あなたとなら



「なあ、ちょっと頼みがあるんだけど」
急に友達の雅くんこと田村雅信くんが僕に話しかけてきた。
「何?急にあらたまって」
僕は少し警戒しながら聞いた。
というのも雅くんの頼み事は大抵ろくなものじゃないからだ。
「俺の彼女になってくれないか?」
「へっ?」
やっぱり訳の分からないことを言い出した。
全く理解できない。
「何、それ?」
「実はさ…」
雅くんが言うにはこういうことだった。

2日前に雅くんが学校から帰ってきたときだった。
同じタイミングで隣の家の石川亜希子さんが帰ってきたそうだ。
「あっ、まあちゃん、久しぶりじゃない。相変わらず真面目に同じような時間に帰ってきてるみたいね」
「何だよ、それ?どういう意味だ?」
「だって彼女くらいいたらこんなに早く帰ってこれるわけがないじゃない?」
「ばっきゃろう。俺は今受験前で大変なんだ。お前みたいに推薦でのうのうとしてるお嬢さんとわけが違うんだ」
「もう、すぐに憎まれ口を叩くんだから。そんなんだから彼女ができないんだよ」
「うるさい。お前と違って俺にはお淑やかな彼女がいるんだ」
「うっそだぁ〜。あたしの前だからってそんな見栄張らなくていいわよ」
「見栄なんか張ってるか。いるもんはいるんだ」
「ふ〜ん、そこまで言うんだ。だったら1回会わせてよ」
「どうしてお前に会わせる必要があるんだよ」
「やっぱり嘘なんだ。いいわよ、別に会わせてもらわなくても」
「そんなに言うんなら会わせてやる。今度の土曜に俺の家に来いよ。彼女を連れてくるから」
「言ったわね。もし嘘だったら豪華ディナーでも奢ってもらうからね」
「分かったよ」

「…というわけなんだ」
「それが僕にどう関係するの?」
「俺にそんな彼女がいるわけないじゃん。そんなことを頼める女の知り合いなんているわけもないし」
「それで僕が雅くんの彼女になるってことになるの?」
「そう。分かってくれたか」
「分かってない!」
「どうして?今分かってくれたじゃん」
「今のどこが分かったってことになるの?理解できないよ」
「そんなこと言っていいのかな?お前、亜希子のことが好きだろ?」
「ど…どうして…それを?」
そう、僕、北野翔吾は石川亜希子さんのことが好きだった。
雅くんの家に遊びに行くときにしか顔を見れないんだけど、しかも、数回に一回にしか、だけど、最初に見たときから僕は彼女のことを好きになってしまった。
それほど高くない身長(というか小柄だ)、ちょっとポチャッとした身体、回りまで明るくさせる明るい笑い声、抜群に美人じゃないけどとても可愛い顔、全てに僕は心を奪われたんだ。
でもそれを雅くんに言ったことはないのに…。
「お前の態度を見てりゃすぐに分かるよ。だって俺の部屋に遊びに来てるときでも亜希子の声がちょっとでも聞こえてくるとすぐに顔が赤くなってるんだから」
「そうなの?」
「どうせお前のことだから好きな女に自分の気持ちも告白できないだろう。というか話すことだって無理なんじゃないの?」
「そりゃまあ…」
僕はチビで色白で運動もあんまりできなくって男としての自信なんてものは全くない。
声変わりもまだのような声だから電話でも女の子と間違われてしまうこと。
だからこれまで好きになった女の子はいても告白なんてしたことはない。
好きになってしまうと恥ずかしくて話すことすらできなくなってしまう。
「だから俺の彼女ってことで知り合えば、女同士で気楽に話せるだろうし、そうすれば彼女の趣味とかも分かるじゃん。だったらアプローチもしやすくなるんじゃないのか?」
「そ…そうかな…」
「うん、絶対そうだ」
何か違うような気がするけど…。
「でも僕、女の子の格好なんてしたことがないよ」
「そこは大丈夫。うちのお袋に頼んであるから」
雅くんの家は美容院をしているのだ。
女手ひとつで雅くんを育てたらしい。
でも、雅くんのお母さんにはそんな苦労なんて微塵も見えない。
本当にいっつも楽しそうだ。
あのお母さんだったら確かに喜んで女装くらいしてくれるのかもしれない。
だって僕の顔を見たら「翔吾くんって絶対お化粧すれば綺麗になるわよ。肌は白いし、キメは細かいし。お化粧したくなったらおばさんに言ってね」なんて本気とも冗談ともつかないことを言ってるくらいだから。
きっと雅くんの頼みにも「絶対にお母さんが翔吾くんを美人にしてあげるわよ」くらい言っているに決まってる。
そんなことを考えてると何だか頭痛してきた。
僕の気持ちなんか関係なしに話が進みそうな気がする。
というかもう自分の気持ちはどうでもいいような気になってるし。
「どうしても僕じゃなきゃダメ?」
「こんなことを頼めるのは親友のお前だけなんだよ」
そこまで言われちゃうと…。
「仕方ないなあ。じゃあ、1回だけなら」
あ〜あ、やっぱり僕ってダメな男だ。
「そうか。さすが俺の親友だ。恩に着るよ。じゃ土曜日は朝8時に俺の家に来てくれるか?店を開ける前にお前を俺の彼女にしておかないといけないし」
「…分かったよ」
僕は女装することは嫌だと思いながらも、その一方で、亜希子さんに会える、もしかしたら友達になれる、そんなことを期待していた。


土曜の朝8時前、僕は雅くんの家のインターホンを鳴らした。
「はーい」
出てきたのは雅くん、ではなく雅くんのお母さんだった。
「あら、翔吾くん。雅信はまだ寝てるのよ。でも、準備はできてるから入って」
雅くんのお母さんは何か楽しそうだ。
少し嫌な予感がする。
僕は家の中を通って店の方に通された。
「今日はごめんね。うちのわがまま息子のために変なことをお願いしちゃって。でもね、おばさんはすっごく楽しみにしてたのよ。だって、前から翔吾くんを可愛い女の子にしてみたかったんだもん」
雅くんのお母さんはいつも通り楽しそうだった。
「翔吾くんの無駄毛は濃いの?」
「全然濃くないです。ほとんどないくらいです」
「そうなの?ちょっと見せて」
僕はズボンを捲くりあげた。
「うーん、確かに男の子としては薄いけど、女の子としてはね…」
雅くんのお母さんは何か考えてるようだった。
「これで脚の毛を剃ってくれる?」
「えっ、そこまでしなくても」
「何言ってるの。やるからには徹底的にしなくちゃ。もちろん腋の下もね」
「…分かりました」
半ば予想していた僕は腹を決めた。
僕はズボンを脱ぎ、渡されたボディシェーバーで脛毛の処理をした。
処理をした後は女の子のような綺麗な脚になった。
そして上半身裸になり、腋毛の処理もした。
「はい、それじゃこれを着て」
「えっ、これを穿くんですか?」
僕の目の前に出てきたのは白い女の子のショーツだった。
前にピンクの小さなリボンがついている。
横の幅は1センチくらいしかない。
「そりゃそうよ。そんな男のパンツなんか穿いてスカートは穿けないでしょ?だってスカートを覗いたら男のパンツなんて翔吾くんも嫌でしょ?」
確かにそりゃそうなんだけど…。
僕は何か理不尽に感じつつも自分を抑えていた。
僕っていつもこうだ。
自分の気持ちに正直になれるなんて一生ないのかもしれない。
僕は雅くんのお母さんに隠れるようにしてパンツを脱いでショーツを穿いた。
自分が女の子の下着を身に着けてるということで僕のおチンチンは大きくなってしまった。
「あらっ、やっぱり若いわね」
雅くんのお母さんは嬉しそうに見てる。
僕は恥ずかしくって下を見るしかなかった。
「用意しておいて良かったわ。それじゃショーツの上からこれも穿いて」
渡されたのはひらひらのフリルのついたピンク色の大きなパンツだった。
「それ、ガードルっていうのよ。これだったら翔吾くんのモノも押さえつけてくれるから」
意味ありげにウインクをしてニッコリと笑った。
僕は渡されたガードルに脚を通した。
とってもきつくって上げるのに苦労したけど、僕のおチンチンをしっかりと押さえつけてくれた。

「それで大丈夫ね。ブラジャーはショーツとお揃いの白を用意していたんだけど、ガードルの色と合わせるわね」
雅くんのお母さんは店の隅に置いてあったダンボールの中を物色した。
そしてピンクのブラジャーを見つけ出した。
「はい、これね」
僕はブラジャーのストラップに両腕を通して背中のフォックを留めようとした。
でもなかなかうまく留まらない。
「ブラはこうして留めるのよ。お腹の辺りでフォックを留めて、クルッと回してから、ストラップをかける。ねっ、簡単でしょ?」
確かに簡単に留めることができた。

「外すときは逆の順にやれば簡単よ。男の人は背中で外してる様子の方がお好きのようだけどね」
雅くんのお母さんは本当に楽しそうだ。
「はい、そしたらブラジャーの中にこれを詰めてね」
渡されたのはパンストだった。
「それを丸めて入れておけばそれなりの大きさになるから。それとももっと大きい方がいい?」
「いえ、これで十分です」
僕は慌ててパンストをそれぞれのカップの中に入れた。
「はい、次はこれね」
渡されたのはピンクのキャミソールだった。
肌触りがとても良かった。
女の子の下着っていい感じだなと考えてる自分に気がついて少し恐かった。
でも、やっぱりこれはちょっと癖になりそうな気がする。
次に渡されたのは明るいグレーのフレアスカートだった。
「本当はもっと短いスカートにしたかったんだけど、いきなりはちょっと恥ずかしいかなって思ってそれくらいにしてあげたのよ」
穿いてみると膝は完全に出て、腿の半分くらいが出てしまうような長さだった。
「もっと長いものにしてもらえませんか?」
僕は少し前屈みになって、スカートの裾を下にひっぱるようにした。
「何言ってるの。今時の女子高生にしたらそれでも長いくらいよ」
僕は渋々それで我慢することにした。
そして襟元がゆったりした白いセーターを渡された。
それを着て、白いハイソックスを履くと少し落ち着いた気分になった。
ふと目の前の鏡を見ると、そこには女の子の服を着た僕が映っていた。
正直あまり見られたものじゃなかった。
(こんな話、引き受けるんじゃなかったかな)
僕は後悔していた。

「はい、それじゃここに座ってくれる?」
雅くんのお母さんはそんな僕の気持ちも気づかないように明るく言った。
「それじゃこれからお化粧をするからね。すっごい美人にしてあげるわよ」
雅くんのお母さんは相変わらず楽しそうだ。
「女子高生なんだからナチュラルメークでいかないとね」
そんなことを言いながら、僕の顔にいろんな物を塗りたくった。
こんなに塗りたくられて何がナチュラルなんだろう。
そんなことを思いながら僕はされるがままにされていた。
僕は化粧品のいい香りのせいか化粧されていることの嫌悪感は全くなかった。
最後に口紅が塗られた。
口紅だけは唇に変な油を塗られたみたいで、あまり気持ちのいいものではなかった。
「ウィッグはお嬢様風に毛先がユルユルとウエーブしてるものを選んでおいたからね」
雅くんのお母さんが僕の頭にウィッグをつけた。
僕の方にウエーブのかかった髪がかかった。
軽くブラシをかけて僕の座っている椅子を鏡のほうに向けた。
「はい、出来上がり。どう、気に入ってもらえるかしら?」
目の前の鏡に映った顔が自分だとはすぐに認識できなかった。
僕がキョロキョロしたら、鏡の子もキョロキョロしている。
そのことで何とか鏡の子が自分だと思うことができたほどだ。
「これが…僕?」
鏡には可愛い女の子が映っていた。
これまで出会った誰より可愛い女の子が。


「お袋、翔吾は?」
雅くんが僕を探しに美容室に来た。
「あっ、いらっしゃい」
雅くんは鏡を見ている僕の姿を見てそう言った。
どうやらお客さんと間違っているみたいだ。
雅くんのお母さんはニヤニヤして僕のことを見ている。
「あっ…あのぅ……」
僕は椅子を降り、ゆっくりと雅くんの方に振り向いた。
「雅くん、僕、翔吾だけど…」
「えっ…」
雅くんはお化けでも見ているように惚けた顔をした。
10秒近くは固まっていただろう。
「翔吾なのか?本当に?騙してるんじゃないだろうな」
「…うん……」
後ろから雅くんのお母さんが口を挟んだ。
「翔吾くんじゃないわよ。翔子ちゃんよ。こんなに綺麗な女の子に翔吾なんて呼ばないでくれる?ねぇ」
雅くんのお母さんは本当に楽しそうに僕の顔を見た。
「…ん…ああ、そうか。翔子なのか」
「雅信には勿体ないガールフレンドよね?」
僕はどう言っていいのか分からず、ただただ恥ずかしくって佇んでいるだけだった。
「それじゃ翔子ちゃんを我が家の居間に連れて行ってあげてね。翔子ちゃんくらい可愛かったらあっちゃんにいっぱい自慢できるでしょ?」
そう言って雅くんのお母さんは僕の背中を軽く押した。
「おっ、おぅ…。じゃ、こっち」
雅くんは居間に向かった。
僕は雅くんの後ろに続いた。
何となく雅くんは僕に対して話しにくそうだった。
さっきからずっと前を向いたままで全然僕のほうを見てくれない。
「ねえ、雅くん」
「何だ?」
「怒ってるの?」
「どうして?」
「だってさっきから全然僕のこと見てくれないもん」
「……」
何も返事は返ってこなかった。
「その辺に座って」
雅くんは僕にそう言うとどこかに言った。
僕は仕方なくソファのひとつに座ることにした。
座るときにスカートの後ろに手を回してスカートが皺にならないように伸ばすようにした。
もちろん膝をつけて、股を開かないように注意して。
目の前に大きなテレビがあった。
スイッチのついていない画面に僕の女の子姿が映っている。
僕はそのテレビを映っている姿を見て姿勢を正した。
「はい、コーヒーでいいかな?」
「あっ、ありがとう」
雅くんは自分のコーヒーも置いて僕の前に座った。
微妙な沈黙が流れた。
「変?なの?」
「何が?」
「僕の格好」
「いや、全然」
「全然、何?」
「全然おかしくない」
「そう、よかった」
僕は安心した。
「…だ」
雅くんが何か言ったようだが、聞き取れなかった。
「何て言ったの?」
「綺麗だって言ったんだ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「ありがと」
「だから」
「だから?」
「何となく緊張しちゃって」
「僕が綺麗だから?」
「そう」
僕のことを綺麗だと思ってるせいで緊張して話せないなんて。
そんなことを言う雅くんのことを何となく可愛いと感じた。
女の子が男のことを可愛いと感じるのはきっとこんなときなんだろうな。
僕はそんな雅くんの姿を見て少し気持ちに余裕が出てきた。
「ねえ、雅くん。今日は僕たち、恋人なんでしょ?こんな状態だったら亜希子さんに疑われちゃうよ」
「分かってる」
「今から僕は翔子になるね。だから自分のことをわたしって言うけど笑わないでね」
「ああ」
「ねえ、亜希子さんって何時ごろに来るの?」
「さあ、あいつは気まぐれだから」
「亜希子さんが来たらわたしはどうしてればいいの?」
「翔吾は」
「翔吾じゃなくて翔子でしょ?」
「そっか、翔子だったな。翔子は何もしなくていいよ」
雅くんは翔子というときに少しはにかんだような表情を見せた。
それが何となく嬉しかった。


「おーい、まあちゃん、あたしが来てやったぞぉー」
玄関のほうから女の子の声がした。
「亜希子の奴、こんなに早く来やがった」
雅くんは玄関に向かって大きな声で叫んだ。
「玄関開いてるぞ。居間にいるから」
玄関が開き、足音が僕たちのいる居間に近づいてきた。
「やっほぉ〜、まあちゃん」
亜希子さんは居間にいる僕の顔を見ると急に態度が変わった。
「あっ、こんにちは」
亜希子さんはそう言って、びっくりしたように僕を見てる。
「こんにちは」
"こんにちは"というにはまだ朝が早いような気がしたが、僕も亜希子さんに合わせて"こんにちは"と言った。
「まあちゃん、こちらが彼女なの?」
「うん、翔子っていうんだ」
「うっそぉ〜、どうしてこんなに可愛い子がまあちゃんなんかとつき合うの?」
「何だよ、それ」
「嘘でしょ?無理やりお願いしたんでしょ?彼女の振りをしてくれって」
「そんなことないよ」
「だってつき合ってるのにそんなに離れて向かい合わせに座ってるのなんかおかしいじゃん」
「別にいいだろ、そんなこと」
「並んで座りなよ」
雅くんがぶつぶつ言いながら僕の隣に座った。
亜希子さんはさっきまで雅くんが座っていたところに腰をかけた。
「本当に二人はつき合ってるの?」
「ああ」
「本当に本当?」
「ああ、しつこいな」
「じゃ、手つなげる?」
亜希子さんは悪戯っ子のように笑っている。
「それくらいできるよ」
雅くんは僕のほうに向き直って手を差し出した。
「いい?」
「うん」
雅くんは右手で僕の左手を握った。
「ほら、これでいいんだろ?」
亜希子さんはそれでも疑っているように見えた。
「手をつなぐくらいよっぽど嫌いじゃない限りできるよね?」
「何だよ、それ。お前がつなげって言ったからつないだんじゃないか」
「じゃあさ、キスはできる?」
亜希子さんはちょっとむきになっているように見えた。
そんな亜希子さんがとても可愛く思えた。
「どうしてお前の前でキスしなくちゃいけないんだよ」
「いいじゃん、つき合ってるんでしょ?」
「わたしはいいわよ」
雅くんと亜希子さんは「えっ?」と発し二人同時に僕の顔を見た。
僕はこうでも言わないと終わらないような気がして言っただけなんだけど、二人の反応を見てとんでもないことを言ってしまったことに気がついた。
「本当に?」
雅くんがマジな顔で聞いてきた。
そんな顔されると照れてしまう。
「うん」
僕も男だ(今は女の子だけど)。
一度言ったらもう後には引けない。
僕は目を閉じた。
雅くんの息づかいが近づいてくるのが分かった。
雅くんの鼓動が聞こえてくるようだ。
僕の心臓の音も雅くんや亜希子さんに聞こえてるんじゃないかと思える。
いよいよ雅くんの唇が僕の唇に触れようとしたその瞬間、「もういいよ、本当にしなくても。二人が恋人だってこと分かったから」と亜希子さんが僕たちのキスを止めてくれた。

「キスまでしようとしたんだから、本当にまあちゃんの彼女だって信じてあげる。でも、キスはあたしの見てないところでしてくれる?」
亜希子さんは立ち上がった。
「じゃ、あたしは家に戻るね。ねっ、翔子さん、帰るときあたしのうちに寄って。翔子さんとはまあちゃん抜きで女の子同士いろいろ話したいし。待ってるからね」
そう言うだけ言って、僕の返事も待たず亜希子さんは出て行ってしまった。
「どうしよう?亜希子さんの家に行かなくちゃいけないかな?」
「別に行かなくてもいいと思うぜ。どうせもうその格好で亜希子に会うこともないだろうし」
「でも…」
「亜希子と友達になれるチャンスと思って、行ってもいいんじゃないか?」
雅くんは僕の顔を見ながらニヤニヤしている。
「それもそうなんだけど…」
僕は行くべきか行かざるべきか悩んでいた。
僕はそのままの姿で普段通り学校のことなんかを雅くんと話して午前中を過ごした。
昼になると、僕は雅くんの家で昼食をご馳走になった。
「本当に翔子ちゃんって可愛いわね。雅信、いっそのこと本当に翔子ちゃんに彼女になってもらいなさいよ」
店のお客さんが一段落したということで雅くんのお母さんも一緒に食卓を囲んだ。

昼食が終わると、僕は亜希子さんの家に行くことにした。
実は亜希子さんに言われたときに内心では行こうと決めていたのだが、なかなか決心できないだけだったのだ。
そうでなかったら、さっさと女の子の服を脱いで家に帰ればいいだけなんだから。
「それじゃちょっと亜希子さんのところに行ってくるね」
「ああ、亜希子の奴に変なこと聞かれても余計なこと言うんじゃないぞ」
「うん、分かってる」
玄関には雅くんのお母さんの置手紙があった。
『翔子ちゃんへ
女の子なんだからバッグくらいは持っていってね。簡単な化粧道具とかを入れてあるから。それから玄関に出してあるショートブーツを履いて亜希子ちゃんのところに行ってね。くれぐれも翔吾くんの靴を履いていくのだけはダメよ。それじゃ女の子同士の時間を楽しんできてね』
僕は玄関に置いてある黒のブーツを履いて、表に出た。

思い切って雅くんの家を出たものの、亜希子さんの家の前でインターホンを押そうかどうかをまたもや迷っていた。
本当に僕って自分でも嫌になる。
すると玄関のドアが開いて亜希子さんが出てきた。
「来てくれたんだ。上がって上がって」
僕は亜希子さんに言われるまま亜希子さんの家に入った。
「お邪魔します」
「ママ、友達が来たからあたしの部屋にお茶とケーキ持ってきてね」
「分かったわ」
キッチンと思われるほうから母親らしき女性の声がした。
「お邪魔します」
僕はそちらの方に向かって言った。
「いらっしゃい。ごゆっくり」
母親らしき女性の声を聞きながら、僕は亜希子さんのあとに続いて階段を上がった。
「入って入って」
亜希子さんは僕を部屋に招き入れた。
生まれて初めて入る女の子の部屋。
このとき僕は女の子の格好してよかったと思った。
「適当に座って」
「えっと…」
僕はどこに座ろうか悩んだ。
「ベッドのところでいいから」
僕はベッドに腰をかけた。
ここに亜希子さんはいつも寝てるんだ。
「ねっ、翔子さんって呼びづらいから翔子って呼んでいい?あたしのことは亜希子って呼んでくれていいから。友達からはそう呼ばれてるし」
「亜希子って呼んでいいの?」
「もちろんよ。だってあたしたち今日から友達でしょ?」
「えっ、友達?」
「そう、友達。そうでしょ?」
「うん、分かったわ」
「じゃさ、早速本題。どっちから告白したの?」
「えっ?」
いきなりストレートな質問でたじろいでしまった。
今日はどこまで聞かれるのだろう?
「雅くんから、かな?」
僕は曖昧に答えた。
「へえ、何てあいつは言ったの?」
「俺の彼女になってくれないか?って言われたかな」
まさにその通りのことを言った。
「何よ、あいつ。そんなえらそうに言ったの?自分を何様と思ってるの?で、翔子はそれですぐにOKしたの?」
「ううん、よく分からなかったので、あやふやにしたんだけど」
「翔子って誰かとつき合ったことはあるの?」
「ううん」
「そっか、あいつが初めてなんだ。あいつはそこをうまく突いて翔子を騙したのね?」
「騙したなんて」
「でも今はあいつのこと好きなんでしょ?」
「うん、そうなるかな?」
「いいなあ。あたしも彼氏欲しいなあ」
「亜希子さん…じゃなくて亜希子は誰かとつき合ったことあるの?」
僕は亜希子さんを呼び捨てにするなんて抵抗があったのだが、頑張って呼び捨てにした。
女の子同士なんだから当然だと自分に言い聞かせながら。
「ううん、だってあたしずっと女子校だし、あんまり男子と知り合う機会ってないのよね」
亜希子は呼び捨てされたことは何の抵抗ないみたいだ。
よかった。
「だって亜希子ってすっごく可愛いじゃない」
僕は少しリラックスしてそんなことを言ってしまった。
自分の好きな女の子に対して、簡単に可愛いって言えるなんて。
男の姿では絶対に言えなかったはずだった。
これも女の子の姿になったおかげかな。
自分でも少し驚いていた。
「あたしね、これでも女の子からは結構人気あるんだ。バレンタインでもチョコもらうし。でもそれってあたしが女の子らしくないってことだよね。なんか複雑なんだ」
そんなことを言いながらも亜希子さんの表情は全然複雑そうではなかった。
女の子って難しいなと僕は思った。

そのとき、亜希子のお母さんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。
「いらっしゃい」
亜希子のお母さんは亜希子に似て小柄でポチャッとした人だった。
「お邪魔してます」
「あら?もしかして初めてのお友達?」
「そうだよ。まあちゃんの彼女なんだって」
「そうなの。まあちゃんにはこんな可愛い彼女がいるのね?あなたはいつボーイフレンドをお母さんに会わせてくれるの?」
「うるさいなあ。そのうちママがびっくりするくらいかっこいい人を連れてきてあげるから」
「はいはい、私が死ぬまでには会わせてね」
「もう、ママったら」
仲のいい親子だなと僕は二人のやりとりを聞いていた。
「ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
僕はにこやかに亜希子のお母さんに言った。

「素敵なお母さんね、亜希子のお母さんって」
「そう?普通に子供にやかましい母親よ」
「でもとっても優しそう」
「外面がいいからそう見えるだけよ」
それからも学校のこと、友達のことなんかの他愛もないことを話した。
主に話していたのは亜希子のほうで、僕は専ら聞き役だったが。

気がつくと時計は4時を差していた。
「そろそろわたし帰らないと」
「そう残念ね。翔子とは本当にいい友達になれそう」
「えっ、もういい友達なんじゃなかったの?」
僕は亜希子に対してそんな軽口を叩けるくらいになっていた。
「あっそうか。そうだったわね。ねっ、翔子の携帯とメルアド教えてくれない?」
「えっ、メルアド?」
「うん、教えてよ。もしまあちゃんが意地悪したらいつでもあたしに言って。懲らしめてやるから」
僕は携帯とメルアドを亜希子に教えた。
僕のメルアドは名前とか分かりやすいものでなく、一見すると暗号みたいなものだった。
そんなメルアドにしておいて良かったとそのとき思った。
僕は亜希子のお母さんに挨拶をして亜希子の家を出た。
雅くんの家で男の姿に戻り、家に帰った。
その夜は、亜希子と友達になれたことに興奮して、なかなか寝つくことができなかった。


「亜希子のやつ、俺と翔子でクリスマスパーティしないかって誘いやがるんだ」
「もちろん断ったよね?」
「当然だろ?一応受験生なんだからそれどころじゃねえって。そしたら…」
「そしたら?」
「そしたら初詣には行くんでしょって言われてさ。合格祈願しないといけないんじゃないかって。だから初詣は一緒に行こうってことになって」
「そんなぁ」
「お袋はもちろんOKだって。今から楽しみなんだってさ、お前に振袖着せるのが」
「振袖!?」
「だって女の子の初詣は振袖が定番だろ?」
「だからって僕が着る必要はないじゃない」
「亜希子のやつもお前の着物姿見るのを楽しみにしてたぜ」
「仕方ないなぁ」

初詣というのは毎年雅くんの家と亜希子の家族が一緒に行っているんだそうだ。
亜希子も雅くんのお母さんに振袖を着せてもらうのだそうだ。
亜希子の振袖姿って可愛いだろうなと今から僕は楽しみだった。

30日になって雅くんから電話がかかってきた。
「明日は朝から俺んとこに来いよ」
「どうして?夜になってからでいいんじゃないの?」
「夜は亜希子も着物を着にやってくるだろうが」
「そうだね」
「だからお前はその前に翔子になってなくちゃいけないだろ?」
「あっ、そうか」
「店を開けてしまうとお前のことができないかもしれないからってお袋が言ってるんだ。だから前と同じ8時に俺の家に来てくれ」
「分かったよ」
僕は大晦日の朝8時前に雅くんの家に行って翔子にしてもらった。
まだ2回目だというのに僕の女の子姿はかなり馴染んでいる。
その日一日、僕は翔子の姿で雅くんと一緒に受験勉強をした。
僕は比較的集中して勉強することができたけど、雅くんは何となくずっと緊張しているように見えた。
こんな綺麗な女の子が目の前にいれば当然だよね?
僕は目の前にカールされた髪が落ちてくる度に自分が女の子の格好をしていることを思い出すくらいだった。

晩御飯を雅くんの家でご馳走になり、8時くらいから着物を着せてもらうことになった。
「もう少しギリギリになってからでいいよ」
「何言ってんだよ。10時くらいになったら亜希子のやつが着物を着せてもらいに来るんだぞ。お前がまだ着物を着てなかったらお前の着てるところをあいつに見られるかもしれないだろ?」
「それはまずいね」
「分かったらさっさと着せてもらってこい」
雅くんのために女の子の格好してるのにどうして偉そうに言われなくちゃいけないんだろう?
それに亜希子が来る前に着物を着るのなら朝早くから来て、女の子になってなくても良かったのに…。
そんな疑問を感じながらも僕は大人しく雅くんのお母さんのところに行った。
「はい、お待たせしたわね。それじゃ、今日はすごいお嬢様にしてあげるからね」
「お手柔らかにお願いします」
「あらっ、翔吾くんがそういう言い方をするのって珍しいわね?」
確かにそうだ。
女の子の姿をすると内面にも何だか変化があるような気がする。
何となく解放されたような気がするのはなぜだろう?

僕は下着姿になった。
「着物を着るときは下着をつけないんだけど、翔子ちゃんの場合、仕方ないわね」
雅くんのお母さんは相変わらず楽しそうに笑った。
着物を着せてもらうのはもちろん生まれて初めての経験だった。
それにしても着物というのはあんなにひもをたくさん使うなんて知らなかった。
ひもで縛られているようだった。
特に最後に帯を締めるときには力いっぱいされたものだから息をするのもつらいくらいだった。
でもちょっとクセになりそうかも…。

「やっぱり翔子ちゃんは振袖が似合うわね」
僕も鏡に映った自分を見て見とれていた。
こんな女の子が本当にいたら絶対に好きになってしまいそうだ。


10時過ぎに亜希子が家にやってきた。
「あっちゃん、いらっしゃい」
「おばさん、こんばんは。翔子はもう来てるの?」
玄関先での二人の会話が聞こえてきた。
「ええ、さっき来てもう着物に着替えたわよ」
雅くんのお母さんはうまく口裏を合わせてくれている。
「なあんだ。せっかく一緒に着せてもらおうと思ったのに」
「そんなこと言ってもおばさん一人で二人一緒に着付けはできないわよ。だから翔子さんには先に着てもらったの」
「そうか、そうだよね。翔子は今どこにいるの?」
「居間よ。雅信と一緒にいるわ」
亜希子はバタバタと居間にやってきた。
居間に僕を見つけるとニッコリと笑顔になった。
亜希子のこの笑顔を見てると僕まで嬉しくなってしまう。
「翔子、綺麗…」
僕の振袖姿を見て亜希子はため息混じりにそう言った。
「ありがとう。亜希子も早く着物を着せてもらったら」
「うん、そうする」
しばらくすると、亜希子が着物姿で戻ってきた。
「亜希子、綺麗」
「でしょ、でしょ?」
亜希子は着物を着ても相変わらず亜希子だ。
「ねっ、一緒に写真撮ろ」
亜希子は僕を手招きした。
「まあちゃん、ボゥ〜ッとしてないで美女二人を写してよ」
「何が美女だよ。翔子はともかくお前が美女なんて厚かましいんだよ」
雅くんは僕のことを美女だと言ってくれた。
そう思うと顔が赤くなるのが分かった。
僕の赤面は亜希子にも分かったようだ。
「何よ、まあちゃんたら自分の彼女だけが美女なの?翔子も翔子よ。まあちゃんに美女って言われて顔を赤くしちゃって」
翔子に僕の気持ちがばれてる。
そう思うとますます顔が赤くなっていくような気がした。

0時を回ったときに「そろそろ出掛けましょうか」という雅くんのお母さんの誘いで僕たちは外に出た。
さすがに外は寒い。
しかも着物というものは首の辺りがとても寒いのだ。
「翔子ちゃん、寒いでしょ?これを首に巻いたら少しはましよ」
雅くんのお母さんが僕に白いショールをくれた。
僕はそのショールを首に巻いた。
寒さが随分和らいだ。
僕は雅くんと亜希子の家族に混じって初詣に向かった。
向かうのは近所の神社だ。
深夜だというのに結構大勢の人が神社に向かっていた。
僕は自分が着物を着てる不安と恥ずかしさでずっと雅くんの腕を掴んでいた。
「お宅のまあちゃんの彼女って本当に可愛いわね」
「そうなの。彼女に見合うだけの男になってくれればいいんだけど」
母親同士の会話が耳に入ってきた。
「うるさいな」
隣で雅くんが呟く声に僕は何となくおかしくなりクスッと笑った。
「何笑ってんだよ?」
「別に何でもないわ。ちょっと思い出し笑いしただけ」
僕たちは形ばかりのお祈りを終え、帰宅の途についた。
「ねっ、翔子。二人でどこか行かない?」
亜希子が僕の手を握ってどこかに行こうとした。
「ダメだよ。女の子二人だけなんて」
僕はそう言って亜希子の手を振りほどいた。
「そうだ、俺もついていく」
「まあちゃんは翔子のことが心配なだけでしょ?なんかあたし馬っ鹿みたい」
ふてくされて一緒に家路についた亜希子を慰めるため、僕は亜希子と手をつないで帰った。
男だったら絶対にこんなことできなかったはずだ。
自分が女の子であることに馴染んでるんだろうな。
とにかく僕は亜希子と手をつなぐことができて嬉しかった。


「卒業旅行に行かない?」
僕は携帯から聞こえる亜希子の提案に驚いた。
進学する大学も決まり、やっとのんびりできると思った。
亜希子のせいで、また振り回されそうな予感がする。
「ええ、そんなの、無理よ」
とりあえず僕は返事する。
「どうして?あたしたちもう高校卒業したら大学生になるんだよ」
「でも…」
「お父さんとかがうるさいの?そりゃ翔子みたいな美人の娘を持つとお父さんは心配でしょうね。うちなんかその点は全然障害にならないもんね」
「別にそんなことはないけど」

実際僕の家は両親とも共働きで、留守がちだ。
しかも二人とも独身かのようにお互いのことも子供の翔吾のことさえも忘れて飛び回っているような両親だった。
だから翔吾がどこで何をしていようが、放任されていた。
したがって例え家の中で女の子の格好していても親が気づくなんて心配はほとんどなかったのだ。
亜希子にしつこく誘われてるうちに「行ってもいいかな?」と思うようになってきた。
また翔子として亜希子と話をしたい気持ちがなかったと言えば嘘になる。
相手が自分の提案に同意するような匂いを感じると亜希子の押しの強さは半端じゃない。
結局亜希子に押し切られる形で卒業旅行に行くことになった。

「どうしよう?」
僕はすぐに雅くんに電話した。
「どうしてそんな約束するんだよ?」
「だって…」
「無理なら行かなければいいじゃないか」
「だって行きたいし」
最近僕は自分の気持ちに素直になってきたと思う。
女の子の格好をすることでやっぱり何か解放感があるのだろう。
「それじゃ怪しまれないようにとりあえず胸を大きくしておくか?終われば元に戻せばいいんだから」
「そんなことできるのかな?」
僕はインターネットで豊胸手術をやってくれるところを探した。
意外とやってくれるところって多いようだ。
僕は意を決して豊胸手術することに決めた。

実は僕の部屋には今それなりの数の女の子の服がある。
雅くんの見てるところでは、振袖を着た元旦からは女の子姿にはなっていなかったのだが、自分の部屋では女の子になっていたのだ。
そのための服を通販で買い揃えていた。
ウィッグも雅くんのお母さんに被せてもらったのとほとんど同じのものを買った。
化粧品だって完璧に揃っているし、ひとりで化粧だってできるようになっていた。
僕は女の子になることが大好きになっていた。
そんなふうに日常的に女の子になっていると、ひとつ不満を感じるようになっていた。
それは胸がないことだった。
胸があればこんな服だって着れるのに。
インターネットのショッピングサイトを見ながらそんなことを考えることも少なくなかった。
そんなことを考えていた僕に亜希子の誘いは自分への豊胸手術の言い訳にちょうど良かったわけだ。
僕は自分の趣味のためじゃなく、亜希子のために手術をするんだと。
亜希子を喜ばせるために手術をするんだと。


病院に行くときにはウィッグはつけなかった。
自分の髪が肩くらいまでに伸びていたのでそれを利用した。
雑誌のヘアスタイルを見ながら、少しボリュームをつけてウェーブをつけると十分ショートヘアの女の子に見えた。

病院に行くと、簡単な問診のあとにすぐに手術をすることになった。
たまたま入っていた予約がキャンセルされたらしく、すぐに手術になった。
中途半端に時間が空くと迷いが生じるかもしれない。
そういう意味で僕にとっては有難かった。
僕は麻酔で眠らされた。

気がついたのは病室だった。
病院着の隙間から包帯に覆われた膨らんだ胸が見えた。
手術は終わったんだ。
それにしても胸への圧迫感が結構強い。
「あらっ、気がついた?痛かったら言ってね。痛み止めを出してあげるから」
「いえ、大丈夫です」
少し痛かったが僕は我慢することにした。
やがて時間とともに痛みも少しずつひいてきた。
先生が来て包帯を外し手術後の状態を診てくれた。
「順調だ。退院していいよ」との言葉で退院となった。

僕は家に帰って僕のおっぱいを鏡でチェックした。
病院ではあまりしっかり見ることができなかったためだ。
見慣れていないせいか何だかとってつけたような胸だった。
(こんな不自然な感じで大丈夫かな?)
でも胸が大きくなったことが嬉しく感じていたのも事実だ。
ブラジャーをつけてみるとそれなりに様になっている。
何もつけてないと不自然なような気がする。
何度も見てると先が小さなままなことに気がついた。
「これが不自然に見える原因かな?」
女の子のおっぱいがどんなのかは写真でしか見たことがないが何となく不安だった。
「そうだ、女性ホルモンも飲んでおこう」
おっぱいの先が小さなままなのが変だと見える原因だと思った僕は女性ホルモンを摂ることにした。
僕はインターネットでプレマリンを販売するサイトを見つけ、申し込んだ。

次に気になるのはおちんちんだ。
これはインターネットで股間の膨らみを隠す方法を見つけたことで解決できそうだ。
この方法だと少なくとも正面から見る限り女の子に見える。
お尻がもう少し大きければいいプロポーションなのだろうが、これで十分だろう。
お尻が小さな女の子だっていくらでもいるんだから。

僕はその日から24時間女の子の生活に変えた。
自分の部屋ではもちろん外出だって女の子の格好で出かけた。
胸が大きくなって男の格好もしづらいし、亜希子たちと一緒に一泊二日の旅行に行っても怪しまれないようにするためだった。
やっぱりこれは言い訳で、結局僕は女の子の姿をすること自体が好きなだけかもしれない。
そう思わないでもなかった。
でもそんなことはどっちでもいい。
僕は翔子になることが大好きなだけだ。

申し込んだプレマリンはすぐに送られてきた。
僕はプレマリンを飲むようになった。
最初のころ気分が重くなったりしたが、それにもすぐに慣れた。

24時間女の子生活を初めて2週間が経った。
あと2日で亜希子たちとの旅行だ。
僕は毎日のように全身が映る鏡で自分の裸を見ていた。
僕のおっぱいは当初の不自然さはなくなり、元から身体にあったようにフィットしていた。
おっぱいの先の乳首はまだまだ小さかったが、色が変わってきたようだ。
心なしか肌のきめが細かくなったような気がした。
「これで絶対大丈夫」
僕は鏡の自分ににっこり微笑んだ。
鏡の翔子の笑顔はとても優しげなものだった。


いよいよ亜希子たちとの卒業旅行の日がやってきた。
一緒に行ったのは亜希子と亜希子の友達の福井結衣さんと大西里佳子さんの3人とだった。
目的地は温泉地。
女三人寄ればかしましというが行きの電車の中では3人の話し声が車両に響いていた。
僕は自然と聞き役に回っていた。
旅館に着くと、すぐにお風呂に入ろうということになった。
「ここの露天風呂って結構有名みたい」
露天風呂にはまだ誰も入っておらず、脱衣場にも誰もいなかった。
亜希子たちはさっさと服を脱いで風呂に入った。
「翔子も早くおいでよ」
僕は少し遅れて風呂に行った。

亜希子たちはもう露天風呂に入っていた。
僕は両腕で胸と股間を隠しつつ風呂に入った。
風呂に入っても右腕で胸を隠していた。
「もう翔子ったらいつまで胸隠してるのよ」
「だって恥ずかしいから」
「見せなさいよ」
亜希子が僕の右手を握り、胸から剥がした。
「なんだ、全然恥ずかしくないじゃない。結構美乳だよ」
「本当だ」
「着痩せするタイプなのね」
「ねえ触らせてよ」
そう言われたときには3人の手が僕の2つのおっぱいを掴んでいた。
「翔子の胸ってちょっと硬めだね?」
と里佳子が言うと
「そうかな?こんなもんじゃない?」
と結衣。
「まあちゃんに揉んでもらったらいいのに」
「誰?まあちゃんって?」
「翔子の彼氏で、あたしのお隣さん」
「へぇ、翔子って彼氏いるんだ。いいなあ」
僕は話が変な方向に行かないように軌道修正しようとした。
「わたしの胸って固いかな?」
「そんなことないって」
「えっ、あたしはもっと柔らかいよ。何ならあたしの触ってごらんよ」
結衣が胸を突き出して言った。
すかさず里佳子が手を伸ばした。
「えぇ、うそぉ。柔らかぁい」
「でも翔子の乳首って可愛いね」
「ホントッ」
亜希子は僕の乳首を優しくつまむようにした。
「ぁんっ」
「嫌だ、翔子ったら感じてる」
「だって亜希子がこんなとこつまむんだもん」
僕は亜希子の乳首に触れた。
「女の子同士で触られて感じてたら身体がいくつあっても足りないわよ」
僕は調子にのって亜希子のおっぱいを触った。
「亜希子のおっぱいって優しい感じだね」
僕がそう言うと
「だってあたしたち毎日3人で揉み合ってるもんね」
「えぇ、やだぁ」
僕たち4人はそれぞれの胸を触り合っていた
女の子って結構大胆だ。
でも僕もしっかりその輪の中に入っている。
僕は女の子として振舞うことにすっかり自信を持った。
だって本物の女の子と裸のつき合いができたんだもん。
露天風呂のあと、僕はすっかりリラックスしてにみんなと旅行を楽しむことができた。

「翔子、一緒に寝ようよ」
寝ようとすると亜希子が僕の布団に潜り込んできた。
そして僕の身体を抱きしめた。
「亜希子の身体って柔らかい」
「翔子はスレンダーだね」
僕は亜希子と抱き合っても僕のおちんちんは全然変化しなかった。
女性ホルモンのせいだけだとは思えなかった。
亜希子は僕にとって同性の友達としてしか見えなくなってきている。
何となく複雑な思いだった。


僕は卒業旅行から帰ってからも24時間女の子生活を変えなかった。
もちろん当初卒業旅行が終われば元に戻すと言っていた胸の膨らみはそのままだ。
僕は女の子でいることが当然のように思えていた。
もう男に戻る気はない。
ちゃんと女の子になりたいとすら考えるようになっていた。

大学も僕は女の子の姿で通っていた。
最初から女の子の姿だったから誰も何も言わない。
きっと本当に女の子だと思っているんだろう。
学生証も女の子の僕が写っている。
名前は『翔吾』だけど。

大学生活も軌道に乗ってきた。
ゴールデンウイークが終わり、大学生活のノウハウを身につけ、当初の大学生活への期待感が薄れてたころだった。
「ねえ翔子、聞いて。私も彼氏できちゃった」
「ええっ」
僕は久しぶりの亜希子の電話に驚いてしまった。
「何も驚くことないでしょ。ホンット、失礼しちゃうわ」
「そういう意味じゃなくって」
「まあいいわ、許してあげる。その代わり今度まあちゃんとダブルデートしようよ」

僕と雅くんは卒業以来、会わないようになっていた。
特別会う理由がなかったためだ。
もしかしたらこんなになった僕のことを軽蔑してるのかもしれない。
思い切って僕は久しぶりに雅くんに連絡を入れた。
「もしもし、雅くん?翔吾だけど」
僕は自分のことを翔吾と呼ぶことに対して強い違和感を感じた。
「ああ、翔吾か。久しぶりじゃん。どうした?」
「亜希子が彼氏できたんだって」
「へえ、あいつにねぇ」
「それでダブルデートしたいって言われちゃって」
「また亜希子のやつの気紛れか。無視しときゃいいよ」
「そうもいかないよ」
「だよな?あいつ一回言い出すとうるさいとこあるからな。それじゃ久しぶりに恋人の振りをするか」

ダブルデートした。
「こちら峰島賢一さん。社会人よ」
亜希子は自慢気に峰島さんを僕たちに紹介した。
「こちらお隣のまあちゃんとその彼女の翔子」
「田村です、よろしく」
「北野翔子です」
僕と雅くんは峰島さんに挨拶した。
僕たちは峰島さんの車に乗り込んだ。
車でデートだなんて何だか大人になった気分だ。
助手席にはもちろん亜希子が座って、僕と雅くんは後ろの席に座った。

僕たち4人は茅ヶ崎までドライブした。
車の中では亜希子が話してるのがほとんどだった。
僕と雅くんとの間ではほとんど話が弾まなかった。
僕が翔子になると雅くんはいつもそうだ。
どうも翔子が苦手みたい。

ダブルデートが終わって雅くんと別れるときに雅くんが僕を呼び止めた。
「もし今度亜希子のやつがこんなことを提案してももう断ってくれよ」
「いいの?」
「ああ。俺とお前は別れたってことにしてくれていいから」
それだけ言うと僕の顔も見ずに帰って行った。
僕は何となく悲しかった。
気がつくと涙が一粒流れ落ちていた。

その日の夜、亜希子から電話がかかってきた。
「彼ったら翔子のこと可愛い可愛いって褒めまくるのよ。気分が悪いったらありゃしない」
「そうなの?」
「"そうなの"じゃないわよ。翔子も他人の彼に色目なんか使わないでよね?」
「わたし、そんなの使ってないわよ」
「そりゃまあちゃんと較べたら男性としても大人だし、魅力的だから、そういう態度になるのも分からないではないけどね」
「だから使ってないってば」
「うるわいわね。もう彼の前には姿を見せないでよね」
ダブルデートをしようと言ったのは亜希子からなのに。
僕は誤解を解こうと亜希子に電話をかけた。
呼出音はするけど全然電話に出る気配がない。
きっと僕からの電話だから出ないんだろう。
雅くんと言い、亜希子と言い、本当に自分勝手だ。
僕は悲しくなってしまった。

それから数週間後、街でたまたま賢一さんに出会った。
「君は確か…翔子さん…だっけ?」
峰島さんは僕のことを覚えていてくれていた。
「ちょっとコーヒー飲むのつき合ってよ」
僕は峰島さんについて喫茶店に入った。
「翔子さんって亜希子の友達なんだろ?」
「友達って言っても去年の終わり頃に知り合って、まだ半年くらいですけど」
「そうなんだ」
「雅くんが亜希子と家が隣で幼馴染みたいですけど」
「そうなんだ。雅くんの家に遊びに行って亜希子と知り合ったってとこか」
「まあそんなもんです」
「それにしても亜希子ってすっごい焼餅焼きでさ、ちょっと別の女の子と喋っただけでも怒るんだよ。うざいったらありゃしない」
「私も会うなって言われました」
「どうして?」
「峰島さんがわたしのこと褒めたって」
「君みたいな美人、男だったら誰でも褒めるに決まってるのに。そんなことを言うこと自体に自分の価値を下げるってことに彼女は気がつかないのかな?」
「でも亜希子は本当に峰島さんのことが好きだから」
「好きなら俺のことを信じてほしいんだよな」
賢一さんは亜希子への愚痴を並べた。
「翔子さんに聞いてもらえて少しはすっきりしたよ。迷惑でなかったらこれからも時々愚痴聞いてくれるかな?」
僕と峰島さんはメルアドを交換して別れた。

それから時々僕に峰島さんから連絡が入るようになった。
はじめのうちは二人の話題といえば亜希子のことだった。
会う回数が増えるにつれ亜希子の話はほとんど出なくなり、普通に自分たちの身の回りのことを話したりするようになった。
僕は、僕のことを女の子として扱ってくれる峰島さんと過ごす時間が大好きだった。

「翔子さん、俺とつき合ってほしい」
二人で会うのがすっかり当たり前のことのように思えるようになったころ僕は峰島さんから告白された。
「でもわたしには雅くんがいるから」
僕は苦し紛れにそんなことを言った。
好きだけど、これ以上近づいたらお互い傷づくだけだから。
「嘘だろ?だって俺が電話したら必ず会ってくれてたじゃないか。他に誰かいたら何回かは断られてるはずだ。もし田村くんとまだ続いているのなら二股してくれてもいい。二股でもいいから俺とつき合って俺という人間を知って欲しい」
僕には峰島さんの気持ちが嬉しかった。
「でも本当にわたしでいいの?」
「俺は翔子さんのことが好きなんだ」
「わたしの秘密を知ると嫌いになっちゃうよ」
「秘密って何だよ?」
「それは…」
本当のことなんて言えるわけがなかった。
「言いたくないんなら言わなくたっていい。どうせそんなもの何の障害にもならない」
僕は峰島さんに抱き締められた。

告白されてから週に2回は峰島さんに会うようになった。
峰島さんが会社を早く帰れる日には必ずデートに誘ってくれた。
いつしか峰島さんは僕のことを翔子と呼ぶようになり、僕は峰島さんのことを賢一さんと呼ぶようになった。
賢一さんは僕のことを女の子だと信じて愛してくれている。
その気持ちを痛いほど感じるので僕の罪悪感はますます強くなってくる。
賢一さんに会わないでおこう。
そう思う一方、どんどん賢一さんに惹かれていく自分の気持ちを抑え切れないでいる。
だから悪いと思いながらも会ってしまう。
その繰り返しだった。

その日はいつものように賢一さんから会いたいという電話をもらった。
僕は、賢一さんの仕事の終わる時間まで大学で時間を潰した。
そろそろ約束の時間が近づいたころ、賢一さんの会社の近くの駅で賢一さんの帰りを待った。
「賢一さん」
僕は賢一さんを見つけ大きく手を振った。
賢一さんは近くに会社の知り合いがいるのか小さく手を振った。
「どうしたの?知ってる人がいるの?」
「うん、ちょっとね。これでまたあいつらに驕らなくちゃいけないな」
賢一さんは困った顔をしつつも何となく嬉しそうだった。
「それじゃ行こうか」
「うん」
僕は賢一さんの腕を持ち賢一さんについて行こうとした。
そのとき人とぶつかった。
「あっ」
僕は持っていたバッグを落とした。
中に入っていた荷物が少し散乱した。
僕にぶつかった人も一緒に集めてくれた。
「すみませんでした」
僕は礼を言ってその人から荷物を受け取った。
賢一さんは少し離れたところにいた。
「賢一さん」
僕は賢一さんのところに駆け寄った。
賢一さんは僕の顔を驚いたように見た。
僕は賢一さんの手に持ったものを見て青ざめた。
学生証なんかが入ったパスケースだった。
「賢一さん…」
「翔子、これは何だ?北野翔吾って何だ?」
「それは…」
「どういうことなんだ?」
「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったんです」
「お前はおかまだったのか…」
賢一さんが僕のことを"おかま"と呼んだ。
僕は自分が全否定されたように感じ何も言えなかった。

その夜、僕は一睡もせず泣き明かした。
もう女の子はやめようと思った。
でも僕の部屋には男の服なんて全くなかった。
仕方なくスカートではなく、パンツを穿いた。
でもパンツ姿になっても普通の女の子にしか見えなかった。
「結局男には戻れないってことね」
ふと呟いた言葉も女言葉になっていることに気がついて苦笑いするしかなかった。

家の外に出ると賢一さんがいた。
「賢一さん…」
いつから待っていたのだろう?
心なしか賢一さんはやつれているように見えた。
「翔子、昨日はごめん。思ってもみなかったことなんで驚いちゃって」
「わたしこそごめんなさい。結果的に騙したことになってしまって」
「改めてお願いがあるんだけど、今度こそちゃんとつき合ってくれませんか」
「ウソ…でしょ……?」
僕は賢一さんの言葉が信じられなかった。
つき合ってくれませんか?
きっと聞き間違いに違いない。
「昨日あれから考えたんだけど、やっぱり俺には翔子が必要なんだ」
やっぱり僕を必要だと言ってくれている。
僕は賢一さんの目を見た。
とても冗談を言っているようには見えない。
賢一さんの真剣さが伝わってくるような眼差しだった。
「でもわたし…おかま…なんだよ」
自分でおかまという言葉を使うのはかなり抵抗があった。
「少なくとも俺にとっては亜希子以上に女だ」
「本当にいいの?」
「翔子さえよければ」
「もちろんわたしも…」
僕はそれ以上の言葉が続かなかった。
自然に涙が溢れてきた。
涙で目の前も見えない状態だった。
そんな僕のことを賢一さんは抱きしめてくれた。
気がつくと僕は賢一さんに唇を重ねられていた。
僕にとってファーストキスだった。
近所の人が僕たちのことを遠巻きに見ていることに気がついた。
「ねぇ、みんなが見てる。部屋に入ろ」
僕は賢一さんを家に入れた。

賢一さんは家に入ると僕を強く抱き締めてくれた。
そして唇を重ねてきた。
賢一さんの舌が僕の口に入ってくる。
僕はそれに応えようと必死だった。
気がつくと賢一さんは服の上から僕のおっぱいを触っていた。
僕の身体は賢一さんの指の動きに自然に反応していた。
僕の身体ってこんなに感じやすいんだ。
こんなこと僕自身知らなかった。
僕の身体は賢一さんの指と舌ですっかり感じていた。
賢一さんは僕とひとつになるときに少し躊躇っていた。
僕は賢一さんとひとつになりたかった。
いよいよ賢一さんの熱い物が僕の中に入ってきたときはマジで裂けてしまうんじゃないかと思うくらいに痛かった。
賢一さんはそんな僕に気づかずに腰を動かした。
さすがに痛みで気が遠くなった。
それほどの痛みがあったにもかかわらず賢一さんが僕の中で弾けたときにはすごく嬉しかった。
むしろ痛みが賢一さんの愛を受け止めた証のような気さえしていた。
その反面お尻でしか賢一さんの物を受け止めることができないことに僕は悲しさを覚えた。

「ねえ、下もちゃんと手術した方がいい?」
僕と賢一さんはセックスの後、全裸のままだった。
僕は賢一さんの腕を抱くようにしていた。
「俺は翔子さえいてくれたらいいんだ」
「でも本当はどうなの?」
「翔子はどうしたいんだ?」
賢一さんの質問に僕は少し考えた。
「賢一さんは普通の女の子の方がいいんでしょ?」
「そりゃまあそうだけど」
「だったら手術を受けるわ」
「いいのか?」
「だって賢一さんはその方がいいんでしょ?わたしもちゃんと賢一さんの愛を受け止めたいし」
「ありがとう」
「でもわたしは賢一さんの子供は産めないわよ。それでもいいの?」
「だからさっき言ったろ?俺は翔子がいてくれればいいんだよ」
僕は賢一さんの胸に顔を埋めた。
賢一さんは僕の頭を優しく撫でてくれた。

僕は国内で性転換手術をしてくれるところを捜した。
海外だと何かあった場合が恐かったからだ。
僕は性同一性障害ということでカウンセリングを受けた。
何十回かのカウンセリングの後、ようやく性別適合手術を受けることができた。
これで外見は女の子と同じになれた。

手術の傷も癒え、いよいよ賢一さんとセックスができる日が来た。
「翔子のってとても綺麗だ」
僕は賢一さんに僕に新たに備わった器官を見てもらっていた。
「本当?本物と変わらない?」
「俺は翔子が初めての女だからそんなことは分からない」
「…ウソ……。でもありがとう」
僕は賢一さんの優しさが嬉しかった。
そしていよいお賢一さんのものが入ってきた。
その前の愛撫ですっかり濡れていたが、さすがに初めてなので痛みは強かった。
それだけに全部が入ったときは本当に嬉しかった。
女の子になってよかったと思えた。
そして、賢一さんのものが僕の中で弾けたときには幸せで涙が出てきた。
僕は女の子になってから本当に泣き虫になってしまった。
でも、幸せのせいで流す涙なんだから別にいいよね?

「カナダに転勤になったんだけど、一緒に来てくれないかな?」
珍しく残業で遅くなった日に呼び出されて最初の一言がこれだった。
「一緒にって?」
「向こうに行って結婚しよう」
僕の前に指輪が差し出された。
「でも…」
「カナダでは同性での結婚が認められてるんだ」
そうなんだ、知らなかった。
でもそれってもしかして…。
「まさかそのために転勤を希望したの?」
「ははは、ばれた?」
僕はこんな賢一さんのことが大好きだ。
僕は嬉しすぎて何も言えず賢一さんの胸に飛び込んだ。
絶対にこの人となら幸せになれる。

賢一さんとなら。
絶対に…。


《完》

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