悪気のない憑依



松井耕介はいつの頃からか幽体分離できるようになっていた。
それは思春期で声変りが終わったころだったと思う。
その日は、いつものようにベッドに入って、いつものようにすぐに眠りに落ちていったのだ。
夢を見た。
内容ははっきりとは覚えていないが、すごく楽しい夢だったように思う。
心に羽が生えたように、夢の中で飛び跳ねていたのだ。
ふと眠りながらも周りの異変に気がついた。
なんと身体が浮いていたのだ。
まさに羽が生えたようだった。

そのとき一気に意識が覚醒した。
目の前わずか数センチのところに天井があった。
下を見ると、自分の身体が1mほど下に見える。
何の悩みもなくだらしなく眠っているように見えた。
(俺、死んじゃったのか!?)
耕介はダメ元で自分の身体に戻ろうともがいた。
すると次の瞬間、自分の身体に戻っていた。
(助かったぁ〜。それにしても何だったんだ、今の?)

その夜から不定期に同じような現象が起こった。
さすがに何度も同じことを経験すると幽体分離しても落ち着いたものだった。
部屋の中で飽きるまで空中に漂っていたこともあった。
しばらくすると、壁があっても何も存在しないように通過できることに気がついた。
幽体になると物理的な障害は意味をなさないのだ。
だから部屋の移動は簡単なものだった。
両親の情事を覗き見たこともあった。
同級生の私生活を覗き見たこともあった。
それでも幽体で知った情報は誰にも口外しなかった。
そんなことをしたら、皆から化け物扱いされることが分かっていたからだ。

それでも親友の矢島昭成には自分のそんな経験を話していた。
だから昭成は耕介の不思議な能力は知っていた。
昭成は耕介のそんな能力を自分にはない羨ましい力くらいにしか思わなかった。
それほど特別な能力だとは思わなかったのだ。

やがて耕介は自分の意図したときに幽体になることができるようになった。


「なあ、耕介、お前が魂だけになったときって誰かの身体に乗り移れるのか?」
ある日、放課後に無駄話をしていると、昭成から急にそんなことを聞かれた。
「いや、試したことがないから何とも言えねえ」
耕介は正直に答えるだけだった。
「それじゃやってみてくれよ」
「やってみれくれって言ったって誰に乗り移るんだよ」
「俺」
昭成は自分を指差した。
「分かった。それじゃやってみるよ」
耕介は机に顔を突っ伏して眠るような体勢になった。
これは幽体が抜け出ることで、身体が倒れたりして怪我をするのを防ぐためだ。
耕介は幽体になるとすぐに昭成の身体に入ろうとした。
全然入れなかった。
数度試してみたが、ダメだった。
そもそも乗り移るってことはどういうふうにすればできるのか全く分からなかった。
仕方なく耕介は自分の身体に戻った。

「無理だ。他人の身体に乗り移るなんてこと、できそうもねえ」
「そうか、それは残念だ」
「何だ。俺に乗り移らせて何かしようという魂胆だったか」
そんな耕介の言葉に昭成の視線が泳いだ。

その夜、耕介は父親を相手に乗り移ろうと試みた。
しかし結果は同じだった。
それでも何度かやっているうちについに乗り移ることができた。
父親が眠っているときだった。
(そうか、乗り移る相手が眠っていれば乗り移れるのかも)
乗り移っている間は耕介の意思で父親の身体を動かすことができた。
(これはなかなか面白いかもしれないな)
そう思って父親の身体で徘徊していると、うっかりテーブルの脚に脛を思い切りぶつけてしまった。
(痛っ)
そう思ったときには耕介は自分の身体に戻っていた。
キッチンの方から「いってぇ」という父親の声が聞こえた。
それから少し時間が経ってから「どうしてこんなとこにいるんだ?確か寝てたはずなのに」という言葉が聞こえてきた。
乗り移った相手の意識が戻ると、強制的に自分の身体に戻るようだ。


次の日、早速昭成に話した。
相手の意識がないときなら憑依が可能なこと。
憑依しているときに相手の意識が戻ったら強制的に戻ってしまうこと。
「本当か?」
「ああ、親父で試しただけだから、家族じゃない人間にも乗り移れるかどうかは分からないけどな」
「いや、大丈夫だって。誰にでもできるって」
「それで俺が誰かに乗り移れたらお前になにかメリットあるのか?」
「…あ…いや…それはその……」
「女だろ?」
「…いや…だから…」
「稲井だろ?」
「どうしてそれを知ってるんだ」
「お前が稲井のことを好きなのは見てれば分かるって」
「そう…なのか…」

昭成は高3になって初恋と呼べる相手に出会った。
それが稲井智子だった。
智子はショートカットで小柄な女の子だった。
少し賑やかだが、彼女の周りにはいつも笑顔が耐えなかった。
そんな智子は女子の中では人気があった。
男子からは話しやすい女子というだけで、恋愛の対象に考える者は極僅かだっただろう。
その極僅かな者の一人が昭成というわけだ。

「俺が稲井に乗り移ったって何にもならないだろ?」
「そりゃまあそうなんだけど…」
「だったらそんなものに期待するな」
「いや…でも…、…シミュレーション!そうシミュレーションだ」
「シミュレーション?」
「そう、シミュレーション。俺が女の子を好きになったのは初めてだって知ってるだろ。だから何かと練習しとかないと。そうだろ?」
「そうかな。そんなもん必要ないと思うけどな」
「普通のやつには必要なくても俺には必要なの」
「まあそういうことにしといてやろう。でも稲井が意識を失うなんてことあるかな?寝込みを襲ったりしたら犯罪だぞ」
「そりゃまあそうだけど。そのうちそういうチャンスもあるだろう、きっと」
「あればいいよな。そのときには協力は惜しまないけどな」

意外と"そういうチャンス"はすぐにやってきたのだった。



「おーい、トモ、帰るよぉ」
「先に帰っといて。あたし、もうちょっとしてから帰るから」
校舎の屋上ではよく女子がお喋りしたりしていた。
特に部活動もしていない連中が屋上でダラダラと時間を過ごす。
智子はそんな屋上メンバーの一人だったのだ。
この日はなぜか智子を残して、他の女子が帰ってしまったのだ。

「おーい、松井」
放課後、耕介が一人でいると、昭成が駆け寄ってきた。
「何だ?」
「い…今、稲井が屋上にいるんだ」
「いつものことじゃねえか」
「それが稲井一人なんだよ」
「それじゃ告りに行くのか?」
「何言ってんだよ。この前頼んだだろ?チャンスがあれば頼むって」
「あ…そういえばそんなこと言ったっけな」
「言った!頼むぞ」

耕介は昭成に無理矢理屋上に引っ張って行かれた。
そこには一人で昼寝をしている智子の姿があった。
「お…おい、マジでチャンスじゃねえかよ」
昭成は期待と喜びで興奮していた。
「本当にいいのかな」
「何も悪いことしようってんじゃないんだから。初心で気弱な男子がちょっとだけ告白の練習をしようっていうだけなんだから」
「それにしても女子に乗り移るってのはどうもな…」
「約束だろ!」
昭成は耕介に迫った。
「わ…分かった、やるよ、やればいいんだろ」
耕介は壁に凭れて座った。
そして幽体分離した。

しかし智子の身体を前に耕介は少し迷っていた。
本当に女性の身体に乗り移ったりしていいんだろうか。
そんなことを思いながら浮遊していた。
結局えいやと智子の身体に憑依した。

ゆっくりと目を開けた。
背中のコンクリートが痛い。
智子の身体に入った耕介はゆっくり上半身を起こした。
スカートから伸びた脚が目に入った。
自分が憑依した智子の脚の美しさに目を見張る思いだった。
それでも気を取り直して昭成を見た。
昭成は期待を込めた視線で智子をジッと見ていた。
「えっ…と…、松井…なのか?」
「何言ってるの?あたしよ、い・な・い・と・も・こ、よ」
ちょっとした悪戯心から智子の真似をしてみた。
「えっ?」
耕介の悪戯に昭成は不安と驚きの表情を浮かべた。
どう返せばいいのか分からないようだ。
完全にてんぱっている。
耕介はおかしさがこみ上げてきた。
「って嘘だよ、俺だよ」
その言葉にホッとしたようだった。
「本当に耕介なのか?」
「何、疑ってるんだよ。稲井がお前に話しかけるわけないだろ」
「そんなことないよ。『おはよう』とか『バイバイ』くらいは話してるよ」
「何だ、それ?そんなもん『話す』とは言わんだろ、普通」
「そんなこと言うなよ」
「とりあえずお前がやりたいって言ってた"シミュレーション"とかいうやつをさっさとやれよ」
「えっ、シミュレーション?」
また昭成の表情が硬くなった。
いろいろと表情が変わる奴だ。
たぶん好きな女子の前にいるからなんだろうな。
姿は智子でも中身は耕介なのに…。
「そう、シミュレーション。稲井に告るんだろ?早くやれよ」
耕介は昭成の前に立った。
「ほら、どうした。早く」
「そんなこと言ったって、そんな言い方されたら雰囲気もくそもないじゃないか」
「だったら稲井っぽく話してやろうか」
耕介は一呼吸間をあけた。
「どうしたの、矢島くん。あたしに何か用?」
耕介は智子をイメージしながら話した。
「…すげえ、本当に稲井みたいだ……」
昭成が呟いた。
「何、訳分かんないこと言ってんのよ。用がなかったら帰るよ、いい?」
耕介の言葉に昭成は真っ赤な顔をして黙っていた。
智子の姿を前にすると何も言えなくなるようだ。
(これじゃマジで告白なんて夢のまた夢だな)
耕介は心の中で苦笑いした。

(さてどうしたものか……)
耕介は昭成に告白させるため一計を案じた。
告白せざるを得ないような状況に持っていこうというわけだ。
「本当に帰ってもいいの?」
耕介は上目遣いで昭成を見た。
これは効くはずだ。
「え…いや……」
多少の手応えはあったが、まだ言いよどんでいる。
しかしあと一押しのようだ。

「矢島くんが話があるって言うから期待したのにな。あたし、告られたら、すぐにYesって言うつもりだったのに」
昭成の赤い顔がさらに真っ赤になった。
もう大丈夫だろう。
しかし1分以上の沈黙があった。
沈黙に我慢できず口を開こうとしたそのときだった。
「ぼ…僕、稲井のこと……」
ついに来た!
「あたしのことを?」
「…稲井のことを……」
「……」
「……好きだ……」
最後は消え入るような小さな声で言った。
ついに告白しやがった。
とりあえずこれで終わってもいい。
しかしこれで終わらせては面白いことも何ともない。

「嬉しい!昭成くん」
耕介は昭成に抱きついた。
昭成はまんざらではない表情だ。
相手が耕介だということを忘れているのではないかと思う。
それにしてもなぜか昭成は微妙に腰を引いている。
(さてはこいつ…)
耕介の悪戯心にまたまた火がついた。

「どうして腰をひいてるの?」
「あ、いや、別に…」
間違いなく耕介が相手ということを忘れているようだ。
耕介はダメ押しに次の行動に出た。
昭成の股間に手を当てたのだ。
「ここ、硬くなってるね」
そしてその部分をゆっくりと揉むようにした。

「稲井、好きだぁ」
昭成が急に爆発した。
急に叫んで耕介を押し倒したのだ。
そしてブラウスの上から耕介の胸を掴んだ。
「い、痛いって。矢島、いくら何でもやばいって」
昭成の息がかなり荒くなっている。
耕介の言葉は昭成には全く届いていないようだ。
「やめろって」
昭成の手が胸をしっかりと握っている。
耕介は身をよじって逃げようとしたが、昭成が抱きついていて身動きできなかった。
「やめろおおおおおおお」
耕介の叫びは無視され、昭成は強い力で耕介の乳房を掴んでいた。
「痛いっ!おれはもう戻るからな」
耕介はたまらず智子の身体から抜け出た。
すぐに自分の身体に戻らず、上空に浮いて事の成り行きを見守った。
「キャアアアアア……」
智子の悲鳴が響き渡った。
昭成は驚いて智子から離れた。
智子は昭成から逃げるために屋上の柵に向かって走った。
勢いがつき過ぎていた。
「キャーーーーーーーー」
そのまま柵をのり越え、屋上から校庭へ転落してしまった。


「最っ悪」
空中に漂っている耕介に智子の声が聞こえてきた。
「どうしてあたしが矢島に胸を揉まれなきゃならなかったの?」
見ると智子の姿が空中に浮かんでいた。
半透明になっていて、智子の姿の向こうの風景が見えていた。
死んでしまって、魂の存在になってしまったのだ。
耕介がそんな智子をじっと見ていると、なぜか視線があった。
「あれ?松井くん?」
智子には耕介の姿が見えるらしい。
「どうして松井くんがそんな姿になってるの?」
「…そ…それは……」
「そんな状態で浮かんでるってことは松井くん、死んじゃったの?」
智子は自分の状況を理解できていないらしい。
それを知らしめるため、耕介は地面に打ち付けられた智子を見た。
すると智子もその方向に視線を移した。
「えっ…嘘。…やだっ……」
智子は口を押さえてパニックみたいになっていた。
「どうして私が死んでるの?」
「あ…それはその……」
しどろもどろだった。
「さいなら」
耕介は急いで自分の身体に戻った。


(あ〜、やばかった。まさか稲井が飛び降りて死んでしまうなんて)
『あたしが死んだのはやっぱり松井くんのせいなのね』
どこからか智子の声がした。
周りを見ても智子の姿はない。
魂の状態で浮かんでいるんだろうか。
その声が聞こえるんだろうか。
『あたしは松井くんと一緒にいるわよ』
(えっ、一緒って?)
『松井くんが急に逃げるから慌てて追いかけたらなぜか一緒に身体に入っちゃったみたい。それでどうして私は死んだの?』
(それは…)
耕介はどういうふうに説明すればいいか迷った。
『どういうふうに説明したらいいんだろうって思ったでしょ?同じ身体にいるせいで、松井くんの考えてることは簡単に伝わるんだからね』
耕介は腹を決めて智子にあったことを説明した。
昭成が智子のことを好きなこと。
自分が智子の身体に憑依して、昭成の告白の練習の相手をしたこと。
途中から昭成が暴走して胸を掴んだことなどを。
言葉だけではなく感触を思い出せばそういったことも伝わるので、実感を伴って伝わったようだ。

『ふ〜ん。ということはあたしは矢島と松井くんに殺されたってこと?』
(殺されたって、そんなこと…。悪気はなかったんだよ)
『でも結果的にはそういうことなんでしょ?』
(そういうことと言われればそうかもしれないけど……)
『とにかくあたしの身に起こったことは分かったわ。で、この状況はどうすればいいの?』
(どうすればって?)
『あたしはどうすれば松井くんの身体から出れるの?』
(そんなこと、分かんないよ)
『あたしの身体は死んでしまったから、もし松井くんの身体から出たら死んじゃうのかしら?』
耕介は何も言えなかった。
『分かんない?それじゃ一度死んだあたしの身体に憑依してみて』
さすがにそんなことをするのは躊躇われた。
自分も死んでしまうかもしれない。
『あたしはあなたたちのせいで死んじゃったのよ。だからあたしのお願いを聞いてくれてもいいと思うけどな』
智子にそう言われると仕方がない。
耕介は自分の身体から抜け出た。
抜け出ると、すぐそばに智子の幽体もあった。
(それじゃやってみるよ)
『うん』
耕介は智子の身体に近づいた。
多くの生徒に遠巻きで囲まれている。
救急車とパトカーのサイレンが近い。
耕介は自分が死ぬことも覚悟して智子の身体に憑依しようとした。
だができなかった。
何度トライしても同じだった。
『やっぱり無理みたいね』
(戻るよ)
耕介は自分の身体に戻った。
やはり智子も一緒に戻ったようだ。
『どうやら魂がくっついちゃったみたいね。意識しないでも松井くんについていっちゃうもの。松井くんの身体で一緒にいるしかないみたい。それじゃこれからいつまでになるか分からないけど、よろしくね』
何だか奇妙なことになってしまった。

「お、おい、松井。おい、起きてくれよ」
昭成は動転していた。
目の前で好きな女の子が落ちたのだから無理もない。
「何だよ、うるさいな」
「うるさいな、じゃないよ。稲井が落ちたんだぞ」
「あ…ああ…そうみたいだな」
その智子の魂は今俺の身体にいるんだよ。
そんなことを言いたい衝動に襲われたが、言わなかった。
「どうしよう…」
「どうしよう、たって、警察に言うしかねえだろう」
「他人事だと思いやがって」
「だってお前が無茶しなけりゃ、起こんなかった可能性大だろ!」
「そもそもお前が智子に憑依するからいけないんだろ」
「誰が頼んだんだ?」
「そりゃまあ俺だけど…。でも友達に憑依してもらってって言って警察は信じるかな?」
確かにその話を信じるわけはない、か。
「黙ってるっていうのはないかな?」
そんな昭成の言葉に『男らしくないわね』と智子が怒っているのが分かる。
(どうする?)
『松井の出方をみてみましょ』
(分かった)
一瞬で交渉成立だ。
「どうするかはお前が決めろ。俺から警察に話すなんてことは絶対しないから」
「ありがとう。さすが親友。恩に着るぜ」
「自分の都合のいいときだけ親友って言うな」
「そんなことないぞ。俺はお前のことをずっと親友だと思ってるからな」
昭成と耕介はいつまでも屋上にいるのも怪しまれるので、人目を気にしながら校舎から出た。

一週間ほどの捜査の結果、衝動的な自殺ということになった。
最近塞ぎ気味だったこと(本人曰く暑さにバテ気味だっただけということだ)、直前に一人にしてほしい(本人曰く前夜暑さでほとんど眠れずマジで眠かっただけらしい)といったことが自殺と判断された材料だ。


『あいつ、結局、警察には何も話さなかったみたいね』
自殺という決着に智子は怒った。
「ああ、そうみたいだな」
智子の魂と同居するようになってから、智子と話すときは口から言葉を発するようにしていた(もちろんそばに誰かがいたらそんなことはしない)。
考えただけでも伝わるが、考えるだけだと余計なことまで考えてしまい、その部分で智子から責められることが多いためだ。
『あいつには何か復讐しないとね。何がいいかしら?』
「やめろよ、復讐なんて。あいつはあいつで悩んでるんだから」
実際、昭成は翌日から学校に来なくなったのだ。
耕介はそんな昭成のことを心配して何度か顔を出したが、魂の抜けたような状態だった。
何を聞いてもうわの空で生きているのか死んでしまったのかすら分からない状態だった。
『あんなやつの心配なんかしてる場合じゃないわよ。松井くんもあたしの復讐相手なんだからね、分かってる?』
「わ、分かってるよ」
すっかり忘れていた。
『許して欲しかったらあたしの復讐を手伝いなさい』
こんな状態になったってことが十分復讐じゃないか。
耕介はそう思った。

『あたしは好き好んで松井くんの身体にいるわけじゃないんだからね』
耕介の身体で一緒にいることは智子にとって嫌なことのように言った。
そういう割には最近おとなしくなったなと思った。
最初のころは小便するにしてもギャアギャアうるさかったのだ。
汚いだとか変なものを見せるなとかだ。
それが最近になると、小便しようが風呂に入ろうが、ほとんど反応なしだ。
『いつまでもこの身体のことで慌てても仕方ないじゃない』
そんなふうに嘯いているように思えた。

耕介はそんな智子を虐めたい欲求にとらわれた。
「そうか。それじゃ久しぶりにマスかくか。お前がいるんで遠慮してたんだが、男の生理現象だ。少しの間、我慢してくれるか」
智子が動揺している様子を感じた。

耕介は机のノートPCを床に置き、ビデオフォルダを開けた。
そしてそのひとつをダブルクリックした。
PCの画面に男のモノを銜えている女が映し出された。
『えぇ、嘘。やめて、変態、バカ、アホ、スケベエ、間抜け……』
ありとあらゆる罵詈雑言が飛んできた。
そんな智子のことは無視して画面の中の行為に見入った。
そして画面を見ながら自分のペニスをこすった。
溜まっていたせいですぐに射精した。
そのときの感覚を智子も同時に感じたようだ。
射精した快感を共有したのだ。

「意外と気持ち良かっただろ?」
耕介は智子に話しかけた。
しかし返事は何も返ってこない。

さらに追い打ちをかけてやろうと、耕介は指でペニスの先を撫でた。
智子がそこに意識を集中しているのが分かる。
耕介は自分のペニスに触れながら、男になった智子のペニスに触れているような感覚に陥っていた。
(気持ちいいか?)
智子の意識が頷いたように思えた。
PCの画面の中では相変わらず女がフェラチオをしている。
(この女が俺で、男になった智子のペニスをしゃぶってる…)
そんなことを考えると妙に興奮してきた。
すぐに急激に高まってきて、一気に二度目の射精となった。

(何やってんだろ)
いつも少しの空しさがあったが、今日は本当に空しかった。
自分が女になって、男になった智子のペニスをしゃぶることを想像してマスをかくなんて、まるで変態じゃないか。
それでもそんな背徳感は何とも言えない魅力的なものだった。

その日から毎日のようにそんなことを考えてマスをかくようになった。
マスをかくときは耕介の意識の中では、智子が男、耕介は女になっていた。
智子の意識もそんな耕介の想像の世界に同調していた。
智子は男として女とセックスすることを妄想するようになっていた。
妄想の中でお互いの性を入れ替えるようになったのだ。
そんな変態的な妄想が昭成に対する具体的な復讐の内容を決めることになった。


耕介の行為から男性としての快感を教えられた。
そのことが智子にはある考えが浮かばせた。
それを実現するためには智子が耕介の身体を自由に操れるようになることが必要だ。

早速その夜、試すことにした。
耕介が充分に熟睡したことを確認して行動に移すことにした。
(よし、それじゃやってみよう。ダメ元だもんね)
智子は自分の意識を耕介の身体に行き渡らせるようイメージした。
10分以上が経過した。
少しずつ外気の感じを肌を通して感じるようになった。
やがて実体としての身体を感じることができるようになった。
試しに手を握ろうとすると、ちゃんと手が動く。
「やった。成功したみたい」
男の声で自分の言葉が発せられることに何となく違和感を覚えた。
智子はゆっくりと耕介の身体を起こそうとした。
まだ少しうまく制御できないようだ。
ベッドに腕をつき、ゆっくり慎重に上半身を起こした。
「ふぅ〜。結構他人の身体を動かすって大変ね」
上半身を起こした体勢のまま、少し休んだ。
そしてベッドから抜け出た。
かなり馴染んできたようだ。
「身体を動かすなんてすごい久しぶりみたいな気がする」
身体を大きく伸ばした。
すごく気持ちいい。

早速自分の意思で自慰をしたい衝動を抑えて、PCを立ち上げた。
『女性ホルモン 性同一性障害』で検索すると様々なサイトが出てきた。
そこから適当なサイトを選んで、女性ホルモンを購入した。
(まずはこれで準備完了♪それじゃついでに…)
智子はパジャマのズボンをずらしてからベッドに腰かけた。
智子は自分の身体についているペニスを自分の意思で握った。
(何かすっごいドキドキする…)
柔らかかったペニスが少しずつその頭をもたげてきた。
(すっごぉーい)
智子は耕介がやったようにペニスの先を擦った。
「あぁ…気持ちいい……」
少しすると指に粘りのある液がついた。
「何だろう、これ?」
匂ってみた。
おしっこではなさそうだ。
舐めてみた。
苦かった。
唾液のついた指でなおもペニスの先を擦った。
そうしてやがてペニスを握ってしごき始めた。
頭にはさっき見たアダルトDVDの場面が浮かんだ。
自分は男のペニスを銜えたいのだろうか?
それとも女にペニスを銜えさせたいのだろうか?
そんなことを考えながら、さらに強くしごいた。
「あああ…出そう……」
一気に高まり、そして白い粘液を噴出した。
さすがに3回目なので、それまでほど量は出なかった。
(男の子のひとりエッチって面白い)
智子は男の快感を楽しみ、その状態のまま横になって眠りについた。


翌朝耕介は目が覚めた。
目が覚めたのだが、目は開かない。
何かおかしい。
(何だ。何が起こったんだ!)
耕介はパニックに陥った。
(稲井!稲井!どこにいるんだ!)
耕介はひたすら智子に呼びかけた。

「何よぉ〜、うるさいわね」
おかまのような声がしたかと思うと、視界が開けた。
「あら、まだあたしが身体を動かせるのね」
耕介の意思に関係なく手足が動いた。
『お前、何をした?』
「さあ、よく分かんないわ」
智子は昨夜の自分がしたことは黙っていた。
「あたしの執念が松井くんの身体を自由にできるようにしたんじゃないかしら」
『とにかく身体を返せ』
「別に返さないとは言ってないわよ。でもどうやったら松井くんに返せるの?」
『それは…分からない……』
「でしょ?松井くんもあたしのように執念を持って返せって念じてればそのうち身体を動かせるようになるんじゃない?」
『…くそ。しばらくは使わせてやるけど…。ただし、変なことはするなよ』
「そんな偉そうにばっかり言うんだったら、この身体で犯罪でもしようかしら。あたしがやったって世間から見れば松井くんがやったってことになるもんね。婦女暴行なんてどうかしら?ちょうど復讐にもなるしね」
『俺の身体だったとしてもお前も捕まるようなもんだろ?』
「意外と他人の身体だったら捕まってもそれほどストレスには思わないと思うわ。それにあたしの家族には迷惑かかんないし」
さすがに家族に迷惑をかけたくない。
『偉そうに言って悪かった。でも…頼むぞ』
「分かってるって」

しばらくの間、ずっと一緒にいたのだが、なかなか耕介らしく行動するのは難しかった。
見ていたことでも、いざ自分がやろうとすると迷うことばかりだったのだ。
それでもあることを悟ってから一気に気楽になった。
あえて耕介らしくしようとしないで、智子の思うままに行動すればいいのだ。
言葉遣いさえ男っぽくしておけば、結構怪しまれないということが分かった。
そうなると智子は耕介として行動するのが面白くなった。

その夜、智子は試しに幽体離脱を試みた。
比較的に簡単にできた。
耕介ができたことは智子にもできるようだ。
幽体離脱すると半透明の耕介の姿も現れた。
(松井くんができたことはあたしにもできるみたいね。これまではあたしがおまけみたいなものだったけど、今は松井くんがあたしのおまけね)
(人を寄生虫みたいに言うな)
(確かに寄生虫ね。そのうち退治しないといけないわね)
智子の目が怪しく光るのが恐かった。


耕介の身体を手に入れた智子は常に興奮状態だった。
多くの時間ペニスを勃起させていた。
夜には必ずマスをかいた。
盛りのついた猫、オナニーを覚えた猿状態だった。

「そろそろ本当に使いたいわね」
独りですることに飽きを感じてきたのだ。
智子はあることを行動に移すことにした。

「松井くんって意外に人気あるって知ってた?」
智子は意味ありげに話した。
『何だよ、その意外にって?』
「でも自分ではそれほどもててたなんて自覚ないでしょ?たとえば麻衣が松井くんのことを好きだなんて知らなかったでしょ?」
『えっ、阪木さんが!』
阪木麻衣は学年でもトップクラスの美人だ。
美人といっても冷たい美人というわけではない。
可愛く澄ましたところがなく清楚な感じの女の子だった。
耕介も憧れてはいたが、自分なんかが好きになったってどうしようもないと思っていた相手だった。
「そう。麻衣って松井くんのこと好きなんだって。でも打ち明ける勇気がないって言ってたよ。あんなに可愛いのにね。だからあたしが松井くんとしてアプローチすれば間違いなく相思相愛になるってわけ。どう?なかなかいいでしょ?」
『それでどうすんだよ』
「もちろんアレを使うわよ。麻衣もきっと喜ぶわよ」
耕介はどう言えばいいかアイデアが浮かばなかった。


1週間後智子の手元に女性ホルモンが届いた。
『何だ、この薬は?』
「女性ホルモンよ」
『女性ホルモン?どうしてこんなもんが届くんだ?』
「あたしが注文したからよ」
『えっ、いつの間に?』
「もちろん松井くんの身体を奪ったときよ」
『で、これをどうするんだ?俺を女にしようっていうのか?』
「それもいいかもしれないけど、そんなことしたら麻衣とエッチができないじゃない。だから、まずは矢島からよ」
『お…お前…そのためにこんなものを…』
「松井くんがどうこう言おうと、あたしはやるからね。黙って見てて」
耕介は智子の声に覚悟のようなものを感じ、何も言えなくなった。

智子は耕介として昭成のところに顔を出した。
「おい、矢島。どうだ?少しは元気になったか?」
「松井か。何とか生きてる」
少しは元気が出てきているようだ。
顔色もそれほど悪くない。
「そんな状態になるんだったら素直にぶちまけたらどうだ?」
「お前、よくそんなこと言えるな。そんなことしたら俺の人生終わるだろうが」
(あたしの人生を終わらせたくせに!)
そんなことを思いながらも笑顔で学校のことなどを話した。
昭成がトイレに行った隙に持ってきた物をベッドの下に隠した。
「とにかくあんまり気にするな。また来るから」
適当なタイミングで昭成の部屋を後にした。


深夜0時を過ぎた。
「さ〜て、それじゃ復讐を開始するわよ」
智子は幽体離脱するために身体を横たえた。
(何をする気だ?)
(だから矢島くんへの復讐だって言ってるでしょ!)
(どんな復讐なんだ?)
(それはすぐに分かるわよ)
智子は幽体離脱した。
そして昭成のところに移動した。

昭成はまだ起きていた。
一向に眠る気配がない。
試しに憑依しようとしたが、やはりできなかった。
(仕方ないわね。一回戻りましょう)
結局昭成が寝たのは5時を過ぎてからだった。
(すっかり昼夜逆転してるのね。明日からは朝のほうがいいみたい)
智子は眠っている昭成に憑依した。
そして昭成の身体を自分の思い通りに動かした。
「やった、成功ね」
智子は昭成の身体を動かすことを確認した。
(何するんだよ)
「すぐに分かるって」
智子はおもむろにベッドの下に潜り込み、昼間そこに隠したものを取り出した。
(やっぱりそういうことか)
「分かってたでしょ?」
智子は取り出したものから一錠取り、それを飲み込んだ。
「毎日矢島に乗り移って、これを欠かさずに飲むの。これがあたしの復讐よ」
(そんなことしたら…)
「どんなふうになるのかしら。今から楽しみね」
智子は昭成に女性ホルモンを摂り続けさせるつもりだった。
「矢島が終わったら、そのときは松井くんの番だからね」

その日から毎朝昭成に憑依して昭成として女性ホルモンを飲んだ。
そして智子は昼間には耕介として昭成のところに顔を出して、昭成の様子を探った。
しばらくの間は大きな変化はなかったが、それでも2週間ほど経つと変化が見られた。
全く外に出ない昭成の肌はそもそも白かったが、その白さに透明度が加わりキメ細やかになっていったのだ。
さらに3ヶ月もすると乳房と呼べる程度のものができているように見えた。
(そろそろいいわね)
智子はあることを決行しようとしていた。

いつもと同じように昭成の部屋に顔を出した。
「お前、最近何かおかしくないか?」
「…おかしいって何が?」
「ここだよ」
智子は昭成の胸を触った。
手から柔らかいものに触れた感触が伝わってきた。
「やめてくれよ…」
智子の目から身体の線を隠すように昭成は身を捩った。
何かを恐れているようにだった。
「何があったんだ?」
「……俺、あの日から身体が少しずつ女になってるみたいなんだ。きっと稲井の呪いなんだ。俺、女になるんだ」
「そんなこと…あるわけないだろ」
「だったらこれを見てみろよ」
昭成はゆっくりと服を捲り上げた。
そこにはわずかに膨らんだ胸があった。

「これで分かっただろ」
昭成が胸を隠そうとした。
「ふふふ、本当に女の子になってるのね」
智子が思わず普通に智子として話してしまった。
昭成は驚いて手を止めた。
胸を出したままだ。
「どうしたんだ?お前、本当に松井か?」
昭成の顔には明らかに恐怖の表情が浮かんでいた。
智子はこの状況を利用しようと考えた。
男の声で女言葉を使うことは自分でも気持ちが悪い。
でもそのことが昭成の恐怖心を煽ることは容易に想像できた。

「見た通りあたしは松井耕介よ」
「松井が『あたし』なんて言うわけないだろ。お前、松井じゃないな」
「松井くんじゃなかったら誰だって言うの?」
「その話し方……稲井…なのか」
「何だ、意外とすぐにばれちゃったんだ」
「どうして稲井が…。松井はどこだ…」
「あなたへの恨みを晴らすために蘇ったの。ただあたしの身体はもうないから、松井くんの身体を借りてね」
「う…嘘だろ……」
「嘘だと思うんなら、それでもいいわよ。自分の身体に起こっていることをよぉく考えてみれば分かるでしょ」
昭成は黙っている。
数秒間睨み合っていた。
智子はその睨み合いを終わらせるため、昭成のほうに身体を動かした。
「ち、近づくな」
「あたしが恐いの?」
「そんなことは…ない……」
「それじゃ触っていい?」
智子は昭成の胸に手を伸ばした。
返事はない。
拒否する様子もなかった。
智子は目の前の小さな胸の膨らみに手を置いた。
そして円を描くように手を回した。
指先で胸の小さな突起物を弾くようにすると、昭成の口から小さな吐息が漏れた。
何周も何周も円を描き、乳首に刺激を与えた。
昭成の顔は感じているせいか紅潮している。
「気持ちいいんだったら、声を出していいわよ」
それでも昭成は声を抑えているようだった。

智子は乳首に吸い付いた。
一瞬昭成は驚いたようだが、すぐによがり声をあげた。
「あああああ……」
智子は乳首を舌の上で転がしながら、もう一方の乳房を揉んだ。
昭成は確実に感じているようだった。
智子は股間のものに手を伸ばした。
それはほとんど硬くなっていなかった。
「あんまり硬くならないんだ。もう役に立たないんだったら取っちゃったほうがいいわね」
智子は手の中で昭成のペニスを掴んで言った。
「稲井、もう許してくれよ」
「ダァメッ。あなたはあたしの代わりに女の子として生きてってもらわなきゃ」
肛門に指をあてた。
「とりあえずここを開発したほうがいいわね」
智子は指を一本、昭成の指に入れた。
「痛いっ……」
「我慢してね、女の子の初めては痛いんだから。好きな人のために我慢するのよ」
「俺は女じゃない……」
「胸を揉まれてよがってたくせに。今は指を入れられて感じてるんでしょ」
智子はもう一本指を入れた。
「指が二本も入っちゃった。これだったらおちんちんも入るかもね」
「…やめてくれよ……」
智子は入れた指を動かした。
昭成は感じているようだった。
「指を入れられて感じるなんて、それでも男なの?次は本物を入れてあげるから、今日はこれで我慢してね」
智子は持ってきたバイブを昭成の肛門に突っ込んで、スイッチを入れた。
「あああああ……」
喘いでいる昭成を残して智子は出て行った。


次に昭成の部屋にやってきたときにはたまたま昭成が眠っていた。
(やったね、ナイスタイミング♪)
智子は幽体離脱して昭成に憑依した。
着ているものを全部脱いで持ってきた紙袋からひとつのものを取り出した。
女物のショーツだ。
それに脚を通した。
股間のモノは全然中に入らなかった。
ふと思いついて股間に挟んでみた。
(これでいいみたい)
次にブラジャーに腕を通した。
(80Aを用意してきて正解だったわね)
ベルトの部分はちょうど良かったが、Aカップを満たすほどの膨らみはまだなかった。
それでもブラジャーをつけてみると、身体が女性になりつつあることが分かった。
そうなると腹回りが気になる。
(もう少しウエストを締めなくちゃね)
次はウエストニッパーを持って来ようと思った。
白いブラウスを着て、チェックのスカートを穿いた。
膝上20センチくらいのミニにしてある。
そして首元にエンジのリボンをつけた。
最後にブラウスを着て、再び布団に入った。
(目が覚めたらどんな反応するか楽しみね)
「悪趣味だな」という耕介の呟きが聞こえた。
そう言えば身体の主導権を握って以来耕介の言葉はことごとく無視してきた。
主導権を握ってないときは自分の意識と関係なく入ってくる耕介の考えがうるさくて無視することが半ば習慣になっていた。
そのせいで、主導権を取ってからも耕介の言葉に耳を貸していなかったのだ。
(松井くんがこんな可愛い矢島を抱きたくなるのはいつかしらね)
(そんなことするわけないだろ)
(さあ、どうかしら?)

智子はドアの外で昭成が目を覚ますのを待った。

10分後「何だ、これはぁ」という叫び声が聞こえた。
すぐに智子は昭成の部屋に入って行った。
「どうしたんだ、お前、その恰好は?」
「い…いや…これは……」
「どうして女子の制服を着てるんだ?」
智子は耕介のふりをして言った。
「そんなことより、お前…松井…なのか?」
昭成は明らかに疑っていた。
「そりゃそうだろ、俺は俺だよ。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「この前お前の姿をした稲井が来たんだよ」
「稲井はもう死んだんだぞ」
「分かってるよ。でもそのときのお前は絶対に稲井だったんだ」
「で、今日は違うって言えるの?」
智子はニヤッと笑った。
同時に昭成の表情が固まった。
「あなたの想像通りあたしよ」
昭成の顔に恐怖が広がった。
「お前のせいで俺がおかしくなってるんだ」
「自分は何も悪くないって言うの?」
「いや、俺は…」
「あたしを殺したから、でしょ?」
「そ…それは……」
「それにあたしのせいだって言ってるけど、そんな恰好して本当は女の子になりたいんじゃないの?」
「い、いや、目が覚めたらこんなものを着ていたんだ」
「それって潜在意識で女の子になりたいってことじゃない?」
「そ…そんなこと……」
「実はこの前からアナルにはまってたりして」
昭成は黙った。
その表情はそれが図星であることを語っていた。

「とりあえずその恰好で外に出ましょうか」
「えっ!」
「そんな可愛い矢島くんを皆に見せてあげないとね」
「そ…そんなの…無理…だよ……」
昭成はスカートの裾を押さえて座り込んだ。
「そんなこと言っていいの?」
智子は声のトーンを落として脅すように言った。
「でも……」
昭成は言葉が続かなかった。
智子が恐かった。
反抗することでさらに深刻な事態になることを恐れたのだ。
「分かった…」
昭成は仕方なく了解した。
「それじゃお化粧しましょうか」
「えっ!」
「確かに矢島くんは可愛いけど、女の子ならお化粧くらいはしないとね」
昭成の正面に智子が座った。
昭成は智子にされるがままだった。
施された化粧のせいで昭成は女の香りに包まれていた。
香りのせいで頭がクラクラする。
「それじゃこれをつけようね」
手渡されたのはウィッグだった。
黒いストレートの長髪だった。
昭成はそれを被らされた。
「ほら可愛くなったわよ。見て」
小さな手鏡が渡された。
昭成は化粧された自分の顔を見るのが恐かった。
それでも結局は恐いもの見たさに鏡を覗いた。
(案外可愛いかも)
思った以上に"女の子"になっていた。
じっくり見ても充分女の子で通用するような気がした。
そんな昭成の様子をジッと智子が観察していた。
「どうやら気に入ってもらえたようね」
「そんなことはないけど…」
「ふふふ」と智子が笑った。
昭成の心は読まれているようだ。
女装した自分に酔っていることを。

「それじゃ出掛けようぜ、昭ちゃん」
久しぶりに部屋の外に出た。
なぜか気持ちの重荷が軽くなったような気がした。
智子は女子が履くようなスニーカーを用意していた。
昭成は素直にそのスニーカーを履いた。


初めてのスカート外出は何とも頼り無げだった。
特に下半身が無防備に感じた。
だから無意識に智子の腕を掴んでいた。
まるでボーイフレンドの腕を取る女子高生といった感じだ。
「あんな子いたかしら?」
「見たことないわね」
少し離れたところから昭成たちを見ている女子高生たちがいた。
それでも男だと見破られている様子はなかった。
そのあとは少し気持ちに余裕が出てきた。
スカートを揺らす風を心地いいとさえ思えた。
近所の道を軽く一周した程度の外出だった。
何事もなく終わった。
昭成は少し安心すると同時に女装に対する自信を持った。

「気に入ってもらえたようね。いくつか可愛い服を持ってきてあげてるから、興味があれば着ていいわよ」
昭成は嬉しそうな表情を浮かべた。
昭成は智子の術中に落ちた。


智子は阪木麻衣を呼び出した。
一度女性と経験してから、昭成の初めてを奪う計画だったからだ。
いくら何でも初めての相手が男というのは耕介が可哀想だと思ったのだ。

「松井くん、なあに?」
麻衣は約束の場所に時間通りにやってきた。
「あ…あのさ…俺とつき合ってくれないか、と思って」
智子は麻衣のことを好きな男性として演じ切ろうと考えていた。
「どうして?」
「俺、前から阪木のこと、気になっててさ」
そう言うと、麻衣は急に笑い出した。
どうしても堪え切れずに笑ってしまったという感じだった。
「…ごめんなさい。……もう少し告白ごっこにつき合おうと思ってたんだけど、どうしても我慢できなくなって…」
麻衣はお腹を押さえて笑っている。
何か変だっただろうか?
智子は麻衣が落ち着くのを待った。

「あなた、稲井さんでしょ?」
笑いが止まった麻衣の口から出たのは驚きの一言だった。
「な…何、言ってんだよ。俺は松井だよ、松井耕介だよ」
智子は必死に耕介の振りをした。
「あなたが幽体離脱できるように、私も幽体離脱できるの。しかも誰かが誰かの身体に憑依したとしても、それが誰だかを私は知ることができるのよ。だから耕介くんの身体に死んだ稲井さんの魂が入ってるのだって分かっていたわ。今までは私に関係もないから、見て見ぬ振りしてたけど、まさか告られるとは思わなかったわ」
「嘘っ。あたしが見えるの?」
清楚で可愛い女の子だと思っていた麻衣は意外な能力を持っていたのだ。
まさか見破っている人間がいるとは思わなかった。
「見えるというか感じるというかよく分からないけど、分かっちゃうの。どうしてだかその身体には松井くんの魂も入ってるのね。ひとつの身体に2つの魂が入ることができるなんて知らなかったわ」
「へえ、そこまで分かるんだ。嘘じゃないみたいね」
「それで私に告って、何をしようと考えていたの?」
「えぇっと、そのぉ…」
「何か言いにくいみたいね」
「…少し前阪木さん、松井くんのこと好きだって言ってたでしょ?」
「好きって言ったかしら?可愛いからつき合ってみたいって言ったことはあったけど」
「そうそう。やっぱり言ったよね。あたしが松井くんとして告って相思相愛にしてあげようと思ったのよ」
「それで私相手に男の子のエッチを経験してみたかったんでしょ?」
麻衣は思った以上にストレートな言い方をする女の子のようだ。
智子は頷くしかなかった。
「でもそういうのとは違うんだけどな…」
そんな麻衣の言葉の意味が分からなかった。
「えっ、どういうこと?」
「私が興味あるのがBLなの、ボーイズラブ。可愛い男に女の子の恰好をさせて、男の子どうしが愛し合う、そんなことに興味があったの」
これは利用できるかも。
智子はそう思った。
「それならちょうどいいわ。今面白いことになってるから一度ついてきて」
智子は麻衣の手を引いて、昭成の家に向かった。

「矢島くん、来たわよぉ」
智子が昭成の部屋に顔を出すと、昭成は一瞬嬉しそうな顔をした。
そしてすぐに恥ずかしそうな顔をした。
昭成は女子の制服を着ていたのだ。
さらに智子のあとに麻衣がいることに気づくと、驚いた表情に変わった。
それは麻衣も同じだった。
「どうして矢島くんが女子の制服を着てるの?」
麻衣の質問攻めの結果、昭成は布団に隠れてしまった。
「実はね、矢島にはあたしの呪いで女の子になりつつあるの」
智子はそんな一言だけの返事をした。
麻衣には智子の話の意味が分からず、昭成が隠れている布団のほうを見ていた。

「矢島くん、胸はどれくらいになった?」
昭成は何も返事せず布団に隠れている。
智子は力ずくで布団を取った。
そして優しく、やや力を込めて昭成の胸に手を置いた。
「少しは成長したみたいね?」
智子はゆっくりと優しく服の上から胸を揉んだ。
ゆっくりゆっくり時間をかけて胸を愛撫した。
昭成の息遣いが荒くなってきた。
「気持ちいい?」
荒い息遣いが返事のようだ。
近くで麻衣が息を飲んで二人を見つめていた。

智子は昭成の服を捲り上げた。
ピンクのブラジャーが現れた。
そしてブラジャーの下に手を滑り込ませた。
「矢島くん、可愛いわよ」
智子は乳首を優しく摘まんだ。
「…あっ……」
智子は執拗に乳首をもてあそんだ。

「そろそろ入れて欲しくなったんじゃない?」
昭成は首を振った。
智子は昭成をうつ伏せにするために腰を掴んだ。
智子はそれほど苦労もなく昭成をうつ伏せにできた。
実質、昭成は自ら進んでうつ伏せになったようなものだったからだ。

智子は自分のペニスを昭成のアナルにあてがった。
「それじゃ矢島くんを女の子にしてあげるわ。少し力を抜いて」
麻衣が好奇な視線を浴びせていた。
智子は麻衣に見せ付けるようにゆっくりと腰を前に突き出した。
昭成のアナルはすんなりとペニスを銜え込んだ。
「それじゃ動かすわよ」
智子は昭成のアナルにペニスを出し入れした。
そうしながら智子は身体の主導権を耕介に戻すよう念じた。
ペニスからの感覚でなかなか集中できなかった。
しかし何とか耕介に身体の主導権を移すことができた。
耕介は自分に身体の主導権が戻ったことに気づいていないのか、快感に流されるままに昭成のアナルにペニスを打ち続けた。
「うぅ…出そうだ……えっ?」
耕介はいよいよ射精という瞬間に自分の意思で腰を打ち付けていたことに気づいた。
そしてその瞬間、昭成の中に射精した。

『あらら、松井くん自身で矢島くんの処女を奪っちゃったわね』
身体の中から智子の声がした。
「どうしてこのタイミングで俺が俺に戻るんだ」
耕介は智子に向かって大声で叫んだ。
そんな事情は昭成や麻衣には分からない。
昭成は耕介の叫び声に驚いて身体をビクッとさせた。
そして恐るおそるという感じで耕介の顔を見た。
そんな昭成の様子に気づかない耕介ではない。
「い…いや、お前に言ったんじゃないんだ。稲井に言ったんだ…」
その言葉は自分が松井自身だと告白しているようなものだった。
『矢島くんに自分が相手したって告るの?』
案の定、智子は面白がってそんなことを言った。
「お前、松井…なのか?」
昭成の声がした。
その声には感情がなかった。
感情がない分、逆に強い怒りのようなものを感じた。
『どうする?このままだと矢島に殴られるかも。もしかしたら殺されるかもよ』
(もう一回入れ替わってくれよ。頼む!)
『殴られたら痛いし、殺されたらあたしは2回殺されることになるわね。もう仕方ないわね。それじゃ身体の中に逃げ込むようにイメージして』
智子に言われたように耕介がイメージすると、すぐに身体の主導権が智子に戻った。
「"そうよ、松井だよ"って言えば満足かしら?」
昭成にはその言葉だけで松井の姿をした稲井であることは伝わった。
「ぁ…ぃゃ……」
昭成はそれ以上何も言うことなく、再びおとなしくなった。

「へえ、面白そうね。私にもやらせて」
わきから麻衣が楽しそうに言った。
「"私にもやらせて"ってどうやるつもりなの?」
「私と入れ替わってくれればいいでしょ。私が幽体離脱して松井くんの身体に入るわ。稲井さんは私の身体に入ってくれない?」
「そういうこと…。確かにそうやれば入れ替わりできそうね。分かった、やってみるわ」
麻衣が壁に凭れて、自ら幽体離脱した。
智子も耕介の身体から離れた。
『二人の魂って微妙に絡まってしまってるのね。だから魂が1セットになってるんだわ』
麻衣が感心したように呟いた。
ひとつの肉体にふたつの魂が入っているのはそういうことなのかもしれない。
ふたつの魂はこのままずっと離れられないのかもしれない。
『よく分からないけど、そういうことなのね。おかげでこんな楽しい状態になってるから感謝しなくちゃね』
『あとでじっくりと調べてみたいわね。そんなことより入れ替わるわよ』
麻衣が耕介の身体に入っていった。
同時に智子と耕介が麻衣の身体に入っていった。

「これで私が松井くんね」
どう見ても耕介の姿の人間がそんなことを呟いている。
昭成には状況が理解できなかった。
「この松井くんの中に入っているのは阪木麻衣で、そっちの私の姿をしているのが稲井さんであり、松井くんなの」
麻衣は面白そうに昭成に説明した。
「稲井が松井に取り憑いてるのか?」
「取り憑くって何か失礼な響きだけどそういうことになるかな」
麻衣の姿をした智子が言った。
「だから私が阪木さんのおちんちんを舐めたら、その舐めた感じは松井くんにも伝わるの。自分の意思じゃないけど、松井くんは自分のおちんちんを舐めることになるのよ。もし阪木さんに犯されら、それって自分に犯されたことになるのよ。突かれているときに松井くんに身体の主導権を渡したら、自分の意思で腰を振るかもしれないわね」
智子が笑いながら言葉を続けた。

そんな智子の言葉に耕介の身体を手に入れた麻衣の目が光った。
「いろいろと楽しめそうね」
麻衣の頭には良からぬ考えが浮かんでいるようだ。

「ねえ、他に女の子の服はないの?」
耕介になった麻衣が言った。
「あるけど…、どうするの?」
智子が麻衣に聞いた。
「もちろん着るのよ」
「誰が?」
「ふふふ、私よ。松井くんの身体で女の子の服を着るの。松井くんに女装させるってことね」
智子には耕介の『やめてくれぇ』という声が聞こえていた。
しかしそれを麻衣に伝えることはなかった。
「そうすると見た目は女の子が3人ということになるでしょ」
麻衣は嬉しそうに言葉を続けた。
「だったら、もしあたしが身体の主導権を松井くんに渡すと、女の子になりかけの矢島くんと、女の子の魂が入った女装した松井くんと、女の子の身体に入った松井くんということになるのね。男とも女ともつかない3人。男であり女でもある3人とも言えるわね。へえ、面白い。それじゃ早速阪木さんの身体の主導権を松井くんに渡しましょうか」
智子も面白そうに言葉を続けた。
「それは待って。今、松井くんに出てこられると私の女装を邪魔されるかもしれないじゃない。だから私が女装し終わるまで待って、ね?」
麻衣は着ている服を脱ぎ去った。
そしてそれほど濃くない腋毛や脛毛を剃った。
手馴れたようにショーツとブラジャーをつけ、キャミソールとミニスカートを身につけた。
ブラジャーの中には靴下で膨らみを作った。
「どう、似合う?」
「う〜ん、ちょっと無理かも…」
全く似合ってないということはないのだが、首から上が男の子なのだ。
「ウィッグはない?」
昭成が黙ってウィッグを差し出した。
「ありがとう。これ、矢島くんの?」
「そうよ、でも矢島の髪も伸びてるし、そのままでも大丈夫かもね」
麻衣は鏡を見ながらウィッグをつけた。
そして口紅をひくと、鏡の中に女の子が現れた。
「これでどう?」
「うわあ、可愛い」
「でしょ。絶対松井くんは似合うと思ってたの。これで仲良し女の子3人組の誕生ね」
「ねえねえ、それじゃ3人で外に行く?」
「うん、行こ、行こ」
麻衣は昭成を見た。
「俺も、か?」
「もちろんよ。こっち来て。お化粧してあげるから」
昭成は口答えもせず、麻衣の姿をした智子のところに行った。
智子は手早く昭成に化粧した。
髪にボリュームを与え、女の子らしいヘアスタイルになるようブローした。
「はい、出来上がり♪それじゃ、麻衣、行こう」
「行くけど"麻衣"はあなたでしょ?私は今"耕介"よ」
「そりゃまあそうだけど、それじゃ何て呼べばいいの?」
「耕介のコウでいいんじゃないの。柴咲コウみたいで恰好いいじゃない」
麻衣はあらかじめ呼び方を考えていたようだった。
「いいわね、それ。矢島くんは昭成の昭をとってアキちゃんよ」
「アキちゃんとコウちゃんとマイちゃんか。本当に仲良し3人組みたいね」

3人で外に出た。
耕介の女装姿とは言え、中に入っているのが麻衣なので、仕草は女性そのものだった。
そのせいか耕介の女装姿は自然な女性のように見えた。
「コウちゃんって本当に可愛いわね。あたしから見ても本当に女の子みたい」
「そりゃ一応中身は女の子だからね。それよりもアキちゃんもホントに可愛いじゃない」
「意外と本人も乗り気なのよ。家でいるよりずっと顔色が良いもんね」
「ところでマイちゃん、身体の主導権を松井くんに変えれる?」
「できるけど…。今すぐ?」
「そのほうが面白いでしょ、ね?」
麻衣がニヤッと笑った。
「それじゃ、松井くんと交代するね」
智子が言っている身体の内部では耕介が『無理、絶対無理…』と叫んでいた。
そんな耕介の言葉は無視された。
智子は身体の主導権を耕介に渡すよう念を込めた。

智子の入っている麻衣の身体が一瞬フラッとした。
次の瞬間、麻衣の身体は前屈みになってスカートの前を押さえていた。
「うまく入れ替われたみたいね」
麻衣が耕介の頭を撫でた。
「うるさい。とにかく早く家に戻ろうぜ」
耕介は周りの行き交う人に聞こえないように小声で言った。
身体の主導権を与えられてスカートを穿いている感覚を実感として感じることができた。
こんな恥ずかしい恰好で外出してるなんて恥ずかしくて仕方がない。
まるで下着のまま外にいるような感じだ。
一刻も早く部屋に戻りたい。
「だめよ、そんな乱暴な言葉遣いしちゃ。松井くんは今私なんだからね。私を貶めるようなことしちゃだめよ。そんなことしたら、私にも考えがあるわ。ウィッグを取れば、男が女装してるってすぐに分かるでしょうね。もしかしたら松井くんのことを知っている人にも見つかるかもしれないわね」
「わ、分かった。お前もその声であんまり喋るな。声で男だってすぐにばれるだろ」
「私は別にばれてもいいんだけど…」
麻衣のほうが明らかに余裕があった。
ここは逆らうわけにはいかなそうだ。
「お前が良くても俺が困るんだ」
「だったら松井くんがちゃんと女の子らしい話し方してよ。私もアキちゃんも身体は男の子なんだから、声を出したらすぐにばれちゃうんでしょ?だから松井くんがちゃんと阪木麻衣として振舞ってくれないと、ね。もし、それができないんだったら、私が話してもいいわよ。ばれたって全然平気なんだから」
「…畜生……」
耕介は呟いた。
「なあに、その汚い言葉遣いは」
「…ごめん…すいません…。ちゃんとやります……」
耕介は急いで謝った。
「そんな丁寧に言わなくてもいいのよ、普通に女の子らしくね、マイちゃん」
「分かった…わ…。頑張ってやってみる…わ……」
耕介は何だか自分がおかまになったような気持ちになった。
実際はおかまではなく、本物の女の身体にいるのだが。

「本当に耕介なのか?」
昭成が小声で話しかけてきた。
「アキちゃん、そんな言い方したらダメじゃない。正体ばらしてもいいの?」
麻衣が意味ありげな笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。…マイちゃんって耕介…なの?」
昭成が言い直した。
「そう…よ。阪木麻衣の身体に入っているのは私…松井耕介の魂よ」
「やっぱり稲井さんの呪いのせいなのか…なの?」
「そう……言えるだろうな…でしょうね…」
昭成と耕介の会話はぎこちなかった。
「このまま二人とも女になっていく…のかしら?…」
「そんなことイヤ…よ……」
二人は暗い表情でそんなことをヒソヒソ話していた。

「二人で何を暗い話してるの?とりあえず3人でカラオケにでも行こうよ」
麻衣が耕介と昭成の手をとってカラオケ店に入っていった。

カラオケで部屋に入ると耕介に注文するよう促した。
「私たちが注文したんじゃおかまだって思われちゃうからね」
耕介は適当に見繕って注文した。
「それでこんなとこに入って何するんだ…するの?」
耕介は女装している元・自分の姿を見つめた。
明らかに自分の顔なのだがなぜか妙に惹かれるものを感じる。
女の恰好をした自分に魅力を覚えるのだ。
「適当に曲を流して、私の隣に座って。アキちゃんはこっちね」
麻衣の両側に昭成と耕介が座る形になった。
麻衣は急にスカートを捲った。
「これ面白いね」
ショーツからペニスの先が出ていた。
「急に何するんだ」
急にそんなものを見せられた耕介は動揺して叫んだ。
そんな耕介の言葉に麻衣が無言で睨んだ。
「な…何だよ…」
耕介はそんな麻衣の迫力にたじろいだ。
「自分が女の子だってこと忘れてるんじゃないの」
そう言って耕介の胸の膨らみを強く握った。
「い…痛い!」
耕介は悲鳴をあげた。
乳房を握られるのがこんなに痛いなんて。
「自分が女だってこと、思い出した?」
「お…思い出したわ。だからもう離して」
耕介は麻衣に懇願した。
それでも麻衣はなかなか握った手を離してくれなかった。
「マイちゃんは自分が女の子だってことをしっかりと頭に刻まないと。よく忘れるみたいだから」
「わ…分かったから…」
「本当に分かったのね」
麻衣はショーツから完全にペニスを出した。
それはすでに大きく硬くなっていた。
耕介を苛めることで興奮しているのかもしれない。
それにしても自分の視点で見るより大きく見えるのが不思議だ。
「それじゃこれを触ってくれる?」
「ど、どうして?」
「女の子だったら、男の子のモノに興味あるでしょ?」
耕介はあえて麻衣を見ずに麻衣の股間に手を伸ばした。
麻衣はそんな耕介の手を握って股間のモノを握らせた。
しかし耕介は握ることを躊躇していた。
「ついさっきまで自分のモノだったんだから握るのなんて簡単でしょ?何ならアキちゃんにフェラしてもらおうかな?」
昭成は戸惑ったような表情を浮かべた。
耕介が昭成のためにも頑張らないといけないような気になった。
麻衣の身体に密着するように座り直した。
「やっと覚悟を決めた?」
耕介は麻衣の顔を見ずに股間のモノを握った。
「マイちゃんの手で握られて気持ちいい」
麻衣がわざとらしく言った。
麻衣の手は逆方向の昭成の胸に伸びていた。
「私だけが気持ちいいのは不公平だから、アキちゃんにも気持ち良くなってもらわないとね」
昭成は無抵抗だった。
麻衣にされるがままだった。
時折「あんっ」という甘い声を漏らした。
耕介はそんな状況を無視して麻衣のペニスをしごいた。
最初は戸惑っていた耕介もこんな状況の中、少しずつ興奮してきた。
ショーツの中が湿りを帯びているのを意識せざるをえなかった。
そして興奮のせいで耕介の手はさらに早く動かしていた。
「…ぁ…何か出そう……」
麻衣のペニスから白い濁液が飛び散った。
少し自分の顔にかかった。
生臭く気持ちのいいものではなかった。
「へえ、男の子の射精ってこんな感じなんだ…。次はアキちゃんかマイちゃんの中で出してあげるからね」
麻衣も昭成もうっとりとした表情を浮かべていた。
「これはお礼ね」
耕介は麻衣に抱き寄せられた。
そして軽くキスされた。
「私のファーストキスよ」
耕介の胸に熱い気持ちが占めた。
麻衣への恋心なのだろうか。
それとも女装した自分自身への思いなのか。
あるいはこの変態的な状況に興奮してるだけなのだろうか。
耕介のそんな思いをあえて無視するように、その後麻衣は普通にカラオケを楽しんでいた。
耕介は欲求不満の状態で放置されたわけだ。

カラオケが終わると、さっさと昭成の部屋に戻った。
「それじゃ元に戻りましょうか」
麻衣が耕介に話しかけた。
「もちろんだ。すぐに戻ろう」
耕介はすぐに麻衣の身体から抜け出た。
麻衣も耕介の身体から離れた。
そしてそれぞれ元の身体に入っていった。
「もうこんなことはこりごりだからな」
「こんなことって女装すること?」
そう言われて今は女装していたことに気づいた。
「あ…いや…これは……」
自分が女装していることで妙に興奮してきた。
その結果スカートの前の部分が持ち上がってきた。

「女の子のくせに変なところが盛り上がってわよ」
麻衣が耕介のペニスを握った。
「さっきは松井くんがやってくれたから、今度は私がやってあげるね」
麻衣は握った手を動かそうとした。
「い…いいよ、別にそんなことしてくれなくても」
耕介は腰をひくようにして麻衣から逃げた。
「だったらアキちゃんの中で出してあげるのはどう?きっとアキちゃんも入れて欲しいはずだよ」
耕介が昭成のほうに目をやると、昭成は慌てて目を逸らした。
もしかしたら阪木の言う通りなのかもしれない。
自分が欲している視線に気づかれないように慌てて視線を逸らしたのかもしれない。
そんなことを考えていると、また身体を動かすことができなくなっていた。
「あ〜あ、松井くんったら全然はっきりしないのよ。だからまたあたしが出てきちゃった」
智子が耕介の身体の主導権を握ったことは、麻衣も昭成も理解できた。
「せっかくだし、アキちゃんに入れてあげるね」
昭成はおとなしくお尻を突き出した。
「やっぱり入れて欲しかったんだ。アキちゃんってエッチな女の子になっちゃったのね」
智子は昭成の中にペニスを押し入れ、その中で射精した。


その日から麻衣も加わる形になった。
多くは女の子3人組を装って買い物したりお茶したりするだけだった。
犯されるときは昭成の役目だった。
素直に昭成自身が犯されることが大半だった。
昭成はそれに順応していた。

時には昭成に睡眠薬を飲ませて智子か麻衣が昭成に憑依することもあった。
そんなとき昭成の身体を犯すのはもちろん耕介の身体を動かしている者だった。
智子が昭成に憑依すると必ず耕介に身体の主導権が与えられた。
女にされかけている身体で自分自身の身体に突かれるのだ。
昭成の身体でアナルを突かれるのはものすごい快感だった。
耕介は自分が男なんだか女なんだか意識の中であやふやになっていた。
少しずつそんな状況に慣れてきている自分がいた。

昭成には確実に女性ホルモンを摂らせた。
昭成の身体は見た目はほとんど女の子になっていった。
もちろん、ある一部分を除いては、だ。
学校には行かなかったが、毎日のように外出するようになった。
ただし、出かけるときは必ず女装をしていた。
女の子の声を出せるようになってからは、一人ででも外出するようになった。
性格も明るくなっていった。
昭成にとっては智子を死に追いやった心の傷からようやく立ち直れたようなものだった。

高校卒業を前にして昭成は家出をした。
二人の前から姿を消したのだ。


昭成がいなくなっても、耕介と智子と麻衣の関係は相変わらず続いていた。
智子が耕介の身体の主導権を持っているときはもちろんだが、耕介自身が身体の主導権を持っているときにさえも女装することは特別なことでなくなっていた。
何となくそんな状態に馴らされてしまっていた。
しかし、昭成が姿を消してからは、智子が表面に出てくることは少しずつ少なくなっていた。

耕介が女装するだけでなく、時には麻衣の身体に入ったりもしていた。
耕介が麻衣の身体に入ったときは必ず身体の主導権は耕介だった。
入れ替わっても麻衣として自然な仕草ができるようになっていた。
過度に女っぽく振舞うのではなく、自然なレベルで麻衣として行動することができた。
ただそんな耕介を見てても面白いはずがなかった。
したがって時々悪戯された。
胸を触られたりお尻を撫でられたりするのだ。
そんなことをされるとどうしても変な声を出してしまう。
そんなふうに耕介があたふたするのを麻衣は面白がっていた。

性的な関係としてはほとんど進展はなかった。
耕介が自分自身の身体にいるときに時々手でいかせてくれた。
逆に麻衣が耕介の身体にいるときに時々手で処理させられた。
それが全てだった。
それ以上はなかった。


大学の受験には二人の入れ替わることができる点を最大に活かした。
耕介に較べると麻衣は圧倒的に成績が良い。
しかも耕介と麻衣の入試が同じ日にあるということもほとんどない。
したがって受験のときは一度を除いて麻衣に受験してもらった。
おかげでほとんど合格した。
もちろん耕介自身が受けたときは予定通りの不合格となった。
麻衣が耕介としてどれだけの大学を受けたのか正直なところ全ては知らない。
とにかく地元ではそれなりに名の通った大学に合格していたので4月からは安心だ。
大学に入ってしまえば、それなりにしていれば卒業もできるだろう。
麻衣自身も地元ではお嬢様学校として知られている女子大に合格していた。


大学も決まり、卒業式を迎えるだけの二人は、国立大学を受ける友人たちを尻目に二人で会っていた。
しかもその日は二人は入れ替わっていた。
耕介の身体に入った麻衣はその日初めて女装しなかった。
だからまさしくデートと言えるものだった。
耕介は麻衣のことをいつもは『コウちゃん』と呼んでいたのに、何となく照れくさく『松井くん』と呼んだ。
デートの間ずっと、麻衣は耕介らしく男っぽく振舞った。
耕介はいつものように麻衣らしくしていた。
耕介は麻衣が入った自分自身の姿に妙な感情を持った。


二人は楽しい一日を過ごし、帰り道を歩いていた。
「実は俺、東京の大学を受けたいと思ってるんだ」
その日一日男っぽい話し方をしていたせいか、麻衣はやや乱暴な言い方をした。
「えっ、どうして?」
耕介は驚いて麻衣の顔を見た。
「こんなところにいたって将来やれる仕事なんて高が知れてるだろ。それより東京で建築の勉強がしたいんだ」
(東京に行きたければ行けばいいのに。どうして今そんなことを行ってるんだろう?もしかして恋人だって思ってくれてるのかな?)
耕介は急な発言に驚きながらも、一方ではそんなことを気楽に考えていた。
「でも阪木麻衣のままでは東京なんて絶対に行けそうもない。家から通える女子大に行って手近な公務員でも見つけて結婚するのが一番だって考えてるから。だから…」
麻衣はそこで言葉を切って、足を止めて耕介の顔をじっと見た。
「……」
言いたいことは予想がつく。
耕介として東京に行きたいと言うのだろう。
耕介はそれに対してどう答えるべきか分からなかった。
しばらく沈黙の時間が流れた。

これまでの入れ替わりで自分と麻衣の区別があやふやになっていた。
別に自分は何としても耕介として生きたいわけではない。
麻衣のような可愛い女性になれるのならそれもいいかもしれない。
そんな心の隙があった。
その隙を突くように麻衣が耕介を抱きしめた。
強く。
身動きがとれないほど。
「い…痛い……」
耕介の言葉を遮るように唇が塞がれた。
初めてのキスだった。
耕介は無意識のうちに麻衣の背中に腕を回していた。
入ってきた舌を必死に吸った。
なぜか涙が出てきた。
嬉しいのか悲しいのか分からなかった。
自分の気持ちが分からなかった。
もしかしたら智子の意識が影響しているのかもしれない。

我に返ったとき、どこかホテルの一室にいた。
「いいかな?」
麻衣のそんな言葉が何だかおかしかった。
耕介は思わず笑ってしまった。
「何がおかしいのよ」
麻衣はムキになったせいか男言葉ではなく、おネエのような話し方になった。
そのせいで二人とも吹き出してしまった。
「ははははは……」
「ふふふふふ……」
おかげで二人とも冷静になった。

「さっきの話の続きだけど、私このまま松井くんとして生きていきたいと思ってるの」
「本気なの?」
耕介は素直に聞いた。
「うん。でも私の身体のことも心配なの」
「だから?」
「耕介くんを自分の恋人として確かな証拠が欲しいの」
「それがここってわけ?」
「ダメ?」
「ダメってわけじゃないけど…。この身体、バージンなんでしょ?」
「そうよ。まだ処女よ。その処女を自分が奪って、耕介くんを私の恋人にするのよ。なかなかいいアイデアでしょ?」
「だったら優しくしてくれる?」
「もちろんよ。自分のバージンを奪うんですからね」
二人はゆっくりベッドに倒れ込んだ。

元は自分のものだった肉体の重みを感じる。
しかも太腿に押しつけられた部分から、ペニスが最高に硬く大きくなっていることが伝わってくる。
言葉遣いとは裏腹に、麻衣は男性としてかなり興奮しているのだ。

「すごく硬くなってるよ」
耕介はズボンの上から麻衣のペニスを握った。
いつも手で処理するときより、ずっと硬いように感じた。
初めての交わりに麻衣は間違いなく興奮している。
麻衣が自分の身体に興奮していることが分かりなぜか嬉しさを感じた。

麻衣の唇に口が塞がれ、舌が入ってきた。
耕介はその舌に絡ませるように応じた。
長い長いキスだった。
耕介は口の中全てを舐め尽されたような感じた。
二人のかなりの量の唾液が混ざった。
その間、麻衣の手はゆっくりと耕介の全身を彷徨った。
耕介は麻衣を捕まえておくかのように背中に腕をしっかりと回していた。

麻衣の舌が首に移動した。
「…ぁ……」
麻衣のキスによる拘束から解放された耕介の口から甘い声が漏れた。
麻衣の口はそのまま下に下りていき、服に舌を這わせた。
服を舐められているせいかそれほど直接的な快感はない。
それでも今このときの雰囲気を壊さないために感じているように身体をくねらせた。
(服に唾がついちゃう)
耕介は感じている振りをしながら、一方ではそんなことを思っていた。

服の上から乳房の先を銜えられると感じた。
「ぁぁ…ぃぃ……」
耕介は気持ちを乳房に集中させ、そこから得られる快感を残らず感じ取ろうとした。
麻衣は別の乳房も同じように銜えた。
さっきまで銜えていた側の乳首を指で弄んでいた。

乳首への刺激がやんだ。
麻衣が離れてベッドの傍で服を脱いでいたのだ。
耕介も上半身を起こしてゆっくりと服を脱ぎ始めた。
耕介が服を脱いだときには麻衣はブリーフ一枚になって、再び重なってきた。
「綺麗な身体ね」
麻衣はブラジャーだけになった耕介の上半身を見て言った。
「自画自賛?」
「こうして男になって自分の身体を見ると本当にエッチな身体と思うわ」
そう言いながらブラジャーの2つのカップに手を置いた。
「胸もちょうどいい感じだしね」
麻衣はそのままブラジャーのカップに手を入れ乳房を揉み始めた。
「どう?柔らかい?」
「うん、いい感じよ」
そこで悪戯っぽく笑って言葉を続けた。

「松井くんは私として抱かれることに抵抗ないの?」
「それは…。でもこんな状態で"松井くん"はやめてよ」
「いつもみたいにマイちゃんのほうがいい?」
「……呼び捨てにしてほしいな」
「すっかり女の子してるのね。それじゃ僕も耕介らしくするからな」
「うん」
「どうやら麻衣はとってもエッチな女の子になったようだな」
「元の身体がエッチだったからよ」
「それじゃ僕の身体と同じだな。身体がエッチなことを求めてどうしても抑えられないんだ」
麻衣はニヤッと笑った。
耕介は目を閉じた。
そして麻衣の唇がゆっくりと重なった。

麻衣は耕介の背中に回し、簡単にブラジャーのフォックを外した。
そしてあらわになった耕介の乳房を見つめている。
耕介は腕で乳房を隠すようにした。
「何?恥ずかしい…」
耕介は本当に恥ずかしいと感じていた。
「恥ずかしがらなくていいじゃないか」
麻衣が耕介の腕を軽く移動させ、乳房を直接舐めた。
くすぐったいような心地いいような感じだった。
耕介はそんな麻衣の愛撫に身を任せていた。
すると急に身体に電気が走ったような快感が襲った。
乳首を甘噛みされたのだ。
「はん……」
耕介は瞬間身体を硬直させた。
麻衣は乳首に触れるか触れないかのところを舐めた。
時々わずかに掠る。
その度に耕介は喘ぎ声をあげた。

乳首を摘ままれた。
「硬くなってるよ」
麻衣は耕介の顔を見ながら乳首に刺激を与え続けた。
顔を見られている恥ずかしさで耕介は感じながら顔を手で覆った。
「僕のも硬くなってるんだ」
麻衣は耕介の手をブリーフにあてた。
「フェラして欲しいの?」
「うん、できる?」
耕介は体勢を逆転させ麻衣の下半身に移動した。
ブリーフの前は大きく盛り上がっていた。
ブリーフを少しずらすと大きくなったペニスが現れた。
耕介は右手を軽く添えて、ペニスを軽く銜えた。
自分のモノを銜えるなんて考えてもいなかった。
しかし全く躊躇はなかった。
とにかく麻衣に気持ち良くなってほしいと思っていた。
耕介は舌を絡めるようにペニスを舐めた。
口の中でビクビクと反応するのが面白い。
ペニス全体を口に含み一生懸命に吸った。
少し苦い汁が出てきた。
感じてくれてる。
耕介はそう思った。

「もういいよ。これ以上やられたら出てしまう」
麻衣は耕介の銜えているものを奪い取った。
耕介は奪い取られたものを虚ろな目で追った。
「それじゃ今度は僕が麻衣を気持ちよくしてあげるよ」
麻衣は耕介の股間に手をやった。
そこは十分に湿っていた。
元々は麻衣自身のものなのだ。
自分で自分の物を触るのと同じだ。
それでも恥ずかしい。
触られるのはやっぱり恥ずかしい。
そう感じた瞬間、耕介の中の処女としての本能が目を覚ました。
「やっぱりダメ」
耕介は身体をひねって麻衣から逃れようとした。
しかし麻衣の対応は早かった。
素早く耕介の左腕を掴み、逃がさなかった。
「そんなに力をいれなくていいんだよ」
麻衣の手が耕介の股間を撫でた。
それでも耕介は股をしっかりと閉じ麻衣の侵入を拒んだ。
ゆっくりゆっくり耕介の股間を撫でた。
少しずつ耕介の閉じる力が弱くなってきた。
麻衣の力が少し強くなり、耕介の股間の溝に指を入れられた。
クリトリスに触れた。
痛かった。
それでも少しずつ気持ち良くなってきた。
無意識のうちに足を広げていた。

麻衣のものが入ってきた。
熱くて硬い。
耕介の身体が串刺しされているようだ。
「痛いっ…」
「力を抜いたら少しはマシになるから」
耕介は言われた通り身体の力を抜いた。
それでも痛いものは痛い。
特に入れられている部分がものすごい熱を持っているようだ。
「全部入ったよ」
麻衣は二人の身体の間から結合部分を覗くような恰好をした。

麻衣が動き出した。
我慢できないほど痛い。
それでも耕介は声を押し殺して我慢した。
そんな表情が麻衣には感じているように見えた。

麻衣の抽送は3分ほどだけだった。
しかし耕介にとってはそれよりもずっと長い時間のことのように思えた。
無意識に掴んだ麻衣の背中にははっきりと耕介の爪痕が刻まれていた。

「どうだった?」
男は往々にして聞くべきでない質問をする。
麻衣もすでに男なのだ。
耕介は答える気はなかった。
「ねえ、良かった?」
それでも繰り返される質問。
耕介は力なく微笑んだ。
その表情を快感に朦朧としていると麻衣は理解した。
麻衣は満足げな顔をして眠りに落ちていった。

耕介と麻衣がセックスしたことで、お互いの人生を入れ替えることは合意したような雰囲気にはなった。
しかし結論を明確に伝えたわけではなかった。
実際、耕介は麻衣として生きていくことを完全に受け入れたわけではなかった。
それでも麻衣が東京の大学を目指して頑張っている姿は好きだった。
3週間ほどそんな麻衣の姿を見続けているうちに、入れ替わったままでもいいかと思い始めていた。


麻衣にとって本命の大学の受験日を迎えた。
麻衣が勉強したい建築はこの大学に合格せねばならなかった。
もし合格しなかったら、麻衣から元に戻ろうというかもしれない。
もしかするとこのままで一年浪人して再チャレンジするかもしれない。
とにかく合格すれば100%耕介は麻衣として生きていかなければならなくなる。
そうなることが分かっていても麻衣の合格を祈った。

「試験、どうだった?」
麻衣の帰りを待って、駅に迎えに行った。
「ああ、やれる限りはやった。あとは結果を待つだけだ」
やり切った麻衣の顔は清々しかった。
自分の元の顔だが、惚れ惚れする顔だった。
そんな麻衣の顔を見ているとなぜか涙が出てきた。
「何だよ、泣いたりなんかして…」
「泣いてないわよ」
実際耕介にもなぜ涙が出ているのか理解できなかった。
心まで女性的になったということなのだろうか。

どちらからともなくお互いを求めた。
相変わらず性急だった。
2度目のせいかまだ痛みがあった。
溜まっていたせいか1回目よりも短かった。
そのおかげでそれほど痛い思いをせずに済んだ。
セックスって前戯だけだったらいいのに。
耕介はそんなことを思っていた。

「ねえ、耕介。私このままでもいいよ」
行為が終わった後、耕介は麻衣に身体を預けながら言った。
「えっ、今何て言ったの?」
囁く程度の声だったせいか本当に聞こえなかったのかもしれない。
「このまま阪木麻衣として生きていってもいいって言ったの」
今度は麻衣に向かってはっきりと言った。
「でももし不合格だったら、私が松井くんとして生きる理由がなくなるのよ」
麻衣は驚いて元の口調に戻った。
おかまみたいだ。
「だって来年もあるでしょ?好きなことのためなら1年くらい頑張れるんじゃない?」
「本当にそれでいいの?」
「そういう約束でこの前私を抱いたんでしょ?」
麻衣の顔は見る見るうちに泣き顔になった。
麻衣は顔をグシャグシャにして泣いた。
「そんなに泣いて…。おかしいわよ」
「明日から松井くんらしくするから、今日はこのまま泣かせて」
耕介は包み込むように麻衣を抱き締めた。


その日から毎日のように会っては身体を重ねた。
初めのころは耕介も麻衣の男の身体を求めた。
最初のうちは入れられても痛みばかりが強かったが、徐々に快感のようなものを感じるようになった。

麻衣は東京の大学に合格した。
4月に入れば麻衣は松井耕介として東京に行ってしまう。
そんな思いから二人はより強くお互いを求めた。

二人で過ごす最後の日のことだった。
明日には麻衣が東京に行ってしまう。
いつもと違う心境のせいかいつもより激しく求めた。
そしてひとつになり抽送をうけていたときのことだった。
(あれ?昨日までとちょっと違う…)
最近感じ始めた快感とはどことなく違う快感が襲ってきた。
それまでは単に気持ちいい程度の快感だった。
今回は油断しているとそのまま身も心も飲み込まれてしまうように思えた。
「ああ、なんかおかしくなりそう……」
耕介は初めて感じる感覚に恐怖にも似た感情を抱いた。
そのせいか麻衣の身体にしがみつくように抱きついていた。
麻衣の腰の動きが速くなった。
「…あああああ……イ…イクぅ……」
耕介には『いく』ということがどういうことか分かっていなかったが、自然とそんな言葉が口をついた。
麻衣が耕介の中で弾けた。
耕介は自分の身体に放たれた熱いモノを感じるとともに頭の中が真っ白になった。
身体の中全体に強い快感が広がっていくような感覚だった。
意識がなくなった。

どれくらいの時間、意識をなくしていたのか分からない。
気がつくと麻衣が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「…あ…うん…」
まだ頭がボォーッとしている。
これが女の感覚なんだと頭のどこかで考えているが、全体としては頭が全然働いていない。
「イっちゃったの?」
「…たぶん……」
そう言うしかなかった。
「もう一回やる?」
麻衣のそんな言葉に素直に頷いた。

麻衣の身体の感覚を全身に焼き付けるように全身全霊で麻衣を愛した。
2回目は1回目に負けず劣らずイクことができた。

「明日東京に行くけど大丈夫?」
麻衣が仰向けの状態で天井を見ながら呟いた。
「何が?」
耕介は麻衣のほうを向いた。
「一緒にいられなくなるけど、浮気しない?」
「浮気は男がするんでしょ?私は今女よ」
耕介はそう言って、麻衣の柔らかくなったペニスに触れた。
「でも中身は男だから、浮気するかもしれないだろ?」
「そういう耕介こそ東京には綺麗な女性が多いから浮気するんじゃない?」
「なるほど、その可能性のほうがありそうだな」
「でしょ?」
「でも卒業したら一緒になろう」
「えっ、本当に?」
「元の自分の身体を他の男になんか任せてられないもんな」
「えっ、何?プロポーズの理由はそういうことなの?」
耕介は寂しい思いにとらわれた。
そんな気持ちが表情にも表れていた。
「単なる照れ隠しに決まってるだろ。今の麻衣のことが好きだからだよ」
慌てて言い繕うように麻衣は言葉をつないだ。
「…うん……ありがとう」
耕介には何のフォローにもならなかった。
二人は二人の間の距離を埋めるように、そのまま抱き合って眠った。


ゴールデンウィークには戻って来るという約束で、麻衣は東京に引っ越して行った。
最初は20を超えるメールのやりとりがあったが、日を追うにつれ数は減っていった。
耕介にとっても女子大生活の準備で忙しく(特に母親がいろいろと買い物に連れまわされた)、メールを送る数も減っていった。

耕介にとって夢の女子大生活が、やや戸惑いながら始まった。
しかし残念ながら耕介にとっては幻滅の連続だった。

耕介の通う女子大はそれなりの生活レベルのお嬢様しかいないはずだ。
それなのに、街中では見せないようなはしたないことを平気でするのだ。
異性の視線がなければこんなものかと思わざるをえない状態だった。
それは耕介にとっては地を出しても大丈夫ということではあったのだが、それでも目に余った。
一方では精神的にかなり楽であったのは確かなのだが、それでも耕介のイメージで"はしたない"ことはしないようにした。

それでも仲の良い友達はできた。
小西和代と黒川恵子だ。
彼女たちは男の目がなくてもはしたないことはしなかった。
やや元気な和代とおとなしめな恵子とは何となくウマがあった。
肩肘張ることなく振舞うことができた。

麻衣はゴールデンウィークに帰ってこなかった。
(どうしたんだろう)
何となく心配だったが、東京が楽しいんだろうとくらいしか思わなかった。
実際送られてくるメールにも悩みもなく楽しんでいる様子が伝わってくるものだった。

一方、耕介も地元で楽しんでいた。
合コンに誘われることがあったが、彼氏がいるという理由で断っていた。
一度だけ和代に泣きつかれて参加したが、しつこい男に嫌な思いをさせられたので、二度と参加することはなかった。
和代もそれを分かっていたので、二度と無理強いすることはなかった。
もちろん女の子だけの飲み会やカラオケには参加した。

そんな大学生活に慣れたときだった。
授業に出るため大学に向かっているといかにも水商売という雰囲気の女が「お久しぶり」と声をかけてきた。
「だあ〜れ?」
和代が警戒した表情で麻衣に聞いてきた。
「さあ?」
麻衣にはこんな知り合いはいない。
確かに美人は美人だが、こんなに香水の匂いをさせて、化粧はかなり派手だ。
麻衣は二人にアイコンタクトしてその場から逃げようとした。
すると女は麻衣の顔をジッと見て言った。
「マイちゃん、あたしよ、あ・た・し」
女のその言葉に記憶が蘇ってきた。
見覚えはある。
見覚えどころかつい最近までいつも一緒にいたのだ。
「アキ…ちゃん…?」
「そうよ」
「すごい。アキちゃんなの。見違えちゃった」
「でしょ?結構美人になったでしょ?」
キョトンとしている和代と恵子に気づいた。
「高校のときの友達なの。ごめん、先に行ってて。すぐに行くから」
「分かったわ」と二人が大学に向かった。
「ごめん、これから授業なの」
耕介は昭成に拝むようにして言った。
「そうなの。それじゃこれ私の携帯の番号。電話ちょうだい」
耕介は一枚の紙切れを受け取った。
「分かったわ。授業が終わったら絶対に電話するから」
耕介は二人に追いつくべく駆け足で去って行った。

授業が終わるとすぐに昭成の携帯に電話をかけた。
「もしもし、アキちゃん?」
『あっ、マイちゃん?本当に電話くれたんだ。嬉しい』
「今授業終わったんだ」
『それじゃさっき会ったところの近くにドトールがあるからそこで待ってて』
「うん、分かった」
耕介は約束の場所へ急ごうとした。

待ち合わせ場所に着いたとき、昭成はすでに来ていた。
「お待たせ。もしかしてずっとこの辺にいたの」
「まさか!マイちゃんが遅いんじゃないの」
時計を見ると授業が終わってから1時間近くも経っていた。
大学を出るときに出逢った友達とちょっとだけ話しただけなのに…。
「ところで」
耕介は自分に不利になりそうな空気を断ち切るように切り出した。
「アキちゃんは今何してるの?」
「見ての通りよ、水商売。ニューハーフクラブに勤めてるの」
「ニューハーフクラブ?アキちゃんだったら普通のクラブでもいけるんじゃないの?」
「でも結構気楽なのよ、そっちのほうが」
「ふ〜ん、そんなものなのかな…」
「ところでコウちゃんはどうしてるの?」
耕介は辺りを見渡しながら、昭成に顔を近づけた。
昭成は「ん?」というような表情をしている。
耕介は自分を指差した。
昭成には意味が分からなかった。
耕介は小声で「私が耕介なの」と言った。
「えええええ〜〜〜〜〜」
昭成の声が店中に響き渡った。
「しぃーーーー」
耕介は口に指を当てて昭成を抑えた。
「あ、ごめんなさい」
昭成は周りの客に謝るように頭を軽く下げた。
「お前が松井なのか?」
昭成は素に戻って聞いてきた。
「だからそうだって言ってるでしょ」
耕介は麻衣として変わらぬ話し方をした。
「それじゃお前自身の身体は阪木が使ってるのか?」
こ・と・ば・づ・か・い。
耕介は口の動きで昭成に伝えた。
あっという感じで昭成は口に手を当てた。
「あんまりのことに驚いちゃって。それじゃコウちゃんはどうしたの?」
「東京の大学に行っちゃった。建築の勉強をしたいんだって」
「別に入れ替わんなくていいのに…」
「家が厳しくて好きなことができないんだって」
「それで今はあんたが女子大に通ってるの?」
「そう」
「ふ〜ん、変なの」
「変…かしら?」
「だってあんたは別に女の子になりたかったわけじゃないんでしょ?」
「それが一概に否定できないのよね。綺麗な服着たりするの結構好きだし」
「それだったらコウちゃんとして男の娘すればいいでしょ」
「それもそうね。あんまり深く物事を考えるタイプじゃないから、私って」
「だから稲井みたいなこともやっちゃうのよね」
「私は何もやってないわよ」
「稲井に憑依してくれたじゃない」
「そう言われると確かにあんまり考えてなかったかも…」
「でしょ!そこがあんたの強いとこかもしんないね」
「そうかな?」
「あんまり褒めてないけどね」
「ひっど〜い」
「それでお互いの身体とはもうサヨナラしたの?」
「ううん、また時々会うわよ」
「帰省してくるとかいう話じゃなくて…」
「そういうレベルじゃなくて、卒業したら結婚しようって」
「えええええ〜〜〜〜〜」
今日2回目の絶叫だ。
周りの人は迷惑そうに一瞥しただけだった。
もうそういう人物だと認知されているのだろう。
「あんたたち、本当に驚かせてくれるわね」
「そういうアキちゃんだって」
「そっか。確かにそうかもね」
「工事しちゃったの?」
耕介は下半身を指差して言った。
「ボールだけは取った。その次に向けて貯金中」
「そうなんだ」
「結局あたしたち二人とも稲井のせいで女の子になっちゃったんだね」
「そういうことになるのね」
「でもマイはいいじゃない、赤ちゃんが産めるから」
「う〜ん…、女の子には慣れたけど、赤ちゃんを産むのはちょっと…」
「そんなこと言ってるうちに彼の子供が欲しくなるんだってば。で彼とはやったの?」
耕介は頷いた。
「さすがにもう驚かないわ。ちょっと異常な状態だけど充分幸せそうでいいじゃない。ね?」
耕介ははにかみながら頷いた。

「そう言えば、稲井はどうしたの?」
「それがね…」
実は稲井の存在を少し前から感じなくなっていたのだ。
素直にそのことを昭成に伝えた。
智子は完全に麻衣の身体に取り込まれたのかもしれない。
あるいは耕介の魂に完全に溶け込んだのかも。
そんな耕介の考えも話した。
「なるほどね。あんたが女の子っぽくなってるのはそんなこともあるかもしれないわね」
そんな昭成の考えに耕介も「そうかもしれない」と思った。

耕介と昭成はとりとめもない話をした。
まさにガールズトークといった内容だった。
昭成と二人でこんな会話をするなんて1年前には想像もできなかった。
楽しい時間はすぐに過ぎる。
昭成は時計を見て慌てだした。
仕事の時間なのだそうだ。
「また会ってくれる?」
「ええ、喜んで」
二人でメルアドを交換してその日は別れた。
耕介はすぐに昭成にメールを出した。
男同士のときの友人が女に変わってからも友人でいてくれる。
耕介にとっては昭成との不思議な"縁"を感ぜずにはいられなかった。

それからも週に1回か2回は会って他愛もない話をした。
耕介にとっては昭成との時間は麻衣と電話で話すより大事な時間だった。
家でいるのは心の底からリラックスできない。
一緒にいる両親はつい最近までは全く知らない他人だった人たちだからだ。
娘が以前と違った人間に変わったことにいつ気づかれるかもしれない。
そんなことを考えるとどうしても緊張してしまう。
本当にリラックスできるのは昭成との時間だけだった。

それから少し経つ頃には昭成の住んでいるマンションにも訪ねるようになっていた。
昭成は"矢島亜紀子"という名前で生活していた。
近所の人からも女性の一人暮らしとして認識されているのだそうだ。
いずれ性別適合手術を受けて、戸籍も女にして、素敵な旦那を捕まえるのが夢だそうだ。
耕介はそんな昭成の夢を聞いているのが楽しかった。


昭成と再会してからひと月もしないうちに耕介が妊娠していることが分かった。
お腹の父親は麻衣だ。
それは疑いようがない。
麻衣に伝えなければ。
耕介はそう考えた。
しかしメールじゃ嫌だ。
面と向かって伝えたい。
妊娠していること、麻衣に会って伝えたいこと、そんなことを昭成に伝えた。
「それじゃ一緒に東京に行こ」
「仕事はいいの?」
「いいって、そんなこと。ずっとこき使われてるんだからちょっとくらい休んだって文句言わせないって」
「ありがとう」
耕介は昭成についてきてもらって東京に行くことになった。


東京に向かう途中、初めての東京に一人はしゃいでいる昭成を他所に、耕介は妙な胸騒ぎを感じていた。
何せ3ヶ月以上会っていない。
もしかしたら麻衣はすっかり東京の人間になっているかもしれない。
新しい彼女ができて、久しぶりに耕介に会っても全く分からなくなっているかもしれない。
あるいは想像もできないことが起こっているかもしれない。
そんな気がした。
「ねえ、東京に行くなんて初めてだからワクワクしちゃうね」
「そう?やっぱり行かないほうがいいような気がしてきたんだけど…」
「大丈夫だって。彼も優しく迎えてくれるって」
昭成はいつもの水商売風ではなく、女子大生っぽいファッションだった。
ただやはり化粧は濃く、妙なアンバランス感があった。

耕介は東京に行くことを麻衣に対し一言の連絡も入れてなかった。
実家で麻衣の東京での住所を教えてもらっただけだ。
連絡を入れて拒絶されることを本能的に恐れたのだ。
それでも会いたくないと言えば嘘になる。
拒絶されるのが恐いが、会わずにはいられない。
耕介は自分の中に湧き上がる矛盾した感情の処理ができずにいた。

二人は上野駅で降りた。
「やっぱりすごく人が多いね」
「そうね」
「絶対にはぐれないようにね」
「うん」
二人は手をつないで電車を乗り換えた。
平日の昼前だというのに電車の中はかなりの人込みだった。
耕介はお尻に違和感を覚えた。
しかし明らかに触られている感じでもない。
それでも何となく何かが触れていた。
鞄が当たっているかもしれない。
そう思って気持ち悪いまま我慢していた。

麻衣の住んでいるところの最寄の駅に着いた。
駅に降り立つと、耕介はさっきまでの違和感から解放されてホッとした。
しかし改札口を出ると、それまでのドキドキ感には較べ物にはならないほどの鼓動を覚えた。
それは不安だった。
そしてついにはそんな不安に堪えられなくなった。
「ねえ、やっぱり無理…」
耕介の脚は完全に止まってしまった。
「せっかくここまで来たんだから会おうよ」
「でも…」
昭成が手を引っ張って無理矢理進ませようとするが、耕介はなかなか歩き出そうとしなかった。
「もうそれじゃそこの喫茶店に行って気持ちを落ち着かせようよ」
昭成のそんな提案に「うん、それなら」と喫茶店のほうに向かった。


二人は店の奥の窓際の席に座った。
「いらっしゃいませ」
座った二人の前にコップが置かれた。
「アキちゃん、何にする?」
「ん?ジュースでいい」
「それじゃオレンジジュース2つ」
注文を言いながら、ウエイトレスのほうを見た。

「えっ!」
耕介とウエイトレスの二人がほとんど同時にそんな驚きの声をあげた。
そこに立っていたウエイトレスは麻衣だった。
麻衣が耕介の身体で女装していたのだ。
"コウちゃん"と呼んで同じ時間を過ごしたのだ。
見誤るはずがない。
ウエイトレスの様子を見ても、目の前のウエイトレスが麻衣自身なのは明らかだった。

「どうしてそんな恰好を……」
耕介の言葉に目の前の人物は固まっていた。
「コウちゃん?」
もう一度声をかけるとその人物は我に返ったようだった。
「あ、すいません。オレンジジュース2つですね」
そう言って向こうへ言ってしまった。
「今のってコウちゃんよね?」
昭成にも分かったようだ。
耕介は静かに頷いた。
そんなに大きくない喫茶店だったため、ウエイトレスは一人だけだった。
ジュースを持ってくるときにもう一度やってくるということだ。

案の定、さっきのウエイトレスがオレンジジュース2つを持ってやってきた。
「ねえ…」
耕介が話しかけようとすると、そのウエイトレスが口に指を当てた。
黙っていて、ということだ。
「あと30分でバイトが終わるから、話はそれからね」
ウエイトレスが厨房の方に去って行った。

耕介と昭成は何も言わずにオレンジジュースを飲んだ。
ただ二人で働いているウエイトレスを見ているだけだった。
30分が経過した。
いつの間にかウエイトレスが交代していた。
「あれ?ウエイトレス、コウちゃんじゃない」
耕介と昭成は急いで店の外に出た。
辺りにはさっきのウエイトレスの姿はなかった。

「まだ遠くには行ってないはずよ」
「二人で探そうよ」
そんなことを話していると、店のドアが開いて一人の女性が出てきた。
都会の女子大生といった感じで、とても可愛い。
ミニスカートから伸びた脚が綺麗だ。
「待った?」
「コウちゃん、あなたって…」
「ここで話すのはやめて。私の部屋に行こ」
麻衣に連れられて麻衣の部屋に行った。

部屋に入ると、耕介が口を開いた。
「どうして…?」
夢を実現するためにお互いの人生を取り替えたのに、耕介自身の人生を預けたのに、どうして今さら女装なんて!
そう叫びたかったが、うまく言葉が出てこなかった。
「ずっと男の子してるのって疲れるのよ」
麻衣自身であったころのような口調で語り出した。
「生活のために少しはバイトしないといけないからバイト探してたんだけど、男には力仕事くらいしかないの。女子大生だったらバイトが結構あるし、バイトのためもあって、本格的に女装することにしたの。女の子の声を出す訓練をして普通の女子大生としてバイトを探してたときに、あの喫茶店を見つけたの。あの喫茶店ってスカートがとても短いでしょ?嫌がる子もいるけど、その分、時給が結構いいの」
「男だって言ってあるの?」
「あそこの店には本物の女だって言ってるわ。全然怪しまれてないみたい」
「大学は?」
「もちろん行ってるわ。だってそのために松井くんの人生をもらったんだから」
麻衣の口調に微妙な響きを感じた。
「コウちゃん、無理してない?」
それまで淡々と話していた麻衣の目に、みるみるうちに涙が溜まって、零れ落ちた。
「元に戻りたい…」
麻衣が呟いた。
訴えかけるような視線を耕介に送ってきた。
「ごめんなさい。私も戻りたいけど、もう幽体離脱できなくなったの」
耕介はそう告げた。
しかも智子の存在も感じられなくなったことも。
「確かに智子の霊は見えないわ」
麻衣の口調には残念さが含まれていた。

「そんなことより大事なことを伝えないと」
昭成が口を挟んだ。
「大事なこと?」
「この娘は妊娠してるのよ」
昭成は耕介のお腹に手を当てて言った。
「本当に?」
「うん、生理も経験してないのに妊娠しちゃったみたい」
耕介は少しふざけたように言って、困ったように笑った。
「どうするの?」
「どうするって、もちろん産むわよ」
「嘘っ!」
耕介の言葉に麻衣が驚いた。
「子供を産んだとしても育てることなんて無理よ」
「私の家って金銭的には問題ないでしょ?」
「父と母を頼るって言うの?そんなのダメよ」
「だってそうするしかないじゃない」
「それじゃ父と母には言ったの」
「言ってないけど、母は気づいているみたい」
「松井くんって私になったばかりなのに強いわね」
「だってもう阪木麻衣として生きるしかないんだもの。迷ってなんかいられないわ」
麻衣が押し黙った。
何かを真剣に考えているようだ。
「こんなことをしてる場合じゃないわね。私も腹を括って松井耕介として生きていくわ。すぐに父と母に結婚の許可をもらいに行く!」

麻衣がそういうと行動は早かった。
結婚はともかく学生のうちに親になるのは大変だから中絶するように勧められた。
しかし耕介は頑として中絶することを拒んだ。
麻衣も責められながらも必死に結婚させて欲しいと頼んだ。
二人の真剣さが伝わったのか麻衣の両親にも耕介の両親にも結婚を認めさせた。
ただし大学は絶対に卒業することと約束させられた。
「強くなったんだな」
「そうよ。女は強いのよ。しかもお母さんになるんだから、もっと強くならなきゃ」

麻衣が東京に戻る前に二人は婚姻届を役所に提出した。
それでも二人の生活は変わらなかった。
麻衣は東京に戻り、大学の勉強に励んだ。
耕介もお腹が目立つまでは女子大にきちんと通った。

耕介は両親のもと、可愛い女の子を産んだ。
昭成はずっとそばで応援してくれていた。
麻衣と離れ離れになっている間、昭成がそばにいてくれたおかげで何とか精神的にくじけずにこれたのだ。

振り返ってみると、ほんの悪戯心で智子に憑依したせいで智子を死に追いやってしまったことがすべての始まりだった。
その結果、耕介は智子とひとつの肉体を共有せざるをえなくなったのだ。
そんな事件のせいで昭成は"亜紀子"というニューハーフになってしまった。
一方耕介は同じ能力を持つ麻衣と出会い、肉体交換をして、挙句の果てに男の人生を麻衣に奪われた。
そして耕介は麻衣として男であれば絶対に経験できない出産というものまで経験した。
この2年の間に普通では経験できないようなことを経験してきたと言えた。

隣で寝息を立てている赤ん坊の顔を見てると耕介は、世の中の幸せが自分に集まるように巡ってきたんだと思えた。
(もしかしたらこの子は智子の生まれ変わりだったりして…)
そんな考えがふと頭に浮かんだ。
「まさかね…」
そう呟いたとき、寝ている赤ん坊が微笑んだように見えた。
「どっちにしてもあなたは私の産んだ娘に違いないんだから、大切に育てていくわ」
赤ん坊の頭を撫でて、耕介は微笑んだ。


《完》

次の作品へ | top | 前の作品へ
inserted by 2nt system