再会



山元雅和は中学3年生。
身長163センチ、やや痩せ気味の男性だ。
あまり口数が多い方ではなく、どちらかと言うと寡黙な部類に入るだろう。
勉強は上の下か中の上くらいか。
明らかに文系の傾向があり、英語や国語は軽く平均を超える点数を取ることができる。
一方、数学は良くて平均、普通は平均を下回ってしまう始末だった。
趣味は読書で、クラブ活動には属していなかった。
ルックスはそれほど悪くはない。
実際これまでバレンタインデーで年2〜3個のチョコレートは必ずゲットしていた。
ラブレターも一度だけだがもらったことがある。
残念ながらこれまで自分が気に入っていた女性からのアプローチはなかった。
そのため、異性との交際の経験はなかった。

高校受験が1ヶ月後に迫った日のことだった。
その日は朝からどんよりと曇っていた。
雅和はラスト1ヶ月の追い込みのために問題集を買おうと、本屋に向かった。
本屋で受験科目の問題集を買い込んで自宅に帰る途中、空模様がさらに怪しくなってきた。
空が暗くなったかと思うと、一気に大粒の雨が空から落ちてきたのだ。
突然の雨に、雅和は数百メートル離れた丘の上にある大きな木の下に雨宿りのために走った。
「ふぅ〜、家まではもつと思ったのにな。傘持ってくりゃ良かったかな」
少し濡れた髪の毛や服をハンカチで拭いていると、一人の女の子が雅和の方へ走ってきた。
女の子はジョギングでもしていたんだろうか。
上下ともトレーニングウエアで、首にタオルを掛けていた。
「急にこんな大降りになるなんて思わなかったわ」
そう言いながら、肩から掛けていたタオルで髪を拭き始めた。
拭いているときに女の子と雅和の目があった。
「あっ、山元くん」
その女の子は同級生の川嶋恭子だった。
「おっ」
雅和は短い言葉で言葉を返した。

川嶋恭子はショートヘアで快活な女の子だ。
テニス部に所属しており、夏ごろまでクラブ活動に励んでいた。
そのせいか元気な女の子という印象が雅和にはあった。
勉強は中の中、可もなく不可もなくと言った成績だった。
小柄で少しポチャッとしたタイプで、女性の友達は多い。
異性とは友達になれるが、それ以上はなかなか進まないタイプだった。
これは決してもてないというわけではない。
彼女自身が恋愛に対してほとんど興味がなかったためと言ってよかった。
実際、男子にはそれなりに人気があった。
雅和にとってはとくに気になる存在ではなかったが。

「こんなところでどうしたの?」
恭子は雅和が本屋の袋を持っているのに気づいた。
「あっ、本屋さんに行って来たんだ。勉強の息抜きの漫画でも買ったの?」
「問題集」
「そうなんだ。受験勉強は完璧?」
「うん、まあ」
「相変わらず無愛想ね。あたしは勉強ばかりじゃ身体がなまるから、時々走ってんだ」
「……」
雅和が何も返事しなかったことで、一瞬変な間が空いた。
恭子は嫌な雰囲気にならないよう言葉を続けた。
「それにしても急に降ってきたね。やむかな?」
恭子は空を見上げた。
真っ黒な雨雲から大粒の雨が降り続いていた。
一向にやむ気配がない。
そのときだ。
頭上で稲光がしたかと思うと、二人が雨宿りしている木に雷が落ちた。
そのショックで二人の身体は数メートル飛ばされた。
二人とも一瞬のうちに気を失った。

先に気がついたのは恭子だった。
「…う…う〜ん…………」
恭子はゆっくりと起き上がった。
特に怪我はしていないようだった。
「山元くんは?」
恭子はそう言いながら周りを見渡した。
雅和の姿は見当たらなかった。
その代わりに、近くにトレーニングウエアを着た女性がうつぶせに倒れていた。
恭子はその女性を助けるべく、歩み寄った。
そして、背中を何度か叩きながら「大丈夫ですか」と声をかけた。
しばらくすると、その女性が気がついたらしく、ゆっくりと立ち上がった。
その女性の顔を見て、恭子は声を出せないほど驚いた。

その女性は立ち上がりながらも、まだ意識が朦朧としているようだった。
恭子はその女性の肩を揺すりながら詰め寄った。
「どうして?どうしてあたしがもう一人いるのよ?」
女性は相変わらず意識がはっきりしないのか無反応だった。
恭子はふと自分の服装をチェックした。
紺色のダウンジャケットにジーパン。
ついさっきまで目の前の雅和が着ていた服だ。
「やだっ。あたし、山元くんになっちゃったの?」
やがて目の前の女性もようやく意識がはっきりしたのだろう。
急に素っ頓狂な声で叫んだ。
「俺がいる!」
そう、どうやら二人の身体が入れ替わってしまったらしい。

雨は上がり、ついさっきまでの雨が嘘のような快晴になっていた。
恭子はずっと泣き続けていた。
雅和はずっと呆然としていた。
「元に戻れるかしら?」
恭子は呟いた。
「俺も分かんないよ」
「また雷に打たれたらいいのかしら?」
「そんなことしたら死ぬかもしれないだろ」
「じゃあ、どうしたらいいのよ?」
「俺もどうしたらいいのか分かんないよ…」
またしばらく沈黙の時間が続いた。
この沈黙を破ったのは恭子だった。
「ぐずぐずしてても仕方ないじゃない。あたしはしばらく山元くんとして生活するわ」
「生活するわって言ったって、そんなに簡単にいかないじゃないか」
「じゃあ他にどんな手があるの?」
「……ない」
「だから仕方ないじゃない。山元くんはあたしとして頑張って」
「ずっと?」
「そうかもしれない。けど、戻れるかもしれないじゃない。例えば雷がなったら、落ちそうなところで二人でいてるとかして」
「こんな偶然そうそうあるとも思えないけど」
「思えなくても、今考えられるのはこんなことしかないでしょ。それとも山元くんはその姿で『俺は山元だ』って言うの?そんなことしてもふざけてるくらいしか思われないわよ。下手したら病院に連れていかれるわよ」
「それもそうか…な…」
「逆に滅多に経験できないことができると考えて楽しむ方がいいんじゃない」
「そこまでポジティブに考えられない」
「あたしだってそうよ。でも、そう思おうとしないとおかしくなっちゃいそうだもん」
恭子にとっては精一杯の強がりだったのだが、雅和にそう言われると急にまた静かになった。
今度は沈黙を雅和が破った。
「ごめん。俺がつまんないことばかり言って。お互い立場を入れ替えてやっていかなくちゃ仕方ないよな。元に戻れることを信じて、何とか頑張ってみる」
「…うん、そうよね」
ここでお互いがびしょ濡れで泥まみれであることに気がついた。
雷で吹っ飛ばされて、しばらく地面に倒れていたせいだ。
「ふたりともすごい状態だね。俺、川嶋さんの家、知らないし、とりあえず一緒に俺の家に行く?」
「うん」
雅和の提案に恭子は頷いた。

雅和の家には当然だが雅和が案内した。
10分ほど歩き、雅和の家に着いた。
雅和はポケットをまさぐった。
「あっ、鍵はお前が持っているんだっけ?」
そう言われた恭子はジャケットのポケットを探った。
ポケットにあった鍵を取り出し、家の扉を開けた。
「ただいま」
雅和は思わず言った。
「今はあたしが言わなきゃいけないんじゃないの?」
「そうか。じゃ、頼む。お袋がいると思うんで、適当に誤魔化して」
「お母さんのことはどう呼んでるの?」
「母さんだけど」
二人は素早く小声で打ち合わせた。
「雅和、雨がすごかったけど、大丈夫だった?」
と言いながら、雅和の母親が玄関に顔を出した。
雅和の母親は恭子を見て言葉をとめた。
「こんにちは」
雅和は白々しいかなと思いながら挨拶した。
「あっ、母さん。こちら同級生の川嶋さん。今の雨で、慌てて走ってたら川嶋さんにぶつかっちゃって、泥だらけにしちゃったんで、連れてきたんだけどいい?」
「そう、二人とも怪我はないの?」
「そう言えば、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「もうこの子ったら。まず怪我をしたかどうかを確かめないと。川嶋さんでしたっけ?どうもうちの息子がご迷惑をおかけしたみたいで、すみませんね。どうぞ、あがってください。雅和が濡れて帰ってくると思ってたので、お風呂も沸かしてますので入ってください」
「あっ、そんなお構いなく」
「でもそんな泥まみれでは。とりあえずお風呂に入ってください」
雅和は、母親に風呂場まで無理やり連れていかれた。
恭子は所在無げにその後に続いた。
「あんたがうろうろしたら家中泥だらけになるから、そこで待っていて。川嶋さんが出たら、あんたもすぐに風呂に入りなさい」

雅和はしばらく洗面所で立っていた。
(風呂に入るってことは裸になんなきゃいけないんだよな?いいのかな?)
しばらく迷っていた雅和だったが、それより雨に濡れた身体に寒気を覚えてきた。
受験前に風邪をひくわけにはいかない。
意を決して服を脱ぎだした。
もしかしたらずっとつき合っていかなきゃいけない身体なんだから、どぎまぎしてどうする。
そんな思いもあったのだ。
脱いだトレーニングウエアは洗濯機の横の籠に入れて、浴室に入った。
湯船に入る前に恭子の身体を鏡に映して観察した。
顔や腕は運動をしていたせいか少し焼けていたが、服の下は透けるように白かった。
胸の膨らみは手で隠れるくらいに小さかった。
股間の茂みには当然男のようなものはなかった。
お尻は大きくなく、中性的な感じだった。
(ふ〜ん、川嶋さんってこんな身体なんだ)
改めて顔を見ると、可愛いような気がする。
雅和は鏡に映った自分に向かって微笑んだ。
(うん、結構可愛い)
そんなことをしているうちに、寒くなってきて、雅和は湯船に入った。
湯船に入りながら、今の自分の肌に触れた。
スベスベしていて気持ちよかった。
身体は素手にボディシャンプーをつけて洗った。
胸は大きくないのだが柔らかかった。
先端を触ったときに思わず「あっ」と声を出してしまった。
あんまりゆっくり入ってると恭子に怪しまれる。
そう思った雅和は慌てて髪を洗い、浴室を出た。
洗濯機では脱いだ服が洗われていた。

「あのぉ、すみません」
雅和は母親に声を掛けた。
「わたしの服は…」
「川嶋さんの服は洗っているから、雅和の妹の服で悪いんだけど、それを着ておいて。下着は新しいものだから」
雅和の目の前に置いてあるのは女の子らしい服だった。
白地にピンクの水玉のショーツとブラジャー。
ピンク地にアルファベットのラメの入ったTシャツ。
膝上20センチはあろうかというミニスカート。
そして手編みっぽい白いセーターだった。
(まさかこんなものを穿くことになるなんて)
親指と人差指でショーツを摘まんでしばらく眺めていた。
「もういつまで入ってるのよ」
外で待っている恭子の呟きが聞こえてきたので、雅和は慌てて服を着た。
外に出ると、恭子は目も合わさず入れ替わりで洗面所に入っていった。
「川嶋さん、こちらへどうぞ」
元の母親に促されるまま、雅和は今のソファに腰を下ろした。
「よそのお嬢さんにこんなことを言うのも何だけどもう少し女の子らしくした方がいいと思うわよ、おばさんは」
雅和はいつも通り大股を開いて座っていたのだ。
「あっ、すみません」
雅和は膝をくっつけて、かかとを開くように座った。

恭子が風呂から出てきて、雅和の隣に座った。
「お風呂長かったわね、あたしの身体を見てたんでしょ、スケベ」
恭子は小声で言った。
「そんなこと言ったって仕方ないだろう」
「そうよね、これから今の身体に慣れないといけないもんね。それにしてもミニスカート良く似合ってるわよ。すっごく可愛い」
「それって自画自賛なのか?」
「そういうことになるのかしら?」
そんなことを二人が小声で言い合っていると、雅和の母親がお茶を入れて持ってきた。
「あっ、お構いなく」
自分の母親にこんな言い方をするなんて思わなかったな。
雅和はそう思いながら言った。
母親はお茶を雅和の前に置いた。
そして恭子と自分の前にもそれぞれお茶を置くと前の椅子に座った。
目の前で母親がいろいろと話しかけてくる。
下手に返答を返すとバレそうな気がするので、適当な相槌を打つだけにとどめていた。
「母さんのいるところじゃ川嶋さんも落ち着かないと思うから俺の部屋に行くよ」
ようやく恭子がそう助け舟を出してくれた。
「あっ、そう…」
雅和の母親はもっと話していたそうだったが、無視して恭子は立ち上がった。
雅和がゆっくり立ち上がると、恭子が小突いてきた。
「もうあたしはあなたの部屋を知らないんだから案内しなさいよ」
「あっ、そうか。2階に上がってその正面の部屋だ」
それを聞くと恭子は階段をトントンと駆け上がって行った。
雅和は飲んだ湯呑みの後片付けをしようとした。
日頃から自分の食器などは流しに持っていくよう躾けられていたため、あくまでもいつもと同じような行動を取ろうとしただけだった。
「川嶋さん、置いておいてもらっていいのよ」
「あっ、でも…」
「親御さんの躾ができてるのね。でも今は本当にいいから置いておいてね」
それって結局自分のことを褒めてるだけじゃん。
そう思いながら、湯呑みをそのままのところに置いた。
「それじゃお言葉に甘えまして」
そう言って、元の自分の部屋に入った。

「ふぅ〜、自分の家なのに妙に緊張するな」
雅和は部屋に入るなりベッドに股を広げて腰掛けた。
恭子は机の前の椅子に座っていた。
「もう、山元くんは今はあたしなんだから、そんなに脚を広げないでよ」
「別にいいじゃん、誰が見てるってわけじゃないんだし」
「あたしが見てるじゃない」
「お前は俺の正体を知ってるから別に問題ないじゃん」
「女の子なんだからそんな喋り方しないで」
「だったらお前もおかまみたいな喋り方するなよ」
「そんなこと言ったっていきなりは難しいわよ」
「俺だって」
「こんなこと言い合ってても仕方ないよね?そんなことよりお互いの情報交換しなくちゃ」
「あぁ、そうだな」
「まず山元くんの家族構成を教えて」
「両親と俺と妹」
「妹さんの部屋は?」
「部屋はこの向かい。中2でクソ生意気。名前はかずは」
「かずは?どんな字を書くの?」
「平和の和に、葉っぱの葉」
「へぇ、綺麗な名前ね。何て呼んでるの?」
「そのまま名前で和葉」
「山元くんは何て呼ばれてるの?」
「和葉は俺のことあんまり呼ばないな。強いて言うなら兄貴かな?普通は"ねぇ"とか"ちょっと"とかで呼ぶことが多いと思う」
「お父さんは?」
「親父は仕事で忙しいみたいでほとんど顔を合わさないな。休日もつき合いだとか言って外出が多いから」
「お父さんのことは親父って呼んでるの?」
「いや、面と向かっての時は父さんって呼んでる」
「で陰では今みたいに"親父"と呼ぶのね?」
「いいだろ、そんな細かいこと」
「お父さんの顔とか知っておいた方がいいわね。写真とかある?」
「最近のはないけど、昔のなら多分ある」
雅和はベッドから立ち上がり、ベッドの下から何冊かのアルバムを取り出した。
そしてベッドに座りなおしてアルバムを開いた。
恭子は椅子からベッドに移動して、雅和の隣に座って、アルバムを奪った。
アルバムを最初から順番に見ていった。
「へぇ、山元くんって可愛かったんだ」
「当たり前だろ、小さいときは誰だって可愛いもんだ」
「そんなことないよ。可愛くない子もいるよ、あたしみたいに」
「何言ってんだよ、今でも可愛いんだから小さなときは可愛かったに決まってるだろ?」
「それってあたしのことを褒めてるわけ?」
「…そんなことないよ。俺は別に何とも思ってないからな」
「そうなんだ、ざんね〜ん」
「何が"ざんね〜ん"だ。お前って、って言っても今は俺になるんだけど、男子の中じゃ意外と人気あるんだぜ」
「へぇ、そうなんだ、あたしって女に見られてないと思ってた。あたしが山元くんになったことでもっといろんな新しい発見があるのかな?」
「さあな」
「もう冷たいんだから」
「それより親父の写真だろ。さっさと見てアルバムを直そうぜ」
「ゆっくりアルバム見たいんだもん、いいじゃん」
そんなことを言ってアルバムを取り合っているときにドアがノックされた。

一瞬の後、女の子がジュースとコップ2つをお盆に乗せて入ってきた。
「妹さん?」
恭子が呆然としているのに気づき雅和が言った。
「はい、妹の和葉です。いつも兄がお世話になってます」
「こちらこそ」
「兄貴」
「うん、何だ?」
「彼女、なの?」
和葉は右手の小指を立て、恭子に笑いかけた。
「何、馬鹿なこと言ってんだよ。さっさと出て行け」
和葉はふふっと笑うと
「それじゃごゆっくりしてくださいね」
と雅和に向かって言って部屋から出ていった。
和葉が出て行ったのを見届けると、恭子が小声で言った。
「今のが妹さん?」
「そう」
「綺麗な人ね」
「どこが。今はお客さんの前だから猫かぶってるだけだよ」
「あたしより身長もありそうだしスタイルもいいし」
「身長はそうかな?お前って何センチなんだ」
「153センチ」
「ホントに?」
「……152センチ」
「どうせばれるんだからつまんない嘘つくなよ。妹は160センチとか言ってたから確かにお前より高いな。次はお前のとこのことを教えてくれよ」
アルバムのページをめくりながら雅和は言った。
「まず家だけど上大岡のマンション」
「ここから7〜8分ってとこか」
「それくらいかな?」
「それで?」
「部屋は12階の1207号室で、入って玄関から真っ直ぐ行くとリビングなんだけど、リビングに入ってすぐ右手にドアがあって、そこがあたしの部屋」
「絵に書いて教えてもらえないかな」
「もう仕方ないわね」
恭子は手近にあった紙をアルバムの上に置いて間取り図を描いた。
「玄関を入るとすぐ右手に部屋があるんだけど、ここは兄貴の部屋」
「お兄さん?」
「そう」
「何て呼んでるんだ?」
「お兄ちゃん」
「"お兄ちゃん"か、分かった」
「で、ここがリビングね。リビングの右手にドアが2つあるけど、ベランダ側があたしの部屋だから」
「一番ベランダ側がお前の部屋だな、分かった」
「手前は両親の部屋だから」
「どう呼んでるんだ?」
「パパとママ」
「パパとママか…なんか照れ臭いな」
「じゃ、心境の変化とか言って呼び方を変えてもいいのよ、あたしは」
「そんなことをして怪しまれるのも嫌だし」
「どっちでも山元くんの好きにすれば」
「急に変えるのも怪しいよなあ…。パパママか。頑張ってそう呼ぶしかないだろうな」
「じゃ、頑張ってね」
それからも二人はお互いの情報を交換した。

夕方になった。
「母さん、あんまり遅くなるといけないから川嶋さんを送ってくるよ」
「ああ、その方がいいわね。服がまだ生乾きだから、その服を着て行ってくださる?川嶋さんの服は乾かしてから雅和に届けさせましょうか?」
「いえ、今持って帰ります。ありがとうございました」
雅和は自分の着ていたトレーニングウエアと下着を紙袋に入れてもらった。
「どうもありがとうございました」
雅和は表に出ると、元の母親に一礼してお礼を言った。

恭子と雅和は二人で恭子のマンションに向かった。
5分ちょっと歩くと雅和のマンションに着いた。
「入り口でその鍵を使ってマンションの入り口を開けてね。部屋は1207だからね」
「うん、分かった」
恭子はじゃあ頑張ってと一言言って、帰って行った。
雅和は肩で大きく息をついてマンションに入っていった。
エレベータで12階まで上がった。幸いマンションの住人には会わなかった。
会ったら挨拶をすべきかどうかを心配していたので、ひとつの関門は無事に通過した。
1207の前に来た。
さっきよりもさらに大きく息を吸うと、持っている鍵を挿し、鍵を開けた。
『カチャッ』
鍵が開いた音が異常に大きく響いたような気がした。
ゆっくりドアを開けて中に滑り込むように入った。
「ただいま…」
雅和は小さな声で言った。
すると廊下の突当りのドアが開いて、それほど身長が高くない可愛い感じの女性が顔を出した。
「恭ちゃん、お帰り。遅かったから心配してたのよ。雨、大丈夫だった?」
一気にそこまで話すと玄関に佇んでいる雅和の姿を見た。
「あれっ、恭ちゃん、ジョギングしに行ったのよね?どうしたの、その格好?」
雅和のスカート姿を見た母親は雅和に聞いた。
「実は…」
雅和は雨宿りをしてると近くの木に雷が落ちてその衝撃で吹き飛ばされたこと、山元に助けてもらって家で着替えさせてもらったことを掻い摘んで説明した。
「そうだったの、大変だったわね。とにかく入んなさい。その紙袋の物もちゃんと乾かさなきゃ」
雅和は黙って紙袋を母親に渡した。
「それにしても恭ちゃんのスカート姿って制服以外じゃ久しぶりね。なかなか可愛いわよ。山元さんにもお礼を言わなきゃ。恭ちゃん、電話番号知ってる?」
雅和は元自宅の電話番号を告げた。
恭子の母親が電話しているのを横目に、雅和は自室に入った。
初めて入る女の子の部屋。
きちんと整理されており、女の子らしい色調だった。
何となく良い香りがするような気もする。
本当はドキドキする楽しい経験のはずなのに、今の自分にとっては単なる自分の部屋なのだ。
雅和はベッドに横になった。
(もしかしたらずっとこのままなのかな…)
別に男でいたいとかそんなことは今まで考えたことがなかった。
男とか女とか強く意識することもなかった。
しかし急に他人に、しかも異性になってしまったことに、何となく感じる絶望感みたいなものがある。
そんなことをつらつら考えていると、机の携帯が鳴った。
携帯を開くと見覚えのある番号だった。
「もしもし」
『もしもし、あたし恭子。電話に出たってことは無事に部屋まで行けたようね』
恭子からだった。
「ああ」
『あんまりあたしのもの、見ないでね』
「ああ」
『…あんまり元気なさそうね』
「そりゃそうだろ?こんな状態で平気でいられる方がおかしいよ」
『そんなこと言ったってどうしようもないじゃない。いつまでもくよくよしてるなんて男らしくないわよ』
「だって今は女だもん」
『そっか。だったらいつまでも一人でくよくよしてなさいよ。とにかく分かんないことあったら適当に連絡取り合って何とかやっていこ』
「分かったよ」
雅和はすぐに携帯を切った。
「はぁ〜」
大きく溜息をついて、壁にかかっている学校の制服を見た。
セーラー服。
これを明日来て学校に行かないといけないのだ。

次の日、憂鬱な気持ちのまま、セーラー服を着てマンションを出た。
そこにはすでに恭子がいた。
「おはよう」
「あっ、おはよう」
「どう?よく眠れた?」
「まぁ一応は?」
「とにかく一緒に学校に行こ」
「噂になるよ」
「いいわよ、そんなこと」
雅和はスカートの前で両手で鞄を持って歩いた。
そんな雅和の姿を見て恭子が言った。
「山元くんってあたしより女らしいかも」
「何言ってんだよ、こっちは必死でやってんだから」
「そうなの?とてもそんなふうには見えないけど」
「そんなことよりその話し方何とかしろよ。他人に聞かれたら俺がおかまみたいに思われるだろ?」
「だったら山元くんもね」
「分かったよ…わよ」
「そうそう、その調子」
雅和の目からは恭子はそれほど深刻そうに見えなかった。
なんだか自分だけが損しているような気持ちになってきた。
「あなたは何か楽しそうね」
「そう?そうかも。やっぱり女の子だといろいろ制約あるし、山元くんみたいに格好いい男子になれたせいかもね」
雅和は元の自分のことを格好いいと言われたことが嬉しくて笑ってしまった。
「へぇ、あたしって笑うと可愛いんだ。元の自分の笑顔にときめいちゃった」
「何言ってんだよ」
雅和は憎まれ口をたたきながらも何となく嬉しかった。
(女の子もいいかも)
暗いだけだった気持ちに少しだけ光が差した。

校門に近づくとクラスメートが声をかけてきた。
「おはよう、恭子」
「山元、今日は川嶋と登校かぁ」
いろんな声を聞きながら、恭子と雅和は教室に入った。
「自分の席を間違わないでね」
恭子は小声で言った。
「分かってるよ」
雅和も小声で返した。
雅和が席につくと、クラスメートの美佳がやってきた。
「おっはよう、恭子」
「おはよう」
「今日は山元と登校してきたじゃん。見たぞ〜。いつの間にそんな仲になっちゃったの?」
「そんなんじゃないよ」
「ないよ?」
美佳は雅和の言葉遣いに不自然さを感じた。
「そんなんじゃないわよ」
雅和はやばっと思いながら言い直した。
「たまたま学校に来るときに会っただけよ」
「ふ〜ん。でも方向は全然違うよね?」
「そうなの?わたしは普通に来ただけよ」
「ということは山元が待ち伏せしてたとかなの?」
「知らないわよ」
雅和はその後も美佳の追及にあったが、何とか乗り切った。

授業に入ると立場が違うものの日常の延長だった。
先生から当てられるときに名前を間違えないようにさえすれば何とかなりそうだった。
しかし休憩時間ともなると勝手が違った。
雅和は女子がこれほど連れションするとは思ってもみなかった。
「恭子ぉ、一緒におトイレ、行こ」
「別にわたしはしたくないし」
「そんなこと言わずにさ、一緒に行こ」
休憩時間の度に誘われる始末だ。
おかげで一人で行って、男子トイレに間違って入るということは防げたが。

恭子はこれまでの雅和と違い、やけに明るかった。
「山元、なんか今日のお前、いつもと違うぞ」
「そうか、いつもと一緒よ…だよ」
「お前がそんなに笑っている顔って見たことがないぞ」
「俺は能面か」
「ある意味、その表現は当たってる」
「それじゃ今日から人間になったってか?ははは…」
恭子はすっかり男子の輪の中に溶け込んでいた。

とりあえず一日が終わった。
帰ろうと雅和は恭子に目で合図を送った。
すると、美佳が雅和に近づいてきた。
「山元って何だか今日明るかったね」
「そう?」
「いつもあんまり騒がないし、どっちかっていうといるかいないか分からない感じだったじゃん。なのに今日は朝は恭子と一緒に学校に来るし、休み時間も何か騒いでし、昼休みなんか校庭で走り回ってたじゃん。今までの山元ではありえないって」
「どうしてそんなに山元くんのことが分かるの?」
雅和は美佳が意外と元自分を見ていてくれたことを知って、ほのかな期待を込めて聞いた。
「だって今日一日注目してたんだもん」
雅和はドキッとした。
(もしかすると彼女は俺のことを好きなのか?)
「だってあたしの大好きな恭子とつき合いだしてどう変わったか興味あったから。予想通りすっごく明るくなってたね」
「な…何、言ってんのよ!」
雅和は全く予想外れの言葉と恥ずかしさで真っ赤になって言った。
「いいって、いいって。そんな隠さなくても。でももうすぐ受験なんだから程々にしときなよ。どうせ山元と帰るんでしょ?じゃっ、あたしは先に帰るね」
美佳はニッコリ笑って離れて行った。
雅和はまた一緒に帰ると何を言われるか心配だったが、とりあえず恭子と一緒に帰った。
「なあ、俺たちつき合ってるって思ってる奴がいるぞ」
「いいじゃん。そう思いたければ思わせれば」
「お前はいいのか?好きでもない奴と噂になって」
「だってあたしはあたしのこと好きよ。今の山元くんはあたしじゃん」
「そりゃまあ、そうだけどさ」
「周りの目は気にせず、頑張って勉強して、二人して高校生になろっ」
恭子はとにかく前向きだった。

次の日からも必要以上に冷やかされるわけでもなく、なぜか二人のことを周りは暖かく見守っているようだった。
恭子は男子の中に何の違和感もなく馴染んでいた。
雅和も元々積極的に自分をアピールするタイプでなかったためか受身的な状態でいられる女性という立場に居心地の良さを感じていた。
そんな雅和を見て周りの女子は「恭子は山元くんとつき合いだして女らしくなったね」とか無責任なことを言っていた。

入れ替わりという異常状態にも何とか順応し、二人は無事同じ高校に合格した。
当初それぞれ男子高、女子高を受験することになっていたが、二人で共謀して同じ学校を受験できるように周りを説得したのだ。
受験の申し込みの段階で急に志望校を変更すると言い出したのだから親も学校も大反対だった。
しかし、二人とも強行に自分の意見を主張した。
二人が離ればなれになることで、一生元に戻れなくことへの恐怖が、これまでにない必死さを生み出していた。
二人の熱意はついに報われ、同じ共学校を受験することになったのだ。
無事進学先も決まったことだし、二人は学校以外のところでも会おうということになった。
言い方を変えるとデートしようということになったのだ。

恭子は待ち合わせ場所に現れた雅和の格好を見て驚いた。
「どうしたの、その格好?」
恭子はスカートなんか制服以外には持っていなかったのだ。
なのに今目の前に現れた雅和はミニスカートにロングブーツを履いている。
街では普通に見る女の服装なのだがそれをまさか雅和が着るなんて想像すらしていなかった。
「だってママが高校生になるんだから少しはお洒落しなさいって」
「ママが勝手に買って来たの?」
「そう」
「でもブーツなんて勝手に買っても合わないと思うけど。それにあたしはスカートなんか制服以外持ってないからママも黙っては買わないと思うわ。だって無駄になる可能性の方が大きいもの」
「……」
「山元くんが買ったんでしょ?」
「………うん、一緒に買いに行った……」
「やっぱりね。で、山元くんは別に抵抗もせずそんな可愛い服を買ったんだ」
「……うん……」
「最初はいろいろ言ってたけど、それなりに女の子を楽しみ出したのね?」
「…うん、まあ……」
「だったら一安心ね。あたしはちゃんと男の子できてるし、山元くんもそれなりに女の子生活を楽しむことができるようになったみたいだし。とりあえず今日はどこかに行こうか」
恭子と雅和は一緒に駅の方へ歩き出した。
「ねえ、あたしたちって他の人からどんなふうに見えるのかな?」
「そりゃ仲の良い男の子と女の子じゃないか」
「恋人に見えるかな?」
「ボーイフレンドとガールフレンドくらいには見えるかもしれない」
「じゃあさ、手、つながない?」
「えぇっ」
「いいじゃん、いいじゃん。どうせ元の自分なんだし」
そう言って恭子は雅和の手を握った。
「なんか恥ずかしくない?」
「別にあたしは平気だよ」
「まっ、いいか。ところで、さ」
「ん、何?」
「もう少しゆっくり歩いてくれないかな。慣れないブーツだし、踵も高いんで、あんまり速く歩けないんだ」
「そっか。そうだよね」
「それからその話し方、何とかならないかな」
「いいじゃん、あたしと山元くんだけなんだし」
「だけって言っても周りにいっぱい人がいるじゃん。絶対におかしいって」
「そうかな、じゃ、いつもの学校モードで話したらいいの?」
「うん、そうして」
「山元くんのことは川嶋さんって呼べばいいのね?」
「もちろん」
「何だかつまんないな。……そうだ、恭ちゃんって呼ぶわ」
「きょ、恭ちゃん?」
「だって家ではそう呼ばれてるでしょ?今日はガールフレンドなんだから"川嶋さん"より"恭ちゃん"の方が絶対いいって。うん、いい、絶対いい」
恭子は一人で納得していた。
「よかないよ」
「それじゃ呼び捨てしよっかなぁ、恭子って。キャハッ」
「分かったよ、じゃあ恭ちゃんでいいよ」
「あたしのことはマアくんって呼んでね」
「マアくん?」
「だって恭ちゃんに対して山元くんとか雅和くんとか変じゃない」
「全っ然、変じゃない!」
「いいじゃない。呼んでみてよ」
「えぇ、やだよ」
「そしたらあたしはずっとおかま言葉で話そうかな」
「分かったよ……マアくん」
「恭ちゃん♪うん、いい。これで行こ、今日は♪」
「その代わり、ちゃんと男らしく話してくれよ」
「分かってるって。もちろん恭ちゃんも女の子らしくね」
恭子は嬉しそうに歩いていたが、雅和は恥ずかしさでいっぱいだった。
そもそも好きとか嫌いとかじゃなく、お互いの正体が分かっている気安さがあって一緒にいるだけだ。
それ以上の感情は雅和には全くなかった。
それでもその日は二人とも楽しいときを過ごした。

3月16日は卒業式だった。
多くの女子生徒が泣いていた。
雅和も例外ではなかった。
恭子はそんな雅和の姿を見て、「恭ちゃって心の中まで女の子になっちゃったんだ」と思っていた。

学校が終わり、いつものように二人は一緒に帰っていた。
卒業式の後ということで感傷的な雰囲気もあるのか、お互い無口だった。
恭子には、雅和は無口というより沈んでいるように映った。

いよいよ別れるというところで、雅和が口を開いた。
「昨日の夜言われたんだけど」
雅和はずっと泣いていたせいか目が腫れぼったかった。
「どうしたの?」
「うち、引越しするんだって」
「嘘っ!」
「パパの仕事の都合で神戸に行くことになった」
「そんな……。学校は…学校はどうするのよ」
「何とかなるんだって。実際入学する学校は決まっているみたい。神戸のお嬢様学校だって」
「あたしはどうなるの?」
「多分もうお互いこのままだろ。マアくんも男の子生活を楽しんでいるし、俺も女の子でいることに慣れてきてるし、このままでもいいんじゃないか」
雅和はほとんど自棄になっていた。
「そんな…。今まではお互い近くにいたから少しでも元に戻れる可能性があったのに。恭ちゃんが引越ししちゃったら、もう絶対戻れないってことじゃない…」
「……」
「そんなのってひどい。ひどすぎるよ」
恭子も泣き出した。
今まで恭子が明るかったのはわずかでも元に戻れる可能性があったからだ。
それが二人離ればなれになることで可能性はゼロになってしまう。
そのことにショックを受けたのだった。
恭子は何も言えずにただ傍で佇んでいるだけだった。

次の日、雅和の家族は神戸に越して行った。
恭子は見送りにも行かなかった。
見送りに行くと自分が何か変なことを言い出してしまいそうで恐かったのだ。
恭子は一日中自宅に閉じこもっていた。

引越しして離ればなれになった後も携帯やメールをお互いやりとりしていた。
しかし時間が経つにつれ、場所も学校も違い、お互い共通する話題がなくなってきた。
やがて、どちらからともなく連絡を取らなくなってしまった。



恭子は大学生になった。
今ではすっかり男性として成長していた。
自分が女性だったというのは嘘だったような気さえしていたくらいだった。
高校では硬式テニス部に入った。
1年の夏ごろに身長がぐっと伸び180センチ近くになった。
入れ替わる前から運動は得意だったこともあり、県大会でもある程度上位に顔を出していた。
女の子にもそれなりに人気があった。
その中のひとりの女の子とつき合って、ファーストキスも初体験も済ませていた。

大学になった恭子はガールフレンドと歩いていた。
そのとき前方から見覚えのある顔が歩いてきた。
ロングヘアを軽く巻き毛っぽくした美人だった。
(誰だったっけ?)
目が合ったとき向こうも「あっ」というような顔をした。
(やっぱり顔見知りなんだ)
と思ったが、どうしても思い出せない。
「どうしたのよ、難しい顔をして」
「いや、別に何でもないよ」
「ウソ。今の女の子と何かあるんでしょ」
「そんなことないよ、知り合いだと思うんだけど、どういう知り合いか思い出せなくって考えてただけだよ」
「でも今の女の人ってすっごい美人だったじゃない。だから見とれてたんじゃないの?」
「そんなことないよ。だって僕が好きなのは早希みたいにちっちゃくてショートヘアの子じゃないか。今の彼女は肩より長かっただろ?それに身長も160センチくらいあるみたいだったし」
「ちっちゃくてって言われるのは嫌だけど、それもそうね。まっ、許してあげる」
そうなのだ。
雅和になった恭子が好きになるのは元の自分のようにショートヘアの元気の良い背の低い女の子だった。
元の自分のように…。
元の自分。
そのキーワードである考えが浮かんだ。
(さっきの女性って元々の自分に似てるんだ)
しかし、今となっては確かめるすべはない。

それから3週間ほどが経った日に恭子はこの前の女性らしき後ろ姿を見つけた。
恭子は声をかけようか迷っていると、急に女性が振り返った。
「あっ…」
目と目があって、女性が呟いた。
目が泳いだようになっている。
次の瞬間女性は急いで歩き出そうとした。
その姿はあたかも逃げるような感じだった。
「待って、恭ちゃんでしょ?」
恭子はその女性に向かって叫んだ。
女性の足が止まり、顔を恭子の方に向けないまま、ゆっくりと頷いた。
「やっぱり…。でもどうして逃げるの?せっかくまた会えたのに」
女性は黙ったままだ。

二人は近くのマクドナルドに行き、向き合った。
しばらくは二人とも口を開かなかった。
ようやく話し出したのは恭子だった。
「大学はこっちなの?」
「うん、パパが4月から戻ることが決まったからパパとママとわたしで戻ってきて、前と同じとこに住んでるの。お兄ちゃんは大阪の会社に入ったからそのまま向こうにいるけど」
「へぇ、そうなんだ。それにしても綺麗になったわね?」
「ねぇ、そんな話し方やめてくれない?おかまみたいじゃないの」
「だって故郷に帰ったら訛りで話すじゃない。あなたの前だとこういう方が落ち着くのよね」
「そんなこと言ったって周りに人もいるし」
「それもそうね。じゃあさ、今から家に来ない?」
「行っていいの?」
「もちろん。ただし恋人として、ね」
「そんな条件があるんだったら行かない」
「でも中学のときはつき合ってたじゃない。そんなこと言わずに行こうよ」
「じゃあ昔の同級生としてお邪魔させていただきます」

雅和は4年振りに"元"我家にやって来た。
「母さん、中学のとき一緒だった川嶋さんに会ったんで連れてきた」
「あらまあ、すっかりお嬢さんらしくなって。どうぞ上がってください」
雅和は久しぶりに見る母親の顔に熱い物がこみ上げてきた。

「さてと…。さっきはどうして逃げようとしたの?」
「だって…また何かの拍子に元に戻るかもしれないと思って……」
「元に戻るかもしれないと思って逃げるってことは、山元くんは川嶋恭子のままでいたいってことなの?」
雅和の顔が赤くなった。
「どうして?」
「だって…女の子って何かと得だもの」
「何が?」
「可愛いと何かとチヤホヤされるし、それに…」
「それに?」
「それに女の子の服っていろいろあって楽しいし」
「それだけ?」
「うん」
「ふ〜ん、そうなんだ。山元くんはしっかりあたしとしていてくれたんだ。もしかするとあたしのままより女らしいかも。だってお淑やかそうだもんね」
「川嶋さんはどうなの?この前の女の子って彼女?」
「うん、まあ、そんなもんかな」
「ちゃんと男してるんだ。もしかしてエッチとかももうしちゃったの?」
「うん、まあ……」
「あたしはそっちはダメ。どうしても男の人とおつき合いするって想像できない。かと言ってレズってわけじゃないのよ。今は女だから、やっぱり男の人とおつき合いする方が自然だとは思うし、女の子とはお友達としてしか考えられないし」
「でもそれだけ可愛かったら誘いも多いんじゃない?」
「うん、それはそうなんだけど。お話したりお茶したりする分にはいいんだけど、おつき合いまではなかなかいかないの」
「じゃあさ、また中学のときのように元の自分とつき合うってのはどう?」
「どう?って彼女がいるって言ったじゃない、さっき」
「女みたいに細かいこと言うのね。そんな細かいこと気にしない気にしない」
「だって今は女だもん」
「そう言えば、あたしたちが入れ替わったときにもこんな会話したよね?」
「そうだっけ?」
「あったわよ。そんなことよりどう?つき合う?」
「でも……」
「友達としてからでいいからさあ」
「強引なのね?」
「だって元の自分がどうなってるのかってすごく興味あるもん。元に戻るかなんて心配いらないわよ、多分。今さら元に戻るわけないって。山元くんは今さら戻ったら確かに大変かもね。あたしといてもずっと女の子の話し方だし、脚だってちゃんと揃えて横に流してるものね。それだけ女の子が板についちゃあ今さら男に戻ったらニューハーフになっちゃうかも」
「もうからかわないでよ」
雅和は斜め下を向いてちょっと頬を膨らませた。
「ほらほら、今の仕草もすっごく可愛いわよ。で、あたしとつき合う?」
「う〜ん、どうしよう?」
「お母さんにも会えるじゃない?」
「それは嬉しいんだけど、元の自分とつき合うなんて」
「じゃ、全然知らない男に抱かれるの?」
「どうしてそんな言い方するの?」
「あっ、ごめん。そんな怒らなくても」
「だってそんないやらしい言い方するんだもん」
「そんなとこも本当に女の子ね。とりあえずこれから連絡してもいいわね?携帯とか変わってないの?」
「うん、昔のまま」
「じゃ連絡するから会えたら会おうね」

次の日、雅和が友達の綾子に会うと開口一番こう言った。
「恭子、何か良いことあったでしょ?」
「別に何もないわよ」
「嘘。絶対何か良いことあったはずよ。だって今までに見たことないくらい良い顔してるもん」
「今までそんなにひどい顔だった?」
「そういう意味じゃなくって、何て言えばいいかな?……そう、眼よ、眼。眼の輝きがすっごく綺麗なの。その眼は絶対に恋をしてる眼よ、きっと。そうでしょ?」
「そんなことないって」
「まあいいわ、今はそういうことにしておいてあげる」
その時、雅和の携帯にメール着信を示す音が鳴った。
「貸しなさいよ」
綾子はそう言って雅和から携帯を取り上げた。
「何々…『早速だけど、今日会いに行くね。3時に大学の門のところに行くから待ってて』だって。やっぱり彼氏ができたんじゃない」
「そんなんじゃないって」
「じゃこのメールの主はどんな人なのかな?」
「中学のときの同級生」
「どうしてそんな昔の知り合いがメールしてくるの?中学のときにつき合って彼と昨日偶然出会って昔の愛が燃え上がったとか」
「何一人で話を作ってるのよ、全然そんなんじゃないって」
「恭子ってそんなに綺麗なのに彼氏もできないからレズじゃないかと心配してたの。これで私の心配事も解決したわけね」
「はいはい、もうそういうことにしておいて」
「じゃあ3時に門のところに一緒に行ってあげるわね」
「えっ、来るの?」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。恭子の男の見る眼を鑑定してあげるね」

授業が終わったのは2時40分だった。
綾子は同じ科目でもないのに午後からずっと雅和の隣の席に座って授業を受けていた。
彼氏と示し合わせて私を出し抜こうとしても無駄だからねというのが綾子の言い分だった。
授業が終わってすぐに門のところに行くとすでに恭子が来ていた。
雅和は小さく手を振った。
恭子はすぐに気がつき、駆け寄ってきた。
「よかった、来てくれて。すっぽかされるかと思ってた。…えっと、そっちの彼女は?」
恭子は綾子の方を向いた。
「えぇっと、彼女、わたしの友達の近藤綾子さん」
「近藤です、よろしく」
綾子は雅和の腕を引っ張って小声で言った。
「ねえ、なかなか格好いい男の子じゃない?」
「そう?」
雅和は"元"自分が褒められたので思わず嬉しそうな顔をしてしまった。
「何、嬉しそうな顔してるのよ。やっぱり彼氏のこと褒められると嬉しいんだ」
「だからそんなんじゃないってば」
「何、こそこそ話してるの?とりあえず車に乗ってどこか行こうよ」
「車に持ってたの?」
「一応、国産車、しかも軽だけどね」
3人で車のところまで行った。
そこには赤いヴィッツが停まっていた。

「あのぅ〜、あたし、近くの駅まで送ってもらっていいですか?」
綾子が申し訳なさそうに言った。
「ああ、もちろん」
恭子の言葉に綾子はリアシートに滑り込んだ。
「そこじゃ降りにくいから私が後ろに座るわよ」
雅和は降りるときのことを考えての提案だった。
「だって助手席は彼女の席って決まってるじゃない」
「だからそんなんじゃないってば」
「本当にいいの?」
「だからいいって言ってるでしょ」
「じゃあ、あたしが山元さんにアプローチしてもいいの?」
「べ…別にいいわよ」
雅和はリアシートに、綾子は助手席に座った。
恭子はシートベルトを締めると、綾子のシートベルトを確認した。
その姿を見て雅和は軽いジェラシーを感じた。
(どうしてこんな気持ちになるんだろう?)
車が動き出すと駅に着くまでの時間、綾子の一人舞台だった。
「山元さんの大学はどこですか?」
「どんな勉強をされてるんですか?」
というレベルの質問から
「つき合ってる女性はいるんですか?」
「どんな女性がタイプですか?」
「あたしじゃダメですか?」
と綾子が本当に聞きたいことまで恭子の返事も待たずに捲くし立てていた。
綾子を駅で降ろした。
「ありがとうございました」
「それじゃ」
「また連絡してもいいですか?」
「うん、別にいいけど」
「ホントにしちゃいますよ?恭子、ホントにいいの?」
「別にいいんじゃない」
「じゃ、あたしから連絡します♪」
駅に向かっていく綾子を見ながら、雅和が助手席に移動した。
「彼女、すごいね」
「わたしも彼女にあんな面があるなんて知らなかったわ。本当に綾子がアタックしてきたらどうするの?」
「まさか?ああいう子はその場の空気であんなことを言ってるだけでホントに行動に起こすことはないんじゃないの?」
「どっちにしてもあたしには関係ないことだけど」
「あっ、その言い方、冷たいな。あたしの気持ち、全然分かってくれてないんだ」
「だって、この前も言ったように男の人とおつき合いするって全然想像できないだもん」
「そっか、なかなか壁は厚いんだ。でも頑張って、その壁を越えるしかないんだよね」
「ごめんなさい」
「いいって。そういうことにチャレンジするのが男の子だもんね」
車はファミレスの駐車場に入った。
「ちょっと疲れたからここで休んでもいい?ファミレスだけどいいよね?」
「別にいいわよ。私も喉が渇いたし」
結局二人はファミレスで5時間近く、これまでのお互いの話をして、その日は別れた。

その日の夜、恭子は見たことのないアドレスからのメールを受け取った。
開けてみるとどうやら綾子のようだった。

山本さんへ
近藤綾子です。私のこと、覚えてくれてました?覚えてもらってたら嬉しいな。明日なんですけど会えませんか?恭子には内緒で。

PS
山本さんのアドレス、恭子に教えてもらいました。最初は教えてくれなかったけど、私の粘り勝ちで山本さんのアドレスをゲットしちゃいました。


(山元っていう字、間違えてる)
そんなことを思いながらも恭子は了解のメールを返した。

次の日に恭子は綾子と会った。
挨拶もそこそこに綾子からホテルに行こうと言い出した。
最初は拒んでいた恭子だったが恭子には内緒にしておくからという綾子の言葉についふらふらとホテルに行ってしまった。
部屋に入ると綾子から唇を重ねてきた。
小柄な綾子は精一杯背伸びして恭子の唇を求めた。
恭子もそれに応えた。
「ねえ、男の人って汗の匂いが残ってる方がいいっていうけど、シャワー浴びない方がいい?」
恭子は黙って頷き、綾子の服を脱がせた。
「山元さんって女の子の扱いうまいんですね。あっという間に裸にされちゃった」
恭子はキスしながら綾子の乳房を優しく揉んだ。
「やっぱり山元さんって上手…。すごく気持ちいい…」
恭子はすごく時間をかけてゆっくりと優しく乳房を揉んだ。
綾子の顔が上気しているようにピンク色になっていた。
股間に手をやると準備は十分のようだった。
お漏らししたようにシーツまでグッショリと濡れていた。
「胸だけでこんなに感じたの、初めて……。早く来て…」
「ちょっと待って」
恭子は枕元に置いてあったコンドームをつけた。
「そんなのつけなくても今日は安全日だから」
「念のためだから」
そう言いながら綾子の股間にペニスを突きたてた。
「ん…ぁ〜ん…。山元くんのペニスって気持ちいい」
綾子は恭子のペニスを効果的に締め付けてきた。
「動くよ」
雅和は正常位の体勢で動き出した。
リズミカルな『クチュクチュクチュ』という音が部屋に響いた。
それに呼応するように『ン…ン…ン…』という綾子は声を出していた。
やがてコンドームの中に大量の精子をぶちまけて恭子は果てた。
恭子にとって2人目の女性になった。
「ねえ、雅和くん」
(こういう関係になると急に馴れ馴れしくなるタイプなんだ)
「あなたって前戯うまいわね」
「そうか」
「すごく丁寧で女性の感じ方を分かってるみたい」
「それは褒められてるのかな?」
「うん、まあね。ところで、雅和くんって恭子のこと、どう思ってるの?」
「好きだよ」
「恭子のこと好きなのにあたしのこと抱いたの?」
「君も十分魅力的だからね」
「あなたって気が多いみたいね?」
「うん、悪い?」
「まっ、いいわ。あたしだって人のこと言えるタイプじゃないし。雅和くんとはセックスの相性がいいみたいだし、これからも時々こうして会わない?」
「君さえ良ければ」
「それじゃ契約成立ね。これからもよろしく」
「こちらこそ」
恭子と綾子の秘密の関係が成り立った。

その日、雅和は恭子が綾子と歩いているのを目撃していた。
綾子は親しげに恭子の腕に自分の腕を絡ませている。
恭子は見てはいけないものを見てしまったような気になり、逃げるようにその場を去った。
家に着き、自分の部屋でひとりになると無性に悲しくなった。
(どうしちゃったんだろう?)
恭子と綾子の楽しそうな姿が脳裏にこびりついて離れない。

「綾子、昨日山元くんと会ってた?」
次の日、綾子と会った雅和は思い切って聞いた。
「何だ、もうばれちゃったんだ。悪いことはできないものね。そうよ、あたし、雅和くんとデートしたわよ」
「雅和くん?」
「だって恭子は彼と何でもないって言ってたからあたしが彼に告ったのよ」
「えっ!?」
「雅和くんは恭子のことを好きだって言ってたけど、あたしがホテルに誘ったら、結局つき合ってくれることになったんだ」
「嘘っ!」
「嘘じゃないって。だってちゃんと雅和くん、あたしのこと抱いてくれたもん」
雅和は頭の中が真っ白になった。

雅和は自宅で呆然としていた。
何かを考えられる状態ではなかった。
すると目の前に置いてあった携帯が鳴った。
恭子からだった。
「もしもし…」
『あっ、もしもし。……よかった、電話に出てくれて』
「何か用?」
『さっき近藤さんから電話があったんだ、昨日のこと恭ちゃんに言ったって』
「で早速恋人自慢の電話をしてきたの?」
『怒ってるの?』
「元々わたしたち別につき合ってたわけじゃないんだから、あなたが誰と寝たってわたしには関係ないわ」
『そんな言い方しないでよ。恭ちゃんもちょっと前まで男の子だったから分かるでしょ?』
「分かるけど分かんないわよ」
『あたしだって反省してるんだから。もう彼女には会わないわ、さっきの電話でそう言ったから』
「一緒に寝たのに、すぐに別れるの?」
『だから、それは…』
「どっちにしてもわたしには関係のないことだから。もう電話しないで」
雅和は電話を切った。

それから何日か恭子はストーカーのように雅和につきまとった。
雅和はそれを完全に無視した。
そんな状態で3日ほどが過ぎた。
4日目の大学の帰り、雅和は無理矢理車に引きずり込まれた。
「恭ちゃんも本当にしつこいわね」
恭子の言葉に対しても雅和は車の中でもだんまりを決めた。
恭子は雅和の態度を察したのか同じように黙って車を走らせた。

やがて車は海が遠くに見えるところで停まった。
二人とも口を開かなかった。
何分も何十分もそんな状態が続いた。
雅和は居たたまれなくなって口を開いた。
「言いたいことがあるんならさっさと言ってよ」
「…あたしたちが入れ替わってから4年が経つよね」
恭子はようやく言葉を発した。
雅和は言葉の続きを待った。
「その後、あたしは山元雅和としてそれなりに楽しい時を過ごすことができた」
「それはわたしだって」
「あたしは女の子だったけど、男の子としての経験を積んだ。これまで重かった物を軽々と持つことができるようになったり、それまで以上に飛んだり走ったりすることができたりできるのは嬉しかった」
「……」
「一人エッチも覚えたし、女の子とキスもしたし、女の子と寝たりもした。でも入れ替わってからずっとあたしの心にいるのは元のあたしの身体の恭ちゃんだけだった」
「……」
「男の人って平気で浮気ができるってあたし自身の体験で痛感したの。気持ちの中では中学のときの恭ちゃんの姿があるのに、ちょっと自分のことに好意を持ってくれる女の子がいるとそっちになびいたりして。自分で自分の制御ができないんだけど、やっぱり好意を持ってくれる女の子のことは無視できないでいた」
「そんなの自分勝手よ」
「そう……だと思う。近藤さんって小さくって元気で昔のあたしに似てるような感じがするの。だから誘われるままついて行ってしまったんだと思う。あたしはあたしで変わんないつもりなんだけど、そんなずるさは男が身についたと言えるのかもしれない」
「わたしのこんな感情的に怒っている状態もある意味、女、だよね…」
「そうね、あたしたち、入れ替わって、ある意味、良かったのかもしれない。自分らしさを自由に発揮できるようになったって思えるの。だから自分勝手だけど言うね」
恭子は一息置いた。
「恭ちゃん、あたしともう一度真面目につき合ってください、前一緒に歩いているところを見られた女の子とも、近藤さんとも別れたから」
「……そんな言い方、ずるいわよ」
「だって恭ちゃんなかなかあたしの気持ちをちゃんと聞いてくれないから…。恭ちゃんはあたしのことどう思ってるの?」
「…好きよ」
「本当に?」
「でも……」
「でも?」
「何かうまく乗せられたみたいで悔しいな」
雅和は静かに笑った。
恭子の顔が雅和の視界を覆ってきた。
雅和は目を閉じた。
恭子はそのまま唇を重ねた。
(キスしちゃった)
雅和は瞬間そう思ったが、嫌悪感はなかった。
それどころか言いようのない安心感に包まれていた。
数秒間その状態が続いた。
やがて恭子が離れた。
「今のがわたしのファーストキスだったのに」
「のに?」
「ファーストキスだったのに相手が元の自分だなんて」
「いや?」
「……そうでもない」
「じゃっ、いいじゃない」
二人はもう一度唇を重ねた。
恭子の舌が雅和の口に入ってきた。
雅和は必死になってその舌に自分の舌を絡ませようとした。
長い長いキスだった。

その日から雅和は恭子のことを彼氏として意識するようになった。
二人は周りから見ても仲の良い恋人同士のように映った。
綾子は雅和を避けるようになり、大学で顔を合わせても口をきかなくなった。

何の進展もなく3年の月日が経った。
二人の関係がキス以上の関係には進まなかったのは、そういう雰囲気になっても雅和が強く拒絶するためだった。
雅和には次のステップに進む思い切りがなかなかつかないようだった。

大学4年のクリスマスイブ、恭子は雅和と都内のホテルのレストランで食事をしていた。
恭子はスーツで、雅和は清楚なワンピースで着飾っていた。

食事が終わり、デザートを食べているときに恭子はテーブルに何かのカードを置いた。
そのカードには『903』と書かれていた。
ホテルの鍵だということは雅和にも分かった。
「部屋を取ってあるんだ。今日はいいでしょ?」
雅和は小さく頷いた。

部屋に入ると恭子は雅和を抱きしめキスをした。
恭子はワンピースの上から乳房をまさぐろうとした。
「ダメ。シャワーに行かせて」
雅和は逃げるように浴室に入った。
長い髪を頭の上でまとめ全身の汗を洗い流すようにシャワーを浴びた。
雅和がシャワーから出ると
「マアくんもシャワーを浴びてきて」
恭子はシャワーを浴び、バスタオルを腰に巻いて出てきた。
雅和ベッドに入っては反対側を向いていた。
「恭ちゃん、全身を見せて」
「恥ずかしい…」
「元の自分の身体がどれくらい綺麗になっているかを見たいの」
「そんなこと言って。単にわたしの裸が見たいだけでしょ」
「ばれた?でも少しは本当よ、お願い」
雅和はベッドから恭子のいる反対側に出てゆっくり立ち上がった。
それでも羞恥心はなくならず右腕で胸を左手で股間を隠していた。
二人はベッドを挟んで対峙する形になった。
「手を下ろしてもらえる?」
「ええ、でも……」
「お願い!」
雅和は仕方なく両手を身体の横にした。
「綺麗。あたしの身体を大切にしてくれて本当にありがとう」
「別にお礼を言われるもんじゃないと思うけど」
「恭ちゃんのプロポーション教えてくれない?」
「バストが84のC、 ウエストは56、ヒップは87だけど」
「ふ〜ん、やっぱり立派な数字だね。胸の形も綺麗し」
そんなことを言われながら雅和の視線は一ヶ所で固定されていた。
「それってそんなに大きかった?」
「身長は確かに入れ替わったときより15センチくらい伸びたけど、ここはそれほど大きくなってないと思う」
「でもそんなのをあたしの中に入れるの?そんなの無理よ。壊れちゃう」
子供が駄々をこねるように雅和は言った。
「そんな駄々っ子みたいなこと言ってないで」
恭子は雅和の腕を引っ張った。
「ゃんっ」
雅和は甘えた声を出してベッドに倒れた。
恭子は雅和の上から覆いかぶさるようにまたがった。
「乱暴にしないでね」
「うん、元の自分なんだから優しくするよ」

恭子は優しくキスをして、すぐに乳房に舌を這わせた。
しかし恭子にとってはかつての自分とのセックスということで、異常に興奮していた。
これまでの女性経験なんて何の意味もない。
精神的には童貞と同じだった。
雅和同じような状況だった。
恭子の手前、少しは感じているように演じていたが、緊張からかあまり感じることはなかった。

恭子は乳房を舐めながら、雅和の股間の溝に指を這わせた。
大事な部分に触られたことで、雅和は少し痛みを感じた。
それでも恭子のことを考え、シーツを握りしめて痛みを我慢していた。
恭子は股間に這わせている指に湿り気を感じ始めていた。
そして、雅和の様子を見て、雅和は十分準備できていると思った。
恭子は雅和の膣口にペニスを当てて挿入しようとした。
「やっぱりダメ!」
「何言ってるのよ、ここまできて」
「だって私の指でも感じるのに、そんな太いものが入るわけないわ」
「ふ〜ん、やっぱりオナニーしてるんだ」
「そりゃわたしだって……」
「何を考えてオナニーしてたの?」
「…」
「もしかしてあたしに抱かれてることとか」
雅和は小さく頷いた。
「なのに今まであたしを拒み続けてたんだ」
「だって恐かったんだもん」
「でも今日は覚悟決めてきたんだ。ありがとう」
恭子は膣口にあてたペニスをゆっくり押し込んだ。
「痛い!」
実際ものすごい痛みがあった。
「恭子、もっと力を抜いて」
雅和が少し力を抜いた隙に恭子は一気に突き立てた。
「痛い!」
恭子が動くたびに雅和は痛がった。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…」
恭子は雅和の"痛い"の連呼のせいで集中できず、なかなかいけなかった。
結局恭子もフィニッシュを迎えることができずに初めての経験が終わった。
シーツには雅和の破瓜の血が染み付いていた。
「痛みばっかりで全然感じることができなかった。今でも股間に何かが挟まっているような違和感があるし」
「初めてだから仕方ないんじゃないかな」
「そんな他人事だと思って。本当だったらあなたが経験する痛みだったんでしょ?」
「じゃあ、また元に戻りたい?」
「……ううん、あたしはやっぱり女の子のままでいたい」
「でしょ?だったらやっぱり仕方ないじゃん」
「もう…意地悪なんだから」
雅和は拗ねたように頬を膨らませて言った。
「でもさ」
「何?」
「絶対に恭子のことを幸せにするから」
「ホントに?」
「絶対。約束する」
「嬉しい!」
雅和は恭子の胸に飛び込んで、唇を求めた。
キスをしているときが一番幸せを感じる。
まだまだセックスは早いのかも。
雅和は舌をからませながらそんなことを考えていた。

やがて恭子は雅和のキスに応じながら、右手で雅和の乳首を軽く摘まむように刺激を与えていた。
雅和は声をあげたかったが、恭子の唇で口を押さえられているため、声をあげられなかった。
それどころか息も満足にできずに少し苦しくなってきた。
雅和は身体をよじって恭子から逃れようとした。
しかし、恭子が許してくれなかった。
唇を合わせたまま、なかなか逃れることができなかった。
乳首に与えられる快感で気が遠くなるような思いだった。

何度も何度も逃げようとようやく唇を離すことができた。
ようやく息をすることができた。
「はぁはぁはぁ……」
「気持ちいい?」
「あぁぁ……。す…ごい……。気持ち……良すぎ…る……」
「次どうされたい?」
「胸が気持ちいい」
「それじゃあ…」
恭子は右手で乳首に刺激を与えながら、首筋、鎖骨を舐めた。
そして、乳房に舌を這わせた。
雅和は快感を感じれば感じるほど、もう一度入れて欲しくなった。
実際恭子の股間はおしっこをしたようにグショグショに濡れていた。
「ぁん…ねぇ…もう一度…入れてほしい…」
「えっ、何?」
「私の中にもう一度入れて…」
「いいの?痛くない?」
「痛いかもしれないけど、入れて…お願い……」
恭子は硬くなったペニスを手で持ち、雅和の股間に当てた。
「行くよ」
恭子はゆっくりと挿入した。
しっかり濡れていたため最初のときと違ってスムーズに挿入できた。
「どう、大丈夫?」
「ちょっと痛いけど大丈夫」
「じゃあ動くね、いい?」
恭子が腰を動かしだした。
最初はやはり痛みしか感じなかった。
それでも、少しずつ痛みの中に不思議な感覚を感じるようになった。
「…ぁ…ぁ……何か…変……。…ぁん…いや……」
雅和はこの不思議な感覚で自分がどこか遠くへ行ってしまいそうに感じていた。
だから、恭子のもとから離れてしまわないように恭子の背中にしっかりと手を回した。
「……はぁ…はぁ……ぁぁあ……ぃい…ぃい……いきそう……」
恭子の動きが激しくなった。
「出…出そう……」
恭子は唸った。
「ぁああ……来て……」
雅和の頭は真っ白になっていた。
自分が何を言っているのかも分からない。
恭子の動きが止まった。
そして自分の中に熱い精液を感じた。
恭子は最後の一滴まで搾り出すかのようにペニスを締めつけられるのを感じていた。
もちろん雅和が意識的に行っているのだろう。
雅和の女の部分がそれを行っているだけなのだ。

恭子は身体を離さず、雅和に話しかけた。
「大丈夫だった?」
雅和はまだ快感の荒波の中にいた。
まだまだ正常な会話ができる状態ではなかった。
「…よかった…。すごく…感じた…わ」
それだけ言うとまた快感の中に身を委ねた。
「何か羨ましいな。本当だったらあたしがその感覚を感じるはずだったのに…」
恭子は未だに気持ち良さそうな雅和を見ながら呟いた。
雅和は何も言わずににっこりと笑った。

大学卒業と同時に二人は結婚することになった。
すでに雅和のお腹には二人の愛の結晶が結実していたのだ。
これは初めての体験のときの子供だった。
初めて結ばれた時点で二人ともいつかは結婚したいと思っていた。
この妊娠が分かった時点ですぐにでも結婚しようと話した。
だから大学卒業後すぐということになったのだ。

二人の両親はもう少し時間をおいてほしいようだった。
それでも、高校進学時に土壇場で結託して受験校を変更した二人だったという実績があったせいだろう。
どちらの両親もそれほど表立って反対することもなかった。


今、雅和はウエディングドレスに身を包まれている。
憧れのウエディングドレスだ。
恭子と再会したころから何となく意識していたのだ。
男として生まれたが、女性になって、このドレスを着られることが何とも言えず誇らしい。

隣には夫となる恭子が披露宴に出席してもらった親戚や友人に挨拶をしている。
「…ご存知の通り僕たち二人は中学の同級生でした。中学のときはほとんど口を聞いたことはありませんでした。でも運命的な出来事により僕たちはつき合うようになりました。僕と恭子が今こうして結婚できたことを嬉しく思っています。これからは楽しいことばかりだけではなく、いろいろなことが起こるかもしれません。でも隣にいる恭子と……それからすでに恭子のお腹にいる子供とともに頑張って前に進んでいきたいと思います。皆さまにもいろいろと教えていただくことがあるかと思いますので、今後ともよろしくお願いします」
披露宴に出席している人たちから暖かい拍手が湧き上がった。
それ以上に暖かい笑顔を雅和は隣にいる恭子に感じていた。
今の両親も元の両親も暖かい顔で自分たちを見てくれている。

雅和は恭子になれたことに心底感謝していた。
それとともに、女としての喜びを身体いっぱいに感じていた。
「私を幸せにしてね」
雅和は恭子の方を向き、にっこりと笑った。
恭子はにっこりと笑って、キスをしてくれた。

『ぅおおぉぉ〜〜〜』

会場からどよめきが起こり、続いて大きな拍手が起こった。
二人は照れたような顔をした。
そこにいる全ての人は温かい視線を二人に送っていた。
その視線の中心にいる二人は、誰よりも幸せな表情を浮かべていた。


《完》

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