを見た。
すると素早く美恵子の顔が近づき、そして唇が重なった。
なかなか唇は離れなかった。
(キスがこんなに気持ちいいなんて……)
まさにうっとりという感じだった。
呼吸することも忘れるほどキスに没頭した。
美恵子の舌を必死に吸った。
流し込まれる唾液を飲み込んだ。
唇が離れても賢吾は美恵子の唇を求めた。
「あなたがそんなにキスを好きだなんて知らなかったわ」
美恵子は指で賢吾の唇をなぞるように動かした。
賢吾はその指を銜えようと口で指の動きを追った。

美恵子が賢吾の身体に覆い被さった。
賢吾と美恵子の乳房が重なって二人の身体に挟まれている。
しかも美恵子が動くことによって、乳首がその間で転がされている。
時々美恵子の乳首が当たり電撃のような快感に襲われる。
「……ぁ……はあぁ………」
賢吾は美恵子の身体にしがみつくように腕をまわした。

どれくらいの時間が経ったのだろう。
唐突に美恵子が身体を離した。
「それじゃあなたの女の子の部分見せてね」
美恵子の顔が下腹部に移動していった。
賢吾はものすごい恥ずかしさを感じたが、そのことが興奮を高めた。
湿った股間に美恵子の息を感じた。
自分でもまだ見たことのない部分を見られていると思うと、とても恥ずかしかった。
「あなたの女の子の部分ってとっても綺麗よ」
綺麗と言われて恥ずかしさとそれ以上の喜びを覚えた。
(入れて欲しい……)
賢吾はペニスを欲しがった。
そんな賢吾に別の快感が襲った。
美恵子がクンニを始めたのだ。

「ダメッ…やめて…恥ずかしい……」
賢吾は妻の前でも完全に女になっていた。
賢吾は美恵子の頭に手をやった。
しかしその手は頭を離すことはしなかった。
恥ずかしいけどもっと強い快感が欲しい。
賢吾はそんな欲求にとらわれていた。

美恵子の舌がクリトリスをとらえた。
「ダメェェェ…おかしくなっちゃう……」
そんな賢吾の言葉は無視された。
実際賢吾も本当にやめて欲しいなんて思っていなかった。
賢吾はこれまで感じたことのないほど強い快感の波に飲まれていた。
ついに賢吾は快感に身体を痙攣させ意識が飛んでしまった。

美恵子が一人で自分の身体を慰めていた。
賢吾はほとんど消えている意識でそんな美恵子の様子を感じていた。


「あなた、そろそろ時間よ」
時計を見ると4時を過ぎた時間だった。
「まだもう少し寝ても大丈夫だろう」
「何言ってるの。女は起きてすぐ外に行くってわけにはいかないのよ」
賢吾は美恵子に促されてシャワーで身体を洗った。
昨日とは別の美恵子の服を着た。
「学生らしく化粧はナチュラルにするわね」
ナチュラルと言っても、化粧にかかる時間は同じくらいだった。
しかし仕上がりは確かにナチュラルだった。
「ウィッグはこれにする?昨日あなたがしてたウィッグだと警察に分かっちゃうかもしれないから」
美恵子は自分の持っていた黒髪のボブのウィッグを被せてくれた。
お世辞にも高校生に見えるとは思えなかった。
でもまあ今時これくらい大人っぽい女子高生がいてもおかしくないだろう。
賢吾はそう思おうとした。

賢吾は1億円を持って隣家のベランダに移った。
ベランダに行くと、奥さんが家に招き入れた。
用意されていたのはセーラー服だった。
普通に着ると、膝が隠れるくらいの長さだった。
(これくらいなら何とか着れるな)
そう思って賢吾は用意されたセーラー服を着た。
すると、そこの家の彩香が起きてきた。
「何してるの?誰、この娘?」
「ちょっと理由あってね、彩香のセーラー服を貸してあげるの」
「どうして?」
母親は彩香に何かを説明した。
「へぇ、面白そうじゃん」
どう納得させたか分からないが彩香は納得したようだった。
彩香は賢吾に近づいた。
「そんなんじゃダメよ。腰のところを何重か折り重ねなきゃ」
彩香はスカートのウエストの部分を折り重ねた。
太腿がほとんど露になった。
「こんなに短くするの?」
「そうよ。そうじゃないと女子高生には見えないわよ」
賢吾は恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを感じた。
しかしまずは刑事たちの目を騙さないといけない。
おとなしく彩香の言うことを聞くしかなかった。
「ありがとう」
賢吾は彩香に礼を言った。
「それじゃ何か知らないけど頑張ってね」
彩香は再び眠るためか自分の部屋に戻って行った。

賢吾は1億円をスポーツバッグに入れた。
「いろいろとお世話になり、ありがとうございました」
「気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
賢吾は玄関から外に出た。
「それじゃ行ってきます」
賢吾は恥ずかしさを抑え、元気よく家を飛び出した。

賢吾の家の前で張り込んでいた刑事たちは隣の家から飛び出してきたセーラー服の女子高生をチラッと一瞥しただけだった。
しかしその女子高生が賢吾とは誰も気がつかなかった。

女性になってしまっている賢吾に1億円は重すぎた。
通りに出ると刑事たちが見ていないことを確認してからタクシーを止めた。
「Oホテルへお願いします」
タクシーの運転手はバックミラーでチラチラ賢吾のほうを見ていた。
女子高生がこんな早朝にタクシーでホテルに行くのは不思議なのかもしれない。
もしかするといい大人がセーラー服を着ていることを訝しんでいるのかもしれない。
ただ単に女子高生好きのスケベエな親父なだけかもしれない。
とにかく賢吾は運転手の視線に耐えなければならなかった。
スカートを少しでも下にやろうとひっぱって太腿を隠すようにした。

タクシーを降りると賢吾はホテルに駆け込み、まっすぐ指定された703号室に向かった。


賢吾は703号室のドアをノックした。
少しの間があってドアが開いた。
男が外の様子をうかがって、賢吾しかいないことを確認して、ドアを開けた。
「早く入れ」
賢吾は部屋に入った。

「ほぉ、セーラー服の梨紗もなかなか可愛いな」
可愛いと言われて賢吾は恥ずかしいと思う反面、嬉しいと思った。
男は賢吾の手からスポーツバッグを奪い、床に放り投げた。
「バッグの中身は確かめなくていいの?」
「いいんだよ。梨紗が俺を騙すはずはないだろ?」
男はそう言い放ち、賢吾を抱き締めた。
そして強引に賢吾にキスをした。
男には何度か抱かれているが、キスは初めてだった。
しかし賢吾は何も抵抗もなくキスを受け入れた。
というよりも積極的に男のキスを求めた。
昨夜の女同士の営みではどうしても満たせなかった部分が残り火のように残っていたのだろう。
その残り火が男のキスで燃え上がったのかもしれない。
賢吾はすでに濡れていた。

男は賢吾をベッドに押し倒した。
男に覆い被さられて男の体重を全身に感じた。
それがなぜか心地いい。
自分が男に抱かれている実感があった。

男の股間が身体に当たる。
それにより男が自分の身体に欲情していることが分かった。
そう感じると賢吾は自分の女性の思うと賢吾の気持ちも高まっていくのを感じた。

これまではかけられた暗示により無理矢理に犯られた。
しかし今日は賢吾の意思で抱かれていた。
賢吾自身そのことに気づいてなかった。

男の愛撫に賢吾は大きな声で喘いだ。
早く男の物が欲しかった。
男が賢吾のショーツを取り、スカートを捲りあげた。

賢吾の欲していたものが入ってきた。
賢吾は狂ったように腰を振った。
男のペニスが爆発するのは時間の問題だ。
そう感じながら賢吾はいった。
そしてそのまま気を失った。


気がついたときには部屋には男の姿はなかった。
賢吾は意識のはっきりしない状態で上半身を起こした。
床に落ちたショーツが目に入った。
スカートの裏地についた男の精液が気持ち悪かった。
少しずつ意識がはっきりしていった。
やがて賢吾は自分がまだ女性のままであることに気がついた。

(元に戻ってない!)
男の姿はすでにない。
このままだと一生女のままだ。
賢吾は焦った。

パニックになりかけた賢吾の耳にシャワーの音が聞こえてきた。
(よかった、まだいたんだ)
賢吾は最悪の状況でないことにホッとした。

少し待っているとバスタオルを腰に巻いて男が出てきた。
「おぅ、気がついたのか」
「は…早く元に戻して」
「そうだな、約束だもんな。せっかくいい女になったのに別れるのは残念だが、いつまでも一緒にいたら俺が捕まってしまうしな」
「早く解毒剤をちょうだい」
「元に戻す薬は会社に送っておいた。まだまだ1週間は余裕あるはずだから、しばらくは女を楽しんだらどうだ?今の様子だとお前も結構楽しんでるみたいだし」
「うるさい」
「でも2週間ってのは動物実験を踏まえての理屈上の数字だからな。実はこの薬を人間に使ったのは社長が初めてなんだよ。だからいつまでだったら解毒が効くかなんて分からないんだ。もしかしたらもうアウトかもしれんぜ」
「そ…そんな……」
「まあ会社へ急いで行ってみることだな」
賢吾は床に落ちたショーツを穿き部屋を飛び出した。
男の放った精液の感触が気持ち悪かったがそんなことを言っている場合ではなかった。
とにかく必死に走った。


会社にセーラー服の女の子が走りこんできた。
そこにいた社員も刑事たちも驚いた。
「僕だ」
その女の子がウィッグを取った。
賢吾だった。
「あ…社長……」
昨日のことがあったため皆が賢吾の今の姿を知っていた。
「俺宛に何か届いているだろう」
「は…はい」
「すぐ全部ここに持ってこい」
可愛い声に相応しくない言い方だった。
女子社員が急いで社長室に置いてある郵便物を全部持ってきた。
賢吾は急いでそれらを調べた。
緩衝封筒があった。
これが探しているものだと直感した。
賢吾は急いで封を切った。
薬のアンプルと注射器が出てきた。
「これだっ」
アンプルの薬を注射器に吸い取った。
そして周りの目を気にすることなく注射を自分に打った。
「ううううう………」
賢吾はものすごい痛みに襲われた。
賢吾はその場に倒れ込んだ。
「お…おいっ、救急車を」
誰かの叫び声が聞こえた。
「だ……大丈夫だ……」
賢吾は声のする方向に言った。
その声に周りが驚いた。
すでに女性の声から賢吾の声に戻っていたのだ。
賢吾の身体に何かが起こっている。
皆がそう思った。
誰もが何も言わずじっと賢吾を見守っていた。
賢吾の身体が目に見えて変化していた。
まるでモーフィングを見ているようだった。
やがて賢吾から呻き声が聞こえなくなった。
そのときには賢吾の身体は元に戻っていた。
セーラー服を着た状態の賢吾をそこにいる全員が何も言わずに見つめていた。
誰も口を開かなかった。
みんな目の前で起こったことが信じられなかった。

「社長、これを」
そんな中、秘書の梨紗が素早くスーツを手に持って近づいてきた。
賢吾は自分がセーラー服を着たままだったことに気がついた。
「あ…ありがとう」
賢吾は社長室でスーツに着替えた。

賢吾はすぐに刑事たちにOホテルから来たことを告げた。
刑事たちはすぐにOホテルに急行した。
しかしもちろん男はすでに逃げたあとだった。

賢吾は残った刑事たちにこれまでのことを全て話した。
モンタージュ写真の作成にも協力した。

Oホテルから犯人の痕跡がいくつか見つかった。
捜査を進めるうちに少なくない証拠が集まった。
しかし犯人を捕えることはできなかった。


「あなた、本当に戻ったのね」
駆けつけた妻の美恵子が賢吾に駆け寄った。
「ああ、心配かけたな。すまなかった」

賢吾は久しぶりに男の姿で我が家に戻った。
やはり落ち着く気がする。
そしてその日の晩、賢吾は美恵子の欲求に応じようとした。
しかしダメだった。
「あんな事件の後だから仕方ないわよ」
美恵子はそう言って慰めてくれた。
しかし次の日も、その次の日もダメだった。
賢吾はEDになってしまったのだ。
長期間役に立たない夫に美恵子の愛は冷めた。
美恵子は旧姓の遠藤に戻った。
すなわち賢吾と美恵子は離婚した。
事件から半年程経った頃のことだった。



賢吾は独身に戻った。
ハンサムで、お金も持っている賢吾だ。
当然女性から多くの誘惑があった。
しかし賢吾はお茶や食事には応じることができても、最後の最後は応じることができない。
最初のうちは妻でなければうまくいくかもしれないと思ってベッドまでは共にしたこともあった。
しかし、やはり応じることができなかった。
そのうち女性から誘われること自体が億劫になってきた。
その分仕事に集中した。
その結果、美恵子の離婚から1年ほど経った頃には都心の高層ビルに事務所を移し、従業員も100人を超えるまでになった。


ある夜、仕事に疲れた賢吾は馴染みのバーでひとりウィスキーを飲んでいた。
「あの、隣、いいですか?」
そんな賢吾に声をかけてくる女性がいた。
「ああ、どうぞ。いいですよ」
賢吾は女に興味を示すことなくマイペースでウィスキーを飲んでいた。
「私のこと覚えてないの?」
女の言葉に賢吾は初めて女の顔を見た。
誰かに似ている気がする。
しかし全く思い出せない。
美人だ。
ショートヘアだが、それが女の顔の輪郭の良さを強調していた。
こんな美人だったら一度会えば忘れることはないだろう。
やはり思い出せない。
会ったことがあるように言っているのは、単なる話のきっかけなんだろうと考えた。
「ああ、知らないな。どこかで会ったっけ?」
「思い出せない?」
女は意味ありげに笑った。
「ああ」
「それじゃ会ったことはないのかもしれないわね。でも何となくどこかで会ったような気がしない?」
「もしかして前世で恋人だったのかもしれないな」
「そうね、それじゃ全くの他人じゃないってことになるわね。だったら久しぶりに抱いてよ」
「おいおい、いくら何でもいきなりだな」
「ダメ?」
「実は俺は女を抱けない身体なんだよ」
「どういうことなの?もしかしてホモなの?」
「ホモじゃないけど…もしかしたらそうかもしれない」
「どういうこと?よく分からないわ。私のこと抱く気はないの?」
「ああ、やめておくよ。どうせ無理だろうから」
「前世の恋人だったかもしれない女からの誘惑なんだから一度くらいつき合ってもらってもバチは当たらないと思うわ」
「君も変わった人だな。負けたよ。その代わりダメなことが分かればさっさと帰ってくれるかい?」
「いいわよ。それじゃ行きましょう」

女は中根亜沙子と名乗った。
賢吾は亜沙子と部屋に行った。
「それじゃシャワーを浴びてくるわね」
亜沙子は浴室に入った。
シャワーの音が止むと、亜沙子は一糸まとわぬ姿で戻ってきた。

「どう?私、綺麗?」
「ああ」
「それじゃあなたも服を脱いでよ」
「分かった」
賢吾はさっさと服を脱いで全裸になった。
ペニスはだらりと垂れ下がったままだった。
亜沙子が賢吾にキスをした。
亜沙子の手はペニスを握っていた。
当然ペニスの硬さに全く変化はなかった。
亜沙子はキスをやめて賢吾のペニスを見た。
「本当に立たないのね」
亜沙子は賢吾の耳元で囁いた。
「プシーキャットちゃん」
賢吾は女の発した言葉に驚いた。

そんな驚きとは別にペニスは久しぶりに硬くなっていった。
「ふふふ、大きくなってきたわ」
「どうして…その言葉を……」
亜沙子は賢吾の言葉には答えず、愛おしそうにペニスを手に取った。
そして優しく口に銜えた。
(この女は誘拐犯のひとりなのかもしれない)
そう思ったが、亜沙子のフェラチオがあまりに気持ち良く、考えようとしてもほとんど考えることができなくなってきた。

久しぶりの快感に抵抗できずに、女の口に出してしまった。
女は一滴残さずに賢吾の放った液を飲み込んだ。
「随分溜まってたみたいね」
賢吾は亜沙子の口に出したが、ペニスの硬度は全く変わらなかった。
「全然衰えないのね、もう少しいいかしら」
亜沙子は軽く賢吾を押すと賢吾は抵抗することなくベッドに倒れ込んだ。
そして亜沙子は賢吾の腰にまたがった。
賢吾の顔を見ながら、ペニスを握り股間に当てた。
そしてゆっくりと腰を前後に動かし、ペニスの先で自分の股間を擦った。
「……ぁぁぁぁぁ……ぃぃ……」
亜沙子の股間はどんどん湿り気を帯びて行った。
何十往復しただろう。
亜沙子の股間は小便をしたようにビショビショになっていた。
亜沙子は膣口にペニスを当て、ゆっくりと腰を沈めた。
賢吾のペニスはゆっくりと亜沙子の中に入っていった。
亜沙子は完全にペニスを迎え入れると、そのままの状態で賢吾のペニスを何度も締め付けた。
「どう?よく締まるでしょ?」
「あ…ああ…すごくいいよ……」
亜沙子は賢吾の腰の上で身体を上下させた。
賢吾は腕を伸ばし、亜沙子の乳房を揉んだ。
亜沙子は身体を反らすようにして手を後方についた。
賢吾は腰を突き上げながら少しずつ上半身を起こした。

賢吾は亜沙子の唇を求めた。
亜沙子は賢吾の首に手を回し、その求めに応じた。
二人はペニスで繋がったままキスをした。

亜沙子はペニスを結合したままゆっくりと仰向けに寝転んだ。
賢吾は正常位の態勢で亜沙子を突いた。
激しく、あるときはゆっくりと亜沙子を突き続けた。
賢吾は長い抽送の後、亜沙子の中で出した。
さっき亜沙子の口の中で出したにもかかわらず、信じられないくらいの量が出た。
賢吾は亜沙子の中からペニスを抜いた。
あんな量を出しても賢吾のペニスは萎むことなく、雄々しい状態のままだった。

「まだ元気よ。やっぱり男のままだと最後までいけないのかしら」
亜沙子は息を切らして、賢吾のペニスをきつく握った。
賢吾もそれは感じていた。
自分の求めている快感はこんなものじゃない。
そう感じていたのだ。

「あの薬はあるのか?」
賢吾は亜沙子に思い切って聞いた。
「ええ、あるわよ。より女になれるように改良した薬がね。本当に女になりたい?」
賢吾はゆっくり頷いた。
亜沙子は賢吾の腕に注射した。
そしてすぐ亜沙子は自分の腕にも注射をした。


気がつくと賢吾は誰かに抱きしめられていた。
抱き締めていたのはあの男だった。
亜沙子に対し何となく会ったことがあるような気がしたのは錯覚ではなかったのだ。
亜沙子はあの男が女性化した姿だった。
もしかすると亜沙子が実体で犯行時だけ男性化していたのかもしれない。
「お前だったのか?」
賢吾は男に言った。
「そうだよ、久しぶりに梨紗を抱きたくなってな」
男の手が賢吾の乳房に触れた。
「やめろっ」
「どうだ?気持ちいいか?」
賢吾は口を真一文字に閉じて首を振った。
「女になりたいって望んだのはお前のほうだろ?強情を張ってないで素直になれよ」
男の指が賢吾の乳首を擦るように動いた。
久しぶりの女性としての快感。
賢吾の閉じた口から喘ぎ声が漏れるのに時間はかからなかった。
「やっぱり女として抱かれるほうがいいみたいだな」
賢吾は小さく頷いた。
男はそんな賢吾の動きに気がつかなかった。
いやあえて気がつかない振りをしているだけかもしれない。
「どうなんだ?言わないと分からないだろ?」
賢吾は恥ずかしくて何も言えなかった。
そんな賢吾を男はニヤニヤと見ていた。
男の視線に耐えられず賢吾は言った。
「抱いて…お願い……」
男に強制されたわけではないが、女の話し方で懇願した。
男は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「よし、よく言った。それじゃご褒美をあげよう」
男は賢吾の背中に手を回し、賢吾の上半身を起こした。
そして、賢吾の前に立った。
賢吾の顔の前に雄々しくなっていたペニスがあった。
「ほら、お前のやりたいようにやっていいぞ。好きなんだろ?」
賢吾は舌の先でペニスの先を舐めた。
ペニスを舐めることで自分が女になった喜びを感じた。
賢吾は男のペニスを銜えた。
一生懸命男のペニスを舐めた。
男が気持ちよさそうな顔をしていることが嬉しい。
口の中で男のものを出して欲しいと思った。
賢吾は口でペニスを締め付けるようにして顔を前後させた。

「お…おい、そんなことすると出ちゃうだろう…」
すぐにペニスが口の中で膨張して苦いものが口中に広がった。
少し気管に入ってしまい咽こんでしまった。

「気持ち良かったぞ。でも出てしまったせいでお前の中に入れられなくなっちまったな」
男は賢吾の横に寝転がった。
賢吾は男の上になり、再びペニスを銜えた。
男のペニスはすぐに硬さを取り戻した。
賢吾は亜沙子にされたように男の腰にまたがった。
そして膣口にペニスを当て、ゆっくりと腰を沈めた。
ゆっくりと入ってくるペニスが気持ち良かった。
ペニスを全て入れると、ジッとした状態で男のペニスを何度も締め付けた。
それは亜沙子に対する対抗心からだった。
女として自分のほうが優れている。
賢吾は女としてのジェラシーに囚われていた。
「梨紗、よく締まるよ。千切れてしまいそうだ」
男のそんな言葉が嬉しかった。
「ねえ、キスして」
賢吾は男のキスを求めた。
男は上半身を起こして賢吾にキスをした。
男の腰が少しだけでも動くと、賢吾は突かれる快感を感じた。
「…んんんんん……」
男に唇を押しつけ、喘ぎ声を抑えた。
男の手が乳房を揉んだ。
賢吾は胸、子宮、唇の3ヶ所からの感触でおかしくなりそうなくらい感じていた。
ついには息苦しくなり、唇を放して大声で喘いだ。
賢吾は様々な体位で突かれた。
ずっと女でいたい…。
賢吾の頭の中ではそんなふうに叫んでいた。
男が賢吾の中で果てたとき賢吾は快感で意識を失っていた。

意識を取り戻したとき賢吾は男の腕枕にいた。
まだ身体にはセックスの余韻が残っていた。
賢吾はその余韻に浸っていた。
そんな賢吾に男が話しかけてきた。
「どうする?元に戻りたいか?それともこのまま女の姿でいるか?」
賢吾は答えられなかった。
女としてのセックスは離したくない。
しかし男をやめる決心はついていない。

男はそんな賢吾の心情を察したのだろう。
「それじゃ一週間その姿でいるってのはどうだ?その間、女としていろんな経験を積んでみるのは悪いことじゃないだろうしな」
魅力的な提案だった。
「…そうしてもいいの?」
「もちろんさ。それじゃ今日は眠ろう。明日から一週間可愛がってやるからな」
「…できれば一人で行動してみたいの?ダメ?」
「そうか……それもそうだな。だったら明日は俺が紹介する奴に会ってくれないか?」
「あなたの紹介って?」
「まあ明日を楽しみにしておけって。いい男だから。それじゃ今日は寝よう」
男はすぐにイビキをかき始めた。
賢吾は男の胸板に手を置いてわずかに残ったセックスの余韻を感じていた。
やがて静かな寝息を立てだした。


朝になった。
男はすでに起きていた。
机にはクローゼットに置いてあった鞄が開いていた。
そして入っていた服を出して、着始めた。
「梨紗の服も持ってきてるぞ」
男が取り出した服は、以前ブティックで買ったものだった。
若々しくていいと男が言ったものだ。
プリント柄のチュニックを着て、黒のレギンスを穿いた。
以前のように男は化粧してくれなかった。
仕方なく賢吾は男から口紅を借り口紅だけをつけた。
またウィッグがなかったため、髪にボリュームをつけるようにして何とか女性っぽくした。

「それじゃあ行こうか」
「ちょっと待って」
賢吾は慌てて会社に急用で一週間休むとメール連絡した。
「一応連絡しておかないとね」
「それもそうだな。また誘拐されたと大騒ぎになるかもしれんしな」
男は意味ありげに言った。

男は賢吾の腰に手を回し、エスコートするようにホテルのフロントに向かった。
そしてチェックアウトを済ませ、ホテルのロビーに座っている男を指差した。
指の先にいたのは見るからにホスト風の優男だった。
後ろ髪が長いらしく、後ろで括っていた。
取り立てて若いわけではなく、大体同い年のように思えた。
「あの男が昨夜紹介したいと言っていた男だ。あいつには朝一番に声をかけてくる女性と一日つき合うように言ってある。ただし梨紗の情報は何も伝えていない。梨紗のほうから彼に声をかけて欲しい。そして気に入れば一日つき合ってやってくれないか。あの年齢でもまだ女性とつき合ったこともないんだ。俺にはこういうことを頼める女がいなくってね。あいつとつき合ってくれたあとは好きに過ごしてくれていい。いいか?」
この男のことだ。
今の話も本当のことではないんだろう。
しかし断る理由はない。
「分かったわ。今日一日つき合えばいいのね」
「やってくれるか。それじゃあとは頼む」
男はホテルから出て行った。

賢吾はロビーに座っている男の前に立った。
「ご一緒してもいいですか?」
「あ…どうぞ」
賢吾は男の前の席に座った。
「今日はおつき合いくださるそうで、ありがとうございます」
男はいきなり賢吾に礼を言った。
男はすぐに賢吾が来た理由が分かったようだ。
もしかすると賢吾のことを知っていたのかもしれない。
しかし昨夜女になったばかりなのだ。
以前誘拐されたときの賢吾を覚えていない限り、今の賢吾の姿を知る者はいないはずだ。
そう考えると、ただ単に朝一番に現れた女性ということで話したなんだけだろう。
賢吾はそう思った。

賢吾がそんなことを考えていたことが表情に現れたのかもしれない。
男は怪しい者ではないことを伝えようと、慌てて自己紹介を始めた。
「私、遠藤学っていいます。今日は井上さんに無理言ってあなたを紹介していただきました」
(井上?あの男、井上って言うのか…。それも本名かどうかあやしいけど)
賢吾はあとで警察に話しておこうと思った。
「あなたのお名前を聞かせてもらっていいですか」
「あ…はい…私は石川けん…あっ、いえ…石川けいこです」
賢吾は思わず「賢吾」と言いそうになったが、咄嗟に音の響きが似ている「けいこ」と名乗った。
「けいこさん、ですか。どんな字を書くんですか?」
「……あ……あの……」
賢吾は頭の中で漢字を考えた。
そのとき中学時代の同級生の女の子の顔が浮かんだ。
特に好きとかそういうのではなかったが、「けいこ」という名前で思い出したのだ。
「景色の景と書いて景子です」
「それじゃ景子さん、今日一日よろしくお願いします」
学は手を差し出し握手を求めた。
賢吾は仕方なく差し出された手を握った。

賢吾はその日一日学と過ごした。
映画を見、ボーリングをし、買い物をした。
特別なことはしていない。
でも楽しい一日だった。
学と一緒にいると何となく楽しく、そして落ち着くのだ。
賢吾にとっては男同士のようなものだし、同年代ということでリラックスできたせいかもしれない。
一日の最後には二人で夕食を取り、自然な流れで学の部屋に入った。
男が女性とつき合ったことがないなんて絶対嘘だろう。
それくらい女性の扱いに慣れているように思えた。
賢吾があまりにも無警戒だけなのかもしれないが。

部屋に入るとすぐに「景子さんってすごく魅力的だ」と言いながら賢吾を引き寄せた。
賢吾は抵抗するつもりはなかった。
おとなしく学の腕に抱かれた。

そして学の顔が近づいてきた。
賢吾はおとなしく目を閉じた。
学の唇が触れる感触がした。
触れるかどうかの微妙なところで唇が触れ合った。
気持ち良かった。
それはさらに強い性欲を引き起こした。
もっと激しいキスが欲しかった。
学の首に腕を回し、激しく唇を押しつけようとした。
「やっぱりキスが好きなんだ」
学はそんなことを呟いた。
賢吾は学の言葉を気にせず、学の口の中に舌を挿入した。
学と舌を絡ませてはお互いの唾液を飲み込んだ。
長い長いキスをしながら、学は賢吾をベッドに寝かせた。

学はキスをしながら優しいタッチで賢吾の身体を撫で回した。
賢吾は目を閉じて学の手の感触を感じていた。
学には何本も手があるように思えた。
手だけでいってしまいそうだ。
学は時々キスを中断して「綺麗だ」「愛してる」と囁いた。
賢吾は身体への愛撫とともに耳に響くそんな言葉にも酔っていた。
学の舌が賢吾の唇から離れ、首筋、鎖骨、腕、手、指、腋、あらゆるところを舐めた。
学の手だけでなく舌にも賢吾は翻弄された。
快感に溺れているうちに少しずつ服を剥ぎ取られ、いつしか全裸にされていた。
賢吾の身体のあらゆるところが性感帯だった。
賢吾は学からの愛撫の前に乱れた。
早く入れて欲しかった。
しかしまだ羞恥心が勝っていた。
学に求めることはできなかった。

身体を舐めまわしていた学の顔は賢吾のお腹の下に移動していた。
それに気がつくと賢吾は恥ずかしくなった。
「ダメッ…やめて…恥ずかしい……」
賢吾は抵抗する間もなく、学は強引に賢吾の脚を広げた。
そして賢吾の女性器に顔を近づけ、クンニを始めた。
「ぁ……ぃゃ……」
賢吾は何も考えられなかった。
久しぶりの強烈な女の快感。
そんな女の激しい快感に身を委ねた。
このままずっと女でいたい。
賢吾は強くそう願った。
「お願い…。早く……早く…入れてちょうだい……」
賢吾は学に懇願した。
それでも学は入れてくれなかった。
執拗にクンニを続けた。
賢吾はおかしくなりそうだった。
すでに狂気の一歩手前だったのかもしれない。
呼吸することもうまくできなかった。
賢吾は苦しさから学から逃れようと藻掻いた。
しかし学の力の前に賢吾はどうしようもなかった。
自分の発した声すらどこか遠くから聞こえてくるような気さえした。
自分が正常な状態なのかおかしくなってしまったのかすら分からなくなっていた。

そんな賢吾に学のペニスが入ってきた。
新たな快感が湧き上がってきた。
「…あああああああああ……」
賢吾は取り憑かれたように腰を振った。
さらに強い快感を求めて。
もっと…もっと……。

賢吾は女として抱かれれば相手が誰であろうと最高の快感を得ることができると思っていた。
しかしセックスには相性がある。
学とのセックスはあの男とのときよりずっと気持ち良かった。
賢吾は貪欲に快感を貪った。
学がついに自分の中に出したときには学のペニスを千切らんばかりに締め付けた。
そして全てが終わった後もずっと快感の中で漂っていた。
賢吾は学の腕の中で女としての幸福感に抱かれていた。

翌朝目が醒めるとまだ学は眠っていた。
賢吾は学を起こさないように昨日学に買ってもらった服を静かに着た。
「昨夜はよかったわ」
賢吾の頬にキスをして、女性としての経験を積むため部屋を出て行った。


その日から賢吾は多くの男に抱かれた。
一日に5人の男に抱かれた日もあった。
賢吾が相手した男は一週間のうちに20人を超えた。
ほとんどの男は自分の欲求を満たすだけで相手の女性のことはお構いなしだった。
それは年齢が若いほど顕著だった。
賢吾はそんな激しい若さに辟易した。
そのため週の後半になると年上の男を狙った。
年上の男は優しかった。
ほぼ100%食事を奢ってくれた。
しかしセックスで満足させてくれたのは片手で余る程度だった。
ほとんどは物足りなさが残った。
身体の火照りを残して、次の男性を探すのだ。
セックスだけで明け暮れた一週間はあっという間に終わった。

賢吾は一週間の経験で、本当にいい男は少ないことを思い知らされた。
学との快感を越える男はいなかった。
なおかつあの誘拐犯の男にさえも及ばなかった。

女になって一週間が過ぎた。
まだまだ女の身体に未練があった。
それでもこのまま女でいる覚悟はなかった。
賢吾は元に戻してもらうことにした。

一週間前のホテルのバーに行くと、そこには学がいた。
「あっ、景子さん、よかった、また逢えて」
「どうして、ここに?」
「また逢えるかなと思って毎晩通い詰めてたんですよ」
「本当かしら」と思ったが、賢吾は曖昧に笑った。
「戻る前にもう一度いいですか?」
それは魅力的な申し出だった。
幸いまだあの男は来ていないようだ。
賢吾も女として最後にあの快感を感じたかった。
賢吾は学に抱かれたいという考えだけに支配されていた。
(抱かれてもすぐに戻ってくれば間に合うわね)
賢吾はそう計算した。
「いいわ。その代わり楽しませてね」
「もちろん」
賢吾は学についていき、ホテルの一室に入った。

やはり学とのセックスの相性は最高だった。
ろくな男にしか出会わなかったせいか賢吾は学とのセックスに没頭した。
賢吾は何度も求めた。
学は何度もそれに応じた。
二人は今日が最期のようにお互いの身体を求め合った。
お互いの体力がなくなると二人は抱き合うようにして眠りに落ちていった。

賢吾が気がついたときには辺りは明るくなっていた。
すでに翌日の朝を迎えていたのだ。
賢吾は学を部屋に置いてバーに行った。
当然バーはすでに閉店になっていた。
もちろん男の姿はなかった。
しばらくバーの前で立ち尽くしていた。
ふと我に返り部屋に戻ると学の姿はなくなっていた。
賢吾が先に帰ったと思ったのかもしれない。
これであの男へ連絡できる道が途絶えた。

賢吾は一縷の望みをかけてその夜も次の夜も賢吾はバーで男を待った。
しかし男は現れなかった。

賢吾は警察に電話した。
誘拐犯に再会し、再び女にされたこと、会話からその男の名前が井上らしいことを伝えた。
警察が早く誘拐犯を見つけてくれたら、元に戻れるかもしれない。
しかしやはり男はなかなか見つからなかった。

どうやら賢吾は男に戻れなくなったようだ。



賢吾は女性の姿で会社に出勤した。
戻れなくなったのだから女性として生きていくしかないのだ。
下手に隠すより堂々と周りの者に知らせておくほうがいいとの判断だった。
「賢吾、お前……」
「ははは、また女になっちまった」
「どうしてまた?」
「たまたま誘拐犯に出逢ってな。また注射されてしまったんだ」
「でも戻れるんだろ?」
「女になってから10日ほど経っただろ?たぶんもう戻れないと思う」
「そっか…。でどうするんだ?」
「ジタバタしても仕方ないからな。女として生きていくよ」
智信は再び女になった賢吾を前にし、驚きながらも何も非難せず迎えてくれた。
そんな智信の気持ちが嬉しかった。

賢吾は社長である自分が女性になったという事実が会社に打撃を与えると考えていた。
その心配を智信に伝え、社長の座を副社長の智信に譲ることを提案した。
最初は固辞していた智信だったが、最終的には賢吾の説得に応じた。
賢吾は役員としてサポートするという約束だった。

会社に復帰して10日余り、女になって1ヶ月近く経ったときに、賢吾は生理を迎えた。
初めての生理は賢吾にはつらかった。
無理せず仕事を休み、ひとり自宅でジッとしていた。
そんな時間は現状を考えることになった。
生理は完全に女性が定着した印なのかもしれない。
いよいよ真面目に女として生きていかなければいかない。
そんな覚悟に似た気持ちが賢吾に湧いてきた。
そうなるとこれまでのように誰彼なしに抱かれるということに抵抗を覚えるようになった。
賢吾は女性として責任を持って生きていく決心をした。

会社に出ると、弁護士を呼び、戸籍の性別を女性に変更する手続きをするよう命じた。
賢吾は学に名乗った『景子』を自分の名前にすることにした。


女性として会社に復帰して1ヶ月ほど経った。
智信は慣れない社長業にかなり疲れていた。
それでも社長をやってもらわないと困る。
新たな顧客開拓には社長のトップ営業が不可欠なのだ。
そんな仕事が智信にはかなりストレスのようだ。

その日も智信は新たな顧客とのトップ営業で疲弊しきっていた。
賢吾も智信に同行するのだが秘書のような役割しか果たせなかった。
やはり主役は社長である智信なのだ。

「今日の客は疲れたな。たまには一緒に飯でも食わないか」
賢吾は女性として出社するようになってほとんど人からの誘いに乗らなかった。
慣れない女性として働いているのはそれなりに気を使うのだ。
そう言った意味では賢吾も智信以上のストレスを感じていたとも言える。
だから一人の時間をできるだけ多く取って、しっかりと気分転換するように努めていたのだった。

そんな状況での智信からの誘いだった。
賢吾には智信にあまり向いていないと思われる社長をやってもらっているという意識があった。
だから、たまにはつき合わないと悪いかなと思い、その誘いに乗ることにした。


会社の接待で使うホテルの割烹の店で、二人で向かい合って遅い食事を取っていた。
お互いのコップにビールを入れ合った。
「それじゃお疲れ様」
二人は形ばかりの乾杯した。
「お前のその姿にもようやく慣れてきたよ」
智信は賢吾を舐めるように見て言った。
「誰が聞いているか分かんないんだから、こんなところでは変なこと言わないでね」
賢吾は周りの目を気にして、女性らしく話した。

お互い気心の知れた者同士の食事だ。
気を許して男のころのようにビールを飲んだ。
気がついたときには今の身体には飲み過ぎたようで、少し気分が悪くなった。

「どうしたんだ、これくらいの酒で酔ったのか?」
「ああ、ちょっと酔ったみたい」
「ちょっと休んでいくか?」
「うん、お願い。ごめんね」
智信は店を出て行き、フロントで部屋を取ってきた。
賢吾は智信の肩を借りて、その部屋に向かった。

部屋に入るとベッドに腰掛けた。
「ちょっと横になってろよ」
「ああ、悪い。助かった」
賢吾はベッドに横になった。

賢吾は目を閉じてジッとしていた。
30分ほど横になっていると、かなり回復してきた。
「だいぶ回復してきたみたいだ、ありがとう」
賢吾が目を開けて、智信のほうを見た。
すると智信の顔が異状に近づいていた。
「な…なんだ、智信、どうしたんだ」
「賢吾、俺、抑えられないよ」
そう言って、智信が賢吾に抱きついてきた。
「やめろ、やめろって、智信」
賢吾は必死に抵抗した。
女の力では智信を撥ね退けることはできなかった。
それでも脚をバタバタしていると、その右脚が智信の股間に命中した。
智信は鈍い声を発し、ベッドの横でうずくまった。
すぐに痛みを堪え、智信が股間を押さえながら再び近づいてきた。
「よくもやってくれたな」
「うるさい、お前が悪いんだろうが」
「おとなしく俺の女になっていればいいものを」
智信が再び賢吾に覆いかぶさってきた。
「やめろ、やめてくれ」
「おとなしくしろよ、プシーキャットちゃん」
「お…お前……」
賢吾は智信の口から飛び出した言葉に驚いた。

同時に身体の中から抑えきれない性欲が湧き上がってきた。
「賢吾、どうしたんだ?盛りのついた猫みたいになってるぞ」
智信はニタニタ笑って、賢吾の次の行動を待っているようだった。

賢吾は智信の股間に手を伸ばした。
智信の股間は硬くなっていた。
賢吾の視界には智信の下半身しか存在しなかった。
「賢吾、フェラしてもいいぞ」
賢吾は少なくない抵抗感を感じていた。
しかし自分の内なる欲求の前には無力だった。

智信を仰向けに寝かせ、ズボンのベルトを緩めた。
そしてペニスを取り出した。
強烈なオスの匂いが鼻をつく。
ここまで来ると何の迷いもなかった。
賢吾は何の躊躇いもなく智信のペニスを銜えた。
「なかなかうまいじゃないか」
智信は満足げに賢吾の頭を撫でた。
賢吾は一生懸命ペニスを舐めあげた。
「おい、もういいぞ」
智信は賢吾の口からペニスを引き抜いた。
賢吾はもっと舐めたいとばかりに目でペニスを追った。

「もうフェラチオは終わりだ。次は入れてやるから、四つん這いになれ」
賢吾は言われるまま智信に尻を向けた。
「ほぉ、賢吾のオマンコがよく見える。なかなか可愛いぞ」
智信の言葉に賢吾は恥ずかしさを覚えたが、それ以上に興奮していた。
智信の手が賢吾の腰を掴んだ。
そして智信の手が女性器を撫で回している。
賢吾は気持ち良さを感じながらも、早く入れて欲しくて仕方なかった。
賢吾は智信を挑発するようにお尻をふった。
「そんなに入れて欲しいか」
「ええ、お願い」
「本当に淫乱な女だな」
ようやく賢吾の中に智信のペニスが入ってきた。
「おお、よく締まるぞ。あいつが言ってた通りだ」
智信が賢吾の腰を持ち前後に揺すった。
智信の腰が賢吾のお尻を叩くパンッパンッという音が響いた。
「いいぞ、賢吾。お前は最高の女だ」
賢吾は意識してペニスを締め付けた。
「すごいぞ、千切れそうだ」
智信の手が賢吾の腰を激しく動かした。
「…あああああ……い…いくぅぅぅぅぅ………」
賢吾が身体を痙攣させたとき、智信も賢吾の中に熱いものを発射した。

賢吾は息が切れて突っ伏していた。
智信は軽く賢吾の唇にキスをした。
「よかったぞ」
賢吾はまだセックスの余韻の中で何も言えなかった。
智信の精子を身体に受け、身体の火照りが静まると智信に聞いた。
「お前、さっきのあの言葉は何だったんだ?」
「さあな、適当に言ってみただけだよ。何か意味があるのか、あんな言葉が?」
智信は明らかに何か知っているようだ。
もしかしたら賢吾を誘拐した犯人グループの一味かもしれない。
賢吾は次の日に警察に電話した。


智信に抱かれた次の日、社長室で智信と二人でいた。
前夜あんなことがあったが、仕事は仕事と割り切っていた。
すると、智信が何の前触れもなくあのキーワードを言い出した。
「お…お前……、こ…こんなところで…どうして……」
賢吾は智信が何を考えているのか分からなかった。
しかしそのキーワードの効果はすぐに表れてきた。
賢吾はすぐに身体の中から抑え切れない欲求が湧き上がってきた。
「こっちに来いよ」
智信は社長室に置いてある立派な机の前の椅子に座っていた。
「ほら、昨夜のようにやってくれ」
智信が大きく股を開いた。

賢吾は智信の前にひざまずいた。
その結果、隠れるように机の下に潜り込んだような形になった。
賢吾は智信のペニスを取り出し、口に含んだ。
賢吾は智信のペニスを一生懸命に舐めた。
「賢吾、お前の口は最高だ」
智信は気持ち良さそうな表情を浮かべた。
少しすると口の中に苦い物が出てきた。
そう感じた途端、賢吾の口の中で智信のペニスが発射した。
口の中に出されるのは二度目だ。
賢吾は咳き込まずにうまく飲み込むことができた。
「ほぉ、全部飲んでくれたのか。嬉しいよ」
智信は賢吾の口からペニスを取り出し、ズボンの中にしまった。
そして賢吾のおでこにキスをして、席を立って出て行こうとした。

「ちょっと待って。お願いだから私にもして」
「してって何を?」
智信はいやらしく笑った。
「入れて欲しいの」
「何をどこに入れればいいんだ?よく分からないな」
智信は意地悪く賢吾に言った。
「社長のものをわたしの中に入れてください」
「もっとちゃんと具体的に言ってもらわないと分からないな」
「………」
「どうした?言えないのか?」
「……社長のペニスをわたしのオマンコに入れてください」
「そんな恥ずかしいことをよく言えるな。でも今出したばかりだからちょっと無理だな。賢吾が大きくしてくれるならいいぞ」
智信は椅子に座りなおした。

賢吾は靴を脱ぎ、パンストとショーツを脱いだ。
社長の机に腰かけスカートを捲って、自分の女性器を智信に見せつけた。
「早くわたしのオマンコに社長のペニスを入れて」
「賢吾は本当に淫乱な女の子になっちゃったなぁ」
そう言って智信はペニスを挿入した。
いつ誰が入ってくるか分からない。
そんな状況が賢吾をより強い興奮に導いた。
それは智信も同じなんだろう。
智信もすごく興奮していた。
机の硬さや冷たさが気にはなったが、快感の前には何の障壁にもならなかった。
智信が射精すると賢吾も達することができ、性欲が消えて行った。

「あのキーワードを言われたくなかったら、いつでもお前の意思で俺の性処理を頼むぞ」
キーワードを言われてしまうと、自分の中に導かないと性欲が引かない。
今日はたまたま他の者に見られなかったが、こんなことを続けているといつ見られてもおかしくない。
なるべくなら言われないようにしたほうがいい。
賢吾は智信の理不尽な要求を飲むしかなかった。
その日から智信からの要求に応じて、フェラチオやセックスに応じた。
こんな生活が永遠に続くと思うと、生きていくことがつらくなった。
だが、賢吾の地獄は数日で終わった。

それから3日ほどすると、智信が警察から任意の事情聴取を受けたのだった。
そして警察から戻ることなく誘拐の罪で逮捕された。
もうひとり秘書の梨紗の姉が逮捕された。
結局犯人は智信と梨紗の姉の亜沙子の二人だった。


梨紗の父親の会社でたまたま性転換できる薬ができてしまったそうだ。
本来の目的とするものではなく、そんなものができた。
研究者は元に戻る薬も作ることができた。
性転換ができ、そして元に戻ることができる。
一部の者にとっては夢のような薬だった。
しかしそんなものが社会に出ると、社会的に影響が大きすぎる。
会社がそう判断したために発表されることはなかった。
社外への発表は控えられたが、できた薬が廃棄されることはなかった。
研究開発は密かに続けられていたのだった。
たまたま梨紗からそんな話を聞き、手に入れて欲しいと頼んだ。
智信は大学のころ隠れて女装をしていた。
それは単なる趣味の領域で、大学を卒業すると一切しなくなった。
しかし梨紗の話に昔の嗜好が蘇った。
あのころは中途半端な女装だったが、本格的に女性になれたらどんな感じなんだろう。
元に戻れることが保障されているのならぜひ女になってみたい。
智信はそう思った。

しかし梨紗は彼女の良心からその頼みを断った。
そんなものを社会に出してはいけない。
梨紗は心からそう信じていた。
父親の立場を気にしたこともあった。

それでも諦められない智信は、次に梨紗の姉・亜沙子に頼んだ。
しかも嘘の情報を与えてでも薬を手に入れようとした。
賢吾は亜沙子の妹の梨紗と浮気をしている。
梨紗は別れたいのだが、そんなことを言うと退職金ももらえずに会社を辞めさせられる。
そう亜沙子に告げた。

賢吾と梨紗を別れさせるために賢吾を女にして女の喜びを教え込んでホモにしてしまおう。
さらにそんな言葉をつけ加えた。

生来お金に執着心の強い亜沙子は、その話に誘拐という要素を加えたのだった。
しかし単純な誘拐ではすぐに捕まってしまう。
だから、亜沙子は男になり、賢吾を女にして賢吾を犯した。
計画通り賢吾は女としてのセックスに填まっていった。
亜沙子としては賢吾をそのまま女にしておきたかったのだが、それには智信が反対した。
そんなことしたら元に戻れることを確認できないからだ。
目の前で賢吾が解毒薬で男に戻る姿を見て、智信も安心してその薬を使うことができるようになる。
智信はときどき女性になって、街をぶらついていたらしい。
ともかく誘拐は成功し1億円という大金が亜沙子に入った。
お金の大半は亜沙子が取り、智信は大半の性転換薬とその解毒薬を取った。
賢吾はEDになり女性の相手ができなくなった。
これで当初の目的通り、賢吾は梨紗と別れることになるはずだ。
亜沙子は当初の目的を果たしたことより大金を手に入れたことのほうが喜びだった。


そのままおとなしくしていれば逃げおおせたかもしれない。
しかしほんのちょっとしたことで行動を起こしてしまい、誘拐事件の解決につながった。



社長の智信が逮捕されてしまったことは会社に小さくない影響を与えた。
しかし、賢吾が再び社長となり、会社のために奔走した。
そのおかげもあり、何とかその影響を最小限にとどめることがた。

そんな騒動も落ち着いてきたある日のことだった。
賢吾が会社から出ると、前方を歩いていく男が目についた。
(あの人だ)
それはあの学だった。

賢吾は迷わず学の後をつけた。
学は誘拐犯のひとりかもしれない。
そんな懸念があった。
それを学に聞きたかった。
もちろん単純に学に抱かれたいという想いがあったことも確かだった。

雑踏の中、学を見失わないように学のあとをつけた。
もちろん学に気取られないように一定の距離を保つよう細心の注意を払った。

学が足早に細い横路に入った。
賢吾は見失わないよう小走りでその角を曲がった。
曲がったところに目の前に学が立っていた。

「何だ、尾行してたのは景子さんだったんですか?どうして尾行なんかしてるんですか?」
「…ぁ…あのぉ……」
賢吾は何から話せばいいのか分からなかった。
誘拐犯なのか詰問すればいいんだろうか?
そんなことを考えていると、学が賢吾を抱きしめた。
(な…何を……)
賢吾が抵抗しようとしたときだった。
「景子さん、会いたかった…」
学のそんな呟きが聞こえた。
学の呟きは賢吾の行動を完全に止めた。
そして唇が重なり合った。
想定していない行動だった。
最初は驚いていた賢吾だったが、やがて賢吾も学の背中に腕を回してそれに応じた。
学のキスは賢吾を恋する女に変えた。

学と賢吾はラブホテルに入った。
賢吾は学の懸念を払拭するように学とのセックスにのめり込んだ。
智信の嫌な感覚を忘れ去りたかったのかもしれない。
学に抱かれることは賢吾にとって最高の喜びだった。
以前と変わることのない優しい愛撫によって賢吾は感じた。
学のペニスが入ってくるだけでいきそうになった。
賢吾は学の腕の中で何度も何度も絶頂を迎えた。
学が賢吾の中で全てを出し切ると、完全に意識を失うほどの絶頂感を覚えた。

賢吾の視界が少しずつ開けてきた。
ボォーっとした視界の中には自分の顔を覗き込む学の顔が見えた。
「大丈夫?」
学の問いかけに賢吾は小さく頷いた。
学は賢吾の意識がはっきりするまで見守っていた。
「…ん…んんん……、わたし…どうしたの?」
「気を失ってた。そんなに気持ちよかった?」
「……」
賢吾は顔が真っ赤になっていくのを感じた。
学はそんな賢吾を見ながら、鞄から何かを取り出した。
「そ…それは……」
注射器とアンプルだった。
「よーく見ててね」
学の話し方がこれまでと変わった。
それは女性のようだった。
ニヤッと笑って、その注射を自分の腕に打った。

現れたのは元妻の美恵子だった。
「驚いた?」
「ぁ……どうして?君も誘拐犯の一味だったのか?」
美恵子を前にすると男の口調が蘇った。
美恵子の前で女として振る舞うのは恥ずかしいのだ。
「違うわよ。私、一度だけ女になったあなたを抱いたでしょ。あなたがEDになったように、私もおかしくなったみたいなの」
やはりあの事件は美恵子の性癖にも影響を与えたようだ。
賢吾はそう思った。

「女になったあなたのことが忘れられなくって、自分がレズになったみたいに思えたわ。でもあなた以外の女性には全然興味し、やっぱり男性のほうが好きだったわ。でそんなとき、たまたまふた月ほど前だったかな?井上さんに会ったときにそんな話をしちゃったの」
どんな流れでそんな話になるんだろう。
賢吾がそう考えたのが表情に表れたようだ。
「私だって独身よ、言わなくたっていいでしょ?それにそのときが最初で最後よ」
どうやら美恵子は智信と関係を持ったようだ。
「すると井上さんが会わせてやろうかと言ってくれたの。何か企んでいるように見えたわ。でも私はあのときのあなたに会えるんだったら何かを犠牲にしてもいいくらいに考えたの。だから井上さんが私に『男になってみないか』って言ったときも受け入れた。それに絶対に元に戻れるって言うし。そしてそのための薬をくれて、あの日セッティングしてくれたの」
「それじゃ美恵子は誘拐とは関係ないんだな?」
「なあに、その喋り方は。今までみたいに女らしく喋ってくれないと、せっかくの美人が台無しよ」
「そんなことより本当に関係ないんだな?」
「もちろんよ」
美恵子は犯罪とは関係はなかった。
少なくとも美恵子はそう言っている。
賢吾は美恵子の言葉を信じようと思った。

その日から美恵子は賢吾のマンションに転がり込んだ。
あるときは美恵子として、あるときは学として賢吾を抱いた。
賢吾はいつも受け身だった。
そもそもセックスの相性がよかった二人だ。
美恵子の性別がどちらであっても、そんな相性の良さは変わらなかったわけだ。
賢吾にとっては抱かれる立場になり、これまで以上に充実したものになった。
経営では強気の賢吾だが、セックスは受け身が性に合っていたようだ。
セックスで女として抱かれるうちに、日常生活においても、美恵子の前で女として振る舞えるようになっていた。

美恵子は10日間ほど男でいて、女に戻るというパターンだった。
ずっと男でいるつもりはないらしい。
それが賢吾にとっては不満だった。
そんな生活を続けていくうち、美恵子が持っている薬があとわずかになった。


ある日、賢吾は胸焼けのような感覚を朝から感じていた。
(ちょっと風邪気味なのかしら?)
病気らしい病気をしたことがない賢吾にとっては身体の不調と言えば風邪ぐらいしか思いつかった。
夜夕食の支度をしていると、ご飯が炊ける匂いで賢吾が吐いた。
キッチンのシンクに吐いていると、美恵子が背中を擦ってくれた。
「大丈夫?」
「ええ、何かご飯の匂いで気分悪くなっちゃって」
「それって妊娠してるせいじゃない?」
「うそ…。だって妊娠はしないって……」
「私は相手の女性を妊娠させる可能性があるから気をつけるように言われたわ。最初のころの薬は生殖能力に問題があったって言ってたから、あなたの最初の薬はそうだったのかもしれないわね」
「改良した薬って言われなかった?」
「そう言えば聞いたかもしれない……」
「改良した薬だと生殖機能もほぼ完璧らしいわよ」
美恵子の言葉に驚く以上に、それほど嫌がっていない自分に驚いていた。

医者に行った。
生まれて初めての産婦人科にかかり、そこで聞いた言葉は予想通りのものだった。
「おめでとうございます。3ヶ月ですよ」
賢吾のお腹に新しい生命が宿っている。
何とも不思議な気がした。
しかし決して嫌ではなかった。
なぜか不思議な充実感があった。

賢吾は美恵子に妊娠を報告した。
「でどうするの?産む?」
「うん、産むわ」
賢吾は美恵子に伝えるころにはひとりで育てる覚悟ができていた。
「なら結婚する?」
賢吾は美恵子の言葉に驚いた。
そんなことは考えてもいなかった。
美恵子はさらに言葉を続けた。
「そろそろ男と女を行き来するのは卒業しようかなって思ってたのよね。あなたが母親になる覚悟があるなら、私も父親になるわ。あなたのことが大好きだし、結婚してもいいかもね」
元夫婦が性別を入れ替えて結婚だなんて…。
ものすごく倒錯した感じだったが、やはり嬉しかった。
賢吾は女の状態の美恵子に抱きついた。
そして女同士で熱い長いキスをした。


美恵子は男となり残っている薬を捨て去った。
美恵子は学と名前を変え、男になったのだ。
美恵子が男となるとすぐに、賢吾は美恵子と結婚し、遠藤景子となった。
そしてすぐに女の子を産んだ。


会社の経営はさらに順調だった。
大阪と博多に支社を持つまでに成長していた。
賢吾は社長と主婦という二足の草鞋をこなすことがだんだんつらくなってきた。
そのため、できるだけ周りの者に権限委譲していった。
企画・戦略・営業は、賢吾抜きでも進めていけるようになっていた。
賢吾は最終決裁をするだけでよかった。
美恵子も入社させて、営業責任者として育てていった。

二人目を身籠ったとき完全に経営から退いた。
そして専業主婦に収まった。
美恵子は会社で重要な役割を果たすようになり、家では良き夫・良き父だった。



玄関が開く音がした。
「真希ちゃん、パパが帰ってきたわよ」
「パパァ、お帰りなさぁい」
もうすぐ2歳になる真希が元気に学(美恵子)を迎えに出た。
「景子、ただいま」
「おかえりなさい、あなた」

誘拐のせいで人生が変わった。
しかしそのおかげでそのままなら味わえない幸せを手に入れることができたのだ。
(1億円で女としての幸せを買ったみたいなものね)
賢吾は二人目の入ったお腹を撫でて、遊んでいる夫と娘を穏やかな顔で眺めていた。


《完》


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