入れ替えられた記憶



折からの不景気で就職できない若者が少なくない。
林田直之もそんな一人だった。
しかし直之の場合、一概に不景気だけのせいとも言えない。
彼の性格自体に少し問題があった。
優しいと言われることもあるが、基本的に優柔不断。
何事に対しても自分で決めることができない。
加えて自分から何か行動を起こすことはない。
外に出ることより家の中でいることを好んだ。
しかも家で何かをするわけではなく、ただただボケッとダラダラ過ごすだけだ。
特にゲームマニアなわけではない。
ゲームに熱中する気力もないのだ。
それでも大学を卒業して仕事に就かないのは世間体が悪い。
やる気はないくせに世間体が悪いという動機から就職活動を行ってはいた。
しかし動機が動機のせいか当然のようになかなか就職先は見つからなかった。
ついには大学を卒業してしまったのだが、状況は相変わらずのままだった。

(どこかに楽して儲かる仕事はないかな)
そんな状況でも考えるのはその程度だった。
直之の外見はそれほど悪くない。
ホストにでもなってやろうかと思わないでもないが、何となく持っていた道徳観のせいかそれを実行することも憚られた。

その日も就活と称して街をあてもなく歩いていると、あるビルに貼ってあったチラシが目にとまった。
『急募!6ヶ月間限定。給与25万円。賞与あり。住居提供(3LDK)。委細面談』
4月になると親の仕送りが止まる。
今住んでいるところの家賃も間違いなく滞るだろう。
6ヶ月この仕事でしのいで、その後仕事を探すのもいいかもしれない。
直之はすぐに書かれていたところに話を聞きに行った。
すでに先客がいたが、そいつはもう終わったようで、去ろうとしていた。
「何だよ、もう締め切ったんなら、チラシは取っておけよ」
そんなことをブツブツ言いながら帰って行った。
(もしかしたら俺と同じ目的だったのかな)

「あのぉ、入り口に貼ってある6ヶ月限定の仕事について聞きたいんですけど」
受付の女はチラッと直之を見た。
そして立ち上がって直之の前に立った。
頭の先から足の先まで視線が何度も往復して直之の全身を見ている。
やがてさっきまで座っていたところに戻り一枚の紙を差し出した。
「一週間後にここに書いてあるところに来てください」
「あ、はい」
受付の女は再び自分の事務仕事に戻った。
(何か愛想の悪い奴だな)
直之は紙を鞄に入れて、そこを後にした。


一週間後、指定された場所に行った。
集まってきたのは男4人、女5人だった。
男も女もルックスのいい者ばかりだった。
一週間前のことを思い出した。
そう言えば直之の前に聞きに来ていた男はそれほどいい顔ではなかった。
あの受付の女が選別していたのだ。
見た目のいい者だけに対して、今日の案内を渡したのだろう。
知らないうちに一次審査をパスしたのだ。

(今日はどんな審査があるんだろう)
直之は男たちを見渡した。
全員がフルネームの書かれた名札をつけさせられている。
山路誠は頭が良くて爽やかそうなハンサムなタイプだ。
青野淳はいかにもチャラそうなホスト系、草野明彦は体育会系に入っていそうな感じだ。
こうして見ると直之が一番特徴なさそうに思える。
(美味しい話だったんだけどなあ…)
何となくダメなような気がしてきた。

半ば諦め気味に女たちを見た。
やはり5人ともそれなりに綺麗だ。
その中でも村井美咲のことが気になった。
身長は160センチちょっとだろうか。
他の4人に較べて美人度は落ちる気がするが、その分親しみを感じる。
育ちが良さそうで、少しはにかみながら笑うところが可愛い。
髪の毛を染めてないこともいい。
胸が直之の好みと違って残念ながらやや小振りだが、全体的な印象としてすごく良かった。

「それではお名前をお呼びしますので、呼ばれた方は隣の会議室にお願いします」
先日の受付にいた女性が言った。
そして一人ずつ別室に呼ばれた。
直之は一番最初に呼ばれた。
面談の相手はやはりあの女性だ。
面談で聞かれたことは趣味だとか大学のこととか他愛もないことばかりだった。
15分程度だっただろうか。
よく分からないうちに終わった。
「それでは隣室でお待ちください」
直之が戻ると美咲が呼ばれた。
直之は何を聞かれたか全員に報告した。
美咲が戻ってきて同じように何を聞かれたかを聞いたが、大した違いはなかった。
そんな感じで一人が戻ってくるたびに自分が聞かれた内容を話した。
全員が呼ばれたときにはそれなりに友達のように普通に話せるようになっていた。

全員が終わった後に、再度一人ずつ呼ばれた。
今回の質問は単純だった。
気に入った同性は誰か?
嫌いな同性は誰か?
交際したい異性は誰か?
結婚したい異性は誰か?
嫌いな異性は誰か?
全員が同じことを聞かれた。

しばらくすると直之と美咲が残るように言われ、あとは帰された。
「お疲れ様でした」
目の前に冷たいお茶が置かれた。
二人はそれに口をつけた。
「今日の選考の結果、お二人にお願いすることにしました。よろしいですか?」
直之と美咲は頷いた。
「それではお二人にお願いする仕事について説明します」
女は二人の顔を見て言った。
「お二人にはある処置を施します。そしてその状態で半年間過ごしていただきます。ただし住むところはこちらが準備したところです」
「二人で、ですか?」
美咲がチラッと直之のほうを見た。
「はい、もちろんです。そのために皆さんに結婚したい異性を選んでもらったわけです。双方で一致したのは、お二人の他にもう一組いらっしゃいましたが、あなたがたのほうがお若かったので、林田さんと村井さんをお選びしました」
直之と美咲はお互いの顔を見て恥ずかしそうに笑った。
「もちろん本当に結婚してもらうわけではありませんのでご安心ください。若いお二人ですので、それぞれのプライベートが守れるように内側から鍵がかかるようになってます。ただしキッチンやお風呂、トイレは共同のものです」
説明を受けているうちに強烈な睡魔に襲われた。
(おかしい…。急に眠くなってきた…。さっきのお茶に睡眠薬でも入ってたのか……)
直之と美咲はほぼ同時に意識を失った。



(頭が痛い…)
最悪の目覚めだ。
頭が割れそうに痛い。
(そう言えばあの女に睡眠薬か何かで眠らされたんだっけ)
見知らぬ天井が目に入った。
どうやらどこかの部屋に運ばれたようだ。
直之は身体を起こそうとした。
そのとき自分が全裸にされていることに気がついた。
(ある処置って裸にすることだったのか?)
ふと自分の身体が目に入った。
「何だ、これは」
小さいとは言え胸に明らかに女性の乳房がついていた。
加えて股間にはいつも目覚めに元気なものはなかった。
代わりについているのは…。
想像するのも恐ろしかった。
目覚めると女になっているのだ。
状況が理解できなかった。
「わああああああ……」
直之は大声を出した。
その声は男の声とは程遠かった。


(どこかで女の人が叫んでる…)
美咲は未だに頭がボゥーッとしていた。
まだ身体を動かせるような気がしない。
叫び声は続いていた。
それほど遠くないところだ。
(何なの?)
美咲は目を開けた。
(どこなの、ここは?)
頭を動かして部屋の様子を見た。
見覚えのない部屋だ。
少なくともさっきまで面談していた部屋と違う。
面談のときには明らかに事務所のような感じだったが、今いる部屋は生活の場という感じがする。
徐々に頭がはっきりするにしたがい、女の声は隣室から聞こえているように思えた。
「何があったの?」
美咲は自分の出した声に驚いた。
まるで男だ。
思わず口を押さえた。
押さえた手に顎のザラッとしたものがあたった。
(!)
美咲は慌てて両手で顔を触った。
口の周りにヒゲらしき物の感触があった。
急いで立ち上がった。
股間に変な感触を覚えた。
そこに目をやった……。
「きゃあああああ…………」
野太い男の声が部屋に響いた。


直之は隣から男の声がすることに気がついた。
急いで声のする部屋に行った。
そこに自分の姿を見つけた。
「お…俺?」
「え…私?」
お互いがお互いを指差してそのまま固まった。


「気がついたようね。それじゃさっきの説明の続きをするからそこに座って」
女の声がした。
二人は声のするほうを見た。
そこにはあの女がいた。
面談をした女だ。
しかし今までの無愛想な感じとは違い、かなり綺麗に着飾っていて華やかな感じがあった。
しかも口調はそれまでと打って変わってフレンドリーなものに変わっていた。
「お…お前、俺の身体に何をした!」
「私の身体を戻して」
直之と美咲は女に詰め寄った。
「だから今から説明するから。とりあえず裸じゃなんだからこれを着て」
女は二人に病院で着せられるような服を手渡した。
二人は渋々それを着て女の前に座った。

「まず初めに言っておくけど私はあなたたちの身体には何もしてないわ。身体にはね」
女は二人の顔を交互に見た。
「その前に私の自己紹介をしておくわ。荒澤まどか、脳科学を研究してるの」
女の話によると、脳の記憶をバックアップ方法を考案したらしい。
それを別人に移すとどうなるかを調べたいという欲求が湧き上がったそうだ。
そこで誰かを実験台にしようと思い立ったらしい。
で選ばれたのが直之と美咲だったのだ。
二人を眠らせ、直之と美咲の脳の記憶をバックアップし、直之の記憶を美咲の脳に、美咲の記憶を直之の脳にリストアしたのだ。
それが精神的・身体的にどういう影響を与えるのかを調査することが今回の目的とのことだ。
半年間様子を見て、半年後には必ず元に戻すとのことだった。
それでも文句を言いたいような二人にまどかは通帳を渡した。
「これは引き受けていただいた御礼よ」
それぞれ100万円が振り込まれていた。
「100万円も…」
「もちろん募集のとき言ってたように毎月末日にはその月の給与25万円を振り込むわ。またこのマンションはお二人の共同名義にしてあるから、期間が終わって結婚でもすれば二人で暮らせるし、売ってお金を分けるってのもアリよ。どう?これでも引き受ける気にならない?」
さすがにこれだけの好条件に心が動いた。
「…仕方がないな。半年間の辛抱だしな。やってやるよ」
「…私は嫌……」
消え入りそうな声で直之になった美咲が言った。
「こいつ、まだ動揺してるんだろう。俺があとで説得しとくよ」
「そう、それじゃよろしくね」
まどかは立ち上がった。
「一週間に一度検診に来るわ。それ以外は自由にしてくれていいわ。外出も自由にしてくれていいから。ただし門限は10時ね。もし守れなかったら、それ以降は連帯責任で二人とも外出させないからそのつもりでね」
女が出て行った。


「どうせ半年経てば元に戻してもらえるんだから、それまで異性を経験するのもいいんじゃないか。あまり深く考えて落ち込むなよ」
直之は美咲にそう話しかけたが、美咲は視線を動かすことなく座った状態だった。

直之はどうせ時間が経てば何とかなるだろうと思い、美咲をそのままにして窓から外を見た。
どうやら自分たちが連れてこられたのはマンションの高層階のようだった。
普通の街なかのマンションのようだ。
街が一望できるほど景観がいい。
特殊な場所に軟禁されたわけではなさそうだ。
「今日は遅いけど明日にでも外出してみようか」
直之の投げかけた言葉に対しては、当然のように返事は返ってこなかった。

「いつまでもそんなとこ座ってたって何も変わらないし、人間諦めが肝心だよ」
直之は美咲を残して、自分の部屋に入った。
部屋に入るとすぐに鍵をかけた。
美咲の身体を観察するためだ。

ドレッサーの前に立ち、一枚だけ羽織っていた服を脱ぎ捨てた。
鏡には全裸になった女体が映っていた。
直之は胸を強調するようなポーズをとってみた。
(結構いいプロポーションしてるよな)
美咲は着痩せするタイプのようだ。
Aカップくらいかと思っていたが、それなりの膨らみがあった。
直之は重さを量るように両手に乳房を乗せた。
(結構柔らかいもんだな)
22歳になるまで女性の胸なんか触ったことがなかった。
告白されて交際をしたことはあったが、性格が災いして1ヶ月と持たなかったのだ。
直之は乳首を擦った。
「はんっ…」
思わず声が漏れた。
自分の発した声が恥ずかしく慌てて手で口を押さえた。
(何だ、この感じは)
今度はゆっくりと指の腹で擦った。
「…んんん…ん……」
美咲に聞かれないように必死で声を抑えた。
それでも声が漏れたようだ。

「ちょっと!何してるのよ!」
突然ドアがドンドン叩かれた。
直之は無視しようとしたが、美咲はドアに向かって体当たりを始めた。
「お…おい、やめろって。ドアがつぶれるだろう」
そんな声は無視してさらに激しく体当たりしてきた。
「分かった。今開けるから」
直之は急いでドアを開けた。
すぐに美咲が入ってきた。
「そんな格好で何してるの!」
美咲は一糸纏わぬ元の自分の身体を凝視していた。
「何してるって、自分の身体を知ることは大事なことだろう。これから半年間はこの身体で過ごさなくちゃいけないんだからな。そういうお前だって自分の身体を見て興奮してるじゃねえか」
美咲の股間は明らかに大きくなっていた。
自分が男の身体になっていることに興奮しているのだろうか。
それとも元の自分の身体に欲情したのだろうか。
とにかく勃起していることは明らかだった。

直之は美咲の股間に手を伸ばした。
「やめてよ」
美咲は直之を突き飛ばした。
直之は後ろに飛ばされ床に尻餅をついた。
「いってぇ……」
「ご…ごめんなさい……」
「お前は今 男なんだぞ。そんなに力を入れたら俺が怪我するだろう」
「そうね、気をつけるわ。その代わりあなたも私の身体でいやらしいことしないで」
「ああ、分かったよ」
直之は口先だけの返事をした。
せっかくの機会だ。
何もしないなんてあり得ない。
直之は心の中で舌を出していた。

「せっかく裸になったことだし、風呂にでも入って寝ようか」
直之は全裸のまま浴室に向かった。
「待って。お風呂場でいやらしいことするんでしょ」
美咲が直之の手首を掴んだ。
「そんなこと言ったって半年間風呂に入らないなんて無理だろ」
「それはそうだけど…」
「そんなに心配なら一緒に入ればいいじゃん」
「そうね、そうするわ」
二人一緒に風呂に入ることになってしまった。

風呂は広かった。
二人で入っても何とかなりそうだった。
直之が湯舟にお湯を張って、さっさと湯舟に入った。
そして美咲が股間を隠すようにして入ってきた。
「何、隠してんだよ」
直之は美咲の手を払った。
「やっぱりこんな状態になってるじゃないか」
直之は美咲の大きくなったペニスを正面から見た。
こんな角度から自分のペニスを見るなんて夢にも思わなかった。
思った以上に大きくてグロテスクだ。
元の自分のものとは言え、あまり触りたいとは思わなかった。
それでも思い切って握った。
「うっ」
小さな呻き声がした。
「こうしたらどうだ」
直之はペニスの先を指で擦ってやった。
「…やめて……」
弱々しい抵抗の声がするが、決して逃げようとしなかった。
やがてペニスの先から透明の液体が出てきた。
「どうだ、気持ちいいだろ?」
直之は美咲のペニスをしごいてやった。
「……んん……あぁぁぁ…」
そんな声とともに美咲は大量の精液を噴き出した。
それが湯舟にも入ったし、直之の顔にもかかった。
「何だよ、汚いなぁ」
直之は慌てて湯舟から出て、シャワーを浴びた。
美咲はメソメソ泣いている。
「辛気臭えなあ。洗ってやるから立てよ」
美咲は何も言わずに立ち上がった。
直之は美咲の身体についた精液を落としてやった。
「女に洗ってもらってるからと言って、また興奮するんじゃねえぞ」
しかし案の定再び大きくなった。
「そうとう溜まってっからなあ。これからは自分で何とかしな」
そして直之はさっさと風呂から出た。

直之は簡単に身体を拭くと、着る物を探すため部屋のタンスを開けた。
タンスの中にはカラフルな女性物の下着が並んでいた。
(こんなもん、穿けっかよ)
直之は美咲の部屋からボクサーショーツを取り出し、それを穿いた。
そしてダボダボのジャージを取り出し、それを着た。

美咲が風呂から出て来た。
バスタオルを胸のところで巻いていた。
その姿はまるでおかまだ。

「それじゃ俺はあっちの部屋で寝るよ」
「絶対変なことはしないでね」
「分かってるって」
直之は美咲のほうを見ずに返事した。

部屋に入ると、直之は音を立てないように内側から鍵をかけた。
そして灯りを消して息を潜めた。
美咲が寝入るのを待っていたのだ。
壁に耳を当て、美咲の様子を探った。
美咲はなかなか寝なかった。
1時間ほどするとようやく小さな鼾が壁越しに聞こえた。
(やっと寝たか)
直之は静かに部屋の灯りをつけた。
直之は小さな鏡を探し出し、それを床に立てた。
そして全裸になり、股の間に鏡がくるように床に座った。
「女のってこんなふうになってるのかぁ…」
直之は乳房を揉みながら、鏡に映る女性器を覗き込んだ。
「…あ……んん……」
乳首に指が当たるとどうしても声を出してしまう。
(やっぱり乳首が一番感じるな)
直之は乳首を擦ったり摘んだりしながら鏡の女性器を見ていた。
少しずつ湿り気を帯びてきているようだ。
明らかに分泌されたものが光っていた。
中指にその分泌物をつけた。
それを親指と人差し指につけて、指をつけたり離したりした。
分泌物は指の間で糸をひいていた。
直之はそれを口に入れた。
「ちょっと塩辛い…かな……」
それから30分近く乳房をもてあそんだ。
さすがに眠くなってきた。
「さて寝るとするか」
直之は再びジャージを着て、布団に潜り込んだ。
布団の中でも乳首と女性器をいじりながら眠りに落ちた。


目が覚めたときは10時を過ぎていた。
「ぅわぁー、よく寝たなぁ」
直之は頭を掻きながら部屋を出た。
「なあに、そのだらしない恰好。半年間私の身体を預けてるんだから、ちゃんと自覚持ってよね」
直之になった美咲はフリルのついたエプロンをつけていた。
キッチンに立って朝食の準備をしているようだ。
昨夜のショックはもうなくなったのだろうか。
何となく明るい雰囲気だ。
テーブルの上を見ると、サラダとハムエッグが置かれていた。
「俺は朝食なんて食べないからな」
「だから私の身体なんだからきちんとカロリーコントロールした食事を摂ってもらいます」
「邪魔臭えな」
直之は文句を言ったが、結局美咲の言葉にしたがった。

「それじゃ朝食が終わったら、歯を磨いて」
直之はおとなしくしたがった。
「それじゃ座って」
テーブルには化粧品が並べられていた。
「化粧なんか絶対無理だって」
「そんなこと言ったって、半年後には私がその身体に戻るわけでしょ?だったら、ちゃんとスキンケアをしないといけないじゃない」
「だからと言って俺はしないからな」
「分かってるわ、だから私が自分でするわよ。あなたは座ってるだけでいいから」
「…やめてくれよ」
結局美咲に言われた通り薄化粧された。
化粧の微妙な匂いに直之は本当におかまになったような気がした。
服装はジャージのままで通した。
ただし直之も美咲も外に出て行くことはなかった。
部屋でお互いに干渉せずにダラダラと過ごした。


1週間後、朝起きると荒澤まどかが来ていた。
美咲と話をしていたようだ。
直之が近づくとまどかが直之のほうを見た。
「やっと起きたのね、村井美咲さん」
「俺は村井じゃない」
「第三者から見たら、あなたは村井美咲さんという女性よ」
「うるさい。半年だけの一時的な姿だ」
「確かにそうね。だったら少しくらい女性を楽しんだら?」
「そんな気になるわけないだろ」
「ふ〜ん」
まどかは意味ありげな笑いを浮かべた。
何かを知っているのかもしれない。
質問の続きに冷や汗が出る思いだった。

「せめてそんな無愛想な服じゃなくってもっと可愛い服を着たら?」
「俺の勝手だろ」
直之は他愛もない質問でホッとした。
「まあいいわ。ところでこの1週間で何か変化はない?」
「変化?そんなもん、ねえよ」
そんな直之をまどかはジッと見た。
何だか全てを見透かされるような気がする。
思わず直之は目を逸らした。
「身体には馴れた?」
「馴れるか」
「でもお化粧は毎日してもらってるんでしょ?」
直之は美咲を見た。
美咲は悪戯っぽく舌を出した。
「こいつがどうしてもって言うからだよ」
「それを楽しんでるの?」
「そんなわけないだろ」
「さあ、どうなんでしょうね?意外とまんざらじゃないんでしょ?」
直之は何も返事しなかった。
否定し切れない自分の内面に何となく気づいていたからだ。
そんな直之の態度の表すものはまどかにも伝わっていた。
意味ありげに直之の顔を見て「ふふふ」と笑ったのだ。

「ところで」
まどかは声を潜めた。
美咲に聞こえないようにという配慮なのだろうか。
隣に座っている美咲に聞こえないはずはないのに。
「女としてオナニーはもうしたの?」
直之は美咲の顔を見た。
美咲はなぜか目を逸らした。
そんな態度の意味が直之には理解できなかった。
直之は問うような目でまどかを見た。
まどかは面白そうに直之と美咲の顔を見ていた。
そして美咲に対して小声で「言っていい?」と聞いた。
美咲は黙って、自分の部屋に戻っていった。
「自分がいる前で言われるのが恥ずかしかったのね」
まどかはかなり楽しんでいるように見える。
まどかはニッコリ笑って言った。
「林田くんは毎晩のようにマスターベーションしてるらしいわ」
「えっ、嘘だろ!」
直之は驚いて立ち上がった。
「別に恥ずかしいことじゃないのにね。異性の身体に興味を持つのは当然の欲求なんだから」
その後はまどかの質問に対し、直之は簡単な返事しか返さなかった。
美咲のことが気になっていたのだ。
まどかは今日はもう何を聞いても無駄だと思ったのだろう。
さっさと質問を切り上げて帰って行った。

直之はすぐに美咲の部屋のドアを叩いた。
「おーい、開けてくれよ。ちょっと話しようぜ」
何の反応もなかった。
直之は一旦腹ごしらえをすることにした。
食パンをトーストし、牛乳とともに食べた。
合間合間に美咲を呼んだが、相変わらず反応はなかった。
歯を磨き、顔を洗い、いつものように化粧水で肌を整えた。
この頃は化粧前のケアは直之自身で行っていた。
何となく自然にそんなことをしていたのだ。

(よし、それじゃそろそろ……)
直之は美咲の部屋のドアの前に立った。
そしておもむろに自分の乳房を揉み出した。
「…ん…ああ……」
わざと大きな声で喘いだ。
すぐには美咲の反応はない。
それでもなお直之は色っぽい声を出し続けた。
ようやく美咲の部屋のドアが開いた。
「何してるのよ、そんなことしてないで、さっさと入んなさいよ」
美咲に手首を掴まれ、力ずくで部屋に引っ張り込まれた。
「話って何よ。どうせあなただって私の身体を触りまくってるんでしょ」
「そりゃまあ…」
「あなたは何を考えて触ってる?」
「そりゃ女のこと…かな…」
「でしょ?私だって、最初はおちんちんが珍しくて触ってただけだった。でもつい最近から元の自分の身体を考えておちんちんを触るようになってしまったの。自分がどんどん男になっているみたいで本当に嫌だったけど、どうしようもなかった。自分の元の身体を思い出して、ひとりエッチするのをやめられなかった。あなたは男の身体を考えてオナニーしてたことある?」
「いやそれは…ないけど……」
「でもそのうち男のことを考えてオナニーするようになるのよ」
「そんなこと……あるはずないだろ」
直之は少し自信なかった。
そうなることが容易に想像できるような気がするのだ。
「今だってあなたのそんな姿を見てて自分を抑えるのに必死なのよ」
直之はあらためて自分の恰好を見た。
ジャージの前が開いて乳房があらわになっていた。
あわててジャージのファスナーを締めた。
「そういう反応に興奮したりもするの。男の発想だからあなたも分かるでしょ?」
いきなり美咲は直之を押し倒した。
直之は「キャッ」と可愛い悲鳴をあげた。
(何て声を出してんだ、俺は)
美咲に覆い被されたときに本能的に恐怖を感じた。
「落ち着け。やめよ、なっ?」
「そっちが誘うような恰好したんでしょ。男なんだから覚悟なさい」
美咲は直之の着ているジャージのファスナーを下ろした。
直之は慌てて右腕で乳房を隠した。
しかし美咲の右手で両手首を掴まれ、万歳したような恰好にされた。
「私ってここに触れられると弱いのよね」
美咲は乳首に軽く触れた。
「ぁ…ぁぁぁ……」
「気持ちいいでしょ?ほら、私も興奮しておちんちんが固くなっちゃったわ」
美咲は直之の手を取り、無理やりペニスに触らせた。
直之は慌てて手を引っ込めた。
「どうしたの?元はあなたのものでしょ?ほら、触ってよ」
再び無理やり触らせた。
直之は仕方なくそれを軽く握った。
「そんなふうに握られるのって案外いいわね」
美咲は乳首を擦るように触れ続けた。
乳房の先からは断続的に微妙な快感が広がってくる。
直之は目を閉じて、その快感に酔っていた。
ペニスを握った手は無意識のうちに上下に動かしていた。
「そろそろ直接握ってよ」
美咲は乳首を触りながら、左手でズボンをずらした。
そして直之の手首を握りペニスに近づけた。
ペニスの先のネトッとした感触を指に感じた。
直之は驚いて手を引っ込めた。
「どうしてよ?あなたのでしょ?」
「だからっていくら何でも直接は無理だって」
「つい最近まで自分で慰めてたんでしょ?」
直之は何も答えることができなかった。
「まあいいわ。それじゃ今度は私が触ってあげるから」
「それも無理だって」
美咲がジャージの上から股間を撫でた。
そしてジョージの中のボクサーショーツに手を滑り込ませた。
「やめろよ」
「嫌だったら逃げればいいでしょ」
ついにボクサーショーツの中に手を入れてきた。
「あら、濡れてるじゃない?感じてるんだ」
「そんなこと…ない……」
美咲は直之の女性器に指を這わせた。
「これが大陰唇、これが小陰唇よ。そしてこれが陰核、クリトリスって言ったほうが分かりやすいかしら?」
「…はああん……」
鋭い快感に思わず声をあげた。
「感じるの?感じるんだったらもっと声を出していいわよ」
「誰がっ!感じるわけないだろ」
「そう?だったらいいけど、そしてここが膣口よ。もう少ししたらここに入れてあげるわね」
そう言いながら、円を描くように膣口に触れた。
「…ん……んんん………」
「声を出していいっていってるのに」
美咲は直之の顔をジッと見て、女性器を指でもてあそんだ。
「かなり濡れてきたわね。それじゃそろそろ…」
「うっ」
直之は思わず声を出してしまった。
美咲が指を入れてきたのだ。
「結構きついわね」
「や…やめろ……」
「痛くはないでしょ?」
美咲は指を出したり入れたりした。
「もう一本入るかな」
今度は二本入れてきた。
「痛いっ!」
「大丈夫でしょ?」
美咲はかなりの時間、二本の指で直之の中に入れたり出したりしていた。
「それじゃそろそろ本物を入れてあげるね」
「や…やめろ」
「そういうふうに嫌がってるのって興奮するのね」
美咲の身体が直之の脚の間に入ってきて、美咲のペニスが股間にあたったかと思うと、すぐにペニスが入って来た。
強烈に痛い。
「お…おい、ちょっと待て」
「こうなって待てると思うの?」
「思わないけど、待て。頼む」
美咲は先が少し入った状態で動きを止めた。
「これでいい?」
「この身体は処女か?」
「もちろんよ、私はこれでも貞操だけは固いんですからね」
「だったらもう少し我慢して、結婚するまで処女でいたほうがいいんじゃないか?」
「あなたが私の身体に入った状態で、無事にいられるなんて思えないもの。だったら、自分で決着つけたほうがいいでしょ?」
美咲が一気に押し込んだ。
「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」
「あなたの処女いただいちゃった。自分で自分の処女を奪うなんて人類史上私が最初でしょうね」
美咲は暴力的に腰を振った。
直之はただただ痛みに耐えるだけだった。
美咲の動きが急激に速くなった。
「ああ、出そう」
「やめろ。中で出すな」
直之は反射的に逃げようとした。
「遅いわよ」
美咲が強く腰を打ち付けた。
「あ…あああ………」
美咲が直之の中で射精した。

直之は泣いた。
無理やり犯されたのが悔しかった。
悲しかった。


「おはよう」
次の日、目が覚めると何事もなかったように美咲が接してきた。
直之は返事をする気にもなれず、まっすぐに浴室に入った。
昨夜の美咲の痕跡を洗い流すためだ。
直之は股間にシャワーを当て念入りに洗った。
そのときには変なスケベエ心は全くなかった。
ただ自分の身体を綺麗にしたい。
そんな思いだけだった。
シャワーを浴びていると、美咲が出したものが逆流して太腿を伝った。
昨夜の悔しさが蘇ってきた。
自然と涙が出てきた。
直之は涙が止まるまでかなりの時間シャワーに打たれ続けた。

シャワーを浴び終わると、身体を拭き、全身に化粧水をつけた。
そして胸のところでバスタオルを巻いて出た。
こんなふうにバスタオルを巻いたのは美咲の身体になって初めてだった。
しかし直之は特別な意識はなかった。
ほとんど無意識だった。
身体に身についていた習慣。
そんな感じだった。

テーブルに美咲が用意した朝食が置いてあった。
それを見ると自分が空腹であることに気がついた。
直之は何も言わず、テーブルにつき、その朝食を食べた。
用意された半分ほどで空腹が満たされた。
「ごちそうさま」も言わずに、歯を磨くために洗面所に向かったときだった。

太腿に温かい物を感じ、そこに目をやった。
「あ!」
赤い物が伝い落ちてきた。
血だった。
「お…おいっ」
直之は美咲に駆け寄った。
「こ、これ…」
直之は自分の脚に目をやった。
つられて美咲もそこを見た。
「えっ、やだっ」
美咲は驚いて口を押さえた。
「生理が始まっちゃったんだ。予定では明後日くらいからだったんだけど、昨夜のせいでちょっと狂ったみたいね」
美咲は急いで直之の部屋に入った。
そして生理用ショーツとナプキンを持って戻ってきた。
「これをこうやって…」
美咲は説明しながら生理用ショーツにナプキンをつけて、直之に手渡してくれた。
「それを穿いて。ちゃんと清潔にして、こまめにナプキンは変えて、分かった?」
「あ…ああ…。分かった」
直之は手渡されたショーツを穿いた。
女性の下着をつけたのは初めてだったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
犯された翌日に生理になった。
動揺していてそんな自分に何の疑問も持たなかった。
思ったのはゴワゴワして穿き心地が悪いということだった。
女の下着をつけた抵抗感も感慨もなかった。
「多分下腹が痛いと思うけど、病気じゃないんだからダラダラしちゃダメよ」
「そんなこと言っても今日は無理」
直之は美咲の言葉を無視してジャージを着てベッドで横になった。


結局直之は2日間ベッドに寝ていた。
3日目には出血が少なくなり、痛みはほとんどなくなっていた。
生理が治まっても美咲は襲ってくることはなかった。
二人の間には何事もなかったかのような平和な時間が流れた。

まどかの訪問の日がやってきた。
「あら?少しは女らしくなった?」
まどかは直之を見るとそんな言葉を発した。
そんな言葉が直之にとって屈辱的に聞こえた。
「…んなわけないだろう」
虚勢を張るように乱暴な言い方で返した。
「だって一週間前は明らかに男っぽい仕草ばかりだったけど、今日はそうでもないわよ」
「それは……それはきっと生理のせいだよ」
「そう。村井さんは初潮を迎えたのね、おめでとう」
「めでたくなんかないよ」
「でもそのせいで女性ホルモンが分泌されて、あなたにも影響を与えたのかもしれないわね」
直之はそんなこともあるのかと思わざるをえなかった。
自分でも以前より女であることを受け入れていることに気づいていたからだ。

それからも何も起こらなかった。
まどかはやってくる度に直之に向かって「女らしくなった」と言い続けた。
事実の部分もあるだろう。
一種の暗示なのかもしれない。
直之の内面は確実に女性になりつつあるのだろう。

二人とも外出もせず、二人だけで毎日毎日一日中部屋にいた。
それでもお互いの身体に近づこうとしなかった。
自分の身体を慰めるだけだった。
美咲が自分に近づいてこないことが、美咲に対する恐怖をなくしていった。
恐怖をなくすだけでなく、別の感情が少しずつ湧き上がってきた。
そんな気持ちに自分でも気づいていたが、あえて気づかない振りをしていた。
それでもいつしか直之は元の自分のことを頭に思い描いて自分自身を慰めるようになっていた。


直之が美咲に襲われて二ヶ月が経ったときだった。
ある夜、美咲が久しぶりに直之に近づいてきた。
「いい?」
美咲がドアをノックした。
「何?」
「入っていい?」
「……いいけど」
直之はわずかな期待を胸に美咲を招き入れた。
「名前、交換しない?」
「交換って?」
「私が林田直之で、あなたが村井美咲になるの」
「そんなの別に決めなくてもいいんじゃないの?」
「だって……口説いたりするときはそのほうがいいでしょ?」
「口説く?」
「美咲、愛してる…って感じで…」
美咲から自分のことを『美咲』と呼ばれると、直之は恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになった。
決して嫌な気持ちではなかった。
むしろ温かい気持ちだった。
美咲の顔を見ると妙に真面目な表情になっていた。
キスの予感がした。
直之は自然に目を閉じた。
美咲の唇が重なった。
直之にとって初めてのキスだった。
美咲の舌が直之の唇の間を割って入ってきた。
直之は美咲の舌の動きに応えようと、必死に舌を絡めた。
頭がボォーッとするほど長くそして素晴らしいキスだった。

美咲の口が離れると、二人の口の間に唾液が糸をひいた。
直之にはその唾液の糸がキラキラと光る絹の糸のように見えた。
直之は魅入られたようにその唾液の糸をうっとりと見ていた。
男のときには唾液は唾液でしかなかった。
唾液をそんなふうに感じたことはなかった。
美咲には直之がボゥーッとしているだけにしか見えなかった。
そんな直之にいらついた部分があったのだろう。
「美咲、ベッドに…」
美咲に促されて直之はベッドに横たわった。
すると美咲が上から覆い被さってきた。
再び激しくキスされた。
直之は美咲の背中に腕を回し貪るようにキスを求めた。
美咲が直之のジャージを剥いだ。
直之は下着だけになった。
「美咲、愛してる…」
呟くような美咲の声がした。
『愛してる』の言葉が直之の心に染みた。
身体だけを求められているのではなく、自分を愛してくれているのだと思うと身体中が熱くなった。
美咲に触れられるだけでものすごく感じた。
直之は喘ぎ声を抑えることができなかった。
直之は美咲に女性器を直接触られていることを感じ、全裸にされていることに気づいた。
「美咲、いくよ」
美咲のペニスが膣口に当てられ、ゆっくりと入って来た。
直之は痛みで顔を歪めた。
二度目のせいかまだ痛みがあったのだ。
「痛い?」
「ううん、大丈夫」
直之は強がって無理に笑顔を作った。
美咲がゆっくりと腰を動かした。
とてもゆっくりだったので、我慢できる程度の痛みだった。
かなり長い間何度も何度も出し入れされることで痛みより快感を感じてきた。
「ああああ…すごい……おかしくなる……」
直之は押し寄せる快感に恐れながらも、なおも強い快感を求めるよう自ら腰を振った。
美咲はそれでもゆっくりゆっくり腰を動かした。
直之は何度かいってしまったように思えた。
美咲は徐々にスピードを上げた。
「あああ……出そうだ……」
「来て……お願い………」
直之は女のように精を欲した。
それに応えるように美咲はものすごい勢いで腰を打ちつけた。
次の瞬間美咲の熱い精液が直之の中に放たれたことを感じた。
すると直之の意識が完全に飛んでしまった。

少しずつ意識が戻ってきた。
美咲は直之の上に完全に覆い被さっていた。
かなり重かった。
しかし、そんな重さが美咲の存在を感じとることができ、なぜか嬉しかった。
美咲が離れようとした。
すると直之の身体に残っていたペニスが抜けそうになった。
「もう少しこのままでいて」
直之は美咲を抱き締めて、動作を止めた。
「美咲ってすっかり女の子みたいね」
「だって女だもん」
直之は自分の発した言葉が自分でも不思議だった。
しかし自然と口から出たのだ。
セックスのせいで直之は自らの女性性を無理なく表現できるようになったのかもしれない。
何かが少しずつ直之の中で変わっていた。


翌日目を覚ますと、いつものようにジャージを着た。
その恰好で部屋を出て行こうとしたが、なぜか気恥ずかしく感じた。
そこで直之はタンスの中の物を物色した。
そしてレモンイエローのTシャツを取り出した。
直之はそのTシャツとジーパンを身につけた。
Tシャツは丈が短く、ヘソがわずかに見える。
そこが可愛いと思った。

直之は自分の姿をチェックしてから、部屋を出た。
「初めてジャージ以外の物を着たね」
「変か?」
「いや、似合ってる」
美咲に『似合ってる』と言われたことが嬉しかった。
「あとはその言葉遣いね」
「それは…ちょっと無理かも」
「だって昨夜のあのときはすっごく女の子だったよ」
「そ…それは……」
「急に変えるのが難しいんだったら少しずつ慣れていけばいいよ」
「うん、そうする」
「一度外に出てみる?」
「いや、それはいい」
その日は鏡だけでなく、窓や戸棚のガラスに自分の姿が映るとその度に自分の服装をチェックした。
鏡も何度も見て自分の顔をチェックした。
そんなことをするのがとっても楽しかった。

朝から時間が経つにしたがい、少しずつ気持ちが女性的になっていった。
直之にとってはそれは自然なことのように感じられた。
夜風呂に入ると、軽く身体を拭いてバスタオルを胸のところに巻いて、すぐに美咲に抱きついた。
「ねえ、抱いて」
二人はそのままベッドに倒れ込み、お互いの身体を求め合った。


次の日は思い切ってスカートを穿いてみた。
美咲に可愛い恰好を見せたいという気持ちよりも、自分の可愛さを確かめたいという純粋な欲求だった。
「いきなりすごい進歩じゃない。どうしたの?」
「自分でもよく分からないんだけど、可愛い服を着たくなっただけよ」
直之の口から女性らしい言葉遣いが出た。
「それにその話し方」
「確かに。でもこの話し方のほうがしっくりくるのよね…。どうしてだろう」
そんなことを話しているとまどかがやってきた。
「あら、今日は女の子らしい恰好をしてるのね、村井さん」
「ええ、なぜか昨日からこういう恰好のほうが普通のような気がしてきて」
「そう…。ところで、村井さんは元は林田くんだってことは覚えてる?」
「ええ、それはもちろん覚えてます」
「でも今は女の子のファッションに興味が出てきたってこと?」
「そう…いうことかな……」
まどかの軽い冷やかしは受け流した。
直之にとって他人がどう思うかよりは自分がこの姿でいたいと思えることのほうが重要だった。

それからも直之はどんどん女性化していった。
食事の支度も直之がするようになった。
直之の女性化が進むとともに美咲ができることを直之もできるようになっていった。
女性化というより美咲化しているといったほうが正しいのかもしれない。


「ねえ、一緒に買い物行かない?」
朝一番に直之は美咲に提案してみた。
「別に行ってもいいけど、お金はあるの?」
「そうか。ここのバイトでかなり貯まってるだろうけど、現金でもらってないものね。それじゃ見るだけでいいから行こ♪ずっと外に出てないでしょ?」
「何か邪魔臭い気がするけど、たまには外に出るもの悪くないか」
「それじゃちょっと待ってて。支度するから」
直之は鏡の前に行き、化粧を始めた。
「ちょっと出るだけだから、簡単でいいんじゃない?」
「そんな油断して、シミになっちゃったら嫌でしょ?」
「元に戻るんだったらそうかもね」
「元に戻るんだったら…って元に戻る気ないの?」
「う〜ん…どっちでも良くなってきた」
「そう。だったら私がずっと美咲のままなんだから、やっぱりシミなんて作りたくないし、しっかり紫外線対策しておかなくっちゃ」
直之は美咲が待っていることなんて気にする風でもなく念入りに化粧していた。

「お待たせ。それじゃ行きましょう」
美咲が待ちくたびれてテレビを見出したころに直之がやってきた。
美咲は「やれやれやっと化粧が終わったのか」と思いながら玄関に向かった。
美咲は自分と直之の分のスニーカーを出したが、直之は別の靴を出した。
「ハイヒールなんて履くの初めて」
そんなことを言いながら、嬉しそうにハイヒールを履いたのだ。
「歩きづらくないの?」
「ううん、全然歩きにくいってことはないわ。何となく姿勢もよくなるような気がするし、ハイヒールって結構いいものね」
直之は確かに慣れたように歩いていた。

しばらくいくとアウトレットショップがあった。
「すごぉい。広いんだね」
広大な敷地にいろんな店が軒を連ねていた。
直之は目に止まった靴屋に駆け寄った。
そして店頭に飾られていたハイヒールを見た。
「ねえ見て見て。これ、可愛いと思わない?」
美咲には靴なんてどれも大体同じようにしか見えなかった。
「そう…か。そんなに可愛いとは思わないわ…思わないぞ」
美咲は周りの目を気にして男の言葉遣いになるように話した。
「そう…かな?私は可愛いと思うんだけどな」
そう言って店の中に入っていった。
美咲は店には入らず店の外で直之が出てくるのを待った。
「ねえ、一緒に見ようよ」
直之が顔だけ出して美咲を呼んだ。
「ひとりで楽しんでていいから」
美咲は店に入る気はなかった。
直之のペースにつき合ってると異常に疲れるような気がしたのだ。
「そんなのつまんない」
と言いながら直之はひとり店の中に戻り、いろんな品物を見て回った。
結局その日は一日そんな感じだった。
直之はアウトレットショップにある店を片っ端からひとりで店に飛び込み、美咲は店の外で待っているだけだった。
「疲れたけど面白かったね。また明日も行こうね」
直之は一人で楽しんでいたが、美咲にとっては疲れただけだった。
買い物ってこんなに疲れるだけだったっけ?
とにかく美咲は明日以降直之だけで行ってもらおうと思っていた。

結局次の日もその次の日も直之は一人でウィンドウショッピングに出掛けて行った。
美咲はただ家でダラダラしているだけだった。


「それじゃ行ってきまぁす」
直之は一人で出掛けて行った。
「彼女、朝から一人でどこに行ったの?」
部屋ではまどかと美咲が話していた。
まどかは玄関のほうを見て、美咲に聞いた。
「ウィンドウショッピングよ」
「ウィンドウショッピング?ショッピングじゃなくて?」
「そう、お金がないから」
「あっ……、もしかして今までのバイト料渡したほうがいい?」
「もらえるの」
「もちろんよ、あなたたちのだもん」
「お金でもらえるの?」
「それじゃ明日キャッシュカードを持ってくるわね。それにしても最近、彼女、どんどん女らしくなってると思わない?」
「やっぱりそう思う?私も時々私がもう一人いるみたいに思うときがあるの」
「身体が記憶に影響してきてるのかな?」
「それじゃ私もああいうふうになっちゃうってこと?」
「ああいうふうにって?」
「私も林田直之らしくなってしまうとか」
「そう言えば言葉遣いはあんまり変わんないね。でも動作とかはすっかり男になってるわよ」
「本当?自分では全っ然分からないけど」
「言葉だけおネエ系の男って感じに見えるわよ」
「やだ、気持ち悪い……。言葉遣いも外見と合わせたほうがいいかな?」
「この間、二人で出かけたんでしょ?そのときはどうだったの?」
「そりゃ他人の目があるんだから私も意識して男っぽくしたわよ」
「言葉も?」
「もちろん」
「だったらできるんじゃない?」
「でもこっちのほうが楽なのよ」
「それにしてもどうして一緒に行ってあげないの?」
「何か邪魔臭くって」
「その辺が男性化してるところじゃない?」
「確かにそうかもしれないわね。何かやだな」
そんなことを言いながらもテレビを見ながらダラダラするだけだった。

夕方になるとようやく直之が帰って来た。
帰るとすぐにその日あったことをいろいろと話すのだ。
そんなことが美咲にはうんざりだった。
早く飯作ってくれよ。
そんなことを考えていた。

「そう言えば明日キャッシュカードを持ってきてくれるって」
「キャッシュカード?」
「うん、これまでのバイト代が入ってるんだって」
「やったぁ。結構買いたい物あるし」

次の日の朝、まどかからキャッシュカードを受け取ると、直之は意気揚々に出掛けた。
そして夕方両手いっぱいの紙袋を抱えて帰って来た。
ほとんどが服やスカートだった。

直之が出掛けて、美咲が家でダラダラしているというパターンの毎日が続いた。
そんな中、事件は起こった。


直之はいつものように朝から街に出かけた。
さすがに始めのように手当たり次第買い物をするということはなくなった。
とりあえず見て回って、よっぽど気に入れば買うというふうに変わっていた。

その日は珍しく本屋に入った。
そこで棚の上のほうに置いてある本を取ろうとした。
今の直之の身長ではとても届かない。
それでも何とか摂ろうとしていると、後ろから手が伸びて来た。
「はい、どうぞ」
一人の男性がその本を取ってくれた。
「あ…ありがとうございます」
身長の高い爽やかな男性だった。
(高校のときの金山くんに似てるな)
直之の頭に金山理の顔が浮かんだ。
しかし直之は金山なんて同級生はいなかった。
誰なんだろう。
でもはっきりと思い出せる。
よく分からなかった。

男は右手を軽く上げてその場を離れた。
直之は何となくモヤモヤした思いを持ちながら本屋を後にした。

足が疲れ、喉も渇いたので、スターバックスで休憩することにした。
そこでコーヒーを飲んでいると、目の前の席に座る者がいた。
さっきの男性だった。

「さっきはどうも」
男は直之の顔を自信なさげに見ていた。
「金山…くん…?」
無意識に口から言葉が出た。
自分の発した言葉に驚いた直之は思わず口を押さえた。
しかし男からは予想外に嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「やっぱりあの村井だったな。えらく綺麗になったからちょっと自信なかったんだけど」
直之は状況が把握できなかった。
自分の口から出た言葉に対して理解できないのに、相手には通じている。
もしかしたら美咲の記憶の一部じゃないのかと思った。
あとでまどかに聞いてみよう。
とにかく今は目の前の男から何とか逃げよう。
そうでないとそのうち自分が村井美咲でないことがばれてしまいそうだ。

しかし金山との時間は妙に心地よかった。
思い出話にも8割ほどは話を合わせることができた。
当初の思いとは裏腹に2時間以上も話し込んでしまった。
最後には金山とメルアドを交換してしまった。

その夜、携帯が鳴った。
『今日は楽しかったよ。また明日会えるかな』
直之は胸の高鳴りを覚えた。
その夜は美咲に抱かれながら、金山のことばかりを考えていた。

翌朝、いつもより時間をかけて着ていく服を選んだ。
「ねえ、おかしくないかな?」
何度も何度も美咲に尋ねた。
美咲はややうんざりした様子だった。
「まるで初めてのデートみたいね」
美咲は特に意図はなかったが、直之はその言葉にドキッとした。
聞こえなかったふりをして、その言葉を無視した。

約束の場所についたのは約束の時間の15分前だった。
金山はまだ来ていなかった。
金山が来るまで建物のガラスに映る自分の姿を何度もチェックしていた。
「ごめん、待った」
まだ約束の時間まで2分ほどあるのに走ってきてくれた金山が嬉しかった。
「それじゃ行こうか」
さりげなく直之の手を握って歩き出した。
少し驚いたがすごく幸せな気持ちになった。

その日は映画を見て、その後マクドナルドで長い時間話した。
金山は証券会社に入社したとのことだ。
平日はほとんど終電で帰る毎日で、週末は寝ダメをしているらしい。
「この週末はたまたま本屋に寄ったおかげで村井に会えてラッキーだったよ」
直之は思わず「私も」と返してしまい、顔を真っ赤にすることになってしまった。

その日の帰り、金山の顔が視界を遮ったかと思うと、唇に何かが当たるのを感じた。
直之は目を見開いたまま金山にキスされていたのだ。
時間にして1〜2秒だったろう。
「それじゃまた来週連絡するから」
金山は走って帰って行った。
直之はしばらくその状態で立ち尽くしていた。
美咲とのキスとは違う軽いキス。
それでも直之にとっては一番強烈なキスだった。
恥ずかしさと嬉しさとが同居した幸福感が急速に直之の気持ちに満ちた。

その夜、直之は美咲の誘いを断った。
この頃になると、美咲とのセックスは毎晩ではなく週に2〜3回になっていたので、美咲がそのことを不審に思うことはなかった。
その夜直之は金山のことを考えながらオナニーにふけった。


次の日は金山に会う予定がなく、朝から出歩くことはしなかった。
その日まどかがやってきた。
直之がまどかに会うのは久しぶりだった。
「最近よく外出してるみたいだけど外は楽しい?」
まどかが直之に話しかけてきた。
「まあね、結構楽しいわよ」
「女の子になったことを楽しんでるの?」
「そうね、そうかもしれない。だって美咲さん自身の記憶も少し持ってるみたいだし」
「村井さんの記憶?」
「そう、美咲さんの記憶。だって私が会ったこともない人なのに同級生だって分かったんだから」
「どういうこと?」
「この前男の人に会ったんだけど、その人の顔どこかで見たことあるなって思ったの。でも会ったことない人だってことも確信できた。それで思ったの、これは美咲さんの同級生じゃないかなって。そしたら向こうのほうも私のことを『やっぱり村井だな』って言ってくれたの。このとき私は林田直之であると同時に村井美咲でもあるんだなって分かった。私は美咲さんとしての人生も歩んできたのと一緒なんだって考えてる」
「へえ、そんなことがあったの。記憶は完全に上書きされたわけではなくって、その前の記憶もどこかに残ってるってことなのね。これはもう少し調査する必要がありそうね」
まどかは目を輝かせた。

週末になった。
金山との約束の場所に行くと一台の車が停まっていた。
金山の車だった。
「乗って」
金山に誘われるまま助手席に乗り込んだ。
車は真っ直ぐに遊園地に行った。
その日は快晴で気温もかなり上がった。
夕方まで童心に帰って汗まみれで思い切り遊園地を楽しんだ。
「楽しかったね」
汗でキラキラした顔で話す金山に直之は大きく頷いた。

帰りの車では疲れたせいかあまり会話がなかった。
「疲れたから休憩しようか」
すぐに直之にはその意味が分かった。
予想通り車はラブホテルに入った。
「いいだろう?」
直之は黙っていた。
こんな状況でイエスともノーとも言えるわけがない。
車を駐車場に停めると金山は直之の肩を抱いてフロントに向かった。
金山は適当に部屋を選んでキーを取った。

直之は顔を上げることなく、金山に肩を抱かれたまま部屋に入った。
直之にとって生まれて初めてのラブホテルだった。
部屋は思った以上に広い部屋だった。
部屋に入ると、金山は性急に直之を抱き締めた。
「待って。シャワーを浴びさせて」
一日遊園地で遊んでかいた汗の臭いが気になったのだ。
直之は金山から離れようとした。
しかし金山に力いっぱい抱き締められ身動きできなかった。

「美咲が欲しい…」
金山の呟くような声が聞こえた。
「うん」
直之は小さな声で返事を返した。
直之の胸は聞こえそうなくらい鼓動が高まっていた。

金山は直之を抱きかかえてベッドに行った。
直之をベッドに下ろし、そのまま覆い被さるようにキスを貪った。
直之もそれに応えるように金山の首に腕を回し金山の唇を求めた。
金山の唇は直之の口から離れ、首筋に舌を這わせた。
直之は自分のかいた汗が気になった。
「やっぱりシャワーを浴びさせて」
しかし金山は聞こえないのか何の反応もなかった。
さすがに半ば諦め気味に金山のなされるままにされた。
それでも腋の下を舐めようとしたときは抵抗した。
しかし力で勝てるわけはなく、無理やり腋を舐められた。
恥ずかしくくすぐったい感覚に直之は声をあげていた。
そんな反応が金山は直之が感じているように思えたのだろう。
執拗に腋の下を舐めた。

金山の手が直之の服に潜り込んできて、服を脱がせようとした。
「あ…自分で脱ぐ……」
直之は上半身を起こし、服を脱ぎ下着だけになった。
「美咲、綺麗だ」
「恥ずかしい……」
金山の手が直之の肩に置かれた。
肩にかかったストラップを外して、ブラジャーを奪った。
すぐに直之は腕を組むようにして乳房を隠した。
その腕を金山が優しく解いた。
ゆっくりと静かに乳房に舌を這わせた。
そして舌が乳首に掠ったとき、直之はビクッと身体を震わせた。
「気持ちいい?」
金山が直之の顔を覗き込んだ。
「うん」
直之は恥ずかしさに目を逸らして頷いた。
乳房やその辺りを一頻り舐められると、少しずつ下に移動してきた。
ヘソを舐められるのはあまり気持ちのいいものではなかった。
少しお腹が痛むような気さえした。
そんな直之の感覚が伝わったのかすぐに舐めるところが移動した。
そして次にショーツの上から女性器を舐められた。
布一枚を通して熱い息を股間に感じる。
そんな感覚が妙な興奮を高めた。
目を開けると目の前に金山のペニスがあった。
直之は躊躇なくそれを銜えた。
自分の女性器を舐められ、自らはその男のペニスを銜えている。
そんな状況に気がおかしくなるほど興奮が高まって行った。
金山の熱いものが口の中に放たれた瞬間、直之の意識が飛んだ。

気がつくと口の中に苦いものが充満していた。
金山の顔が目の前にあった。
金山の手が髪に触れた。
直之はその手に自分の手を重ねた。
股間に温かいものが侵入してくる感触があった。
すでにショーツは脱がされていたのだ。
「……は…ぁん……」
思わず吐息が漏れた。
金山が精液のついた直之の唇にキスした。
直之は金山を逃がさないようにするかのように金山の腰に脚を絡めた。
金山が激しく突いた。
直之も激しく応じた。
クチュクチュクチュクチュクチュ……。
部屋に淫らな音が響いた。

ふと時計を見ると10時を過ぎていた。
「いけない。もうこんな時間…」
「明日は日曜なんだし、今日はいいだろう」
どうせ門限は過ぎているんだし、もういつになっても一緒だろう。
直之は再び金山を求めた。


次の日も一日中身体を重ねた。
再び一週間会えないのだ。
お互いの身体の温もりを確実に自分の身体に刻むようにしっかりと抱き合った。
9時を過ぎ、ようやく直之から切り出した。
「もうそろそろ帰らなくちゃ」
「送っていくよ」
結局マンションの前まで送ってもらった。
降りる前に熱いキスを交わした。
「それじゃまた来週」
「うん」
直之は去っていく車が見えなくなるまで金山を見送った。

部屋に戻ると、灯りもつけずに美咲が座っていた。
「どこに行ってたんだ?」
美咲の目つきが変だ。
直之は本能的に危険を感じた。
直之は後ずさり部屋の外に逃げようとした。
しかし鍵を外しているにもかかわらずドアは開かなかった。
「お前が門限を破ったせいであと2ヶ月はそのドアは開かなくなったんだ」
直之は携帯を取り出した。
金山に電話するためだ。
しかし電話が繋がることはなかった。
携帯の画面には『圏外』の文字が表示されていた。
(昨日まで使えてたのに)
門限を破ったせいで外と分断されてしまったのだ。
呆然と携帯の画面を見ていると、荒々しく左腕を掴まれた。
「来い」
美咲が直之の腕を掴んで玄関から部屋に連れて行かれた。
「一緒にいたのは俺の同級生の金山だろ。男のくせに男相手に色目を使いやがったのか」
次の瞬間、頬に痛烈な痛みを感じた。
ビンタされたのだ。
直之は身体が飛ぶような感覚を覚え、そのまま気を失った。


肌寒さで目を覚ました。
服も下着もすべて剥ぎ取られていた。
しかも動こうとするが動けない。
テーブルの脚に後ろ手に縛りつけられていたのだ。
部屋の中に美咲の姿はない。
「ねえ、どこにいるの?許して。解いてよ」
直之は見えない美咲に向かって叫んだ。
すると部屋からヌボーッと美咲が出てきた。
「何だよ、うるせえな」
やはり変だ。
昨日までの女性っぽい話し方がまったく現れていない。
直之がある時期から女性らしくなったように美咲も男の意識に征服されてしまったのか。
よく分からないが男性の攻撃的な面ばかりが表に出ているのは間違いないように思えた。
「お願いです。これを解いてください」
直之は静かに懇願するように言った。
反抗的な態度をとるとまた暴力を振るわれるような気がしたのだ。
美咲はニヤッと笑うと手に持った物を操作した。
その瞬間下腹部に振動を感じた。
直之の女性器にはバイブが入れられていたのだ。
「…ああああ……」
「それでも楽しんでろ」
美咲が部屋に戻った。
「…ああ…お願い…。トイレに…行かせて……」
それでも美咲は出てこなかった。
直之はバイブのもたらす快感を感じながら、縛られた状態のままおしっこを漏らしてしまった。
寒さとバイブの振動に眠ることもできず、一晩を過ごすことになった。


外が明るくなっても美咲が起きてくる気配はなかった。
直之は果てしなく続くバイブの振動におかしくなりそうだった。
口は半開きで涎が間断なく流れていた。

意識朦朧となっている直之の視界に動くものがあった。
「…ぁ……」
直之は言葉を発しようとしたが、口がうまく動かなかった。
それでも美咲に伝わったようだ。
股間の振動が止まった。
「どうだ。一晩中。金山よりも良かっただろう。それにしても臭いな」
直之は何度か漏らしてしまったのだ。
「こんなもん、見つけたんだ。これだったら少しは自由になるだろう」
手に持っている物は首輪だった。
首輪には2メートルくらいの鎖がついていた。
鎖の先を椅子につけ、首輪を直之の首に巻いた。
「椅子を引き摺ればトイレでもどこでも行けるだろ。まずは床を綺麗にしてくれるか」
「その前にバイブを取って」
直之は美咲に頼んだ。
「俺に指図するな」
美咲は急に大声をあげた。
「お前は言われた通りにしてりゃいいんだよ」
「は…はい」
直之は美咲の機嫌を損なわないよう言われた通りにすることにした。
椅子を引き摺って洗面室に行って雑巾を取ってきた。
そして床を汚した自分の尿を拭き取った。
「床を拭きました」
「よし、今度はこれを綺麗にしてもらおうか」
美咲はパンツをずらし、ペニスを出した。
何日も風呂に入っていないのだろう。
異臭が鼻についた。
直之が逡巡していると足で胸を蹴られた。
「さっさとしろ」
直之は起き上がって美咲のペニスを手に取った。
そして息を止めてそれを口に入れた。
その途端、鼻腔に嫌な臭いが満ちた。
吐きそうになりながら直之は一生懸命舐めた。
やがて臭いは気にならなくなった。
「やっぱり自分が気持ちいいとこは分かってるようだな。なかなかうまいぞ。それじゃしっかり銜えておけよ」
美咲は直之の頭を掴んで前後に揺すった。
(出される)
すぐに苦い物が口の中に広がった。
「飲み込めよ。一滴でも溢したら承知しないからな」
美咲の言葉にビビッて、直之は夢中で口の中の物を飲み込んだ。
「ははは、男の精液を飲み込むことができるなんて、すっかり淫乱女になったようだな。これから俺の手でもっともっと淫乱にしてやるっ」
「もうやめて…」

美咲は直之を押し倒し、バイブのスイッチを入れた。
「…ああああ……もうやめてください……」
「こんな作り物より本物のほうがいいだろう?」
美咲の言葉に対しノーと言えるはずがなかった。
「は…はい…」
「それじゃちゃんと頼んでみろよ。言えるだろ?」
直之は何をどう言っていいのか思いつかなかった。
「早く言えよ」
ビンタされた。
「何て言えば…」
「犯してください、だろ?」
「あなたのペニスで私を犯してください」
直之は今の美咲が喜びそうな言葉をつけて言った。
「そうか。お前の頼みだからな」
美咲は直之の股間からバイブを抜いて、膣口にペニスをあてた。
「欲しいか?」
「はい、欲しいです。お願いします」
美咲のペニスが膣口に当てられ何度も擦るようにして焦らされた。
直之はだんだんおかしくなってきた。
呼吸が速くなってきた。
「どうした?顔が赤くなってきたぞ」
「…早く……」
「早く、何だ?」
「早く入れて。あなたのペニスをあたしの中に入れて欲しいの」
直之の口から自分でも意識していない言葉が飛び出した。
「何だ、言えるじゃないか。それじゃ入れてやるよ」
美咲のペニスが入ってきた。
美咲が射精するまで直之は自ら激しく腰を振った。
直之は何度も美咲に犯された。

「疲れたな。続きはまた明日だ」
美咲は直之の股間にバイブを入れて、部屋に戻って行った。
程なくしてまたバイブが動き出した。
「もうやめて……」
直之は自分で抜き取ろうとした。
しかし美咲にばれたときに何をされるかが恐くて何もできずにいた。
2時間ほどすると電池が切れたのかバイブの動きが止まった。
(これでゆっくり眠れる…)
直之はバスタオルを身体にかけ、久しぶりにゆっくりと眠りについた。


次の日は肌寒さで目が覚めた。
椅子を引き摺りながらも移動することができたので、服を着るために自分の部屋に行った。
服を着ると何だかホッとした気分になった。
すると急激な空腹感に襲われた。
冷蔵庫にあるわずかな食料で簡単な料理を作り、パンとともに食べた。
人心地ついた。
ホッとしていると美咲が起き出して来た。
「コラァ、誰が服を着ていいって言ったんだ!」
直之を見るとすごい剣幕で迫ってきた。
そして殴る蹴るの暴力が始まった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
直之は必死に謝り続けた。
しかしそんな言葉は全然聞こえないかのように暴力が続いた。
服は切り裂かれ、全裸にされた。
そして首輪の先は椅子ではなく冷蔵庫につけられた。
これで動ける範囲は限られてしまった。
何とか食事はできるが、風呂にもトイレにも行けない。
「調子に乗るなよ、この浮気女が」
そして美咲は手に持ったリモコンを操作した。
どうやらバイブのスイッチを入れているようだ。
しかし電池が切れているので直之の中のバイブはぜんぜん作動しなかった。
電池が切れていることに気づかれると、また暴力を振るわれるように感じた直之は慌てて感じている振りをした。
「…あああああ……やめて………」
直之の言葉に美咲はいやらしい笑みを浮かべた。
「罰だ、しばらくそうしてろ」
美咲が部屋に入ってからもしばらくの間直之は感じている振りをしていた。

直之はいつの間にか眠ってしまっていた。
あまりに肌寒いのでキッチンにあったエプロンをつけた。
エプロンだけでもないよりマシだった。
尿意をもよおした。
しかしトイレまで行くことができない。
仕方なく大きめのコップを取り出し、そこに尿を出し、キッチンに流した。
何だかすごく惨めな気がする。
気がつくと涙が流れていた。

背後に人の気配を感じた。
美咲だった。
「裸エプロンとはなかなか色っぽいじゃないか」
背中を押されたため、流しに顔を突っ込むような体勢になった。
バイブを抜き取られ、美咲がペニスを押し入れようとした。
「い…痛い……」
全く濡れていないせいか無理やりに押し入れられると痛みを感じた。
それでも難なく美咲のものを受け入れた。
美咲が何度も打ちつけた。
背後から痛いくらいの力で乳房を鷲掴みにされた。
最初は痛みが強かったが、直之の身体はすぐに反応した。
すぐに直之の口から喘ぎ声が漏れるようになった。
「おらおら、行けよ。行っちまえ」
美咲は力の限り思い切り叩きつけた。
直之の中で射精をすると、すぐに抜き出し、代わりにバイブを入れた。
すぐにスイッチを入れたが、バイブは動かなかった。
「そっか、電池が切れたんだ。新しいのと換えないとな」
新しい電池を取り出し、直之の膣の中に押し入れた。
「痛い目に会いたくなかったら、絶対に抜くなよ」
スイッチを入れ、感じる直之を残して、部屋に戻った。

美咲に犯されるだけの日々が続いた。
冷蔵庫の食料も底をついた。
直之は水だけで何とか生き延びていた。
(このまま死ぬのかな?)
考えることと言えばそんなことだけだった。


頬をペシペシと叩かれている。
(誰?どうしたの?)
外界の明るさを感じてきた。
ようやく意識を取り戻しつつあった。
目を覚ますと、目の前にまどかの顔があった。
「大丈夫?生きてる?」
最初の言葉がそんな言葉だった。
「うん」
直之は助けが来てくれたことにホッとした。
(助かったぁ〜)
そんなことを思い、そのまま安堵感で気を失った。


気がつくと明らかに病院の一室だった。
しばらくすると看護師の女性がやって来た。
直之が気がついていることを見ると誰かを呼びに部屋の外に飛び出した。
「村井さんが目を覚ましました」
そんな声が聞こえた。

やってきたのはまどかだった。
「ちょっと衰弱が見られるけど、特に怪我はないわ」
直之は何から聞いていいか分からずただジッとまどかの目を見た。
「ああ、ここ?ここは私が勤めてる大学の付属病院よ。気づいてたと思うけど、あなたたちの状況はずっとモニターで見てたの。できるだけ成り行きに任そうと思ってたんだけどさすがにあんな状況になっては中止せざるを得なかったの」
まどかは直之の聞きたいことを想像したのかそんなことを話した。
「彼は?」
「鎮静剤を打って、今はおとなしくしてるわ。そして記憶をバックアップ取って、今は脳を一旦リセットしたの。今目を覚ましても何も話せないだろうし、何の記憶もないと思うわ。だからおそらく暴れ出す危険もないと思うけど、本能のまま行動する可能性もあるから、目を覚まさないように薬を投与してるの」
「そう…ですか……」
「彼の身体には初日のあなたの記憶を戻すことにするわ。だから彼としてはこれまでの事件はなかったようなものになるの。でも記憶を入れても、身体の記憶や経験が影響する可能性はあなたたちの状態から考えるとかなり高いようだから、あの日のままになるとは思えない。でもそれ以外アイデアがないし」
「それでも異状な状態になったら…」
「そのときは…。もう一度脳をリセットして、そのままにするしかないでしょうね。赤ちゃんのような状態になるのか植物人間状態になるかもしれないけど」
「そう…それしかないのかも……」
「それであなたのことなんだけど…」
「私も初日の村井さんの記憶に戻すの?」
「正直迷ってる。初日の彼女の記憶を戻したときの影響も分からないし…。おかしくなる可能性だってあるだろうしね。今のあなたはそれなりに安定しているようだから、今の状態で大丈夫なんじゃないかと思ってる…」
「今の私って元の美咲さんの意識もあるけど、ほとんどが直之の意識だと思うから美咲さんにきちんと返したほうがいいかもしれない」
「そう?本当にそう思う?」
「……」
「あなたはどうしたい?」
直之は金山の顔が浮かんだ。
「今のままでいられるのなら今のままでいたい…」
「…そうね、やっぱりそう思うでしょうね?」
「はい…」
直之はダメ元で返事した。


翌日も翌々日も直之は美咲のままだった。
もしかしたら自分の願いが聞き入れられたのかと期待し始めたある日のことだった。
「村井さん、ちょっと来て」
病室で横になっているとまどかが呼びに来た。
「どこへ?」
まどかは直之の質問に答えず、どこかに歩き出した。
きっとついて来いということなのだろう。
直之も質問を繰り返すことなく、まどかの後について行った。

連れて行かれたのは実験室のような部屋だった。
そこには"直之"の身体が横たわっていた。
頭には多数のコードがついたヘルメットのようなものをつけられている。
「今からこの身体に最初の日のあなたの記憶をコピーするの。今のあなたをどうするかはこの林田くんの経過を見て判断しようと思ってる。いい?」
まどかは直之の顔をジッと見た。
直之は静かに頷いた。
「それじゃ始めるわね」
まどかはモニターに向かって何かの操作をした。
「それじゃ移すわよ」
マウスをクリックするとランプが灯り"直之"の身体がビクッと反応した。
10秒ほど何も動きはなかった。
そうしてようやく"直之"が起き出した。
キョロキョロ周りを見ている。
きっと今の場所がどこかを探っているのだろう。
「彼に何も問題が起こらなければいいんだけど…」
今のところはそれほど異常な点があるとは思えなかった。
(起こったほうがいいんだけど…)
直之は心の中で呟いた。

直之の期待通り"直之"に問題が起こった。
3日ほどは何も問題がなさそうに見えたが、その後に異状が現れたのだ。
急にオネエ言葉で話し出したかと思うと、次の日には回診に来た看護師を襲った。
幸い未遂に終わったが、その後も極端な情緒不安定に陥った。

人に危害を与える可能性があるということで、直之は重度の精神病患者が入れられている棟に移された。
まどかが言うには『もう少し様子を見る』とのことだった。
最悪の場合、脳をリセットするということなのだろう。
このままだと九分九厘リセットされてしまうことになると思う。

それから少しして、直之はまどかの訪問を受けた。
「明日退院していいわよ。厳密にはまだお願いした"仕事"の日は残っているけど、今日で終わりにするわ。あなたは今のあなたのままでいてくれる?」
「は、はい!」
直之は期待していた申し出に思わず言葉を強めた。
「それじゃ、これ、今回の御礼ね」
まどかは直之に通帳を差し出した。
そこには、途中かなりのお金を使ったはずだが、200万円以上の金額が書かれていた。
それに加えて村井美咲名義のマンションの権利書も受け取った。
「本当にマンションをもらえるんですか?」
当初は共有名義にする予定だったとのことだが、"直之"がとても正常な生活できる状態ではなかったので、美咲だけのものになったとのことだった。
最悪マンションを売れば当座の生活に困らない。
あまりいい思い出のないマンションだが、退院するとどこにも行く宛がない。
とりあえずマンションで生活することにした。

マンションに戻ると、直之は久しぶりに金山に連絡を取った。
1ヶ月以上連絡をとってなかったので、少し不安だったが、金山は何も聞かずに直之を受け入れてくれた。
その夜、仕事が終わってから、金山はマンションに来てくれた。
「へえ、結構いいマンションに住んでるんだ。ここだったら僕が一緒に住んでも充分な広さだよね?」
「えっ?」
「結婚しよう。少し連絡が取れなかった間、僕にとって君がどれだか大切な女性かよく分かった。すぐにでも一緒になりたい」

その夜から金山の腕の中で眠るようになった。
そして週末には、金山の少ない荷物がマンションに運ばれ、そのまま婚姻届を提出した。
2ヵ月後、金山と二人で結婚式を挙げた。
一男一女に恵まれて幸せな家庭を築いた。



「あら、村井さんじゃない?」
あんなことがあって5年近くが経ったある日、街を歩いていると、声の低い女性に声をかけられた。
肩にかかるソバージュ。
綺麗な顔立ちに上品な薄化粧。
高級そうなワンピースに高そうな真珠のネックレス。
見るからに上流家庭の奥様といった感じの女性だった。
直之にはそんな知り合いは思い浮かばなかった。
「どなたでしたっけ?」
少し怪訝な顔をして尋ねた。
「そんな顔しないでよ。曲がりなりにも半年一緒に生活したんでしょ?」
「えっ、まさか!」
「そう、林田直之よ。今は"奈緒美"と名前を変えてるけどね」
「どうして?何があったの?」
「その話をすると長くなるからまた電話するね。電話番号教えて」
「いいけど…」
直之は今は"奈緒美"となった人物に電話番号を教えた。
「実はあそこにいるのが主人なの。じゃあね、絶対に電話するから」
そういって去っていった。
いったい何があったんだろう?
あんな状態だったのに?
もしかして全く違う人間の記憶を入れたというのだろうか?


次の日、早速"奈緒美"から電話があった。
昨日出会った近くに喫茶店があるから、そこで待ってるというのだ。
直之はすぐに出かけた。
"奈緒美"はすでに待っていた。
直之が来ると"奈緒美"はマシンガンのように話し出した。
「あの仕事とは名ばかりの実験で、私が情緒不安定になったの知ってるでしょ?泣いたり凶暴になったりして。その間私はずっと股間にある物に違和感を覚えていたの。それでオネエ状態のときに完全性転換してもらったらしいの。今の自分にはそんな記憶はないんだけどね。でもそのおかげで気持ちも落ち着いてきて、普通の病室に戻ることができたの。その後は、あの大学を通じてその後の生活の準備をしてもらったの。もちろん戸籍も女性に変えてもらったわ」
「仕事を頼まれてからのことは聞いたの?」
「具体的には聞いてないけど、いろいろとあなたにもひどいことしたらしいわね。ごめんなさい、でも今の私には全然記憶がないの」
「そうなの…」
「とりあえず林田奈緒美として生活できるようにしてもらったわ。現金も500万円くらいもらったし」
「昨日一緒にいたのはご主人なの?」
「ええ、3ヶ月前に結婚したの。年齢は48歳。私とは20歳も違うの。本人としては40歳越えて独身だとあらぬ疑いかけられるんで、世間的な対策として形ばかりの結婚をしようと考えてたらしくって私がその目的にはうってつけだったみたいよ」
「何それ。失礼な話じゃない」
「実は主人、ホモなの。だから48歳まで独身だったらしいわ。実は私、ある会社で事務してたんだけど、そこの上司だったのよ。ホモの人たちって自分と同種の人間を見つける嗅覚が発達してるらしくって、私のこと、すぐに性転換した女性だって見破ったのよ。失礼しちゃうわよね、こんなに美しい女性なのにね。というわけで、戸籍は女性で、元男性ということで彼の希望にはまったらしいわ」
「ふ〜ん、そうなの」
「実は今の苗字って"河嶋"って言うのよ。河嶋奈緒美。字こそ違うけど、あの芸能人と同じ名前になっちゃった。嘘みたいでしょ?彼女より若くて綺麗だけどね」
その後も"奈緒美"の話は続いた。
直之も結婚して子供が二人いることを告げた。
「いいわね、子供がいて。こればかりはどうしようもないのよね。でも主人は優しいし、贅沢言ってられないかなって思ってるの」
「今は働いてないの?」
「うん、主人って結構稼いでくれるの。だから私には専業主婦でいてくれって言われちゃって」
「それじゃこれから専業主婦同士、ときどきお茶とかしましょうよ」
「いいわね、ぜひお願いしたいわ」

直之の両親がどう思っているのかとかいろいろ気にはなったが、それはこれから聞いていけばいいだろう。
それにしてもあんな変な実験のせいで少なくない影響を受けた二人だったが、まさかこんなふうに出会うなんて何という奇跡だろう。
直之はこれから始まる奈緒美とのつき合いがとても楽しいものになるような気がした。


《完》

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