ノゾムノノゾミ



大塚望(のぞむ)は無事に大学に進学することができた。
しかも東京の大学だ。
別に地元の大学でも望の学力に合う大学はいくつかあった。
しかし望は東京の大学を選んだ。
東京に行きたかったわけではない。
親から離れたかったのだ。
親との仲が悪かったわけではない。
理由は明快だった。
あることのために独り暮らしをするのだ。
そしてそのあることとは女装だった。

望が女装に興味を持ったのはあるテレビ番組だった。
そこには綺麗に着飾った男が映っていた。
『彼氏が彼女に着替えたら』
そんなタイトルだった。
小学生だったが、その映像を見たときにものすごい興奮を覚えたのだ。
そしてその女装した男の姿を思い描いて初めてひとりエッチというものをした。
以来女装した男が望にとっての"おかず"だった。
やがて自分が女装していることを妄想するようになった。
妄想の中の望は理想の女だった。
その女は望のどんなわがままにも応えてくれた。
そうするうち、その女を自分の目で見てみたいと思った。
すなわち妄想だけではとどまらず実際に女装してみたいと思うようになった。
しかし家にはいつも誰かがいたので、その妄想を実行することはできなかった。
だから何としてでも家から離れたかった。
独りにさえなれればいくらでも自分の欲求を満たせることができる。
そう信じていた。
とにかくそれが望の望みだった。

望は三人兄弟の末っ子だった。
兄二人は実家で、父親の会社を手伝っていた。
社員は200名ほど。
地元ではそれなりの規模の会社だった。
おかげでお金に不自由したことはなかった。

東京の大学に行きたいと家族に打ち明けたとき、意外と家族の反対はなかった。
「早いうちから独立したいということはいいことだ」と父は言ってくれた。
もしかすると望のことはどうでもよかったのかもしれない。
母親からだけ家に残って欲しいと泣いて頼まれた。
そのことが少しひっかかったが、最終的に望は家を出て行くことを選んだ。
ようやく望は堂々と独り暮らしを始めることができるのだ。
それはワクワクする思いだった。


東京へは身体ひとつで出て行った。
必要な家財道具は用意してもらった。
住むところはセキュリティ完備のマンションだ。
変な人間が入ってくる心配はない。
望にとって理想的な環境になりそうだ。
唯一の懸案事項は部屋の鍵のひとつを母親が持っていることだ。
時々部屋にやって来て掃除でもするつもりなんだろう。
鍵を付け替えれば安全かもしれないが、母親の気持ちを考えれば部屋に来ることを許容するべきだろう。
その点だけを注意すれば、きっと楽しい大学生活になるはずだ。


東京に来て初めての日の夜、インターホンがなった。
「大塚のぞみさんにお届け物です」
実家を出る前に配達日指定で買っておいた物が届いたのだ。

望は自分の名前が嫌いだった。
ノゾムであるにもかかわらず初めての人間には大抵『のぞみ』と読んだ。
名前を漢字で知った人間からは、その名前の持ち主が女性であることを期待された。
勝手に女性だと思い込んで、現れた望の姿を見てあからさまにがっかりした表情を見せられたことは1回ではなかった。
聞こえるように舌打ちをし、「何だ、男かよ」と言われたこともあった。
だがこの名前のおかげで、今では堂々と本名で女性物を買うことができる。
人生何が功を奏するか分からない。
とにかく今は自分の名前に感謝だ。

望はエントランスの鍵を開けた。
すぐにドアのインターホンが鳴った。
「こちら大塚のぞみさんのお宅ですよね?」
何か不審げに宅配の男が尋ねた。
「はい、そうですよ」
「それじゃこちらに受け取りのハンコをいただけますか」
宅配の男は明らかに不満げな表情で伝票を出してきた。
望はそこに持っていたシャチハタを押した。
「ご苦労様」
男が出て行くと、戻りながら箱をみると、商品欄のところに「トリンプ」と書かれていた。
(そうか。女性下着だから女の子が出てくると思ってたんだ…)
望という名前に加えてトリンプと書かれているから100%女の子だと思ったようだ。


ワクワクして少し焦り気味に包装を解いた。
カラフルなブラとショーツのセット。
同じ色合いのキャミソールとスリップ。
初めて手に入れた自分だけの女性下着。
(これを自分で穿けるんだ)
そう思って手に取るだけで、ズボンの中のモノは大きくなっていた。
するとまたインターホンが鳴った。
(次の荷物が来たな)
次に届いたのは服とウィッグだった。
これであらかじめ買った物は全て届いた。


望は鍵もチェーンロックもかけたことを確認して全ての箱を開けた。
買った物を全て並べてみた。
早く着たい。
そんな欲求を抑えつつ、風呂に入って一日の汚れを落とした。
もちろんあらかじめ買っておいた除毛剤で身体のあらゆる無駄毛も落とした。
すね毛、わき毛はもちろん陰毛も落とした。
子供のころに戻ったようだ。

バスタオルで身体を拭き、胸のところで巻いた。
胸の位置でバスタオルを巻くなんて生まれて初めてだ。
それだけで女装しているような気がして興奮してきた。

テーブルの上に鏡を置いて、その前に座った。
風呂上りにスキンケアをする女性。
そんな姿を頭に描いた。
「お風呂に入ったら水分補給してあがなくちゃ」
そんな独り言を言いながら、コンビニで買った化粧水を全身につけた。
化粧水の香り。
本当に女性になっていくような気がしてきた。
するとペニスがなぜかおちついてきた。
ドライヤーで髪の毛を乾かす。
この日のためにブラシのついたタイプを買ったのだ。
何だか楽しくなってきた。
全て望が思い描いていたことだ。
これからの人生がとても明るいように思えた。


望はショーツを手に取った。
いよいよ下着を自分の身体に身に着けるのだ。
心臓が口から飛び出しそうだ。
望の股間は再び興奮状態になった。

望はバスタオルを巻いたまま、穿こうとした。
そのほうが自分が淑やかな女性になったような気持ちになるのだ。
さらに自分が男である現実を見ずに済む。
望は興奮で震える手でショーツに脚を通した。
しかし、どうしてもペニスが顔を出してしまう。
少し考えて股間にペニスを股間に挟んでみた。
大きくなっているせいでかなり難しかったが、何とかペニスを押さえ込むことができた。
それでも袋がどうしても見えてしまう。
(これじゃ恰好悪いよな)
そう思ったが、これ以上どうしようもないので、ショーツはこれで良しとした。

次はブラジャーだ。
ストラップに腕を通してから、胸で巻いたバスタオルを外した。
そして後ろ手にフォックを留めようとした。
なかなかうまくいかない。
何度も試すうちにやっとフォックがかかった。
しかしかなりきつい。
腕を回すとカップが上にずれてきてしまう。
一旦外して、アジャスターでストラップの長さを調整した。
かなり落ち着いたが、自分の胸に膨らみがないので、やはりズレる。
(やっぱり胸がないとダメなのかな)
望は豊胸なんかする気はなかったが、そんなことを考えた。
カップの中に靴下を詰めて膨らみを作った。

風呂場に行き、鏡の前に立った。
全身が映るような鏡は風呂にしかないのだ。
女性の下着をつけると、自分の寸胴具合が気になる。
(もう少しウエストがあったほうがいいかな)

望はキャミソールを身に着けた。
肌に当たる感じが男の下着では考えられない感じだ。
とても気持ちがいい。
ブラジャーとキャミソールの肩紐がかかっている自分の肩が少し女らしく思えた。
(女の人ってこんな気持ちいいもの着てるんだ)
望はさらにスリップも着た。
スリップから出た脚が綺麗だと思えた。
もう少し脚が長いほうがいいのに。

そしてスカートを穿いた。
膝上10センチのアイボリーのミニスカートだ。
チュールレースが重なっていて、とても女の子らしい。
そして小さな花柄のニット着て、ウィッグを被った。
ウィッグの毛が肩にかかった。
(結構可愛いじゃん)
化粧はしてないが、結構美人になった。
嬉しくなった。

望はその姿のまま、部屋の片付けをした。
時々ガラスに映る自分の姿を見て、ニッコリ笑ったりした。

一通り部屋を片付け終わった。
さて寝ることにようと思ったその時だった。
(あ、パジャマがないや)
パジャマを買っておくのを忘れた。

望はPCを立ち上げ、ECサイトでウエストニッパーとパジャマとネグリジェを購入した。
パジャマはあえて中性的なものにして、女性としてはネグリジェを着てみたかった。
そのときCuttye!! という商品を見つけた。
可愛いガードルだった。
これだと可愛いし、うまく隠してくれそうだ。
望はこの商品も合わせて購入した。

この日はスリップ姿で寝ることにした。
なかなか色っぽい。
望はスリップの肌触りを感じながら、自分のものをしごいた。
いつもより多くの精液が出た。

こうして東京初日の夜が過ぎて行った。


入学式まで2週間ほどの日があった。
その間に女装道具をかなり購入した。
下着は10着以上購入したし、服もスカートも買った。
ついには人工乳房も購入してしまった。
人工乳房はシリコン接着剤でつければ自分の胸にあるような重量感を感じることができる。
初めてそれをつけたときは感動した。
さすがに鏡で見ると明らかな作り物ではあるが、それでも乳房があるような体感が得られるのは心が躍った。
それらはほとんどネットで購入して、外に出ることはなかった。
正直なところ、外に出て自分が女性として認められるか確かめたいという気持ちはあった。
それよりも男であることがばれて変態呼ばわりされることの恐さのほうが勝っていたため、家の中で女装を楽しむにとどまった。

入学式の前の日に母親が上京してきた。
事前に連絡があったので、望は女装道具を収納の一番奥に隠すことができた。
上京した母親は部屋の中が思いのほか片付けられていることが少し残念だったようだ。
相変わらず世話のかかる息子を期待していたのかもしれない。
しかし家では女性として生活していたため必然的に部屋を整理していたのだ。

入学式には母親も一緒に出席した。
スーツ姿の息子の姿を眩しそうに見ている。
「望ももう一人前になったんだねえ」
そんなふうに呟いた。

入学式が終わると、母親は言った。
「それじゃ母さんは帰るね。望はもう立派に一人で暮らせるみたいだから、来なくても安心だね」
そう言って帰って行った。
これで母親がやって来る可能性はグンと減った。
望は母親を見送りながら心の中ではガッツポーズをしていた。


次の日に大学のオリエンテーションがあった。
大学生活についてこと細かく説明してくれた。
隣の席には、学生番号が1つ違いの男子学生が座っていた。
名前を甲斐義朗と言った。
東京に来てまだ知り合いのいない望にとって母親以外で初めて言葉を交わした人間だった。
義朗は人懐っこい笑顔が印象的な好人物に見えた。
実際言葉を交わすと妙に馬が合った。

そしてその日のうちに望のマンションにやって来た。
授業についていろいろと知っているので教えてもらうためだ。
「大塚ってこんないいとこに住んでるのか。いいな」
嘉朗は部屋から見える東京の夜景を感慨深げに見ていた。
「早くカリキュラムを教えてくれよ」
望の頼みに嘉朗は応じてくれた。
嘉朗はどの授業を受ければ楽に単位が取れるかをよく知っていた。
大学寮に住んでいるとかで先輩たちからそういった情報を教えてもらえるのだそうだ。
嘉朗と仲良くなったおかげで単位は何とかなりそうだ。
「それじゃあ大学でな」
「ああ、今日はサンキュー」
9時になろうかという時間になって、ようやく嘉朗が帰って行った。


大学になればもっと自由な時間が増えるのかと期待していたが、意外と授業に出ないといけなかった。
ほとんど高校のときと同じような生活パターンだ。
それでも水曜午前は授業がなく、土曜午後と日曜は完全に休みだった。
あとは朝から夕方までビッシリだった。
それだけに部屋にいる時間はしっかりと女としての時間を楽しんでいた。


「おーい、大塚、いるかぁ」
部屋の外で義朗の声がした。
(えっ、どうして?)
義朗がどうしてマンションの中に入っているのか。
望が驚いていると、そのとき玄関のドアが開いた。
(しまった、鍵を掛け忘れてた!)
すでに義朗の姿が見えた。
「ちょうど出て行く人がいてさ、入れてもらったんだ」
そう言って部屋に入ってきた。
望は焦った。
自宅だからもちろん女装していたのだ。
いつものようにティーンの女の子のファッションを意識した下着までの完全女装。
しかも膝上20センチのミニスカートだった。

義朗は目の前に女性がいることに気づき、戸惑った。
「えっ、あっ、すいません…」
義朗は自分が入ってきた部屋の様子を確かめていた。
それでこの部屋は望の部屋だと確信したようだ。
「ここ、大塚くんの部屋ですよね?望くん、いますか?」
望はどう答えていいか分からず黙っていた。
「あのぉ、望くんは…」
義朗はなかなか答えないことに少しイライラした様子だった。
望は何か言わないとマズイと思って口を開いた。
「えっ、あっ、あのぉ…」
その声に義朗が反応した。
「その声!お前、大塚なのか?」
近づいて顔を覗き込んだ。
望は視線を背けたが、すでに望だと確信していた。
「やっぱり大塚だ。へえ、すっげえ可愛いじゃん。それにしてもお前にそんな趣味があったとはなあ」
望は何も言えなかった。
「心配するなって。絶対誰にも言わないから」
望の周りを回って全身をジロジロと見た。
「なあ、何て名前だ?」
「えっ?」
「女になってるときのお前の名前だよ」
「のぞみ」
「なるほど、望だからのぞみか。安直だけどいい名前だな」
「ありがとう」
「なあ、のぞみ、デジカメ持ってないか?」
急に名前で呼ばれるとは思わなかった。
けどなぜかそれが嬉しかった。
「持ってるけど…」
「ちょっと貸してくれよ。写真撮ってやるから」
「いいよ、そんなの。それにそんなのが出回ったらヤバイだろう」
「のぞみのデジカメなんだし、SDカードだって持ち出さないから。のぞみだって鏡を通して見るだけじゃなくって、写真として残したいんじゃないのか」
義朗の提案に少し心が揺れた。
自分が女の子になった姿を記念に残しておきたくないと言ったら嘘になる。
「のぞみは美人だから、いいだろ」
美人と言われて嬉しくないわけはなかった。
結局義朗の提案通り、写真を撮ってもらった。

「のぞみ、もっと力を抜いて。顔が引きつってるぞ」
そんなこと言われてもどういう表情していいのか分からなかった。
「ちょっとポーズとってみようか」
望は適当にポーズをとってみた。
「いいぞ、いいぞ。のぞみ、綺麗だよ」
義朗の言葉にのせられていろんなポーズをとっているうちに自然な笑顔がでてくるようになった。
「おっ、いいね。のぞみは最高に美人だよ」
義朗は何度も何度もシャッターを切った。
撮影は1時間に及んだ。

撮影が終わると、PCにSDカードを入れて撮った写真を二人で見た。
200枚近くあった。
「この写真なんかいいんじゃないか」
「確かにな。お前ってカメラマンみたいだな」
「ああ、できたらカメラで飯食えるようになれたらいいなって思ってる」
「へえ、すごいね」
望は嘉朗が撮ってくれた写真を一枚一枚丁寧に見た。
どの写真も写真の望は本当に女だった。
望は特に綺麗に撮られている写真10枚程だけを残して後は削除した。

「他にも服はないのか?」
「あるけど…」
「それじゃ着替えろよ。もっと撮ってやるから」
結局5回ほど着替えて、撮影会は続いた。
気がついたら夜の6時を過ぎていた。
「もうこんな時間か。腹減ったな。おい、飯食いに行こうぜ」
「それじゃ着替えるよ」
望は普段着に着替えようとした。
「着替えるって?」
「男の服に着替えるんだ」
「いいじゃないか、そのままで。十分綺麗なんだし」
「そんなの無理だよ」
「夜だし大丈夫だって」
「そんなこと言ったって」
望は以前から外出して自分が女として見られるかを試したいと思っていた。
そんな気持ちがあったからこそ義朗の言葉を拒絶し切れなかった。
「とにかく行こうぜ」
結局無理やり連れ出された。


「牛丼でいいか?」
義朗が向かったのは牛丼の店だった。
「女連れで牛丼かよ」
いくら何でも今の望の恰好では入りづらい。
「いいじゃん。お前、男だろ?」
「そうだけど今は女の恰好してるじゃないか」
「細かいこと気にすんな。俺は牛丼の気分なんだ」
義朗は望の肩を抱いて店に入った。

「大盛りね。大塚も大盛りでいいか?」
店に入るとすぐに義朗は店員に注文した。
「何言ってんだよ。女がそんなもん食うわけないだろう?」
望は店員に聞こえないように小声で話した。
「そうなのか?」
「そうなんだ。僕は…ミニのサラダセットにするよ」
「自分で言えよ」
「声で男だってばれるだろ。言ってくれよ」
「仕方がないな。彼女はミニとサラダ、セットで」
すぐに注文したものが来た。
いつものように掻き込むわけにはいかない。
だから少量ずつ口に運んだ。
量が少ない上に、そんなことだから食べた気がしなかった。
隣では義朗がそんなことに気がつかず呑気に牛丼を食べている。
何となく義朗を困らせてやりたいような気になった。
ここで普通に声を出せば望が男だと気がつくだろう。
だとすると男とつき合っているホモ野郎というレッテルが貼られるかもしれない。
でもそんなことをすると望自身も女装趣味の変態というレッテルが貼られることだろう。
そんなことはできない。
結局望は義朗に対して反発を覚えながら何もできずにいた。


それからも義朗はちょくちょく望の部屋にやってきた。
望も"のぞみ"として応対した。
もちろんモデルとして写真を撮ってもらうことは楽しかった。
でも何とか義朗を困らせてやりたかった。
そのために望は密かにある作戦を練っていた。


ある日、いつものように義朗がやってきた。
「いらっしゃい」
望は義朗をにこやかに迎えた。
義朗が驚いたように望の顔を見ている。
「どうしたの?」
「お前、女の声を出せるようになったのか?」
義朗が驚いているのを見て面白くなった。
「そうよ、結構大変だったんだから」
「そんな声でそんなふうに話されると、本当に女に見えるから不思議だよな」
「これで外でも普通に話せるよね」
「ああ、そうだな」
「それじゃ早速デートしよっ」
望は義朗の手を取って、外に出た。

外に出ると、すぐにふざけて腕を搦めた。
「くっつくなよ」
そう言って顔を赤らめている。
「いいじゃない。あたしたち恋人なんだし」
望は面白くなって執拗に身体を寄せた。
ますます困った顔になってきた。
「ふざけるなよ」
義朗は照れたような顔をして周りに聞こえない程度の小声で文句を言ってきた。
「そんなこと言ってあたしみたいな可愛い女の子とデートできて嬉しいんでしょ」
「誰が女の子だ」
「まあまあ、そんなに照れなくてもいいじゃない」
望は義朗の腕をしっかりと掴まえてスーパーに入った。

「ねえ、買いたい物があるんだ。つき合って」
望は義朗を女性の下着売り場に連れて行った。
「自分一人で勝手に買えよ。俺は絶対こんなところに入らないからな」
「そんなこと言わないで。脱がせるんだったらこれがいいなとか思ってみれば楽しいよ」
周りの目が義朗に集まった。
「ば…馬鹿っ。そんなこと、こんなところで言うな」
「義朗だって可愛い下着を穿いて欲しいんでしょ。あたし、義朗の好きなものだったら、Tバックでも穿いちゃう。キャッ」
望は恥ずかしそうに顔を伏せた。
周りから完全に呆れたような視線が集まった。
馬鹿カップルが女性の下着売り場でいちゃついている。
いちゃつくんならどこか他でやってくれ。
そんな言葉が聞こえてきそうな視線だった。

「帰る」
そう言い捨てて義朗はその場から離れた。
「ねえ、待ってよぉ」
望は慌てて後を追った。

エスカレータの手前で義朗に追いついた。
「ねえ、居づらい場所に連れて行かれるのって嫌でしょ」
「ああ」
二人はエスカレータに乗った。
「あたしだって牛丼の店、嫌だったんだよ」
「あ…そうか…。そんなに嫌だったんだ」
「うん」
「悪かった」
「素直でよろしい。だから義朗のこと、大好き」
エスカレータが終わり、望は義郎に飛びつくように抱きついた。
「馬鹿。それはやめろ」
冗談で言ってるうちに何だか半分は本気になってきたような気がする。
このままホモになったらどうしよう。
そんなことを考えながらも義朗の腕に抱きついて歩いた。
それは決して嫌な感触ではなかった。


次の日、大学に出ると義朗が何人かの男に囲まれていた。
「昨日の女、誰なんだよ」
「うるさい。そんなやつ知らねえ」
「一回くらい大学に連れて来いよ」
どうやら望とのツーショットを見られたようだ。
(そうか…大学に連れてこいか…。それも面白いかもな)
望は一旦家に戻った。
そして素早くのぞみに変身して再び大学に戻った。

教室の後ろの扉から入り、背後から義朗に近づいた。
「義朗、遊びに来たよ」
そう言って、義朗の隣に座った。
周りの男どもがざわついている。
「あれが甲斐の彼女だぜ」
「結構可愛いじゃん」
さすがに可愛いと言われるのは嬉しい。
「どうしてあいつがもてるんだ。あり得ねえ」
確かに義朗はさほど背も高くなく、顔だって抜群にいいわけではない。
だがどことなく愛くるしい。
望はそんなところが気に入っていたのだ。

望は周りを見渡した。
ほとんど全員が慌てて視線を逸らせた。
それでも視線が合った男はいた。
そいつにはニコッと微笑んでやった。
相手の男は顔を赤くしている。
(同じ学科の男だと知ったら驚くだろうな)
望はそんなことを考えながらも、今の状況を楽しんでいた。


授業が終わった。
すぐに男どもに取り囲まれた。
望としては見知っている野郎どもだ。
「ねえ、甲斐とつき合ってるの?」
そう聞かれたので「つき合ってるんだよね?」と義朗に聞いてやった。
「ヒューヒュー」とワンパターンで馬鹿な声で囃し立てられた。
「ねえ、名前、なんて言うの?」
「のぞみです。えっと…大津のぞみです」
思いつきでほとんど本名を名乗ってしまった。
一瞬ばれるかなと思ったが「ふ〜ん、のぞみちゃんか。可愛い名前だね」なんて呑気な答えが返ってきた。
大塚という男子学生のフルネームを知っている者なんていないのだ。
確かに男の名前に興味を持つなんているはずがなかった。

「おい、行くぞ」
唐突に義朗が教室を出て行った。
「あーん、待ってよぉ」
わざとらしく甘えた声を出した。
「それじゃ皆さん義朗のことよろしくお願いしますね」
望は皆のほうを見てペコリと頭を下げた。
「了解」
「分かったぞ」
「しっかり面倒見てやるぜ」
「のぞみちゃん、また来てね」
そんな声が聞こえたので、一度振り返って「また来まぁす」と言って男どもに手を振ってやった。
何だかアイドルにでもなった気分だ。
男どもの馬鹿な歓声を背に教室を出た。

出たところに義朗が待っていてくれた。
「大学までそんな格好で来たりして。どうすんだよ、ばれたら」
「全然ばれそうになかったでしょ」
「確かにそれはそうなんだけど」
そのとき望の腹の虫が鳴った。
「飯でも食うか」
義郎が笑いながら誘った。

食堂では友達同士で固まってテーブルに座っている。
もちろんカップルも何組か存在する。
義朗と望が行っても特に誰かが見るということはなかった。
それでも義朗はなぜか誇らしげな表情に見えた。
どうだ、俺の彼女は可愛いだろうという表情だ。
義朗は自分のことを女性として見てくれている。
望はそんな気持ちを感じ取って嬉しく思えた。


その日から24時間女装するようになった。
もうどこに行ってもばれる心配はないように思えたのだ。
ずっと授業に出るうちに「大塚望=大津のぞみ」と陰で言われるようになった。
しかし公然の秘密として誰も表立ってそれに触れなかった。
そんな状況でもみんな親切だった。
同じ学科に可愛い男の娘がいる。
そんな感覚だったのかもしれない。
そんな毎日を過ごしているうちに、望にとって女装ではなく女性の服装は普段着になっていた。
男物の服なんてほとんどなくなっていった。



そんなある日のことだった。
大学から戻って部屋に入るために鍵を回した。
すると鍵がカチャリとかかってしまった。
(あれ、鍵を書き忘れたのかな?)
そう思って再度鍵を回した。
玄関に実家で見慣れた靴が綺麗に揃えられて置いてある。
(やばい、母さんだ)
あまりに自由にできていたため、最初は隠していた女装道具とかも隠さなくなった。
隠さないどころかほとんど女の子の部屋の装いになってしまっている。
今来たばかりではなさそうなので、当然そんな部屋の様子はすでに見られているだろう。
とにかく今は逃げたほうがいい。
そう思い、望は慌てて逃げようとした。

「望、帰ってきたの?」
聞き慣れた母の声が部屋の中から聞こえてきた。
そしてすぐに母親が姿を見せた。
玄関に立っている望の姿を見ると驚いたような顔をした。
「どなた?」
『よかった、ばれてない』と思ったのも一瞬のことだった。
「望、望なのね。どうして女の子の格好をしてるの?」
望が何も言えずにいた。
「とにかくそんなとこに立ってないで、部屋に入りなさい」
望は部屋に入って椅子に座った。
「それにしてもうまく化けたものね。私の若いころにそっくりだったから分かったけど、そうじゃなかったら、どこかのお嬢さんかと思ったでしょうね。で、いつからなの、そうなったのは?」
「東京に来てから」
望は普通の声で答えた。
「そんな姿で、望の声を聞くと、何か変な感じね。いつもその声で話してるの?」
「いつもはこんな声」
望はいつもの女性の声で話した。
「へえ、そうしてると本当に女の子みたいね。できればその声で話してくれない?」
「うん、分かったわ」
「女の子の話し方もすっかり板についてるって感じね。それで、そんなふうになりたいと思っていたのはいつからなの?」
「うーん、小学生のころ、からかな」
「…そう言えば、望はニューハーフとか女装とかの番組を人一倍一生懸命見てたものね」
母親はやはり見ていないようで見ているものなのだ。
「それにお隣の健ちゃんのこと、好きだったでしょ?」
「えっ!?」
「だって、いっつもくっついて離れなかったじゃないの」
「それはお兄さんのように思ってただけよ」
そう、望は幼いころ、実の兄たちより隣の野川健司のほうになついていた。
しかしそれは優しい健司に遊んでもらうのが好きだっただけで、恋愛感情とは無縁のものだった。
なのにまさか母親がそんなふうに見ていたなんて思わなかった。
「それでどうするの?」
「どうするって?」
「手術とかするつもりなの?」
「まさか、こんなふうに可愛い服を着るのが好きなだけで、身体まで女の子になろうなんて考えてないわ」
「それならいいけど、もしそんなことを考えるようになったら、母さんに相談してね」
「うん、分かった」
「それにしても部屋もすっかり女の子の部屋になってるのね。今日部屋に入って、望がどこかのお嬢さんと同棲でも始めたのかと思って、すごくびっくりしたんだから」
「ごめんなさい」
「お掃除もきちんとできてるようだし、母さんが来ても何もすることないわね。それじゃ早いけど母さんは帰るわね」
寂しそうに帰り支度を始める母親の姿を見て望は胸がつまった。
「ねえ、母さん。せっかく来たんだし、二人で東京見物にでも行かない?」
途端に母親の顔が明るくなった。
「そう?せっかくの望のお誘いなんだから断っちゃ悪いわね。行きましょうか」
「そうよ。娘のいうことは聞かなくちゃね」
「娘?そうよね、あなたは私の娘なのよね。名前は?名前は何て言うの?」
「のぞみよ。の・ぞ・み」
「望だからのぞみか。単純だけどいい名前ね」
「単純ってひっどーい」
望は娘のように振舞うことで久しぶりに心の底から母親と話すことができるように感じた。
望は母親を浅草寺や東京スカイツリーに案内した。
それは本当に母親と娘のようだった。

「今日は楽しかったわ。娘がいたらこんな感じだったのね。母さんの夢を実現してくれてありがとう。また来たら案内してくれる?」
「もちろんよ」
そして少し沈黙があり、母親の顔が真面目な表情に変わった。
「父さんには黙ってるわ。とにかく盆には戻ってきなさい。いいわね?」
「うん」
望は母親の気遣いが嬉しかった。
「あなたを女の子として産んであげれればよかったのにね」
母親の目に光る物があった。
そんな言葉を最後に残して母親は故郷へ戻っていった。


母親に認められたことで望の気持ちはかなり軽くなった。
家でも大学でも女子大生として大学生活を満喫した。
義朗のガールフレンドのように振る舞っているうちに少しずつおかしな感情が湧き上がってきた。
しかし望自身それに気がついてなかった。
というよりも無意識のうちに自分の感情を押し殺していたというべきかもしれない。


その日もいつものように義朗と部屋で恋人ごっこのような感じでじゃれ合っていた。
義朗もすっかり恋人として振舞ってくれた。
二人は楽しい時間を過ごしていた。
望はふと悪戯したい衝動にかられた。
「ねえ、抜いてあげようか」
望は義朗の股間に手を当てた。
以前から望といるときは義朗の股間がよく大きくなっていることに気づいていた。
望としては女性としての自分に興奮してくれているようで嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになっていた。
それまではあえて触れないようにしていたが、その日は何となく意地悪したくなったのだ。
あるいは無意識の愛情表現なのかもしれない。
「えっ?」
「だっていつもこんなに大きくしてるんだもん」
「いい加減にしろ」
義朗は望を突き飛ばした。
「痛ぁい」
「本当にいい加減にしろよ」
「別にいいじゃない。溜まってるんでしょ」
望は再度義朗の股間に手を当てた。
「やめろって言ってるだろ」
義朗はさらに強く望を突き飛ばした。
望はヘッドスライディングのように倒れた。
ミニスカートが捲れ上がった。
義朗の手が望の腰を掴んだ。
「やめて。お願い」
「うるさい。お前が誘ったんだろ」
勢いよくパンストとショーツをずらされた。
「お、おい。やめろ。落ち着け」
望は女の声を出すことも忘れて地声で叫んだ。
いくら望から誘ったからと言って、まさか本当にそんな行為に及ぶとは思ってなかった。
ちょっと度が過ぎてしまったのか。
あるいは義朗にもその気があったのかもしれない。
「お前が悪いんだからな。あんなにやめろと言ったのにふざけやがって」
尻に何か硬い物が当たった。
ペニスだ。
「やめろ。頼むからやめてくれ」
望はかなり焦っていた。
しかしどうにも力が入らない。
「うるさい。男がその気になったら止められないことくらいお前なら分かるだろう」
義朗のペニスが肛門を押し広げた。
「痛い、痛い、痛い……」
肛門が裂かれているように痛い。
少しずつ義朗のペニスが入ってきた。
義朗の動きが止まった。
ペニスが全て入ったのだ。
「頼むから出してくれ」
望は痛みに耐えた。
そして義朗が動いた。
さらに強い痛みが望に襲ってきた。
「痛い痛い痛い痛い痛い……」
望の口から無意識に言葉がこぼれた。
義朗はなかなかいかなかった。
10分以上抽送が続いた。
痛みに対して感覚が麻痺してきた。
すると徐々におかしな感覚が湧き上がってきた。
その感覚を求めるように望も腰を動かした。
それは快感だった。
「ぁぁぁぁ……」
望は無意識のうちに声が出ていた。
そのときには望のペニスも硬くなっていた。
義朗はスピードに緩急をつけたり、弧を描くようにして、腰の動きに変化をつけた。
望の感覚は快感に支配されていた。
(ああ、こんなにいやなのに…どうして…感じるんだ……)
義朗の腰の動きが激しくなった。
「うっ」
そんな声を出して義朗が望の中で射精した。
そしてそれを感じ取ると、望も射精した。

背中に義朗の体重と息切れを感じた。
(犯られちゃったんだ…)
望は悔しさと後悔の思いが渦巻いていた。
義朗のペニスが出て行った。
「ごめん」
義朗は声を絞り出すように言った。
望は肛門に手をやった。
義朗の精液の中に赤い物が混じっていた。
おそらく自分の肛門が裂けたせいで出血したのだろう。
望が黙って手についた物を見てると、そんな沈黙を破ろうとするように義朗が言った。
「本当にごめん。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だけど…」
義朗はそれだけ聞くとあとは黙っていた。
そしてそのまま部屋を出て行った。



前の日あんなことがあったが、次の日望はやはり女装して大学に出た。
すでに望にとっては女装という特別なものではなく、普段着なのだ。
男の格好なんて今さらできなかった。
したくなかった。
大学に行くと、皆が親切だった。
嬉しかった。
義朗との出来事も忘れられるような気がした。
それにしても義朗と会いたかった。
話がしたかった。
話さえすれば仲直りができると信じていた。

しかしその日義朗は授業に出て来なかった。
(どうしたんだろう)
気にはなったが、望から連絡をいれることはできなかった。

次の日、義朗は授業に出てきた。
望には話すきっかけが見つからなかった。
何事もなかったように普通に話せばいいと思っていても、その"普通"ができなかった。
一方、義朗は明らかに望を避けていた。
近づいても、義朗は一瞥して無言で去って行った。
望の心の一部に小さくない穴が空いているようだった。


あの事件から1週間後に大学の構内で義朗が女の子と歩いているのを見た。
「あ…」
「あ…」
お互い言葉をつなぐことができなかった。
一緒にいた女の子が義朗の手を引っ張った。
「どうしたの、甲斐くん。行こうよ」
「あ…ああ」
義朗が女の子と歩いて行こうとした。
「それじゃあな」
一瞬立ち止まり、それだけ言った。
「あ…うん」
望は答えた。
二人の会話はそれだけだった。
「誰、今の?元カノ?」
「そんなんじゃないよ、単なるクラスメートだよ」
「えぇ、本当?そんな感じじゃなかったけど…」
そんな会話が背後から聞こえた。
(あたしは単なるクラスメートだったの?)
別に恋人ではないし、ホモでもない。
でも義朗にとって望は特別な存在だった。
一緒の時間を持っていれば、それで楽しかった。
それは望にとって真実だった。
単なるクラスメートではなく、せめて『元カノ』とでも言ってくれれば気持ちが持ち直せたのかもしれない。
しかし、そうではなかった。
望の気持ちはさらに落ち込んだ。


その日の夜、知らない電話番号から電話がかかってきた。
「もしもし…」
望はおそるおそる電話に出た。
『もしもし、のぞみさん?』
女性の声が聞こえてきた。
(誰だろう、知ってる声じゃないな)
そう思った。
「はい、そうですけど」
『さっき甲斐くんと一緒だった牧野って言います。牧野裕美子です。今から会えませんか?』
「えっ、どうして?」
『お話がしたいだけです。いいですか?』
「……」
『大学の近くにNANAって喫茶店あるの、知ってます?そこで待ってますので』
それだけ言って電話は切れた。
「どうしよう?行く必要はないよね…」
望は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


結局望は裕美子の待つ喫茶店に行った。
自分を待つ人間がいると分かっていて、それを無視できるほど、まだ都会に馴染んでなかったのだ。

望が喫茶店に行くと、壁際に座っていた女性が手を振った。
その女性がついさっき義朗と歩いていた女性だということはすぐに分かった。

「牧野さん、ですよね?」
望はその女性のテーブルに行き、念のために確認した。
「あ、どうぞ」
女性が前の椅子を指したので、望は裕美子の正面に座った。

望が座ると、値踏みするかのごとく舐めるように見られた。
「のぞみさんって可愛い"女の子"ね」
裕美子は"女の子"に妙なイントネーションをつけた。
私は知ってるわよ。
そんなことを言外に伝えているのだろう。
望はそんなことはどうってことなかった。
だって大学の友人はほとんど知ってることなんだから。

「部屋に行っていい?」
「どうして?」
「だってこんな人が多いところじゃ話しちゃまずいでしょ?」
裕美子はここで『男の娘』ってばらしちゃまずいでしょ?
そういうつもりで言っているのだろう。
しかし望はそんなことはどうでも良かった。
ただ彼女の容姿に興味があった。
ショートヘアで背が高めでややツリ目だった。
ミニスカートから伸びる脚が長く綺麗だった。
裕美子がどうして部屋に来たがるのかを知りたかった。



望は裕美子をマンションに案内した。
「へぇ、いいところに住んでるのね」
望の部屋に入ると、開口一番そう言った。
「甲斐くんに聞いたんだけど、あなた、男の娘なの?」
「そうですよ。学部のみんなも知ってますし」
「えっ、そんなオープンなんだ。そっか、それをネタに好きなことしようと思ってたのにな」
「好きなことって何?」
「本当に声も女の子だし、肌だって綺麗だよね」
「声は練習したの。肌はスキンケア」
「私ってあなたみたいな可愛い男の娘が大好きなのよね」
そう言って望に迫って来た。
「ねえ、どうやって隠してるの。見せて」
望は裕美子に迫られて、そのまま床に寝転んだ。
裕美子が望のスカートを捲った。
「わあ、可愛いガードルね」
そう言って、ガードルを下ろした。
「へえ、ちゃんとあるんだ」
そう言って裕美子は望のペニスを握った。
すでにそれは硬くなっていた。
「すごい。大きいのね。……ねえ、のぞみちゃんは女の人との経験はあるの?」
「ん…ううん…」
「女の人に興味はないの?」
「そんなこと…ないけど……」
「あるのね?だったら私が初めての女になってあげようか」
そして裕美子が望のペニスを口に入れた。
望はこの歳まで女性とつき合ったことがなかった。
もちろん女性にペニスを銜えられるということはなかった。
裕美子の口の中はすごく気持ちよかった。
そのせいで10秒もしないうちに裕美子の口に出してしまった。
気持ちよかったなあ。
そんなことを考えていると、裕美子がキスしてきた。
すると苦い物が口に入ってきた。
自分が出した精液だ。
裕美子は飲み込まず口移しで精液を流し込んだのだ。
裕美子のキスで口が塞がれて吐き出すことができなかった。
結局自分の出した精液を飲み込む羽目になった。
「どうだった?自分の精液の味は?」
裕美子の仕打ちに望はなぜか恍惚となっていた。

「あらあら、自分の出したものを飲んじゃったのがショックだったのかしら?」
望が惚けたような状態になっているのを見て、裕美子が言った。
その言葉に我を取り戻した。
望は自分から裕美子を抱こうと上半身を起こした。
そして裕美子を引き寄せようとしたが、それを拒まれた。
「のぞみは抱いてもらうのが大好きな女の子なの」
最初は『のぞみちゃん』だったのが『のぞみ』と呼び捨てに変わった。
「だから自分からは絶対に行動を起こさないの。分かった?」
望は催眠術にかかったようにおとなしく肯いた。
「いい子ね」
裕美子にキスされた。
優しく執拗に。
裕美子の舌が口の中を暴れた。
望はゆっくりと床に寝かされた。
キスしながら裕美子の手はペニスの先端を刺激した。
ついさっき射精したにもかかわらず、すぐに大きくなった。
裕美子の唇が離れた。
「女の子にしておくには惜しいくらい元気ね」
そう言ってペニスを握りながら腰辺りで跨るような体勢をとった。
「それじゃのぞみの初めてをもらうわね」
裕美子がゆっくりと腰を下ろした。
「んっ……」
裕美子が小さく呻いた。
「…はぁぁぁぁぁ……」
望は不思議な感触に吐息が漏れた。
「どう?気持ちいい?」
「うん、気持ちいい」
時々ペニスが強く締め付けられる。
裕美子は意識的にそんなことをしてるのだろうか。
義朗に入れられたときに自分もそんなことをしていたのだろうか。
そんなことを考えていると、裕美子が不機嫌な声を出した。
「のぞみったら、他のことを考えてるの?もっと集中しなさい」
そうしてさらに強く締め付けた。
「それじゃいくわよ」
裕美子は望の顔を見ながらゆっくりと腰を動かし始めた。
「…ぁぁぁ……」
望は声を漏らした。
「のぞみ、気持ちよかったら、気持ちいいって言って」
「気持ちいい…」
「そう…。なら思いっ切り声を出していいわよ」
裕美子の言葉がなくても裕美子の動きで声を抑えることができなかった。
まるで女のように裕美子の動きに喘ぎ声を出していた。
そのタイミングは急にやってきた。
「で…出る……」
「のぞみ。出していいわよ」
望の脳裏に中で出すとヤバイという思いがあったが、ブレーキをかけるには遅すぎた。
「あああ…出る……」
「来てぇ……」
抑え切れずに裕美子の中に出してしまった。

男性として初めて経験した異性とのセックス。
男として気持ちよかった。
しかし出せばそれで終わりだった。
今もまだ快感を引き摺っている裕美子とは違う。
望はそんな裕美子のことを羨ましいと思った。

裕美子が望のペニスから離れた。
そして唇に優しくキスしてくれた。
「これからのぞみは私の彼女だからね。いい?」
「うん」
裕美子の言葉が嬉しかった。
「もし妊娠したらのぞみがママになって育ててね」
「えっ?」
「だってあんなにいっぱい出すんだもの。もしかしたら妊娠してるかもしれなくてよ。私は赤ちゃんをおろす気はないから、産んだらのぞみが育ててね。だって、のぞみは女の子なんでしょ?」
戸惑う望を見て怪しげに笑っている。
望はそんな裕美子に嵌ってしまいそうな危険な予感を感じていた。


翌朝目が覚めると裕美子の姿はなかった。
『のぞみ、おはよう。今日も大学で会おうね。ちゃんと可愛くしてくるのよ』という走り書きが残っていた。
大学に行ったようだ。
望もいつものように大学に行くことにした。
いつもと少し違っていたのは、裕美子のことを思ってお洒落したことだった。
裕美子に好かれたい。
裕美子に嫌われたくない。
そんな想いにとらわれていた。

大学に行くと、すぐに義朗と裕美子の姿を見つけた。
二人は恋人のように身体を密着して歩いていた。
「のぞみぃ」
裕美子が望の姿を認めると、手を振ってきた。
「私たち、昨日友だちになったんだよ」
裕美子が義朗に向かって言った。
「ふーん、そう」
義朗は興味がなさそうに返事をした。
「それじゃ、またメールするね」
裕美子と義朗は去って行った。
望はそんな二人を妬みに似た気持ちで見送った。


裕美子からメールが来た。
《義朗ったら私とのぞみの仲を疑ってるみたい。うざいくらいのぞみとのことを聞いてくるんだ。本当のことを言うと泣いちゃうかもね》
裕美子は望との関係を楽しんでいる。
そう思うことでさっき感じたジェラシーは薄れるような気がした。


夜遅くに裕美子がやってきた。
裕美子が部屋に入ってくると、望は裕美子に抱きつきキスをせがんだ。
義朗のことは忘れて欲しい。
望はそんなことを望んでいるのかもしれない。
一刻も早く裕美子に抱かれたかった。
そんな望の気持ちが伝わったのだろう。
裕美子はすぐに望を寝室に連れて行った。

「今日はこれで可愛がってあげる」
裕美子が見せたのはペニスバンドだった。
裕美子がそれを腰に装着して、望に突き出した。
「しっかり舐めてね。痛くないように」
望はそれを手に取った。
形はペニスが隆起したような形をしている。
望はそれを丁寧に舐めた。
何だか変に興奮してきた。
望はペニスバンドを舐めながら勃起してきたのだ。
「それじゃそろそろ入れてあげる。四つん這いになって」
望は言われるまま四つん這いになった。
「痛くないようにこれを塗ってあげるね」
尻に冷たいゼリーが塗られた。
「行くわよ」
少し痛みがあったが、スムーズに入った。
「どう?気持ちいい?」
「うん……」
正直なところ異物感以外の何物でもなかった。
しかし裕美子が動き出すと少しずつ昇り始めた。
「…ぁぁ……ぃぃ………」
裕美子の単調な動きでも望は達した。
射精したのだ。

何度も何度もゼリーが塗られ、人工ペニスで突かれた。
本物のペニスと違い萎えることがないため裕美子が飽きるまで突かれた。
アナルがかなり緩くなったように感じるくらい突かれまくった。
回数にすれば10回は超えたと思う。
途中から快感か何か分からなくなった。
もちろん精液なんて出ない。
半分拷問のようだ。
それでも突かれると無意識のうちに喘ぎ声をあげていた。
快感というよりも条件反射なのかもしれない。
とにかく外が明るくなり始めるまで裕美子に抱かれた。


次の日、何となく体調が悪かった。
「大丈夫?」
大丈夫と返事しようとするのだが、頭がボォーッとして舌がうまく回らない。
「昨日やりすぎたせいかしら」
裕美子は悪戯っぽく笑った。
そんな笑顔を見ると、体調が悪い状態でも抱いて欲しいと思った。
「私は大学に行くわ。のぞみは無理しないで休んでて。義朗に代返してもらうようお願いしておくわね」
望は裕美子の言葉に甘えるかのように深い眠りに沈んで行った。

午後になってようやく起き出すことができた。
昨夜の余韻かまだ腰がふらつくような感じがする。
(まさか今晩もすることはないよね?)
とても身体が持ちそうにない。
だから今日はゆっくり休みたい。
そんな望の願い(?)も虚しく、その晩も裕美子がやってきて、望のアナルを犯した。
望のペニスからは白濁したものはほとんど出ず、睾丸は痛みすら感じていた。

「のぞみったら最近感じ方が変わってきた?」
裕美子に抱かれるようになって、確かに全身の感じ方が変わってきた。
以前より敏感になってきたのだ。
裕美子のテクニックによるものなのだろうか。

やがてそれは身体の変化として現れてきた。
胸が膨らんできたのだ。
「女性ホルモンを飲んでるの?」
裕美子は望の胸を優しく撫でた。
「飲んでないわ」
「でも胸が出てきてるじゃない」
「確かにそうなんだけど」
「女の子として感じてるから身体も女の子になってきたのかもね」
望はそんなものなのかなと思い、それほど深く考えなかった。
とにかく自分でも肌が綺麗になってきたことが嬉しい。
別に女性ホルモンを摂っているわけではないし、母親に言われたように身体に手を入れたわけではない。
それに胸ができればこれから暑くなっても目一杯女性のファッションが楽しめる。
そんな気楽な感覚だった。
それにわずかでも胸が出ると、ファッションに幅がでてくる。
そのことも望は嬉しかった。

そんな身体の変化は望を避けていた義朗の興味をもひいた。
「おい、大塚。そんな身体になって。女性ホルモンでも飲んでるのか?」
「飲んでないわよ」
「でも胸が出てるじゃないか」
「毎日女の子してるから、身体もそうなってるのかもね。あたしの身体、見たい?」
望は義朗を誘った。

義朗はその誘いにあっさりとのってきた。
部屋に入るとすぐに望は義朗の手を自分の胸に導いた。
「触ってみて」
義朗が恐る恐る手を動かした。
小さな膨らみに触れられると気持ちがいい。
望は目を閉じて胸に触れられる感触に集中していた。
自然と甘い声も漏れた。

義朗は望の胸を触りながら息が荒くなってきた。
自分の身体で興奮してくれている。
そんなことがすごく嬉しかった。
望はズボンの上から義朗のペニスに触れた。
義朗は以前のように拒絶しない。
望は義朗の反応をうかがいながらズボンの上からペニスを撫でていた。
もう拒絶されることはない。
そう感じたときに望は膝をついた。
そして義朗のズボンのベルトを外し、ズボンを下ろし、ペニスを取り出した。
望はいつも裕美子にしていることをやろうとしていたのだ。

望は両手で包むようにペニスを持った。
ペニスバンドと違い、温かい。
それに臭いがきつい。
でもそんな行為に酔っていた望にとってはそんな臭いは些細なことだった。
上目遣いで義朗を見ながらペニスの先を舐めた。
何の反応もないペニスバンドと違い、ピクンッと反応するのが面白い。
望は夢中になって義朗のペニスを舐めた。
ついにはペニスを口に含んだ。
もう臭いは気にならなかった。
吸ったり、頭全体を前後させて義朗をいかせようとした。
しかしなかなか義朗はいかなかった。

「もういいよ」
そう言って義朗は望の口からペニスを出した。
ペニスとつながっている唾液の糸が何だかいやらしく思えた。
「次は下の口に入れてもいいかな」
義朗のそんな言葉が嬉しかった。
「これ、使って」
いつも裕美子と使っているゼリーだ。
それを義朗に渡した。
「ふーん、こんなのがあるんだ」
義朗の手がスカートの中に入ってきて、お尻を撫でられた。
義朗の大きな手を感じる。
何だかくすぐったいような感覚だ。
「それじゃ四つん這いになって」
以前のように無理矢理でない。
とても優しい。

ゼリーの冷たい感触を感じた。
するとアナルに義朗の指が入ってきた。
「…ぁ…んんん……」
「前より感度が良くなってるみたいだな」
「…焦らさないで…早くちょうだい……」
指で弄ばれていたが、やがて義朗のペニスが入って来た。
硬さの中に微妙な柔らかさを感じた。
(やっぱり作り物より本物のほうがいいみたい)
望は裕美子のとき以上に感じていた。
何度も意識が飛んだ。

「それじゃこっちを向いて」
仰向けに寝ると、今度は正常位で入れられた。
義朗にキスされながら突き続けられた。
「うっ」
そんな声とともに義朗が望の中で爆発した。
同時に望の意識も飛んだ。
無意識の中で、今では勃起すらしなくなったペニスから精液がポトポトと零れ出た。

意識が薄れている中、それでも義朗の体重を感じていた。
そんな重さも心地良い。
そんなことを考えながら望は自分に身体を重ねている義朗の顔をじっと見ていた。
義朗はそんな望の視線を別の意味に取ったようだ。
「あ…ごめん。重かったか?」
「ううん、別に」
せっかく義朗の体重を感じていたのに、義朗は望の横で寝転んだ。
「これで俺もホモだな」
そんな言葉に望は何と言えばいいのか分からなかった。
「…ごめんなさい…」
何とかそれだけの言葉を搾り出した。
「のぞみが謝ることないよ。俺ものぞみのこと好きだしな」
「嬉しい♪」
本当に幸せな気持ちだった。


それからも望と義朗は裕美子の目を盗んで交わっていた。
何となく裕美子に切り出すのが恐かったのだ。
裕美子に隠れて義朗と抱き合うことに興奮を覚えているという一面もあった。
そんな興奮する状況にもかかわらず、義朗のペニスは少しずつ元気がなくなってきた。
代わりに肌がきめ細かくなり、ちょっとした愛撫に歓喜の声を出すようになった。
それはまるで望の身体に起こったことが義朗にも起こっているようだった。

「へえ、二人でこんなことしてるんだ」
いつものように裕美子に隠れて抱き合っていると、背後で女性の声がした。
裕美子が部屋に入ってきたのだ。
「あら、義朗?何だか印象が違うけど……」
裸で抱き合っている二人を見て裕美子が言った。
そしてそばに落ちていた物を拾い上げた。
「あなたたち、これを使ってるの?」
裕美子の手にはいつも二人が使っているゼリーが握られていた。
「このゼリーってプレマリンがたっぷり入ってるのよ」
裕美子の口がいやらしく笑った。
「プレマリンって知ってる?女性ホルモンよ。肌につけるくらいなら肌が綺麗になる程度だったかもしれないけど、いつものぞみはゼリーつけてペニバン入れられてたから、大腸から女性ホルモンを吸収してたってわけ。大腸ってとても吸収がいいから、その影響が身体に出てしまったの。もっともそれが狙いのひとつだったんだけど、まさかそのゼリーを使って、二人で抱き合ってるとはねぇ。義朗はペニスから女性ホルモンを摂ることになってしまったのね。ペニスは粘膜質だから、きっと吸収が良かったんだと思うわ」
裕美子は服の上からペニスバンドをつけた。
「それにしても自分がそんなに変わるまで気がつかないわけがないでしょ?もしかしたらのぞみのことが羨ましかったんじゃないの?自分ものぞみみたいになりたいって思ってたんでしょう?」
「そ…そんなこと…ないよ…」
明らかに義朗は狼狽えていた。
もしかしたら図星なのかもしれない。
「義朗ものぞみのように突いてあげるわ」
裕美子が義朗のアナルにたっぷりのゼリーをつけて、ペニスバンドをゆっくりと入れた。
「い…痛い……」
それでもそれほど痛そうではなかった。
感じているような声が漏れていたからだ。
「義朗って呼ぶのは興醒めね。芸がないけどヨシコでいいかしら?それともヨシミにする?」
裕美子がゆっくりと腰を動かすたびに義朗の吐息が色っぽく漏れた。
それが肯定の返事にあるかのように聞こえた。
「それじゃヨシミに決定ね。ヨシミ、あなたはこれから綺麗な女の子に変身していくのよ」
「え…本当に?…」
「だってこんなもの入れられて感じてるのよ。男のわけがないじゃない」
義朗は目を閉じてアナルの感触を感じているようだった。
「のぞみはヨシミの胸を舐めてあげて」
望は言われるままに義朗の乳首を舐めた。
「…ぁぁ…んんん……」
義朗は気持ち良さそうな声を出した。
義朗と望が女性役で、裕美子が男性役の不思議な3Pが始まった。

「ヨシミも女の子の恰好する?」
「やだよ。絶対無理。恥ずかしいし」
「興味、あるんでしょ?」
義朗は小さく頷いた。
「別に外出するわけじゃないから一度着てみましょうよ」
義朗と望は背格好が似ていたので、望の持っていた服を着せてやった。
「やっぱりヨシミって可愛くなるわね?」
義朗が女装すると、清楚なお嬢様といった感じになった。
義朗は鏡に映った自分に見惚れていた。
「気に入ったみたいね」
「そんなことない…けど……」
そう言いながらも鏡の前でポーズを取っていた。
その日から義朗も女装を始めることになった。

見た目は女の子の3人が大学でもどこでも一緒に行動した。
そして毎晩のように望の部屋に集まって交わっていた。
望は胸を愛撫されることが大好きだった。
義朗はアナルに入れられることが好きだった。
そんなことをしているうちに義朗の胸はBカップまで、望にいたってはDカップまで育っていた。



望はのぞみとして故郷へ向かっていた。
盆に帰ることができなかったため、母親から帰ってこいと言われていた。
前期の試験も一段落し、後期の開始まで2週間強あるため帰ることにしたのだ。
帰るときは男装すればいいと思っていたが、このころにはどんな恰好をしても女性としか見えなくなっていた。
肩にかかるまでに伸びた髪を切りたくもなかったので、下手な小細工はせず、のぞみとして実家に帰ることにしたのだ。
母親に認めてもらっていることも心の支えになっていた。

かなりの決意をして家に帰ってきたつもりだった。
それでも家に近づくにつれ、心臓の鼓動がどんどん大きくなっていった。
家の前まで来ると、足が前に出なくなった。
玄関に入る勇気が全く出てこなかった。
このまま東京に戻ろうか。
そんなことも考えて立ち尽くしていた。

「どちら様?」
後ろから母親の声がした。
望が振り返るとそこに両親の姿があった。
「あっ」
母親は驚いたように口を押さえた。
すぐに望だと分かったようだ。
「どうした?こんなところじゃなんだから入ってもらいなさい」
それだけ言って父親は望の横を通ってさっさと家に入って行った。

「どうしてそんな恰好で帰ってきたの?」
「……」
望は適当な返答を思いつかなかった。
「とにかく入んなさい。自分の家でしょ」
母親に連れられて家に入った。

「父さん」
母親が父親に声をかけた。
望は隣で黙って立っていた。
「ん?」
父親はチラッと顔を上げて望を見た。
母親が父親の正面に座った。
「さっ、あなたも座って」
望も母親の隣に座った。

「何だ?どうしたんだ?」
父親は状況を把握できずに戸惑っていた。
「父さん、この子、誰か分からない?」
「?」
父親は誰だか本当に分からないようだった。
母親が小さく息を吐いた。
「望よ。息子の望よ」
母親がついに切り出した。
「何言ってるんだ?」
「だからこの子は望なの」
父親の顔がみるみる紅潮した。
「東京に行って何をしてるのかと思えばおかまになんかになりおって。出てけっ!お前は二度と大塚の家に帰ってくるな」
「父さん、そんな頭ごなしに怒鳴らなくても、望の話も聞いてあげてましょうよ」
「うるさい。こんな奴の話を聞く耳など持っとらん。出て行け、今すぐだ!」
とりつく島がないとはまさにこのことだ。
望は父親の勢いに押されて部屋を出た。
母親が玄関まで来てくれた。
「今日はどこかのホテルに泊まって、明日また来たらいいわ。一晩経ったら少しは落ち着くだろうし」
「うん、分かった。また電話かけるね」
「望、父さんがどんなに反対しても私は望の味方だからね」
「…ありがとう」
望は母親だけに見送られて家から出て行った。


家を出ると、野川健司に会った。
幼い頃よく遊んでもらった隣の健兄ちゃんだ。
もう社会人のはずなのにどうして家にいるんだろう。
望はその日土曜日だったことを思い出した。
土曜日だったら休みの会社も多いはずだ。
そんな他愛もないことを考えていたが、目の前の健司は驚いたように望をジッと見ていた。
ばれた?
そんなはずはない。
とにかく無視して通り過ぎよう。
しかし健司の横を通ったときに声をかけられた。
「望くんか?」
思わず立ち止まってしまった。
「望くんだろ?」
なぜか確信に満ちた声だった。
どうして分かったんだろう?
何年か振りだし、今は女の子の姿なのに。
「いえ、違います」
「いや、望くんだ。とにかく家に来いよ」
健司は無理やり手をひっぱって家につれていった。

「健司、帰ったの」
「ああ、母さん。俺の部屋にお茶頼む」
「お客様?」
望はペコッと頭を下げた。
「いらっしゃい。ゆっくりしてらしてね」
望は健司について二階に行った。
階下のほうで「あなた、健司がガールフレンド連れてきたみたいよ」という声が聞こえた。
望は健司の部屋に入った。

「健兄ちゃん。どうして僕だって分かったの?」
部屋に入るとすぐに望が素の声で聞いた。
「だって昔からのつき合いだろう」
「だってこんな恰好してるんだよ」
「昔から望くんが女の子になって僕のところにくることばかり考えてたからね。もしかして覚えてないの?」
そのときフラッシュバックのように昔の光景が蘇った。

「大きくなったら健兄ちゃんのお嫁さんになる」
「何言ってんだよ。お嫁さんは女の子じゃないとなれないんだぞ」
「だったら、望、女の子になる。女の子になって、健兄ちゃんのお嫁さんになるの」
「そうか、それじゃ僕は望くんが女の子になるまでお嫁さんをもらわないようにしないとな」
「うん、絶対だよ。望が健兄ちゃんのお嫁さんになるんだからね」

「今思い出した」
「何だ、約束を守ってくれたのかと思ったのにな。ところでその胸本物?身体は手術してるの?」
「見てみたい?」
「馬鹿。大人をからかうんじゃない」
「見せてあげようか」
「そんなことより家に帰ってきたんじゃないのか」
望は父親に怒鳴られたことを話した。
「そりゃそうなるだろうな。三男が帰ってきたら、長女になってるんだからな」
「そっかぁ。この状態だと、長女になるんだね」
そのときドアがノックされた。

「お茶持ってきたわよ」
健司の母の声だった。
「ありがとう」
健司が立ち上がってドアのところでお茶を受け取って、さっさと母を追い返そうとした。
しかし年齢や住まいなどを聞き最後には「息子のことよろしくね」と言ってようやく階下に下りて行った。

「悪いな。初めて俺が女性を連れて来たと思って、舞い上がってるんだよ」
そして健司はこれまで女性とつき合ったことがないことを話してくれた。
決して外見は悪くないし、性格だって優しい健司が25年間誰ともつき合ったことがないなんて信じられなかった。
「で、今晩どうするんだ?」
話が一段落したところで、健司が聞いた。
「どこか泊まるとこ探す」
「うちに泊まったらどうだ?」
「おじさんやおばさんがびっくりするだろ?」
「そりゃそうだな。今まで彼女なんか連れてきたことがない息子が、急に女の子を連れてきて部屋に泊めたりなんかしたら、卒倒しちまうかもしれない」
「だからどこかの安いホテルでも泊まるよ」
「そっか。それじゃ車で適当なところまで送ってやるよ。そろそろ行くか」

「母さん、彼女を送ってくる」
「そう?夕食でもご一緒にと思ってたのに…」
「彼女には彼女の都合があるんだから仕方ないだろ」
望はタイミングを見計らって「お邪魔しました」と挨拶した。
「また遊びに来てくださいね」という優しい言葉が返ってきた。
もし望が隣の大塚望だと知ったらどういう反応になるのかな?
軽い悪戯心でそんなことを言ってみたい気もした。
しかし、後の騒動を思うと、そんなことは言えるはずがなかった。
望が助手席に座ると、エンジンがかかった。
「それじゃ行ってくる」
「早く帰ってこなくていいからね」
そんな言葉で見送られた。
「おばさん、完全に恋人だって誤解してるよ。大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ」
その後は健司は言葉少なに運転していた。
望も何となく話しづらいものを感じ、黙って前方を見ていた。

車はラブホテルに入った。
(えっ!)
望は驚いたが、何となくそうなることを期待していたのも確かだった。
望は健司に肩を抱かれて部屋に入った。
「どうしてこんなところに入ったの?」
「俺はずっと望のことが好きだったんだ。今日のチャンスを逃すと、もう二度と望に会えないような気がする」
「でも本当にいいの?こんな格好してるから女の子に見えるけど、本当は男の子なんだよ」
「いいんだ。俺はずっと望のことが好きだったんだから」
「本当に?」
望は驚いた。
幼い望が兄のように慕った健司のほうは望をそんなふうに見ていたなんて。
でもそう言われて嬉しい。
望も健司のことを好きだったのかもしれない。
それを確かめたい。
望はそう思った。
「それじゃあたしの裸を見て。それでも嫌じゃなきゃあたしを愛して」

望はバスルームに入ってシャワーで汗を落とした。
上半身は女に見えるが、肝心なところは男性のままだ。
最近はほとんど大きくならないとは言え、ペニスがついている。
健兄ちゃんはそんな身体を見て毛嫌いしないだろうか。
そんな不安が大きくなった。

望はバスタオルを胸のところに巻いて、健司のところに戻った。
健司は部屋に入ったときの状態のまま立っていた。
望はバスタオルを落として、誘うような格好をして後ろ向けにベッドに倒れた。
「健兄ちゃん、来て」
健司がゆっくり近づいてきた。
望の裸をジッと見ていた。
「健兄ちゃん、抱いて」
健司はゆっくりと望を抱いてくれた。
「望、綺麗だ」
「嬉しい。でも望じゃなくって、のぞみって呼んで」
健司の唇が重なった。
少し震えているようだ。
しかもすぐに離れた。
「もしかしてファーストキスなの?」
望は何となくそう思った。
「ああ、悪いか」
当たっていたようだ。
「本当にずっとあたしのことが好きだったの?」
「ああ」
望は本当に嬉しかった。
幸せだった。
望は健司の首に腕を回して、貪るように健司の唇に重ねた。
健司の手が望の乳房に触れた。
その手が優しく乳房を揉んだ。
「…ぁ…んん……」
望は甘い声を出した。

望は健司の股間に手を当てた。
「大きくなってる」
「だってのぞみが魅力的だから」
「ホント?」
「ああ」
「見ていい?」
健司のズボンをずらすと、ペニスはすでにブリーフから頭を出していた。
望はペニスを両手で優しく包んで、先をペロッと舐めた。
「そんなことしなくていいよ」
健司は望を引き離そうとした。
「健兄ちゃんも気持ち良くなって欲しいんだもん」
望が再度ペニスを銜えた。
「ああ……」
健司の口から感じている声が漏れた。
望は一生懸命健司のペニスに刺激を与えた。
ペニスの先から苦いものが出て来た。
そろそろ発射しそうだ。
望はさらに激しくフェラチオした。
すると健司は急いで腰をひいた。
「もうやめてくれ。これ以上やられたら出てしまいそうだ」
「出してもいいよ」
望は銜えているのをやめて上目遣いに言った。
再度銜えようとしたが、健司に逃げられてしまった。

「もうのぞみの中に入れたいんだ」
「それじゃ…」
健司の言葉に望はうつ伏せになって尻を突き出した。
「綺麗にしてあるから、そのまま入れていいよ」
健司は一瞬ひるんだような感じだった。
しかし、意を決したように望の尻を掴んでペニスをアナルに当てた。
「行くよ」
「来て」
健司のペニスがゆっくりと入ってきた。
ものすごく感じる。
「…ぁぁぁぁぁ……」
「すごい…締め付けてくる……動いていいか?……」
望の返事を待たずに健司は激しく腰を振った。
そしてあっという間に望の中で射精した。
その後も健司は望を突き続け、望の中で計三度射精した。
疲れ切った二人はお互い寄り添って横たわっていた。

「のぞみ、これからどうするんだ」
「どうするって?」
「こんな状態のままおじさんとけんかしてる場合じゃないだろ」
「そうなんだけど…」
「男に戻る気はあるのか?」
「うーん、…ない…かな……」
「それじゃ女になるのか?」
「そこまでの勇気はないのよね」
「……なあ、小さいころの約束覚えてるか?」
「えっ!?」
「お前がさ、俺のお嫁さんになるって言っただろ?」
「覚えてるけど…」
「それを現実にするということは無理なのかな?」
「えっ…」
「本当の女の子になって、俺と結婚してくれないか?」
「嘘……」
その後は嬉し涙で言葉にならなかった。

その日はラブホテルで二人で泊まった。
そして、健司と望はまっすぐ望の家に行った。
「あら、健ちゃん。望も一緒じゃない。どうしたの?」
「おばさん、ちょっとお話が…」
健司の話し方がいつもと違うことに気がついたようだ。
「とにかくお入りなさい」

望は健司の陰に隠れるようにして家に入った。
「でどうしたの?健ちゃんにうちのお父さんの説得役を頼んだの?」
母親が望たちの前に座った。
「いえ、そんなことじゃありません。娘さんを僕にください」
そのときの母親の顔ったらなかった。
しばらく放心状態になったかと思うと「お父さん」と叫んで出て行った。
その後、二家族を巻き込んだちょっとした騒動になった。
いくら昔からのつき合いとは言え、男どうしで結婚したいと言っているわけだ。
常識的な人間には到底受け入れることができる話ではない。
そんな親たちを健司は根気良く説得した。
そして、望が大学を卒業すること、さらに、戸籍が女性に変更になること、そうなれば結婚していいという言葉を引き出した。


望は東京に戻るとすぐに、専門医にかかった。
そして2年間のリアルライフテストの後、性別適合手術を受けた。
身体が女性になり、戸籍の性別を女性に変更してもらうよう申請した。
それと同時に名前の変更も申請した。
『望美』という名前も考えたが、『希美』とした。
慣れ親しんだ『のぞみ』でもいいかなと思ったが、以前の自分とは違うようにしたかったのだ。
望は『大塚希美』という女性に生まれ変わった。
これで健司と結婚できるのだ。

大学を卒業した春の晴れた日、望はウェディングドレスに包まれていた。
隣には眩しそうに望を見ている健司がいた。
「本当に健兄ちゃんのお嫁さんになれたのね」
望の目からは嬉し涙が一粒流れた。


《完》

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