多重体格



(な…何?)
俺は違和感で目が覚めた。
それでもまだ半分くらいは眠っているような状態だ。
それでも何となくいつもと違うのを感じていた。
よく分からないが、何か変な感じだ。
それがいつもの元気な股間のイチモツの存在を感じないことだと気づくのに数分かかった。
俺は眠い目を擦りながら、その部分に手を持っていった。
(?)
何の感触もない。
どういうことだ!
俺の意識は一気に覚醒した。
俺は慌てて上半身を起こした。
プルンッ。
胸で何かが揺れるのを感じる。
当然そこに目をやった。
パジャマとして着ているTシャツの胸のところが膨らんでいる。
(…まさか!)
急いでTシャツを脱ぎ去った。
予想通りそこにはいわゆる乳房があった。
(な…何だ、これは?)
明らかに女の胸だ。
僕は慌ててベッドから出た。
トランクスの前は膨らんでなかった。
(まさかな……)
俺は恐るおそるトランクスを下にずらした。
そこには昨夜まであったものはなく、代わりに逆三角形の陰毛があった。
そしておそらくそこには考えたくないものがあるのだろう。

部屋の風景にも違和感を覚えた。
その理由は机に手を置いたときに分かった。
いつもより微妙に机が高く感じるのだ。
すなわち自分が少し縮んでいるのだ。

「正則、夏休みだからっていつまで寝てるの?早く置きて朝ご飯食べて」
階下から母・房代の声がした。
どうすりゃいいんだ。
こんな恰好で母親の前になんか行くことはできない。

そう言えばどんな顔になってるんだろう?
顔は変わってないんだろうか?
しかし残念ながら俺の部屋には鏡がない。
確認するためには階下に降りて、洗面所にでも行くしかない。

俺は脱ぎ捨てたTシャツを着て、音をたてないようにゆっくり階段を下りていった。
そして見つからないように、洗面所に入って鏡の前に立った。
鏡には女の子が映っていた。
顔は元の自分の面影が何となく残っている程度だった。
何となく小学生時代の初恋の女の子・大川亜矢ちゃんに似ている。
可愛くて童顔だ。
強いて言うならAKBの指原に似ていた。
身長はかなり小さい。
俺の身長は173センチだが、20センチ程度は小さくなったようだ。
俺はゆっくりとTシャツを捲り上げた。
形の良いお椀形の乳房だ。
それなりの大きさはあるようだ。
乳房の先には当然のように大きな乳首がついていた。
(いったい俺の身体はどこにいったんだ?)
俺は乳房を見ても興奮することなく、絶望した気持ちにしかならなかった。

「あなた、誰?」
俺が鏡に見入っていると、背後から声がした。
振り返ると、そこにお袋が立っていた。

急なお袋の登場に俺は何も言えなかった。
「誰なの?正則のガールフレンド?」
俺はどう言っていいのか分からなかった。
しかしいつまでもお袋を誤魔化せるものではない。
俺は仕方がなく本当のことを言った。
「僕だよ。正則だよ」
お袋は怒ったような表情になった。
「えっ、何、馬鹿なことを言ってるの!正則は私の息子よ」
そう叫んだ。
確かに普通は信じないだろうな。
俺だって信じられないんだから。
お袋の叫び声を聞きながら、頭の片隅では冷静にそんなことを考えていた。

「どうしたんだ、母さん」
来なくていいのに、そこに親父が来やがった。
当然親父の視線は俺に向けられた。
「誰だ、この子は?」
親父は当然俺のことを不思議そうに見た。
俺は何も言わなかった。
言葉を発したのはお袋だった。
「この子、自分のことを正則だって言うのよ」
「えっ!…あ……」
親父の顔色が変わった。
何か思い当たることがあるのかもしれない。
「父さん、何か知ってるのか?」
俺は親父に詰め寄った。
親父は俺とは視線を合わせなかった。
若い女に詰め寄られて照れているように見えた。
何、考えてんだ、このエロ親父め。
そう心の中で吐き捨てた。
「あ、いや、知ってるというか、昔親父が言ってたような気がするんだ。思春期の頃に身体が不安定になってたとか。具体的にどんな症状なのかは聞いたことがないんだけど」
「加寿子おばさんが知ってるんじゃない?」
お袋が言った。
加寿子おばさんとは死んだおじいちゃんの妹だ。
80歳前後でまだまだ元気にしている。
「そうかもしれんな」
そして親父が電話した。
「もしもし、おばさん?お久しぶりです、則嗣です。ちょっと聞きたいことがあって……」
親父の言葉だけで何となく状況が分かった。
どうやらおじいちゃんの父親ってのがかなりの変人の発明家らしくって、変な薬の実験台に我が息子を選んだらしい。
そのせいで身体がいろいろと変化したそうだ。
多くのケースでは男性のままでもいろいろな体格に変わったしたらしい。
まれに女にさえなったこともあったそうだ。
それがどれくらいの期間続いたのかは分からないが、ある時期を過ぎると、いつの間にか治っていたらしい。

「本当に正則なんだな?」
電話を切ると、親父が俺の目を見て聞いてきた。
「ああ、そうだよ。正則だって言ってんだろ」
「…そうか」
「どうやらおじいちゃんと同じ症状みたいだな。父さんはそんなことなかったのか?」
「ああ、なかった。もしかしたら隔世遺伝みたいなものかもしれんな」
「それじゃそのうちこれは治るのか?」
「よく分からんが、そういうことなんだと思う…」
何となく状況が分かったような気がしたが、結局対処方法は分からないようだ。

「おーい、莉香」
急に親父が妹の莉香を呼んだ。
すぐに2階から面倒臭そうに莉香が下りてきた。
「なあに、父さん。あれ、この人、誰?」
莉香は俺の姿に興味を示した。
「兄さんだ」
「まさか。だって女の子だし、そもそも身長が全然違うじゃない」
「なるほど。そう言えばそうだな」
親父は莉香の言葉の前に自信をなくしたらしい。
「もう一度確認するが、お前は正則なんだな?」
「ああ、そうだよ。さっきからそう言ってるだろ?」
俺の言葉を聞くと、そのまま莉香のほうを見て「ということだ」と言った。
「嘘!信じられない!」
「おじいちゃんの遺伝でこうなったらしい」
「遺伝で?そんな馬鹿なことがあるの?」
莉香は相変わらず不思議そうに俺を見ている。
「何だよ。そんなジロジロ見るなよ」
「声だって可愛いし」
そう言われて初めて自分の声も変わっているに気づいた。
「とりあえず本当にお兄ちゃんなのね。それじゃ、お兄ちゃん、ちょっと来て」
莉香が俺の手を握って、引っ張った。
「何だよ」
「いいから、来てよ」
俺は莉香に引っ張られるように2階の莉香の部屋に行った。

「ねっ、本当に女の子になってるの?」
「ああ」
「じゃ、見せてよ」
莉香が興味津々の表情をしている。
「や…やだよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。それに女同士なんだから恥ずかしがる必要もないでしょ?」
「近寄るなって」
莉香がそばに来ると、素早く俺の胸を掴んだ。
「痛いっ!痛いだろ!」」
「うわぁ、本物じゃん」
「だからマジで女になってるんだって」
「だったら見せてって言ってるでしょ」
俺の抵抗も虚しく、俺はTシャツを剥ぎ取られた。
俺は両腕で胸を隠した。
「そんな反応するなんて、すっかり女の子してるじゃない、お姉ちゃん」
「誰がお姉ちゃんだ!」
「だって今は女の子なんでしょ?だったらお姉ちゃんじゃない?でも見た目は妹っぽいよね。私より小さくて可愛い顔してるもの」
莉香はひとりで盛り上がっていた。
「うん、そうしよう。妹のほうが楽しいし。それで名前は……莉緒。うん、莉緒がいい。それでいいわね?」
「何ひとりで盛り上がってんだよ?そんなこと、どうだっていいよ」
「どうだっていいんだったら、私の言った通りでいいわね。それじゃ、莉緒、服を着ようね」
「服?……まさか…」
「莉緒は私の妹なんだから、可愛い服を着せてあげるね」
「いいよ、遠慮しとく…」
俺は後ずさった。
莉香が近寄った。
「やめろ。やめてくれぇ」
結局俺は莉香の服を着せられてしまった。
赤いキャミソールと黒のミニスカートだ。
ブラジャーは少しきつかった。
「ブラジャーって苦しいぞ。取ってもいいだろ?」
「自分のほうが胸が大きいって分かって、そんなこと言ってるんでしょ?少しくらい我慢しなさい。それより……」
莉香はシェーバーを取り出した。
「女の子がわき毛ボウボウなんて嫌でしょ?綺麗にしなくちゃね」
「分かったよ。自分でやるよ」
俺は莉香からシェーバーを受け取り、自分のわきを綺麗にした。
「莉緒、それじゃここに座って」
今度は俺の顔に化粧を施した。
俺は鏡の中で綺麗に変身していく自分の顔にただただ見惚れているのだった。

「どう?気に入った?」
莉香がニヤニヤしながら聞いてきた。
「そんなはずないだろ。こんなの恥ずかしいよ。もう脱ぐぞ」
「どうして?すっごく可愛いのに」
確かに可愛いよな。
俺自身でなけりゃ絶対好きになってると思う。
俺は素直にそう思った。
そう思うと服を脱ぐのが惜しくなった。
そんな俺の心の隙を見逃す莉香ではなかった。
「莉緒、朝ごはん、まだでしょ?食べに行こっ」
俺は莉香に手を引かれて階下に連れて行かれた。

「おっ、なかなか似合ってるじゃないか」
親父の奴は俺の姿を見てニヤニヤしてやがる。
「うるさい。莉香に無理やり着せられたんだ」
「まあ、座って、朝食を食べなさい」
親父は俺の前に座って目を細めた。
「娘が二人ってのもいいね。二人とも美人だしさ」
息子が急に女になったことにショックはないのか、この親父は!
俺は親父のことは無視して、目の前の朝食をたいらげた。
「久しぶりに家族で出かけるってのはどうだ?」
何をトチ狂ったか親父が余計なことを言い出した。
「いいわね、天気もいいし、家族揃ってってのも何年もなかったもの」
お袋まで親父の話に乗っかってきた。
「…だってさ。どうする?」
「勝手に行ってきたらいいじゃん。俺は家にいる」
俺の言葉に親父が驚いた。
「何言ってるんだ、正則が行かなきゃ家族揃ってってことにはならないじゃないか」
「今お兄ちゃんは私の妹なの」
「妹?どういうことだ?」
「だって小さくて私より幼く見えるでしょ?名前もつけたのよ、莉緒って言うの」
「莉緒か、いい名前じゃないか。莉緒、それじゃ家族でドライブに行くぞ」
「やだよ」
「そんなこと言っちゃダメでしょ、莉緒。お父さんの言うことは聞かなきゃ」
結局俺の言葉は無視されて、ドライブに連れ出された。

「どこに行く?」
車を走らせ始めてから親父が聞いた。
「アウトレットモールに行こうよ。莉緒の物だって、いろいろ買わなくちゃいけないし」
莉香がすぐに提案した。
「そうね、いつまでも莉香の物を借りてるってわけにはいかないでしょうしね」
お袋も同調した。
「それじゃそうしようか」
親父が嬉しそうに車を走らせた。
俺は「勝手にしろ」と思って黙っていた。

アウトレットモールに着くと、莉香とお袋に引っ張り回された。
次から次へと店を回らされ、そこでいろいろな服を着せられた。
まるで着せ替え人形にでもなったようだ。
着せられる物はフェミニンでガーリーで女の子らしい物ばかり。
20〜30着は着せられたと思う。
それにしても下着なんかを試着できるとは知らなかった。
それに女性の下着ってのがあんなに高いもんだなんて全然知らなかった。
そこで自分の胸がEカップだと知った(莉香から借りたブラジャーはCカップだった)。
そんなふうにかなりの時間をかけたはずなのに、買ったのはトップスとスカートのそれぞれ2着だけだった。
かなり疲れた。
帰る途中に夕食を摂るためにファミレスに寄った。
そこでは疲れすぎてほとんど何も食べることができなかったほどだ。

俺は帰ると、すぐに自分の部屋に入った。
そして苦しかったブラジャーを外した。
かなり楽になった。
そしてベッドにダイブするように前のめりに倒れこんだ。
(あ〜あ、疲れた。結局俺をダシにして、自分たちの物を買いたかっただけじゃねえか)
そう、莉香とお袋は俺の物を申し訳程度に買って、自分たちの物を思い切り買っていたのだ。
あの二人は本当に疲れ知らずみたいだ。
俺をあんなに連れ回してからでも、精力的に自分たちの物を買い漁っていたのだ。
本当に女って恐ろしい。
俺は見た目が女になってもあんなふうにはならないぞ。
そう固く決心した。

そんなことを考えているうちにものすごく眠くなってきた。
夜になれば自分の身体を観察してみようと思っていたのに。
そう思うが眠さには勝てなかった。
俺は眠りに落ちた。



次の日、目が覚めると、何よりもまず自分の状態を確認しようとした。
俺は布団の中で胸に手をあてたのだ。
…やっぱり乳房は存在する。
しかし昨日ほど大きくない。
手のひらで隠れる程度の大きさになっていた。
もしかしたら少しずつ元に戻っているのかもしれない。
ということは女の身体を経験できるのもあとわずかかもしれない。
そう思うと、女の感覚というものを確認したくなった。

俺はキャミソールの上から乳房の先を指で触れた。
(!)
気持ちいい。
俺はキャミソールの下に手を入れ、指で乳首を弄んだ。
胸の先から大きな快感が生まれた。
何度も何度も刺激を与えていると、腹の下から疼きのようなものが湧き上がってくるのを覚えた。
俺は欲求のまま下半身に右手を伸ばした。
左手で乳房を揉みながら、右手で股間の溝に中指を忍び込ませた。
痛い!
瞬間そう思った。
しかし痛いわけではない。
いずれにせよ中指がとても敏感な部分に触れたのだ。
これがクリトリスか。
俺は恐るおそるもう一度その小さな突起物に触れた。
触れているうちに股間が湿り気を帯びていった。
そうなると、突起物に触れると痛さよりも強い快感を得ることができた。
俺はその行為にはまってしまいそうな程の快感を感じた。
そんな一方これ以上続けたら心までも女になってしまいそうな恐怖感を感じた。
俺はそういう恐怖を感じながらも、その行為をやめることができなかった。
これ以上やったらダメだ。
いやこんな気持ちいいこと、途中でやめられるわけがない。
そんな相反する二つの気持ちの間で揺れ続けながらも手の動きは止められなかった。

「莉緒、朝っぱらから何してるの!」
急に布団を剥ぎ取られた。
無意識のうちに声をあげていたせいで、莉香に気づかれたようだ。
莉香に聞かれてしまった恥ずかしさで俺は顔が真っ赤になっていくのが分かった。
何て言い訳をしよう。
俺は必死に考えをめぐらせた。

「えっ、莉緒、なの?」
そんな素っ頓狂な声に、莉香を見るとなぜか驚いた表情をしている。
「何?ど、どうしたんだ?」
「だって、その顔…」
「何言ってんだよ。分かんねえな」
そう言って逃げるように部屋を出た。
莉香にはオナニーを目撃されたので、なるべく早く離れたかったのだ。

俺は階下に降りて、浴室に向かった。
昨夜は風呂も入らずに眠ってしまった。
身体が汗でベトベトになって気持ち悪い。
だからシャワーでも軽く浴びようと思ったのだ。
俺は服を脱ぎ去り、シャワーを浴びた。
長い髪が鬱陶しい。

??
長い髪?
昨日は女になったとは言え、髪の長さは元の長さとあまり変わらなかった。
しかし今は…。
いったいどうなってるんだ!
俺は慌てて浴室の鏡の前に立った。

そこには昨日とは違う女が映っていた。
昨日と全然顔の印象が違う。
女優の杏に似ている。
髪が長いせいでそう思うのかもしれない。
肩甲骨辺りまで髪が伸びているのだ。
身長も昨日より10センチくらいは高くなってそうだ。
全体として昨日よりは痩せている印象だ。
そのせいか乳房は昨日より一回り小さくなっていた。
一方ヒップは昨日より明らかにでかい。
俺の身体は再び変わってしまったのだ。

いったいどうなっているんだ。
また違った身体になるなんて…。
俺は朝を迎える度に違った身体になるんだろうか。
俺は俺の身体に戻れる日が来るんだろうか。
今朝少しずつ戻りつつあると喜んだ自分が馬鹿みたいだ。
俺の身体は自分の意志と関係なく変身する。
俺は言いようのない不安を感じた。
しかしなぜ女なんだ!
どうして男ではないんだ!
いわゆる美人の部類に入るのがせめてもの救いか。
俺は鏡の前で立ち尽くした。

「そんなとこで何してるの?」
浴室の扉が開き、そこに莉香が立っていた。
「そんな恰好でいたら風邪ひいちゃうよ」
「あ…ああ、そうだな…」
「ほら、せめてこれを巻いて」
俺は莉香の差し出したバスタオルを受け取り、腰のところで巻いた。
莉香の呆れた視線を感じた。
そうか、今は女なんだっけ…。
俺はバスタオルを胸のところに巻き直した。
「念のために聞くけど、お兄ちゃんよね?」
「ああ、また身体が変わっちまったけどな」
「ふ〜ん、不思議ね。とりあえず私の部屋に来て」
俺は莉香について、莉香の部屋に入った。
「ほら、ここに座って」
俺は命じられるまま、鏡の前に座った。
「せっかく長くて綺麗な髪なんだから、よく乾かしておかないと。髪が濡れたままだと服も濡れるでしょ?髪も傷んじゃうしね」
莉香は俺の髪の毛をドライヤーで乾かしてくれた。
「本当に綺麗な髪ね。どうしてお兄ちゃんの癖にこんなに綺麗なの。何か悔しいな」
「そんなの知るかよ。こっちは戸惑ってるんだから」
それにしても確かに綺麗だ。
俺は昨日ほど動揺していないことに気づいた。
違う身体とは言え、女の身体になって二日目だ。
少しは気持ちの上で落ち着いてきたのかもしれない。

「今日のは昨日と違って大人っぽい雰囲気ね。昨日みたいな服は少し可愛すぎるかもね」
莉香がブツブツ呟きながら、タンスを物色していた。
俺の今日の服を探しているのだろう。
「とりあえず下着はこれね」
白いブラジャーとショーツを渡された。
ブラジャーは昨日よりもずっと楽だった。
俺の身体が昨日より痩せているし、胸だって小さくなっているからだろう。
「服はこれくらいがいいんじゃない」
用意されたのは花柄のブラウスと白い膝丈のスカートだ。
ジーパンがいいという俺の訴えは当然のように無視された。
俺は仕方なく莉香が用意した服を着た。
「へえ、やっぱり美人ね」
莉香のそんな言葉を聞きながら、鏡に映る自分の姿を見た。
やっぱり美人だ。
昨日の身体よりずっと気に入った。
俺は鏡に向かってポーズを取っていた。
莉香に見られていることなんか全然気にせずに、だ。

「もしかしてそういうのがタイプなの?」
莉香が聞いた。
「そうだな、昨日よりは好きかもな」
「ふ〜ん、昨日のほうが妹みたいでよかったんだけどな。今日は妹というよりお姉ちゃんって感じだもんね。名前、どうしよう?」
「いいよ、名前なんて。どうせ明日になったら、身体が変わるかもしれないし」
「それはそうだけど、呼ぶとき不便だよ。莉緒の次だから、莉絵でいい?安直だけど、いいよね?」
「別に何でもいいよ」
「それじゃ莉絵お姉ちゃんね。今日一日のつき合いかもしれないけど、よろしくね」
莉香が可愛い笑顔を向けてきた。


俺と莉香は一緒にダイニングに行った。
ひとりテレビを見ていたお袋が俺たちのほうを見た。
親父はすでに仕事に出ていた。
「おはよう。……もしかして正則?」
「ああ、そうだよ。今日も身体が変わっちまったけどな」
お袋が俺の全身をジロジロ見ている。
「それにしても美人ね。私の若いときみたいだわ」
そう言って顔を赤らめている。
どう贔屓目に見たって顔立ちそのものが全然違うんだから似てるわけないだろ。
そんなふうに突っ込みたいところをグッと抑えた。

「何か食べる?」
お袋は変になった空気を消すかのように話題を変えた。
「いや、いい。あんまり食欲がないし」
俺がそう返事すると、お袋は「ふ?ん」と小さく呟き、再びテレビのほうに目をやった。
「お姉ちゃん、私、今日は高校行かなくちゃいかないんだけど、学校が終わってから会おうよ」
何だか元の身体のときより莉香との距離が縮まったようだ。
やはり異性の兄妹よりも同性の姉妹のほうがいいんだろうか。
「昨日は妹で、今日はお姉ちゃんなの?」
またお袋が話に入ってきた。
「そうよ。だって、昨日は幼く見えたけど、今日はどう見てもお姉ちゃんでしょ?」
「そうね。もしかして今日も名前が違うの?」
「うん、今日は莉絵って名前にしたの」
「だとしたら、あしたはリウ?」
「う〜ん、今度はリコ、リサ…ってしたらいいかなって…」
「とりあえず"リ"ともう一文字なのね?だったらリスってのもアリなの?」
そんなことを言って二人で笑い出した。
「いつまで他人の名前で遊んでんだよ。また変わるかどうか分かんないだろ?」
「きっと明日も変わるわよ」
莉香とお袋に声を揃えて突っ込まれた。
確かに俺もそんな気がする。

「それじゃ、行ってきます。お姉ちゃん、メールするからね」
「分かった分かった。さっさと行ってこいよ」
莉香は元気に家を飛び出した。
俺は自分の部屋に戻った。


「莉絵ちゃん、お昼食べに行かない?」
自分の部屋でボォーッとしていると、階下からお袋が声をかけてきた。
時計を見ると11時半を過ぎたところだった。
「わざわざ外で食べるのかよ」
「最近釜焼きピザの店ができたの。前から行きたかったんだけど、なかなか機会がなくって。莉絵ちゃんだったら、いっぱい食べれるだろうし、いろんな種類を食べれるじゃない?」
「女の身体になってるし、あんまり食べれないと思うぜ」
「それならそれでもいいの。とにかく一緒に出かけたいのよ」
「分かったよ。行くよ」

目的の店に着くと、12時になっていなかったが、すでに10人程度の行列ができていた。
少しの間待たされて、ようやく席に通された。
すでにお腹はペコペコだ。
「莉絵ちゃん、ランチセットでいいわよね」
「ああ、何でもいいよ。任せた」
「ねえ、その言葉遣い、外に出たときくらい何とかならない?周りの人がジロジロ見るじゃない」
確かにそういう視線はずっと感じていた。
「そんなこと言ったって女の言葉なんか使えるかよ」
「別に女の子らしくって言ってるわけじゃないのよ。でももう少し気をつけたほうがいいんじゃない?」
「分かりました。これでいいですか?」
俺はわざとらしく丁寧語で話した。
お袋は何かブツブツ文句らしきことを小声で言っていたが、あえて無視した。

出て来た料理はおいしかった。
「うまい!」と言ったらお袋に睨まれた。
「おいしいね」と言い直したら、「そうね」と笑顔が返ってきた。
お袋は俺の大学の話を聞きたがった。
俺はできるだけ怒られないだろう言葉を選んで話した。
もちろん自分のことは"私"という言葉を使った。
女というものはなかなか肩が凝りそうだ。

結局デザート("ドルチェ"というらしいが)を食べ終わったときは2時前になっていた。
ちょうど店を出たときに莉香からメールが来た。
駅前のマックに来てほしいとのことだ。
「母さん、莉香がマックに来てくれだって。ちょっと行ってくるね」
お袋と別れるころには、女らしい言葉ではないが、それなりの言葉遣いで話せるようになっていた。


俺は莉香のメールで指定されたマックに入った。
入り口のところで立ち止まり、莉香を探したが、見つけることができなかった。
「莉絵お姉ちゃん、ごめん。マックはやめて向こうの喫茶店にしたの。さっきメールしたんだけど気がつかなかった?」
そんなメールには気がつかなかった。
確認すると、確かにメールは来ていた。
俺は莉香に連れられ、近くの喫茶店に入った。
そこには5〜6人の女子高生のグループがいた。
みんな俺のほうを見ている。
どうやら莉香の友達らしい。
俺は莉香をつれて一旦喫茶店の外に出た。

「何よ?」
莉香がぶっきらぼうに言った。
「"何よ"じゃねえよ。どうしてお前だけじゃないんだ?」
「だって美人のお姉ちゃんがいるって話したら、皆が見たいって言うんだもん。仕方ないでしょ?」
「仕方ないってお前なあ…。別に言う必要なんてないだろ?」
「だって自慢したいじゃない。皆待ってるんだから、こっち来てよ。ただし今みたいな乱暴な言葉遣いはしないでよ」
「分かってるって。ついさっきまで母さんにもしごかれたから大丈夫だって」
俺は自信満々でそう言った。
しかし莉香は全然信用していないようだ。
厳しい目を俺に向けてきた。
「くれぐれも自分のことを『俺』だなんて言わないでね。『私』よ、『わ・た・し』。分かった?もちろん言葉遣いにも充分気をつけてよね」
「わ…分かってるって」
だったら友達を連れてくるなよという言葉を飲み込んだ。

「こちらが学校で話した莉絵さん」
「莉絵です。よろしく」
俺は作り笑顔を浮かべて言った。
「本当に綺麗ね」とか「モデルみたぁい」とか言われたが、何かピンとこなかった。
「莉絵さんって莉香とどういう関係なんですか?」
俺は莉香の顔を見た。
学校でどういうふうに説明しているのか知らないので、うかつなことは言えないと考えたのだ。
「親戚のお姉さんだって言ったでしょ。大学はもう夏休みになったから、うちに遊びに来てるんだって」
「そうそう」
俺は莉香の言葉に、同調した。
「莉絵さんって彼氏いるんですか?」
「ううん、男の人って苦手で…」
俺は『俺が男とつき合うわけないだろうが』と内心で突っ込みつつ、そう返事した。
「そうよね。男ってデリカシーないから。この前なんて岡本のやつがさ……」
おそらく同級生の岡本がいるのだろう。
話が岡本とかいうやつの話に移ったようだ。
自分に話が振られないよう、適当に相槌を打ちながら、彼女たちの話を聞いていた。
それにしても女って人の話なんて全然聞いてなくて、自分の話しかしない。
全員が自分の話だけをしている。
大きな声で独り言を話しているみたいだ。
そんな彼女たちの会話に俺は辟易しながらも、顔には笑顔を浮かべて、彼女たちの話を聞いていた。
「それじゃ、そろそろ帰る?」
「うん、そうね。どうもご馳走様でした」
女の子たちが次々と席を離れていった。
あとには俺と請求書が残された。
莉香のやつめ。
俺は仕方なく全員分の支払いを済ませて外に出た。
外で待っていたのは莉香だけだった。
他の連中はさっさと帰ったらしい。
「目的は俺に支払わそうってことだったのか?」
「それもひとつだったりして…」
「帰ったら、半分返せよ」
「そんなぁ」
俺は言い訳をする莉香を無視して、家に向かった。

莉香の友達と一緒にいたせいか精神的に疲れた。
さっさと寝ることにしよう。
それにしても明日はどんな身体になっているのだろう。
俺は不安と少しの期待とともに眠りに落ちた。



次の日は男に戻っていた。
(やった!元に戻った!)
一瞬喜んだが、どうも少し違うみたいだ。
身体がすごく軽い。
ベッドから立ち上がって分かった。
身長がすごく低い。
手を見ても可愛い手だった。
「おい、莉香」
俺は莉香を呼んだ。
何度か呼ぶと、ようやく目を擦りながら莉香がやってきた。
「何よ、ゆっくり寝させてくれてもいいじゃない」
そうして俺の姿を見ると、莉香の動きが固まった。
「お兄ちゃん、なの?」
「ああ、そうだ。今日の姿はどうなってるんだ?一応男には戻ったみたいだけど」
「うん、確かに男の子ね。でも、どう見ても小学生にしか見えないけど」
「……」
予想はしていたが、やっぱりそうか。
確かに縮んでいる感覚はあった。

俺は鏡を求めて洗面所に行った。
目の前にはようやくギリギリ映った顔が見えた。
それくらい身長が縮んでいたのだ。
小学3年生か4年生あたりといったところか。
「女性だけじゃなく、男にもなるんだね。年齢まで変わるんだったら、そのうち、お爺さんとかお婆さんにもなったりして」
俺の様子を見に来た莉香が嫌なことを言う。
確かにそういう可能性もあるわけだ。

「あら、今日は可愛いのね」
お袋がやけに嬉しそうだ。
「正則ったら、最近は偉そうにばっかりしてるけど、こんな可愛い頃があったのよ」
そしてお袋は俺を抱き締めた。

「ねっ、今日もお昼ご飯、食べに行きましょうよ」
莉香に聞こえないように、お袋から小声でそう誘われた。
「まだ夏休みにもなってないのに、この姿でウロウロしたら補導されるんじゃないか?」
そう、まだ小中学校はまだ一学期が終わってない。
あと少し行かないと夏休みにならないのだ。
「そうなの?それじゃ少し遅めに行く?」
「やだよ。今日は家にいる」
お袋と俺は残り物で昼食を済ませた。
午後から俺は何をするわけでもなく、リビングでテレビを見て過ごした。
あまりにも退屈で2時間程度昼寝をしてしまったほどだ。
昼寝では身体が変わることはなかった。

昼寝をしたせいで、その夜はなかなか寝つけなかった。
午前3時くらいまでは記憶がある。
その後、ようやく少し眠れたようだ。
しかし目が覚めたのが7時過ぎ。
睡眠時間は3〜4時間程度だった。
睡眠時間が短かったせいか前日の少年の体格のままだった。
毎日変わるわけではないのだ。
おそらく睡眠時間がある程度ないとダメなのだろう。

俺はその日は頑張って昼寝をしないようにした。
そして夕食を摂ると、すぐに風呂に入って、すぐに布団に入った。
時間はまだ9時前だった。
なかなか寝つけなかったが、いつの間にか眠っていた。

予想通り、次の日は身体が変わっていた。
おそらく8時間くらいは寝ただろう。
これくらい寝れば身体が変わるらしい。
逆に言えば変わりたくなければ短い睡眠時間にすればいいわけだ。
ちなみに今日の身体は莉緒だった。


身体は毎日新たなものに変わるわけではないのだ。
以前になった身体になることもあることが分かった。
多重人格っていう病気は知られている。
1つの身体に2つ以上の人格が存在する病気だ。
俺の今の状況は1つの人格に2つ以上の身体が存在しているのだ。
言うなれば多重体格だ。
いったいどれだけの身体があるのだろう。
これまでは莉緒と莉絵と少年(名前をつけ忘れていた)の3体だ。
これが全てなのかまだ他に隠れているのか分からない。
とにかく8時間程度寝てしまうと身体が変化してしまうらしい。
もし元に戻れば、睡眠時間を短くすれば変化することはないはずだ。
俺は何となく今の自分の状況が分かったような気になっていた。


今日はすでに皆出かけたようで、家にいるのは俺だけだった。
初めて誰の目も気にせず、自分の身体を観察することができる。
と言っても普通に見える範囲のところは入浴のときなんかに見ていた。
身体が女性になっているせいかそれほど興奮することもなかった。
朝起きたときにオナニーしていたときは莉香に邪魔された。
やっとゆっくり自分のあそこを見るチャンスが来たのだ。

俺は莉香の部屋から鏡を持ち出して、自分の部屋に戻った。
そしてパジャマのズボンとブリーフを脱いだ。
床に座り、脚の間に鏡を立てた。
床に左手をつけ、腰を浮かせて、女性器が見える位置を探った。
(あんまり綺麗なもんじゃないな)
何とか見える位置を見つけて、人差し指と中指で広げて、初めて女性器を見た感想がこれだった。
何となくグロテスクなもののように感じた。
それでもしばらく見ていると、何となく湿気を帯びてきた。
女性器を見ているうちに興奮してきたのかもしれない。
俺はクリトリスの部分がよく見えるように指で広げた。
そして広げた指でクリトリスに触れた。
「ぁん……」
俺の口から色っぽい声が漏れた。
気持ちいい。
俺はお尻を床につけ、自由になった左手で乳房を揉み、右手でクリトリスに触れた。
快感が身体中に押し寄せた。
あそこに指を入れたらもっと気持ちよくなるのだろうか?
俺は好奇心のままに膣に指を入れようとした。
しかしうまく入らない。
かなりきついのだ。
あるいは痛いかもしれないという心理的な恐怖感から思い切って入れることができないだけかもしれない。
俺は諦めて膣の辺りを触れるだけで我慢した。
男の場合は射精で終わってしまう。
しかし女のオナニーには終わりがなかった。
俺は乳房と女性器を弄んで女性のオナニーに没頭した。

グゥゥゥ〜〜〜。
急にお腹が鳴った。
そして腹の虫が鳴ったことで、俺は我に返った。
いつまでオナニーをしてるんだ?
そう言えば朝起きてから何も食べてない。
俺は股間をティシュで拭き、パジャマのズボンを穿き直した。
そして食事をするために階下に下りた。

冷蔵庫には野菜や肉はあるが、すぐに食べられそうな物はなかった。
台所にもめぼしい食べ物がなかった。
食パンが一切れ残っているだけだ。
我が家は時々こういうときがあるのだ。
お袋がいれば、何か作ってもらうのだが、仕方ない。
俺は残っていた食パンをトーストにして食べた。
当然物足りない。
どうしようか?
コンビニに弁当でも買いに行こうか。
とにかく外に食料を調達するしかなさそうだ。
俺はパジャマを着替えることにした。

さて、何を着よう?
莉緒の物としてはついこの間アウトレットで買ったトップスとスカートしかない。
下着にいたっては自分のものはない。
莉香の下着を借りるしかない。
俺はこの前着せられたものと同じ下着を取り出して、身につけた。
別のものを汚すのは気が引けたのだ。
ブラジャーはやはり胸が苦しかった。
いっそのことノーブラで行こうかとも考えた。
しかし必要以上に目立つのは望まない。
明日以降また莉緒になるかもしれないし、一つくらいは買っておいたほうがいいのかもしれない。
そう思い、食事の前にブラジャーを買うことにした。

トップスはこの間買った2着のうちのフリルのついたシャツを着た。
もうひとつのトップスは大きなVネックになっていて、胸の谷間が見えるのだ。
フリルがついているのは気になるが、こちらのほうが無難だという判断だった。
そして細かなプリーツのついたスカートを穿いた。
膝上10センチほどだったが、こっちのほうが丈が長かったからだ。
トップスとスカートのミスマッチ感が気にならないでもなかったが、あえて気にしないことにした。
別にしょっちゅう莉緒になるわけでもないだろうし、こだわることもないだろう。

俺は莉香のサンダルを穿いて、外に出た。
家の鍵をポケットに入れようとして、女の服にはポケットがないことに気がついた。
そう言えば財布も持ってきていない。
俺はいったん家に戻り、莉香の部屋から適当なバッグを選んで、そこに財布と携帯を入れた。
女性がいつもバッグを持っているのはこういうことなんだと改めて気づいた。

俺はバッグを肩にかけ、駅に向かった。
そして駅前の大型スーパーに入った。
俺はそこでEカップのブラジャーを買って、それをトイレでつけた。
それまでつけていた莉香のブラジャーは見えないようにバッグの底に入れた。
サイズが合ったブラジャーをつけるとかなり楽だ。
自分に合うブラジャーを身につけるというのは重要だということが分かった。
他の身体になったときもサイズの合うブラジャーを買うようにしよう。
俺はそう痛感した。

俺は駅前で昼食を摂るための店を探した。
一応女の姿なんだから牛丼とかはやめておこう。
どこにしようかとウロウロしてると、何人かの男がこちらを見ていることに気がついた。
そんな男どもはまず俺の顔を見る。
そして胸を見て、さらに全身を見る。
最後にまた顔を見るのだ。
最初は何かおかしいところがあるのかと思った。
それで窓ガラスに映った自分の姿をチェックしたが、問題があるようには思えなかった。
歩き方がまずいのかと思い、意識して小股で歩くようにしたが、それでも男どもに見られるのはおさまらなかった。
とにかく落ち着かないので目にとまったレストランに入った。

窓際の席に座り、レディースセットを頼んだ。
せっかくの機会だし、こういう姿になっているときにしか頼めないものにしたのだ。
窓際で座っていると、やはり道行く男どもが俺のほうに視線を寄せていた。
そんな様子を見ていたとき、ふと自分が男のときも女性に同じような視線を向けていたことを思い出した。
自分の好きなタイプの女性に対し、同じように顔、胸、脚を見ていた。
もしかして莉緒って結構いけてる?
莉絵だったら、さらにすごいことになるかもしれない。
きっと男たちは俺の姿を見て、いやらしいことを妄想しているのだろう。
そのことに気がつくと、心理的に余裕が出てきた。

注文したレディースセットが運ばれてきた。
サラダとグラタンとスープとパンだ。
食後にはアイスクリームがついてくる。
喫茶店みたいな店だったので大して期待していなかったが、意外と美味しかった。
デート中にもかかわらず、俺のほうを見て、女から肘討ちされている奴がいた。
俺はそんな馬鹿な男たちを横目で見ながら、目の前の食事を楽しんだ。


ふと携帯にメールが届いていることに気がついた。
高校で同級生だった滝本彩花からだった。
彩花は同性だろうと異性だろうと分け隔てなく仲良くできる明るい女の子だった。
そんなせいか俺とも結構仲は良かったように思う。
正直なところ、俺は彩花のことが好きだった。
彩花もまんざらじゃなかったと思う。
そう思っていても俺は彩花に対して告白する勇気はなかった。


俺は届いたメールを読んだ。

久しぶり!お互い大学生になって会えなくなったけど、元気ですか?もうすぐ夏休みだよね?もしかして、もうこっちに戻って来てるかな?もし戻ってきてるんなら、もうすぐ青山くんの誕生日だし、久しぶりに会わない?返事、待ってます。
彩花

すぐにでも会いたかったが、今は莉緒の身体になっている。
いつ会えるかなんて分からない。
俺はすぐに会いたい気持ちを抑えて返事を書いた。

もうすぐ帰るつもりだけど、追試があるかもしれないんで、今は様子見してるところ。戻ったら、すぐに連絡入れるね。

俺はメールを送って、しばらく返事を待っていた。
しかし、彩花から何も返事はなかった。
もしかしたら気分を害したのかもしれない。
俺がこんな身体のせいで満足な恋愛もできないと言うことか。
俺はレディースセットのお金を払って、店を出た。


「ねえ、彼女、お茶しない?」
喫茶店を出て、ウィンドウショッピングをしている俺に馬鹿な男が声をかけてきた。
男から声をかけられることは想定内だ。
俺はあらかじめ返事を決めていた。
「俺、男だけど、それでもいい?」
わざと声のトーンを落とし、そう言った。
すると男の顔色が変わった。
「何だ、おかまか。紛らわしい恰好するなよな」
結局俺に声をかけてきたのは4人。
俺が男だというと、全ての男は捨て台詞を吐いて離れていった。
それにしてもこの俺の姿を見れば男だなんて言われても普通嘘だと思うだろう。
どうして男だと言われて、それを信じるのだろう?
俺は少し不機嫌になっていた。

「あのぉ、すいません」
「はい?」
今度の男性はこれまでとタイプが違う。
かなり上品そうだ。
「少しお話してもいいですか?」
「何かの勧誘でしたら興味ありませんので」
俺はその場を去ろうとした。
「ちょっとだけつき合ってもらえませんか。お願いします」
俺は仕方なく、例の言葉を放った。
「男性であっても、それだけ美人だったら何の問題もないです。つき合ってもらえますか?」
それがその男の反応だった。
「えっ!いいんですか?」
俺は自分が認められた気がして、嬉しそうな声を出してしまった。
すぐにそのことに気づき、赤面してしまった。
「はい、ぜひ」
男は爽やかな笑顔を向けてきた。
俺は断るに断れず生まれて初めてナンパに応じることになってしまった。

男にくっついてスタバにやってきたが、男は口を開かなかった。
俺もこんなとき女性として何を話していいのか分からず、目の前のアイスコーヒーを少しずつ飲みながら、男を観察した。
男の服装はカジュアルだが何となく高そうだ。
腕時計を見ると知らないブランドだ。
HUBLOT。
こんなブランドは聞いたことはなかったが、何となく高そうな時計のような気がした。

「すみません、声なんかかけちゃって」
ようやく男が口を開いた。
「信じてもらえないかもしれないですけど、僕、あんなふうに声をかけたのって初めてなんですよ」
「はあ、そうなんですか」
俺はそう言うしかなかった。
「あ、すみません。僕、関谷紘司って言います」
「わ…わたしは青山…莉緒です」
俺は男に対して莉緒と名乗った。
自分は莉緒だと思っていたから、自然とその名前が口から出たのだ。
再び沈黙が訪れた。
何となくお見合いみたいな気まずい空気だな。
俺は何となくそう感じていた。

「すいません、こういう雰囲気って全然なれてなくって…」
紘司が口を開いた。
「とりあえずドライブでもしませんか」
「あ…はい…」
ドライブなら少々沈黙があっても音楽なんかで誤魔化せそうだ。
きっと紘司もそう思ったのだろう。
そんなふうに紘司の心理を読み取ったことで、何となく俺のほうが心理的に優位に思えた。
そんな余裕から俺は紘司の誘いに応じた。

紘司の車はベンツのA250だった。
車を運転し出すと、間が持たないのか紘司は自分のことを話し出した。
紘司の父親は貿易会社を立ち上げ、大量生産でない日本らしい商品を海外、主にヨーロッパや中近東に販路を開発したらしい。
そうした仕事のつながりで、海外の人との交際も盛んで、よく海外からゲストを招いていた。
そんな海外からのゲストで異常とも思える程受けのいいものがウォシュレットだった。
紘司の父親がそんな商機を見逃すわけがなかった。
海外のホテルや富裕層をターゲットに、かなり強気にウォシュレットを売った。
それが当たり、会社はそこから急激に大きくなった。
紘司は二代目だからといって親の七光りだけで我がままいっぱいに育ったわけではない。
幼い頃からかなり厳しくしつけられたらしい。
大学を卒業してからは、父親の会社には入らず、流通系の会社に入った。
そして1年前から、父親の会社に跡継ぎになれるよう父親のそばで、経営に対する考え方を学んでいた。
仕事に対する考え方を話すときの紘司はなぜか流暢に熱っぽかった。
見た目通り本当に真面目なのかもしれない。
俺はそんなふうに感じた。

夕食を誘われたが、お酒を飲んでそのまま……ということを警戒して、断った。
「また会っていただけますか?」
そう言って、財布から名刺を取り出し、その裏に何かを書いた。
「これ、僕のメアドと電話番号です。連絡待ってますから」
俺は素直にそれを受け取った。
「それじゃ。絶対に連絡くださいね」
紘司は爽やかに去って行った。

俺は風呂に入りながら、今日の一日の回想していた。
紘司との間に何もなかったことに安心している反面、何もなかったことに不満だった。
そんなに魅力がないのだろうか?
俺は浴室の鏡で自分自身の姿を見た。
正直なところ莉緒である自分は可愛いと思う。
胸も大きいし、ウエストだってそれなりに括れている。
普通の男ならもっと迫ってくるのが礼儀だろう。
俺自身はこれまで女性に積極的でなかったが、それは女性とつき合ったことがないからだ。
紘司くらいの男なら女の扱いは慣れてるはずだ。
ナンパが初めてとは言っていたが、それも本当かどうか怪しいもんだ。

そんなことを考えていたときに、ふと我に返った。
俺はいったい何を考えてるんだ?
まるで迫られたかったみたいじゃないか。
今でこそこんな姿になっているが、俺は男だ。
俺は決してホモなんかじゃない。
俺は正気を取り戻すべく自分の頬を叩いた。

風呂からあがって、ベッドに潜り込んだときに重大なことを思い出した。
あ、そう言えば、彩花からメールが来てたんだっけ。
女の身体に馴染んで紘司のことを考えている場合じゃない。
彩花のことが俺にとっては最も重大だ。
早く元の身体に戻らないといけない。
でないと彩花と会うことができないのだ。
そのためにはまずしっかりと眠ることだ。
眠れば、そのうち元の身体に戻るはずだ。
俺は眠れるよう気持ちを落ち着けた。
なかなか眠れず1時間近く寝返りを打ち続けたが、いつの間にか眠りについていた。



「やっと戻れた!」

次の日の朝、俺は思わずガッツポーズをとった。
元の身体に戻っていたのだ。
約1週間振りの自分の身体だ。
久しぶりなせいか何となく愛おしくさえ感じる。

俺は喜んで莉香を呼んだ。
喜びを共有したかったのだ。
しかし莉香の反応は冷たいものだった。
「何だ、お兄ちゃんじゃん。つまんないの」
莉香は無責任にそんなことを言いやがった。
何とでも言え。
この姿が本来の俺なんだ。

俺は彩花にメールを出した。

昨日のうちに追試がないことが分かったんで、即行帰ってきた。今日なら会えるけど、滝本の都合はどうかな?返事、待ってます。


しかし彩花からすぐに返事はなかった。
もしかしたらメールをくれたのは社交辞令のようなものだったのかもしれない。
それをマジに受け取って、すぐに故郷に戻ってきた男にどう対処すればいいのか迷っているのだろう。
そんな考えはそれほど外れているとは思えなかった。
そう考えると、俺はへこんだ。

その夜遅くにメールの着信音がした。
見ると彩花からだった。

意外と早かったんだね。それじゃ明後日会おうよ。昔よく行ったアイヴィカフェに4時ね。大丈夫?

俺はすぐに「分かった」と返信した。
うまくいけば交際が始まるのかもしれない。
そう思うと、ワクワクした。

俺は再び身体が変わらないように、睡眠時間を調整した。
その日の夜から睡眠時間を5時間程度に抑えるようにしたのだ。
眠いのなら昼寝をすればいいだけだ。
そうした努力のおかげで、自分の姿のまま彩花に会う日を迎えた。



約束の店に行って、彩花の姿を探した。
しかしまだ来ていないようだった。
仕方なく俺は窓際の空いている席に座ろうとした。
すると壁際の席の女性が立ち上がるのが目に入った。
「青山くん、ここよ」
彩花だった。
久しぶりに見る彩花は髪が長くなっており、高校のときとかなりイメージが違った。
化粧しているせいかもしれない。
ショートヘアで快活な女子高生だった彩花が、大人で綺麗な女性に変わっていた。
俺はかなりテンションがあがって、彩花の席に近寄った。

「お、おお、久しぶり」
俺は彩花の正面の席に座った。
「青山くんって全然変わってないね。すぐに分かっちゃった」
口を開くと高校のときと変わってないように思えた。
それで少しは安心した。
「わたしはどう?少しくらいは女らしくなった?」
そんな彩花の言葉にどう返していいのか分からなかった。
確かに見た目はかなり変わっている。
髪が長くなり、かなりに綺麗になっている。
はっきり言って美人だ。
それをどう表現していいのか分からなかった。
「あ、ああ。見違えたよ」
何とか絞り出したのはそんな言葉だった。
「もう、青山くんったら。全然そんなこと思ってないくせに。大学に行って社交辞令を言えるようになったんだ」
「そんなことないって。マジで見違えたし」
俺は少しムキになって言った。
「本当?青山くんだって、男らしくなって、恰好良くなったよ」
綺麗になった彩花にそんなことを言われたら、マジで嬉しくなってしまう。
俺は高校時代よりずっと彩花のことを好きになった。

「で、どうする、これから?」
「ね、久しぶりにボーリング行かない?昔よくみんなで行ったでしょ?」
残念ながら俺には彩花とボーリングに行った記憶はない。
それだけではなくクラスメートとボーリングになんか行った記憶はなかった。
だが、今そんなことをムキになって言っても仕方がない。
個人的にはボーリングは得意なスポーツだ。
彩花に恰好良い姿を見せるチャンスだ。
俺たちはボーリングに行った。

この日は彩花にいい恰好をしようと力みすぎたせいか150前後しか出なかった。
それでも彩花は「すごいね」と言ってくれた。
何となく今日の彩花は、高校時代の彩花とは違う。
口調は確かにあの頃のままなのだが、女らしく感じる。
惚れた弱みかもしれない。
俺はどんどん彩花の魅力にはまっていった。

俺は昨日から考えていたスペイン料理店に彩花を連れて行った。
「青山くんってこんな店知ってるんだ」
彩花は必ず俺が嬉しくなるようなことを言ってくれる。
「明日って青山くんの誕生日でしょ?」
そう言えばそうだった。
身体がおかしなことになっているのですっかり忘れていた。
俺たちは食事を楽しんだ。

「ねえ、今夜はずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
食事が終わって、店から出ると、彩花は俺の腕に自分の腕をからませてきた。
俺は思いもしなかった言葉に思わず立ち止まってしまった。
「だってまだ誕生日プレゼントをあげてないんだから」
そう言って俺の胸の中に飛び込んできた。
プレゼントって?
すぐには理解できなかったが、俺の頭にひとつの考えが浮かんだ。
まさか…ね。
俺は恐るおそる彩花の背中に腕を回した。
彩花はまったく拒絶する様子はない。
俺は強く彩花を抱き締めてキスをした。
俺にとって生まれて初めてのキスだった。


俺は彩花の肩を抱いてラブホテルに行った。
こんなところに入ったのは初めてだ。
俺としてはいきなりこんな展開になるとは思っていなかったし、どうしていいのか全然分からない。
部屋を選ぶところでさえ戸惑い、部屋の案内などは見ず、適当に部屋を選んだ。
選んだ部屋までのエレベータの中では俺は完全に無言だった。
部屋に入ると、そこは鏡張りの部屋だった。
本当にこんな部屋ってあるんだ。
俺の気持ちの一部は妙に冷静で、そんなことを考えていた。

「汗を流してくるね」
部屋に入ると、彩花は俺から離れて風呂に入っていった。
彩花のほうが冷静だ。
俺は部屋にひとり残された。
こういうときどうすればいいのだろう?
そのままの状態で待つべきだろうか。
それともあらかじめ裸になっておいたほうがいいのだろうか。
どうすればいいのか分からず迷っていると、彩花が出て来た。
髪をアップにして、胸元にバスタオルを巻いている。
俺はそんな彩花から目が離せなかった。
「青山くんも服を脱いでよ。わたしだけ裸だなんて恥ずかしいでしょ?」
俺は慌ててパンツ一枚になった。
俺のペニスはすでにギンギンに硬くなっていた。

俺は彩花の肩に手をかけ、そのままベッドに押し倒した。
彩花と今日こんな関係になれるなんて考えもしていなかった。
まるで夢を見ているようだった。
頭の中で過去に観たAVのシーンを思い出しながら、彩花の身体を愛撫した。
彩花の乳房は小振りだが柔らかかった。
彩花は俺の腕の中で気持ち良さそうに声を出していた。
俺は夢中で舌や手で彩花の全身を愛撫した。

しかし、いよいよ結合という段階で俺のペニスは力を失った。
「青山くん、どうしたの?急に勢いがなくなっちゃったみたいだけど」
彩花は不満げな顔で俺の顔を見た。
「緊張してるのね?わたしが元気にしてあげる」
彩花はそう言うと、俺のペニスを口に含んでくれた。
彩花の口の中は温かかった。
最高に気持ち良かった。
おかげで俺のペニスは勢いを取り戻した。
「これなら大丈夫よね?」
しかし彩花の口が離れると、再び勢いがなくなった。
それからはどうしてもダメだった。
結局初めてのセックスは諦めざるをえなかった。

「初めてだったら、よくあることよ。気にしないで」
そんな彩花の言葉は俺には何の救いにもならなかった。
恥ずかしくて彩花の顔を見ることができない。
本当に情けない。
自然と涙が流れ出た。

しばらくするとすぐそばで横たわっている彩花から寝息が聞こえてきた。
彩花にとってはそれほど大したことではなかったのだろうか。
確かに細かいことは気にしないような気がする。
彩花が眠ったことで、少しだけ気が楽になった。
そして彩花の寝息を聞いていると、それにつられるように俺も眠くなってきた。
眠ってしまうとどんな事態になるのか容易に想像つくはずなのに、そのときの俺にはそんなことまで気が回らなかった。
俺もつられるように眠りに落ちていった。



パチンッ!
俺はビンタで目を覚ました。
「あんた、誰よ!」
目の前に鬼の形相の彩花がいた。
彩花が俺を睨んでいる。
俺には何が起こったのか理解できなかった。

ふと天井の鏡を見ると、そこに映っているのは女二人だった。
彩花ともうひとり女が映っていた。
俺の姿はない。
ということは、彩花でない女は今の俺の姿ということだ。
しかし、その女は莉緒でも莉絵でもない。
初めて見る女だ。
「あ、いや、これは……」
俺はどう説明すべきか分からなかった。
言ったところで信じてくれるわけがない。
「何よ、青山みたいな喋り方して。あいつはどこ行ったのよ」
彩花は俺に怒声を浴びせてきた。

「言うよ、言うよ。俺が青山だよ」
俺は仕方なくそう告白した。
「ななな何行ってんの!あんたが青山のわけないじゃない。わたしを馬鹿にしてるの!」
彩花の顔は怒りで真っ赤になっている。
やはり本当のことを話したことは火に油を注ぐことになった。
あまりの怒りに言葉もうまく出てこないみたいだ。
「あんた、青山の彼女なの?」
もう下手に何か言わないほうがいいだろう。
俺は彩花に言いたいだけ言わせることにした。
「青山なんて肝心なときに全然役立たずじゃない。あんなやつのどこがいいの!」
どうやら俺に対してかなり怒っているようだ。
「とにかくもう青山とは会いたくもないわ。セックスが下手な上に、自分の彼女に尻拭いさせようだなんて。青山なんて変態のインポ野郎よ」
確かに身体を変化させるから変態だよな。
俺は妙に納得していた。
怒りまくった彩花を前にして、頭の一部は冷静にそんなことを考えていた。

その後も怒声をあげ続けて、彩花は自分の服を着た。
そして振り返りもせず、彩花が出て行った。
あとには静けさが残った。

「ふぅ〜、彩花ってあんなに迫力があったんだ」
彩花が出て行ったことに、ひとまず胸を撫で下ろした。
俺は今の俺の姿を再度確認した。
こういうとき部屋一面が鏡というのは便利だ。
やはり今まで見たことのない女だった。
俺はこの身体に莉帆と名づけた。
何となくそういうイメージだったのだ。
俺は莉帆になった自分の顔を見た。
何となく彩花の顔に似ていた。
しかし身体は彩花よりずっと良いプロポーションだった。
スリムだが、出るところは出ていた。
胸は圧倒的に大きかった。
綺麗なお椀型をしていた。
俺は鏡の前でポーズをとってみた。
顔は莉緒や莉絵と同様美人だが、プロポーションではおそらく莉帆が一番だろう。
それにしてもどうしてこのタイミングで身体が変わるのだろう。
俺は自分の不幸を嘆いた。

とにかく帰るか。
そう思ったときに気づいた。
着る物がないのだ。
あるにはあるのだが、元の俺の服しかなかった。
俺は自分の服を持って、しばらくそれを見ていた。
迷っていても仕方がない。
着る物はこれしかないのだ。
俺はその服を見た。
彼氏の服を着た可愛い彼女。
そんなイメージを抱いていたが、実際はそんないいものではなかった。
ダボダボで見られたものではなかった。
せっかくの美人が台無しだ。
とりあえず大急ぎで帰ることにしよう。
俺は部屋から飛び出した。


ラブホテルから出ると、急ぎ足で大通りに向かった。
自分の服装がおかしいことで皆から注目を浴びると考えていたのだ。
しかし実際はほとんど誰からも注目されなかった。
他人のことなんてどうでもいいのかもしれない。
あるいはそれほどおかしな恰好ではないのかもしれない。
そうは思っても、やはり一刻も早く注目を浴びるかもしれないような服装を何とかしたかった。
大通りに出ると、すぐ目の前に車が停まっていた。
その車は見たことのある車だった。
そしてその車に男がちょうど乗り込むところだった。
紘司だった。
「あ、関谷さん……」
思わずそう言ってしまった。
紘司が俺のほうを見て怪訝な顔をしている。
見たこともない女から声をかけられたのだから当たり前の反応だろう。
「どこかでお会いしましたっけ?」
それでも平静を保って紘司が聞いてきた。
「あ、いえ、ごめんなさい」
俺はいたたまれずその場から立ち去ろうとした。
「あ、あの、もしかしたら、莉緒さんのお姉さんか妹さんですか?」
「えっ?」
どういうこと?
顔なんか全然似てないのに…。
そんな疑問が表情に出ていたのだろう。
「何となく雰囲気が似てらしたので」
紘司が俺の心の中の疑問に対してそう答えてくれた。
人格は同じだから、醸し出す雰囲気が似てるのだろう(というか同じなのかもしれない)。
「あ、はい、姉の莉帆っていいます」
姉か妹か迷ったが、莉緒のほうが妹っぽいと思ったので、姉と名乗ることにしたのだ。
それにしても便宜的にでも莉帆という名前を決めておいてよかったと思った。
そうでないとうまく対応できたかどうか怪しい。
「やっぱりそうだったんですね。ということは莉緒さんが妹ってことなんですよね?」
「ええ…もちろん、そうよ」
紘司の当たり前すぎる質問の意味が分からなかった。
単に話をつなぐためだけだろう。
「あ、僕、関谷紘司っていいます。良かったら、お送りしましょうか?」
紘司は俺の頭から脚の先まで見て、そう言った。
「ええ、お願いします」
俺は衆目から逃れるため、紘司の申し出に甘えることにした。

「何かあったんですか?」
車が走り出すと、紘司が質問してきた。
「どうして?」
「だって、そんな恰好だから…」
「彼氏とちょっとね……」
「喧嘩したんですか?」
「ええ…まあ……」
俺は適当な言い訳が思い浮かばず、言葉を濁した。
「あなたみたいな綺麗な女性と恋人になれたら、喧嘩なんかにならないと思うんだけどな」
今日の紘司はこの前の紘司と雰囲気が違う。
言葉が自然と出てきているように思えた。
「それじゃ関谷さんが私とつき合ってくださいます?」
紘司ほどの男だったら、女の扱いはうまいだろう。
女として紘司に抱かれれば、紘司から女の扱いを学ぶことができるかもしれない。
彩花とはもう無理かもしれないが、今後同じようなことが起こってもうまくできるようになっておきたい。
そう思って、紘司を誘ってみた。
ところが、返ってきた答えは想定外だった。
「僕、真面目に莉緒さんのことを好きなんですよ。一目惚れなんてあり得ないと思っていたのに、どういうわけか彼女に対しては完全に一目惚れです。この前ももっとうまくできたはずなのに、会話も滞りがちで、つまらない男と思われたんじゃないかなと不安なんですよ」
「え!」
「莉帆さんはすごく綺麗だし、雰囲気も莉緒さんに似てるんで、僕としては大好きなんですけど、やっぱり僕は莉緒さんとつき合いたいんです。できれば結婚というのも視野に入れたいと思ってます」
結婚なんか絶対無理だ。
莉緒なんて俺にとっては多くの身体のひとつであって、この状況がなくなれば二度とこの世に現れないはずの人物なのだ。
俺は紘司に対してどう言うべきか言葉が浮かばなかった。
「少し早いですけど、お昼ご飯つき合ってもらえますか?もう少し莉緒さんのこと、聞きたいし」
俺も紘司が本当に真面目に考えているのか知りたくて承諾した。
紘司は食事の前にブティックに寄って、決して安くはない服を買ってくれた。
自分の身体が女であるときにはスカートのほうが何となく落ち着く。
俺は紘司が買ってくれた服で、ようやく気分的に楽になった。
紘司と行った店はやはり高そうな寿司屋だった。
そこでも紘司の口から出てくるのは莉緒がいかに素晴らしい女性であるかということだった。
聞いているのが当人だと知らずに紘司は褒め続けた。
俺は恥ずかしくて、まさに穴があったら入りたい気分だった。
せっかくの高級寿司なのにあまり味が分からなかった。

その日の夜には彩花に殴られたショックなど綺麗さっぱり消えていた。
それよりも頭の中を占めていたのは紘司のことだった。
莉緒のことを結婚を考えるほど好きだと言ってくれた。
男からそんなことを言われれば気持ち悪いはずなのに、そうではなかった。
それどころかそれを嬉しく思っている自分がいることに俺は気づいていた。
きっと身体が女性になっているせいだろう。
男の身体に戻れば正常な俺に戻るはずだ。



翌朝目覚めると、やはり女の身体だった。
しかも嬉しいことに莉緒になっていた。
昨夜莉緒になって紘司に会いたいと願っていたせいかもしれない。
もちろん会いたいのは、決して好きなわけじゃない。
紘司から女の扱いを知るためだ。
それ以上のものはない。
決してない。
俺はそう自分に言い聞かせていた。

俺は紘司にメールを送った。

莉帆から聞きました。まさかそんなふうに思ってもらってるなんて!驚きました。でも嬉しかった。今日会えませんか?会いたいです。

これはもちろん本心ではない。
男が食いつきそうな言葉を並べただけだ。

するとすぐに紘司から返事が返ってきた。

早速莉帆さんが話をしてくれたんですね。今日は午後一番重要な会議が入っていますが、それ以降はキャンセル可能なものなので大丈夫です。4時に会えますか?迎えにいきます。


かかった、かかった。
俺はほくそ笑んだ。
俺は「待ってます♪」と返事を返した。

俺は午後になってシャワーを浴びて、汗を落とした。
服は迷ったが、昨日莉帆として買ってもらった服を着た。
俺は鏡の前でポーズをとった。
少し大きめだが、よく似合っている。
可愛いって言ってくれるかな?
俺は自然とそんなことを考えていた。
そしてそんな自分の心理に気づいていなかった。

4時15分前に紘司はやってきた。
車に乗り込むと、すぐに服に気がついたようだ。
「あれ?その服?」
「へへへ、気がつきました?莉帆から奪っちゃいました。似合ってます?」
「ええ、とっても綺麗です」
俺は紘司の言葉が嬉しかった。

紘司といると時間が経つのが早く感じられた。
気がついたときには日付が変わる時間に近づいていた。

「今日は帰りたくないの」
俺は紘司の胸に飛び込んだ。
紘司は少し戸惑っているようだった。
「今夜はずっと一緒にいて」
俺は紘司の背中に腕を回した。
紘司の顔が近づいてきた。
俺は目を閉じた。
彼の唇が触れた。
女性として初めてのキス。
すごく感激した。
「抱いて欲しい」
そんな言葉が自然と口から出た。
「本当にいいの?」
俺は小さくうなずいた。
紘司からテクニックを盗むために抱かれるんだ。
俺は自分にそう言い聞かせた。


紘司に連れて行かれたのはラブホテルなどではなかった。
超一流ホテル、しかもスイートルーム。
精神的には男の俺でさえ、完全に雰囲気に酔っていた。
しかし、紘司が放った言葉で我に返った。
「莉緒さん、もう一度聞くけど、本当にいいの?」
そんなことなんか聞いて欲しくなかった。
そのまま黙って抱いて欲しかった。
しかし俺が男の場合でも同じことを聞くかもしれない。
そう頭で理解していても、やはり悲しかった。
どう返事すべきか言葉が出なかった。
積極的に肯定するのもおかしい気がするし、拒絶したりしてそれを真に受けられるのも困る。
そのまま黙っている俺を優しく抱き締めてくれた。
そして、顎に手をかけ、顔を上に向けられた。
紘司の顔が近づいた。
紘司の暖かい唇が俺の唇に触れた。
長いキスだった。
俺は紘司の首に腕を回した。
紘司の舌が俺の口の中で暴れていた。
俺もその舌に絡めるよう自分の舌を動かした。
そのときにはさっきの悲しさなんて綺麗になくなっていた。
ただただ紘司が欲しかった。

紘司がキスをしたまま、ゆっくりと俺をベッドに導いた。
ゆっくりと後ろ向きのままベッドに倒された。
「莉緒さん、愛してる」
真顔でそんなことを言われると照れてしまう。
と思ったが、そのときの俺は全然照れなかった。
「わたしも紘司さんが好き」
そんな言葉が口から出たのだった。
しかも真顔で紘司の顔を見て。
そんな自分に驚きながらも、そんな雰囲気に酔っていた。

紘司はキスしながら、俺の着ている服を脱がせていった。
俺も身体を浮かせて、紘司の作業を手助けした。
俺が下着だけになるのにそれほどの時間を必要としなかった。
紘司もブリーフ1枚になった。
運動で鍛えたように身体は締まっていた。
俺は自然とその身体に手を伸ばしていた。
ダメだ。
俺はホモじゃない。
抱かれる目的は女の扱い方を知るためなんだ。
俺は慌てて手を引っ込めた。

紘司が俺に覆い被さってきた。
俺の顔中にキスをした。
それが耳や首に移動した。
くすぐったかったが、俺は感じているような振りをした。

紘司がブラジャーの上から胸を揉んだ。
時々乳首を摘まむように捻った。
「あんっ」
俺の口から甘い声が漏れた。
痛いけど気持ちいい。

紘司はブラジャーの上から舌で乳首を弾いた。
「ぁ…」
気持ちいい。
もっとして欲しい。
その気持ちに応えるように紘司は何度も乳首に刺激を与えてくれた。

紘司の手が背中に回ってブラジャーのフォックを外した。
そしてブラジャーを外された。
紘司の目の前に乳房があらわになった。
俺は恥ずかしさから右手で両乳房を隠した。

「莉緒さん、恥ずかしがることはないよ。すごく綺麗だから」
そうして紘司は乳房を隠している腕に対して、肩から指先に向けて人差し指を滑らせた。
くすぐったかった。
紘司の人差し指から逃げるため、腕を動かした。
するとそれを機に紘司は右手で俺の両手首を押さえつけた。
腕の自由を奪われたことで、なぜか俺の気分が盛り上がっていた。
この人に自分の自由が奪われている♪
そんな気持ちで興奮しているのだ。
自分にこんな性癖があるなんて初めて認識した。
紘司は俺の手首を掴んだまま、乳房に舌を這わせた。
乳首を舌で弾くようにして、そして乳房の先を口に含んだ。
口の中で舌を素早く動かし、乳首に攻撃した。
「あああああ……」
自由を奪われた上、紘司に甚振られていることが嬉しかった。
乳房を愛撫しながら、紘司の手が股間に伸びてきた。
俺は本能的に両脚を強く閉じてしまった。
紘司はショーツの上から股間を撫でるようにした。
どういうわけか俺の心理に不安な気持ちが生まれていた。
「もしかして初めて?」
俺はうなずいた。
「優しくしてね」
そのときにはセックスに対する興味ではなく、未知のものに対する恐怖と不安しかなかった。
「力を抜いて」
紘司の言葉にも、俺は力を抜かなかった。
というより力を抜くことができなかった。
紘司は強引に股間に押し入れた。
恐い!
俺は脚の力を強めた。
それでも紘司の力にはかなわなかった。
ついに紘司の手が俺の股間に割り入った。
俺の内腿を紘司の手が蠢く。
ゾワゾワとした感触が俺の全身を駆け巡った。
決して気持ちいいものではなかった。
それでも俺は我慢して紘司のされるがままにされていた。

紘司の手がショーツの両サイドを掴んだかと思うと、一気に膝まで下げられた。
俺は右脚をショーツから抜いた。
左脚の足首付近にショーツがひっかかっているような状態になった。
紘司の手が強引に俺の股間に入った。
(!)
何となく気持ちの悪い感覚だ。
それが紘司の指が膣に入っているせいだと分かるまで、少しの時間を要した。
「痛い?」
紘司の言葉に俺は首を振った。
実際痛くはないが、気持ちのいいものではない。
できればすぐにやめて欲しかった。
しかしこの状況でそんなことを言ってはいけない。
紘司が俺の顔を見ながら、挿入させた指を出し入れした。
全然気持ち良くはなかったが、俺は感じているような声を出していた。
俺は女のこういう心理を忘れないようにしようと思った。

指がもう一本入ってくるのが分かった。
今度は少し痛い。
それでも何とか我慢できそうだ。
やはり紘司が指を動かした。
少しずつ痛みが薄れてきた。
それにしても指2本でこんな感じだとペニスが入ってきたときどうなるのだろう。
そんな漠然とした不安が湧き上がってきた。
それでも指を出し入れされているうちに、少しずつ感じてきた。
「…ああ……いい……」
思わずそんな言葉が出てきた。
決してすごい快感ではない。
それでも当初の痛みの中に、少しだけ快感のようなものを感じるようになっていた。
当初の気持ち悪さから思うと、良い程度でしかなかった。
それでも紘司に喜んで欲しいという気持ちから無意識のうちに「いい」という言葉が出てしまったのだと思われる。

そんな俺の様子を見て、準備ができたと思ったのだろう。
紘司は俺の両脚の間に身体を滑り込ませてきた。

紘司のペニスの先が俺の股間に触れた。
俺は恐怖で身体がビクッと反応した。
「さあ、力を抜いて」
ペニスの先は膣口をとらえているようだ。
すでにそんな感触があった。
「いくよ」
紘司のペニスが押し入ってきた。
無理やり杭のようなものを身体に捻じ込まれているような感じだ。
「痛いっ!」
俺はたまらず声を出した。
「大丈夫?」
紘司は挿入途中の状態で動きを止めた。
「あ…はい、大丈夫…です」
「やめようか?」
「大丈夫…。続けて」
こんなところでやめたら嫌われてしまう。
俺の中にはそんな気持ちが占めていた。
紘司はゆっくりゆっくりペニスを入れてきた。
俺は必死に痛みに耐えた。
「全部、入ったよ」
紘司の言葉で彼の全てを受け入れることができたという充実感に満たされた。
「このままじっとしてて」
俺は紘司の背中に手を回し彼を抱き締めた。
彼のペニスが自分の身体の中で脈打っているのを感じる。
まるで俺の身体の中で生きているようだ。
そう感じるだけで俺の気持ちは満たされていった。
射精なんてされなくてもこれだけで充分だった。

「そろそろ動いてもいいかな?」
俺の気持ちなんか知らずに紘司は言った。
男だから射精しないといけないのだ。
それは分かっているが、何となく悲しかった。
それでも俺は頷いた。
紘司は嬉しそうな顔をして、少し腰を動かした。
「痛いっ」
やはり激痛が走る。
「やっぱりやめる?」
「ううん、大丈夫だから…」
痛みで気を失いそうになりながら、紘司の射精を待った。
それほど痛くても口から出て来る声は、感じて出す喘ぎ声のようだった。
俺が感じていると思い、紘司はさらに激しく腰を振った。
時々痛みで意識が飛んでしまう。
ついに紘司が俺の中で射精した。
その瞬間感じたことのない快感が全身に走った。
俺は全身を痙攣させ、その快感に意識を失った。

「莉緒さん、大丈夫?」
耳のそばで紘司の声がする。
「……ええ、大丈夫…」
わたしは半ば朦朧としながら返事をした。
今全身を満たしているのは心地よい感覚だけだ。
わたしはもう少しこのまま今の感覚の中に身をまかせたかった。
まぶたを閉じて一人だけの世界に浸ろう。
わたしは紘司を無視してその世界に没頭した。

「莉緒さん!莉緒さん!」
頬を軽く叩かれた。
わたしは仕方なく目を開けて、彼の顔を見た。
ふと違和感を感じた。
さっきから意識の中で一人称が『わたし』になっていた。
無理やり『俺』に戻そうと試みたが、そっちのほうが違和感を感じるようになっていた。
セックスしたことによって意識に大きな変化があったのだろうか?
理由はよく分からないが、意識の変化は確かなことなのだろう。
わたしは確実に女になっているのだ。

どういうわけか紘司が手を広げて見せた。
その手には赤い血がついていた。
「初めてってすごく痛いって聞くけど、我慢してくれたんだ」
紘司の爽やかな笑顔が眩しい。
「そう言えば、最初にあったときに自分のこと、男だって言ってたよね?本当はどっち?」
意識の上で女性化しているせいかあらためて聞かれると何だか気恥ずかしかった。
「…わたしは女よ……」
わたしは小さな声で言った。
「良かった。莉緒さんの口から本当のことを聞けて。実は昨日も莉帆さんに確認したんだ。莉緒さんは妹ですかって」
それを聞いて、あのとき当たり前すぎる質問の意味が理解できた。
莉緒の性別を確認するのが目的だったのだ。

「莉緒さんが女性だということを確かめられた上でのお願いなんだけど、結婚を前提としてつき合ってもらえませんか?莉帆さんから聞いてるかもしれないし、こういう関係になってから言うのは順番が違っていると思うけど。どう……かな?」
今のわたしの姿は本来の姿ではない。
いくら好きになってもいつかは本来の姿に戻るはずだ。
そう考えると悲しかった。
でもそれを彼に言うわけにはいかない。
わたしは「考えさせて」とだけ言った。
「良い返事をもらえると信じてる」
相変わらず紘司は笑顔だ。
この瞬間の幸せが永遠に続くと思っているのだろう。
もし彼がわたしの正体を知ったらどんな態度になるんだろう。
それを考えると恐ろしかった。

そんなわたしの気持ちも知らずに、紘司がキスしてきた。
不安を打ち消すため、わたしも積極的にそのキスに応えた。
彼の舌がわたしの顔や首に這った。
「…ぁぁ……」
わたしの身体は素直に反応する。
とくに乳首への口撃は好きだ。
気持ち良すぎておかしくなりそうだ。
嫌なことを忘れてしまえるならこのままおかしくなってもいいとさえ思えた。


彼のペニスが再び入ってきた。
今度は痛みをほとんど感じない。
もしかするとセックスの疲れで痛みの感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
ただただ突かれている感覚だけが身体中に広がっていく。
「あ…あ…あ…おかしくなりそう……」
紘司の熱い精液を身体の中に感じると、やはり強い快感が全身を駆け巡った。
わたしは意識が薄れていくのを感じながら、快感に酔いしれていた。

隣では紘司は規則正しい寝息を立て始めていた。
何だかすごく可愛い。
わたしは彼の寝顔にキスをして、彼の身体に密着させて目を閉じた。
視界の隅に存在している時計は3時半になろうとしている…。
こんなに長く抱き合ったんだ。
そして眠りに落ちた。


胸が触られている感触で目覚めた。
紘司が寝惚けながら俺の乳房に手を置いていたのだ。
その手が時々わたしとの乳房を揉むように動く。
わたしは彼の手をどけて、ベッドから起き上がった。
そして念のため今の姿を確認するために鏡を見た。
予想通り莉緒のままだった。
寝たのが3時半で、今は7時を過ぎたところだ。
変化するためには短すぎる。
分かってはいたが、莉緒の姿のままであることを確認できて安心した。

「紘司さん、7時過ぎてるけど、お仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫。今日は午後の会議から出ればいいから」
紘司は寝惚けながら返事を返した。
何かムニャムニャと呟いていたかと思うと、急にパッチリ目が開いた。
「あ、おはよう。今、僕、なんか変なこと言った?」
「ううん、今日会社には午後から出ればいいって言っただけよ」
「何だ、僕の予定を言ったのか?寝惚けて変なこと言ったのかと思った」
「変なことって?今までの女性遍歴とか?」
「あ…え!」
「別に少々のことじゃびっくりしないから大丈夫よ。紘司さんはきっともてるでしょうから、恋人の20人や30人くらいなら驚かないわ」
「そんなにいないよ」
「ということは、それなりにいたってことね」
「あ!なんかうまく誘導させられたって感じだな」
「そんなことないわよ。それにそんなことどうでもいいし」
紘司がわたしの顔をジッと見ていた。
「な…なに?」
「今までもこういう関係になった女性は何人かいるけど、こういう関係になるといきなり恋人気取りというか女房気取りになる女ばかりだったんだけど、莉緒はあんまり変わらないね」
「紘司さんはさっきからわたしのこと呼び捨てになってるわよ」
「あ…しまった。いつも頭の中で呼び捨てしてたから、それが出てしまったんだよ」
「別に呼び捨てで呼んでくれていいわよ」
「なら僕も呼び捨てでいいよ」
「紘司さんは年上だし、尊敬してるから、"さん"づけのほうがいいの」
そういうと紘司が頭を撫でて「だから莉緒は可愛いんだよ」と嬉しそうに言った。

「シャワー浴びてくるわね」
わたしは照れ隠しでその場を離れようとした。
「だったらちゃんとお湯を入れて風呂に入ったほうがいいよ。一緒に入ろう」
「一緒に?」
「うん」
結局二人で風呂に入ることになってしまった。
紘司が浴槽にお湯を入れてくれた。
「莉緒、それじゃ風呂に入ろうぜ」
「うん」
立ち上がると、まだ股間に何かが入っているような感覚が残っていた。
わたしは少しがに股にならざるをえなかった。
そんなわたしを紘司は黙って見ていた。
「何?」
「やっぱり痛いのか?」
「ううん、ただちょっと違和感が残っているだけだから、大丈夫」
わたしたちは二人で浴室に入った。
熱いお湯の入った浴槽は本当に気持ち良さそうだった。
紘司は飛び込むように浴槽に入った。
わたしも胸と局部を隠しながら湯船に入った。
「もう隠す仲でもないだろう」
紘司はわたしの身体をジッと見ていた。
「それとこれとは話は別なの」
わたしは隠したままお湯に浸かった。

「洗ってやるよ」
紘司がわたしの身体に触れてきた。
「やめてよ。エッチ」
わたしはそう言いながら、紘司の好きなようなさせていた。

「それじゃわたしも洗ってあげる」
今度はわたしが紘司の身体を洗ってあげた。
紘司のペニスがあっという間に大きくなった。
わたしは両手でペニスを綺麗に洗ってあげた。
お湯で石鹸を流しても大きくなったままだった。
わたしはどういうわけか大きくなったペニスから目が離せなくなった。
惹かれるまま、わたしはそれを銜えた。
「莉緒…」
紘司が呟いた。
わたしは一生懸命大きくなったペニスに舌を絡めた。
全然射精する気配はなかった。
わたしは口を窄めて頭を前後に振った。
ついに紘司は射精した。
わたしはその精液を全て飲み干した。
あまり美味しいものではなかった。
それでもわたしは精神的に満たされていた。

わたしたちは一旦紘司の部屋に戻った。
わたしにとっては初めての彼の部屋だった。
当然のように綺麗なマンションの一室だ。
最上階ではないが、上のほうの階だった。
部屋に戻ると、紘司は服を着替えていた。
「どこ行くの?」
「仕事に行ってくる」
「あ…そうね。そうだったわ」
当たり前すぎることを聞いた自分が恥ずかしかった。
紘司は部屋を出て行こうとしていた。
わたしは出て行こうとする紘司を呼び止めた。
「じゃあ、わたしは?」
「ここにいてくれていいよ」
「でもどこにも行けないわ」
「あ、そうだね。それじゃこれ、部屋の合鍵」
「え、いいの?」
「何だったら、このままずっといてくれてもいいよ。僕としてはそのほうが嬉しいし」
そう言い残して紘司は仕事に向かった。

部屋にひとり残された。
さてどうしよう?
部屋の掃除とかしようか?
勝手に置き場所を変えられると自分だといい気はしない。
きっと紘司も同じだろう。
わたしはとりあえずソファに横になって、テレビをつけた。
ゆうべは十分に寝ていない。
わたしはいつの間にか眠ってしまった。

目が覚めたときには夕方になっていた。
莉香に今日も帰らないことをメールして、買い物に出かけた。
夕食の材料を買うためだ。
と言ってもわたしができるのはカレーくらいしかない。
じゃがいもや人参などカレーの材料を買って、家に戻った。
調理道具は一応あるだけで、ほとんど使われた様子はない。
わたしは慣れない包丁を使いながら、何とかカレーを作った。
時計は6時を過ぎていた。

「あっ、ご飯を炊くの、忘れてた」
カレーを作ることに夢中になって、ご飯を炊くのを忘れていたのだ。
あわてて炊飯器をセットし、スイッチを押した。

紘司が帰ってきたのは10時過ぎだった。

「あれ、莉緒、帰らなかったのか?」
「うん」
「そうだったんだ。だったら遅くなるって連絡すれば良かったな。……あれ?カレー?」
「夕食くらい準備しておいたほうがいいかなって思って」
「ありがとう。でも食べてきたんだ」
「そう?なら、わたしだけで食べるわ」
「まだ食べてなかったのか?」
「もうすぐ帰るかなって待ってたら、いつの間にかこんな時間になっちゃって…」
「あんまり無理しちゃダメだぞ。頑張りすぎると長続きするものもしなくなるし」
「うん、ごめんなさい」
「それじゃ一緒に食べよう」
「えっ、食べてきたんでしょ?」
「せっかく莉緒が作ってくれたんだ。少しでも食べたいんだ」
「それじゃ温めるね」
わたしはカレーを温め直した。
彼は「美味しい」と言って食べてくれた。
それで幸せな気持ちになれた。

その日の夜も彼に抱かれた。
まだ入れられることには少し違和感があったが、紘司と身体を重ねることは好きだった。
紘司がわたしの中で射精をする瞬間には、やはり感じた。
わたしたちはセックスをした後、手をつないで1時前に眠った。



朝コーヒーの香りで目が覚めた。
紘司がすでに起きていてコーヒーを作っていたのだ。
「おはよう」
「あ、おはよう。起こしちゃった?」
「ごめんなさい。何か作るわ」
と言ってもあまりレパートリーはないのだが。
「別にいいよ。普段から朝はコーヒーくらいしか飲まないから。莉緒はゆっくり寝てていいよ」
「でも…」
「それじゃ明日から素敵な笑顔で起こしてくれること。それだけでいいよ」
そう言って頬にキスしてくれた。
わたしはそれだけで嬉しかった。

「莉緒、それじゃ仕事に行ってくる」
紘司が出かけるようだ。
「あ、行ってらっしゃい」
「今日も家にいてくれるのな?」
「うん、そのつもりだけど…。いけない?」
「いけないことなんてないよ。何ならそのまま入籍してもいいって思ってる」
「それは少し待って。もう少し考えたいの」
「うん、分かってる。それじゃ行ってきます」
紘司が仕事に向かった。

紘司が出かけてから、わたしは洗面所に行って、顔を洗った。
そのときになってようやく今日も莉緒のままでいることに気づいた。
他の誰かに変わってなくてよかった。
そのときになってそう安堵したが、この身体はいつ変わるか分からない。
それを考えると、憂鬱な気分になった。

おそらく紘司と一緒に暮らさず、家に戻ったほうがいいだろう。
そのほうが絶対に正体がばれる危険性は少ないはずだ。
わたしはその日一日中自問自答した。
どうするのがお互いにとって良いのかを。
騙し騙し交際を続けることがとりあえずは一番良いことのように思えた。
しかし、このまま姿を隠したほうがいいようにも思えた。
後先のことは何も考えず欲望のままお互いを求めることも考えた。

結局わたしはこのまま紘司と暮らすことを選ぶことにした。
そう欲望のままお互いを求めることを選んだのだ。
その結果、紘司の前で変身してもいいと思った。
そうすればきっと紘司は気味悪がって二度と近づかなくなるだろう。
すっきり別れることができるわけだ。
わたしは一時的に悲しい思いをするが、あれこれと悩まずに済むはずだ。
男の身体になれば、紘司への気持ちも冷めるかもしれないし。

その日の晩も夕食の支度をして紘司の帰りを待った。
そしてその日の晩もお互いを求め合った。

毎晩のように身体を重ねた。
そして翌朝はずっと莉緒のままだった。
さすがに1週間も続くともう莉緒のまま変化しないのではないかと思い始めていた。

そして運命の日の朝、わたしは初めての月経を迎えた。
それはこの身体がもう二度と変化しないこと暗示しているように思えた。
直感的にそう感じたのだ。
そしてそれは正しかったようだ。
わたしの身体はそれからもずっと莉緒のままだった。
莉緒のまま安定したのだ。


月経が終わると、わたしは決心した。
紘司のプロポーズを受けることを。
間違いなくわたしはこのままだ。
それは決して嫌なことではなかった。
いやむしろこうなることを望んでいたかのようだった。
プロポーズを受けることを彼に告げると、彼はわたしに飛びついてきた。
わたしはこの先この人とともに生きていくのだ。
その日の夜、これまでで最高のセックスをした。
身も心もとけるセックスというものは本当にあるのだ。
わたしは彼の腕の中で何度も何度も絶頂を迎えた。

わたしの両親に紘司を紹介した。
二人ともどういうわけかそれほど驚かなかった。
まるで予期していたかのようだった。
どうしてこんなに落ち着いていられるのか理解できなかった。
息子がこれからの人生を女性として生きることを選んだのだ。
しかも結婚相手まで連れてきて。
わたしは生まれたときから彼らの娘だったのだろうか。
そんな錯覚さえするような落ち着いた二人の態度だった。
そして両親に結婚を祝福された。


月経を経験したのは一度だけだった。
それからしばらくは月経を経験することはなかった。
女性になったばかりで周期が不安定だったわけではない。
望んでなかったわけではなかったが、妊娠してしまったのだ。
それが分かると紘司はすぐに婚姻届を出した。
実際、結婚式をあげたのはそれからしばらくした11月のある晴れた日に結婚式を挙げた。
わたしは真っ白なウエディングドレスに身を包まれた。
幸せすぎて涙が出てきそうだ。
この頃には、わたしは生まれたときから女性だったように感じていた。
男だったころの記憶はあるが、それが自分のことのように思えなくなっていた。
まるで遠い昔夢で見たことのようだった。
わたしは紘司と結婚するために女性として生まれ変わったのだ。


もしかすると、あの現象はわたしの人生の伴侶を探し出すための現象だったのかもしれない。
今考えるとそれはある程度当たっていることのように思えた。
莉絵や莉帆のほうがずっと美人だった。
そうであったほうがもっともてて楽しい人生だったかもしれない。
しかし、莉緒だからこそ、紘司が愛してくれたのは間違いない。
莉緒だから彼と波長があったのだ。
きっとわたしにとって彼はベストのパートナーのはずだ。

きっとわたしのお爺ちゃんもこうしてお婆ちゃんと出逢ったのだろう。
そう思ったとき、ふとひとつの疑問が生じた。
そもそもわたしのお爺ちゃんって結婚する前は男だったのかしら?
わたしと同じように、この現象のせいで異性に変わったのかもしれない。
もともと女性で、お婆ちゃんに出逢って、男になってしまったとか…。
しかし今となっては誰にも真実は分からない。
真実が分かっても分からなくてもどっちでもいいことだし。

将来わたしの子供や孫にも同じような症状が現れたときにははっきりと言ってあげよう。
どんな姿になってもあなたはあなた。
自分の好きなようにしっかりと考えて生きていきなさい、と。


《完》

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