融合する魂



小野圭太は大学を卒業して、東京に出てきた。
圭太は山村部で生まれ育ち、人込みというものにほとんど慣れていない。
だから東京に出てきたころは、その人の多さに圧倒されるばかりだった。
東京に出てきてからは、周りの者からのからかいの対象となり、ことあるごとに笑い者にされた。
これは彼の風貌のせいだ。
圭太は絵に描いたような田舎者という容姿をしていたのだ。
彼にも意地がある。
風貌はともかく、仕事で周りの者に負けないように頑張っていたのだ。
言葉も人前では東京の言葉で話せるようになった(と本人は思っている)。
そんなふうに頑張ってはいるが、彼女という存在はなかなかできずに25年の年月を過ごした。

休みの日にすることと言えば、借りているアパートで一日中ゴロゴロするだけだった。
彼が住んでいるアパートは都心まで50分以上かかるボロアパートだった。
「あ〜あ、田舎に帰りたいなぁ」
そんなことを言いながら万年床で横になっていた。
すると天井で何かが走る音がした。
ネズミだ。
最初はうるさいと思っていたが、最近はそれほど気にならなくなっていた。
今回も特に注意を払わずにいると、今回は思わぬアクシデントが起こった。
天井板が微妙にずれ、天井から圭太を目がけて何かが落ちてきたのだ。
圭太はギリギリのところでよけた。
「あっぶないなぁ」
落ちてきた物は何とも奇妙な形をした壺らしきものだった。
大きさは10センチ四方ほどで、ロクロの途中で失敗して潰れたような形をしていた。
(何だろう?)
何となく気持ち悪いのだが、古い物だけに価値のある物かもしれない。
ふと振ってみると中に何かが入っているような音がする。
(古いお金だったりして)
そんな助平心から中を確かめたい衝動に駆られた。
しかし中の物を見るためには割らなくてはいけない。
「どうせゴミみたいものだし、別に割ったっていいよな」
そうひとり呟きながら机の角で叩いてみた。
簡単に割れた。
そして中からは10粒ほどの丸薬みたいなものが出てきた。
「何だ、これ。薬か?」
ボロボロになった紙も一緒に入っていた。
判読はほとんど不可能だった。
それでもところどころ認識できる字があった。
それは『魂』『離』『憑』『死』『融』…。
『死』という文字が気にはなったが、生来の貧乏性のせいか捨てるのは何となく惜しい。
圭太はその丸薬をペットボトルの蓋2つをケースのように使って、その中に入れた。
そして小さな机の上に置いておいた。

簡単な夕食を取った後、何もすることがない圭太は、いつものように何も内容のないつまらないテレビをボゥーッと見て時間を過ごしていた。
気がつくと時計は12時を差そうとしていた。
「もう12時か。そろそろ寝るとすっか」
そう呟きながら立ち上がったときに机の上に置いた丸薬に目がいった。
(これ何なのかな?)
一粒つまみ上げてじっと見つめた。
特に怪しそうなところはない(見るからに怪しい薬なんてあるかは知らないが)。
「飲んだら死ぬってことはないだろうな」
好奇心からそう呟きながら一粒水も使わずに飲んでみた。
(えっ?)
次の瞬間、圭太の意識はなくなった。

気がつくと圭太は宙に浮いていた。
正確には圭太の魂が宙に浮いているのだが焦っている圭太にはそんなことは分からなかった。
(何だ、これ?何がどうなったんだ?)
圭太が周りを見渡すと、机に自分の生身の身体が突っ伏しているのが見えた。
(えっ、俺の魂が身体から離れちゃったのか。ということはあの薬は毒だったのか?俺は死んでしまったのか?)
そんなことを考えると生への執着が強くなる。
圭太は自分の身体に戻ろうともがいた。
なかなか自分の身体に戻れない。

圭太は焦った。
本当に死んでしまったのか?
そんなことを考えながらそれでも必死に戻ることを試みた。
目の前の自分の身体は眠っているように静かな様子に見えるのだが、なかなか戻ることができなかった。
(やっぱり死んじゃったんだ)
半ば諦めたそのとき、フッと自分の身体に戻ることができた。
何事もなかったかのように机に突っ伏した身体を起こした。
「ああ、びっくりした。何だったんだ、今のは?」
時計を見ると12時半だった。
30分ほどの間、魂が離れていたのだ。

圭太は気を取り直し、布団に潜り込んだ。
しかし布団に入ってもなかなか眠りにつくことはできなかった。
さっきの体験に興奮していたのだ。
夢ではなく確かに自分の魂が自分の身体から離れてこの部屋に浮かんでいたはずだ。
自分の姿を宙から見たのだから間違いない、と思う。
しかしそのうちだんだんと丸薬を飲んだときの体験が夢だったように思えてきた。
(あの体験は何だったんだろう?)
そう思うともう一度確かめたくなる。
しかし死ぬのは嫌だ。
それでも強い誘惑を感じる。
悩めば悩むほど、逆にもう一度確かめようという気持ちが強くなった。
(最終的には自分の身体に戻れたんだ。死ぬことはないはずだ)
圭太は少しの不安は残るものの大した危険がないように思えてきた。

(もう一回飲んでみよっ。やばくなってもどうせ戻れるんだし)
圭太は再び丸薬を飲んだ。
同じように意識がなくなった。

布団に入って横になっている自分が見えた。
(やっぱりこうなったか。……そうか、これは魂を肉体から離す薬なんだ。あと読めた漢字は"憑"と"死"か。誰かに取り憑いたらそいつが死ぬのかな?)

ちょうどそんなタイミングで上の階でミシミシという音がし出した。
(いつものように上の新婚がセックスを始めたんだろうな)
圭太の真上の部屋には若い男女が住んでいた。
おそらく圭太と同じくらいの年齢だと思う。
実際新婚なのかそれとも同棲なのか圭太は知らなかった。
ただ勝手に新婚と思っているだけだった。
いつもより遅い時間だったが、翌日が休みの時は一晩中ミシミシといっていることがある。
それを知っている圭太にとっては特別驚く時間ではなかった。
(上に行けばセックスしてるのが覗けるかもしれないな。うまくいけばとり憑いて初体験できるかもしれないしな)
そんなことを思いながら、真上の部屋に行くことにした。
魂だけになると物理的な障害物も難なく通り抜けることができた。
圭太は楽しくなってきた。
圭太が入りこんだ部屋では新婚夫婦がまさにセックスの最中だった。

新婚夫婦はいわゆる騎乗位の体勢になって合体していた。
(それじゃ"憑"を試してみるとするか)
圭太は旦那の身体の中に入った。
「ひっ」
無事に憑依できたようだが、いきなりペニスを締め付けられる感覚に襲われ、思わず圭太は声を出してしまった。
「どうしたの?慎ちゃん」
(こいつ、慎ちゃんっていうのか)
男をまたいでいる女は下になっている圭太に向かって言った。
しかしまだ頭が状況についていけていない圭太はどう答えていいのか見当もつかなかった。
「ねえ、大丈夫なの?」
仕方なく黙っていると、女が言葉を続けた。
「うん」
圭太はとりあえず何とかそれだけを絞り出した。
「本当に大丈夫?」
圭太は少しずつ状況は理解しつつあった。
しかし、圭太が童貞だったため、こういうケースで何をどうしていいのか分からなかった。
「とりあえず動いていい?」
上になっている女が圭太の返事も待たずに腰を動かしだした。
前後左右上下に動かされると、あっという間に高まりはやってきた。
そしてあっという間に女の中で果てた。
その瞬間、女は動きを止めた。
「えっ、もう出ちゃったの?もう慎ちゃんったらひとりでいっちゃって。あたしはまだ全然いけてないのに」
そう言いながら男から離れ、枕元に置いてあるティシュを数枚取った。
自分の股間にティシュをあて男が出したものを拭いた。
「ねえ、もう一回できる?」
ティシュをゴミ箱に捨てて再び圭太の横に寝転がった。
「うん、できると思う」
圭太はそう言ったが、一向に大きくなる気配がない。
(やばいな。もう戻ったほうがいいかな?)
しかし時間にならないと抜け出せないみたいだった。
すると女がペニスを握ってきた。
圭太は驚いて少し腰をひいた。
「どうしたの?やっぱり何か変ね?」
女が圭太の顔を覗き込んだ。
改めて女の顔を見ると、童顔でアイドル系の顔をしていた。
はっきり言って可愛い。
「そんなことないよ」
圭太はドギマギして言った。
「きっと疲れてるのね?それじゃ、あたしが元気にしてあげるね」
そう言って圭太のペニスに顔を近づけていき、ペニスを銜えた。
(これがフェラチオかぁ。しかもこんなに可愛い娘が俺のチンコを銜えてくれてるなんて。正確には俺のチンコじゃないけど)
恭子が上目遣いでこっちを見ながらペニスを銜えている。
すごくいやらしい光景だ。
「ねえ、いつもだったら『恭子やめてくれよ』とか言うのに今日は何だか嬉しそうね」
一旦口からペニスを出してそんなことを言った。
「……」
圭太にはどう答えていいのか分からなかった。
「まあいいわ。今日はしっかりサービスしてあげる」
再び恭子がペニスを銜えてくれた。
恭子の舌使いは絶品だ。
(すげえ気持ちいいな)
すぐに圭太のペニスは硬くなった。
女は硬くなったのを確かめると再び圭太にまたがり、自分の中に招き入れた。
(ああ、入れるときってこんな感じなんだ)
圭太の身体ではこれまで一度も経験したことのない感触だった。
そんな恭子の中の感触を楽しんでいると、突然元の身体に戻った。
時計を見ると30分が経っていた。
(30分経ったら元に戻るのか。自分の思い通りに憑いたり離れたりできないのが欠点だな)
それにしてももう一回女の中で射精したかった。
あと何回かしかこんな経験ができないのはすごく残念だ。
圭太は残っている丸薬の数を数えてみた。
11粒残っていた。
「ということは最初は13粒あったんだ。…そうか。13って縁起の悪い数字だって言うし、13粒全部使ったら死ぬってことなのかも。だったら13粒全部使わなければいいってことか。俺ってあったまいい」
圭太は一人そう納得した。
そして1粒だけ排水溝に捨てた。
「これで死ぬことはないだろう。あと10粒はじっくり有効に使わなくっちゃな」

じっくりと使おうと思っていたが、夜になって真上の部屋からミシミシという音が聞こえると自分の欲求を抑えられなくなってきた。
また昨夜のように憑依したくなったのだ。
圭太は薬を飲んで、セックス中の真上の新婚夫婦の部屋に行った。
今日は正常位で合体していた。
(この夫婦も本当に好きだな。新婚だし仕方ないけど)
圭太が旦那のほうに憑依しようとした。
そのときだった。
「慎ちゃん、やっぱりいつもみたいにあたしが上になる」
そう言って女が男と身体を入れ替え、昨夜のように騎乗位の格好になった。
(やばっ)
そう思ったのも遅く圭太は女のほうに憑依してしまった。
一旦憑依してしまうと30分経たないと元に戻れない。
圭太は30分間この女の身体に拘束されたのだ。
男が少し動いた。
「んっ」
圭太は股間を突かれる感じに思わず声を出した。
「恭子、どうかしたのか?」
下から男が軽く腰を動かした。
圭太の身体に入れられたペニスが微妙な動きをする。
圭太はオマンコから押し寄せる経験したことのない快感に翻弄されていた。
「いつものように動いてくれよ」
男がさらに強く腰を動かした。
「あっ…すご……」
圭太はどう動けばいいのか分からなかった。
だが、身体が欲するまま腰を動かした。
全く未知の感覚だ。
女の快感のほうが男のものより強いということは聞いたことはあった。
だが、これほどとは思わなかった。
何も考えられないほど快感だけが身体中を駆け巡っていた。
圭太は本能的に腰を動かした。
自分の乳房を揉みながら。
男のペニスがもうすぐ出そうなことが何となく感じられる。
圭太自身にはそんなことを感じる余裕がないはずなのだが何となくそれが分かった。
もしかすると、この身体に残っている恭子の魂が教えてくれているのかもしれない。
「あ…あ…あ…あ…あ…慎ちゃん…いくぅ〜〜〜〜」
圭太はそんな叫び声をあげながら、仰け反り身体の中で出された精液を感じていた。
意識が飛んでいくような気がした。

いつの間にか元の身体に戻っていた。
30分経ったのだった。
元の身体に戻ってもさっきまでの快感が頭の中を占めていた。
(女って…女って…すごすぎる…)
圭太は女の快感に浸っていた。
するとこれまでにないほどペニスは硬くなった。
圭太はそれをむなしくしごいた。

次の日の晩も夜中になると上の階からいつものきしみ音が聞こえた。
圭太はいてもたってもいられなくなった。
即座に丸薬を飲んだ。
その瞬間、これまで経験したことのない痛みが襲った。
(何だ、これは!)
それは喉が焼けるような痛みだった。
(ええっ、もう死ぬのか!やっぱり『死』って本当だったんだ…)
圭太は喉を掻きむしるように苦しんで、そして倒れた。
魂が身体から離れた。
圭太は宙に浮かんで自分の身体を見た。
これまでとは明らかに様子が違った。
死体なんて見たことはなかったけど、圭太には分かった。
自分が死んだことを。
(俺、死んじゃったんだ。それにしても4粒目だから"死(四)"って洒落にもなんないよ)
身体が死んで全てが終わりなら憑依すらできないのかもしれない。
女の快感をもう一度体験してみたいと思っていた圭太は階上の夫婦の部屋に行き、ダメ元で恭子の身体に重ねてみた。

すぐに快感が圭太を襲ってきた。
無事に恭子に憑依できたのだ。
圭太は昨日と同じように腰を動かした。
「あ…あ…あ…あ…あ…慎ちゃん…あ…来て……」
圭太は身体を痙攣させて慎也の精液を中で受けた。

気だるい快感の中、圭太は自分の中で萎んでいる慎也のペニスを感じた。
圭太は身体を離し、並んで寝転んだ。
そして慎也のペニスに手を伸ばした。
それはダラリとした状態になっていた。

圭太は時間が来て恭子の身体から離れたら死んでしまうだけだと思っていた。
だからもう1回やりたかった。
(そう言えば昨日フェラチオしてもらったらすぐに元気になったよな)
圭太は昨日のことを思い出した。
男のペニスを銜えることに抵抗を覚えないわけではないが、快感を求める気持ちが強かった。
圭太は思い切って言った。
「ねえ慎ちゃんフェラチオしていい?」
しかし返ってきた返事は予想と違った。
「やだよ」
「どうして?」
「いつも言ってるじゃないか。恥ずかしいって」
(そんな考え方もあるのか。あんなに気持ちいいのに)
それでも圭太は絶対にもう一度やりたかったので慎也のペニスを手でいじっていた。
「もう疲れたから寝させてくれよ」
そう言って圭太と反対側を向いてしまった。
(あ〜あ、俺の人生もこれで終わりか…)
そう思って目を閉じた。
恭子の身体が疲れていたせいだろう。
全裸のまますぐに眠りに落ちていった。

朝になった。
圭太はすぐに自分の身体をチェックした。
圭太は恭子に憑依したままだった。
どうやら戻る身体がなくなったためにこの身体から離れることはないのだろう。
そうすると一生この身体のままなのだろうか?
そんなことまで考えていなかったから少し戸惑いはあった。
しかし、またセックスできることを考えるとこのままでもいいかなとも思えた。
実際、今晩慎也に突かれることを想像するだけで股間が湿る思いだった。
そんなことを考えるとすぐにでもしたくなって、圭太の手は慎也のペニスに伸びていた。
すると、慎也が目を覚ました。
「朝っぱらから何だよ?変なとこ触って」
「あっ、慎ちゃん、おはよう」
圭太は慌てて手を引っ込めた。
「ああ、おはよう。今日は朝からやけにハイだね」
圭太は慎也にキスされた。
それは軽いものだったが圭太にとっては初めてのキスだった。
男からのキスだというのになぜか嬉しかった。
これも恭子の魂が影響してるのだろう。
「今晩もセックスしようね」
圭太はそのウキウキした気持ちのまま言った。
そして返ってきた言葉は衝撃的なものだった。
「朝から何だよ。恭子って本当にセックスが好きだな。そういう意味では性転換して正解だったね」
「えっ?」
圭太は一瞬にして頭が真っ白になった。
「恭子っておかまなの?」
「何言ってんだよ。セックスのやり過ぎで頭がおかしくなっちゃったの?半年前までは恭子もボクと同じものぶらさげてたじゃん」
慎也のそんな言葉も聞いていない状態だった。
(こんな身体のままじゃいられない。絶対に嫌だ。早く他の身体を探さないと。…あっ、あの薬。部屋に置いたままだった。早く残りの丸薬を取りに行かなくちゃ)
布団のそばに脱ぎ捨ててあったショーツを履き、黄色いVネックのTシャツにジーンズのホットパンツを履いて、外に飛び出した。

圭太は自分の部屋に入ろうとした。
しかし鍵がかかっており中に入れなかった。
(やばいぞ。俺が死んでるのを誰かに発見されたら警察が来るだろうし、そうなったらきっとあの薬は警察が持って行って調べられるだろうし。何より俺はこの身体に閉じこめられてしまう)
圭太は一計を案じた。

「すみません、大家さん」
圭太はアパートから500メートルほど離れた大家の家を訪ねた。
「何じゃ、こんな朝早くから」
大家は機嫌悪そうな顔をして出てきた。
「洗濯物を落としちゃって下の人の家に入っちゃったんで取りに行ったんですけど、下の人が全然出てくれなくって」
「どこかに出かけてるんじゃろ」
「でもテレビの音も聞こえるし、変だなと思って窓から覗いてみたんです。そしたら中で倒れてるみたいなんです」
「見間違いじゃないのか?」
「確かに人間の脚でしたし、見間違いじゃないはずです。早く行かないと手遅れになるかも」
大家は一度中に入り、鍵束を持って出てきた。
圭太と大家は圭太の部屋に来た。
「小野さん、小野さん」
部屋の中からはテレビの音が聞こえてくるが、全然反応がなかった。
「ねっ、何か変でしょ?早く開けてください」
圭太がそう言うと大家は鍵束からひとつの鍵を選んで、鍵穴に差した。
「お前さんがそこまで言うから開けるんじゃぞ。文句を言われてもわしゃ知らんからな」
そう言いながら大家が鍵を開けた。
圭太がドアを開けた。
すると圭太の身体が突っ伏しているのが見えた。
「小野さん、大丈夫ですか?」
圭太がわざとらしく声をかけた。
「大家さん、やっぱり小野さん倒れてます。すぐに救急車を呼んでください」
大家は「もし死んでたりしたら借り手がつかなくなってしまう」などとブツブツ言いながら119番に電話をした。
圭太は「小野さん、小野さん」と言いながら中に入り、机の上にある丸薬の残りが入ったペットボトルのふたをホットパンツのポケットに入れた。

救急車が到着すると、サイレンの音で近所の人が野次馬のごとくアパートを取り囲むように集まった。
圭太は混乱に乗じて、一旦部屋に戻り、回収した薬を引き出しにしまった。
「慎ちゃん、あたし、下の小野さんが倒れてたのを見つけちゃって。多分警察も来ると思うし、もう少し下の部屋にいるね」
再び圭太は元の自分の部屋に戻った。
救急隊員が到着していたが圭太の身体は運び出されることなく、すぐに警察がやってきた。
圭太自身も取調べを受けたが結局心臓疾患による病死と言うことで片がついたようだった。
死者を出したことで借り手がつきにくくなるという大家の心配にもかかわらず、すぐにその部屋には新しい借り手がついた。
圭太と同年代くらいの若い男だった。

圭太は再びいつでも他の身体を手に入れることができる丸薬を手に入れた。
いずれは元の自分とは違うかっこいい男の肉体を奪うつもりではいたが、じっくりとターゲットを探すつもりだった。
余裕が出るとおかまとは言え、この恭子の身体から離れるのも惜しくなり、しばらくは恭子の身体を楽しむことにした。

圭太は恭子として生活した。
いろいろと分からないことがあるはずだが、何とかこなすことができた。
まるでこの身体自身が覚えているかのようだった。
圭太は2〜3日恭子として暮らしていると少しずつこの二人の関係が分かってきた。
慎也はどちらかと言えば受身タイプで自分から行動を起こすタイプではなかった。
恭子である圭太が何か言わないと一日中でも寝て過ごしているような男だった。
しかし何か言うと文句も言わずにおとなしくしたがった。

慎也は定職もつかずアルバイトだけで生活していた。
圭太もスーパーのレジ打ちのパートに行きながら主婦としての家事もこなした。
夜の生活は圭太が誘わなければ何もなかった。
また精力もそれほど強いほうではなく、1回すれば寝てしまうタイプだった。
何となくだらしないと感じる男だったが、圭太にはそこが愛おしく感じる点だった。
(何か変だよな。もしかすると恭子の魂の影響を受けてるのかな)
その推理は正しかった。
表面上は圭太が恭子の身体を乗っ取ったようだが、恭子の身体にはまだ恭子の魂が残っており、それが圭太の魂に影響を及ぼしていたのだ。

夜の生活にもマンネリを感じていた圭太は、ある日前戯のときにちょっとふざけて慎也の乳首を舐めてみた。
「…あ…あぁ……」
慎也はとても気持ち良さそうに喘いだ。
「慎ちゃん、感じるんだ?」
慎也は目を閉じていた。
「…うん」
「じゃあ今日はあたしが慎ちゃんを抱いてあげようか」
「…」
「今日は慎ちゃんが女の子ね」
慎也は何も言わずにうなずいた。
圭太は慎也の乳首を舌の先でつついた。
右手で別の乳首に触れた。
慎也は甘い声を出していた。
圭太は自分の愛撫に対する相手の反応で興奮している自分に気づいた。
(やっぱり抱くより抱かれるほうが好きなタイプかも)
圭太は頭を慎也のペニスのところに移動させた。
「慎ちゃん、クンニしてあげるね」
いつもはフェラチオを嫌がる慎也だったが、このときは嫌がる様子はなかった。
「慎ちゃんのクリトリスって大きいね」
圭太はペニスに触れながら言った。
「いやっ、言わないで」
慎也の反応はまるで女の子だった。
圭太は慎也のペニスの先を舐めた。
「あっ…ぁん…」
圭太はペニスを銜えながら慎也の肛門に指を入れようとした。
「そこはダメ!」
慎也は思い切り圭太の手首を握ってお尻から引き離そうとした。
慎也の力は思った以上に強く、圭太の手首は少ししびれるくらい痛かった。
圭太はすぐに肛門に指を入れることをあきらめた。
結合はいつもと同じだった。
圭太が上になった状態でひとつになったのだ。
(このまま慎ちゃんを突きたいな)
圭太は思った。
そしてちょっとした悪戯を思いついた。
早速次の日に試すことにした。

「ねえ、慎ちゃん、面白い薬を手に入れたんだけど」
「何だよ?やばい薬じゃないだろうな」
圭太は机の引き出しにしまってあった薬を2粒取り出し、1粒慎也に渡した。
「これなんだけど飲んだらね、魂が肉体から離れるの」
「嘘だろ?」
「騙されたと思って飲んでみてよ」
「いやだよ」
「そんなこと言わないで。あたしも飲むからね。でね、あたしの身体に憑依して欲しいの。あたしは慎ちゃんの身体に憑依するから」
「それって入れ替わるってこと?」
「そう。面白そうでしょ?」
「うん、まあ」
慎也はこの提案にまんざらではなさそうだった。
「じゃ、"せえの"で飲もうね。せえの!」
圭太と慎也の魂は一旦自分の身体から抜け出た。
そして約束通りお互いの身体を入れ替えるべくそれぞれの相手の身体に憑依した。

恭子の身体に入った慎也は自分の身体を観察した。
「おっぱいがあるってこういう感じなんだ」
そう言いながら自分の胸を揉んだ。
「慎ちゃん、ひとりで楽しんでないで早くやろっ」
圭太はあえて恭子の振りをして慎也を布団に押し倒した。
そして唇を口でふさぎながら乳房を揉んだ。
揉みながら人差し指で乳首をなでたり押さえたりした。
「…ん…んん……」
恭子の身体に入った慎也は口をふさがれて声を出せなかったが、快感に身をよじっていた。
圭太は唇から耳、耳から首筋、首筋から胸元と徐々に口を下方に移動させた。
乳房を舐め乳首を甘噛みした。
「…ゃん…」
慎也の甘い声がした。
「慎ちゃんって可愛い」
「だって今は女の子だもん」
圭太は完全に女になりきり、女の立場を楽しんでいた。
「あたしより女らしいかもね」
圭太はさらに下方に移動した。
「慎ちゃん、脚開いて。クンニしてあげる」
「いやっ。恥ずかしいもん」
「そんなこと言ってもあたしの身体をじっくり見るチャンスなんてないからいいでしょ?」
慎也は何も答えなかった。
圭太は少なくとも拒絶しているわけではないと思い、両手で慎也の脚を広げた。
やはり全く抵抗する様子はなかった。
しかし慎也は両手で顔を隠している。
本当に恥ずかしいようだ。
恭子のオマンコはとても作り物には見えなかった。
圭太がインターネットで見ているオマンコと何ら遜色はなかった。
「慎ちゃん、綺麗よ」
慎也は何も言わずに首を横に振っている。
恥ずかしさに耐えているようだ。
圭太は小さな突起物を舐めた。
「はんっ」
慎也が仰け反って奇妙な声をあげた。
「ちょっと強すぎたかな?今度はもう少し優しくしてあげるね」
圭太は慎也の股間にゆっくりと舌を這わせた。
慎也はシーツを握り締めて頭を左右に激しく振っている。
慎也のオマンコからは驚くほどの愛液が分泌されていた。
「慎ちゃん、入れていい?」
慎也は何も言わなかった。
圭太はペニスを慎也の膣口にあてゆっくりを押し込んだ。
正常位の体制だ。
圭太にとっては騎乗位よりも正常位の方がしっくりくる。
「あっ…あぁぁ……」
慎也の口から甘い吐息が漏れた。

「慎ちゃん、入ったわよ。どんな感じ?」
「何か股間にも心臓があるような感じ。すごくドキドキしてる」
「気持ちよくない」
「すっごく気持ちいい。でも何か引っ張られてる感じでちょっと不思議な感じ」
「う〜ん、確かにそんな感じかな?それじゃ動いてみるね」
圭太はゆっくりと腰を動かした。
「あっ…ああん……」
「どう?」
「すごい…気持ちいい……」
「でしょ?それじゃ何も考えられないくらいすごい快感を教えてあげるね」
圭太は激しく腰を動かした。
「…ああ……すごい……おかしくなりそう……」
慎也は強すぎる初めての快感にシーツを握り締めて必死に何かに耐えているようだった。
「ねえ慎ちゃん、いつもみたいに騎乗位になる?」
「いっ…いい…このまま来て……」
圭太は慎也の腰を少しスピードを落とし大きく打ちつけた。
「あっ…あっ…あっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
圭太が慎也の中で射精した瞬間、慎也は仰け反って絶叫した。

圭太は慎也の中からペニスを抜いた。
慎也は肩で息をしている。
身体を動かすこともできないようだ。
そんな様子を見ていると突然元の身体に戻った。
確かに身体に快感の余韻は残っていたが、動けないほどではない。
逆に自分の身体に戻った慎也が動けないようだった。
圭太は身体を起こし、身体の中に出された慎也の精液をティシュで拭った。
「慎ちゃん、どうだった?」
「…最高。よかったわ……」
慎也は自分の身体に戻ったことも気がついていないようだった。
「気に入ってくれたんなら、またやろうね」
「……」
慎也は眠ってしまったようだ。
圭太もショーツだけを履いて眠りについた。

朝になり目が覚めるとなぜか圭太は全裸になっていた。
ショーツは布団の外に脱ぎ捨ててあった。
どうも夜中にオナニーをしていたようだ。
(慎也のやつ、あのあと薬でこの身体に憑依してオナニーしたんだろうな)
そう思って隣で眠っている慎也の姿を見た。
寝てるにしては寝息すら聞こえない。
(まさか!?)
嫌な予感がして慎也の様子を確かめると、予想通り隣で慎也が死んでいた。
どうやら薬を4粒飲んでしまったらしい。
きちんと説明しておかなかった自分のミスだ。
「慎ちゃん、慎ちゃん」
圭太は慎也の肩を揺すった。
すでに冷たくなっていた。
圭太は一応119番通報した。
すぐに救急車が来たが、圭太のときと同じように警察もやってきた。
同じアパートで二度も同じような変死が続いたのだ。
当然警察は執拗に捜査した。
しかし心臓疾患以上の材料は見つからなかった。
結局は圭太と同じように心臓疾患による病死と言うことになった。

短い間とは言え身体を重ねた相手が死んだのだから圭太にもそれなりにショックはあった。
しかし、そんな圭太は大家から1ヶ月以内に出て行くように言われた。
この部屋の借り手は慎也だった。
夫婦でもない恭子には先住権を主張することも難しく出て行かざるをえない状況だった。

『ピンポーン』
次の日の正午ごろ、インターホンが鳴った。
「はーい、今開けます」
圭太がドアを開けると見知らぬ女が立っていた。
白いワンピースを着たお嬢様風ファッションだった。
「どなた…ですか?」
「わたしよ、慎也よ」
改めて女を見た。
どう見ても男の魂が中に入っているとは思えないくらい女性として自然な立ち姿だった。
足には決して低くないハイヒールを履いていた。
しかも話し方も不自然さがない。
自分のことを『わたし』と呼んでいるのも不思議だ。

「慎ちゃん…なの……?どうしてそんな…女になんか……」
「それは…」
「とにかく中に入って」
圭太は慎也と名乗る女を部屋に招き入れた。
「わたし、あの後、恭子がくれたあの薬を引き出しから探し出して恭子に乗り移ってひとりエッチしてたの」
「そうみたいね」
「そしたら急に苦しくなっちゃって、気がつくと身体が死んじゃってたの。魂だけでフラフラしてると女が昼間からオナニーしているところに出会ったのよ。気持ち良さそうって思って近づいたら、次の瞬間にはその女に乗り移ってしまって。どうせまた30分くらいで離れるんだろうと思ってたんだけど、一晩経っても女のままなの」
「さっきから仕草といい話し方といい女性そのものなんだけど、どうしてなの?」
「分からない。無理に乱暴な話し方をすればできると思うんだけどこの方が落ち着くの。この身体の持ち主の精神がわたしに影響してるのかもしれないわ」
それはそうかもしれない。
それにしても影響が強すぎる。
元々慎也には女性になりたいという欲求があったのだろうか。
だからニューハーフである恭子とつき合っていたし、身体を入れ替えたときもあんなに順応していたんだと考えれば辻褄が合うような気がした。
一昨日は男だったが女の立場としてセックスだった。
昨夜はニューハーフでのセックスを体験した。
そして今日になって女になった。
徐々に女に近づいていくことで、慎也の魂がうまく女の身体と精神にフィットしたのかもしれない。
よく分からないが、様々なことが慎也の女性化を後押ししていたように思えた。
「どこから来たの?」
圭太の質問に慎也はバッグから免許証を出した。
そこには望月莉菜、昭和63年4月16日生、宮城県仙台市青葉区柏木と書いてあった。
「仙台?そんな遠くから?」
「だってそんなとこに知り合いなんかしないし、心細くて、恭子に会いたくっていてもたってもいられなくなって」
慎也は肩を震わせて泣いた。
圭太は慎也を抱きしめた。
若い女の香りが鼻をくすぐった。
まだまだ正常な男の意識が残っている圭太にとっては理性を吹き飛ばすには十分だった。
圭太は慎也にキスをした。
そしてワンピースの上から乳房をまさぐった。
それほど大きくはなく手のひらに収まる程度の大きさだった。
「…ああ……」
圭太の腕の中で慎也は甘い声を出した。
圭太は服の上から股間に手を這わせた。
ワンピースの裾から手を入れショーツをまさぐった。
ショーツの上からもすでに濡れているのは明白だった。
圭太はワンピースをめくり上げショーツを下ろした。
慎也のショーツの中はすでにおしっこを漏らしたように濡れていた。

「入れて…欲しいの……」
慎也は懇願するように言った。
圭太には慎也の願いに応えるためのものを持っていなかった。
しかたがなく圭太は慎也のオマンコに指を入れた。
「ねえ、おちんちんを入れて」
慎也は飢えているようにペニスを求めた。
圭太も男としてこの女のオマンコにペニスを入れたくなってきた。

「ちょっと待って。今のあたしには無理だからあたしが男になって戻ってくる」
「ん、待ってる…」
慎也はうつろな目で圭太を見つめて返事した。
圭太は丸薬を飲み、階下に越して来た若い男に憑依した。

男に憑依した圭太はすぐに部屋に戻った。
「誰?」
急に現れた男に女になった慎也は怯えた。
「あたしよ。恭子よ」
「恭子なの?」
「うん、慎ちゃんのために男の人に乗り移っちゃった」
「ごめんね」
慎也は口では謝りながら視線は圭太の股間に向いていた。
圭太の股間は憑依したときから勃起していた。
圭太は着ていた服を脱いで、全裸になった。
慎也は大きく脚を広げた。
圭太は脚の間に割って入ってペニスを慎也の股間にこするようにした。
「あんっ……」
慎也の口から艶っぽい声が漏れた。
ペニスの先が慎也の愛液でぐっしょりと濡れた。
ゆっくりと長い時間をかけてペニスでこすっていると、慎也の身体の準備も再び万全になってきた。
「それじゃいい?」
慎也は何も言わずに圭太の挿入を待った。
圭太は慎也のオマンコにペニスを入れた。
恭子の身体よりもネットリと纏わりつくような感じだった。
圭太にとっては初めての女との体験だった。
締めつけ方も半端じゃなかった。
(やっぱり本物の女はいい)
圭太が抽送していると突然元の身体に戻ってしまった。
(やばい!もう一度乗り移らなきゃ)

秋野進一が気がつくとなぜか女とセックスしているところだった。
(!?)
ホモの自分がなぜこんな状態になっているのだろうか?
進一には理解できなかった。
「恭子…もっと突いて……」
なぜか目の前の女は進一のことを恭子と呼んでいる。
訳が分からなかった。
そのせいか進一のペニスの硬度がやや柔らかくなってきた。
すると女のオマンコが強く締め付けてきた。
進一は嫌悪感を感じた。
進一はホモであり、いわゆるネコ役だった。
自分は突かれる役で、こんなふうに突くなんて考えられなかった。
まして相手が女なんて。
そんなことを考えていると、傍らにいた女が起き出した。
女が薬か何かを飲んでいる。
するとその女が倒れた。
進一は背中に何かを感じると意識がなくなった。

圭太は再び男に乗り移った。
男の身体で魂が出たり入ったりしていたことは慎也には全く気がついていなかった。
慎也にとっては女性として初めて挿入され突かれる快感のせいでそんな些細なことに気がつく余裕すらなかった。
慎也は圭太の抽送にあわせて腰を振り、喘いでいた。
「慎ちゃん、行くわよ」
圭太は激しく腰を振り、慎也の中で放った。
「あっ…あっ…あっ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ…いくぅぅぅぅ……」
慎也の身体は細かく痙攣したかと思うと、大きくガクンガクンと身体を揺らした。
慎也は気を失ったようだった。

圭太は慎也を残し、急いで服を着て男の部屋に戻った。
そしてペニスを簡単に洗って布団に入った。
そのまま横になっていると、しばらくして恭子の身体に戻った。

圭太は慎也に添い寝をする状態で一緒に寝た。
圭太は結局眠れなかった。
丸薬をもう1粒飲むとこの身体は死んでしまう。
圭太は今更ながらだが恭子の身体に未練を感じていた。
これは恭子の魂の影響のせいだが、圭太は単に身体に馴染んでしまったせいだと思っていた。
「ねえ、慎ちゃん、あたしがこれを飲んじゃうと、慎ちゃんみたいに死んじゃうの。でも慎ちゃんみたいに誰かに乗り移ってここに戻ってくることもできる。慎ちゃんはどうして欲しい?」
「恭子のままがいい」
慎也は呟くように言った。
「あたしも今のままがいいけど、ニューハーフと女の子の2人でなんて生活していくのは難しいよ」
「そりゃそうだけど…」
「あたしが誰かいい男に乗り移ってくるってのはどう?」
「わたしはやっぱり恭子のままがいい」
「でもあたしのままじゃ慎ちゃんをセックスで満足させてあげられないもん」
「それは…」
慎也は何も言えなかった。
自分の気持ちはともかくこの身体は男のペニスを欲しているのだ。
それは昨夜の経験で十分に分かっていた。
「あたしはどんな姿になってもあたしだよ。絶対慎ちゃんを幸せにするから」
「本当に?」
「うん。だから少しの間待っててくれる?」
「うん、分かったわ。絶対に戻って来てね」

圭太は電車に乗って少し離れた公園に行った。
目の前には幸せそうな家族連れの姿や走り回る子供たちが見えた。
圭太はバッグに入れておいた封筒から便箋を取り出した。
便箋には『慎ちゃんのところに逝きます。恭子』と書いてあった。
同じアパートで3人の死者を出すことはしたくなかった。
だからわざわざここまで足を伸ばしたのだ。
(別にここまで義理立てする必要はないっちゃないんだよな)
そう思うのだが今の慎也を見捨てることは圭太にはできなかった。
これには恭子の魂が圭太の考えに影響を及ぼしていたのだ。
そのことに圭太は気づかなかった。
便箋の内容を確かめると再び封筒に入れ、バッグに仕舞った。
そして最後の1粒を飲んだ。

「慎ちゃん、迎えに来たよ」
「恭子…なの?」
「そうよ」
慎也の目の前に現れたのは昨夜の男だった。
改めてみると何となく元の慎也に似た雰囲気の男性だった。
慎也はその姿を見ただけで股間が熱くなるのを感じた。
「何となく元のわたしに似てるね」
「でしょ?昨日の夜に気がついて、乗り移るとしたら彼かなって思ってたんだ」
「恭子ってちゃんと考えてくれてたんだ」
「考えてたわけじゃないわ。この身体の男性が慎ちゃんに似てたのは単なる偶然よ。それじゃ、この人が借りている部屋に行きましょうか」
「どうして?」
「だって今のあたしたちはこの部屋を借りている二人じゃなくなっているのよ。もし見つかったりしたら不法侵入になっちゃうじゃない」
男はそう言って下の部屋に向かった。
慎也は男のあとにしたがった。
部屋に入るとすぐに慎也は男に抱き締められた。
男に抱き締められると慎也はなぜかとても落ち着くような気がした。
身体の奥から強い欲求が湧き上がってくるのを感じた。
慎也は自分から唇を重ねた。
そしてその欲求に後押しされるように男の股間に手をやった。
男のそこはすでに硬くなっていた。
慎也はキスしながらズボンの上からその部分を握ったりこすったりした。
慎也は股間に手を重ねたまま、跪いた。
ペニスを間近で見たいと思ったのだ。
ジーパンのボタンを外し、ファスナーを下ろした。
少しだけジーパンを下げ、トランクスも少し下げてペニスを取り出した。
少しおしっこの臭いがする。
先っちょに触れるとピクンッと動いた。
慎也は両手でペニスを持ち先っちょに舌を這わせた。
上目遣いで男の様子をうかがうとじっとこちらを見ていた。
(やだっ!)
慎也は慌てて目を逸らした。
そして目の前の物に集中した。
慎也は少しの躊躇いを感じながらペニスを銜えた。
(どうしてこんなことができるのかしら?)
そんな疑問を感じながら自分が男のペニスを銜えていることで身体の芯が熱くなってくるのを感じた。
ほとんど無心にペニスを舐めたり吸ったりした。
塩辛いものがペニスから出てきた。
しばらくすると、男が慎也をペニスから引き離そうとした。
慎也は男を最後まで行かせたかった。
しかし男が引き離そうとする力は強く、捕まれた腕が痛くなったこともあり、仕方なくペニスを口から離した。
「慎ちゃん、服脱いで」
男はそう言って、自分の服を脱ぎ出した。
慎也も服を脱ぎ全裸になった。
二人は抱き合った。
慎也は男の舌が全身を這い回っているのを感じ、喘ぎ声を出した。
慎也は女の快感のせいで心の底まで女になっていくように思えた。
男の精を子宮に感じ女の喜びに身体を震わせた。
セックスのあと、慎也は男の腕に抱かれて余韻を感じていた。

圭太は自分の腕に中で幸せそうな顔をしている女の身体に慎也の魂が入っていることが不思議だった。
圭太が圭太のままだったら絶対に知り合うことはないくらい美しい女性だった。
しかも昼は淑女、夜は娼婦という言葉がまさに当てはまる女だ。
元々正常な男だった圭太にとってはこれ以上のない最高の女のように思えた。
中に入っているのが男の魂だと知っていても、だ。
「慎ちゃん」
圭太は慎也に声をかけた。
「慎ちゃん、今幸せ?」
「うん、幸せよ」
圭太は次の言葉を言うべきか迷った。
しかし自分たちがこのままなんだということをお互い分かっていなくちゃいけないと思い直し、思い切って言った。
「慎ちゃん、あの薬なんだけど」
「?」
「あの薬、もうなくなっちゃったの」
「そうなの?」
「うん、だから慎ちゃんはその身体からもう二度と離れることはできないの」
「…」
「それはあたしも同じ。あたしもこの身体で…男として一生生きていかなくちゃいけないの」
「…うん」
「だからあたしのことはもう恭子と呼ばないで。今のあたしの名前は秋野進一って言うの。慎ちゃんは望月莉菜よね?あたしはこれから慎ちゃんのことを莉菜って呼ぶことにするわ」
「ええ、分かったわ。じゃ、わたしが進ちゃんって呼べばいいのね?」
「何かおかしいね。あたしが進ちゃんになるなんて」
「進ちゃん、愛してる」
「ははは早速なりきってるのね。じゃわた…いや僕も進一になりきるよ。莉菜、愛してるよ」
「進ちゃん」
二人は再び抱き合った。

圭太と慎也は3ヶ月ほどすると入籍した。
慎也のお腹に赤ちゃんができたのだ。
慎也はお腹をさすっていた。
「莉奈、すっごく幸せそうだね」
「うん、わたし、とっても幸せよ。女性になれてとっても良かったって思ってる。だってお腹に進ちゃんの赤ちゃんがいるんだもん」
「本当に?」
「進ちゃんこそ無理してない?本当は進ちゃんのほうが女性になりかったんだもんね」
「今は違うさ。今は莉菜みたいに可愛い奥さんと結婚できて幸せだよ」
それは少し前までは圭太の偽りのない言葉のはずだった。
今でも頭では確かにそう思っているのだが、なぜか気持ちがすっきりしなかった。
圭太の魂はニューハーフの恭子とホモの進一の影響を確実に受けていたのだ。
自分が女と結婚している状況がなぜか落ち着かない。
男であることにすら嫌悪感を覚えつつあった。
圭太はこの感覚を恭子の身体にしばらくいたためだと考えていた。
男の身体に馴染めばそのうちなくなるだろうと。
慎也は妊娠していることを理由にセックスすることを拒んだ。
このことは圭太にとって幸いだった。
男として慎也を抱く気にはならなかったのだ。
日に日に圭太の違和感は強くなっていった。
(もう一回、あの薬、手に入らないかなあ。女になりたいよぉ)

慎也は元気な女の子を産んだ。
名前は麻菜と名づけられた。
麻菜が産まれてから1ヶ月が経った。

「ねえ進ちゃん、もうやっても大丈夫だと思うの」
慎也がついに求めてきた。
圭太は我慢して求めに応じようとしたが、どうしてもできなかった。
「進ちゃん、どうしたの?」
圭太は自分の気持ちを、自分がもう一度女になりたいことを吐露した。
慎也は黙って聞いていたが、最後にポツリと言った。
「いいわよ、進ちゃんはやっぱり恭子なんだから仕方ないよね」


3年が経った。
圭太はその頃にはすっかり女性の身体を手に入れた。
と言ってももちろん形成外科の賜物であり、慎也のように子供を産めるわけではない。
圭太は慎也に打ち明けたその日から日常生活の中では名前を恭子に戻し、女装して過ごした。
そして、手術により徐々に女性の身体に近づけていき、最近ようやく完全性転換を果たしたのだった。
しかし戸籍の性別は変更せずに、未だに秋野進一のままにしていた。
二人は戸籍上は未だに秋野進一・莉菜の夫婦なのだ。

圭太は小さな店を経営して、慎也たちを養った。
一方慎也は子育てと家事に専念する専業主婦として過ごした。
経済的には一家の大黒柱だった。
小さな麻菜は慎也のことを『お母さん』と呼び、圭太のことは『ママ』と呼んでいた。

慎也は最近二人目の子供を産んだ。
女になりたいと言った圭太に慎也が出した条件が精子バンクへの登録だった。
それを使い二人目の子供を身籠ったのだ。
二人目も女の子だった。
名前は美菜と名づけられた。

女の身体になった圭太は時には身体が疼くことがある。
そんなときには仲の良い店のお客さんと一緒の時間を過ごした。
有体に言えば不倫だ。
相手の男性にも家庭があり、圭太にも家庭がある。
お互いそれを潰さないという無言の約束の下に成り立っているつき合いだった。
圭太が女の身体を手に入れても戸籍を変えないのは慎也に対する愛からだった。
女としての幸せを求めたいと思うことも時にはあったが、慎也と子供たちの姿を見るとそんな考えはしてはいけないことにように思えた。
男にとって圭太は決して妊娠をしない、決して結婚を求めてこない安全な女性だった。

表面上女4人の家族は今日も賑やかな時間が流れていった。
憑依できる薬を見つけたばかりに外見は女になってしまった。
それでも戸籍上は結婚して二人の娘の父親になっている。
そんな自分の人生を改めて振り返ると、とても不思議な気がしたが、全く後悔する気がしなかった。
(あのままの圭太の姿でいたら、今こんな幸せな家庭なんて持てなかったわよね)
目の前で走り回る麻菜の姿を目を細めて眺めながらそんなことを考えていた。


《完》


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