欲望のはてに



三井健太は水戸亜紗華の姿を目で追っていた。
亜紗華は友達とふざけ合って笑っていた。
それも教室中に響き渡るような大きな声で。
(水戸って見た目は可愛いんだけどな)
亜紗華は顔は可愛いのだが、やや粗雑なところがあった。
しかも男にもズケズケと文句を言うところがちょっとうざかったりする。
もっとおとなしければ健太にとって理想の女性になるのに。
そんなことを考えていた。

そんな健太自身も長身でハンサムなくせにモテなかった。
理由は性格に問題があったからだ。
陰湿で何を考えているのか分からない。
とくに女子の顔をニヤニヤしながら見ている様子が気持ち悪がられていた。
健太はそんな自分の性格に問題があるとは思ってなかった。
多かれ少なかれ誰もが持っている性格だと思っていたからだ。


ある日のことだった。
学校の帰り道、健太は一軒の古本屋が目にとまった。
いつもはそんな店が目に入っても絶対に入らない。
というか興味すら持たないはずだった。
それなのに今日はなぜか入らなければいけないような気がした。
心の中から「入ったほうがいいぞ」と言われているような気がしたのだ。
そんな心の声に背中を押されるように店の中に入った。

中に入ると、薄暗く時間を逆行してしまったような錯覚に襲われた。
店の中だけ時間の進みが遅いような感じだ。
健太は「昭和」というものを言葉でしか知らないが、これが昭和なんだろうなと思わせる空気があった。
店の人は見当たらなかった。
(どうしてこんな店に入っちゃったんだろうな)
そんな気がしながらそれでも書棚を見ていると、「Charm of mysterious magic」と書かれた本があった。
健太はこの本を買うためにこの店に入ったのだ。
なぜかそう確信できた。
裏表紙に「¥840」と手書きで書かれたシールが貼ってあった。
小遣いをそれほどもらっているわけではない高校生としては決して安い買い物ではない。
その本を手に取って、中を見た。
全て英語だった。
健太はそれほど英語が得意ではない。
それでも辞書を使えばそれなりに読むことができた。
目次を見ていると「Exchange of spirits」という章があった。
(これを使えば…)
健太にある考えが浮かんだ。

顔を上げるといつの間にか店の奥に店員らしき人が座っていた。
それはこの店に似つかわしくない若くて綺麗な女性だった。
健太はその本を買うためにその女性のところに歩み寄った。
「いらっしゃいませ」
老婆のような声だった。
一瞬背筋に冷たいものが走ったような気がした。
聞き取りにくいボソボソとした話し方だったが、なぜか心に直接話しかけられているようだった。
「あの…これ……」
「ありがとうございます」
健太は財布に入っていたなけなしの千円を渡した。
その女性は淡々とその本を薄汚れた紙袋に入れておつりとともに健太に渡した。
健太は店から出るときに再度店の奥を見た。
そこにはすでに女性の姿はなくなっていた。
何だか狐に摘ままれたような気がした。

健太は家に帰るとすぐにその本と格闘した。
本全体を読む気はない。
というより健太には全体を読めるほどの英語力はなかった。

目的の章をインターネットの翻訳サイトに入力し日本語に訳した。
翻訳サイトの日本語は日本語になっていない部分が多かった。
そんな場合は仕方なく、辞書を片手に必死に読み解いた。
かなり理解できると全部を理解するのは一気に進んだ。

魂の入れ替えの魔法はそれほど難しくなさそうだ。
ただ少しばかり準備が面倒っぽい。

必要な物は対象となる二人の写真と髪の毛などの身体の一部らしい。
身体の一部ってどうやって手に入れればいいんだろう。
とにかく手に入れば二人分の写真とその写真の人物の身体の一部を置き呪文をかけて一日置いておく。
そして次の日に身体の一部の物をそれぞれ別の人の写真の上に置き、呪文をかける。
そうするとその二人が寝ている間に二人の魂が入れ替わるらしい。
逆に言うと同じ時間に二人が眠ることがなければ変わらない。
何だかんだ言ってもいつかは二人とも寝てしまう時間が来る。
ほぼ確実に入れ替わるはずだ。
元に戻すときは身体の一部の物を元に戻して同じ呪文を言えばいい。
簡単だ。
魔法が本当に効くのかどうかなんて健太は何も心配してなかった。
当然効くものだと信じて疑わなかった。
この魔法を使えば亜紗華をおとなしい女の子にすることができる。
健太の妄想は膨らんだ。


健太は亜紗華と入れ替えるべき相手を考えた。
(なるべくおとなしい女の子がいいな)
おとなしい女子と亜紗華の精神を入れ替えれば亜紗華はおとなしくなる。
健太はそう考えた。
しかしクラスの女子は誰もイメージに合わなかった。
学年で知っている女子まで対象を広げて考えた。
でも全然該当しそうな女子はいない。
基本的に女子は女なんだ。
そう思ったとき、ふとクラスメートの柳川久司のことが頭に浮かんだ。
教室の隅でいつもおとなしく座っている暗い奴だ。
存在感というものが全くない。
それだけにもしかすると理想的なのかもしれない。
(そうだ、柳川と水戸を入れ替えたらかなり面白いかもな。水戸は男になったほうがいいくらいだしな)
そう思うとどんどん妄想が広がった。
健太は久司と亜紗華の魂を入れ替えることが一番だと信じて疑わなかった。


次の日から久司と亜紗華の髪の毛を手に入れる努力に明け暮れた。
写真は携帯ですぐに撮れた。
席の周りに髪が落ちていたとしても本人の物とは限らない。
久司の髪はふざけたふりをして髪をザクッとつかんで大量に髪を手に入れた。
亜紗華の髪はやや犯罪的に手にいれた。
体育の時間、教室に誰もいなくなったときに手に入れたのだ。
亜紗華の鞄からブラシを盗み出し、そのブラシについた髪の毛を手に入れた。

準備は整った。
ついに魔法を実行するときが来たのだ。
写真と髪を正しい組み合わせで置き、呪文を唱えた。
そして一日経った。
髪の毛を入れ替えて呪文をかけた。
いよいよ魂の入れ替えが実現される。
理想の亜紗華が誕生するのだ。

   *  *  *  *  *

久司は寝起きがすごくいい。
目覚まし時計をセットすることなく、毎朝時間通りに起きることができた。
しかし今朝は違うようだ。
身体が重くてなかなか自由に動かない。

『ピピピピピ……』
目覚ましの音で意識がわずかに動き出した。
しかしまだまだ眠っているような状態だ。
まだ目覚ましの音は鳴り続けている。
(どこかで目覚ましが鳴ってる…。もう朝なのかな)
久司の意識は起きようとするのだが、身体が言うことをきかない。

体調が悪いのとは違う。
まるで妹の由加里のようだなと思った。
由加里は起こしてもいつまでも布団の中にいるのだ。
そんなことを考えているうちに、目覚ましの音はすぐ近くで鳴っていることに気がついた。
久司はその方向に手を伸ばそうと身体を横に向けた。
(今日はどうしたんだろう?やけに身体が重いけど)
そうして腕を伸ばそうとしたときに、視界を何かが遮った。
(?)
髪の毛だった。
長い髪の毛だった。
触ってみると馴染みのない柔らかさだった。
明らかに昨夜よりも長くなっていた。
しかも髪質が柔らかい。
(何だ、これは?)
久司は自分の身体に何が起こっているのか理解できなかった。

呆然としていると、急に携帯が鳴った。
白い携帯がイルミネーションを発しながら何かの曲を流している。
自分の携帯ではない。
しかし携帯は鳴りやみそうにない。
久司は恐るおそる携帯を取った。
『もしもし、あなた誰なの?』
男の声で女のような話し方だ。
久司の知り合いにおかまはいない。
「どちら様…ですか?」
久司は恐るおそる聞いた。
『それを聞いてるのはあたしのほうなの!……もしかして、あなた、柳川くん?』
「そうだけど…」
『もしかして自分の身体がどうなってるのかまだ知らないのね。ちょっと胸に手を当ててみなさいよ』
久司は言われるまま胸に手を当てた。
ポヨンッ♪
何か柔らかい膨らみに触れた。
「えっ!」
久司は思わず声を出した。
『どう?分かった?』
「……」
『あたしたち、入れ替わったんだってば。だから柳川くんは今あたし水戸亜紗華の身体になってるのよ』
「えっ!」
どうやら久司と亜紗華の身体が入れ替わったらしいのだ。
「どうして…?」
『そんなの、あたしは知らないわよ。とにかくあたしは柳川くんとして学校に行くから、柳川くんはあたしとして学校に来てよ。欠席なんて絶対許さないからね』
「僕、水戸さんとして学校に行く自信なんてないよ」
『だったら自信ができるまで休むって言うの?ならいつ自信がつくの、言ってみなさいよ』
「それは…」
『言えないでしょ。あたしは成績はともかく皆勤賞を目指してるんだかんね。絶対に学校に来てよ。…あ、それからあたしの身体に悪戯しないでよ。したら後でどうなっても知らないからね』
亜紗華は自分の言いたいことだけ言うと、さっさと電話を切ってしまった。

(本当に水戸さんになってるのかな)
悪戯するなと言われてもそんなの無理だ。
おとなしい久司だって、そこは男なんだから。
女性の身体に興味がないわけがない。
手を伸ばせば未だ触れたことのない女の子の身体があるのだ。

まだ完全に起きていない重い身体に鞭打って、何とか起き出した。
白いTシャツとベージュのショーツだけだった。
(なんて恰好で寝てるんだよ)
ショーツから下は綺麗な白い脚が伸びている。
それだけでも男として興奮する。
でもいつもならいきり立つペニスは存在しなかった。
久司はTシャツの上から乳房に触れた。
柔らかい。
久司はゆっくりと揉みだした。
(おっぱいってこんな感じなんだ)
久司の意識は揉む側の意識だけだった。
ふと弾みで乳首をこするように触れてしまった。
「ぁ…」
久司の口から色っぽい声が漏れた。
(おっぱいってこんなに感じるんだ…)
そのとき「亜紗華、いつまで寝てるの。学校遅れるわよ」と亜紗華の母親らしい声が聞こえた。
「ぁ…はい」
久司は悪いことを咎められたような気分だった。
まだ悶々としている状態で、Tシャツとショーツの恰好のまま声のするほうへ行った。
「何してるの、この子はいつまでもそんな恰好して。早く着替えてきなさい」
「ぁ…はい」
久司は再び部屋に戻ろうとした。
しかし背後から母親に呼び止められた。
「亜紗華、何かあったの?なんか元気ないみたいだけど」
「大丈夫です」
「えっ?」
母親が手をとめて久司を見た。
母親の目に疑いの気配を感じた。
自分が亜紗華ではないと思われているかもしれない。
久司は中身が亜紗華ではないんじゃないかと疑われるのはまずいと思った。
女の身体になった変態男。
そんなレッテルが貼られるような気がするのだ。
久司は少しは亜紗華らしく振舞おうとした。
「大丈夫だって」
かなり無理があるが、少し明るく言った。
「変な子ね」
それ以上の追及はなかった。
こんな感じで亜紗華の振りをすればいいんだ。
久司は少し自信がついたような気がした。

久司はなれない女子のブラウスを着た。
ボタンのついているのが反対側だなんて初めて知った。
何なんだ。
どうして僕がこんな目に…。
そう考えると何となく腹立たしく思えた。

「行ってきます」
スカートってものは本当に頼りない。
いつでも下着が見えるような気がする。
久司はスカートの裾を気にしながら歩いた。

学校に行くと、すでに亜紗華は来ていた。
一人でサッカーボールと戯れていた。
亜紗華は久司の姿を見ると、急いで駆け寄ってきた。
「男の子の身体ってすごいね。こんなに早く走れるなんて夢みたい。あたし、このまま柳川くんのままでもいいくらい。柳川くんも今のままを受け入れちゃったほうがいいんじゃない?じゃあね!」
亜紗華はそれだけ言うと再びサッカーボールを蹴って走り去った。
久司の身体を手に入れて元気溌剌だった。
「何だよ。ひとりで浮かれちゃって」
久司はひとりで教室に向かった。

   *  *  *  *  *

亜紗華が入ってきた。
どことなくおどおどした雰囲気が漂っている。
いつもの「おっはよう」という馬鹿でかい挨拶がない。
それだけでも亜紗華ではない証拠と言える。
あの身体の中には久司の精神が入っているはずだ。
健太はじっと亜紗華を観察していた。
「亜紗華、おはよう!」と何人かの女子に声をかけられていたが、「おはよう」と蚊の鳴くような返事を返しただけで自分の席に座ってしまった。
席に座っても、亜紗華は慣れないであろう身体に戸惑っているのだろう。
スカートの状態をしょっちゅう気にしていた。
あれだけ美しい外見で戸惑っている様子は健太にとって萌える。
「亜紗華、どうしたの?元気ないじゃん」
「もしかしてあの日?亜紗華のは重いからね。さっさと帰っちゃいなよ」
そんな会話が耳に飛び込んできた。
(ふふふ、亜紗華に見えても亜紗華じゃないんだよな)
健太は自分の魔法に成功に手応えを感じていた。

一方、久司になったであろう亜紗華のほうは見違えるほど元気だった。
性格が陰気なだけで外見はそれなりだった男だ。
「柳川のやつ、どうしちゃったの?やけに元気じゃん」
「ねえ、ちょっとおかしいんじゃない」」
始めのうちはそんなふうに思われていたが、屈託のない亜紗華の雰囲気ではしゃぎまくっていた。
いくら外見が久司になったからといっても中身は亜紗華なのだから、普通に女子と話した。
それが女子には受けがいいみたいだ。
昼休みには久司になった亜紗華は女子に囲まれていた。
そんな状態でも亜紗華は自然体だった。
「なんか恰好いいよね」
そんなことを言っている女子がいたくらいだ。
(水戸を男にしてやってのは、やっぱり正解だったみたいだな)
健太は自分の魔法の成果にほくそ笑んだ。
自分の欲望を満たすのために二人の人生にとんでもないことをしたことなんてこれっぽっちも思わなかった。


授業が終わると、亜紗華になった久司はすぐに教室を出て行った。
(やばっ。後を追いかけなきゃ)
健太は急いで亜紗華(久司)の姿を追った。
階段の手前で追いついた。
「おい、亜紗華」
亜紗華(久司)は何も聞こえていないように歩を進めた。
「おい、亜紗華。待てったら」
健太は亜紗華(久司)の肩をつかんだ。
「?」
亜紗華(久司)は足を止めて、健太のほうを見た。
「どうした……の?」
久司は亜紗華の振りをするつもりのようだ。
必死に女言葉を使おうとしている。
それが健太には興奮する点だった。
「亜紗華、今日はやけにおとなしかったけど、何かあったのか?」
「何もない…わよ」
「まあいいさ。とにかく、今日いつものとこで待ってるからな」
亜紗華(久司)の目が驚きで大きく見開かれていった。
「ボク、三井くんとつき合ってるの?」
「何だよ、ボクって?」
「ごめん、わ…わたしたちってつき合ってるの?」
「何、言ってんだよ。やっぱりおかしいんじゃないか?」
「あ…えっ……大丈夫…大丈夫よ。いつものところね、分かったわ。それじゃ後でね」
亜紗華(久司)は小走りに走っていった。

   *  *  *  *  *

久司は驚いた。
(水戸さんが三井くんとつき合っていたなんて知らなかったな。でも僕と水戸さんが入れ替わってると知ってたら驚くだろうな。男どうしでデートすることになるんだからな)
そんなことを考えてたら自然に笑みがこぼれた。

(そんなことより水戸さんを見つけて三井くんのこと聞かなくちゃ)
久司は亜紗華を探した。
しかしすでに教室にはいなかった。
グラウンドにもその姿はなかった。

(仕方ないか。水戸さんとして三井くんとの約束は果たさないとな)
根が真面目な久司は健太に言われた約束を果たそうとした。
(あっ!でも『いつものとこ』って言われても、僕は知らないや)
久司は携帯を取り出した。
いつも使い慣れた自分の携帯ではない。
亜紗華の携帯だ。
その携帯で自分の携帯番号にかけた。
しかし呼出し音だけが聞こえるだけだった。
(携帯に出ないなんて何してんだよ。これじゃ『いつものとこ』は分かりそうもないな。分からないと行くことができないしな)
久司は少し気になったが、とにかく帰ることにした。
学校から駅に向かっていると、その途中に健太がいた。
「何だよ、遅いから迎えに来たんだぞ」
「えっ…だって……」
久司は驚いて何をどう言えばいいか分からなかった。
「とにかく俺んちに行こうぜ」
「…うん…」
久司はとにかく健太にしたがうことにした。
そうするほうが怪しまれないと思ったからだ。
久司は健太に手をつながれておとなしく歩いた。

健太の家は電車で二駅乗って、駅から歩いて10分ほどのところにあるマンションの3階だった。

「さ、入って」
「お邪魔します」
久司はおずおずと健太の家に入った。
玄関のドアが閉まるといきなり抱き締められてキスされてしまった。
(!)
久司はあまりに急なことで何の抵抗もできなかった。
時間の経過とともに状況が分かってきた。
(僕、三井くんにキスされている)
必死に離れようとしても、亜紗華の身体になった久司は健太の前では無力だった。
それでも必死にもがいていると、やっと健太から離れることができた。
「何するんだ!」
健太がじっと久司の顔を見ている。
「お前、本当に亜紗華なのか?」
急にキスされたため、久司は亜紗華の振りをするのを忘れた。
健太に疑われている!
そう思った久司は慌てた。
何とか挽回しようと焦った。
「ご…ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって」
「どうして?キスなんかいつもしてるだろ?」
「…ぇ…ぁ…あの…ちょっと考えごとしてて」
「考えごとしてたってあの反応はないだろう?」
「ごめんなさい」
「それじゃ亜紗華からキスしてくれよ。なら信じるから」
健太はそう言って目を閉じた。
(えっ、僕から三井くんにキスするの?そんなのできないよ)
しかしキスしないと怪しまれる。
そんな事態は何としてでも避けたかった。
(僕は水戸さんなんだ。水戸亜紗華なんだ…)
頭の中で念仏のように唱えながら健太にキスした。

健太の唇に触れた途端、健太に強く抱き締められた。
久司は驚いたが、それでもそのまま唇を重ねていた。
少し経つと呼吸が満足にできないせいか少しボゥーッとしてきた。
(何か少し気持ち良くなってきたみたい…)
そう感じ始めたときに健太の唇が離れていった。
久司は無意識のうちに健太の唇を追ってしまった。
そんな行為をしてしまったことに気がついて、居たたまれない程の恥ずかしさを感じた。
健太は嬉しそうに笑っている。
(ボクがもっとキスして欲しかったみたいじゃないか…)
そう思って視線をそらした。

すると健太に左手を捕まれ、健太の股間に手を当てられた。
そこはズボンの上からも大きくなっていることが分かるほどだった。
久司は手を引っ込めようとするが、その手を押さえている健太の手がそれを許さなかった。
「ほら、こんなになってる。亜紗華、いつもの、してくれないか?」
「いつものって?」
久司は嫌な予感を感じながら尋ねた。
「何言ってんだよ。お前が好きなフェラチオだよ」
フェラチオ!
いくらおとなしくて性に疎い久司でもそれくらいの言葉は知ってる。
ペニスを口に入れることだ。
さすがにそんなことは絶対にできない。
でも断ればまた疑われるかもしれない。
でもやっぱりそんなことはできない。
久司はどうしていいか分からずその場で立ち尽くしてしまった。
「どうしたんだ。やっぱり今日は変だよ」
そんな健太の言葉に「ごめんなさい、今日はそんな気分じゃないの」という言葉を絞り出すのがやっとだった。
「…そうだな。今日は朝から元気なかったもんな。なら仕方ないか」
そう言って、健太は頭を撫でてくれた。
(分かってくれた。三井くんは水戸さんのことを好きなんだから大切にしてくれるんだ)
久司は何とか窮地を脱したように思えた。
しかし続いて健太から発せられた言葉にそんな期待は裏切られることを知った。
「今日亜紗華は何もせず横になってればいいさ。俺が亜紗華を気持ち良くしてあげるからさ」
そして久司に肩を抱かれ、玄関から部屋に連れて行かれた。
そこは健太の部屋のようだった。
男の部屋の割には綺麗に片づけられていた。
健太は自然な流れで久司をベッドに寝かせた。
「亜紗華、愛してる」
そんなことを何度も言いながらて覆い被さってきた。
さっきよりずっと激しいキスをされた。
健太の唾液を大量に入れられたようで気持ちのいいものではなかった。
それでもうわ言のように「愛してる」と言われる度に何だかおかしな気分になってきた。
「…ぁ…ぁぁ……」
そんな甘い声に久司自身が驚いた。
(えっ!嘘?今の声ボクが出したの?)
そのときになってようやく胸を触られていることに気がついた。
「や…やめてください」
久司は無駄だと思いながらも抵抗を試みた。
健太はそんな言葉を遮るように唇を重ねた。
そしてブラウスの上から的確に乳房の先端を摘まんだ。
「…あ…い…痛い……」
「痛いじゃなくて気持ちいいんだろ?」
健太は少し弱く摘まんだ。
「…ぁぁ…ぃぃ……」
久司は女の胸の敏感さを感じながら、この行為が続くことの恐怖を同時に感じていた。

健太の手がブラウスの下に滑り込んできた。
ブラジャーを捲り上げるようにして、直接乳房に触れた。
「や…やめて…ください……」
そんな弱々しい久司の抵抗は完全に健太に無視された。
健太は手のひらで乳首を転がすように手を動かした。
「…ぁ…やめて……」
それは形式だけの拒絶だった。
本心は全く拒絶する気はなかった。
久司は乳房を触られることで得られる快感を欲していた。

それでも健太の手がスカートの下に入ってきたときは激しく抵抗した。
「やめて…。…やめろって…」
「今日はえらく荒れてるな。それにしてはここはビチョビチョになってるぞ」
久司はそう言われて初めて股間がぐっしょり濡れていることに気がついた。
「口では何と言おうと身体は正直なのさ。亜紗華の身体は感じやすいんだ。今日のお前が亜紗華らしくなくってもな」
健太は亜紗華の身体に別人の魂が入っていることを知っているんだろうか。
何だか見透かされているような気がした。
それにしても女の身体に入れられて女として感じてしまうとは。
久司は自己嫌悪に襲われた。
健太に疑われているかもしれない恐怖と自分への嫌悪感で久司はもうどうでもいいような気がしてきた。
だから健太にショーツを剥ぎ取られても何も抵抗しなかった。
「これだけ感じてるんだから、早く入れて欲しいんだろ?」
ニヤニヤしながらそんなことを言って健太はズボンを脱いだ。
健太のペニスは大きくなり上を向いていた。
(あれを入れられるんだ…)
久司は諦めに似たそんな気持ちに占められていた。

健太の手が久司の太腿に手を当てた。
そしてゆっくりと脚が開かれた。
「それじゃお前が大好きなものを入れてやるからな」
健太の硬くなったペニスが久司の股間に当てられた。
そして久司の溢れ出た愛液をペニスの先端に塗りたくるようにペニスを久司の股間に這わせた。
「…ぁ……ぁぁ………」
久司は不思議な感覚に襲われた。
(な…何だ、この感触は。…早く入れて欲しい……)
健太のペニスが入ってきた。
「…んっ……んんん………」
健太のペニスが入ってきた途端、久司は何も考えられなくなった。
健太が腰をゆっくりと動かし始めると強い快感で大きな声で喘いでいた。
そして久司はさらに強い快感を得ようと激しく腰を振った。
入れられる前の自暴自棄な気持ちはどこかに消えてしまっていた。
(女のセックスって……すごい……)
久司は女性としての初めてのセックスを感じた。
もっと抱いて欲しい。
もっと貫いて欲しい。
久司はセックスの余韻で頭がボォーッとしていた。
そんな頭だったせいか本能のままにセックスを求めてしまった。

やがて少しずつ平静に戻ると、自分が健太に抱かれたことをひどく後悔した。
亜紗華になって24時間も経ってないのに、女として男に抱かれたのだ。
しかも男のくせに男に填められて大声で喘いで、もっと抱いて欲しいなんて考えたりして。
(ボクはどうなっちゃうんだろう)
健太はこの先のことを考えるとブルーな気持ちになった。

   *  *  *  *  *

(やった!俺はついに亜紗華を手に入れたんだ)
健太は亜紗華を抱きながら心の中でそう叫んでいた。
健太にとっては初めてのセックスだったが、結構うまくやれたのだろう。
健太の腕の中で亜紗華は抱かれる喜びに喘ぎ声を上げ続けていた。
自信を持っていいはずだ。
あれだけ亜紗華を喜ばせたんだ。
そんな有頂天になっているときにふと大事な事実を思い出した。
亜紗華には久司の魂が入っていることを。

(男なのに女として男に抱かれてしまったらどう感じるんだろう)
健太は自分が久司の立場だったらどうなるかを考えてみた。
しかしよく分からない。
開き直って自分は男だなんて言われたらどうしよう。
抱かれる前は確かに拒絶の気持ちがあったようだ。
しかし必死に亜紗華の振りをしようとした結果、亜紗華として感じたのだろう。
そして久司は亜紗華としてセックスの喜びを知って、それを受け入れたように見えた。
最終的にはさらなる快感を強く求めていたような気がする。
(きっと女としてのセックスが気に入ってくれたんだろうな)
そう考えるとそれがそれほど外れていないような気がした。
おそらく明日からも亜紗華として抱かれることだろう。
そう思えるし、それを信じたいと思った。

(ちょっと待てよ…)
健太の脳裏に挿入されて感じている亜紗華の顔が浮かんだ。
(初めてだったら痛がるはずなんだよな)
しかし亜紗華は感じていた。
(もしかしたらあいつは初めてじゃなかったのか…)
正確には久司は初めてだったはずだが、亜紗華の身体としては経験があったのだろう。
そうでないとあんなに感じるはずがない。
亜紗華にはそういう相手がいたということだ。
いやもしかすると「いる」のかもしれない。
健太は妙な嫉妬を感じた。
そう思うともう一度抱きたい欲求が急激に強くなった。

「亜紗華、今日はいつもより感じてただろ?」
健太がそう言って肩に手を置くと、久司の身体がビクッとなった。
顔を向こうにむけていたのでどんな表情をしているのか見えなかった。
「そ…そんなこと…ない……わよ」
相変わらず向こうを向いたままだが、亜紗華の振りをすることは続けてくれるようだ。
健太は安心した。
そして優しく乱れたブラウスを脱がそうとした。
久司は拒絶することなく脱がせやすいように腕を動かしてくれた。
ブラウスを脱がせ、スカートをとると全裸になった。
健太も上半身の服を脱ぎ全裸になった。
健太はゆっくりと亜紗華に重なった。
久司も健太の身体に腕を回してくれた。
(よしっ、久司は完全に女の快感に溺れたはずだ)
そう思うと少し余裕が出た。
今度はゆっくりと時間をかけて抱いた。
やはり久司は健太の腕の中で喜びの声を上げていた。
久司は完全に亜紗華であることを受け入れた。
健太はそう確信した。

   *  *  *  *  *

「おはよう」
久司が教室に入ると、亜紗華の友達から声をかけられた。
久司は「おはよう」と小声で返しながら、亜紗華の姿を探した。
亜紗華と健太が本当につき合っていたのかを聞きたかったのだ。
しかし教室には亜紗華の姿はなかった。
いくら待っても亜紗華は来なかった。
亜紗華がやってきたのは授業が始まる直前だった。
汗まみれでどうやらどこかで走り回っていたようだ。
なぜか麻野遥子が一緒だった。

慌ただしく授業が始まった。
亜紗華に話しかける余裕もなかった。

休み時間はずっと遥子が一緒だった。
もしかしてこいつらつき合ってる?
まさか女のクセに女に手を出したのか?
信じられないけどそうみたいだ。


放課後になって、ようやく亜紗華が一人になるときがきた。
「水戸さん、ちょっといいかな」
久司は声をひそめて亜紗華に話しかけた。
「何だよ、水・戸・さん。ここは教室なんだから、姿に合った話し方しなきゃあ」
「そ…そうね。…今日はどうして麻野さんと一緒なの?」
「う〜ん…、何か知らないけど、昨夜そういうことになっちゃったんだ」
「そういうことって?」
「柳川久司としての初めてのエッチだよ」
「ボクがまだなのに?」
久司は思わずボクと言ってしまった。
「えっ…嘘!それじゃあたし…ボクが柳川くんの筆おろししたんだ。それじゃそのお詫びと言っちゃあなんだけど、水戸さんもその身体でやっちゃっていいからね。そのうちどうせ向こうから声をかけてくると思うけど」
「向こうからって、誰かとつき合ってるの?」
「まだバレてないのか。彼も薄情だね」
「彼って?」
「まあそれはお楽しみということで」
ちょうどそのとき遥子が戻ってきた。
「お待たせ。それじゃ行こっ」
遥子が久司のことをチラッと睨み、亜紗華の腕を取って一緒に出て行った。

「やっぱり水戸さんって三井くんとつき合ってたんだ…」
亜紗華の話は健太のことを指しているんだと思った。
(もう水戸さんとして犯られちゃったって知ったら驚くかな)
そう考えるとおかしかった。

教室には誰もいなかった。
健太ももう帰ったようだ。
(今日は誘われないのかな)
久司は何となく寂しい思いだった。
健太からの誘いを無意識のうちに期待していたのだ。
しかしそんなことには気づかなかった。

(今日はおとなしく帰ろうか)
久司は家に帰ることにした。
学校から出たところに車が停まっていた。
久司がその車の近くを通ると、運転席の窓が開いた。
「亜紗華、迎えに来てやったぞ」
茶髪の軽そうな男だった。
(何だよ、こいつ。やけに馴れ馴れしいな)
久司は無視して通り過ぎようとした。
「おい、ちょっと待てよ」
男が車から出てきて久司の腕を掴んだ。
「何するんですか!」
久司は焦った。
「何だよ。1週間連絡しなかったくらいで拗ねてるのかよ。とにかく乗れ」
男は久司を助手席に押し込んだ。
そしてドアを閉め、素早く車を発進させた。

「どこに行くんですか!降ろしてください」
久司は男の腕を掴み、車を止めようとした。
「何だよ、亜紗華。何かのプレイか?」
男は久司を突き放そうとしたが、それでも久司は男の腕にしがみついた。
「やめろ!危ないだろう」
男は久司を強く突き飛ばした。
久司はドアガラスで頭を打ち、気を失った。

気がつくとベッドに全裸で寝かされ、男に抱きしめられキスされていた。
(あ…なんかこのキス…気持ちいい……)
久司は無意識のうち、男の背中に手を回し、自分から貪るように舌を入れた。
男は驚いたように久司から離れた。
「亜紗華、気がついたんだな。良かった」
(心配してるようなことな言って…。心配してるんだったら裸にするわけがないだろう)
そんな久司の思いが男に伝わったようだ。
「亜紗華はセックスさえしてれば元気になるからな」
そんな言い訳めいたことを言って、男は再び唇を重ねてきた。
やはり男のキスは気持ちよかった。
久司は自分の口に入ってきた男の舌に素直に応じた。

男の手が久司の胸を揉んでいた。
指が胸の先に触れるか触れないかの微妙な位置にあった。
久司はわずかに触れる男の指の感覚を鋭敏に感じた。
「…ぁ…あああ………」
久司は無意識のうちに出る声を抑えることができなかった。

男の手が下腹部に移動した。
もう股間はビショビショだ。
触られる前に久司にはそのことが分かっていた。
男の指が股間の谷間に滑り込んだ。
「ぁ…ぃぃ…」
男の指が小さな突起物に触れると電気のような快感が身体中に走った。
久司は脚を大きく広げた。
男のモノを受け入れ易くするためだ。
「亜紗華は本当に好きだな」
男のペニスが入ってきた。
「…ぁ…ぁぁぁぁぁ……」
久司はペニスが入ってくるのを感じた。
身体中がどんどん敏感になっていくのを感じる。
「亜紗華…気持ちいいんだろ?いつものように名前を呼んでくれよ。『尚志、いい』って、さ」
男の名前に一気に現実に引き戻された。
「えっ!ヒサシって…?」
「どうしたんだ?…さっき頭を打ったせいで記憶がなくなってしまったのか?」
「ぇ…ぅぅん…大丈夫……」
そんなことを言いながらも尚志の身体は激しく動いていた。
久司の意識はすぐにセックスの快感を貪る女性に戻った。
「ああ…いい……尚志ぃ……」
ヒサシと呼ぶことで自分に突かれているような錯覚を覚えた。
それが一層快感を高めることになった。
尚志の腰に脚をからめて、久司はしっかりと尚志のペニスを銜えこんだ。
「いくぞ、亜紗華」
尚志の腰の動きがさらに激しくなった。
「あああああ…きて……尚志ぃぃぃぃぃぃ」
尚志は射精の寸前でペニスを身体の外に出し、久司の腹に精子をぶちまけた。
久司はかなり昇りつめたが、最後まで中でいってくれなかったことに不満を感じた。
それでもその行為は自分を大事にしてくれていることが分かり幸せな気持ちになった。
「亜紗華、愛してる」
「あたしもよ、尚志」
亜紗華の身体はセックスにかなり弱いようだ。
セックスをしてしまうと気持ちまでメロメロになってしまう。

それにしても亜紗華は健太だけでなく、尚志とまでつき合っていたみたいだ。
しかもどちらともセックスしてたみたいだし、これからも新たな男が現れそうで恐かった。
一方では新たなセックスを経験できそうな気がして心躍る部分があることも否定できなかったが。

久司は再び尚志の身体を求めた。
二人は疲れるまで何度も抱き合った。

   *  *  *  *  *

健太は亜紗華(久司)が男の車に押し込まれて連れ去られるところを目撃した。
(何だ、あの男は?)
その夜は何度亜紗華(久司)に電話をしても電話は通じなかった。
嫌な予感がした。

次の日亜紗華(久司)はいつも通り学校にやってきた。
健太は亜紗華(久司)が一人になるタイミングを待った。
亜紗華(久司)の近くには女友達の誰かがいた。
ようやく放課後になって一人だけになった。
健太は亜紗華(久司)に近寄った。

「亜紗華、昨日はどこ行ってたんだ?」
「えっ…何が?」
亜紗華(久司)は何かやましいことがあるのか健太と目を合わせようともしなかった。
「携帯に電話しても全然出なかったし」
「…ぇ…ぁ……あのぉ……昨日は疲れてたから早く寝ちゃったの」
「そうか…一昨日やったせいで疲れてるのかな?」
「そんなこと…ないと思うけど……」
「今日は大丈夫か?」
「…ぇ…ぁ…ちょっと……」
「とにかく俺ん家に行こうぜ」
はっきりしない亜紗華(久司)の手をつかみ、健太は家に向かった。
途中久司になっている亜紗華に会ったが、ニタニタ笑いながら小さく手を振っただけだった。

部屋に入ると、健太は荒々しく亜紗華(久司)を抱いた。
そして焦りながら亜紗華(久司)の服を脱がせた。
「どうしたの?何急いでるの?」
亜紗華(久司)は健太の様子に戸惑っているようだった。
しかし健太にはそんな亜紗華(久司)を気遣う余裕は全くなかった。

亜紗華(久司)を全裸にした。
健太は明らかに他の男の痕跡を亜紗華(久司)の身体に見つけた。
乳房に覚えのないキスマークが2つあったのだ。
(やっぱりあの男が亜紗華を…)
そう思うとハラワタが煮えくり返る思いだった。

「三井くん、痛いって」
健太は亜紗華(久司)のことはおかまいなしに亜紗華(久司)を突いた。
自分本位のセックスが終わった。

健太は亜紗華(久司)を送っていった。
会話はなかった。
ほとんど会話のないまま別れた。

(畜生、あいつを何とかしなければ…。せっかくの亜紗華を奪われてしまう…)
健太の頭を占めていたのはそんな思いだった。
(どうすれば……)
健太は焦った。
健太はあの男を何とか抹消したかった。
新たな魔法を解読しようか。
それはかなり気が重かった。
そんなときだった。
(そうだ。誰かと入れ替えてやればいいんだ)
そんなアイデアが頭をよぎった。
(あいつを女にして、俺の奴隷にしてやろう)
そう考えると興奮してきた。
これ以上のアイデアはないような気がした。
しかし入れ替えるためには男の身体の一部が必要だ。
どうやって手に入れればいいのだろう。
(亜紗華に頼むか。でもどう頼めばいいんだ…)
そんなことを悶々と考えていた。
でもいい策が思い浮かばなかった。
「あ〜あ、俺が自分で取りに行ければなあ……」
そうつぶやいたときに一つのアイデアが浮かんだ。
「そうだ、そうすりゃいいんじゃないか」
健太は自分が亜紗華になればいいんだと思い至った。
(亜紗華になって、ゴミみたいに捨ててやろうか。いややっぱり女にしてもてあそんでやるほうが面白いよな)
健太は早速自分と亜紗華(久司)を入れ替えるよう魔法をかけた。


翌朝起きると見知らぬ部屋だった。
健太には一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに自分のかけた魔法のことを思い出した。
(ここが亜紗華の部屋か)
いかにも女の子の部屋ってわけではなかったが、そこが亜紗華らしいと言えるような気がした。
いずれにしてもそこが女性の部屋であることは間違いなかった。
椅子の背にブラウスとスカートが掛けてあったのだ。
(亜紗華の身体はどんな感じだろう)
健太はベッドから起き出した。
そして少し前かがみになって上半身を揺らしてみた。
それほど巨乳というわけではないので、揺れるわけではないが、それでも胸に膨らみがあるのは新鮮な感じだ。
健太はTシャツの上から胸を揉んでみた。
(これが揉まれてる感覚か…)
力が強いと痛みを伴う。
なかなか微妙なものだと思った。
やはり乳首が感じる。
(これはいい……)
健太は全身が映る鏡の前に立った。
鏡には今の自分の姿が映っている。
すなわり淡いピンクのTシャツと同じようなピンクのショーツだけの亜紗華が自分の胸を揉んで感じているのだ。
(我ながらなかなかエロいな)
健太はTシャツを脱ぎ去った。
鏡にはショーツ一枚だけの亜紗華の姿が映っている。
健太は自分のものになった身体を舐め回すように見た。
「亜紗華、何してるの?早く起きないと遅刻するわよ」
母親らしき声がした。
(とりあえず学校に行くとするか。いつでも楽しめるんだし)
健太は学校に行く準備を始めた。

学校に行くと、健太になった久司の姿はなかった。
(あいつ、何してんだよ。男に戻れたんだからショックを受けるわけないだろう。もしかすると亜紗華の身体でなくなったのがショックだったりしてな)
電話をかけようとしたが、そのとき先生が教室に入ってきた。
(電話をしても出ないかもしれないし、帰りに寄ってみるとするか)

健太は本来の自分の家に行った。
インターホンを押すと、玄関のドアを開けた。
鍵はかかっていなかった。
まっすぐ自分の部屋にいくと、パジャマのままの自分の姿があった。
「どうして学校に来なかったんだ?」
健太になった久司からは何の返事もなかった。
しばらくすると小さな声がした。
「どうして入れ替わっちゃったの?」
健太になった久司はあくまでも亜紗華の振りをするつもりのようだ。
「さあ?俺にも分かんないよ」
健太はそう返事しながらも笑いを抑えるのに必死だった。
「何?何がおかしいの?」
「あ、いや、自分の顔なのにオカマみたいだなって思ってさ」
「そんなふざけてる場合じゃないでしょ?……でもこれからどうすれば…」
「そんなことで悩んでないで、セックスしようぜ」
健太は自分の姿をした久司を押し倒した。
「や…やめてよ」
「いいじゃないか。滅多にできない経験なんだからさ」
健太はパジャマのズボンの上からペニスを握った。
それはあっという間に硬度を増した。
「お前も興奮してるじゃないか。こんなに硬くしてさ」
健太は見慣れた自分の顔を覗き込んだ。
久司は恥ずかしそうに視線を逸らした。
そんな久司の反応が健太の悪戯心に火をつけた。
「フェラ、してやるよ」
そんな健太の言葉に久司は驚いた。
「えっ!自分のを銜えるのって抵抗ないの?」
「別にないよ。滅多にできない経験だからな」
健太はパジャマをずらしペニスを取り出した。
自分のペニスをこんな角度で見るときが来るとは夢にも思わなかった。
意外に大きい。
それに臭い。
(女はこんなものよく銜えれるな)
健太は息を止めて、ペニスの先をペロッと舐めた。
「…ぁぁ……」
久司が何とも言えない溜め息をこぼした。
「どうだ?気持ちいいか?」
健太の問いに返ってくるのは声にもならない溜め息だけだった。
しかし確実に感じている。
ペニスを舐めながら久司の反応を観察した。
久司は瞼を閉じて快感だけに集中しているように見えた。
声を出すのも我慢しているようだ。
そんな久司の反応がおかしく、そのせいかフェラチオに対する抵抗感も少なくなった。
健太は舐めているだけでなく、ペニス全体を口に含んだ。
口でペニスを吸うようにして顔を前後させた。
何度も顔を動かしていると、久司のペニスから苦いものが出てきた。
これ以上やると口の中に出されるかもしれない。
さすがにそれは避けたい。
健太は銜えていたペニスを口から出した。
久司は不満そうな顔をしていた。
「もうそろそろ次の段階に行こうぜ」
そう言って健太は久司から離れた。
そしてスカートを穿いたままショーツを脱いだ。

「お前は横になっていればいい。俺が自分で入れてやるから」
健太は久司の腰の辺りに跨がった。
そして久司のペニスを握り、ペニスの先で自分の女性器をこすった。
「…ああ……ぁんん……」
自分でも信じられないくらい色っぽい声が出た。
股間がどんどん湿っていくのが分かった。
十分に濡れていることが分かると、いよいよ挿入のときだ。
「心の準備はいいか。それじゃいくぜ」
健太はペニスを自分の膣口にあてて、ゆっくりと腰を沈めた。
(…あ…すげぇ…この感じは何だ……)
健太は自分の身体に入ってくる異物のもたらす快感に戸惑っていた。
(これは女が声を出すはずだ)
実際健太も声を抑え切れなかった。
無意識のうちに声を出していた。
健太はさらに深い快感を求めるために久司の上で腰を上下させた。
久司も下から突いてきているようだ。
健太が自ら動かしているのか久司に突かれているのか分からなくなった。
ただ髪を振り乱して快感に酔っているだけだった。
「ああああああああ……」
健太は身体の中から何かに突き上げられるかのような感じを受けた。
「で…出る………」
久司が小さく呟いた。
「…い……いくぅ……」
健太の意識がどこか別のいったような気がした。

気がつくと、健太は久司の胸に顔をつけ、女の余韻を楽しんでいた。
(これはすごい。柳川が亜紗華になり切るのも分かる気がする……)
まだ息が少し乱れている。
それでも快感の余韻は十分に残っていた。

健太は余韻が消えると、欲望のまま久司のペニスを握った。
「もう一回できるよな?」
健太は久司にエロい微笑みを向けた。


目的の男はなかなか現れなかった。
それをいいことに、健太は亜紗華としてのセックスに明け暮れた。
最初は新鮮で強烈だった女としての快感も日を追うにつれ色褪せてきた。
半ば惰性のセックスになりだした頃には、亜紗華の振りをするのも慣れ、意識せずに女らしい仕草ができるようにもなっていた。
そうこうしているうちにようやく目的の男が現れた。


いつもの退屈な授業が終わって、校門を出ると、以前見た車が停まっていた。
(やっと来た…)
健太は車に気づかない振りをして車の横を通り過ぎた。
するとすぐに車から男が出てきた。
「おい、亜紗華。何、無視してるんだ。乗れよ」
「どなたですか?」
健太はわざと知らない振りをした。
「何言ってんだ?俺だよ、俺」
「誰ですか、オレさんって?」
「ふざけてんのか?」
男はかなり腹を立てていた。
「何よ、随分昔に会ったかもしれないけど、時間が経ったっちゃうと忘れることもあるでしょ?」
健太はわざと切れたような言い方をした。
「ちょっと間があいただけじゃないか。わざわざそんな回りくどいこと言い方するなよ。……ああ、そうか、分かったよ。小西尚志だ、思い出したか?」
尚志は少しひるんだ。
「小西さんね、どこかで会ったかしら?」
「もういい加減にしろよ」
尚志は健太に腕を掴んで車に引っ張っていった。
「痛いわ、離してよ」
「うるさい、いいから来い」
力づくで車に乗せられそうになったときに尚志の髪を掴んだ。
「痛ぇ」
健太の手には数本尚志の髪の毛がついていた。
「ごめん」
口では謝ったが、内心では喜んでいた。
(やった。意外と簡単に目的の物が手に入った)
髪の毛さえ手に入れば写真なんかはいつでも撮ることができる。
これで逃げてもいいのだ。

「別にいいよ。ただしつまらん芝居はやめて俺につき合え」
「どこ行くの」
「とりあえず腹ごしらえだ。飯でも食いに行こう」
健太は腹が減っていた。
ご飯くらいなら、と尚志につき合うことにした。

連れて行かれたのはホテルのレストランだった。
高校生では口にできないような高級な料理だった。
「美味しい。こんな料理食べたことないわ」
「何言ってんだよ、これくらいの店だったら、時々は連れてきてやっただろ?もういい加減にしてくれよ。俺も忙しいんだから、ちょっと会えなかったくらいでヘソ曲げないでくれよ。社長ってたって10人足らずの会社じゃ社長自ら動かないとどうしようもないんだからさ」
「社長って?」
「どうしたんだよ、今日は?もう許してくれよ、これからは亜紗華を大事にするからさ」
「あ…ありがとう」
食事が終わると、部屋に誘われた。
目的を達成し、美味しい食事を食べることができたので、早々に退散してもいいのだ。
しかし、健太はこの男にちょっと興味が出てきた。
意外と金持ちかもしれない。
見た目ほど軽い男でもなさそうだ。
男の正体を知りたいこともあり、そのままついていくことにした。

尚志は健太に腕を取るように腕を突き出した。
健太は黙って尚志の腕に腕を絡ませた。
尚志がゆっくりと歩き出すのに合わせて健太も歩を進めた。

部屋はスイートだった。
テーブルに大きな花束が置いてあった。
尚志はその花束を取り、健太に差し出した。
「ハッピーバースディ、亜紗華」
「えっ?」
「今日は亜紗華の誕生日だろ?忘れてたのか?」
亜紗華の誕生日なんて知らない。
健太はどう誤魔化そうか悩んだ。

「あ……そうだっけ?」
「何か変だな、最近。大丈夫か?」
「大丈夫よ、ちょっと疲れ気味なだけ」
「大丈夫ならいいが、亜紗華は元気が取り柄なんだからな」
「ええ!ひっど〜い。どうせ私は元気だけが取り柄ですよ」
「そんなことない。亜紗華は人一倍綺麗だよ」
尚志は健太を抱きしめ、キスをしてきた。
突然のキスだったが、決して嫌なキスじゃなかった。
むしろ気持ちの良いキスだった。
ずっとキスしていたい気持ちだった。

しかし、尚志の方から唇を離した。
健太は名残惜しそうに口をとがらせた。
「これ、バースディプレゼント」
尚志がポケットから取り出したのは指輪だった。
そして健太の左手の薬指に指輪をはめてくれた。
おそらくダイヤなんだろう。
指輪のダイヤは光り輝いていた。
健太はマジマジとダイヤを見ていた。
自分がダイヤひとつでこんなに幸せな気持ちになれるなんて知らなかった。
そんな健太を尚志は嬉しそうに見ていた。

しかし、いつまでも指輪を見ているためか、痺れを切らしたように健太をベッドに押し倒した。
「亜紗華、お前は俺より指輪のほうが大事なのか?いつまでも指輪ばっかり見やがって」
「だって嬉しいんだもん」
それは嘘でも何でもなかった。
尚志はなごやかな表情で健太を見つめていた。
そんな尚志の視線に何となく恥ずかしさを感じた。
健太は尚志から視線を外した。
「亜紗華、愛してる」
「わたしもよ」
健太はやや俯き加減に視線を外したまま言った。
健太は自分の口から出た言葉に驚いていたが、決して嘘をついていたわけではなかった。
「卒業したら結婚しよう」
尚志のそんな言葉に思わず顔を上げた。
「本当に?」
「ああ、もちろんだ」

なぜか涙が流れてきた。
健太は自分の反応に戸惑っていたが、一方で幸せな気分に包まれていた。
健太は尚志についていけば幸せになれる。
そんな思いだけが身体を支配していた。

そのあとのセックスは久司との惰性のセックスとは雲泥の差だった。
ずっと雲の上にいるような心地良さだった。
何度もイッてしまったようだ。
健太はこれまでのセックスにはないほど感じた。
この人とずっと一緒にいたい。
本能的にそう思った。
健太は完全に亜紗華になってしまっていた。

全てが終わって、尚志の腕枕で横になっている時間は、このまま時間が止まってくれればいいのにと願うほど至福の時だった。
心地良い疲労感と身体の中に残った尚志の感覚に感じていた。
健太はずっとずっと尚志と一緒にいたいと願った。


尚志と一晩中交わって一睡もせず朝を迎えた。
健太は何度も尚志の腕の中で絶頂を感じた。
行為が終わってからもずっとセックスの余韻に浸っていた。
そんなセックスの余韻を引き摺った状態で、そのまま車で学校まで送ってもらった。
「亜紗華、時間が空いたらまた迎えに行くからな」
「うん」
健太は車が去って行くのを見送っていた。
未だにふわふわした感じで、夢の中にいるような感じだった。

車から降りる健太の姿を見て、みんなが何かを囁いていた。
どうせ興味本位の噂をしているのだろう。
健太はそんな連中は無視して教室に入った。
するとすぐに久司の姿になっている亜紗華が近づいてきた。
「ちゃんと彼とつき合ってくれてるんだ。セックスうまいでしょ?でも、彼、プレイボーイだから気をつけてね」
周りの人間に聞こえないような小さな声でそんな言葉をかけた。

その日は授業中ずっと寝ていた。
「亜紗華ったら彼とずっとやってたのよ、きっと」
そんな言葉が聞こえてきた。
健太はそんな言葉は気にしないようにした。

学校から帰って、そのままベッドに倒れ込んだ。
そして左手の指輪をながめて、ゆうべのことを思い出した。
「結婚かぁ…」
健太は尚志との結婚を考えてみた。
「ずっとあんなふうに抱いてくれるのかな…」
ゆうべの行為を思い出した。
まだ身体に火照りが残っているような気がする。
「それに社長だもんな…」
亜紗華のままでいれば健太は社長夫人になれるのだ。
このまま亜紗華でいれば贅沢な暮らしが待ってると考えると自然に笑みがこぼれる。
自分にはバラ色の未来だけが広がっているように思えた。
そんなことを考えながら眠りに落ちた。


目を覚ますと現実に戻された。
何となく下腹部が重い。
股間の辺りがベトベトする感じがする。
(ゆうべあれだけセックスしたもんなあ)
健太は精液が逆流してきたんだと考えた。
身体を起こし、シャワーを浴びることにした。

浴室でショーツを脱いだ。
脱いだショーツを見ると、何か赤い物がついている。
(何だろう?)
血だった。
生理が始まったのだ。
(嘘だろ)
健太は狼狽えながら、トイレにあったナプキンをショーツにつけた。
ナプキンのついたショーツはゴワゴワして気持ち悪かった。
そんなショーツの穿き心地以上に、腰の辺りが重かった。
何となく頭痛もする。
(女って毎月こんな状態になってるのかよ)
女としてのセックスは好きだったが、生理は勘弁して欲しい。
とても普通に生活できる状態ではなかった。
たいていの女性が何事もないように毎日を過ごしているなんて信じられなかった。
その日はおとなしく寝ていることにした。

(せっかくの金持ちになれるチャンスなんだけど、やっぱり女は嫌だな)
亜紗華のままでいてもいいと考えていた健太だったが、生理のつらさに元に戻ろうと思った。
(でもやっぱり金持ちになりたいよな……あっ、俺が尚志になればいいんだ。そうすれば俺自身が社長なんだし、それに時々入れ替われば、女としてもやれるし…。そうだ、それがいい)

そう思うと、すぐに健太は尚志の写真に尚志の髪の毛を置き、呪文を唱えた。
そのとき不思議に感覚に囚われた。
それが何かは分からなかった。
呪文自体がこれまでと違うような気がしたのだ。
しかし健太が知っている呪文は魂の入れ替えの魔法だけだ。
間違うはずはなかった。

何かの勘違いだろうと思い、気にしないことにした。
(次の呪文であいつも女になるんだわ)
健太はそう考え、ニヤッと笑った。
(あれ?今変な感じがしたけど、何かしら?)
健太はそこでようやく女性の言葉遣いになっていることに気がついた。
「どうしちゃったのかしら!」
健太は久司に電話をかけた。

『もしもし、三井だけど』
少し寝ぼけた健太になった久司の声が聞こえた。
「もしもし、あたしよ、あたし。健太よ」
『あ、何だ、三井くんか。そんな話し方をしてるってことはやっと魔法を使おうとしたわけだ』
「えっ?どういうこと?」
『まあいいから。今からそっちに行くよ。ちょっと待ってて』

しばらくすると、健太の姿の久司がやってきた。
その姿を見るとなぜか亜紗華になった健太の目から涙が溢れた。
「あたし…どうしちゃったのかしら?」
そう言いながら涙を流す亜紗華の姿からは、中に健太の魂が入っているとは思えなかった。
そんな健太を久司が優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
何だか暖かいものを感じて、こんな状態にも関わらずホッとするものを感じた。
何か聞き取れないことをブツブツ言っているけど、健太は久司の腕の中で泣いていた。
少しの時間泣くと何となく落ち着いた。
「あ…ありがとう。でもあたし、どうなったの?」
「ボクが三井健太になったとき、机の上にあった怪しい写真と変な本を見たときに何となく絡繰りが分かったよ。ボクと水戸さんを入れ替えたのは君だってことが」
「……」
「ボクはあの本を全部読んだんだ。だから学校に行けなかったんだけどね。それでまず何をやったと思う?今の状態のまま変わらないようにするために自分に定着の魔法をかけたんだ。万が一、君がもう一度入れ替えようとしても入れ替わらないようにね。それから君の記憶にちょっとした細工をした。君が覚えている魔法の呪文を変えたんだ。それは自分の内面の性を変える魔法の呪文さ。一時的に異性に化けるときなんかに使うんだろうね」
「元に戻せないの?」
「もちろん元に戻すことはできるけど、ついさっきボクが定着の魔法をかけてしまったんで、君はもうそのままだよ。君は心から女の子になったんだ。もちろんボクが三井健太として生きてあげるよ。三井くんって性格は変だけど、見た目は格好いいからね』
「やめて。元に戻して」
健太の叫びも空しく響くだけだった。
「君は自分の欲望のためにボクや水戸さんをもてあそんだんだ。当然その報いは受けなくてはならない。幸いにも水戸さんもボクもこの状態を受け入れているので、君にも現状のままで、いてもらおうというわけだ。しかもストレスなく、受け入れることができるように内面までも女性にしてあげたんだから感謝してほしいくらいさ」
「嘘!嘘よ!そんなの嘘に決まってるわ」
健太の口からはその姿に相応しい言葉しか出てこなかった。

「僕は三井くんの身体を手に入れることができて嬉しいよ。自分が変われるチャンスだからね。これで暗い僕とはおさらばだ。女の子受けもいいみたいだしね」
「あたしはどうなるの?」
「君は亜紗華のまま生きていけばいい。もしかすると定着の魔法が弱まる日が来るかもしれないけど、もし今の君が健太の身体に戻ってもまるっきりオカマみたいになるのがオチだよ。悪いことは言わないから亜紗華のままでいればいいよ。それで結婚して元気な赤ちゃんを産んでお母さんになるのがいいんじゃないかな」
「いやよ、あたしは健太よ。絶対に戻るんだから」
健太はヒステリックに叫んだ。
そんな健太を鎮めるために久司はしっかりと抱きしめた。
少しの間久司の腕の中でもがいていたが、やがて落ち着きを取り戻した。
「ねえ、あたし、水戸亜紗華として生きていけるかしら」

久司はそんな健太の姿はものすごく可愛かった。
久司は魅入られたように健太を、いや亜紗華を抱いた。

亜紗華になった健太は結婚するなら尚志の方が得だと思った。
だから積極的に尚志に会いに行った。
そして会うたびに尚志に抱かれた。
その甲斐あって、健太は妊娠した。
「ねえ、あたし、妊娠しちゃった」
「だから?」
「この前結婚してくれるって言ったでしょう?妊娠したからすぐに籍を入れてほしいの」
「そんなこと、男と女の間じゃ普通言うだろう。それに僕は卒業してからって言ったよね?だいたい妊娠したことを結婚の理由に使う女性って信用できないって言うか…」

捨てられた。

「フラれちゃった…」
亜紗華が悲しそうな笑みを浮かべた。
「どうするんだ、お腹の子は?」
「もう堕ろせないし、産むしかないの」
「産んでも、学生だったら育てられないだろう」
「亜紗華を自分のものにしたくて、柳川くんや水戸さんを入れ替えたバチが当たったのね。でもおかげであたし自身が亜紗華になれたんだから喜ばないといけないね」

久司は健太のそんな言葉に興奮した。
すぐにペニスが勃起してしまった。
それを健太の小さな手が軽く握った。
「だって男の人のモノがこんなに好きな女の子っていやでしょ?」
健太が上目遣いに久司を見た。
その瞬間、久司の視界は目の前の女の子だけが占めた。
「そんなことない。亜紗華は世界一可愛いよ」
久司は健太、いやもう亜紗華としか呼びようのない女性の魅力に魅せられた。
亜紗華の持つ女の魅力という魔法にかかってしまったのかもしれない。


《完》

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