復讐─リベンジ─



コツッコツッコツッコツッコツッ……。
ハイヒールの足音が響く。
もう日付も変わろうかという時刻にもかかわらず竜司の目の前を一人の若い女が歩いていた。
長い髪が左右に揺れる。
ミニのタイトスカートから伸びた足が色っぽい。
(本当に旨そうな女だな)
竜司は駅からこの女に目をつけていた。
顔はかなりの美人だった。
何よりいやらしい身体をしているのがたまらない。
まるで抱いてくれと訴えているようだ。

竜司は黙っておとなしくしていると美少年とも言える男だった。
しかし性格は凶暴だった。
喧嘩は日常茶飯事、カツアゲもしょっちゅだ。
女に対しても暴行を加えたことがあった。
ただしつるんで行動するのは竜司の性に合わなかった。
大抵どんなときでも一人で行動していた。

竜司は女との距離を縮めた。
もう少し先に行くと廃工場がある。
そこで襲おうと距離を縮めた。

(今だ!)
竜司はスルスルと距離を縮め女の背後から女の口を手で塞いだ。
そして反射的に逃げようとする女のみぞおちにパンチを入れた。
女は気を失った。
竜司は気絶している女を担いで廃工場に入っていった。

廃工場には薄汚れたソファがあった。
竜司は女をそのソファに寝かせた。
そして女の服を剥ぎ取って全裸にした。
意識が戻ったときに騒がれると面倒だ。
そう思い、パンストを猿轡として使った。
ショーツで両手首を括った。
それにしても抵抗をしない女を抱いたって面白味がない。
女が目を覚ましてから犯すのだ。
時間潰しに竜司は女性器に指を出し入れした。
「ん…うーん……」
女の口から微かな声が漏れる。
膣からは充分に愛液が漏れている。
直に目を覚ましそうだ。

「ん…んんん……」
女は驚いたように目を見開いた。
そして猿轡と手が縛られていることに気づき、それを解こうと身体を揺らした。
「やっと目を覚ましたか。俺は親切だから気がつくのを待ってたんだよ。もちろんアソコはもう準備万端にしといてやったからな」
女は言葉にならない声を発しながら、脚と拘束された手で必死に抵抗しようと試みた。
竜司が思い切りビンタした。
その拍子に口に銜えさせていたパンストがずれた。
しかし女は声をあげなかった。
頬の痛みと恐怖で声が出なかったのだ。
「やっとおとなしくなったな」
竜司は女の脚の間に身体を入れ、ペニスを挿入した。
女は苦痛に顔が歪んだ。
「なかなかきついな」
女の膣の締め付けはかなりきつかった。
少し動いただけでも搾り取られそうだ。
竜司はあえて女に集中せずにゆっくりと様子を見つつ腰を動かした。
女の喘ぎ声が漏れた。
竜司の抽送は3分と持たなかった。
抜き出すと竜司のペニスには血がついていた。
「お前、初めてだったのか?」
女は返事しなかった。
「そんなことはどっちでもいいか。あんたとはセックスの相性が良さそうだ。ぜひこれからもセクフレとしてつき合いたいもんだな」
「誰がっ!覚えてなさいよ。絶対に復讐してやるんだから」
「女に何ができる。俺は逃げも隠れもしないからいつでも来な。いつでも抱いてやるからよ」
竜司は女を見ず、廃工場から出て行った。

「なかなかいい女だったな」
竜司は部屋に戻ると、女の血がついたペニスも洗わずに寝た。


寒さで目が覚めた。
頭が異常に痛い。
目の前には男がいる。
見たことのある顔だ。
竜司はボォーッとした頭で考えた。
それが自分の顔だと思い至るまで数十秒要した。
何だ?
何がどうなってるんだ!

「うわぁぁぁぁぁ、何だ、これぇ」
竜司は叫んだ。
目の前に竜司自身の顔があるのだ。
しかもその"竜司"に組み敷かれているのだ。
「お前もしかして昨夜からずっとここにいたのか?よっぽど俺に抱かれたのが良かったんだろうな」
男の言葉が理解できなかった。
俺はどうなってるんだ?
そう思い、自分の胸に視線を落とすと、そこには乳房があった。
竜司の胸に乳房ができていたのだ。
俺の胸に乳房を作りやがったというのか。

「お前、もしかしたら昨日の女か?復讐ってのはこのことか?」
竜司は恐るおそる聞いた。
「何意味の分かんねえこと言ってんだよ。そんなヘラズ口、こうすりゃ止まるだろうよ」
"竜司"が乳房を思い切り掴んだ。
「痛い!やめろ!」
その痛みは乳房が間違いなく自分の物だということを告げていた。
竜司はあまりの痛みに"竜司"に向かって殴ろうとした。
しかし簡単に拳を掴まれた。
「女の子がそんな乱暴なことしたらダメだろ?」
「誰が女の子だ。俺は松嶋竜司だ」
「へえ、俺と同じ名前だ。…って馬鹿言ってんじゃねえぞ、お前は女だろうが。俺が竜司だ」
「お前が何と言おうが俺が竜司だ。お前がどんな魔法を使ったか知らんが絶対に戻ってやるからな」
「お前の言う通りだとすると、俺が女なのか?こんなでっかいチンポがあるのに?それじゃ俺が男だと分からせてやろうか。このチンポを入れてやる」
「や…やめろ」
竜司の拒絶も虚しく、竜司はペニスを入れられた。
「痛いっ!」
叫んでから気づいた。
竜司の身体の異変は乳房ができているだけじゃないことに。
ペニスを受け入れるところもできているってことに。
目の前の男が竜司の身体なら、今の自分はおそらく昨日の女の身体になっているのだろう。
そう言えば声も高くなっていたような気がする…。
「竜司の癖に女になってはめられるってのはどういう気分だ?」
「うるせえ」
混乱した頭で精一杯強がった。
そのときになって気がついた。
男のヘソの下に一直線にホクロがあることに。
それはまさしく竜司の身体の特徴だった。
目の前の身体は確かに竜司の物だった。
間違いなく入れ替わっているのだろう。


"竜司"が腰を動かした。
「…んっ……」
股間から違和感が伝わってきた。
"竜司"が再び腰を動かした。
「…んんん……」
「昨日は暗くて顔が見づらかったが、なかなかの美人じゃないか。こうして綺麗な顔を見ながら犯るってのもいいもんだな」
「うるせえ」
「もっと女の子らしくしたほうが可愛いぜ」
"竜司"が腰を強めに動かし始めた。
竜司は快感で言葉を続けることができなくなった。
「…ぁんんん………」
思わず声が漏れた。
それが自分が発している声だと認識するのに時間を要した。
俺はなんて声出してんだ。
そう思うが、声を抑えることは不可能だった。
竜司は押し寄せる快感に身を任せていた。
「男のくせにチンポを入れられてよがってやがる」
(うるさい。よがってなんかない)
そう言いたかったが、出るのは喘ぎ声だけだった。
「それじゃそろそろフィニッシュといこうか」
"竜司"がより激しく腰を打ちつけてきた。
竜司の快感はさらに高まってきた。
ああ、ダメだ。
このままだとおかしくなる……。
そうしているうちに竜司は身体に熱い物が注がれたことを感じた。
気持ちいい…。
竜司はそのまま意識を失った。


気がつくと"竜司"の姿は消えていた。
(とりあえず助かった…)
竜司はそう思い、のろのろと立ち上がった。
そしてそばに落ちてあった女のバッグを手に取った。
昨日の夜、確か女が持っていた物だったと思う。
竜司はバッグの中を見た。
まず目に留まったコンパクトを取り出した。
もちろん今の自分の顔を確かめるためだ。
予想通り昨日のあの女の顔だった。
(ということは今の俺の身体に入っているのはこの女のはずだよな)
竜司は自分の予想通りの事態になっていることに確信を持った。
さらにバッグの中を捜すと免許証を見つけた。
そこには女の写真と名前が書かれていた。
「この身体の持ち主は野中愛っていうのか…」
野中愛は何らかの方法で竜司の身体を乗っ取り、しかも竜司の振りをしていたのに違いない。
もう一度会って確認したい気もしたが、今会ってもまた犯られるのがオチだろう。
免許証には愛の住所も書かれていた。
「住所は……○○町か。すぐそばだな。とりあえずそこに行くとするか…」
一度態勢を立て直すのが重要だと考え、竜司は女の家に向かうことにした。

それにしてもとりあえず何か身につけないと、ここから出られない。
竜司は落ちていた女のショーツを手に取った。
(どうして俺がこんな物を穿かなきゃならないんだ)
竜司はついている砂を払い、女のショーツに脚を通した。
ブラジャーを取ったが、それをつけるのは躊躇われた。
自分の身体が女であることを思い知らされるような気がするのだ。
だからブラジャーはつけなかった。
キャミソールを着て、そしてブラウスを着た。
そして、スカートを手に取った。
腿を半分ほど隠す程度だ。
昨日はスカートから伸びる脚に惹かれたが、まさか自分がこんなものを穿くことになるとは。
竜司は暗い気分になった。
しかし穿かざるを得ない。
仕方なく脚を通した。
そして数歩歩いてみた。
タイトスカートというものは見た目よりタイトだった。
歩幅がこれほど狭くなるとは思わなかった。
こんなに歩きにくいとは思わなかった。

パンストが落ちていることに気がついた。
これはすでにボロボロになっている。
昨日脱がせるときに破いたからだ。
(別に生足で問題ないだろう。寒くないしな)


愛の部屋はすぐに見つかった。
マンションとは名ばかりの集合住宅の2階の一部屋だった。
バッグに入っていた鍵を使うと、無事に開いた。
愛の部屋はシンプルな部屋だった。
ただ気になるのは男の気配を感じることだ。
男物の洗濯物が干してあり、男との写真が飾ってあった。
(男と一緒に暮らしてるみたいだけど…)
そんな嫌な予感が頭をよぎった。

(まずはこの汚い身体を何とかしなきゃあな)
男が放った精液が逆流して気持ち悪かったのだ。
シャワーで身体を綺麗に流すことにした。
洗面所に行くと、鏡があった。
その鏡の前に置いてあるマグカップには歯ブラシが2本入っていた。
ピンクとブルー。
間違いなく男と暮らしている。
竜司はそう確信した。
男と会う前にこの部屋からも逃げたほうがいいかもしれない。

竜司は急いで服を脱いでシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら改めて女の身体を観察した。
立派な乳房だった。
引き締まったウエストはヒップの大きさを強調していた。
薄い陰毛には女性器があった。
改めて女の身体になっていることを思い知らされた感じだ。
何となく気が滅入るが、とにかくなっているところを綺麗にしよう。
竜司は脚を広げてシャワーの湯を直接そこにあてた。
男が排出した精液を綺麗に洗い落とすためだ。
何となく変な気持ちにならないではないが、そこは必死に抑えた。

一通り綺麗にすると、竜司は全身を濡らしたまま、タンスからグレーのスエットの上下を出した。
男の物なんだろうか。
今の身体にとってはかなり大きかった。
とりあえずそのスエットで身体を拭いた。

そして別のタンスを見た。
こっちがこの女のタンスなんだろう。
いかにも女物の服が詰まっていた。
そこからライトブルーのスエットを出した。
ショーツはできるだけシンプルなものを選んで穿いた。
そしてスエットを着た。
それにしても濡れた長い髪の毛がかなり鬱陶しい。
この髪を何とかしないといけないな。
竜司がそう思っているときだった。

「ただいま」
男が入ってきた。
もちろん竜司にとって知らない男だ。
やたらとにやついたスケベそうな顔をした男だった。
「誰だっ!」
竜司はその男に向かって言った。
男は竜司をチラッと見ただけだった。
「お前は誰だって聞いてんだよ」
竜司はイラつきながら言った。
「そんな言い方するなよ。昨日は紀雄の奴が離してくれなかったんだよ」
紀雄って誰だ?
こいつと俺はどんな関係なんだ?
結婚してるんじゃないだろうな。
「で、お前はいったい誰なんだ?」
「いくら昨夜帰ってこないからって同棲相手に"誰だ?"はないだろう。どうしたんだよ、愛」
そう言って竜司を抱き締め、キスしようとした。
「やめろ、気持ち悪いっ」
竜司は思い切り男を突き飛ばした。
「何だ、今日はヤケに突っ掛かるんだな。許してくれてもいいだろ?たまのことなんだし」
再び男が竜司の腕を掴んで自分のほうに引き寄せようとした。
竜司は再び突き飛ばそうとしたが、男は簡単にそれをいなした。
(何でこんな奴に…)
身体が女になっているのだ。
力で男に敵わないのは当たり前だが、竜司はそんなことに気がつかなかった。
竜司は男に抱き締められた。
「やめろ、気持ち悪い。離せったら離せ」
「何だ、その言い方は。いくら何でも俺も怒るぞ」
「怒るんだったら怒れよ。こんなとこにいてられるか」
「ああ、そうか。分かったよ。お前なんかさっさと出て行け」
「ああ、もちろんだ。出て行ってやるよ。誰がこんなところにいるもんか」
竜司はスエットのままサンダルを履いて出て行った。


とりあえず自然な流れで男から逃げたのはいいが、行く宛がない。
自分の部屋に戻るか?
いやまだだ。
どこかで態勢を立て直さないと。
そんなことを考えながら歩いていると、他人の視線が気になる。
やたらと竜司のことを見ては、竜司と目が合いそうになるとすぐに視線を逸らした。
まるで見てはいけない物を見たかのようだった。
(何見てんだよ)
そう言ってつっかかりたかったが、今の姿ではそんなこともしづらかった。
(どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ)
そんな思いが頭を満たしていた。
どうしようか途方に暮れていると、急に空腹感を覚えた。
昨夜から何も食べていないことに思い当たった。
(近くにコンビニあったよな)
お金なんて持っていない。
それでもとりあえずコンビニに行くことにした。
適当な相手から奪えるかもしれない。
そう考えたのだ。

コンビニから男が出てきた。
竜司より少し上の年齢だろうか。
手には弁当を持っていた。
竜司は男が持つ弁当から視線を外せなかった。
そのとき腹の虫が鳴った。
相手にも聞こえるくらい大きな音だった。
相手が竜司を見た。
さすがに恥ずかしかった。
「何だ、そんなに腹が減ってるのか」
小さく頷いた。
「そしたらちょっと待ってろ」
男は再びコンビニに入り、もうひとつ弁当を買って出てきた。

「どこか行くところあるのか?」
竜司は首を横に振った。
「何だ、家出でもしてきたのか。とりあえず俺の部屋に来るか」
竜司はおとなしく男の後をついて行った。
なぜかこの男は大丈夫なような気がしたのだ。

男が向かったのはかなり高そうなマンションだった。
さすがに竜司も今の自分の恰好で一緒に入っていいか躊躇われた。
「別に襲ったりしないからついて来な」
竜司が躊躇ったことを男は別の意味にとったらしくそんなことを言った。

男の部屋はかなり広かった。
一応3LDKなのだが、そのLDKがかなり広いのだ。
おそらく他の部屋もかなり広いのだろう。
造りから考えると確実だと思えた。

男は弁当をテーブルに置いた。
「冷たいお茶でいいか?」
竜司は黙って頷いた。
「さっきから全然口を利かないが、喋れないのか?」
「そんなことない。喋れる」
竜司はぶっきらぼうに返事を返した。
男がペットボトルのお茶をコップに入れてくれた。
「腹減ってるんだろ?食っていいぞ」
竜司は目の前の弁当を必死に腹に流し込んだ。
「そんなに腹が減ってたのか。それにしても豪快な食い方だな。何なら俺の分も食べていいぞ」
男の言葉に竜司はさらにもうひとつ弁当を平らげた。
「すげえな。そんなに腹が減ってたんだ。」
男はスーツに着替え始めた。
「俺は今から仕事に行く。もしどこにも行くところがないんなら、このままここに好きなだけ居ればいい。出ていくなら適当に出て行けばいい」
竜司はこのまま居れるんならこのまま居ようかと思っていた。
この男はそれなりに信用できる。
そんな予感を強くしたのだ。

竜司は男に聞いてみた。
「なあ、鋏ないか?」
「何だ?ほとんど喋らないかと思ったら、いきなりそんなこと聞いて。それにしても鋏なんて何に使うんだ?」
「この鬱陶しい髪の毛を切ろうと思ってさ」
「自分で切るのか?」
「ああ、そうだけど」
「自分で切るなんてやめとけ。俺が知っている美容室に予約入れてやるからそこで切ってもらえばいい」
「いいよ、面倒くさい。それに金なんてないし」
「金は心配するな。もしここに留まるつもりなら俺の言う通りにしてくれ」
「分かったよ。それにしてもどうしてそんなに親切にしてくれるんだ?」
「親切にされると不安か?何かとあったのか?でも心配するな。俺はホモだ。あんたを襲うことなんて可能性は露ほどもない」
「そう…なのか?」
「信じるかどうかはお前次第だ。ところでそろそろ自己紹介してもいいだろ。俺は大友和弥ってんだ。お前の名前は?」
「野中愛」
「それじゃ野中愛さん、美容室に予約入れてから電話するから待ってな。1時間以内には電話するからな」
男はそう言って、出て行った。

和弥が出掛けて30分程経ったとき、和弥から約束通り電話が入った。
「今からでも大丈夫らしい。店の名前はファンタジーだ。マンションを出て、すぐ右側に歩いて1分ほどのところにある。不案内な君でも迷わず行けるはずだ」
そして和弥はマンションの暗証番号や部屋の合鍵の隠し場所なんかも教えてくれた。
この俺をそんなに信用して大丈夫なのか?
竜司ですらそんなふうに思わずにいられなかったが、あえて和弥には何も言わなかった。
とりあえず竜司は矢も盾もたまらずすぐに美容室に行った。

美容室はすぐに見つかった。
美容室に入るととにかく短くしてくれと頼んだ。
竜司を担当した店員は目の前にヘアカタログを広げて見せた。
竜司から好きな髪型を聞きだそうというのだ。
しかし、竜司は短ければ何でもよかった。
そんなもんどうでもいいからごちゃごちゃ言ってないでさっさと切れよ。
そう言いたかったが、何とか抑えて目の前のページから適当な写真を指差した。

竜司が指差したのはダークブラウンのショートボブだった。
カラーリングされたのは予定外だったが、とりあえず髪が短くなった。
かなり頭が軽くなったような気がする。
「お金は大友様からいただくことになっていますので」
と店員が言うので、竜司はそのまま部屋に戻った。

竜司は一通り全部の部屋を見た。
予想通り広かった。
女がいる雰囲気はなかった。
もちろん別の男といる様子もなかった。
居てもいいと言ってくれたし、しばらくここで厄介になろうか。
竜司はそう考えていた。


特に外に出る理由はない。
というよりも女の姿であまり外に出たくなかった。
仕方なくほとんど見たことのない昼間のテレビを見ていた。
見るべき内容は何もなかった。
そんなつまらないテレビを見ていると、再び腹が減ってきた。
(何か食い物あるかな)
竜司がキッチンをあちこち探して回ると、パスタが見つかった。
パスタを茹で、サッとバターで炒めた。
味気なかったが、食べれないほどでもない。
竜司はそれを食べ終えると、ソファで横になって、テレビを見るともなく見ていた。


和弥が帰ってきた。
時計はいつの間にか8時を差していた。
「部屋にいてもいいけど、できれば家事してくれたら助かるんだけど」
「そんなもんが必要なら家政婦でも雇えばいいだろ?」
「俺としては君が変に気を使わなくて済むように言ってるつもりなんだけどな…。それじゃバイトということでどうだろう?俺が仕事の日に家事してくれれば1日1万円出そう。どうだ?」
「金をくれるんならいいや。その条件で乗った」

和弥と竜司の奇妙な共同生活が始まった。
二人はお互いを「和弥」「愛」と呼び合うようになった。
主婦のようなことをしてはいたが、ただそれだけだった。
夜は別々に寝て、決して抱き合うことなんてことはなかった。
竜司はいい相手を見つけたと内心喜んでいた。



『もしもし、愛か?』
竜司が和弥と暮らし始めて20日ほど経ったある日の夕方和弥から電話がかかってきた。
こんなことは初めてのことだった。
「ああ、何だ?こんな時間に?今日も遅くなりそうなのか?」
初めての和弥の電話、しかも4時過ぎという時間の電話に少し警戒しながら話した。
『いやちょっとパーティに出る羽目になっちまったんだ』
「そしたら晩飯は外で食ってくるんだな。そのほうがこっちも楽だからいいや」
『いやそれが、そのパーティってのが女性同伴なんだ』
「そうなんだ…」
『だから…さ…』
「お前、まさか、それに俺を連れて行こうってんじゃないだろうな」
『ははは、そのまさかなんだけど…』
「無理無理無理無理、ぜ〜ったい無理。会社にいっぱい女はいるだろう」
『下手に社内の女の子を連れていくと変な噂をたてられるかもしれないんだ。そうなると何かと面倒だろ』
「どういうことだ?」
『愛には言ってなかったけど、俺これでも社長やってるんだ』
「えぇ?お前がか?」
『そう見えないか?見えないかもな』
こんなマンションに住んでるんだから金持ちだってことは分かってたけどな。
竜司は心の中で呟いた。
「いやいや、お前は間違いなく金持ちだって分かってたさ。それにしてもお前にもガールフレンドの1人や2人いるだろ」
『俺はホモだって言っただろ?まさか男を同伴相手に選ぶわけにはいかないしな』
「ははは、確かにそうだな」
『だろ?だからさ…』
「しゃあない、世話になってるお前の頼みだし引き受けてやらあ」
『さすが愛だ。そう言ってくれると思ったぜ。それじゃすぐに迎えの奴を行かせるから、そいつの指示にしたがってくれ』
「分かった。それじゃまた後でな」

竜司はこのときパーティで女性がどんな恰好で行くのか知らなかった。

少し後に複数の人間がやってきた。
そのやってきた者たちに思い切り着飾らされた。
プリーツワンピースに煌びやかなアクセサリ(このときになって初めて耳にピアスの穴が空いていることを知った)。
訳の分からないネールに鬱陶しいロングカールのウィッグ。
もちろん化粧もしっかりと施された。
化粧品の匂いで鼻が曲がるほどだった。
最後にヒールが8センチもあるコサージュパンプスを履かされ、フリルバッグを持たされた。
そんなタイミングに、和弥がやってきた。
「おい、何だこれは?」
「ははは、なかなか似合うじゃんか。馬子にも衣装だな」
「うるさい。これで殴ってやろうか」
竜司はダイヤの指輪を填めた右手を突き出した。
「そんなもんで殴られたら、肉が削げるだろ。バイト代は出すからさ」
「もちろんだ。かなり弾んでもらわんとやってられんしな」
「やっぱりそうくるか…」
和弥は苦笑した。

和弥に連れて行かれたのは入ったこともない一流ホテルの会場だった。
会場では竜司の美しさが確実に抜きん出ていた。
どこかの社長やらよく分からない政治家の親父たちに声をかけられた。
竜司は愛想笑いを浮かべて適当にあしらっていた。
しかしそれも30分が限界だった。

「おい、和弥、そろそろ疲れてきたんだけど」
「そうだな、そろそろ休憩するか。一応上に部屋取ってあるんだけど、少し休むか?」
「さすが和弥、気が利くな。すぐに行こうぜ」
「分かった。それじゃ主催者にちょっと一言言ってくる」
1分も待たずに和弥は竜司のところに戻って来た。

和弥がとっていたという部屋はかなり広かった。
おそらくスイートなんだろう。
部屋は3つあり、奥にはキングサイズのベッドがあった。
「疲れたぁ!」
竜司はそのベッドに身体を投げ出した。
その拍子にドレスが捲れ上がったが、そんなことは気にも留めなかった。
「おい、いくら何でも恥ずかしいだろう」
和弥が近づき捲れ上がったドレスを直してくれた。
すると和弥が覆い被さるような体勢になった。
ゆっくりと和弥の顔が近づいてきた。
(キスされるな)
そう思い、竜司は目を閉じた。
次の瞬間、和弥の唇が重なった。
(あ〜あ、キスしちまった)
突然のキスにもかかわらず頭の中は意外と冷静だった。

和弥の唇が離れると竜司はすかさず聞いた。
「和弥、お前ホモじゃなかったのか?」
「お前の場合女に思えねえんだよ」
和弥はそう言って再び唇を押し付けてきた。
(確かに中身は野郎だしな)
竜司はそう思いつつも和弥のキスを受け入れていた。
やがて和弥の舌が竜司の口の中に入ってきた。
竜司は舌を絡めて和弥の動きに応じた。

和弥の手が竜司の胸を捉えた。
(この状態じゃそのまま犯っちゃうよな)
そう思ったが、一応抵抗するように和弥の手を抑えた。
すると和弥の手が止まった。
「ダメか?」
和弥が悲しそうな顔をして聞いてきた。
そんな顔されるとどう言っていいか分からない。
「ダメってわけじゃないけど…」
実際竜司も和弥のことを気に入っていた。
でも男と女の関係としての"好き"ではない。
でもこのまま愛の姿でいるなら和弥以外の相手は考えられない。
でもこんな状況になるなんて思ってもいなかったし。
でも……。
いくつもの"でも"が頭の中に浮かんできて竜司はどうでもよくなってきた。
「お前が抱きたけりゃ抱いたらいいさ。好きにしろ」
ついにはそう言い放った。
「そんな言い方するなよ。俺のこと嫌いなのか?」
和弥は相変わらず悲しそうな顔をしている。
「嫌いなわけ、ないじゃないか」
仕方なくそういうと和弥の顔が一気に明るくなった。
竜司は胸がキュンとしたような気がした。
「そうか。俺のこと好きなんだな」
和弥の顔を見ていると否定するのが可哀想に思えた。
「ああ、大好きだよ」
そういうと和弥が竜司の服を脱がしにかかった。
(仕方ないな)
竜司は脱がせやすいように身体を捻ったり肩を浮かせたりした。
ついにピンクのブラジャーとショーツだけになった。

和弥が立ち上がって自分の服を脱ぎ始めた。
竜司は横たわったまま和弥がパンツ一枚になっていく様子を見ていた。
ボクサーショーツの前の部分が大きく膨らんでいる。
(俺のよりでかそうだな)
竜司は和弥の股間を見つめた。
(フェラしてやったら喜ぶんだろうな)
そう思ったとき無意識に上半身を起こしていた。
すると和弥が「ん?」というように竜司の顔を見た。
和弥を驚かせてやりたい。
そう思ったときには思わぬ言葉が口をついて出てしまった。
「ベッドに横になれよ。フェラしてやらあ」
そして言ってしまった自分に驚いた。
勢いとは言え、そんなことを言ってしまうなんて。
しかし自分で言ったことを反故にするのは竜司の主義に反する。
やるしかなかった。
和弥を見ると、嬉しそうにベッドで横になっていた。
竜司は仕方なく和弥の横に座った。
できるだけ和弥の顔を見ずにボクサーショーツをずらした。
和弥のペニスがピョコンと出てきた。
(でかいな)
予想通り竜司のものより一回り以上大きかった。
それにオスの匂いがする。
別にこんな匂いを嗅いだからといって女として興奮するわけではない。
できるだけ匂いを嗅がないようにして、右手でペニスの先端を親指で撫でた。
和弥の口から「うっ」という声が漏れた。
(感じてる感じてる…)
何となく竜司は面白くなって、和弥の反応を見ながらペニスを擦った。
ペニスの先端に唾を垂らして、擦り続けた。
「そろそろ銜えてくれよ」
さすがに和弥が焦れて要求してくれた。
竜司のほうもやや退屈になってきたところだ。
それにしても…。
(ついにフェラすることになっちまったか)
ペニスを前にして竜司は生唾を飲み込んだ。
数十センチ顔を移動させるだけなのだが、なかなかできない。
決心もつかずに逡巡していると再び和弥の声が飛んできた。
「まだか?」
「わ…分かってるよ」
それでもさらに数十秒固まっていた。
「無理するな。もういいよ」
そんな和弥の言葉は竜司に敗北
「うるさい。できるって言ってるだろ」
そう言って一気にペニスを銜えた。
口の中から鼻腔にオスの匂いが広がった。
なるべく鼻で息をしないようにして舌でペニスを舐め上げた。
しばらくすると味も匂いも気にならなくなった。
何てことはない。
でかいクリトリスだと思えばいいのだ。
気持ちの余裕が生まれると口の中でのペニスの反応が面白くなってきた。
舌の動きに合わせてピクピクと脈打った。
(何この反応。面白い)
竜司はその行為に嫌悪感どころか夢中になりつつあった。
和弥が声を漏らしている。
(よし、俺様のテクで出させてやるぜ)
調子に乗った竜司は根元をしごきながら口を窄めて顔を上下させた。
口の中に塩辛いものを感じた。
「あ…愛、もういい。やめろって」
竜司は和弥の言葉を無視して頭を上下させ続けた。
「マジでやめろって」
和弥が竜司の頭を無理やり引き剥がした。
「何だよ、せっかく最後までやってやろうとしたのに」
「俺の場合1回出したらもう無理なんだよ」
「何だ、そりゃ。俺なんか何回もいけるぜ」
「そりゃ愛は女だからな」
そう言われて竜司はあらためて自分が女だということを認識した。

和弥は竜司のフェラチオをやめさせると、一気に竜司との体勢を入れ替えた。
その結果竜司は和弥に組み伏せられた恰好になった。
手首を掴まれ、万歳しているような恰好にさせられた。
「何だよ」
「お前ってやつは本当に…」
そうして唇を塞がれた。
手首を押さえる力が弱まり腕の自由が戻った。
竜司は和弥の首に腕を回し、積極的に和弥とのキスを貪った。
和弥の手が竜司の胸の先を摘む。
その度に声が出そうになるのだが、キスしているため声が押し殺されていた。
和弥はなおもキスしながら手で竜司が感じやすい部分に触れてきた。
中でも乳首を触られるととても気持ちがよかった。
「ん…ん…ん………」
竜司がキスから逃れようとすると、和弥はさらに力を入れて竜司を逃がさないようにした。

さすがに苦しくなってきたころ、ようやく唇が自由になった。
「はあ〜」
竜司が思い切り深呼吸をしたときだった。
「ぁんっ…」
竜司の口から甘い声が漏れた。
和弥が竜司の乳首を甘噛みしたのだ。
その瞬間竜司の全身の快感の電気が走り、声が漏れたのだった。
和弥は竜司の反応に気をよくしたのかしつこいほど乳首を攻撃してきた。
竜司はこれ以上喘いでいるのを聞かれたくなかった。
だから自分の右腕を噛んで声を出さないようにしていた。

和弥は竜司の股間に手をあてた。
「愛、気持ちいいか?」
「…うるせぇ、…男に犯られて気持ちいいわけないだろ」
「そんなこと言っててもすっごい濡れてるぜ」
「んなわけないだろ」
しかし竜司は自分の股間がものすごく濡れていることを自覚していた。
そして和弥のペニスを求めていることも。
それでもそんなことを口に出すわけにはいかなかった。

和弥が竜司の脚を押し広げて、ペニスを押し付けてきた。
(入れられる!)
そう思った瞬間和弥のペニスが何の抵抗もなく入ってきた。
「はぅ…」
竜司の口から奇妙な声が漏れた。
「どうだ、愛。感じるか?キュッキュッと締め付けてくるぞ」
「うるさい、俺は何もしてねえ」
「身体は正直だってことだよ」
和弥が竜司のウエストを掴み、ゆっくりと腰を動かした。
「ぁぁぁぁぁ………」
竜司は声を出しているつもりはなかったが、和弥の腰の動きに合わせて声が出ていた。
女になったとき男に犯されたときも確かに感じた。
しかしそんなものとレベルが違う。
身体の感度が格段に敏感になっているのだ。
嫌いでない(まだ好きだと認めたくなかった)相手だとこんなにも感じ方が違うのか。
竜司は狂わんばかりの快感を感じる一方そんなことを考えていた。

竜司は和弥の身体を抱き締めていた。
和弥の身体をより感じていたいからだ。
すると和弥が竜司の唇にまた唇を重ねてきた。
また自由に息ができなくなった。
突かれるたびに快感が全身に広がる。
快感と苦しさ。
そんな中でどんどん高まっていくのを感じた。

和弥が上半身を起こし、竜司の腰を掴んで竜司の身体を揺すった。
「愛、行くぞ」
「早く…早く……」
竜司は早く和弥のモノが欲しかった。
しかし自分がそんなものを求める言葉を発している意識はなかった。
竜司自身も快感を求めて強く腰を振った。
全くそんな意識はなかった。
それはただオスの精液を求めるメスの本能なのかもしれない。

和弥の熱い物を感じたとき竜司は頂点に達していた。

竜司はしばらくの間セックスの余韻に浸っていた。
男とは違い、終わった後も快感の波が寄せて返してくるのだ。
竜司はそんな余韻の波に身を任せていた。
女ってサイコー。
肩で息をしながらそんなことを思っていた。

横にいる和弥は眠っているように見えた。
竜司とのセックスでかなり疲れたのだろう。
竜司はそんな和弥の寝顔を見つめていた。
「可愛い…」
和弥の顔を見て無意識のうちに呟いてしまった。
そしてそんな呟きに自分自身が驚いた。
さっきのフェラチオと言い出したことと言い、どうかしてる。
男の顔を見て可愛いと思うなんて。
そういやこの身体になって攻撃的な部分が消えている(言葉遣いは相変わらずだが)。
これも女の身体になったせいなのだろうか。
そう戸惑いながらも、今の自分の状況は決して嫌なものではない。
女である自分を受け入れつつあった。
竜司は優しい気持ちになって和弥の顔を見ていた。

突然和弥の目が開いた。
じっと和弥の顔を見ていたせいで完全に目が合ってしまった。
慌てて視線を外したが、続いて和弥から出てきた言葉で竜司は完全にパニックに陥った。
「俺の寝顔ってそんなに可愛いか?」
「バッ…バカ、何言ってんだよ」
竜司は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。
こいつ、寝た振りして聞いてやがったんだ。
思ったよりも性格悪い。
こんな奴が可愛いわけがない。
女の快感が俺をおかしくしてるだけだ。
竜司はそんなふうに思った。

パニックに陥っている和弥の腕が竜司の頭の下に入ってきた。
そして、そのまま和弥のほうに引き寄せられた。
竜司はそのまま和弥に腕枕されて、二人並んで天井を見る恰好になった。
竜司は反抗するタイミングを逸して、そのままの体勢でおとなしくしていた。

「なあ」
沈黙に耐え切れず竜司が話を始めた。
「何だ?」
「お前ホモだって言ってたよな?」
「ああ」
「何で俺を犯ったんだ?」
「犯ったって言うなよ」
「犯られたんだからそう言って何が悪いんだ?」
「それにしても表現の仕方ってのがあるだろう」
「犯られた以外の表現を知らないんだけど」
「お前なあ…」
そう言って和弥は身体を横に向けた。
竜司も和弥のほうを向いた。

「お前、本当は男だろ?」
和弥の言葉に竜司は思い切り噴き出した。
こんな完全に女の身体なのにどうしてばれたんだ?
女の身体に押し込められた男なんて。
それにしてもばれたほうが気が楽だ。
ここは素直に言ってしまおう。
竜司はそう考えたのだ。
「おう、そうだ。俺は男だ」
竜司は見破られたと思い、開き直って言った。
「やっぱりな。俺が女を好きになるわけないからな。……本当に愛って面白い女だな…」
そう言って髪をクシャクシャにされた。
「俺は男だって言ってるだろ!」
「分かった分かった。お前は本当にチャーミングな男だよ。お前と出会えたことが本当に嬉しいよ」
どう言い返せばいいのか思いつかなかった。
すると隣から静かな寝息が聞こえてきた。
(何だ、寝やがったのか)
竜司は和弥の手に手を重ねて眠りに落ちていった。


次の朝、起きるとベッドのシーツに赤いものがついていた。
最初に気がついたのは和弥だった。
「おい、愛。血みたいなのがシーツについてるんだけど、まさかお前初めてだったのか?」
「違えよ、残念ながら」
少なくともこの身体は、2回は経験あるはずだ。
竜司が犯したのと、愛になったときに犯されたのとの2回だ。
しかし竜司が犯したときに出血はなかったはずだ。
となると3回以上はセックスしてるはずだ。
竜司がそんなつまらないことを考えていると、和弥はシーツを手に取って聞いてきた。
「それじゃこの血は何だ?」
「そんなこと、俺も知らねえよ。お前が無茶するからどこか傷でもついたんじゃないのか?」
男であった竜司にとっては、出血と言えば怪我しか思いつかなかったのだ。
「そうじゃないだろ。お前のあそこから血が出てるんだぞ。生理じゃないのか?」
「せ…生理!?」
思いもしなかった指摘に竜司は慌てて自分の股間を見た。
確かにそこから血が出ている。
その血が太腿の内側を伝って流れていた。
女が生理になったところを見たことはなかったが、これはまさに……。
(これってマジで生理かよ)
男だった竜司にはよく分からなかったが、状況から考えてどうやらそうらしい。
(この俺が生理になっちまった)
女の身体になっても、さらには女として犯されても、どこか他人事のような感覚があった。
しかしさすがに自分の股間から流れ出てくる少なくない出血はショックだった。
自分は紛れもなく女なんだと思い知らされたようだった。
ある意味女になったとき以上のショックだった。
俺は本当に女なんだ、女なんだ、女なんだ、女なんだ、………。
そんな考えが繰り返し頭の中に響いていた。

「愛ってやっぱり女だったんだな」
そばで和弥がそんな軽口を叩くと、無性に腹が立ってきた。
「うるさい。感心してないで何とかしろ」
「そんなこと言ったって俺は生理になったことはないしな」
「お前がナプキンかタンポンを用意しろよ」
「男が生理用品なんか持ってるわけないだろ」
確かにその通りだ。
その通りだが、俺はお前しか頼る奴がいないんだ。
「俺も持ってないから、何とかしてくれ」
和弥はやれやれと言わんばかりの顔をしてフロントに電話をかけてくれた。
やがてホテルの従業員と思しき女性がナプキンを持ってきてくれた。

竜司はそれを受け取ると、浴室に入った。
そこで脚についた血を洗い流した。
ある程度綺麗になるとバスタオルで拭いた。
バスタオルに少し血がついたが仕方がない。
下着にナプキンをつけてその下着を穿いた。
ちょっとゴワゴワする。
かなり気持ち悪い。
女は生理になるといつもこんな感じなんだろうか。
大抵の女はこんな状況でも男に気づかれずにいつも通りの生活を送ってるんだ。
女って何てすごいんだ。
竜司は女性に畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

竜司は床に散らばっていたドレスを着た。
こんなチャラチャラしたドレスなんて着たくはなかったが、他に着る物がないから仕方なく着ただけだ。
とにかくさっさと帰りたかった。
帰って、もっとラフな服が着たかった。
部屋に戻るまでの辛抱だ。
そう自分に言い聞かせた。

竜司が服を着始めたので和弥も自分の服を着た。
服を着ながら、竜司に話しかけてきた。

「ちょっとというか全く理解できないんだが、愛って生理になったことなかったのか?」
「あるか、そんなもん。俺は男だって言ってるだろ?」
「だが、お前は女性だってことは確かだよな」
「ああ、身体は確かに女だ。生理になるくらいだからな」
「身体はって…。心は男だって言いたいのか?」
「ああ、そうだ。この身体の女に身体を入れ替えられたんだ」
「入れ替えられた?そんなこと本当にできるのか?」
「知るか、そんなもん。とにかく俺がこんな目に会ってるのが何よりの証拠だ」
「そう言われても信じられん話だな。つまりお前は身体は女だが、心は男だってことなのか?」
「さすがは和弥、分かってくれるんだ。それでこそ俺が見込んだ奴だ」
「へえ、そうなんだ。……実は俺はホモだけど、男でも見た目は女ってのが好みなんだ。つまり完全性転換しているのがいいんだ。そういう意味ではお前は俺の理想じゃないか。男だけど完璧な女の身体を持っているなんて」
和弥が目をぎらつかせて竜司を見ている。
「和弥、お前、目が怪しいぞ。落ち着け」
「これが落ち着いてられるか。お前は俺の理想なんだぞ」
「えっ、そうなのか?」
さすがに"理想"なんて言われたら照れてしまう。
竜司は状況を一瞬忘れ恥ずかしそうに頭を掻いた。
しかし、すぐに和弥の話がおかしな方向に進んでいることを思い出した。
「お前、何が言いたいんだ?」
竜司は警戒しながら和弥に聞いた。

「さすが愛。俺が何か言おうとしてるのが分かるんだ」
「何だ、俺にできることなのか?だったら言ってみろよ」
「結婚しないか?」
竜司は思い切り吹き出した。
「けけけ結婚って、お前、何考えてるんだ?」
「俺は大真面目だ。お前のことを好きだって気づいたときから真面目に考えてた。もし俺がお前を抱けないのなら、そのときはこれまで通りのただの同居人でいようと思ってた。だが、昨夜、お前が女であっても俺はお前を抱けることが分かった。さらに今朝になってお前は心が男で、身体が女だってことが分かった。おそらくお前以外にそんな女はいないと思う。俺はお前と一緒にいたい。これまでの恋人は男同士だったし、世間的な目を気にしていた。だが、愛のことは間違いなく愛しているし、俺はこの先ずっとお前と一緒にいたいと思ってるんだ。だから、だから真面目に俺との結婚を考えて欲しい」
「お前、気は確かか?それって真面目に言ってるのか?」
「ああ、大真面目だとも」
「……分かったよ。俺だってよく分からない他人の身体になって正直ずっと不安だったんだ。お前がパートナーになってくれるんだったら考えてみてもいい」
「そうか、いい返事を期待してるぞ」
和弥は竜司を抱き締めてキスしようとした。
竜司は和弥から素早く逃げた。
「馬鹿。そういうのは当分なしだ」
「嘘だろ?」
「嘘じゃない。お前のことを真面目に考えるためだ。ズルズルと身体だけの関係になるのは嫌だろう?」
「俺はそれでもいいんだけどな。まあお前らしいんで、俺は待つことにするよ」
「そうか。サンキュー」
意外と素直に手を引いたのは驚きだった。
男がぎらついたら普通最後まで犯るだろう。
それが竜司の感覚だった。
和弥の態度はありがたくはあったが、なぜか物足りないと感じている部分があった。
(馬鹿。俺は何を期待してるんだ?)
自分の考えていることに気づき、今この雰囲気に飲まれているような気がした。
とにかく部屋に戻ろう。
考えるのはそれからだ。

部屋に戻ると、即行部屋着に着替え、いつものようにダラダラした。
和弥は仕事に出掛けて行った。
生理と言っても大したことはなかった。
その日の出血はそれなりにあったが、それだけだった。
腰がだるいとか体が重いとか全くなかった。
それでも生理を理由に家事をサボることは忘れなかった。
そんな生理生活も4日目になるとかなり出血の量が減り、6日目にはナプキンが汚れることはなかった。

あんなことがあったが、寝るのは相変わらず別々に寝ていた。
夜這いをかけられるんじゃないかと思っていたが、そんなことはなかった。
一度待つと言ったら待つ。
和弥はあくまでも紳士なのだ。
「生理はそろそろ終わったんじゃないか?」
会社から帰ってきた和弥は開口一番そう言った。
セックス目的が見え見えだ。
さすがに和弥も男だ。
「終わってもお前とセックスする気なんてないからな」
「分かってるよ。お前が心配だから聞いただけじゃないか」
和弥はマジ顔でそう言うが、どこまで本当なんだか分からりゃしない。

生理が終わって1週間ほどすると、身体が疼き出した。
理性はともかく本能が和弥の男の部分を欲してしまうのだ。
竜司は仕方なく自ら慰めた。
自分から和弥を求めるなんて絶対したくなかった。
だから自ら慰めるしかなかったのだ。
それでも疼きは取れなかった。
いや自慰によりさらに欲求は強くなったと言ったほうが正しかった。
竜司の身体はもちろん意識の上でも和弥を求めているのだ。
それを認めざるをえなかった。


ある夜ついに竜司は和弥のもとを訪れた。
「何だ、愛、まだ寝ないのか?」
「なあ和弥、この前の話なんだけど…」
「この前の話って?」
「お前が…その…あの…けけけけけ……」
さすがに『結婚』と言うのは照れくさかった。
そのせいかうまく舌が回らなかったのだ。
「何だ?けけけけけって?」
「お前、性格悪いな。もういいや」
竜司は腹を立てて戻ろうとした。
「悪い。結婚のことだろ?」
そう言って、竜司の腕を掴んだ。
「もういいって言ってるだろ?」
竜司は叫んだ。
そう叫んだときにはすでに竜司の目から大粒の涙が零れていた。
その涙を見て和弥は慌てた。
「本当にごめん。お前を泣かせるつもりはなかったんだ」
「うるさい。別に泣いてるわけじゃない。勝手に涙が出てきやがるだけだ」
「愛、お前って奴は本当に…」
そう言われて唇を重ねられた。
急速に訪れる安心感。
竜司は目を閉じて和弥のキスを受け入れた。
そしてそのまま自然な流れに身を任せた。
その結果、竜司の欲求は満たされた。
肉体的にも精神的にも、だ。

その夜から竜司と和弥は一緒に寝るようになった。
もちろん結婚の合意のようなものはあると思う。
それよりもお互いがお互いを求めるまま毎晩のようにセックスした。
竜司は抱かれる度に自分がどんどん女になっていくように感じていた。
だがそれも決して嫌なことではなかった。
このまま女として和弥の妻になれるということにどういうわけか喜びすら覚えるのだ。
そんな自分が誇らしくさえ感じていた。
竜司は愛になれて良かったと思った。
竜司のままの人生ではあり得ない程幸せだった。
本当に幸せだった。



竜司が愛になって3ヶ月ほどしたときには、対外的にも和弥の婚約者として認識されていた。
知らないうちに女の身体にされた自分が女として幸福感を抱いていることに不思議な気がしないでもない。
だが、それ以上に今のこの幸せを大事にしたいと考えるようになっていた。
竜司はすでに過去の乱暴な男ではなくなっていた。
愛する男性との生活に夢を馳せるひとりの女性になっていたのだ。
残念ながら口調は相変わらずだったが。

そんな結婚にカウントダウンに入ったある日のことだった。
その日、竜司はいつものように夕食のためひとり買い物をしていた。
そして買い物を終え、帰ろうとしたときだった。
目の前に車が停まった。
(ん?)
竜司が顔を上げると、車のドアが開いた。
車にいたのは"竜司"だった。
「久しぶりだな。あのときの雌犬じゃねえか。そろそろ俺のチンポが欲しくなったんじゃねえか?」
何の前触れもなく下品極まりないことを言うなんてまさに昔の自分らしかった。
竜司の考えではその身体には愛が入っているはずなのだが、粗暴な竜司そのものだった。
竜司はそのことに疑問を感じずにはいられなかった。
(俺が少しずつ女の身体の影響を受けているように、女も俺の身体の影響を受けてるのか?)
そう考えてもみたが、あまりにも"竜司"そのものだ。
しかしこんな奴は今の自分にとっては赤の他人以下の存在でしかなかった。
無視するのが一番だ。
「うるさい」
そう言って離れようとした。
「相変わらず気の強い女だな。そんな女にはお仕置きしなきゃあな」
そして"竜司"が素早く車から降りて来て、竜司の口にハンカチを押し当てた。
「な……」
ハンカチには何か薬品らしき物が染み込ませてあったようだ。
「何するんだ」と言う時間もなく、竜司は数秒で気を失った。


ベッドで下ろされた拍子に気を取り戻した。
そこは数ヶ月前に暮らしていた見慣れた竜司自身の部屋だった。
ベッドの脇には恋人の怜奈がいた。
かつて竜司が"竜司"だったころにつき合っていた女だった。
(まだこんな女と続いてたのかよ)
はっきりしない頭で竜司はそう考えていた。

「何なのよ、その女?」
「俺のファンだよ」
「その女をどうするの?」
「犯るんだよ」
「あたしの前でそいつとエッチするわけ?」
「そうだよ。口答えするんじゃねえぞ」
「嫌よ、そんなの」
「うるせえ」
"竜司"は怜奈にビンタを浴びせた。

竜司はその途端反射的に上半身を起こし、逃げようとした。
しかし無駄だった。
ついさっき嗅がされた薬品のせいで意識がはっきりしていないせいもあったが、所詮男の力の前には今の竜司はあまりに非力だった。
「気がつきやがったのか。逃げようたって無駄だからな」
"竜司"は竜司の服を暴力的に破いた。

"竜司"は目の前に現れた乳房に乱暴に掴んだ。
「痛いっ。やめろっ」
「そんなこと言ったって乳首が立ってるぜ。感じてんだろ?お前は無理やり犯られるのが好きだからな」
「そんなこと…ない……」
そして乱暴にショーツを剥ぎ取られた。
「ほら、もうこんなに濡れてるじゃねえか。久しぶりに俺のチンポを銜えられるんで興奮してんだろ?」
「そんなわけねえだろ。痛いっ」
"竜司"の指が膣の中に入ってきた。
「こんなに濡れ濡れじゃねえか。本当に助平な雌犬だな」
"竜司"が指を入れたり出したりした。
「や…やめ…ろ……」
「そんなこと言って、俺の指をものすごく締め付けてくるぜ。感じてんだろ?」
「誰がっ!」
「それじゃそろそろお前の大好きな俺様のチンポを入れてやろうか」
"竜司"は竜司の膣口にペニスをあててきた。
「やめろ、やめてくれぇ」
「何言ってんだ?入れてください、だろ?」
嫌がる竜司の中に"竜司"のペニスが入ってきた。

入れられた瞬間から竜司は感じていた。
"竜司"の腰の動きに合わせて、自然と声が洩れた。
いやなのにこんなに感じているなんて。
"竜司"の腰の動きが早くなったとき、竜司も無意識のうちに腰を振っていた。
そして"竜司"の大量の精液が放たれたとき、竜司は全身がけいれんするほどの快感を感じた。
精神的にはともかく肉体的には和弥以上に感じてしまった。
そんな自分の女の身体が恨めしかった。
竜司の目からは大粒の涙がこぼれていた。

「おい、綺麗にしてくれよ」
"竜司"が無理矢理フェラを強要した。
しかしそれは竜司に対してではなかった。
"竜司"は怜奈の手を引っ張っていた。
怜奈にフェラさせようとしていたのだ。
(どういうことだ?)
"竜司"の奴は自分に対してフェラを要求するものだと思ったのに…。

すると、急に目の前の景色が崩れた。
それが収まると、どういうわけか口の中にペニスが押し込まれていた。
確か怜奈にフェラさせようとしたはずなのに。
急に気が変わったのだろうか。
状況がよく分からなかったが、自分の口に"竜司"のペニスが入れられていることは間違いなかった。
セックス直後の嫌な臭いが鼻についた。
(畜生、この野郎。好き勝手しやがって)
竜司は怒りが込み上げてきた。
(そもそもこんなものがついてるからいけないんだ)
そう思うと、自分の行動を止めることができなかった。
竜司は思い切り口の中に入っている物を噛んだ。
「痛い!やめてぇ」
"竜司"の口から女のような叫び声があがった。
まるでおかまだ。
(やっぱり俺の中身はあの女だったんだ)
女のくせに俺を犯しやがって。
竜司は怒りに任せてさらに思い切り噛んだ。
口に血の味が広がった。
ペニスを噛み切ったのだ。
そしてそれを床に吐き出した。
床に元の自分のペニスが転がった。
「ざまあみろ」
竜司が言ったときだった。
また目の前の景色が崩れた。

「痛いっ!」
急に股間に激しい痛みを感じた。
手で押さえると手にはベッタリ血がついていた。
(何だ、何がどうなって……)
いきなりの展開と強烈な股間の痛みに頭がついていかなかった。

「身体を元に戻してあげたの」
声が聞こえた。
「だ…誰だ」
「分かってるんでしょ?ずっとあなたに身体を奪われていた女よ」
「どうなってんだ!」
「安心して。今はそれぞれ元の自分の身体に戻ってるわよ」
「しかしついさっきまで俺はお前だったはずだ」
「そうね、ここに来たときはわたしとあなたが入れ替わった状態だった。でもフェラを強要したときにわたしと怜奈を入れ替えて、すぐにわたしとあなたを入れ替えたの。つまり、この時点でわたしは元通り、あなたと怜奈が入れ替わった状態になったってわけ。怜奈になったあなたはあろうことか元の自分のペニスを噛み切っちゃったの。その状態で全員元の身体に戻してあげたってわけ」
「そんな…」
「何ならもう一度入れ替えてあげてもいいわよ。おちんちんを切り取られた男として生きていくか、それとももう一度女になるか、どうする?」
「もう一度女にしてくれ、頼む」
「自分だけ助かりたいのね?」
「そうだ、頼む。入れ替えてくれ」
「最っ低な野郎ね、やっぱり」
愛は竜司を蔑んだように見つめた。

竜司の前には血が口の周りにべっとりついた女が跪いていた。
怜奈だった。
「あなたはどうする?」
愛が聞いても何の反応もなかった。
怜奈は身体から魂がどこかに行ってしまったように呆然としていた。
「しっかりなさい」
愛が怜奈の頬を数度叩いた。
すると怜奈が正気を取り戻したようだった。
「キャアァァァァァ……」
大きく目を見開いて怜奈が叫んだ。
「あたしの股間にあんなものが…。噛まれて痛くって……」
怜奈には"竜司"の身体に入っていた確かな記憶が残っているようだ。

「しっかりして。もう大丈夫だから」
愛が怜奈を落ち着かせようとした。
「な…何よ、あんた。竜司が連れてきた女じゃない?あんたに大丈夫って言われる筋合いはないわよ」
そこでようやく竜司が股間を押さえて苦しんでいることに気づいた。
「何、どうしたの、竜司?」
竜司に駆け寄った。
「ゴチャゴチャ言ってねえで、早く俺に身体を渡しやがれ」
「何?どういうこと?」
怜奈は状況を全く理解できなかった。
愛は怜奈に竜司のペニスが噛み切られたことを話した。
「誰?そんなひどいことするの?」
愛は怜奈を指差した。
「あたし?あたしがそんなことするわけないじゃん」
愛は怜奈の口の周りを触って、その手を見せてやった。
その手には血がついていた。
「何、その血?」
そして怜奈は自分の口の周りを腕で拭った。
腕には少なくない真っ赤な血がついていた。
「ぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
怜奈は吐き気に襲われて洗面所に走った。

「怜奈ったらパニクっているみたい」
愛は竜司に話しかけた。
「そんなことどうでもいいから早く入れ替えてくれ」
「入れ替えるって怜奈と?それとも私と?」
「お前がいいけど、もうどっちだっていい!」
「私になっている間に好きになった男とでも一緒になりたいんでしょ?悪ぶってたあなたもすっかり女になっちゃったってわけね。でも私も自分の身体が大切だから簡単には渡せないわ」
「だからお前じゃなくてもいい。怜奈でいいから。入れ替えてくれよ、頼む」
「……仕方ない、それじゃこれにサインして」
愛は竜司に一枚の紙を差し出した。
「何だ、これは?」
「さっき女になりたいって言ったじゃない。あとでゴチャゴチャ言われるのって好きじゃないから証拠を残しておくのよ」
「ゴチャゴチャなんか言わねえよ」
「いいからいいから。さっさとサインして」
竜司は股間の痛みに耐えながら、書類にサインした。

「それじゃこれで良しと。それじゃ痛みを抑えてあげるわね」
愛は取り出した注射器を竜司の腕に突き立てた。
「何だ、それは?」
愛はすぐに返事せず注射器の液体を竜司の体内に流し込んだ。
「すぐ眠くなるわ。あなたがさっき署名したのって性同一性適合手術の同意書よ。今度目を覚ましたときは、あなたの希望通り身体は女性になってるからね、感謝なさい」
「くそ…騙した…な……」
打たれた麻酔が効いてきたようだ。
竜司は絶望感を覚えながら意識をなくしていった。


どれくらい気を失っていたのだろう。
竜司は長い眠りからようやく覚めた。
しかし別に頭痛がするわけではない。
普通の朝の目覚めのようだ。
少し警戒しながらゆっくり上半身を起こした。
竜司はネグリジェを着ていた。
半透明で自分の身体が微かに見える。
明らかに自分の胸には大きな膨らみがあった。
竜司は急いでネグリジェを脱いだ。
ネグリジェの下には何も下着をつけていなかった。
おかげで大きな乳房が目に入ってきた。
かなりでかい。
胸には明らかな膨らみがあった。
へその下にホクロが3つ並んでいた。
やはり自分の身体のようだ。
手術されたのは間違いないようだ。

「とにかく鏡だ」
竜司が発した声は男の物ではなかった。
女の声だった。
声帯までいじられているのか。
竜司はそう思った。

気を取り直して玄関の壁に掛かっていた鏡で顔を見た。
壁に掛かっていた鏡は20センチ四方の大きさで、全身が見えない。
それでも顔は確認できた。
髪が長くなっていたが、顔は竜司のままだった。
どこかに大きな鏡がないか探してみた。
そもそもそんなに大きな部屋ではなかった。
和弥と過ごしたマンションとは雲泥の差だった。
どこかのアパートのような住まいなのだろう。
6畳程度の部屋と申し訳程度の流しがあるだけだ。

閉まっていたドアがあった。
竜司はそのドアを開けてみた。
そこはユニットバスだった。
少し大き目の鏡があった。
これだと膝上くらいから見ることができる。

鏡の前に立った。
鏡に映っているのは確かに女の身体になった竜司だった。
髪が肩甲骨に届くくらいに伸びていた。
顔は確かに竜司のままだった。
それでも髪が伸びているせいか、あるいは元々綺麗な顔立ちだったせいか顔がそのままでも違和感はなかった。
それどころか充分美人だった。
顔だけなら愛よりも美人かもしれない。
自分の顔がここまで女として美人だとは思ってもいなかった。

胸には大きな乳房がついていた。
これは愛のものより大きそうだ。
ただ形は愛の乳房のほうがよかったように感じた。

その下には女らしい形の陰毛があった。
もちろんそこには男性のものはついていない。
陰毛で見えづらいが、おそらく女性器が形成されているのだろう。

本物の女でないせいかお尻があまり大きくないようだ。
そのせいでウエストのくびれもあまり強調されていない。
そのことが残念に思えた。
プロポーションとしては明らかに愛のほうが上のようだ。

手術が竜司の身体に行われたのは間違いないようだった。
念のため、座り込んで股間を観察した。
そこは生まれたときから存在していたかのような綺麗な女性器があった。
決して人工の物だとは見えなかった。
触ってみると、確かに感じた。
神経はすでに通っているようだ。

(あ〜あ、マジで女にされちまった)
愛になっていたときは、自分の身体はそのまま存在していたわけで、いずれ戻れるかもしれないという漠然とした思いがあった。
しかし、戻ることができる男の肉体はもうなくなってしまったのだ。
女の身体にされていったい何をさせられるんだろうか。
妊娠する恐れがないから数多くの男の相手をさせられるのかもしれない。
竜司は自分の性器に手をあてたまま、そんなことを考えていた。

竜司は部屋の中を見回した。
どこかに監視カメラがあり、今の自分を観察しているのかもしれない。
そう考えたのだ。
しかし部屋を見渡したが、どこにもそんな物はなさそうだった。
そもそもカメラを隠せるほど、物があるわけではなかった。

愛の狙いは何なのか。
竜司を女にして何を企んでいるのか?
何とも気味が悪かった。

窓際に小さな机が置かれていた。
そこに戸籍の写しと通帳が置かれていることに気がついた。
戸籍を見ると、『松嶋樹里』と改名されていた。
「りゅうじ」を逆から読んで「じうゅり」「じうゅり」…「じゅり」。
幼い頃、虐められていたことなので、すぐに分かった。
何とも安直な名前のつけ方だ。
しかも性別欄にも修正の跡があり『女』となっていた。
女にされて、ご丁寧に戸籍まで変更されたというのか。
それにしてもどうしてそこまで…。
横に置いてあった貯金通帳を見ると、額面はちょうど100万円あった。
しかもご丁寧にキャッシュカードまであった。
そこにメモで「1810」と書かれてあった。
暗証番号なんだろう。
竜司の誕生日を日・月の順にしたものだった。
これはどういうことなんだろう?
女に生まれ変わって真面目に生きていけということなのか。
それが愛の復讐なのだろうか。
何となく信じ難かった。

通帳カバーに小さな紙切れが入っていた。
見ると手紙だった。

松嶋樹里ちゃんへ
これであなたは女の子になったんだから、男の頃の記憶なんか捨てて、普通の女の子として生きていってくださいね。もし馬鹿なことしたら、そのときはまた復讐するから覚悟なさいよ。
野中愛


やはり推測通り真面目に生きていけということなんだろうか。
素直には信じられない。
何か仕組まれているような気がする。
てっきり女にさせられて陵辱されるものだと思っていたのに。
いったい今はどういう状況なんだ。

ふと通帳の1行目の日付に目が行った。
それはあの日から2年以上経った日付けだったのだ。
あの日から2年以上が経ったということなのか。
何だか分からないことばかりだ。


それにしてもこんな部屋に籠っていても状況は分からない。
そう思い、竜司は意を決して外に出てみることにした。
そのためには当然全裸では出られない。
服を着ないといけないということだ。
しかし部屋にある部屋はどれもこれも女っぽい服ばかりだった。
ズボンなんてものはなく、超ミニのスカートばかりなのだ。
かなりの期間、愛として生活していたが、スカートなんかほとんど穿いたことがなかった。
とにかくゴチャゴチャ考えてる暇はない。
適当に選んで身につけた。
顔はスッピンだが化粧なんてものはしたことがない。
それでもそのままの顔で出ると竜司だとばれるかもしれない。
とりあえず置いてあった口紅だけをつけることにした。
これだけでも少しは印象を変えられるかもしれない。
口紅は確かに竜司の顔の印象を変えた。
確実に竜司の顔をより女にした。

鏡であらためて自分の姿を見た。
恐ろしいくらい美しい。
愛も綺麗だと思ったが、今の自分のほうがずっと綺麗に思えた。
服装におかしなところがないか何度もチェックした。
「よし、それじゃ出掛けよう」
気合いを入れ直して、ドアを開けた。


竜司が外に出たタイミングで隣に住んでいるらしい女性が同時に外に出てきた。
「おはようございます」
その女性は竜司に笑顔で挨拶をしてきた。
「あ、おはようございます」
竜司は女に挨拶を返した。
「それじゃお先に。行ってきます」
女は軽く会釈して竜司の横を通り過ぎていった。
竜司もつられて会釈した。
何となくあの女は俺のことを知っているみたいだったが、どういうことだ?
ただ単に隣の住人に対して挨拶してきただけなんだろうか?
何となくスッキリしない思いを抱きつつ、降りるためにアパートの階段に向かった。
寝かされていたのは2階建ての古い木造建てのアパートの2階の一室だったのだ。
穿いていたのはヒールが少しある靴だったが、特に問題もなく階段を降りることができた。
とにかくこの辺りを歩いてみよう。
歩いていると、道行く人の視線が気になった。
特に男どもだ。
男は竜司の顔を見て、その次に胸を見て、そして脚を見て、その後に全身を見る。
愛になっていた頃にも分かっていることだったが、そのときは本物の女の身体だった。
見られて不愉快にはなったが、自分側には後ろめたいことはなかった。
しかし今は元男だ。
そのことがばれているのかと思うと、居心地が悪かった。
そのせいであまり前を見れず、足元ばかりを見て歩く羽目になった。

近くを歩いているうちに何となく分かってきたことがあった。
今いる場所は和弥と住んでいたところから2駅ほど離れているだけの場所だということだった。
ということは知り合いに会わないとも限らない。
そう分かると竜司の緊張はより強くなった。

(そろそろ帰ったほうがいいかもしれんな)
そう考えたときだった。
「樹里ちゃん、今日は仕事は休みなのかい?」
八百屋の親父が声をかけてきた。
「えっ?」
「今日は仕事行かなくていいのかい?」
「えっ…あ…まあ……」
竜司は慌てて逃げるようにその場を去った。
(あいつ、俺のこと、樹里ちゃんって呼びやがった…)

何となくこの辺りの奴らには今の竜司は樹里として認識されているようだった。
あまりウロウロするとボロが出るかもしれない。
金もあるし、無理は禁物だ。
しばらくは部屋で過ごすことにしたほうが無難なようだ。

竜司は3日ほど何もせずに部屋で時間を潰した。
外に出るのは、夜のコンビニだけだった。
そこで食べ物を調達するのだ。
意識を取り戻して3日目にコンビニのATMで金を引き出した。
そこで残高が80万円台になっていることに気づいた。
(えっ、何で!)
家賃が引き落とされていたのだ。
(こんな調子じゃすぐに底をついてしまうじゃないか)

竜司はようやく何か仕事を探す気になった。
せっかくだから女を活かした仕事につくほうがいいだろう。
そのほうがきっと金になる。

竜司はあるキャバクラで働くことにした。
純女のキャバ嬢として雇ってもらったのだ。
だから必死に女の振りをした。
しかし所詮付け焼刃の女だ。
指名などもらえるわけでもなく、いつもサポートが役目だった。
それが逆に竜司にとってはよかったようだ。
顔は綺麗なため最初のうちは警戒されたのだが、先輩キャバ嬢のポジションを危うくする恐れがなさそうということで、逆に店では可愛がってもらえた。
それにそれほど高くはないが、それなりの給料はもらえた。
おかげで何とか一人で生きていける目途はついた。


ある日、賑やかな客の一群がやってきた。
別にそんなことは日常茶飯事なので、見るとはなしにその客たちに目をやった。
すると、その団体の後方に和弥の姿が見えた。
(和弥だ)
竜司は胸が締め付けられる思いがした。

指名されたのは店でトップを争っているマリだった。
マリが席につくと、和弥以外のメンバーで盛り上がった。
和弥は接待されている側のようだったが、ひとり孤立しているように見えた。
ひとりおとなしく座っているだけだったのだ。
そのため和弥の相手をするために、竜司に声がかかった。
「いらっしゃいませ」
竜司は和弥の隣に座った。
「樹里です。よろしくお願いします」
竜司は「俺だよ、気がつけよ」と思いながら和弥に挨拶した。
「ああ、よろしく」
和弥は竜司のほうを見ずに言葉だけを返した。
もちろん竜司のことに気づくはずはなかった。

和弥はあまり楽しんでいる様子ではなかった。
というより蚊帳の外といった感じだった。
竜司は和弥の隣におとなしく座っていた。
もちろん時々水割りを作ったりはしていた。
「あまりこういうところには慣れてらっしゃらないの?」
竜司は和弥に話しかけた。
「あ、うん、俺は気が進まなかったんだけど、どうしてもって言われてさ」
和弥は困ったような顔をしている。
あの頃と全然変わってない。
そう思うと、顔が自然とほころんだ。
「あれ?」
「どうしたの?」
「今の表情、知っている子に似てて…」
「女性?」
「あ…う〜ん…女性と言えば女性…かな……」
「何、その微妙な言い方…。もしかしておかまさん?」
「そういうのとも違うんだけどさ」
「よく分かんないんだけど。もしかしたらそれがあなたの女性の口説き方?」
「そんなことはないよ」
何となく竜司と和弥の会話が続いた。
「大友さん、そんなところで美人とイチャイチャしてないで一緒に楽しみましょうよ」
二人だけで仲良く話しているのを見て、接待側が声をかけてきた。
「いや、やっぱり私は帰ることにするよ」
やはり和弥にとってこんなところは居心地が悪かったようだ。
いろいろやり取りがあった末、和弥は先に帰ることになった。
竜司は密かにママに呼ばれた。
「樹里ちゃん、今日はもういいから。お客様のお相手をしてあげて」
きっと大事な客なのだろう。
うまくフォローしないといけないようだ。
竜司は急いで着替えて、和弥の後を追った。
「ママが一緒に行けって」
和弥は竜司を一瞥しただけで、黙って歩き始めた。
竜司は仕方なく後ろをついていった。
和弥はタクシーを止めるでもなく歩いた。
竜司もその後をついていった。
「ついてこなくていいよ」
和弥は竜司を返そうとした。
それでも竜司が黙ってついていくと、仕方なく和弥は竜司に向き合った。
「歩くのも疲れたし、どこかで飲もうか」
連れて行かれたのは24時間やっている喫茶店だった。
「ごめん、もうアルコールの気分じゃないんだ」
「大友さんがそれでいいなら私はいいけど」
喫茶店でも会話はほとんど続かなかった。
「それじゃ私はもう帰るね。一人のほうがいいんでしょ?」
さすがに無言でいるのはつらくて竜司が切り出した。
相手が離れようとすると、それに抗いたくなるものだ。
「できればもう少しつき合ってくれるかな」
和弥がそう言ってきた。
それでもしばらくは無言の時間が過ぎていった。
そしてようやく和弥が話し始めた。
「実はさ、俺には結婚を考えている女性がいたんだ」
竜司は「どうして今そんな話を…」と思ったが、黙って聞いていた。
「すごく男っぽくて、それでいて優しいんだ。俺ってもともと女性には興味のなかったんだ。はっきり言えばホモ。けど、彼女は違った。俺は確実に彼女に惹かれていったんだ。真面目に結婚を考えていたのに、ある日会社から戻ると家がもぬけの殻だったんだ。黙って出て行ったって感じじゃなくちょっと買い物に出ただけって感じだったんだけど、その日から彼女の姿は消えてしまった。僕は会社の人間にも協力してもらって、愛を──あっ、愛って彼女の名前なんだけど──探したんだけど、全然見つからなかったんだ」
そこで一呼吸置き、竜司の顔をジッと見た。
「どういうわけか、君に愛と同じようなものを感じるんだ。顔は似てないし、君のほうがずっと女らしいのに、な」
「同一人物なんだよ」と言いたいのをグッと抑えた。
「名前なんだっけ?」
「樹里。松嶋樹里よ」
「どうだろ、樹里さん。これからもつき合ってもらえるかな?」
「ええ、別にいいけど」
竜司はあまり興味のないふうに装いながら、内心はガッツポーズしていた。
もし和弥が竜司に興味を持たなければ性別を変更した戸籍を見せようかと思っていた。
ホモの和弥は竜司の戸籍を見れば間違いなくおちるという確信はあった。
しかしそれはできれば出したくなかった。
できればそのまま竜司のマンションに転がり込みたかったが、今日は交際を求められただけで御の字と言えるだろう。


家に帰ると、風呂にも入らずに布団に潜り込んだ。
そして自分の乳房や陰核に触れた。
「んんん…和弥……」
竜司は一刻も早くオナニーをしたかったのだ。
もちろん和弥を思い浮かべながら、だ。

次の日、朝起きると腰の辺りが重かった。
久しぶりのオナニーのせいか?
しかしこの感じは愛だったころに何度か経験している。
まさか!
いやな予感がした。
しかしその予感は正しかった。
竜司の女性器から月に一度のものが流れ出したのだ。
すなわち生理が始まった。
どういうことだ?
男が手術で女性になっても生理なんかが起こるはずはない。
いくら竜司でもそれくらいのことは知っている。
だとするとどういうことなんだ?
愛のときのように誰かの身体と入れ替えられたというのか。
顔が似ている女をわざわざ探して?
それとも竜司の顔に整形したのか?
しかもへそのほくろまで作って?
何が何だか分からなかった。

こういう状況だと和弥に対して自分は元男だと言っても信憑性がない。
生理のある男なんているはずがない。
竜司は下半身のモヤモヤに加え、精神的にもモヤモヤしていた。
さらに和弥から連絡がないのもイライラに拍車をかけた。
ただでさえキャバクラの成績は悪いのに、このときの成績は輪をかけたように散々だった。
客にさえ満足に相手できず、ママからは怒られる始末だった。

生理が終わりそうな日、店を終えると、そこに和弥が待っていた。
「もう来ないかと思ってた…」
「何言ってるんだ。ちょっと仕事が忙しかっただけだよ。樹里さんに連絡したくても連絡先を聞くのを忘れてたしさ」
そう言えば連絡先を言った覚えはなかった。
何かイライラしてた自分が馬鹿みたいだ。
何だか気持ちのつっかえが取れたような気がした。

竜司は和弥に誘われるまま、寿司を食べに行った。
寿司屋では取り留めのない話をした。
まったく恋愛とは関係のない話だ。
和弥の仕事のこと、竜司の仕事の愚痴なんかだ。
そんな時間が竜司のすさんだ心を少しずつ癒してくれた。
別れるときにはお互いの携帯番号とメルアドを交換するのを忘れなかった。
「次こそ好きなときに会えるね」
そう言って笑い合った。

二人で会うようになって、5回目のデートの帰りに和弥のマンションに行った。
(わあ、久しぶり…)
2年以上振りの和弥のマンションは懐かしさでいっぱいだった。
そしてそのままベッドイン…。
和弥の愛撫はあの頃より手馴れているように思えた。
和弥の手や指だけでいきそうになった。
今の身体になって初めてのセックスなのだ。
だからかなり緊張していた。
それでも和弥の前戯により竜司の股間はおしっこを漏らしたように濡れていた。
和弥のペニスが膣口にあてがわれた。
「樹里、いくよ」
いよいよだ。
初めてだとすると、かなり痛いらしい。
竜司は拳を握って、その瞬間に備えた。
しかしスムーズに和弥のペニスが入ってきた。
「ぁん……」
痛くも何ともなく、和弥のペニスを銜え込むことができた。

和弥が腰を動かした。
竜司もそれに呼応するように腰を振った。
ゆっくりと昇っていった。
和弥の動きが速くなった。
「ぁ……きてぇ……」
すぐに和弥の熱いモノが竜司の中に放たれた。
「…ぃぃ……」
竜司は肩で息をしながら、和弥とのセックスの余韻を楽しんでいた。

和弥とは週1〜2回の頻度で会った。
会った日のうち2回に1回はセックスした。
そんな交際が半年近く続いた。
その間も生理は規則正しくやってきた。
間違いない。
今の身体は性転換して女になったわけではないのだ。
純粋の女の身体なのだ。
だからこそ周期的に生理がやってくる。
竜司にとっても生理は特別なものではなくなっていた。
一ヶ月に1回は必ずやってくる少し厄介なもの。
その程度のものになっていた。
やがて竜司の今の身体が正真正銘女性の身体であることが証明されることになった。
それは昼食にご飯の匂いがきっかけだった。
ご飯の匂いに急に吐き気に襲われたのだ。
竜司にとって吐き気というのは風邪くらいしか思い当たるものはなかった。
しかし熱は出ない。
匂いをきっかけに吐き気が起こる程度だった。
キャバクラのママから「赤ちゃん、できたんじゃない?」と言われて事の重大さに気づいた。
(嘘だろ?)
そうは思うが、生理を周期的に迎える身体だ。
妊娠しても何ら不思議ではない。
それでも竜司には確認に行く勇気はなかった。
幸か不幸か吐き気は比較的軽いものだったので、何とかしのぐことができた。
しかし相変わらず吐き気が治まる気配はない。
和弥と会うときはできるだけ匂いの気にならない状況になるように気を配った。
おかげで和弥にはばれずに済んだ。
吐き気も1ヶ月ほどで治まった。
それにしてもどうしてここまで和弥にばれることを恐れるのか自分でも分からなかった。
世の女は妊娠を武器に男に結婚を迫るものだ。
だから妊娠を機に和弥に結婚の話をしてもいいはずだ。
だが妊娠したことを利用して結婚を迫る女は好きではなかった。
自分がそんな女の一人になることはどうしても許せなかったのかもしれない。

それでもやがて和弥に知られることになる。
体型に変化が現れるのだから仕方がない。
それはいつものようにセックスを終えて、二人でまどろんでいたときだった。
「なあ、樹里、お前、最近腹出てきたんじゃないか?」
和弥は竜司の下腹に触れながら言った。
「えっ、そう?」
「俺にはよく分かんないんだけど、お前妊娠してんだろ?どうも最近様子がおかしいって思ってたんだよな」
「妊娠なんかしてないよ」
「どうして素直に言わないのかなぁ」
「妊娠を盾にしてって思われたくないから」
「ははは、お前らしいな。誰もそんなこと思わないって。本当にお前ってそういうとこ、愛に似てるな」
(確かに同一人物だからな)
竜司はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。
「お前はどう思ってるのか分からんが、俺はお前との結婚を前から考えてた。店辞めて俺と一緒に暮らさないか?」
竜司はどう返事すべきか分からなかった。
女としての幸せを掴むのも悪くないか。
そう思わないわけでもなかった。
おそらく一生この身体でいないといけないんだろうし、女として普通に生きることを愛は望んでいるのだろうから。
「ちょっと考えさせて」
竜司はそれだけ返事すると、和弥の部屋を後にした。


竜司は部屋に向かって一人歩いていた。
和弥の「一緒に暮らさないか?」の言葉を思い出しながら。
何も考えずに和弥の言った通り今晩から一緒に暮らしたほうがよかったかな。
そう思わないでもなかった。
自分でもよく分からないプライドらしきもののせいで、すぐにイエスと言うことができなかったのだ。
気がつくと、周りから喧騒がなくなっていた。
辺りに人影が消えていた。
(それほど遅くもないのに珍しいな)
そう思ってしばらく歩いていると、後ろから近づいてくる足音に気がついた。
竜司は少し歩調を速めた。
すると近づいてくる足音が駆け足のように速まった。
足音はどんどん近づいてくる。
(畜生、誰だ、俺の後をつける奴は?)
竜司は確認のため、後ろを振り返った。
振り返った瞬間、男らしき影が目に入った。
しかし顔も確認できなかった。
異臭のする布で口を覆われ、竜司は声も出せずに意識を失った。


気がつくとどこかに寝かされていた。
しかも全裸にされ、両手首を縛られていた。
「…んんん……」
声を出そうとしたが、猿轡をかまされていて声を出せなかった。
暗闇に男の影があった。
「やっと気がついたか。反応がないと面白くないんで待ってたんだ」
顔ははっきりとは分からなかった。
それでも会ったこともない男だと思う。
その男の手が竜司の乳房を掴んだ。
「んんん!」
竜司は痛みに声をあげた。
男はさらに竜司の股間に手を伸ばした。
竜司は男を蹴ろうと脚をばたつかせた。
「おとなしくしろ!」
男の拳が竜司の下腹部に入った。
「!」
確実に竜司にダメージがあった。
強烈に痛かった。
竜司は身体を曲げるようにして痛みに耐えた。
「そんな恰好だと抱けないだろうが」
竜司の両脚を肩に担ぐようにして、脚を広げさせられた。
そして男の指が膣に入ってきた。
「何だ、もう濡れてるじゃねえか」
男が何度か指を出し入れしてから、自分の指を見た。
「血か。何だ、お前、生理中だったのか。だったら妊娠することはねえな。それじゃ遠慮なく中出しさせてもらうとするか」
男がさらに竜司の脚を広げた。
「それじゃ行くぜ」
男のペニスが入ってきた。
強い痛みが竜司を襲った。
そんな痛みなんか気にすることもなく、男は腰を動かした。
何度も何度も打ちつけてきた。
快感なんてものは何もない。
ただただ下腹部の痛みが身体に襲ってきた。

やがて男が竜司の中に精液を吐き出した。
そして男が去って行った。
やっと終わったかと思ったが、拘束されたままだった。

手も動かせないし、声をあげることもできない。
腹の痛みはなおも続いていた。
だんだん意識を保っているのがつらくなってきた。
(このまま死んじゃうのか…)
竜司は気を失いながら、自らの死を覚悟した。


何だか人の声がする。
どこかに運ばれているようだ。
サイレンの音も聞こえた。
(もしかして助かったのか)
竜司は安堵から再び気を失った。

次に気がついたときは病室だった。
そこでお腹の赤ちゃんが流産したことを知った。
さらに子宮が傷つけられ二度と妊娠できない身体になったことも知らされた。

竜司は黙って病院を抜け出した。
下腹部の痛みはまだ消えていない。
かなり軽くなったが、まだ痛みは残っている。
出血も少しだが続いている。
こんな状態ではとても退院できる状況ではない。
そんなことは言われなくても分かっていた。
それでも和弥に会いたかった。
和弥の顔を見たかった。
和弥の顔さえ見れば、今の状況が救われるような気がした。
だから病院を抜け出したのだ。

『ピンポーン』
呼び鈴を押すと、中から女性の声がした。
どういうことだ?
考える間もなくドアが開いて女性が顔を出した。
愛だった。
「えっ?」
竜司は思わず言った。
「あら」
愛は竜司を見て驚いたように目を見開いた。
「もう退院したの?」
愛の言葉は竜司の耳に届いていなかった。
どうしてここに愛がいるんだ?
それが最大の謎だった。
「愛、どうしたんだ?」
家の奥から和弥が顔を出した。
竜司と目が合った。
「和弥さん……」
竜司が呟いた。
「どなたですか?」
和弥のその言葉に竜司の中で何かが切れた。
竜司は部屋にあがり、キッチンから包丁を取って、和弥を刺した。
目の前で和弥が腹を押さえて横たわっていた。
腹からは大量の血を流して瀕死の状態だった。

傍らで愛が呟いた。
「和弥が本当に和弥とは限らないでしょ?全然学習できないのね」
「どういうこと!」
「たとえばあなたがつき合っていた和弥は実際和弥じゃないかもしれないってこと。誰かが憑依していたのかもしれないでしょ?」
何となく事情が分かった。
竜司は愛も刺した。
何度も何度も刺した。
すでに愛は絶命していた。
それでも竜司は愛を刺し続けていた。



野中愛は黒魔術のサイトに嵌っていた。
黒魔術といっても日常的に簡単な恋のおまじないなどを楽しむ程度だった。
そんな愛が竜司にレープされた。
愛は執念深く黒魔術サイトで復讐のための魔術を探した。
その結果見つけたのが入れ替わりの術だった。
ただし1回の入れ替わりにつき自分の寿命を数年分悪魔に渡すことが条件だった。
入れ替わるにはその対象者と対峙したときに念を込めるだけという簡単なものだった。
レープされた翌朝竜司は眠った状態で愛の前に現れた。
これも黒魔術のおかげだった。
竜司と対峙して念を込めた。
すると瞬時に愛と竜司は入れ替わった。
そして竜司に自分と同じ恥ずかしめを経験させたのだ。
それだけで元に戻るつもりだった。
しかし愛の姿になった竜司が姿を消した。
どこに消えたのか分からなかった。

ようやく竜司を見つけたときには大友和弥という男といい仲になっていた。
和弥は会社を経営しており結婚できればこれからの人生は安泰だった。
愛は再び入れ替わって自分がその座に納まろうと考えた。
ただ単に元に戻るのは面白くない。
そこで愛はある仕掛けを仕掛けた。
竜司自ら竜司の身体を傷つけさせようと思ったのだ。
まさか自分の逸物を噛み切るとは思わなかったが。

ペニスを噛み切られたままでも面白かったが、さらなる復讐のため竜司を魔法で女の身体に変えた。
ただし性転換手術で女に変えられたように思わせるための仕掛けをした。
ペニスを噛み切られて気を失う寸前に意味のないサインをさせたり、手術後気がつくまで必要以上の時間をかけたりしたのはそのためだ。

気がついて男に抱かれてもすぐに感じることができるようにするため、時々竜司の身体に入って、不特定の男と交わった。
それは筋肉を衰えさせない意味もあった。
これに2年以上の時間を使った。

その間に和弥との仲が冷めて、離婚寸前になっていた。
和弥はもともとホモで、愛の正体が竜司だったからこそ、ああいう仲になっただけだった。
愛は本当に女だったし、うまくいくはずがなかったのだ。

愛は時々和弥と身体を入れ替えた。
そして樹里となった竜司と会った。
樹里は妊娠した。
幸せそうだった。

その幸せをぶち壊したかった。
愛は適当な男と入れ替わり、その男の身体で竜司をレープした。
それでも自分の行為で相手が死ぬのは気持ちが悪かった。
だから匿名で救急に通報した。
一命を取りとめてくれさえすればよかった。
希望通り、一命は取りとめた。
しかも流産したらしい。
竜司にとってはショックなことだろう。


種明かしをして竜司が絶望に打ちひしがれる姿を見たかった。
怒り狂う姿でも良かった。
しかし、まさか愛自身が刺されるとは考えていなかった。
刺されたときとりあえず樹里と入れ替わろうとした。
しかし入れ替わることはできなかった。
愛自身の寿命が残ってなかったようだ。

人を呪わば穴二つ。
昔から言い伝えられていることはやはり正しかったのだ。


《完》

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