呪いのブーケ



日曜日だ。
週末は家でダラダラ過ごすのに限る。
日頃の仕事の疲れを取るために週末があると俊也は思っていた。
だからよほどのことがない限り出歩くことはない。
基本、家で過ごすことにしていた。
よほどのこと…、それはガールフレンドとのデートだ。
俊也には今ガールフレンドと呼べる女性がいる。
たまたまつき合いで参加した合コンで出会った女性だ。
彼女、高木典子とは合コンの席で隣り合わせて何となく話があった。
ちっちゃくて少しポチャッとしてるのが俊也の好みだった。
典子は決して美人とは言えないが、まさに俊也好みだったのだ。
結局その夜お互いの"初めて"を経験し、そのまま恋人と呼ばれる関係になった。
典子のことは確かに好きだ。
それでも会うのは会社のある日の夜だけにしたい。
週末はできれば寝ていたいのだ。
俊也にとって典子との時間はその程度のものだった。

そんな貴重な日曜なのに俊也は珍しく正午になる前に起きていた。
大学時代の友人の楠本和樹の結婚に出るためだ。
(めでたいことには違いないんだが、せっかくの日曜がこんなことで潰れるのはつらいよなあ)
俊也はブツブツと文句を言いながら身支度を整えた。


俊也は式場に到着すると、『楠本家・田島家待合室』と書かれた部屋に入った。
大学時代の友人で呼ばれたのは俊也と湯川政義の二人だった。
「よぉ、久しぶり。元気だったか?」
俊也と和樹と政義の3人は学生時代、同じアパートだった。
クラブ活動にも参加していなかった3人はいつもダラダラと一緒に過ごした。
とりあえず誰かの部屋に集まって、何かするわけでもなく、3人で同じ時間を過ごしたのだった。
政義と大学時代の友人の近況を教え合っているうちに、式場に行くよう案内があった。

結婚式はお互いの家族・親戚が中心で友人は新郎側・新婦側それぞれ10人程度だった。
結婚式の主役は花嫁で、花婿はあくまでも脇役だ。
まさに花嫁は輝いていた。
(楠本のやつ、結構可愛い女捕まえやがって。どこで見つけたか後で聞かないとな)
確かに花嫁は美人だったが、その友人たちは大したことはなかった。
絶対自分より綺麗な女性は式に呼ばないという花嫁の強い意志を感じてしまう。
それほどあからさまな顔ぶれだった。
それでも俊也は退屈な式の間花嫁の友人たちの顔を見ていた。

宣誓、指輪交換などが終わり、新郎新婦は式場から出て行った。
続いて式に残された出席者たちがゆっくりと式場から出て行った。
出口のところで式場の担当者からわずかな花びらを渡された。
そしてガーデンに出席者で道を作るように並ばされた。
少し待たされた後、新郎新婦が再び出席者の前に現れた。
「久美子、おめでとう」
花嫁の友人たちなんだろう。
華やかな女性の声が式場の前にある形ばかりのガーデンに響いた。
新郎新婦が出席者たちで作った道を歩く。
出席者たちは手渡された花びらを二人の頭に投げかけた。
道を最後まで歩くと花嫁を中心に記念写真の時間が始まった。
俊也は写真を撮るわけでもなく、撮られる側に行くわけでもなく、傍らで突っ立っていた。
ひとしきり記念写真を撮り終えたと思うと、花嫁が背中を向け、ブーケが空中に投げられた。
ブーケトスだ。
俊也はブーケの軌道を見ていた。
そしてそのブーケはなぜか俊也の手に収まった。
「次はお前が結婚するのか。花嫁だったりしてな」
数少ない友人の政義が小声で冷やかす。
花嫁の友人たちは俊也のことを睨んでいる。
悪いことしたなと思っても後の祭りだ。
俊也は似合わないブーケを持って披露宴会場に向かった。

俊也はブーケを片手に典子の家に向かった。
(典子のやつ、これを見たら喜ぶかな)
俊也は典子の笑顔を思い浮かべながら、典子の家に向かった。
手に持ったブーケを時々見てニヤニヤと笑う姿は決して気持ちのいいものではなかった。
道行く人に恐怖心を与えたとさえ言えた。

典子がドアを開けると、その目の前にブーケを突き出した。
「どうしてブーケなんか持ってるのよ」
典子はすぐに怒ったような顔になった。
俊也は得意気にブーケをキャッチした話をすると、典子の顔は怒りで徐々に紅潮していった。
「どうして俊也がそんなものキャッチするのよ。空気を読めないにも程があるわ」
俊也の話を聞き終わるとすぐに怒鳴った。
「だって俺のほうに真っ直ぐ投げられたんだぞ。普通取るだろう」
俊也は典子の怒りが理解できずに少したじろぎながら言い返した。
「普通は取らないわよ」
「何だよ、お前だったら喜ぶだろうと思って、わざわざ持って帰ってきてやったのに」
「わざわざって、そんな恩着せがましい言い方しないでよ」
「俺だって疲れて早く休みたいところを来てやってんだぞ」
「その言い方が腹が立つのよ。どうしてこんな男が彼氏なんだろう?」
「こんな彼氏で悪かったな」
「そんな子供みたいなこと言ってないで。これからはそういう場面に遭遇してもサッと身を引いて女の子に譲るのよ」
「…分かったよ」
「それじゃ、もう帰って」
「何だ、もう少しゆっくりさせてくれよ」
「明日の会議の資料、まだ作ってないのよ。まあ徹夜するほどでもないけど、俊也にかまっている暇はないの」
「仕事なんてそんなに一生懸命にする必要ないだろ。いつかは俺と結婚して専業主婦におさまるんだしな」
「ああ、何それ。完全に女性蔑視の発言じゃん。あんたがそんな馬鹿な男だと思わなかった。そんな考え方してるんだったら、もうあたしたち終わりにしたほうがよさそうね。じゃあ、さ・よ・な・ら」
典子は俊也を押し出した。
俊也は典子に押されるがまま部屋の外に出た。
カチリ。
背後でドアに鍵がかけられた音がした。
典子は真剣に怒っているらしい。
「あーあ、また怒らしちまった。しゃあない、メールで謝っとくか」
俊也は自分の家に向かって歩き出した。
ふと手を見るとブーケはまだ握ったままだった。
一瞬典子の部屋の前に置いておこうと思った。
しかし明日になって典子がブーケを見ると、せっかく一晩かけて直った機嫌が再び悪くなるような気がした。
(しゃあない。持って帰るか)
結局持って帰ることにした。


部屋に帰ると、そのままベッドに倒れこんだ。
(何だったんだ、今日は。1週間の疲れを取ることもできないだけじゃなく、余計に疲れただけだし、他人の幸せな姿を見せられただけで、俺自身は典子と喧嘩する破目になっちまったし……。何か割の合わない一日だったなあ)
俊也はブーケの花の香りに包まれているうちに眠りに落ちて行った。


夢を見た。

「おめでとう」
「おめでとう」
周りから祝福の言葉が投げられる。
俊也は隣に立っている新郎の顔を見た。
なぜか湧き上がる感情をうまく処理できず涙が出てきた。
涙のせいか顔がはっきり見えず認識できない。
「何泣いてんだよ」
新郎の優しい手が俊也の頬を流れる涙を拭ってくれた。
「ありがと…」
俊也は新郎の手にレースの手袋に覆われた手を重ねた。
こんなに幸せでいいんだろうか………。


目が覚めた。
夢のことは鮮明に覚えていた。
「何だ、今の夢……」
最近は全く夢なんか見なかったのに。
あるいは見てはいたが、全く覚えているってことはなかっただけなのかもしれない。
いずれにせよ久しぶりに見た夢の内容があんな内容なんて。
自分が女に、しかも花嫁になるなんて。
しかも夢精していた。

「こんな物があるからあんな夢を見たんだろう」
俊也はベッドに投げ出されていたブーケをゴミ箱に捨てた。
「それにしてもあの後どうなったのかな?」
花嫁として花婿に抱かれたらどんな感じなんだろう。
女の快感は男の数倍以上だと聞いたことがある。
夢だから本物の女の快感と同じわけはないと分かっているが、やはり興味はあった。
そんなことを考えていると、勃起してきた。
(やべぇ、これじゃ変態みたいじゃん)
俊也は頭を振って、おかしな妄想を振り払おうとした。

「何だ、これ?」
胸に小さなしこりができていた。
押さえると痛い。
「そういや昔もこんなことがあったっけな」
思春期の頃はホルモンバランスがおかしくなり、一時的に男性でも胸にしこりができることがあるらしい。
あのころはこのまま女みたいに胸が大きくなるか、何か変な病気の前兆か恐れたものだった。
「あんな変な夢見たのもホルモンバランスが狂ってるのかもしれないな。そういうときはエッチに限るよな」

俊也は通勤の電車の中から典子にメールした。
もちろん目的は典子と会ってエッチすることだった。
『おはよう。昨日のことは悪かった。ごめん。謝る。仲直り代わりに今夜会えないかな?』
いつもだったら数分後には返信が来るのだが、今日はなかなか来ない。
(おっかしいな。典子も電車に乗ってるころだから、携帯見てるはずなのにな)
そのとき昨日典子が会議の資料とか言ってたことを思い出した。
(そうか。きっとまだ資料ができてないんで早くから会社に行って資料を作ってるんだ。どうしてそこまで一生懸命になれるんだろうな。どうせ腰かけ程度のくせして)
相変わらず女性のことを軽視した考えしかできない俊也だった。

その日も形ばかりの営業に出て、客先のことを報告書にまとめた。
ここしばらく担当製品はほとんど売れていない。
「おい、金崎。お前、会社に何しに来てるんだ。ノルマを達成しろとまでは言わんが、せめて平均くらいは売ってくれよ」
「はい、努力はしてるんですけど、こう景気が悪くちゃ俺ごときが頑張ってもどうしようもないんですよ」
俊也は「また課長の文句が始まったか」と思いながら返事した。
「それでも他の奴はそれなりに売り上げを上げてるんだ。お前も成果を出さないとそのうち肩叩きに会うかもしれんぞ」
「はあい、頑張りまぁす」
俊也は課長のほうに振り向かず、手を振りながら部屋を出た。
「口を開きゃノルマノルマって。こっちだってそれなりに頑張ってるんだよ。こんな景気を相手に一体どうしろってんだ」
そんなふうにブツブツ文句を言いながら携帯を取り出した。
「典子からメール入ってるかな……あれ、全然メール着てないじゃん」
俊也は典子に電話した。
全然通じない。
(あいつ、まだ怒ってるのか?)
よく分からないが、そんな気がする。
そんなに怒るようなこと言った覚えはないのに。
俊也は何だか腹が立ってきた。
「典子がその気なら、俺にも考えがある。絶対に向こうから謝ってくるまで俺からは連絡しないからな」
俊也は典子と別れることなんて想像もせず、なぜか強気だった。

俊也はいつもの店でいつものようにサユリを指名した。
「今日はどうしたの?あまり元気ないじゃん」
「ちょっとあってね」
「どうしたの?彼女と喧嘩してるとか?」
「…うるさい。そんなことない」
「はあん、図星みたいね。だったらこんなとこに来てないで、さっさと仲直りしてきなよ」
サユリの手でそれほど溜まっていないものを出してもらった。
(確かに空しいだけだな)
俊也は財布から数枚札を取り出して料金を支払った。

俊也はフラフラと歩いた。
気がつくと典子のマンションのところまでやってきていた。
典子の部屋は2階の左端だ。
見上げると、まだ部屋の灯りはついていない。
(典子のやつ、まだ仕事してるのかな。今帰ってきたら、驚くだろうな。『俊也、待っててくれたの?』とか言って感激したりして)
俊也は喧嘩していることも忘れて能天気にそんなことを考えていた。

数分ほど経ったとき、目の前に白い車が停まった。
運転席から背の高い、いかにもエリートといった感じの男が降りてきた。
俊也が嫌いなタイプの男だ。
その男が助手席側に回って、恭しくドアを開けた。
女性が出てきた。
俊也はその人物を見て驚いた。
典子だった。
男が後部座席から典子のコートを取って、典子に着せてやっている。
「ありがとうございます」
「高木くん、さっきの話、考えておいてくれるかな?」
「えっ、でも……」
「返事は急がないから、ゆっくり考えてくれよ」
「…はい、考えときます」
男は典子の顎に軽く手を当て、典子の顔を上に向けた。
そして唇に軽くキスをした。
「それじゃまた明日」
男は車で走り去った。

後に残された典子はボーっとそのまま立ち尽くしていた。
「何してんだよ」
「あ…何…俊也、見てたの!」
典子は見るからに狼狽えた。
「ああ、見てたよ。俺のメールを無視しやがって、お前はあの男とデートしてたんだな」
「何よ、それ。あんた、わたしのことが信用できないの?」
「何だよ、目の前でキスしてるとこ見せられて、何を信用しろってんだよ。訳が分かんないだろ」
「今日の会議が思いの他うまくいったので、主任が祝杯をあげようって誘ってくれただけよ」
「それで二人でよろしくやってたってわけだ」
「わたしがそんな軽い女だと思ってるの」
「ああ、実際そうじゃないか。お前みたいな女、俺のほうから願い下げだよ。別れてやらあ、じゃあな」
俊也はムキになってそんなことを言い出した。
「何よ、わたしの気も知らないで。俊也の馬鹿」
典子は涙を流して自分の部屋に入って行った。

「あんな女とは思わなかったな。早く別れることができてラッキーだったぜ」
俊也は強がってそんなふうにうそぶいた。

俊也は部屋に戻り、帰り道で買った弁当を食べた。
風呂に入り、サッサと寝た。
するとその夜も夢を見た。

「おめでとう」
友人たちの声が聞こえる。
しかし姿は見えない。
周りは霧がかかったようになっていた。

昨日の夜の続きだ。
夢の中でも直感的にそう思った。
だからこれが夢であることも認識できた。
隣の男の見てやろうと凝視した。
ゆっくりと霧が晴れてきた。
隣の男の顔が見えた。
典子の相手の男だった。

俊也は新郎の手にレースの手袋に覆われた手を重ねた。
するとゆっくりと男の顔が近づいてきた。
俊也は静かに瞼を閉じた。
男の唇が俊也の唇を被った。
身体に心地よい電気が走ったように思えた。
身体が溶けていくような感覚だった。

次の瞬間、全裸になっていた。
相手の男が覆い被さっていた。
男の手が胸を揉んだ。
気持ちいい。
俊也が感じていると、少しずつ大きくなっていった。
そして気がつくと、男のものが身体に入っていた。

男が激しく突いてきた。
まるでお腹の中をグチュグチュに掻き混ぜられているような感じだ。
「…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ……」
出したくもない声が口から漏れていく。
身体がどんどん熱を帯びているようだ。
男の精子が子宮にぶちまけられた。
お腹がすごく熱くなった。
俊也の意識が遠くなっていった……。


目が覚めると、またしても夢精していた。
(何だ、また同じような夢だったな)
夢の中の感覚が女そのものとは違うとは思うものの、夢の中の快感にはまってしまいそうな予感がする。
気がつくと、昨日ゴミ箱に入れたはずのブーケが床に落ちていた。
(あれ?昨日ゴミ箱に入れるの失敗したかな)
そう思って今度はゴミ袋に入れ、外のゴミ収集場に捨てた。

それから毎晩夢の中では花嫁になって男に抱かれた。
毎日夢精しているせいか始めは白濁だったが、徐々に色が薄れていった。
また、胸が少しずつ大きくなっていき、ペニスは縮小してきた。
一ヶ月ほど経つと胸はAAくらいのサイズになった。
(なんかヤバい病気なのかなあ)

「女性ホルモンを飲んでるんじゃないでしょうね?」
医者に行くとまずそう聞かれた。
「自分で女性ホルモンを飲んで、医者に来るわけないっしょ」
俊也は反論した。
「確かにそんな奴はいないだろうね」
医者は話しながら俊也の胸を触っている。
「うーん、女性化乳房症だろうね。念のため採血して検査しましょう」
血を採られ、検査された。
「特に異状は見られませんね。少し経過を観察しましょうか」
それでも改善が見られないので、さらに二週間ほど経ったときに抗エストロゲン剤を注射された。
しかしやはり乳房は成長し続けた。
サラシで押さえて会社には行っていたが、身体のラインの変化は隠し切れなくなっていた。


二ヶ月が経った。
あれから典子からの連絡は全くなかった。
しかし姿は数回目撃した。
あの男と一緒にいる現場を、だ。
確かに男女のカップルというよりは会社の上司と部下という構図だった。
それでも、二人の姿を見ると、あの夜の出来事を思い出してしまい、何ともやるせない気持ちになってしまうのだ。
俊也は男が水曜の午後3時にはひとりでオープンカフェにいることに気がついた。
どうやらその時間はどんなに忙しくてもひとりの時間を持つのが彼のスタイルらしかった。
サラリーマンとしては特異な習慣と言えるだろう。
だからすごく心に残るものだった。

俊也はあれから医者に行かなくなった。
検査されても首を傾げるばかりで身体の女性化をとめることはできなかった。
きっとあのブーケが原因なのだろう。
あのブーケには呪いがかかっていて、そのひとつが受け取った者を女にするというものなのかもしれない。
馬鹿な考えだが、俊也にはそれが真実のように思えた。
それが正しいとすると、ここまで進んでしまえば今さらジタバタしても仕方がない。
俊也は現状を受け入れることにした。
生命を取られないだけマシだということだ。


俊也は普段着でいると、ほぼ100%女性に思われるような状態になっていた。
顔は俊也の顔のままだった。
声だって変化はない。
したがって俊也は自分自身がそれほど変わっているようには思ってなかった。
しかし他人から見た身体の変化は劇的なものだった。
身体全体が女性の雰囲気を醸し出すようになっていたのだ。

俊也は鏡の前で全裸になった。
確かに胸は完全に女性のものだった。
すでにCカップほどに育っていた。
しかも尻も大きくなっているように思える。
身体のラインも丸みを帯びて柔らかい。
股間にあるものは小学生低学年程度のものがついていること以外、身体は完全に女と言っても過言じゃなかった。

俊也は鏡の前でポーズをとった。
これで腰のくびれがあれば、とても魅力的な女性の身体だ。
それを差し引いても魅力的だと思えた。
(もしかしたら結構いい女かもしれないぞ)
そのとき良からぬ考えが頭に浮かんだ。
(典子の彼氏が浮気っぽいことを見せてやろう。この俺がモーションをかければいちころだろうな)

俊也はすぐに行動に移した。
洋服はインターネットの通販サイトで探した。
彼女ができたときにぜひ着せたいと思うようなファッションがあったので、その服とスカートとブーツを一式で買った。
そのサイトで写っていたモデルのイメージと同じようなウィッグを探して購入した。
化粧品は100円ショップで買った。
女性に見られていることが分かっているとは言え、それらを身につけることは何となく気恥ずかしかった。
それでも計画のため俊也はそれを実行した。
そして女性雑誌を買って、化粧の方法を習得した。

準備は整った。


俊也は水曜に年休を取った。
職場ではどういうわけか男のままで通っていた。
見た目は明らかに変わっているはずだが、性が変わるなんて馬鹿な考えは誰も思いつかないのかもしれない。
それとも女性になりたがっている奴には距離を取っているだけなのかもしれない。
年休を取りたいことを上司に言ったときに「働かんくせに休みだけは一人前に取りやがる」などという嫌味を言われたが、そんなこと知ったことではない。
休みをとることは労働者の権利だ。
つまらない管理職にとやかく言われる筋合いはない。
俊也は上司の嫌みなど無視して「とにかく休みますから」と宣言した。

実行の前夜、実行のための準備を進めていた。
腋毛はもちろん脚の無駄毛まで綺麗に剃った。
女性のショーツを身につけ、陰毛がはみ出さないように手入れした。
ショーツを穿いたのは初めてだったが、特に問題はなかった。
人差し指ほどの大きさのペニスが邪魔にならなかったのが悲しかった。
とにかくこれで準備は完了だ。

次の日、目覚めるとまずシャワーを浴びて、寝汗を流した。
しっかりと濡れた身体を拭き、ショーツとブラジャーをつけた。
女性の下着を身につけた姿が鏡に映っている。
その姿は完全に女性だ。
パンストを慎重に穿き、通販で購入した服を着込んだ。
膝上10センチもあるスカートはさすがに恥ずかしい。
鏡に向かって覚えたての化粧を施し、ウィッグを被った。
そして、全身が映る鏡の前に立った。
なかなかの出来だ。
ミニスカートは恥ずかしかった。
それでもそのミニスカートから伸びる脚は綺麗だと思った。
これなら健康的な男は興味を抱くはずだ。
俊也は鏡の前で身体を回転させておかしなところがないかチェックした。
(よし、完璧だ)
俊也はブーツを履いて颯爽と外に出た。


道を歩いていると、なぜか皆にジロジロ見られた。
(どこかおかしいのかな?)
そんな不安に駆られた。
歩き方が変なのかもしれない。
そう思って少し歩幅を狭くし、少しだけゆっくりと歩くように心がけた。
それでもやはりジロジロ見られる。
他に何かおかしいところがあるのか。
しかし、特に思い当たるところはない。
一旦家に帰って自分の服装をチェックしてみようか。
そう迷っているときに見知らぬおじさんの呟きが耳に入った。
「でっかい姉ちゃんだなあ」
男性としては平凡な身長の俊也でも、ヒールのあるブーツを履くことで180センチ近くになっていた。
女装した結果、それだけ目立つ身長になっているわけだ。
人目につかないはずはない。
(そうか、それで……)
そう納得しているところに女子高生の話し声が聞こえた。
「モデルなのかな?なんか格好いいよね」
皆がジロジロ見る理由が分かった。
決して女装がバレているわけではない。
格好良いモデルのような女性と見られているのだ。
俊也は自信を持って駅に向かった。
意識が変わると周りの視線を心地よく感じるようにさえなった。

ターゲットの男はいつもの習慣通りいつものカフェでコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
俊也は静かに近づいた。

「ここ、いいですか?」
いくら姿形は女に化けても、声までは変えることができない。
俊也は男に声質が分からないようにボソボソと言った。
男は俊也を一瞥して小さく「どうぞ」と言って本を読み続けた。
俊也は携帯を見ている振りをしながら、男の気をひこうと顔を見たり、脚を組み替えたりした。
だが、男は完全に俊也の存在を無視した。
とりあえず女性が同席すれば男は声をかけるものだと思っていた。
しかし男は何の行動も起こそうとしない。
まさか何も話しかけない男がいるなんて俊也にとって想定外のことだった。
俊也のほうから誘ってやろうかとも考えたが、声を出せば男だとばれてしまう。
何の策もできずに30分ほどが時間が過ぎた。
「それじゃごゆっくり」
男は立ち上がり、去って行った。
(何だよ、こんな魅力的な女性を目の前にして誘わないなんて。失礼にも程があるってんだ)
俊也はカップに残った紅茶を飲み干し店を出た。
俊也の思いつきだけの策略は何の成果もなく終わりを告げた。


「美人のお姉さん、おいらと一緒に楽しいことしない?」
不良っぽい男3人が俊也をからかうように声をかけてきた。
(こいつらのほうがよっぽど素直だよな)
美人の自分に声をかけてくる男のほうがよっぽど好感を持てるような気がした。
それでも厄介なことに巻き込まれるのもいやなので、無視して通り過ぎようとした。
「何、無視してやがんだよ」
という声が聞こえてきたかと思うと、背後からハンカチを口に当てられた。
(やばいっ)
そう思ったが遅かった。
そのまま気を失った。


どこかの廃工場のようだった。
猿轡をされ、手首が背中側で縛られて、汚いソファに寝かされていた。
俊也は腕の束縛を解こうともがいた。
すると近くから声がした。

「お姉さん、ようやく気がついたか。俺たち紳士だからさ、お姉さんが目を覚ますまで待ってやったんだぜ」
男が顔を近づけた。
「それじゃそろそろ始めようか」
男が服を乱暴に捲った。
ボタンがいくつか飛んだ。
男の前にブラジャーが現れた。
「へへへ、なかなか立派なおっぱいしてるじゃねえか」
ごつごつした手がブラジャーを剥ぎ、乳房を掴んだ。
痛みで俊也の顔が歪んだ。
「感じてるのか?」
俊也は大きく首を振った。
「ならこれはどうだ?」
男は舌で乱暴に舐めた。
男に身体を舐められるなんて気持ちが悪い。
しかしそんな嫌悪感以上に電流のような強烈な快感が身体に駆け巡った。
そのせいで俊也の身体は仰け反った。
「さすがに感じるみたいだな」
俊也の反応を見て男は嫌らしい笑みを浮かべた。
ベチャベチャといやらしい音を立てて俊也の乳房を舐めまわした。
俊也はおかしくなりそうだった。

「おい、お前ばかり楽しんでないで俺たちにも楽しませろよ」
男の背後から別の男の声がした。
「勝手にすればいいじゃねえか」
男は乳房を舐めるのを一瞬中断して答えたが、すぐに再び舐め出した。

誰か別の男の手が脚を掴んだ。
胸を舐められて感じていた俊也だが、その瞬間正気に戻った。
男だと分かったらボコボコにされるかもしれない。
そう思い、必死に脚をジタバタさせ、男の手を振り解こうとした。
「おとなしくしろ!」
胸を舐めていた男が力いっぱいビンタした。
俊也の記憶が一瞬飛んだほどだった。

「怪我したくなかったらおとなしくしろ」
男の迫力に俊也は縮こまった。
別の男がパンストとショーツに手をかけ一気にずらした。
(ばれる!)
そう思ったが、男たちの反応は違った。
「何だ、これ。ちんぽか?」
「いや、ちんぽにしては小さいんじゃねえか?」
「それじゃクリか?それにしたらでかいだろ」
「確かに。でもどう見ても女なんだからクリなんだろう」
「でっかいクリした姉ちゃんだな。小指くらいあるぜ」
男が俊也のペニスに触れた。
途端に電撃のような感覚が走った。
痛みでもあり、快感でもあった。
乳房を舐められ、ペニスに触れられ、感覚がどんどんおかしくなってきた。
「おお、だんだん小さくなってきてるぞ。どうなってんだ」
快感でおかしくなりながらも、男たちが驚いたように俊也の股間を覗き込んでいるのが伝わってくる。
何が起こってるんだ。
俊也自身何が起こっているのか理解できないでいた。
何より快感におかしくなりそうだった。
俊也の意識は遠のいていった。

気がつくと男がペニスの先を股間に擦りつけてきた。
(う…嘘だろ……)
男のペニスの感触で自分の股間にあるべきものがないことが分かった。
俊也は呆然とした。
どうして何もないんだ。

「なかなか濡れないな」
男が唾を手につけ俊也の股間に塗りたくった。
男の手の感触で自分の股間が女になっていることが分かった。
(いったい何が起こっているんだ……)
俊也は喘ぎながら自分の股間に意識を集中させた。
男の指が存在しないはずの部分に入ってきた。
「んんん……」
痛みと言い知れぬ恐怖を感じた。
これまでゆっくりと変化していた身体がこのタイミングで急速に進んでしまったのだろうか。
それが偶然なのか男たちに襲われたせいなのかよく分からない。
ただ今の俊也はおそらく完全に女の身体になっているのだろう。
男の指が入っているのは肛門ではなく、明らかに別の穴だ。
この状況を考えると間違いなく膣だと考えられる。
俺はこのまま女になってこいつらに犯されてしまうのか?
恐怖と絶望が俊也を襲った。

俊也の嫌な予想通りスカートまで剥ぎ取られ、ほとんど全裸の状態にされてしまった。
ブラウスがわずかに腕に通っているだけだった。

ベルトの音がカチャカチャと鳴った。
男がズボンを下ろしているのだ。
男のペニスは雄々しく上を向いていた。
(犯られる!)
俊也は股間に何かが当たっているのを感じた。
男のペニスだ。
「やめろ」と叫びたかったが、猿轡のせいで言葉を発することはできなかった。
男がゆっくりとペニスを押し入れてきた。

奇妙な違和感だった。
しかも強烈に痛い。
初めて男のものを迎え入れるときは女はこんなふうに感じるのか。
気が変になりそうになりながら、心の一部で冷静に感じていた。
俊也の目から涙がこぼれた。

「やっと入ったぜ。なかなかよく締まるいやらしいマンコだな」
男が俊也の腰に手を置いた。
そして腰をグイッと引き寄せた。
「んん……」
強い痛みが襲った。
さらに男が腰を打ちつけてきた。
痛みで気が遠くなりそうだった。

痛みで意識朦朧となっていると、3人目の男が猿轡をはずしてくれた。
「あああああ……」
痛みで声が出た。
しかし俊也は自分が声を出している意識はなかった。

どこかから女の悲鳴のような声が聞こえてくる。
それが自分の出している声だと気づくと、俊也は愕然とした。
(声まで変わってしまったのか……)
なぜかそう冷静に考えている自分がいた。

3人目の男がペニスを俊也の自由になった口に入れてきた。
「しっかり銜えろ。絶対に噛むなよ」
俊也は無抵抗にそれを銜えた。

乳房を揉みしごかれ、女性器と口に男のペニスを入れられていた。
そうされても、何も抵抗することはできなくなっていた。
俊也は完全に男たちの性欲の掃き溜めだった。

しばらくすると口の中に苦いものが吐き出された。
男が精液を口の中で出したのだ。
飲み込むことができずに咳き込んだ。
股間の痛みは続いていた。
女性器に入れていた男はなかなかいかなかった。
早く終わって欲しかった。
俊也は男に合わせて腰を動かした。
ようやく男が俊也の中で果てた。
「なかなか良かったぜ」
男が俊也から出て行った。
男のペニスには血がついていた。
「血じゃないか。もしかして処女だったか?ラッキーだったな」
男がいやらしく俊也を見た。

「次は俺だ」
乳房をもてあそんでいた男が両脚を自分の肩にかけて、ゆっくりとペニスを押し込んだ。
痛みはあるが、さっきの男よりはマシだった。
俊也は無抵抗に男を受け入れた。

その後、何度も何度も男に犯された。
回数を重ねることで痛みは少なくなっていた。
痛みだけでなく、快感を感じることもなかった。

俊也を犯すだけ犯すと、男たちは去って行った。
残された俊也は全裸のまましばらく動かなかった。
いや動けなかった。

男たちに犯されたことで完全に女の身体になってしまったようだ。
そしてその女になった身体には男たちに犯された悔しさが残された。


俊也はどうやって家まで帰ったのかの記憶はなかった。
気がつくと俊也は一人、部屋にいた。
ボロボロになった身と心で呆然と座り込んでいた。
(どうしてこんなことになったんだろう)
そんなことばかり考えていた。
かなり時間が経つと、フラフラと立ち上がり、自分の身体を見ようとした。
被っているウィッグが視界を妨げて鬱陶しい。
俊也はウィッグを外し、自分の身体を見た。
胸は明らかに大きくなっていた。
ペニスは跡形もなく、そこには女性器があった。
男どもが出した精液がパリパリに乾いて内腿にくっついていた。
(犯られちゃったんだよな)
俊也は何となく自分の新たな性器を見つめていた。


『ピンポーン』
そんなときインターホンが鳴った。
俊也は出る気にもなれず無視した。
『ピンポーンピンポーン』
それでもしつこくインターホンは鳴った。
「おーい、俊也。いるんでしょ?元カノが来てやったんだから居留守なんて使ってないで開けてよ」
外で典子の声がした。
なぜこんなタイミングで来るんだ。
典子とはいつもこんな感じだった。
会いたいときに会えない。
会いたくもないときにやって来る。
こんな繰り返しだった。
つき合いが終わってからもそんなことが続くのか。
俊也は小さく笑った。

俊也は急いでボロボロの服を脱ぎジャージの上下を着た。
そして俊也はチェーンロックをかけドアを開けた。
「何だ、今頃?」
「別に理由なんてないわ。会いたいから来ただけ。入れてよ」
「ごめん、今、具合悪いんだ」
「いいじゃない。せっかく元カノが訪ねてきてあげたんだから」
結局俊也が折れることになった。
いつもそうだった。
俊也は一旦ドアを閉め、チェーンロックを外した。
そして典子を招き入れた。
「あれ?俊也、だよね?」
「ああ、そうだよ」
典子がジッと見ている。
「何か雰囲気が変わったみたいに見えるんだけど」
「気のせいだろ。ところで何か用なのか?」
「用と言えば用なんだけど、その前に」
そう言って急に腕を伸ばして、俊也の胸を鷲掴みにした。
「痛っ!」
「どうしたの、この胸」
「何だよ、いきなり」
「そんな格好していてもすぐに分かるわよ。それで隠しているつもりだったの?何それ?女性ホルモン飲んでるの?いつから?」
俊也はトツトツとブーケを受け取った日から起こったことを典子に話した。
自分の身体の変化と今日襲われたことを、だ。
ただし今日出かけた理由は言わなかった。
典子の彼氏を誘惑しようとしただなんて言えるはずがない。
「嘘でしょ?そんなことあり得ないじゃない」
話を黙って聞いていた典子だが、話し終わると早速突っ込み始めた。
「そんなこと言ったってこうなっちゃったんだから仕方ないだろ」
「本当に俊也なの?妹さんかお姉さんとかじゃなくて?」
「お前、俺の家族のこと知ってるよな?俺には弟しかいないって」
「ああ……うん」
「とにかく俺が女になってしまって、男たちにレープされたんだって」
「…そうか、そうよね?だったら、とにかく綺麗にして、お医者様に診てもらいましょう」
典子がそう提案した。
確かにその通りだ。
俊也は典子に促されてシャワーを浴びた。
シャワーを浴びると何となく気持ちが楽になるような気がした。
我ながら本当に綺麗な身体だと思う。
あんなことがあっても綺麗な身体だと思えた。
俊也はしっかり身体を洗った。
バスタオルで身体を拭くと、着ていたジャージをもう一回着た。
そんな俊也を呆れたように見つめた。
「せっかく女の子になったのに、その恰好じゃねえ…」
典子は俊也の姿をジロジロと見ていた。
「そんなこと言われても女の服なんて持ってるわけないじゃないか」
「だって今日は女の人の格好をして出かけたんでしょう?」
「それはちょっと気分転換に出かけただけだから」
「その服はボロボロにされちゃったか…。仕方ない、わたしの部屋に行きましょう」
「医者に行くくらいこれでいいじゃないか」
「だってお医者様に見てもらうときに男の下着じゃ拙いでしょ」
それもそうか。
俊也は納得して、典子とともに部屋に向かった。


典子の部屋にやってきた。
「これ、まだ穿いてないものだから」
俊也の前にベージュのショーツが置かれた。
穿いていないと典子は言うが、とてもまっさらのようには見えない。
しかしそんなことを言っても仕方がないので、典子が穿いたかもしれないショーツに脚を通した。
元カノの前で彼女の下着を穿くことに妙な興奮を覚えたが、それを気取られないように必死にポーカーフェースを装った。

「ブラは新しいものがなくて悪いんだけど、これだと比較的綺麗だから」
目の前に出てきたのはショーツと同じような色のブラジャーだった。
俊也は淡々と事務的に着ようと試みた。
ブラジャーのカップが少し大きかった。
その様子を見ながら典子は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
俊也もなぜか敗北感のようなものを感じていた。
無意識のうちに女性としての対抗心のようなものを持っていたのかもしれない。
キャミソールにTシャツを着た。
次に出されたのは超ミニのスカートだった。
「こんなの無理だよ。ジーパンかなにかにしてくれよ」
「いいじゃん。結構綺麗な脚してるんだしさ」
そう言って俊也の言葉は聞いてくれなかった。
結局出されたミニスカートを穿いた。
膝上20センチのものだった。
そしてニットの大きめのセーターを着た。
大きめのセーターにミニスカートの自分の姿を鏡に映してみて自分でも結構似合ってると思った。

婦人科に連れて行かれた。
生まれて初めての婦人科だった。
しかも自分が診られる立場になるなんて夢にも思わなかった。
待合室で待っていると「高木さん」と呼ばれた。
保険証は典子のものを使わせてもらっていたのだ。
さすがに婦人科の診察に俊也本人のものを使う訳にはいかない。
だから名前も典子のものを使わせてもらったのだ。

診察室には一人でいくものだと思っていた。
でも典子もついてきてくれた。
「実はこの子レープされたんです」
と典子が医者に告げると、診察台に座らされた。
婦人科の診察台があんなに恥ずかしいものだと知らなかった。
医者に大切な部分を覗き込まれるのは恥ずかしかった。
「傷はないようだね。でも妊娠の可能性があるので、アフターピルを出しておこうか。もしかすると吐き気を催すことがあるので、吐き気止めも必要かな」
結局診てもらったのは10分もなかった。

医者から処方された薬を持って典子の部屋に一緒に戻った。
一人になることが恐くて典子の部屋に泊まらせてもらうようお願いしたのだ。
俊也は病院で出された薬をすぐに飲んだ。
自分の家から着てきたジャージに着替えて、典子が敷いてくれた布団に潜り込んだ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
いろいろなことがあり興奮気味だったのだが、それ以上に疲れていたせいかすぐに眠りにつくことができた。


何となく胸に違和感を感じた。
目を開けると典子の頭が近くにあった。
「ごめん、起こしちゃった?」
典子の手は俊也の胸の上に置かれていた。
「な…何を……」
言いかけた俊也の口を典子の唇が塞いだ。
唇を舐められるのが気持ちいい。
俊也は無意識のうちに目を閉じた。
男のときは目なんて閉じなかったのに。
典子の唇が離れた。
「ねえ、俊美って呼んでいい?」
「うん」
俊也は目を閉じたまま、キスを求めるように唇を突き出した。
典子は軽く触れるような感じのキスをしてくれた。
「俊美って可愛い」
そんなふうに呟いた典子の柔らかい手が乳房の先に触れた。
「…ぁ……」
「俊美、気持ちいい?気持ち良かったら声出していいのよ」
すでに上半身は裸にされていた。
典子は俊也の反応を見ながら俊也の乳房をもてあそんだ。
「乳首がすごく硬くなってるわよ」
そう言って乳首を軽くつまんだ。
「はふっ」
強い感覚を感じ、俊也は軽く仰け反った。
典子は舐めながら指先でこするように乳首をもてあそんだ。
声を出すのを抑えることは不可能だった。
典子の思い通りに俊也は快感に溺れていた。
「下も見ていい?」
俊也の下半身がぐっしょり濡れていることは自分でも分かっていた。
「やめて……」
俊也は弱々しく拒絶するのがやっとだった。
典子は俊也の言葉を無視してショーツを剥ぎ取った。
「本当に女の子になってるのね。すっかり濡れてるじゃない」
俊也が上半身を起こそうとしたそのときに身体に快感が走った。
「……あぁっ……」
「感じる?今のがクリトリスの感覚よ」
男たちからは苦痛だけだったことも典子にやられると快感だった。
俊也は典子に女性としての喜びを教えられた。
何度かイッたように思う。
男のときのようにイッてもそれで終わりということはない。
次から次へと快感の波が押し寄せてくる。
これからずっと典子と女同士のセックスもいいかもしれない。
俊也は喘ぎながらそんなことを考えていた。
そして抱き合ったまま眠りにおちていった。

久しぶりに夢を見た。

「俊也、愛してる」
隣にいる典子が俊也をジッと見ている。
真っ白いウェディングドレス。
とても綺麗だ。
俊也は見惚れていた。
「俊美も綺麗よ」
俊也は自分の姿を見た。
典子と同じような真っ白いウェディングドレスを着ていた。
典子に負けず劣らず美しかった。
「ありがと…」
典子の顔が近づいてきた。
俊也は黙って目を閉じた。



朝になった。
「おはよう、俊美ちゃん」
「ああ、おはよう」
俊也は寝惚けて自分がどこにいるのか理解できなかった。
少しずつ意識がはっきりしてくると、そこが典子の部屋だということを思い出した。
(ああ、そうか。昨日は典子の家に泊まったんだ)
布団から起き上がろうとしたときに昨日起こったことを思い出した。
(そうだ。俺、完全に女になったんだっけ)
何だか気が滅入ってきた。

ふと気がつくと典子が出掛ける支度をしている。
怪訝な顔をして俊也が見ていると、典子が口を開いた。
「わたしは会社に行くけど、俊美はどうするの?」
今日は木曜だった。
もちろん仕事は休みじゃない。
「えっ?…あ……ど…どうしよう、今日も休んでもいいけど、いつかは行かないといけないしなぁ。そうじゃないとクビになるし……」
と俊也が狼狽えて呟いていると「でもその姿じゃねぇ…」と典子が言葉を続けた。
「どうしよう……」
俊也はどうすべきか考えた。
やはり会社には行ったほうがいい。
生きていくためには金が必要だ。
そう思った。
「一回家に戻ってサラシを巻いていくよ」
「胸だけ隠しても仕方ないと思うけど」
「でも会社クビになったら飯も食べられないし」
「そう。だったら会社に行けばいいんじゃない。頑張って」
「それでさ…あの……」
「なあに?」
「今夜も典子の部屋に泊まってもいいか?」
「どうして?」
「だってさ……一人でいるのが怖いし」
「そうね。あんなことがあったんだから仕方ないか。いいわよ、いらっしゃい」
「ありがとう」
もちろん本当は恐いという理由ではなかった。
典子と過ごしたいという思いがあったからだ。
だがそんなことは一言も言わなかった。

俊也はジャージ姿で一旦自分の部屋に戻った。
体調が悪いので医者に寄ってから出社すると、会社にメールしておいた。
ジャージを脱いだ。
そしていつもより念入りにサラシを巻いた。
そしてスーツを着たが、どう見ても女が男装してるようにしか見えなかった。
(これじゃあ会社に行くのなんて無理だよな…)
仕方がないので、マスクをつけて、顔を隠した。
それでも男には見えない。
身体のラインが完全に女性になっているせいかもしれない。
悩んでいても仕方がないので、その格好で会社に行くことにした。
出勤途上、かなりの人にジロジロ見られた。
女が男のスーツを着ているのだ。
どうしても人目につくのだろう。
そんな視線に耐えて、俊也は会社に向かった。


会社に出た。
時間は11時になろうとしている。
朝ののんびりとした雰囲気が一掃され、職場全体が仕事の戦闘モードに入っていた。
そんなところに場違いな雰囲気で俊也がヌボーッと入っていった。
俊也がしている大きなマスクを見て、上司が言った。
「何だ、風邪か?無理して会社に出てきたら皆にうつるかもしれんだろう。そんなときだけ頑張らなくていいんだよ」
そんな嫌味な言葉が飛んできた。
そんな言葉なんかいつもは気にならなかったはずだ。
だが今日はなぜか悲しくなった。
そう感じると涙が一粒こぼれた。
それをきっかけに涙が次から次へ溢れてきた。
「な…何だ、どうした?こんなことで泣くなんて君らしくないぞ。よっぽど調子が悪いんじゃないか。無理せず帰ってもいいんだぞ。年休だってあるんだから」
上司がかなり焦っているようだった。
男は女の涙に弱いんだ。
俊也が本当に女になってしまったと分かったらもっと困るんだろうな。
そう思った瞬間、女になったことを活かすことを思いついた。
そうなるとこんなところで上司の相手をしている時間はもったいない。
「とにかく営業に行ってきます」
何事もなかったように俊也が言った。
上司は意表を突かれてポカンとした顔をしている。
そんな状態の上司を残して、俊也は部屋を出て行った。

俊也は真っ直ぐ近くのデパートに行った。
男か女か性別不明の人間が婦人服売り場にいるせいか、あからさまにジロジロと見られた。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
俊也は素早くアイボリーの女物のスーツを購入した。
もちろん美脚を強調すべくタイトのミニスカートのものだ。
俊也はトイレに入り、購入したスーツにさっさと着替えた。
この服装になるとヘアスタイルがおかしい。
俊也は少し考え、ボリュームをつけるようにした。
すると何とか見れるようになった。
そうなると次にスッピンだったことが気になった。
安物の口紅を買ってすぐに塗った。
女物のスーツ姿になると、明らかにジロジロと見られることはなくなった。
着ていた男物の服をコインロッカーに預け、いつも営業に回っている客先へ出向いた。

「いつもの男とは違うな」
初めに訪問した客は俊也のことを値踏みするように嫌らしい目で見た。
しかも頭から爪先までを何度も往復してジロジロと見た。
「申し訳ありません。今日は体調が悪くお休みをいただいております。それで私が代わりに参りました」
「そうか。いつもの男より君のような美人が来てもらったほうが私としても嬉しいよ」
俊也が椅子に座ると、客の目は俊也の顔と胸を見ていた。

いくつかの客先に行ったが、いずれもいつもより好感触だった。
いつもだと顔も出してくれないところでも、顔を出して話を聞いてくれた。
時には腰に手を回されたり尻を触られたりいわゆるセクハラに遭ったが、営業としてはうまくいった。
男のときには全くなかったほど、仕事がはかどったと言っていい日だった。

会社に戻る前に男の服に着替えて、大きなマスクをつけて会社に戻った。
そして簡単にその日の報告をまとめて、会社を後にした。


典子の家に行く前に自分の部屋に寄ってウィッグを持って典子の家に行った。
典子はすでに家に帰って夕食の支度をしていた。
俊也は典子の後ろ姿を見ながら会社での話をした。
「へえ、昨日あんなに傷ついていたのにもう女を利用してるなんて俊也もなかなかやるわね」
「世の中、男より女のほうが強いんだよ」
「そりゃそうかもしれないけど、だったら俊也は心まで女になっちゃったってわけ?」
「どういう意味?」
「だって女のほうが強いから、女になった俊也は落ち込まないで今の状況を利用できたってことでしょ?ということは俊也は身も心もすっかり女の子ってことじゃない?」
「そうか、なるほど」
「そんなことより晩ごはん食べるでしょ?」
典子はテーブルにハンバーグとサラダを2皿ずつ置いてくれた。
そしてご飯とみそ汁も。
「うわあ、うまそう」
典子と俊也は仲良く食事をとった。


寝る時間になり、布団に入ると期待通り典子が布団に入ってきた。
昨夜と言い今夜と言い俊也が抱かれる立場になっている。
なぜかそれが心地いい。
これも身も心も女になったせいなのだろうか。

典子の愛撫は優しかった。
典子に抱かれていると安心して身体を任せておくことができた。
俊也は典子の腕に抱かれている間は一人の女にすぎなかった。
「今日は面白い物を用意してあるの」
典子は俊也の愛撫を止めて布団のそばに置いてあった道具を俊也に見せた。
ペニスバンドだった。
「こんなのを使うの?」
受け身のセックスのせいか無意識のうちに俊也は女性の言葉遣いになってしまった。
女性の言葉遣いになっていることには俊也は気づいてなかった。
「だって俊美を満足させてあげたいんだもん」
典子は不慣れな手つきで腰にペニスバンドを固定した。
「さあ、力を抜いて」
「本当にやるの?」
「もちろんよ。優しくしてあげるから」
俊也は言われるまま、典子が入れやすいように、脚を広げて挿入のときを待った。
「行くわよ」
やや冷たいものが入ってくるのを感じた。
「…あ……んん………」
思わず声が出た。
「全部入ったわ。俊美、どんな感じ?気持ちいい?」
俊也は何も答えられなかった。
入れるとすぐに腰を動かし始めたからだ。
「俊美……俊美……愛してるわ………」
典子の愛の声がさらなる高みへ導いてくれた。
「わたしも……わたしもよ……典子……」
俊也は何度か意識が飛んだ。
それでも典子は動きをとめなかった。
「……もう…やめて……おかしくなりそう………」
俊也の言葉にようやく典子は動きをとめてくれた。
典子も俊也も息が切れていた。
しばらくの間二人とも言葉を発することができなかった。
「俊美、可愛かったわ」
典子が俊也の顔を覗き込んだ。
「わたしのこと愛してる?」
俊也は上目遣いに尋ねた。
「もちろんよ」
典子の言葉に俊也は嬉しくて典子に身体を寄せた。


翌日も男物のスーツで出勤して、外回りに出るときに女物に着替えるということを行った。
前日と同じスーツを着ていることが気にはなったが、昨日と同じ客に行かないようにして同じ服を着ていることがばれないようにした。
それにしても女性は大変だ。
男のときのように毎日同じ服というわけにはいかない。
洋服代がかさむことを覚悟しておかないといけないだろう。
そして、夜になれば典子と愛し合った。
女同士のセックスはとても優しくとてもネチッこい。
それが今の俊也とマッチするようだ。

それにしても、女性になってからのほうが公私とも充実しているような気がする。
望んでいない性転換だったし、男に襲われるというアクシデントがあったが、女になったことをプラスに受け入れている自分という存在が俊也にとって不思議な気がした。


土曜日、朝から下腹部に鈍い痛みがあった。
そして昼前には女性器から出血があった。
生理だった。
アフターピルを飲んだことによって緊急避妊が成功したのだろう。
男たちからあれだけ中出しされたにもかかわらず妊娠せずに済んだのだ。
それにしても生理があるということは本当に妊娠することができるということになる。
俊也は本当に完全な女になったのだ。
生理を迎えた身体のせいか心の底からそれを感じることができた。
今後、男と愛し合うことがあれば妊娠には十分な注意が必要だろう。
俊也はそのことを十分に心に留めておかねばならない。
そう強く思った。


2週間ほど同じような生活が続いた。
会社では顔を分からないように出社し、客先に行くときには女性になって営業した。
服は典子と共用にすることで、ある程度の出費で抑えることができた。
毎日これまでになかったほど営業活動をしているといくつかのところから注文をもらえるまでになった。


ある日、上司から呼び出された。
「昨日A電機の購買課長と会ったんだけどな」
「はい、何か?」
「最近担当を替えてくれてよかったよと言われたんだ」
「えっ?」
「ずっとお前が営業に行ってるんだよな?どういうことなんだ?」
「実は…」
俊也はマスクを取って、スーツを脱いだ。
「僕が誰か分かりますか?」
「金崎…じゃないのか?」
「金崎です。金崎俊也です」
「だよな。でも何か変だな」
上司は首をかしげた。
「実は最近身体がおかしくなってしまったんです。見てくれますか」
俊也は上半身裸になった。
上司の目の前にサラシに巻かれた上半身が現れた。
「何だね、そのサラシは?」
俊也はその問いには答えずにサラシを解いた。
上司の目の前に膨らんだ乳房が現れた。
「どういうことだ?君は女になりたかったのか?」
「いや、原因はよく分からないんですが……」
俊也は簡単に大学時代の友人の結婚式に出てからの話をした。
ただしレープの話はしなかった。
「そんなことが本当に起こるのか?」
「だって私がこうなってるじゃないですか」
「君は本当に金崎なのか?お姉さんか妹さんが私を担ごうとしてるんじゃないだろうな」
「そんなこと誰が得するんですか。こんな身体になっても俺は俺です」
上司は完全に納得したわけじゃないが、何とか金崎自身だと認めてくれた。
「それじゃ皆にも説明しておこうか」
上司は会社にも部内のメンバーにも説明してくれた。
そのおかげでその日から俊也は社内でも堂々と女性として振舞えるようになった。



会社でも女性として過ごすようになって3ヶ月ほど経った。
24時間女性として過ごしていると、生まれてからずっと女だったようにすら思えるようになっていった。
出勤前に化粧することも、着ていく洋服を選ぶことも俊也にとっては当たり前の日常になっていた。
女性らしい仕草はすっかり板につき、言葉遣いもあえて男らしく話そうとしない限り、女性らしい言葉遣いで話せるようになった。
といっても男性の恋人は作る気にもなれず、週に1回か2回の典子とレズ生活を続けている。
レープの傷からも立ち直り、自分の部屋でひとり過ごすこともできるようになった。
典子のほうは俊也との関係を保ちながら以前の男とも交際を続けているようだった。


そんなある日のことだった。
仕事中の俊也の携帯に電話がかかってきた。
「もしもし、俊美?」
電話から聞こえてきたのは典子の声だった。
「わたしよ。今夜だけど何か用はある?」
「ううん、別にないけど」
「会えない?」
「いつも会ってるでしょ」
「そういう意味じゃなくって、外で会おうってことよ」
「分かってるわよ、それくらい。で何時にどこに行けばいいの?」
典子が時間と場所を指定した。
「それじゃね」
自分が伝えたいことを伝えるとさっさと電話が切れた。
(典子ったら何の用かしら?買い物にでもつき合えってことかな)
そんなことを考えながら、典子が指定した時間と場所を手帳にメモした。


俊也が約束の場所に着いたのは約束の時間の10分前だった。
それでも典子の姿はすでにそこにあった。
しかも男二人の姿がすぐ傍に存在していた。
一人はあの夜典子にキスしていた男だった。

「俊美、ここよ」
俊也は軽く手を上げ、自分が典子のことに気づいていることを伝えた。
そしてゆっくりと3人のいる場所に近づいた。
俊也は男たち二人に軽く会釈した。
「俊美、紹介するね。こちらが松田正志さんで、その隣が…」
「笠井将太です。よろしく」
将太は典子の言葉を奪うように自己紹介し、そしてわざとらしく俊也の前に手を出した。
俊也は断る理由も思いつかず、「はあ、よろしく」と言って仕方なく握手した。
松田は180センチはありそうな長身で、学生時代にラグビーでもやっていたようながっしりとした体格をしていた。
年齢は30半ばに思えるが、顔が幼く年齢よりも若く見えた。
肌は日に焼けて浅黒く、それだけに歯の白さが印象的だ。
まさにスポーツマンらしい爽やかな印象の男だった。
典子の企みが理解できた。
俊也は典子に小声で尋ねた。
「これ何よ?もしかしてデート?」
「そう。だって俊美は立派な女の子なんだから恋人の一人くらいいてもいいでしょ?」
「いくら何でもまだ男なんていいわよ」
「気に入らなければ振ればいいのよ。ねっ?」
俊也と典子は男たちに聞こえないよう小声で言い合った。
そしてそんなやりとりを打ち切るように、典子が大きな声で「とにかくご飯にしましょう」と言って歩き出した。

典子が入ったのはパスタの店だった。
典子と俊也が窓側の席に座り、その前に松田と笠井が座った。
水が置かれ、それぞれがパスタを注文した。
俊也はカルボナーラを注文した。
本当は大盛りにしたかったが、さすがにそれは控えた。
なんだかんだ言っても、俊也だって男性の目を意識しているのだ。
テーブルについて俊也から話を切り出した。
「で、今日のこの集まりはどういうこと?」
俊也の直球の質問のせいで一瞬全員が黙ってしまった。
典子は睨んでいる。
俊也の問いに答えたのは笠井だった。
「すみません、私が高木さんにお願いしたんです。高木さんと仲の良い友達にフリーで美人の女性がいるって聞いて、是非紹介して欲しいって」
「それで現れたのがわたしみたいなのでがっかりしたでしょ?」
「いえいえ、想像以上の美人で無茶ラッキーだと思ってます」
なぜか笠井は緊張しているように見えた。
「すいません、こいつ、女性の前だと必要以上にあがっちまうんですよ」
横から松田のフォローがあった。
俊也はそんな笠井のことを可愛いと思った。
男性のころ女性が男のことを「可愛い」と言うことが理解できなかったが、今の感情はまさに「可愛い」としか表現できない感情だった。
「俊美、どう?笠井さんとおつき合いしてみない?」
「そんなこと、急に言われたって……」
俊也は返事を言い淀んだ。
そこで話を切り返すことにした。
「そんなことより典子は松田さんとつき合ってるの?」
「あら、俊美ったら知ってるんでしょ?だって見られちゃったもんね」
典子は意味深な笑いを浮かべた。
話を振った俊也が何と答えていいのか言葉に詰まってしまった。

その後、4人でボーリングに行った。
ボーリングなんて男だったころでさえ下手だったのに非力な女性になってボロボロだろうと思っていた。
しかし、いざ始まってみると何と154も出た。
人生最高スコアだ。
いつもだったら100もいかないのに。
笠井とハイタッチしたりして俊也はテンションが上がっていた。

ボーリングが終わると、居酒屋に入った。
「金崎さんってボーリングうまいんだね」
笠井のそんな見え見えのお世辞にも素直に喜んだ。
出逢ったときより俊也と笠井の距離は近づいたように感じた。
笠井はきっと脈ありという手応えを持っていただろう。

「それじゃ俺たちは帰るから。金崎さんを頼むぞ。送り狼にはなるなよ」
松田と典子は二人でどこかに向かった。
仕方がないので、俊也は笠井と二人で歩き出した。
「もう一軒行こうよ」
少し歩くと笠井が誘った。
「今日はもう……」
「いいじゃん。明日は休みなんだろ」
笠井は半ば強引に俊也の手を引っ張った。
「痛いから離してください」
俊也のそんな言葉に笠井は慌てて手を引っ込めた。
そんな笠井をやっぱり可愛いと思った。
少しくらいつき合ってあげたほうが優しいのかもしれない。
でもやっぱり今日はもう疲れた。
休みたい。
「ごめんなさい。今日はもう…」
そんな言葉に笠井の表情は暗くなった。
「今度は二人だけで会いませんか?私から連絡しますから」
俊也がそうフォローすると、途端に笠井の表情が明るくなった。
「うん、分かった。それじゃ、これ、俺の携帯」
手帳に携帯番号を書き込んで、そのページを破って俊也に渡した。
「絶対連絡くださいよ」
笠井は俊也に念を押すように言った。
「ええ、もちろん。必ず電話しますから」
俊也は笑顔で答えた。


週が明けた月曜日、半ば義務感から、半ば典子の顔を立てる意味もあって、俊也は笠井に電話した。
「もしもし、金崎です。先日は楽しいダブルデートありがとうございました」
「あ、金崎さん。本当に電話くれたんだ」
電話の向こうから笠井の嬉しそうな声が返ってきた。
「約束しましたから。もしかしてわたしのこと信用してませんでした?」
「ううん、そ、そんなことない。絶対に電話くれると信じてました」
「ふふふ、それより今夜約束のデートしませんか?」
「え?本当に?も、もちろん。それじゃ7時にこの前の場所でいいかな」
「分かりました。絶対に来てくださいよ」
「もっちろん。仕事なんてほっぽって絶対に行くから」
俊也はデートの約束をしたが、気持ちの中ではどうやって二度と会わないようにするかを考えていた。

7時少し過ぎに約束の場所に行った。
しかし、まだ笠井の姿はなかった。
(どうしたのかな…)
それほど積極的に逢いたいわけではなかったが、待たされると笠井のことが気になってきた。

7時を10分ほど過ぎたときにやってきた。
ただし、現れたのは笠井ではなく、松田だった。
「すみません、笠井のやつ、急ぎの仕事が入って、今日は来れないんです。それで僕が代わりに」
(仕事なんてほっぽってって言ってたくせに、結局仕事を選ぶんだ。男なんて結局仕事のほうを選ぶんだから)
俊也はそんなことを考えていた。
男だったときにはそんなことは考えなかっただろうに。
俊也はそんな自分の変化に気づいていなかった。
そして笠井への気持ちは完全に冷めてしまった。

「わざわざすみません。お電話をいただければよかったのに」
「でもあいつはレストランを予約したらしいんです。それでせっかく予約したし、自分の誠意を伝えたいから、せめて食事くらいはご馳走したいらしいんです。そういうわけで笠井から今日の食事代をもらってきましたので、今日は僕が笠井の代わりをさせてもらいます」
「そこまでしていただくわけには…。それに典子にも悪いし」
「そんなに厳密に考えなくてもいいじゃないですか。実は先日あまり話ができなかったし、僕自身も今日のデートがちょっと楽しみなんですよ」
少年が悪戯しようとしているような表情を浮かべた。
俊也はそんな松田の表情に「まあいいか」と食事につき合うことにした。

松田との食事は楽しかった。
松田がほとんど話をし、俊也は聞き役だった。
俊也は松田のことを何となく馬が合うように感じていた。
もう少し正確に言えば好意のようなものを感じた。
それが同性としての感覚なのか、異性への愛情なのか、と聞かれれば、俊也自身、異性として惹かれていると思った。
それだけにかなり戸惑いがあった。
しかし自分の気持ちに抗うことはできなかった。
それは松田も同じだったようだ。
「知ってる店があるんですけど、いいですか?」
コース料理が一通り終わって、松田からそんなふうに誘われた。
俊也にとって断るという選択肢は存在しなかった。
「いいですよ」
典子への罪悪感を感じながらも「もう少しだけ」と考えていた。


松田に連れられてやって来たのは静かなバーだった。
仄暗く落ち着いた雰囲気は二人の距離を近づけた。
端から見る二人は完全に恋人だった。
実際俊也は松田に好意を寄せる一人の女性になっていた。
松田も俊也を眩しい目で見ていた。
バーを出た二人はどちらからともなくホテルに向かった。

部屋に入るとすぐに松田に抱き締められた。
「典子に悪いわ」
俊也は軽く拒んだ。
もちろん本心ではない。
口先だけだ。
本当に悪いと思っていたらこんなところに入りはしない。
「笠井には申し訳ないが、僕は俊美さんのことを好きになってしまったんだ」
松田にはそれまでの大人の雰囲気から変わって、性を急ぐ若さが混じっていた。
「典子から私のことは聞いてるんでしょ?」
松田の真意を確認したくてそんなことを聞いてみた。
単なる興味だけなのか、本当に愛してくれているのかを。
「元男性ってこと?」
「ええ…」
自分から聞いたこととは言え、少なからず好意を感じている男性から『元男性』と言われたことにショックを受けた。
そんな俊也の反応を見て、松田は俊也を強く抱き締めた。
「そんなことはどうでもいいんだ。僕は今の君を好きになった。それが全てだ」
そう言って、松田は俊也にキスをした。

二人は抱き合ったまま、ベッドに倒れこんだ。
一度燃え上がった愛情は抑えることはできなかった。
二人は激しくお互いの身体を求めた。
松田が俊也の服を脱がせて全裸になった。
「綺麗だよ」
そんな松田の言葉が嬉しかった。
同時に恥ずかしさも感じた。
「そんなに見ないで」
松田はニコッと笑うと、首筋にキスしてきた。
そしてそのまま松田は俊也の身体の至るところに舌を這わせた。
上半身はもちろん、脚や足の指の間まで。
決して嫌ではなかった。
俊也は全身で松田の愛を感じていた。
松田は舌で俊也の全身を舐めた。
手でも全身を隈なく撫でた。
ついに松田の手が下腹部に触れると俊也は両脚をきつく閉じて松田の手の侵入を拒んだ。
「力を抜いて」
松田の手が内腿に触れるか触れないか微妙なタッチだ。
「んっ…くすぐったい」
俊也が脚の力を少し抜くと、強引に両太腿に手を入れた。
俊也の割れ目に沿って、松田の中指が動いている。
おかしな気分になってきた。
脚に力が入らなくなってきた。

松田が俊也の脚を広げ、そこに頭を埋めた。
「綺麗だよ」
そんな言葉が聞こえたかと思うと、全身にものすごい快感が走った。
松田が俊也の女性器を舐めたのだ。
「…ぁ…ぃゃ……ダメ………おかしくなるぅ…ん………」
それでも執拗に舐めた。
かなりの時間のようだった。
俊也は本当におかしくなるかと思った。

松田のペニスが入れられようとしている。
過去に俊也は男たちに犯された。
典子とレズプレイをしている。
お世辞に初心(うぶ)とは言えない。
しかし松田のペニスを受け入れようかという事態にひどく緊張した。
初めて好意を持った男性とのセックスだ。
緊張しないほうがおかしい。
そして松田のペニスが入ってきた。
俊也はそれだけで、軽くいってしまった。


行為が終わり、松田の腕枕で俊也は余韻に浸っていた。
「本当に私で良かったの?」
どうしてそんなことを聞いたのか自分でも分からなかった。
そうだという答えが欲しかったのかもしれない。
「俊美さんのことが好きになったんだよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
松田が真顔で答えた。
「でも典子とは今まで通りつき合ってあげてね」
そんな俊也の言葉に松田は驚いたような顔をした。
「どうして?彼女とは終わりにして、ちゃんと君とつき合えるようになったほうがいいだろう」
「だって…」
「俊美が以前どうだったかなんてどうでもいいんだ。今の君が好きなんだ」
「…ありがとう」
俊也は松田のストレートすぎる愛が嬉しかった。
「それじゃ笠井さんのことはどうすればいいの?」
「ああ、あいつか。どうするかな……」
「私はお断りするつもりだったから、私から断ればいい?」
「そうしてくれると助かるよ。俺からは言いにくいから」
「その代わり、典子のことはよろしくね」
「本当にそれでいいのか?」
「さっきからそう言ってるでしょ」
「分かったよ。俊美の言う通りにするよ」
俊也はありがとうの意味で松田に軽くキスをした。

次の日に再度笠井に電話をした。
「もしもし、金崎です」
「昨日はごめんね。どうしても抜けられない仕事ができちゃって。今日こそ絶対に行くから」
「そのことなんですけど…」
俊也は変に期待させるのは悪いからもう会わないと伝えた。
笠井は一度でも話をしたいと粘ったが、俊也はただただごめんなさいを繰り返した。
最後には笠井も渋々ながら応じないわけにはいかなかった。


一方、典子に対しては避けるようになった。
素知らぬふりして会えばいいのだが、俊也の性格としてはやはり顔を合わせづらいのだ。
部屋にも行かなくなったし、もちろん抱かれるなんてことはなくなった。


松田とは毎日でも会いたかったが、彼の仕事が忙しくそれは叶わなかった。
典子とうまくやっているのかもしれない。
そう思わないでもなかったが、それならそれで良かった。
俊也はそれで十分だと思っていた。
松田と関係を持って、一ヶ月が経ったが、逢えたのは5回だけだった。
会うことができれば、時間を惜しむように身体を重ねた。

1週間振りにデートした日だった。
松田と俊也は限られた二人の濃密な時間を過ごした。
そして、二人でホテルから出たときだった。
「あなたたち、何してるのよ!」
静かな、しかし怒りをたっぷり含んだ声が飛んできた。
そこには典子が立っていた。

「典子……」
松田はそれっきり何も言えなかった。
少しの間沈黙の時が流れた。
破ったのは典子だった。
「俊也ったら自分の立場を分かってるの?」
典子はあえて"俊美"と呼ばずに"俊也"と呼んだ。
言外に同性愛への批判を含んでいるのだろう。
俊也は何も反論できなかった。
「正志さんも俊也のこと話したわよね」
俊也が反論しないので、松田へ矛先が向いた。
「ああ」
「こう見えても男なのよ」
「そんなことないよ」
「いくら女の身体になったからって男は男なの!」
「俊美は立派な女性だよ」
松田の反論が面白くなかったらしい。
矛先が再び俊也に向いた。
「俊也も何よ。どうして人の彼氏を盗るのよ」
「ごめん…」
動揺する俊也に対して松田が肩を強く抱き締めてくれた。
それからも典子は二人を責めた。
「あなたたち、どうしていつまでもくっついてるの。離れてよ」
いくら責めても離れようとしない二人に対して、典子は悲鳴にも似た声を上げた。
それでも松田と俊也はじっと耐えていた。
「もういいわよ。私だって男にフラれて泣き叫ぶ女でなんて演じたくないし」
「ごめん、典子」
俊也は呟いた。
「正志さんより恰好いい男を見つけて俊美に見せつけてやるんだから」
俊也の呼び方が"俊美"に戻った。
「それじゃお幸せにね。これから大変だと思うけど」
負け惜しみなのか典子がそんなことを言って去って行った。


俊也は裁判所に申請し、戸籍も女性となった。
名前を正式に『俊美』とした。

妊娠が分かったのはそれからしばらくしてのことだった。
「できちゃったみたい」
「本当に?」
「ええ、3ヶ月だって。産んでいい?」
「それじゃ結婚しよう」
松田の返事は出産の同意ではなく、急なプロポーズだった。
何の前触れもなくいきなりだった。
「結婚?結婚って?」
「だって子どもが産まれるんだろ?なら俺たちきちんとけじめをつけるべきだと思うし」
「責任感で結婚してくれなくてもいいわ。一人で育てるつもりだったし」
「責任感なんかじゃない。俺は俊美と結婚したいんだ。俺は俊美のことが好きだ」
「本当にわたしでいいの?」
「何言ってんだ。俺は俊美じゃなきゃダメなんだ。俺の生涯の伴侶は俊美以外には考えられない」
「元男でも?」
「男心が理解してもらいやすい」
「本当に本当?」
「ああ」
松田の大きな愛が嬉しかった。
俊也の目から大粒の涙が流れた。
次から次へと。
「こんなに泣いたりして。しっかり女の子してるじゃないか」
松田の軽口が心地良かった。
「ばか…」
小さく呟き、松田の腕の中で泣いた。
俊也の頭にあの夢がよぎった。
あの夢の通りにウェディングドレスを着ることになるのだ。
温かい幸福感に包まれていた。


俊也は結婚が決まってからほとんど毎晩同じような夢を見た。
ウェディングドレスに包まれ、幸せいっぱいの夢を。
あのブーケは受け取った者を花嫁にするのだ。
たまたま受け取った者が男だったから、花嫁にするためにその男を女にしたのだ。
俊也はそう信じることにした。


大安吉日にこだわらなければ式場なんて何とかなる。
1ヶ月後には結婚式場のチャペルでウエディングドレスに包まれていた。
結婚式が終わり、ブーケトスの瞬間が来た。
俊也はブーケを後ろに投げた。
ゆっくりと弧を描いてブーケが落ちてくる。
受け取ったのは松田の友人の男性だった。
「やったな、淳平。次はお前が花嫁だ」
「馬鹿なこと言うなよ」
そんな会話が聞こえた。
他愛もない冗談のつもりだろう。
でもそれが本当に起こるかもしれないのだ。
もちろん自分が投げたブーケにもそんな力があるのか分からない。
それでもそうなればいいのにと思った。
(もしかしたらあなたも女の子になるかもしれないわね。最初は戸惑うけど、女の子って意外といいものよ)
決して意地悪な気持ちではなく、そう思う俊也だった。


《完》

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