妻の面影



今から思うとあのときはちょっとおかしかったように思う。
もう少し実際に合った言い方をすれば狂っていたんだと思う。
自分があんなことをするなんて…。
思い出しただけでも恥ずかしくなる。

津川俊雅は最愛の妻を乳がんで亡くした。
発見が遅れたせいで、発見されたときは余命半年と告げられた。
そしてその宣告通り、妻は5ヶ月で逝ってしまった。
妻の葬儀の中、俊雅は喪主の役割すら満足に果たせなかった。
それほど大きなショックだった。
それほど失意のドン底にいたのだ。
滞りなく葬儀を行うことができたのは、高校時代の友人たちがサポートしてくれたおかげだ。
そんな葬儀を終え、俊雅は独りぼっちで妻の写真を見ていた。
夜になったのに灯りも点けずに、だ。
カーテンを閉めてない部屋は月明かりで部屋の中の様子が分かるほどには明るい。
そんなとき目の前の人の顔が目にとまった。
それはドレッサーの鏡に映った自分の顔だった。
自分の顔だと認識しているのだが、同時に妻の顔にも見えた。
俊雅は何かに取り憑かれたかのように妻のルージュを手に取った。
そして手に取ったルージュを自分の唇にひいた。
鏡には妻の紗友里がいた。
「紗友里…」
俊雅は鏡を掴み、呻いた。
そして泣いた。

涙が枯れるほど泣いた後、俊雅は狂ったようにドレッサーに置いてあった化粧品を自分の顔に塗りたくった。
妻の化粧品を使うことで妻の顔に会えるように思っていたのかもしれない。
端から見ると、まさに狂っているようにしか見えなかっただろう。
しかし化粧のやり方も知らない男の化粧が満足な出来映えになるはずがない。
見るも無惨な出来映えだった。
しかしそんなことはどうでもよかった。
少しだけでも妻の顔を見れたような気がしたのだ。
「紗友里…」
疲れ切った俊雅はドレッサーの前に座ったまま、眠ってしまった。

朝起きたときはひどいものだった。
顔に塗りたくった化粧で服や壁が汚れてしまっていた。
俊雅は湯船にお湯を入れ、ひどい顔のまま湯船に飛び込んだ。
湯船の熱いお湯で顔を洗い落とした。
しかし、お湯だけでは落とした気がしなかった。
何となく顔に膜がついているような感じなのだ。
俊雅は、湯船に浸かったまま石鹸で顔を洗った。
そして熱いシャワーで洗い落とした。
(ふぅ、さっぱりした)
顔を覆っていた奇妙な膜が完全に剥がれ落ちたように感じた。
同時に昨夜の異常な状態から完全に抜け出せたようだ。

朝日の中、自分の顔を見た。
どうしてこの顔を妻の顔だと思ったのだろう。
ほとんど似ているところなんてないのに。
そう考えたときにふと昨夜と決定的に違う点を見つけた。
ルージュだ。
今はルージュをひいていない。
もしかするとルージュをひくことで妻の顔に近づけるのかもしれない。
若干の躊躇いを感じつつも、俊雅は妻の使っていたルージュを自分の唇にひいた。
冷静に鏡を見てもさして似ているとは思えなかった。
昨夜はいったい何だったんだろう。
やはり自分は狂っていたんだ。
俊雅はそう思うことにした。


俊雅と紗友里は高校時代のクラスメートだった。
しかしその頃二人はつき合ってはいなかった。
俊雅が紗友里とつき合い出したのは大学を卒業してからだ。
高校時代、俊雅は中島信幸、田中忠司、村岡晃三の男4人でしょっちゅうつるんでいた。
どの部活にも籍を置いていない4人はいつも一緒に帰ることが多かった。
勉強と称して、誰かの家で意味のない話を一晩話し明かすことも多かった。
そんな4人に時々つき合ってくれていたのが矢野紗友里と堀井満智子だった。
その頃、紗友里に興味を持っていたのは信幸だった。
信幸の気になっていた紗友里に近づくため、紗友里と仲の良い満智子を利用したのだ。
1人じゃなく2人ということで、紗友里たちの警戒心を解き、6人で遊ぶことが時々あったのだ。
そして信幸は自らをアピールしまくった。
そんな信幸の努力が実を結び、やがて信幸は紗友里とつき合えるようになったのだ。
しかしそんな仲の良い6人も高校卒業と同時にバラバラとなった。
俊雅と紗友里がつき合うようになったのは大学4回生の終わりの頃からだった。
年末に故郷に帰ってきたときにたまたま出逢ったのだ。
そのときにお互いの連絡先を交換し、それから連絡を取り合って、会うようになった。
そして社会人になった年の秋に結婚式を挙げた。

二人は幸せだった。
世界中の幸福が二人の周りに集まってきているようだった。
この幸せは永遠に続くように思えた。
そしてそれは二人にとって当然のことのように思えた。
そんな幸せが一気に崩れてしまうことが起こった。
紗友里に乳がんが見つかったのだ。
結婚してから3年ほどが過ぎたころだった。
しかも発見が遅れてしまい、余命半年だと宣告されてしまった。
はたして紗友里は5ヶ月後に逝ってしまったのだった。

泣いてばかりいる俊雅を支えてくれたのは、高校のときの友人の忠司と晃三だった。
紗友里の後を追わなかったのは2人のおかげだった。
それでも紗友里を求めて、あんな馬鹿なことをしたわけだが。



妻の初七日が過ぎた頃、部下の友永理沙と"浮気"をした。
いや妻とは死別しているから、"浮気"というのは適切ではないのかもしれない。
しかし気分としては"浮気"だった。
あるいは妻の温かさを求めてのことだったのかもしれない。
いずれにせよ理沙と関係を持ったのだ。

その日は週末の金曜で支店の宴会があったのだ。
落ち込んでいる俊雅を元気づけるための宴だった。
だから俊雅としては参加しないわけにはいかなかった。
支店と言っても全員揃って5人の所帯だ。
40歳代の支店長と35歳くらいの部長と2人の20歳前後の女性事務員と課長である俊雅が全メンバーだ。
俊雅は26歳だったが対外的に商談しやすいように『課長』という肩書きがついていた。
だが、給料は平社員と同等の額だった。
宴会はいつもの宴会と何ら変わるところはなかった。
最初の乾杯のときに「津川くんに元気になってもらえるよう今日は盛り上がろう」という言葉があった程度だ。
宴会のあと、どういう経緯でこうなったのかは覚えていない。
どういうわけか、理沙と2人だけで飲み直したようだ。
そしてそのまま理沙と一緒に自宅に帰ってしまったらしい。

ひと通りの営みを終えて、二人でまどろんでいた。
理沙は俊雅の腕に自分の腕を絡めていた。
「奥さんのこと、まだ愛してるの?」
「どうして?」
「だってまだ写真が飾ってあるもの」
理沙はベッドの傍に飾ってあった紗友里の写真を見ていた。
「奥さんって何となく課長に似ているみたい」
しばらく紗友里の写真を見ていた理沙は呟くように言った。
「そうか?」
「そうよ。目元とか鼻の形とかそっくりだもん」
「あんまり意識したことはなかったな」
「結婚したら夫婦は似てくるって言うでしょ?それって実はちょっと違うの。そもそも人間って自分と似たものを好きになる傾向があるんだって。だから夫婦になって似てくるんじゃなくって、元から似てるってわけなのよ」
「ふーん、そんなもんなのかな」
理沙の話を聞きながら、何となく一理あるかなと考えていた。

「あたしと課長は全然似ていないから単なる浮気で終わりそうね」
「それは…」
「動揺しないで。まだそこまでは求めてないから」
「まだ…か……?」
理沙の意味深長な言葉に苦笑いするしかなかった。

理沙は部屋の中をキョロキョロ見回した。
そしてあるところで止まった。
「あのウィッグ、奥さんの?」
「ああ、そうだ」
抗がん剤のせいで髪の毛が抜けるのを気にして、買ったものだった。
だから元気なころの紗友里の髪型とほとんど同じだ。
黒髪のセミロングで軽くウエーブがかかっていた。
紗友里は本当に美しかった。
なのに…。
そんなことを考えていると、目頭が熱くなってきた。
泣きそうになったことを理沙に気づかれたかと思ったが、理沙は理沙で何かを考えているようだった。
俊雅が紗友里に思いを馳せていることにも全く気づいていない様子だった。
俊雅が理沙のことを見ていると、やがて理沙と視線が合った。
そして、微妙な笑みを浮かべて、俊雅の顔をジッと見たのだ。
こいつがこんな顔するときはろくでもないことを考えているに違いない。
俊雅は理沙の次の言葉を待った。

「奥さんの顔、見たくない?」
少ししてから理沙が口を開いた。
「どういう意味だよ」
「いいからいいから。私に任せて」
理沙はベッドから出ると、床に落ちていた下着を身につけた。
そして、俊雅のカッターを羽織った。
理沙のこういう姿はすごく可愛い。
もう一度抱きたくなる。
「そこに座って」
俊雅は気持ちのどこかで何が始まるのかワクワクしている部分を感じていた。
だから理沙を抱くようなことはせず言われるままベッドに座った。

理沙は俊雅の前髪をヘアピンで留めた。
そしてドレッサーから紗友里が使っていた化粧品を取り出し、俊雅の顔に塗った。
「課長って髭うすいんですね」
理沙の顔が息のかかる距離にある。
思わずキスをしたくなる。
俊雅はそんな思いを必死に隠した。
俊雅のそんな思いに理沙は気づくこともなく、真剣な顔をして俊雅に化粧を続けていた。

目の周りは何度も何度も何かを塗りたくられているようだ。
鉛筆のようなものは目を刺されるようで恐かった。
女性ってこんなことまでやってるんだと感心させられた。
ルージュは直接ではなく、筆のようなもので塗られた。
化粧って本当に細かい作業だ。
紗友里の葬儀の夜にした化粧とは全くの別物だ。
これだけやれば出来映えにもかなり期待ができそうだ。

最後にウィッグを被せられた。
一瞬目の前が髪の毛で視界が遮られ、それをブラシで整えられた。
「こんなもんかな」
理沙が俊雅の顔を見て頷いた。
「どうなったんだよ」
「すぐ見せてあげるわよ」
理沙が俊雅をドレッサーの前に連れていった。

「!」
言葉が出なかった。
鏡には妻の顔が映っていたのだ。
「どう?気に入った?」
「ぁ…う…うん……」
俊雅はまだ鏡に映った自分の顔に見入っていた。
部分的に見ると似ているところもあるが、明らかに違うところもある。
しかし全体の印象は妻の顔だ。
注意深く見ると目の感じがよく似ているのだ。
それは明らかに化粧の力だ。
ここまで化けることができるなんて化粧の恐ろしさを改めて思い知った思いだ。
俊雅は理沙がニヤニヤ笑いながら自分のことを見ていることに気づいた。
「何だよ」
「そんなに気に入った?」
「あ…ん…まあな……」
俊雅はムキになって否定するのも変なような気がして素直に肯定した。
「奥さんに似てる?」
「うん…まあ……すごいもんだな、化粧って」
「でしょ?でも素材がいいからよ、課長ってかなり美人だもん」
「何言ってんだよ。そんなことよりもう化粧を落としてもいいだろう」
俊雅は顔に膜がついたようで気持ち悪くなってきたのだ。
「そんな…。もったいないじゃない、せっかくそんな美人になったのに」
「でもだからってどうしようってんだよ?」
「それじゃもう一回やろう」
「は?何でそういう話になるんだよ」
「ねっ、いいでしょ?ただし課長はネコ役ね」
理沙が怪しく笑った。
「ネコって何だ?」
「いわゆるやられる役ってこと。女役ね」
「……」
何を言ってんだ、こいつ?
「ねえ、奥さんの名前って何て言うの?」
「どうしてお前に教える必要があるんだよ」
「いいから、教えてよ」
「紗友里だよ」
「それじゃ今から課長は紗友里さんということでいいわね」
理沙はそう言うと唇を押しつけてきた。
急なことだったので、されるがままだった。
「ねえ、鏡を見て」
俊雅は鏡を見た。
「女の子どうしでキスしているみたいに見えるでしょ?」
俊雅はキスを受けながら横目で鏡を見た。
確かに女どうしでキスしているように見えた。
「紗友里さん、綺麗よ」
理沙が耳元で囁いた。
何となくその言葉が心地よく響いた。
自分は紗友里なんだ…。
理沙は頻繁に耳元で「紗友里さん」とか「綺麗」とか囁いた。
その度に俊雅は自分が紗友里に近づいているような錯覚に陥った。
「紗友里さん、ベッドに行きましょう」
俊雅は言われるままベッドで横になった。
理沙が覆い被さり、唇を重ねた。
その口が顔中至るところを舐めた。
そうされることで俊雅は化粧が落ちることを気にしていた。
理沙が俊雅の耳たぶを甘噛みした。
「ぁ……」
思わず甘い声が口から漏れた。
俊雅が男としてセックスするときはほとんど喋らずに黙々とセックスするだけだった。
化粧されただけでこんなに変わるなんて想像することもできなかった。
このときは自分がそういう状態になっていることには気づいていなかった。
俊雅は自然な流れで声を漏らしていた。
こんな声を出したのはおそらく初めてだろう。
「紗友里さん、可愛い」
理沙の口が首筋から胸に移動してきた。
舌が乳首をとらえた。
「んんん……ぁ…ぃぃ……」
俊雅は理沙の舌に完全に翻弄されていた。

これまで俊雅は男が女を喜ばせるものだと信じていた。
だから俊雅はいつも女性が感じるところを必死になって探った。
そして、そこを見つけ出すと安心してその部分を中心に愛撫した。
分からないときは不安を感じながら闇雲に指や舌を這わせたものだ。
しかし今は自分は女だ。
理沙の舌や指使いで喜びを与えられる。
感じるところやくすぐったいところを触られて喜びを感じている。
攻められる立場がこんなにいいものだとは。
妙なプレッシャーから解放されるのが何よりいい。
俊雅は理沙によって抱かれることの喜び、受身であることの心地良さを教えられた。
それは自分が男としての役割だけをしていては一生知ることができなかっただろう。

「ふふふ…紗友里さんのクリトリスって大きいわね」
ふと我に返ると、理沙の人差し指が俊雅のペニスの先に触れていた。
「クンニしてあげましょうか」
理沙の舌がペニスの先に当たった。
「ぁんっ」
俊雅は甘い声を漏らした。
いつもだったらそんな声は絶対に出さない。
男が喘ぎ声を出すなんて俊雅の"常識"にはなかった。
しかし今の俊雅はすでにそんな"常識"から解き放たれていた。
俊雅は感じるままに声をあげた。
「あああああ……」
たまらず理沙の口の中に出した。
そもそも俊雅は女の口の出すのは好きではなかった。
だからいつも出そうになると、無理やりフェラチオをやめさせた。
しかし今はどうしようもなかった。
快感のままに身を任せていると、気づけば理沙の口の中に出してしまっていたのだ。

俊雅はうつろな目で理沙をみつめた。
理沙は怪しい笑みを浮かべながら精液を含んだ口を俊雅の口に押しつけてきた。
そして口に含んだものを俊雅の口の中に流し込んだ。

「女の子のくせにこんなもの出したりして。紗友里はいけない娘ね」
理沙が俊雅の口に指をあてて言った。
「口の中のものを飲んでね。こぼしたら承知しないわ」
俊雅は催眠術にかかったように言われるままにそれを飲み込んだ。
決してうまいものではなかった。
自分の、男の精液を飲むという行為に気持ち悪さを覚えながらも、一方で何とも言えない恍惚感を覚えていた。

「紗友里、入れるわよ」
そう言って、理沙が俊雅のペニスを迎え入れた。
"入れるわよ"と言いながら、逆にペニスを迎え入れたのだ。
それでもなぜか俊雅は自分が犯されているように感じていた。
「紗友里、いいわ」
「紗友里、イッていいのよ」
理沙から『紗友里』と呼ばれる度に興奮を覚えた。
それは不思議な感覚だった。
理沙に身を任せていればそれで幸せ。
そんな安心感に包まれた。
やがて二人で絶頂を迎えた。
それは今晩最初に交わったときよりもずっとずっと素晴らしい感覚だった。

自分はこの行為にはまってしまいそうだ。
俊雅にはそんな確信にも似た予感があった。



朝になり理沙が帰っていった。
ひとり残された俊雅はひどい自己嫌悪に陥った。
いったい自分は何をしているんだ。
化粧されて女のように喘いで……。
妻の死から少しおかしくなっている。
いや少しではない。
かなりおかしい。
このまま堕ちていってしまうのだろうか。
自分の顔を鏡で見た。
目の前には化粧崩れしたひどい顔が映っている。
妻に似た部分なんて微塵もなかった。
醜い顔だった。

その日の夕方に理沙が来た。
「今日もするでしょ?」
「いや、もうやめとくよ」
「そんなこと言っていいの?奥さんに会いたくないの?」
「紗友里はもう死んだんだ」
「その死んだ奥さんに会えるなんて素敵なことだと思わない?」
「そんなこと、そもそも無理な話なんだよ」
「無理な話?無理じゃないことは昨日分かったでしょ?課長はいつでも奥さんに会えることを」
「い…いや、それは……」
「ね、奥さんに会いたいんでしょ?せっかく会えるんだから、やせ我慢なんかしなくていいんじゃない?」
少し抵抗していた俊雅だったが、結局理沙に負けた。
いや正確には自分の欲求に負けたというべきだろう。
自分が紗友里になれること。
それは俊雅にとって最高に魅力的なことだった。
「それじゃお化粧してあげるわ」
俊雅は理沙の前に座った。
理沙は俊雅の顔に手際よく化粧していった。
甘いファウンデーションに匂いが俊雅を催眠術のように男性色を薄めていった。
化粧が終わり、手渡された手鏡には紗友里の顔が映っていた。

「今日はもう少し頑張ってもらうわね。これで全身の無駄毛を処理してきて」
手渡されたのは脱毛剤だった。
「えっ、どうして?」
「課長はそれほど体毛は濃くはないけど、これで綺麗にして欲しいの。課長も綺麗な奥さんのほうがいいでしょ?」
俊雅は理沙に命じられるままだった。
服を脱ぎ、浴室に入った。
浴室の鏡に映っている姿は、俊雅の身体に紗友里の顔がついているようだった。
わき毛なんか紗友里の顔には似合わない。
何だか気持ちが悪い。
理沙に言われなくとも無駄毛処理は必要だ。
俊雅は積極的に脱毛剤を身体につけた。
指定された時間を待ってシャワーで洗い流すとわきの毛は綺麗に落ちていた。
体毛もほとんど目立たなくなくなっていた。

「まあまあ綺麗になったわね。それじゃこれを着て」
渡されたのは下着だった。
もちろん女性物だ。
「これは?」
「もちろん奥さんのものよ。だって今の課長はもう紗友里さんなんでしょ?」
紗友里が身につけたことを見たことのない真っ赤なショーツとブラジャーだった。
ショーツなんて本当に小さなものだった。
普通に穿くとペニスの先が出てしまう。
俊雅は少し考えて、股間に挟むようにしてから、ショーツを穿いてみた。
すると何とか穿くことができた。
ブラジャーのカップには前もってパッドが入っていた。
俊雅はストラップに腕を通し、背中のフォックを留めた。
「もしかして今までもブラしてたんじゃない?」
理沙からそんなことを言われるくらい難なく留めることができた。
下着をつけると体毛がなくなっていることもあり、全身を見ても女性っぽく見えた。
ただウエストのくびれがないことが残念な点であったが。

「課長って細身なんだけど、残念ながら身体のラインがね……」
理沙はそう言って、俊雅に何かを手渡した。
「何、これ?」
「ウエストニッパーよ。これでウエストのくびれを作るの」
理沙にウエストニッパーをつけられた。
「もう少し強めにしても大丈夫そうね」
そう言ってさらにきつく締められた。
「苦しい、少しゆるくして」
「話せるんだったら大丈夫よ。すぐに慣れるから」
呼吸するのもやっとだ。
それでも時間が経つにつれ少しずつ慣れていった。

「それじゃ服はね……」
理沙は妻のタンスから服を選び出した。
「これを着て」
理沙が選んだのは妻が最も気に入っていた服だ。
俊雅自身もそれを着た妻が好きだった。
それは黒のフレアミニのワンピースだ。
妻の身体のラインがよく分かる。

俊雅がワンピースを取り、頭から着ようとした。
「そういう服は脚から着たほうがいいわよ。そのほうが胸を引き上げることができるでしょ?」
理沙の言葉に納得し、俊雅がワンピースを脚から着た。
ブラのカップが上にずれ、変なふうになった。
「紗友里の場合は胸がないから、頭から被ったほうがよかったみたいね」
俊雅はいったんワンピースを脱ぎ、ブラのカップの位置を整えてから、頭からワンピースを着た。
今度はそれなりに納まった。
俊雅は鏡の前でポーズを取った。
「紗友里って脚が綺麗ね。そのワンピースがよく似合ってるわ」
俊雅もそうだと思った。
このワンピースは自分に似合ってるが、やはりウエストをもう少し絞ったほうが良い。
そんなことを考えていると理沙の顔が近づいてきた。
「紗友里、綺麗よ」
理沙からキスされた。
『綺麗』と言われると、嬉しくて照れてしまう。
「せっかく綺麗になったんだから、今日はセックスなしで女二人で食事しましょう。美味しいワインを買ってきたの」
『セックスなし』というのは少し残念だったが、この姿のままでいたい。
その欲求のほうが強かった。
理沙が冷凍パスタをレンジで温めた。
「紗友里はサラダの盛り付けをお願い」
「分かった」
「紗友里さんってそんな無愛想な話し方だったの?」
「いや、そんなことはないけど」
「だったら話し方も紗友里さんに相応しい話し方にしてくれない?」
「分かった…わ」
俊雅は小さな声で答えて、サラダを適当に盛りつけた。
理沙がレンジから温めたパスタを取り出し、テーブルに置いた。
そして、グラスにワインを入れた。
「それじゃ私と紗友里の友情に乾杯♪」
「乾杯」
俊雅はあまりガツガツした食べ方にならないように気をつけて食べた。
量も少ないし、妙な緊張感があったせいで、食べた気がしなかった。
でもウエストのため少しはダイエットしたほうがいいのかもしれない。
パスタを食べているときはほとんど理沙がしゃべっていた。

パスタを食べ終わり、テーブルの上の食器を片付けていると、理沙が帰り支度を始めた。
「それじゃおとなしく今日は帰るわ。また明日も来てもいいでしょ?」
「えっ…ああ……」
「それじゃもう少し紗友里さんを楽しんでね」
理沙には俊雅の気持ちがよく分かっているようだった。

俊雅は理沙の読み通り、ひとりになっても紗友里の服を着ていた。
今の自分の姿が鏡やガラスに映るたびにその姿に見入ってしまう。
紗友里が自分のそばに返ってきたような気がした。
「紗友里……」
自分はひとりじゃない。
紗友里が生きていたときよりも自分の近くにいるのだ。
その日の夜は夜も化粧を落とさずにウィッグをつけたままウエストニッパーをつけたまま、紗友里のパジャマを着て寝た。
ずっと紗友里のままでいたい。
純粋にそう思っていたのだった。



朝起きると俊雅はすぐに妻のパジャマを脱ぎ、ウィッグを取った。
そして少し残っていた無駄毛をカミソリで綺麗に剃った。
念入りに綺麗にした。
シャワーで身体を洗い流した。
身体の水分を拭き、紗友里の化粧水を身体につけた。
化粧の仕方は昨日理沙の手順を見て大体覚えたつもりだ。
今日は自分で化粧をするつもりだ。

俊雅はドレッサーの前に座った。
ファンデーションを塗り、フェイスパウダーをつけた。
アイシャドウを目蓋に塗って、アイライナーを引いた。
目の化粧が乾かす間、アイブロウで眉毛を描いた。
そしてビューラーで睫毛にカーブをつけ、マスカラをつけた。
最後にルージュとブロスをつけて、鏡でチェックした。
ウィッグの髪を丁寧にとき、それを被った。
理沙の化粧とは少し印象が違うが、思っていた以上にうまくできた。

俊雅は新しいショーツを取り出し、脚を通した。
そしてタンスの奥から、人工乳房を取り出した。
これは紗友里の乳がんが発見されたときに作ったものだ。
もちろん切除したときのために作った。
念のため乳がんの発見された側の乳房だけでなく、乳がんの発見されなかった側の乳房も作っておいた。
結局切除という方法には頼らなかった。
おかげで少し寿命を縮めたかもしれなかったが、女性としての象徴を切り取ることは紗友里としては我慢ならなかったのだ。
それを自分の女装に使おうというのだ。
罰当たりかもしれない。
でもせっかく作ったものだ。
紗友里に変身するために使う分には問題ないだろう。
俊雅はそう思うようにした。

鏡を見ながら人工乳房を適当な位置を決めた。
アイライナーで印をつけ、その印を目標に人工乳房を接着剤で片方ずつつけた。
少し重量を感じる。
ブラジャーをつけると少し落ち着くように感じた。
ただしストラップのないブラをつけた。
これから着る服のためだった。
ウエストニッパーでウエストを締めつけた。
タンスからチューブワンピースを取り出した。
そのワンピースを脚から着た。
ブラジャーはずれることなく、うまく着ることができた。
肩のラインが色っぽく思えた。
俊雅は鏡を見ながら、いろいろとポーズを取った。

ピンポン♪

インターホンが鳴った。
もちろん理沙だった。
「自分で化粧したの?」
理沙は俊雅の姿を見て驚いた。
「なかなかうまいじゃない。でももう少し目の辺りをこうすれば…」
そう言いながらアイライナーで下まぶたに少し手を加えた。
「ほら、これで随分と良くなったでしょ」
何となく目尻が下がり、優しい顔になったように思えた。
このほうが紗友里っぽくていい。
化粧は本当に奥が深いことを思い知った。

「その胸、どうしたの?」
理沙はすぐに胸の変化に気がついた。
俊雅はその人工乳房の謂れを理沙に説明した。
「そんな良いもの持ってたんだ。似合ってるわよ」

その日は一日、部屋で理沙とガールズトークを楽しんだ。
キスは何度かしたが、それだけだった。
セックスはしなかった。

「明日、会社だけど、大丈夫?紗友里になっちゃったりしない?」
「大丈夫よ、きっと」
「本当に?」
理沙にキスされた。
「それじゃ明日会社でね」
理沙が帰っていった。
それでも女装をやめなかった。
ギリギリまで紗友里でいたかった。
月曜の朝、起きてから、俊雅に戻ればいい。
再び紗友里のパジャマに身を包まれ、眠りに落ちていった。



月曜の朝になった。
俊雅は目を覚ますと、すぐにウィッグを取って、着ていた妻のパジャマを脱いだ。
そして頭を切り替えるために熱いシャワーを浴びた。
男物のブリーフとシャツ。
何だか久しぶりのような気がした。
そして感じる違和感。
俊雅はそんな自分に戸惑った。
ついこの前まで当たり前のものが自分のものでないように感じるなんて。
自分の中でどんな変化が起こっているのだろう。
俊雅は気を取り直して出勤するために自分の頬を二度叩いた。
まるで気合いを入れるかのようだった。
ワイシャツに袖を通すと少しずついつもの自分が戻ってくるように思えた。
そしてネクタイを締めスーツを着た。
よし、大丈夫だ。
俊雅は颯爽と家を出た。

「課長、おはようございます」
会社に着くと、まず意味深な笑みを浮かべて理沙が挨拶してきた。
「おはよう、友永さん」
俊雅は挨拶を返したが、何となく理沙の笑顔が恐い。
そんなとき部長が近づいてきた。
「部長、おはようございます」
「津川くん、今日は元気そうだな。金曜日の励まそう会が効いたのかな」
「はい、ありがとうございました」
「津川くんには早く元気になってもらわないとうちの成績に響くからな。まあ頼むよ」
部長と言葉を交わしているうちに、理沙は自分の席に座り仕事を始めていた。

その日、俊雅はかなり積極的に仕事をこなした。
もちろん定時で退社するためだ。
あまりに精力的に働いていたので、余計な仕事までやらされる羽目になったが。
定時になった。
もちろんその日の予定の仕事は完全に済ませた。
「部長、お先に失礼します」
何か言いたげな部長を残して、俊雅は急いで会社を出た。

帰る途中のスーパーマーケットで夕食の材料を買って帰った。
いつもだったらコンビニか弁当屋で弁当を買うところだ。
今日から自炊しようと考えていた。
それはもちろんダイエットのためだ。
ウエストを中心にもう少し絞りたいと考えたのだ。

家に着くと、荷物をテーブルの上に置き、すぐにシャワーを浴びた。
一日の汚れを洗い流し、しっかりと化粧をするためだ。
水分を拭き取ると、人工乳房をつけて胸元でバスタオルを巻いた。
俊雅は女性のこの姿を好きなのだ。
化粧は手際良くできるようになった。
ウィッグを被ると紗友里の誕生だ。

七分袖の黒いTシャツを着て、紗友里が日常的によく穿いていたジーンズのスカートを穿いた。
ウエストニッパーのおかげとは言え、ジーンズのスカートが難なく入った。
なぜか嬉しかった。
妻のスカートを穿いて喜びを覚えるなんて、僕は本当の変態になってしまったのか。
心の冷静な部分ではそう考えていたが、心の奥底から湧き上がる喜びはどうしようもなかった。

フリルがついたエプロンをつけ、料理をしようとしたときだった。
重大な問題に気づいた。
(あ、醤油が…)
醤油を切らしていたのをすっかり忘れていた。
(どうしよう…)
買いに行かなければならない。
でもすでに紗友里の服を着ている。
わざわざ俊雅の恰好に戻るのは嫌だ。
……この恰好のまま行ってしまおう。
少しの思案の後、そう決心した。
コンビニなら5分ほどだし声を出さなければばれないはずだ。

俊雅は紗友里のアウターを着て、サンダルで外に出た。
さすがに夜は少し肌寒い。
そんな寒さのせいか少し緊張した。
できるだけ人と目を合わせないようにしよう。
そう思い、視線を下にやり歩を進めた。
少しでも怪しまれないように大股にならないように気をつけながら。
何事もなくコンビニに着き醤油を買うことができた。
良かった、ばれなかった…。
一安心して、コンビニを出たときだった。
「今晩は、紗友里さん」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには理沙がいた。

「え…どうしてここに?」
俊雅は目の前に理沙がいることが信じられなかった。
「だって課長が早く帰るから、今晩もきっと紗友里さんになるんだろうなって思って。それで家に行ったら、どこかに出かけるみたいだったから。そうなると普通あとつけるでしょ?」
何が"普通"だ。
そう思ったが、あんまり声を出すと周りの人間に男であることがばれる恐れがある。
必然的に無口にならざるをえない。
「そんなことより、せっかく外に出てきたんだったら、もう少し外にいようよ。そうだ、一緒に晩ごはん食べに行かない?」
「今ごはん作ってるとこだから」
俊雅は周りに聞こえないように小声で話した。
「いいからいいから。一緒に行こ」
理沙は当然のように俊雅の言うことなど気にせず、半ば強制的にファミレスへ向かった。

「私は海鮮スープパスタにするわ。紗友里は?」
「きのこ雑炊」
ウエイトレスが席から離れていった。
「雑炊なんかで足りるの?」
「だってあんまり食べることができないから」
俊雅はウエスト辺りを触った。
「えっ、もしかして今もウエストニッパーをつけてるの?」
俊雅はうなずいた。
「紗友里はスタイルを良くするために頑張ってるんだ、えらいね。女の子はやっぱりスタイルが気になるものね」

しばらくすると注文したものがやってきた。
俊雅は雑炊をゆっくり食べた。
ウエストニッパーをしているといっても、さずがに雑炊では物足りなかった。
(ダイエットのため我慢するしかないかな)
そう思うしかなかった。
食べている間、ほとんど理沙ばかりが口を開いていた。
俊雅は適当に相槌を打つだけだった。

「それじゃ帰りましょうか」
理沙がレジに向かった。
当然のように支払いは俊雅に任された。

ファミレスを出たところで、男二人が近づいてきた。
「彼女たち、二人とも美人だね。一緒に遊びに行かない?」
「えー、どーする?紗友里」
理沙がわざとらしく驚いてみせた。
かなり面白がっているようだ。
「無理よ」
俊雅は小声で言ったが、男たちに聞こえるかもしれないので女言葉を使った。
「そうね、やっぱり無理かもね」
「無理ってなんだよ」
男たちが少し気分を害したような表情になった。
「だったら教えてあげるけど、俺たち男だけど本当にいいの?」
理沙が声のトーンを落として言った。
男たちの表情に動揺の色が浮かんだ。
「えっ、ええー!マジ?」
「だったらいいです。失礼しました」
男たちは逃げるように去って行った。
「見た?今の?笑っちゃうよね」
理沙が面白そうに笑った。
女である理沙は笑い事だろうが、女装している俊雅にとっては笑い事ではないのに。

理沙と二人で家の前まで歩いた。
女装している今、ひとりで歩くのが恐かったからついてきてもらったのだ。
「それじゃ、また明日。絶対遊びに来るから、紗友里さんになっててね」
理沙は家にも寄らず、帰って行った。
セックスを少し期待していた俊雅は残念な気がした。



次の日は仕事が立て込み、会社を出たのが10時前になってしまった。
今日はもう遅いし、やめておこう。
当然自炊する気にもならず、コンビニ弁当を買って家に帰った。
家が見えてきたときに家に灯りが点いていることに気がついた。
朝消し忘れたのかな?
そう思いドアを開けると、家の中から声がした。
「お帰りなさい。遅かったのね」
迎えに出てきたのは、やはり理沙だった。
「どうやって入ったんだ?」
「あら、合鍵なんて簡単に作れるのよ」
理沙はバッグから鍵をひとつ取り出して俊雅に見せた。
「夕食、まだでしょ?作っておいたわ」
テーブルには焼き魚と芋の煮物と冷や奴があった。
「あとワカメの味噌汁よ。ダイエットしてるんだから、これくらいでいいでしょ?」
「あ、ありがとう」
俊雅がテーブルの前に座ると、理沙が御飯と味噌汁を持ってきてくれた。
味噌汁が意外と美味しかった。
「うまい……」
「そう?インスタントに少し手を加えただけなんだけど」
「あ…そうなんだ…」
そうなるとあまり料理らしい料理はしてないみたいだ。
ま、いいか。
それなりに美味いんだから。
量が少なかったから、あっという間に平らげた。

「さ、腹ごしらえもしたし、紗友里さんになりましょ!」
「いや、今日はもう遅いし」
「そんなこと言っていいの?昨日の外出写真が会社のみんなにメールされるわよ」
「脅迫するのか?」
「脅迫だなんて人聞き悪いわね。一緒に楽しみましょうよ」

理沙には有無を言わせぬ迫力があった。
俊雅はおとなしく紗友里になった。
時計はすでに12時を過ぎていた。
俊雅は膝上20センチのミニスカートを穿いていた。
理沙も同じようにミニスカートを穿いていた。

「紗友里、綺麗よ」
理沙が俊雅にキスして、そのままベッドに倒れ込んだ。
理沙はキスしながら、俊雅の人工乳房を揉んだ。
感じるわけがないのになぜか感じるような気がする。
「ん…んん……」
口を塞がれているので、言葉が出ない。
理沙が俊雅の耳たぶを噛んだ。
あまり感じないが、感じている振りをした。
首筋を舐められた。
くすぐったかった。
手が乳房から少しずつ下半身に伸びてきた。
俊雅のペニスはすでに硬くなっていた。
理沙の手がスカートの中に入ってきた。
ペニスを握ってくれることを期待していたが、尻を撫でられた。
お返しで俊雅も理沙の尻を触ろうとしたが、手を払われた。
ショーツの中に手が入ってきた。
これは少し感じた。
理沙の指が少し怪しい動きをしている。
(えっ、まさか……)
予想は当たった。
ついに理沙の指がアナルに入ってきたのだ。
「な…何、するんだ!」
俊雅は理沙から身体を離した。
「あら、何がいけないの?」
「だって……」
俊雅は次の言葉が浮かばなかった。
「だって、何?」
「だって汚いじゃないか?」
「それじゃおチンチンは綺麗なの?私がフェラしたとき、汚いからやめろなんて言わないでしょ?」
「そ…それは……」
「セックスなんて大なり小なり変態チックなものなの。少し我慢して。すぐに気持ち良くしてあげるから」
理沙はそう言いながら再び俊雅に近づいてきた。
「気持ち悪いのは最初だけだから我慢して、ね♪」
俊雅は完全に理沙の雰囲気に飲み込まれていた。
理沙が再び覆い被さってきても何も抵抗できなかった。
理沙の手がショーツに入ってきて、尻を撫でられた。
すぐに入れられると思っていたが、なかなか入れられなかった。
(まだ…かな……)
理沙に焦らされている。
そう思うが、少しずつ入れられることに対する期待が生まれていた。
なおも尻を撫でられた。
「入れていい?」
理沙の言葉に俊雅はうなずいた。
俊雅の言葉に理沙は微笑みを浮かべて、ゆっくりと尻の中心に指を近づけていった。

入ってきた。

気持ち悪かった。
全然感じなかった。

「痛い?」
俊雅は首を振った。
痛くはなかったが、決して気持ちのいいものではなかった。
理沙の指が動いた。
変な感じだ。
もう1本指が入ってきた。
俊雅の表情が歪んだ。
痛かった。

理沙が指を動かした。
気持ち悪さの中に、少しずつ気持ちよくなってきた。

「紗友里、少し感じてきた」
「あ…うん……」
「だったら、気持ちいいって言って」
「気持ち…いい……」
声を出すことで、さらに気持ちが盛り上がってきた。
理沙の指が細かく動いた。
快感が増幅してきた。
「イ…イキそう……」
「紗友里、イッて」
「あああ……イ……イクぅ……」
俊雅のペニスから精液が飛び出した。

あ、スカートが汚れてしまう…。
俊雅が射精の瞬間に考えたことはそんなことだった。

「紗友里、気持ちよかった?」
「うん」
俊雅は素直に認めた。
本当に気持ちよかった。

「もう1回しようか?」
理沙が再び迫ってきた。
「もう…無理……」
「紗友里ばっかり感じて、私は全然なんだもん」
「…ごめんなさい。でも……」
「もうできないって言うんでしょ?」
俊雅はうなずいた。
「だったらもう少し私が楽しんでいい?」
意味が分からなかった。
俊雅が戸惑っていると、理沙がある物を取り出した。
ペニスの形をした張形だった。
しかもそれにベルトがついていた。
「これで思いっ切りイカせてあげる」
理沙が腰にそれを装着して近づいてきた。

「そ…それは…?」
「知らない?ペニバンよ。確かに普通の生活していて見れるもんじゃないわね」
理沙はそれを握って俊雅に向けた。
「それを…どうするの?」
「もちろん私が楽しむって言ったでしょ?」
「一人で楽しむんでしょ?」
「そんなわけないじゃない。紗友里に入れてあげるのよ。それじゃ四つん這いになって」
「やだよっ」
「そんなこと言っていいの?」
「……分かったよ」
俊雅は言われるまま四つん這いになった。

理沙が俊雅の腰を掴んで、ペニバンの先をアナルにあてた。
「いくわよ。力を抜いてね」
理沙が腰を前に突き出した。
「んっ」
指を入れられたときとは違う感覚だ。
入れられただけでは違和感だけで感じるものではなかった。

理沙がゆっくりと腰を前後に動かした。
すると少し変な感じが身体の中を走った。
「ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ……」
理沙の腰の動きに呼応して声が漏れてしまう。
決して気持ちいいわけではない。
でも感じているのは事実だ。

どんどん速くなった。
すると急激に快感が強くなった。
「あ…出そう……」
その言葉とともに俊雅のペニスから精子が飛び出した。
しかしついさっき射精したせいで、それほどの量は出なかった。

射精したが理沙は動きを止めなかった。
パンッパンッパンッパンッパンッ……。
理沙が打ちつける度に乾いた音が部屋に響いた。
「もう…もう…やめて…。おかしくなってしまう……」
俊雅の意識が薄れてきた。
自分が今どんな状態になっているのか考えることができなかった。
「あああああ……」
俊雅は無意識で声をあげていた。
自分が声を出しているという意識はなかった。
聞こえてくる声も自分のものだとは思わなかった。
俊雅は口を開けたまま涎を垂らして、理沙にされるがままだった。
本当に精神的におかしくなりそうだった。
それでも理沙は止めなかった。



朝になった。
俊雅は起きようとしたが、下半身に力が入らなかった。
「どうしたの?」
理沙の声がした。
すでに起きていたのだ。
「腰が…」
「腰が抜けちゃった?一晩中やられてたもんね」
そう言えば昨夜は12時過ぎから抱かれたのだ。
ペニバンで突かれたのは2時くらいだっただろう。
途中からはほとんど意識がなかった。
マジで一晩中突かれていたのだろうか?
「もしかして寝てないの?」
「2時間くらいは寝たかな?」
「もしかしてずっと?」
「そうずっと紗友里を可愛がってあげてたわ」
そう言えばまだ尻に何かが入っているような感触が残っていた。
手で確かめてみたが、今は何も入ってなかった。
それでもやはりアナルの違和感は拭えなかった。
「どうする?会社休む?」
確かにこの状態では立つことすら難しい。
「休んじゃおうか」
「うん、そうしたら?」
理沙にそそのかされたようにして休むことにした。
立ち上がれない俊雅はハイハイして携帯を取り、会社に電話した。
「もしもし津川ですけど、体調が悪いんで今日休ませてもらえますか?……はい、病院に行って安静にしておきます。……ご迷惑かけてすいません」
携帯を切った。
理沙も携帯を操作していた。
「私も休むってメールしちゃった。今日は一日楽しめるね」
「え…嘘だろ……」
目の前で理沙が怪しい笑みを浮かべた。

「それじゃ二人で買い物にでも行く?」
「え?でも今は立つことだって難しいし」
俊雅ははいはいしながら言った。
「そっか。だから休み取ったんだっけ?忘れてたわ」
「もう少し寝させてくれる?」
俊雅は再びベッドに潜り込んだ。
すぐに寝息をたて始めた。
「それじゃ私も寝ようっと」
理沙も俊雅の腕に抱きついて眠り始めた。

目を覚ましたときには午後1時を過ぎていた。
理沙はすでに起きており
「大丈夫?起きられそう?」
俊雅はゆっくりと立ち上がった。
まだ少し腰が痛く、尻に何か入っている感じが残っているが、何とか歩けそうだ。
ただ自然とがに股になってしまう。
「ちょっと女の子としてはみっともないわね」
結局その日は男の姿で過ごした。
外出したのは食事を摂るときだけだった。
「まだ疲れが取れてないし、今日はもう帰って寝るね」
夕方になると、理沙はさっさと帰ってしまった。
俊雅も簡単な夕食を摂ると、9時ごろには眠りについた。

水曜日休んだため、木曜と金曜は仕事が溜まってしまっていた。
仕方なく残業をして何とか全ての仕事を終えて週末を迎えることができた。
理沙は火曜に無理したせいか木曜も金曜もやってくることはなかった。

土曜は朝から紗友里の服を着た。
木曜、金曜と女装していなかったせいで、したい欲求が強くなっていたのだ。
そして午後になってから理沙がやってきた。
俊雅も午後には理沙が来るだろうと思っていたのだ。
二人が関係を持ってまだ一週間しか経っていないのに、何となく理沙の行動を読めるようになっていた。
意外と相性がいいのかもしれない。

「今日はこういうものを持ってきたの」
理沙が鞄から出したのはバイブとギャグボールだった。
そんなものは見たことはなかったので、鞄から取り出されたときはどういうものかよく分からなかった。
ただバイブは何となくそういうものだとは感じた。
「そんなもの、どうするの?」
「いいからいいから。手を後ろにして」
「こう?」
すると何かで留められた。
手錠だった。
「何するんだ!」
俊雅は思わず素に戻ってしまった。
「ちょっとしたゲームよ。一緒に楽しみましょう」
「やめろ。外してくれ」
しかし口に何かを噛まされた。
ギャグボールだった。
「う…ううう……」
何かを言おうとしても言葉にならなかった。

「それじゃ緊迫感を高めるためにこれもしましょうね」
そう言って、目隠しされた。

ブーーーン。
バイブが振動している音が部屋に響いた。
「入れてあげるね」
「ううう……」
「何?入れてって言ったの?やっぱり紗友里は変態ね」
振動しているバイブがアナルに入ってきた。
何かを探っているかのようにゆっくりと押し込んできた。
あるところで快感が強くなった。
「ううううう……」
「ここが感じるのね。それじゃここを重点的に…」
テープか何かで固定されたようだ。
バイブが容赦なく俊雅を攻め立てた。
ギャグボールのせいで開いたままの口から涎がダラダラと流れ出た。
何度か射精した。
俊雅の意識が遠のいていった。

やっとバイブが止まった。
意識は相変わらず朦朧としたままだった。

誰かに腰を掴まれた。
理沙とは違う力強さがあった。
すると何か入ってきた。
(!)
バイブともペニバンとも違う。
いつものような無機質な感じはなかった。
男にペニスを入れられている!
何となくいやだったが、身体は確実に感じていた。
バイブで感じやすい状態になっていたせいかもしれない。
男に入れられて感じている自分が惨めに思えた。
そんな精神状態のせいで余計に感じたのかもしれない。

気がつくと、誰もいなくなっていた。
俊雅は床で気を失っていたのだ。
すでに手錠もギャグボールも目隠しも外されていた。



次の日も理沙がやってきた。
理沙がやってきたときは俊雅は俊雅の姿のままだった。
「どうしたの?今日は紗友里にならないの?」
「今日はやめとこうと思って」
「そんなこと言わないで紗友里になってよ」
理沙は強引に俊雅をドレッサーの前に座らせた。
そして理沙は手際良く、俊雅の顔に彩りを加えていった。
鏡に映っている俊雅を少しずつ紗友里に変えていった。
今なら教えてもらえるかもしれない。
俊雅はそう感じ、理沙に確認した。
「昨日男の人が来てたでしょ?」
しかし理沙の反応は冷たかった。
「何言ってるの?紗友里と私の二人だけよ」
「だってあのとき……」
「何?あのときって?紗友里ったら、どうしたって言うのよ」
どうやら理沙は本当のことを言う気はないらしい。
「勘違いだったのかな…」
「そうよ。紗友里、感じすぎておかしくなったんじゃない?」
「そう…なのかな……」
俊雅はこれ以上追及しても無駄だと思った。
あえて聞かないことにした。
鏡の中には紗友里が映っていた。

「今日も…やる?」
「ううん、今日はやめておくわ」
「どうしたの?何だか元気ないわね。…それじゃ買い物にでも行かない?新しい服を買って気分を変えようよ」
俊雅が返事をしないうちに、外に連れ出された。

二人でいろんな店を回った。
女性の服や下着は本当にカラフルだ。
実際は何も買わず、ウィンドウショッピングしているだけだった。
それでもカラフルな服やスカートを試着しているうちに、気分が晴れやかになってきた。


「あっ、ごめん。ちょっと用事を思い出しちゃった。ここで帰っていい?」
二人でお茶してると、急に理沙が立ち上がった。
「えっ、そんな……」
「紗友里だったら一人で大丈夫だって。それじゃね、また明日会社でね」
俊雅はひとり取り残された。
どうしよう?
こんなところで誰かに絡まれたりしたら…。
とにかく早く帰ろう。


「紗友里、紗友里じゃないか」
思わぬ言葉に俊雅はビクッとした。
早く家に帰りたいのに。
紗友里の知り合いなのか?
恐るおそる声のするほうに振り向くと、そこには中島信幸が立っていた。
信幸は高校のとき紗友里とつき合っていた友人だ。
そう言えば紗友里の葬式に信幸は来ていなかった。
もしかしたらこいつは紗友里が死んだことを知らないのかもしれない。

「紗友里、久しぶり。俺だよ、俺、中島だよ」
信幸は抱きつかんばかりに近寄ってきた。
どうしよう、紗友里の振りをしたほうがいいんだろうか。
でもそんなの、すぐにボロが出るだろうし。
それでも湧き上がってくる悪戯心には勝てなかった。
ちょっとだけこいつにつき合ってやろう。
俊雅はイチかバチか返事をすることにした。
声を出した途端ばれるかもしれない。
そのときはそのときだ。
俊雅は目の前の信幸に笑顔を返した。

「中島くん…?」
「そうだよ、やっぱり紗友里なんだな」
「うん、そうよ」
「こんなところで会えるなんて。そうかなって思ったけど、昔よりずっと綺麗になってるんで半信半疑だったんだ」
「そんな…。お世辞なんか言っても」
「あれ?ちょっと声が変わった?」
「やっぱり?最近言われるの?中島くんも変わったと思う?」
「あ…そうだな。少し声が低くなったかもな…」
「やっぱり…。やだな……」
「いや、そんなの大丈夫だって」
意外とばれないみたいだ。
俊雅は少し自信を持った。

「少し早いけど、どこかで飯でも食わないか?俺、昼飯ちゃんと食べてないんで腹ペコなんだ」
「いいわよ、奢ってくれるのなら」
「もちろん、いいぜ。行こ行こ」
信幸は俊雅の腰に腕を回してきた。
俊雅は信幸に後押しされるまま歩き出した。
その先には信幸の車があった。
フォルクスワーゲンだった。
「えっ、これ、中島くんの車?」
「へへへ、そうなんだ。ちょっとは見直したか?」
「うん、すごいね」
俊雅は助手席に回った。
そしてスカートを押さえながらお尻から乗り込んだ。
信幸がドアを閉めてくれた。

「俺の知ってる店でいいよな?」
連れて行かれたのはホテルの中華料理店だった。
「いらっしゃいませ、中島様。いつものお部屋でよろしいですか?」
「ああ、ありがとう」
通されたのはVIPの部屋だった。
「……すごい。中島くんって今どういう人なの?」
「俺は俺さ。でもまあこれでも会社を経営してるんだ。まだまだ小さいけど、一応社長やってるんだ」
「でもこんな店に、しかもVIP席だなんて…」
「節税のために交際費を使えって税理士に言われててさ。だから今日の紗友里とのデートも会社の交際費ってわけさ」
「そう?なら遠慮なくいただいていいのね?」
「もちろん」

出てきた料理は俊雅が知っている中華料理とはレベルが違った。
とにかく美味かった。
高級な中華料理がこんなに美味しいとは知らなかった。
俊雅は夢中で出てきた料理を楽しんだ。

「ああ、美味しかった。こんな美味しい料理、初めて食べたわ」
「気に入ってくれて良かったよ」
「本当にご馳走になっていいの?」
「ああ、もちろんだ。せっかくだし、もう少しつき合ってよ。まだ早いし、さ」
時計を見ると、まだ7時過ぎだった。
「うん、いいわよ」
二人はホテルの最上階のバーに行った。
そこでカクテルを1杯飲んだ。
急激に眠気が襲ってきた。
やばい。
何か盛られた?
俊雅は薄れゆく意識と戦おうとしたが、すぐに意識を失った。
「おい、紗友里。どうした?まだそんなに飲んでないだろう」
信幸は紗友里の型を揺すった。


(う…うーん、ここはどこだ?)
どこかの部屋だった。
頭が少し痛い。
何となく頭にもやがかかっているようだ。
少しずつ意識がはっきりしてきた。
ホテルの一室のようだった。
(えっ、どういうこと?……)
俊雅は意識を失う直前の記憶が蘇ってきた。
(中島と一緒に酒を飲んで……)
俊雅は慌てて上半身を起こし自分の服装を調べた。
特に異常はなかった。
目の前には信幸がいた。
「やっと気がついたな、紗友里、いや、津川、と、し、ま、さ、くん」
信幸が真面目な顔をして俊雅の顔を真っ直ぐ見ていた。

俊雅は驚いて何も言えなかった。
(こいつは僕の正体に気づいていたのか?)
自分の女装は完璧だと思っていた。
男たちの視線は自分の女性としての美しさのためだと思っていた。
しかしそうではなかったのだ。
きっと街行く人は皆自分のことを見て笑っていたに違いない。
そんなことを考えていると顔が真っ赤になってきた。
穴があったら入りたい。
そんな心境だった。

「どうしたんだ?そんな顔を赤くして。正体がばれたのが恥ずかしいのか?」
信幸が真顔で聞いた。
俊雅は何も言わなかった。
「今のお前の姿を見て、お前のことを男だなんて思うやつは誰もいないと思う。それくらい女性としてのお前は完璧だ。いやむしろ今の女どもよりも女らしいくらいだ」
それならなぜばれたっていうのだろう?
俊雅は表情で質問した。
「だったらどうして分かったかっていう顔してるな?それは俺が昔からお前を女装させていたからだ。もちろん頭の中でな」
「えっ!」
俊雅は思わず声を出した。
「俺は高校のときからお前のことが好きだった。だが俺はホモじゃない。男のことなんて、好きになったことなんてない。お前以外はな。どういうわけかお前のことが頭から離れなかったんだ」
信幸の顔は相変わらず真顔だった。
とても嘘をついたりからかっている様子はなかった。
「俺はお前を妄想の中で女の姿にしていた。俺は妄想の中でのみお前と愛し合うことができたんだ。俺は夢の中で会う女になったお前に恋をしていた」
信幸が遠い目をして言った。
高校時代のことを思い出しているのだろう。
「そんなとき俺は気がついた。紗友里の顔が妄想の中のお前に似てるってことに気づいたんだ。そのことに気づくと、俺は自分の欲求を抑えることができなくなった。女に告白したこともない俺が生まれて初めて女性に交際を申し込んだ」
信幸が少し間をあけた。
「それで紗友里との交際が始まった。でも始まってすぐやっぱり何か違うことに気づいた。紗友里は決してお前の代わりにはならない。当たり前だけど、そのことにやっと気づいたんだ。だから紗友里との交際はほんの2週間ほどだった。紗友里とは交際をやめたあとも普通に話ができたし、お前たちには別れたなんて言ってなかったから、お前たちは俺たちがずっとつき合っているように思っていたみたいだが、実際はほんの一瞬だったんだ」
再び信幸が間をあけた。
俊雅は黙って、信幸の次の話を待った。
「大学に入って、俺はいろんな女とつき合った。しかし誰もお前のことを忘れさせてくれなかった。お前以上に好きになれる女に出会えなかったんだ」
男に好きだと言われて気持ち悪いはずなのに、なぜか全然気持ち悪いとは思わなかった。
「実はそのころつき合った彼女のひとりに理沙がいた。知ってるよな、友永理沙って?」
俊雅はうなずいた。
「ついこの間、たまたま街で理沙に出逢ったんだ。何だか嬉しそうな顔をしてるんで、話を聞いたら新しい彼氏ができたって言うんだ。昔の彼女の男の話なんて聞きたくないけど、仕方なしに聞いてみると、その彼を女装させて紗友里って呼んで可愛がるんだと言いやがった。紗友里って言う名前に俺は妙な期待を持った。俺はその男の名前を教えてくれと頼んだんだ。最初は拒んでいたんだが、やっと聞き出すことができた。お前だった。お前が女装しているなんて。騙されているように感じる反面、俺はどうしても女装したお前を見たかった」
信幸はここで話をやめて、冷蔵庫から缶ビールを出し、一口飲んだ。
「俺はどうしても会いたかったんで、今までの俺の妄想を理沙に話して、会わせてくれるよう頼んだ。そしたら理沙が日曜にお前を外に連れ出すから会えばって言ってくれたんだ。すごく嬉しかった。子供のころの遠足の前日なんかよりももっとウキウキして日曜を待った。そして今日約束の場所で待っていると、目の前にお前がやってきたんだ。夢の中で妄想していたよりずっと綺麗だった。俺はすぐにでも抱きつきたい衝動に駆られた。どう声をかけていいか分からなかったので、紗友里と間違ったふりをすることにした。人違いですとか言われたらどうしようと不安だった。だがお前は俺の話に合わせてくれた。嬉しかった」
再びビールを一口飲んだ。
「とにかく二人きりになりたい。お前には悪いと思ったが、少し強い酒を飲ませた。予想以上にアルコールに弱い身体みたいで、すぐに酔いつぶれてくれた」
三たびビールを、今度はかなりの量を飲んだ。
「俺はお前が嫌がるなら無理強いはしたくない。だから今まで待ってたんだ」
俊雅の顔が近づいた。
すぐにキスができるくらいの距離だった。
普通に考えると男からキスを迫られるなんて気持ち悪いことはない。
しかし今の俊雅にはそんな気持ちは微塵もなかった。
自分を求めてくる信幸の気持ちを嬉しく思う部分すらあったことは否めない。
それでもその一歩を踏み出すには勇気が必要だった。
「僕がこんな恰好してることをどう思ってる?」
俊雅は勇気を出して信幸に聞いた。
ただ正体がばれている今、女言葉を使うことは躊躇われたので、普通の言葉で聞いたのだ。
しかし信幸から間髪をいれず「できたら女らしく話してくれないかな」と言われてしまった。
正体がばれている相手に対し女言葉を使うことは少し気恥ずかしい気がしたが、仕方ない。
今の姿に相応しい言葉遣いのほうがいいに決まっている。
「あ、そう…ね。分かった…わ。…それで私がこんな恰好してるのってどう思うの?」
「さっきも言っただろう。俺は女になったお前に会いたかったんだ。俺が考えてた以上に綺麗だ。すごく綺麗だ」
そう言いながら信幸の顔が近づいてきた。
キスされる!
そう思うと俊雅は拒絶するのではなく自然と目を閉じていた。
唇に温かいものが触れた。
ほんの一瞬のキスだった。
「想像していた通りに柔らかい唇だね」
そう言われて、恥ずかしくて下を向いた。
信幸の手が俊雅のあごにかかった。
そうしてゆっくり顔を上に向けられた。
「綺麗だ」
信幸の言葉が俊雅の耳をくすぐった。
自分は女性として扱われている。
俊雅はそう実感できる喜びで気持ちが高揚していた。
この人の前では自分は女性なんだ。
心底そう思えた。
それからは夢のようなひと時だった。
正常位で信幸のものが入ってきたときは女のように歓喜の声をあげた。
私は彼の前では女なんだ……。
そう思えたことで、感じ方が全然違った。

行為が終わり、信幸の腕枕で俊雅は横になっていた。
胸につけた人工乳房だけが俊雅が女性だと主張していた。
「なあ、仕事なんか辞めて、俺と暮らさないか?」
「えっ!」
信幸の思わぬ申し出に俊雅は驚いた。
「お前の性格は高校のときから知っているし、今の俺には絶対にお前が必要なんだ」
男どうしの接し方と異性としての接し方では自ずと違うはずだ。
男どうしのときの相性がいいからと言って、異性の関係に当てはまるとは思えない。
「でもこんな関係になれば、微妙に関係も変わるんじゃないの?」
「そんなことないさ。お前は根本的には何も変わらないんだから」
「そう……か…な……」
「そうなんだ。……そう言えば、名前はどう呼べばいい?」
「紗友里…でいいんじゃない?」
「できればお前本来の名前で呼びたいな」
「本来の名前ってどういう…?それじゃ名前をつけて」
「俊雅だから、俊美とか俊子とか…」
「う〜ん、何となくピンと来ない…かな…」
「それじゃ"雅"をとって"雅美"とか"雅子"はどうだ?」
「う〜ん…」
「駄目か?なかなかお前の好みは難しいな、それじゃ…"雅代"、"雅恵"、……」
俊雅は首をかしげた。
やっぱりピンと来なかった。
「それじゃあ、"俊恵"…、"俊恵"がいいんじゃないか。やっぱり"俊"のほうを残したいし」
「そうなの?」
「高校のころ、"トシ"って言いながらマス掻いてたからな」
「やだぁ、本当にそんなことしてたの?」
「だから俺はお前のことがずっと好きだって言ってるだろ?好きな女のことを考えてマスを掻くのは健康な男子高校生としては当然のことだ。それはお前だって分かっていることだろ?」
「そりゃまあそうだけど」
「それで、俊恵、一緒に暮らさないか?」
「う〜ん……少し考えさせて」
「分かった。いい返事を待ってる」
そしてキスされた。
このときすでに俊雅の気持ちは固まっていたのかもしれない。



月曜日になった。
しかし、俊雅は会社には行かなかった。
ネクタイして男の恰好をするなんて気にならなかったのだ。
会社に連絡すらしなかった。
無断欠勤だ。
何だかいつもの生活をする気にならない。
もちろん女装していた。
ただしこれまでつけていたウィッグはつけなかった。
髪は伸びていたし、うまくセットすれば女性のヘアスタイルに見えると思ったのだ。
実際ブローすることで何とかそれなりに見えるようになった。

午後過ぎまで特に何をするでもなく部屋にいた。
時々会社から電話がかかってきたが、全て無視した。
2時になった頃、俊雅は朝から何も食べていないことに気づいた。
(何か食べに行こうかな)
俊雅は女性らしいワンピースに着替え、カーディガンを羽織って外に出た。
そして近くのファミレスに行き、レディースセットを注文した。
食事を摂っていると、携帯にメールがあった。
信幸からだった。
『今日も会いたい。7時に昨日のホテルのロビーで待つ』
そう書かれていた。
俊雅の気持ちに暖かい何かが流れ込んできたように思えた。
「よしっ!」
ファミレスを出た俊雅は、その足で美容室に行った。
そこでダークブラウンにカラーリングしてもらい、女性らしいショートボブにしてもらった。
鏡で仕上がりをチェックした。
ウィッグより若々しく活発そうに見える。

俊雅は会社に向かった。
「あっ、課長…」
会社に着くと、理沙がすぐに俊雅に気づいた。
「あの…どちら様ですか?」
支店長がにこやかな顔をして俊雅に近寄ってきた。
「支店長、長々とお世話になりました。一身上の都合で会社を辞めさせていただきます」
そう言って、辞職願と書かれた封筒を支店長に手渡した。
「君は誰だ?」
「私ですよ、津川です」
「えっ!津川くん…なのか?どうしたんだ、その恰好は?」
「ま、そのことはいいじゃないですか。とにかくこれで失礼します」
理沙がジッと見ていた。
俊雅は理沙にウィンクした。
「どうしたの?カミングアウト?」
理沙が近づき小声で話した。
「ええ、もう男の姿に戻りたくなくって」
「それだけ?」
「そうよ」
「彼氏ができたんじゃないの?」
「ふふふ、内緒」
俊雅は会社を後にして、ホテルに向かった。

ホテルに着いたのは約束より2時間ほど前だった。
俊雅はラウンジで紅茶を飲んで時間を潰していた。
そこで待っていると、約束の時間より30分以上も早く信幸がやってきた。
「早いのね?」
「ああ、それよりどうしたんだ?その髪?」
「あら、気づいてくれたんだ。男性は女性の髪型に無頓着なのにね」
「それだけ変わればさすがに分かるさ。それに昨日はウィッグだったんだろ?今日は地毛か?」
「そうよ。似合う?」
「ああ、長い髪もいいが、ショートもなかなかいいな」
「ありがとう」
「それじゃ、行こうか」
「行こうってどこに?」
「俺の部屋さ」
信幸は俊雅の肩を抱いて歩き出した。


信幸の部屋はマンションの上層階の一室だった。
間取りは2LDKだったが、広さは100m2以上はあった。
「すごい。こんなところに住んでるの?」
「ああ、少し狭いけど、会社に近いんでね」
信幸は至極当然のことのように言った。
「これで、狭いの?」
「ああ、でも一人には充分だと思ってる。だろう?」
「そ…そうね」
「とにかく腹が減ったんで、何か食おうか」
食べた物はレンジで温めるだけの腹を満たすためだけの物だった。

「お金はあるのに、食事は貧しいのね」
「いつも外食だし、家ではこれでいいんだ」
「私、今は料理できないけど、料理できるようになるわね」
信幸の表情が明るくなった。
「それって俺に料理を作ってくれるってことか」
「うん、本当に一緒に住んでよければね」
「本当に来てくれるのか?」
「いいの?」
「もちろん!」
そして信幸が抱き締めてくれた。

「よかった、実はもう会社辞めてきたの」
「本当か?もし俺があれは冗談だったって言ったらどうするつもりだったんだ?」
「そんなこと全然考えなかった。でももしそう言われたとしても、もう男の姿をして、会社勤めなんて我慢できなかったし、女として生きていくつもりだったから」
「俊恵、愛してる」
キスされた。
「そう言えば名前は"俊恵"だったんだっけ」と思いながら、信幸のキスを受けていた。

信幸と俊雅は一旦キスをやめて寝室に行った。
そしてそこで愛し合った。

ウィッグをつけていたことはこれまでかなりのストレスだったようだ。
外れないようにと無意識のうちに注意していたことで快感が減っていたように思う。
今日はウィッグをしてないというだけで、頭が軽い。
おかげで信幸から与えられる快感に集中することができた。
もしかすると会社を辞めたという覚悟のせいで快感が強まったのかもしれないが、俊雅にはウィッグのせいだったように思われた。

いよいよ挿入というタイミングで「今日はバックでやろう」と言われて四つん這いにされた。
信幸の手が腰を掴んだ。
その感触には記憶があった。
理沙に目隠しされたときに犯られたときと似ていたのだ。
(もしかして…)
信幸のペニスが入ってきたときに俊雅の疑惑は確信となった。
「ねえ、聞いてもいい?」
信幸に突かれながら、俊雅は信幸に聞いた。
「ああ、いいよ。何だ?」
「私を抱いたのって昨日が初めてじゃないわよね?」
「何を言ってるんだ。昨日が初めてに決まっているだろう」
そう言って信幸は腰の動きを速めた。
「ああ…ぁ……すごぃ……」
気持ち良すぎて何も考えられなかった。
信幸が「俊恵、俊恵、……」と呻くように言っていた。
そして信幸がイッたと同時に、俊雅もイクことができた。

「どうやらばれちゃったみたいだな」
信幸は俊雅の髪を撫でながら言った。
「やっぱりあのときのってあなただったの?」
「ああ、そうだ」
「でもどうして……?」
「実はだな…」
信幸は小さくため息をついて話を始めた。

「理沙とは彼女が短大生のとき少しだけつき合ってたんだ」
わざわざ「少しだけ」とつけていることに言い訳めいたものを感じたが、俊雅はあえて言葉にしなかった。
俊雅はそんな信幸のことを可愛いと感じた。
そしてその感覚が女性的なものであるように思えた。

「それでだな……」
俊雅がそんなことを思っているとは知らず、信幸は話を続けた。
信幸の視線はどこか遠くを見ているようだった。

信幸が昼休みに弁当を買って、会社の近くの公園で弁当を食べているときだった。
「あれ?中島くん?」
女性が声をかけてきた。
顔をあげると見覚えのある女性が立っていた。
「ええと……」
名前がすぐに出てこなかった。
「失礼ね、元カノの顔を忘れるなんて。理沙よ、友永理沙」
「…あ、そうか、理沙か。久しぶりだな、元気か?」
「まあ楽しくやってるわ」
「それはよかったな。でどうしたんだ?わざわざ俺を探しに来たのか?」
「まさか、そんなわけないじゃない。たまたま見かけたから声をかけただけ。私にはちゃんとした人がいるしね」
「そうか、つき合ってる奴がいるんだ」
「うーん、つき合ってるって言うのかな、ああいうの…」
「どんなんだよ?」
「お酒の勢いで関係を持って、それからかな?二人っきりで会うようになったの」
「まああり得る話だな」
「それがね、その彼にちょっとした悪戯心で女装してあげたら、その彼、はまっちゃって…」
「変態プレイだな」
「そんな言い方しないでよ。その彼の女装ってのがすっごく綺麗なんだから」
「そうは言っても男は男だろ?」
「絶対見たら驚くって。その彼、最近奥さんを亡くしてさ、女装したらその奥さんにすっごく似るのよ」
「えっ!それってまさか…」
信幸はつい最近高校のときの友人である村岡晃三から聞いた話を思い出した。
(確か紗友里が亡くなったとか言ってたな……)
「中島くん、もしかして知ってるの?津川課長のこと…」
「やっぱり……。津川は高校の同級生だよ」
「へえ、世の中って狭いものね。亡くなった奥さんのことも知ってるの?」
「ああ、少しつき合ってた」
「へえ、だったら写真見せてあげようか。でも他の人にこんな写真見せたって知ったら彼に怒られるかもね…」
「自分の女装写真なんか写真で撮らせるなんて…」
信幸は見たかった。
高校のときに妄想していた信幸が実際に女装しているところを。
しかし素直に見たいと言うには恥ずかしかった。
「彼は写真を撮られたことは知らないの。だって内緒で撮ったんだから」
「綺麗なのか?」
「やっぱり見たいんだ。友達が女装してる写真なんか見たら、その友達のことを軽蔑したりしない?」
「大丈夫だと思う」
「ふーん……」
理沙は信幸の顔を見てニヤニヤ笑っていた。
何だか心の中を見透かされているようで落ち着かなかった。
「だったら見せてあげる。課長が鏡に映った自分に見惚れてるとこだけどね」
理沙はスマホを操作して信幸の前に差し出した。
その画面には鏡を見ている女性が写っていた。
まるで紗友里だった。
いや少しだけ男の雰囲気を残している。
そこが何とも魅力的だ。
信幸はその写真から目を離せなかった。

「もしかして中島くんってこういうタイプが好きなの?」
理沙が面白そうに聞いた。
信幸は素直に白状すべきか迷った。
素直に話せば馬鹿にされるだろう。
しかし一方では協力が得られるかもしれない。
信幸は理沙の顔をじっと見た。
彼女が信じるに足る人物かどうかは分かっているつもりだ。
だが今このときを逃すと、女装した俊雅を得ることはできないだろう。

「ああ、その通りだ。俺はこいつみたいなタイプが好きなんだ」
俺は素直に言った。
「もしかして課長の奥さんのことも知ってたりして…」
「ああ、知ってるよ。ちょっとだけだけどつき合ってたし」
「なるほどね。だったら確かに好きかもね。でも男と分かってても気になるの?」
「ああ、だって美人じゃないか」
「もしかして中島くんってバイなの?」
何だか話が妙な方向に向かっているような気がする。
「何言ってるんだ、俺は男なんて好きじゃない」
「だって、これ、男性で、中島くんの友達よ」
「でも女性にしか見えないだろ?だったら写真で見るだけなら好きになってもいい」
「そう言われればそうかもね。じゃ写真いる?」
「あ…いや……それは……」
すぐに「欲しい」と言いたかったが、中途半端なプライドが邪魔をした。
「あ、そうなんだ。いらないんだ。じゃ、あげない」
と言ってスマホをしまった。
「随分話しちゃったわね。そろそろ昼休みも終わるし、じゃあね」
そう言って歩いて行った。
いったい何だったんだ。
せっかく賭けに出たのに何も進展がないのだ。
信幸は意地になって、食べかけの弁当を近くのゴミ箱に捨て、理沙の後を追った。
理沙はそこから歩いて3分ほどのビルに入って行った。
(ここが津川が働いているとこか)
とりあえず次の打つ手ができた。
信幸は一旦自分の会社に戻った。

その日は適当な理由をつけて、早く帰ろうとした。
しかし残念ながら、かなわなかった。
会社を出たのは7時少し前になっていた。
それでも理沙が入ったビルに向かった。
10分ほど待って来なければ帰るつもりだった。

待ち伏せを始めて数分すると理沙が出て来た。
(ラッキー!タイミングばっちりじゃん)
そう思って、後をつけた。
電車に乗って、駅から歩いて10分ほどのところにマンションがあった。
そのマンションから一人の女性が出てくると、理沙が足を止めた。
そしてその女性の後をつけるように歩き出した。
(どこまで行くんだ?)
仕方なく信幸もさらに少しあとを歩いた。

女性がコンビニに入ると、理沙は入り口のかげに身を隠した。
そしてその女性が出てくると、理沙がその女性の背後から声をかけた。
「今晩は、紗友里さん」
「え…どうしてここに?」
そのやりとりで分かった。
その女性が津川だということが。
写真では男の雰囲気が残っているように思ったが、今見えている女性は女性そのものだ。
信幸は完全に心を奪われた。

理沙と津川がファミレスに入ると、信幸も入った。
できるだけ目立たないようにしていたが、一度だけ理沙に見つかったような気がした。
しかし理沙からの反応がなかったので、見つからなかったものだと思っていた。
それが甘かった。

そのまま二人が別れるまで尾行した。
そして二人が別れるとすぐ理沙が信幸のところにまっすぐやってきた。
「いつからつけてたの?全然気づかなかった」
「……」
「ふぅーん、言えないの?まあ、いいわ。それより彼のこと見たでしょ?どう?」
「……綺麗だった」
「でしょ?彼を犯したい?」
目が爛々と輝いていた。

理沙の誘いにほとんど条件反射のようにうなずいてしまっていた。
ペニスはギンギンに硬くなっていた。
「素直ね。男は素直が一番よ」
そう言って信幸の頭を撫でた。
馬鹿にしやがってと思わないでもなかったが、何も言わなかった。
それよりも何とか俊雅を物にしたかった。
「そのうちチャンスを作るから、ちょっと待って。またメールするわ。メルアドは昔から変わってない?」
信幸はうなずいた。
そのうちメールが来る。
そしてそのときは……。
ようやく妄想が実現するときが来るのだ。

待っていると、金曜の夜にメールが届いた。
明日の夜なら大丈夫とのことだ。
この前行ったマンションのある部屋番号が書かれていた。
その日の夜は満足に眠れなかった。
もちろん次の日を楽しみにしすぎていたためだ。

土曜になると指定されたマンションに行き、すぐに理沙にメールした。
しばらく部屋の前で待っていると、やがて静かにドアが開いた。
部屋に入ると、バイブを尻に入れられてよがっている俊雅らしき姿があった。
目隠しのせいで顔が見えなかったのだ。
確認の意味で理沙の顔を見ると、静かにうなずいた。
見ているとその人物はギャグボールをかまされ、よだれをダラダラと流し続けている。
そんなに感じるものなのだろうか?
信幸は俊雅らしき人物が女装してアナルに感じているだけで興奮してきた。
急速に犯りたくなってきた。
信幸は許しを得るように理沙の顔を見た。
理沙は口の動きだけで「いいわよ」と言った。

信幸はアナルに入っているバイブのスイッチを切った。
俊雅は力が入らないようだった。
信幸は俊雅の腰をがっちり掴んだ。
一瞬俊雅がビクッと身体を震わせたように思った。
そんなことは気に留めず、一気にアナルに挿入した。
俊雅の中は温かかった。
信幸は夢中で腰を振った。
あっという間に出してしまった。
俊雅もイッたようだった。


「……というわけなんだ」
どうやら理沙が信幸に犯させるため、アナルの快感を教え込んだようだ。
そして俊雅は理沙の思惑通り、信幸の腕の中で感じるようになったわけだ。
それにしても裸になると、自分の身体が男であることが恥ずかしい。
俊雅は信幸に聞いてみることにした。
「ねえ、身体はどうして欲しい?」
「どうしてって…」
「このまま何もいじらないほうがいいのか、女性の身体に近づけるほうがいいのかってこと」
「俺の希望としては女性の身体のほうがいいな。言ったろ、基本的にホモじゃないって」
「それじゃ性転換しなきゃ浮気されちゃうかもね」
「馬鹿、それは絶対にないって」
「男ってつき合ってすぐのときはそう言うものよ」
「確かに、そうかもな。さすが俊恵は男の心理が分かってるな」
そう言って信幸はニヤリと笑った。
「それじゃここに暮らすって決めれば、性同一性障害の診察を受け始めないといけないわね。そうすれば合法的に性別適合手術を受けることもできるし、戸籍だって女にできるから、あなたと結婚だってできるし」
「結婚?そんなことできるのか?」
「ええ、2年以上経たないと無理だけど」
「高校から今まで待ってたんだ。あと2年くらい何てことないさ」
信幸は俊雅の顔をまっすぐ見つめた。
「俊恵」
そう呼ばれたことがなぜか嬉しかった。
「信幸…さん」
そんな呼び方が自然と口から出た。
二人は抱き合って長いキスをした。
そして再び抱き合った。

「もう今日から一緒に住むか?」
信幸は俊雅の髪を撫でながら言った。
どうやら信幸はこうすることが好きなようだ。
俊雅も髪を撫でられると、妙に落ち着いたような気分になる。
「そうしたいけど、今の家の後片付けしたり、いろいろやらないといけないことがあるし」
「そうか、それじゃ鍵を渡しておくよ。いつ来てくれてもいいから」
抱き合った後、信幸は優しく鍵を差し出した。
「ありがとう。それじゃ、また来るね」
俊雅は差し出された鍵を両手で包むように受け取った。

家に戻るとなぜか理沙がいた。
「どうだった?信幸とのデートは?」
「一緒に暮らそうって言われた…」
「へえ、彼、本気で紗友里のことが好きなのね」
"紗友里"と呼ばれることにすでに違和感を覚えた。
かと言って理沙に"俊恵"という名前を伝えるのは少し気恥ずかしい。
俊雅がそんなことを迷っていることなど理沙は全く気づかず話し始めた。
「彼、結構お金持ちみたいだからいいわよ。玉の輿ね」
「理沙って昔彼とつき合ってたんでしょ?もうつき合う気はないの?」
「うーん、あんまり考えたことはなかったけど…。昔のことだし、もうあり得ないって感じかな…」
「つき合ってたときの彼ってどんな感じだった?」
「優しいんだけど、今から考えると、自分が愛されてる、自分が必要とされてるって感じがなかったような気がするんだよね」
「そう…なの?」
「きっと気持ちの中にいつもあなたがいたからじゃないの?高校の頃からずっと好きだったらしいし」
「本当にそうなの?」
「そうみたいよ。でもこれで私は完全にふられちゃったってことになるのね」
「…ごめんなさい……」
「いいの、私のことなら気にしないで。お酒の力で始まったような関係だけど、その前から課長のことは好きだったのよ……」
そう言って涙が一粒流れた。

この部屋には紗友里の思い出がいっぱい残っている。
そして紗友里だけでなく理沙の思い出も作られていた。
そんなこの部屋を明日解約するつもりだ。
男だった全てのものに決別するのだ。
そして信幸のマンションで、俊恵として新しい思い出を作っていきたい。

次の日にやるべきことを済ませた。
そしてその日のうちにキャリーバッグを持って信幸のマンションに向かった。



妻の面影を求めて、初めて化粧をした。
部下の女性に女装を教えられた。
時間としては妻が死んでから3週間も経っていない。
それなのに高校時代の友人から一緒に住もうと言われた。
そしてその彼のために自分は女性になろうとしている。
本当に不思議な気がした。
でも今はもう迷いはない。
彼についていこう。
彼のために女になろう。
そして彼の妻になりたい。
心の底からそう望んでいた。


《完》

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