女性の生き方



私、竹藤雅巳は営業三課の課長を任されている。
31歳の若さで課長になったのは私が初めてらしい。
35歳くらいでなるのが普通のようだ。
その私の課に新人の西野正雄が配属されたのは今年の5月のことだった。
日頃からマンパワー不足を訴え続けた成果だと思った。
ところがこの西野が仕事ができないことがすぐに分かった。
新人なのである程度は仕方がないのだが、とにかく要領が悪い、仕事のカンが悪いのだ。
何も考えずやるだけでいい単純なことすらも満足にできないという始末だ。
こんな奴ならいない方がよっぽどマシだ。
私は正直そんなことを考えていた。


そんなある日のことだ。
西野が私のところに来てこんなことを言い出した。
「竹藤課長、S社の納品なんですけど、僕が納品日を勘違いしちゃって」
S社の納品は、品物を右から左に動かす程度のことだと思って、私が依頼したことだ。
「勘違いってどういうことだ?」
「今日納品しなくちゃいけないのに、来月で頼んじゃったんです」
どこをどう間違えばそんなことになるのか理解できない。
とりあえず取引先へのフォローだ。
すぐに電話をかけた。
「おたくがミスしたんだ。どんなことをしてでも今日中に納品してもらわなくちゃ困るんだよ」
「もちろんです。今手配してますから」
課の優秀な社員・高井に注文の品を何とかするように依頼した。
そして高井の尽力のおかげで何とか品物を準備できる目処がついた。
ただし仕入れ値が20%以上高くなってしまった。
その分はこちらで持つしか仕方がない。
「おい、西野。納品物を受け取って、その足でS社に届けるぞ」
「僕がですか?」
「当たり前だ!俺も行く!一緒に来い!」
私と西野は納品物をピックアップし、そのままS社に行き、平身低頭謝った。
「とりあえず物はいただきましたし、今度からは気をつけてくださいよ」
最後にはそう言ってもらい、最悪の事態は免れた。

S社を出たときは7時を過ぎていた。
「おい、西野、ちょっとつき合え」
私は西野を飲みに誘った。
あまり気乗りしない様子だったが、さすがにここで私を怒らせてはいけないと思ったのだろう。
渋々ついてきた。
私は西野を前にしていろいろと苦言を言った。
心の中では「怒っちゃダメだ」と思っていたが、怒りは西野に伝わっていたはずだ。
西野は何も言わず、何も食べず、ただただおとなしくしていた。
その態度が余計に私の気持ちを逆撫でする。
私の飲むピッチが上がっていき、アルコールに弱くないはずの私がかなり酔っ払ってしまった。
そして最後には酔いに任せて眠ってしまった。

気がつくと、どこかの部屋に寝かされていた。
それも異常な状態で。
全裸にされて、両手両足をベッドの四隅から伸びたロープで固定されていたのだ。
そばには西野が立っていた。

「西野、何するんだ!すぐにこれを解け!」
私は西野に怒鳴った。
しかし西野は動じることはなかった。
「課長って僕のこと、嫌いでしょ?でも僕、課長のことが好きなんすよ。女になったら、さぞかし美人になるだろうなって夜な夜な妄想してマスかいてるんですよ」
「お前、変態か」
「可愛い部下のことを変態って言っていいんですか?人事に訴えちゃおうかな」
「言うんなら言え。そんなことよりこれを外せ」
「ちょっと待ってくださいよ。これから僕の妄想を現実化するんですから」
そう言って少し距離をとるように離れた。

「今日ずっと怒られながら、女になった課長に怒られたら、もっと興奮するのになってずっと考えてたんですよ。課長が酔って寝たんで、これはチャンスだって思ったんですよね」
そう言って何かブツブツと唱え始めた。
呪文のようだ。
急激に身体が熱くなってきた。
そしてモーフィングのようにゆっくりと私の身体が変化していった。
男の身体から女の身体へ。
目に見えているとは言え、自分の身に起きていることが信じられなかった。

数分すると変化が終わったようだ。
身体の熱がすっかりひいていた。
「元に戻して!」
私は叫んだ。
どういうわけか女の話し方になっている。
「…何これ?私、どうしちゃったの?」
私は西野を睨みつけた。
「課長は本当は女だったんです。僕は課長を本当の姿にしてあげただけなんですよ。せっかく女に戻ったんですから、女として振る舞わないといけないんですよね。最低限の女性の嗜みはできるようになってるはずですよ。そしてまず最初に僕が課長に女の喜びを教えてあげますからね」
そう言って、ニヤッと笑った。
そして手足を拘束していたロープを解いた。
私は急いで西野から離れた。

「それじゃ僕のペニスを咥えてください」
そう言われると、私の意識とは関係なく私の身体は西野のそばに近づいていった。
気持ちは離れたいと思っているのに。
「どうして?どうして西野に近づいちゃうの?」
「嫌がっても僕の言うことを聞くしかないんですよ。どういうわけか僕の家系って魔法を使える血筋らしいんです。今は僕の魔法の配下ですから、僕の言う通りにしか動けませんよ」
私の目の前に大きくなった西野のペニスがあった。
私はペニスを見ないように目を瞑って。
しかしすでに手は西野のペニスを握っていた。
そして握ったペニスに顔を近づけた。
生臭いイカのような臭いがした。
私のゆっくりと口を近づけ、ついにそれを咥えた。
「しっかりフェラしてくださいよ」
私は口の中のペニスに舌を這わせた。
亀頭やカリの部分に舌を当てて刺激した。
「さすが元男ですね。ポイントを押さえてますよ」
粘り気のある液体が出ているのを感じた。
「ムチャ気持ちいいです。そろそろ出しますんで、全部飲み込んでくださいね」
そう言って、私の口の中で射精した。
生臭さにむせ返りそうになりながら、私は懸命に口の中のものを飲み込んだ。
「全部飲み込んでくれたんですね。それじゃ口で綺麗にしてもらえますか」
私は言われるまま、再び西野のペニスを咥え、綺麗になるよう舐めた。

「はい、いいですよ。それじゃそこでM字開脚してもらえますか」
私は抵抗することもできずに、西野に向かって膝を曲げて股を広げた。
西野からは私の女性器がはっきりと見えているはずだ。
私は屈辱感に苛まれた。
同時に興奮している自分がいた。
「課長もまだ自分の持ち物を見たことがないでしょう。今見せてあげますからね」
そう言って、スマホで私の股間を撮影した。
そしてその写真を私に見せた。
そこには紛れもない女性器があった。

「どうです?綺麗でしょ?すでにちょっと湿ってるみたいですね。僕のチンポをフェラしたせいで、興奮しているんですよね。完全に女ですよね。それじゃ課長にも気持ちよくなってもらいましょうか。僕ばかりが楽しんでいたら申し訳ないですし」
西野が私の前に仰向けで横たわった。
「それじゃ、僕にまたがって、ご自分で入れてもらえますか」
「そんなことできるわけが…」
そう言いながらも私は西野にまたがり、ペニスを軽く握った。
そしてペニスを自分の膣口に当て、ゆっくりと腰を沈めた。
「…ぁ、ぁぁぁ…」
思わず声が漏れた。
初めて異物を迎え入れたにもかかわらず、感じてしまっていたのだ。
「課長って女性として初めてなのに痛みはないみたいですね。さすがに男性のころは童貞ではなかったはずですので、女の身体に変えても処女とはならなかったんでしょうか。ちょっと残念ですね。とにかく動いてもらえますか」
私が腰を動かすと、すぐに快感が襲ってきた。
感じすぎるせいでうまく腰を動かすことができなかった。
そんな私に業を煮やしたのか西野が下から私の腰を持って、私の身体を上下に動かした。
「ぁ…そんな激しくしないで…。おかしくなりそう……」
息をするのも難しくなるほど次から次へと快感が襲ってくる。
気がつくと、いつの間にか体勢が変わっていた。
正常位で西野に突かれていたのだ。
私は言葉にもならない喘ぎ声をあげ続けていた。
「課長、そろそろ出そうです。出しますよ」
早く欲しい。
そう思ったが、それも言葉にならなかった。
西野がゆっくりと大きく腰を打ちつけた。
「うっ…」
そんな声とともに、私の中に熱い精液を放出した。
私もその瞬間意識を失うほどの快感を感じた。
「最高でしたよ、課長の身体。これからもよろしくお願いしますね」
そう言って、私の横に寝転んだ。
そして数分も経たないうち、イビキをかき出した。
私の身体の中にはまだ余韻が残っていた。
余韻といっても身体を動かすのも億劫な程だった。

私は自分の身体の高鳴りが落ち着くのを待った。
しばらくすると少し落ち着いてきたようだ。
私は西野を起こさないように細心の注意ながらベッドを出た。
立ち上がると、西野が出した精液が太腿に逆流するのを感じた。
そんな感触が気持ち悪かった。
すぐにでもシャワーで流してしまいたい。
しかしそんなことをしている間に西野が起き出すかもしれない。
少しでも早くこの場から逃げ出すことが重要だ。
ティシュを手に取り、流れ出てくる精液を拭き取った。
拭き取っても、すぐにまた流れ出てくる。
何度か拭き取ったが、ある程度のところで諦めた。
とにかく一旦部屋に帰ろう。

そして辺りに散らかっていた服を手に取った。
それは女物のスーツだった。
女物の下着もあった。
私の身体が女の身体になったのと同じように、脱がされた服も女性物に変わったようだ。
私はショーツを手に取って、それを穿いた。
まだ精液が流れてくるような気がしたので、股間のところにティシュをあてておいた。
タンポンでもあればいいのに。
どういうわけかそんな考えが浮かんだ。
私にそんな知識はないはずなのだが。
よく分からない。
とにかく、パンストを穿き、ブラウスを着、スカートを穿いた。
バッグがあったので、それを手に取った。
中を見ると化粧ポーチがあった。
私はそれを使って簡単に化粧をなおした。
どういうわけかそういう最低限のことは意識することなく行うことができた。
これも西野の魔法のせいなのだろう。
最低限の女性の嗜みはできるようになってるはずと言っていたくらいだから。

西野の部屋から出て、タクシーで自分の部屋に戻った。
驚いたことにすっかり女性の部屋っぽくなっていた。
それに対して違和感も抱かなかった。
タンスに掛けてある服も女性のものだった。
化粧品も揃っているようだ。
「とにかくシャワーを浴びよう」
私はタンスからベージュのショーツを出し、浴室に行った。
身体にあたるシャワーは気持ちよかった。
心なしか肌がきめ細かくなったように感じる。
シャワーの水圧を強くして股間にあてた。
西野の出した精液を綺麗に洗い流そうとしたのだ。

バスタオルを胸のところで巻き、タオルを頭部に巻いて、化粧水を顔と身体に塗った。
男のころはしなかったのだが、自然とそんな行動をしていた。
西野の魔法が影響しているのだろう。
女になったことは不本意だが、特にストレスなく女性として行動できるのは助かる。
もしかしたら、会社としても私は女性管理職として存在しているのかもしれない。
きっと西野の魔法は私が女性として生きていくために必要なことにはいかなるところにも影響を及ぼしているのだろう。
とにかく明日は普通に出社してみよう。
きっと問題ないはずだ。
そうでなかったら、明日働き口を探さなくちゃいけなくなるけど。
とにかく西野の魔法を信じて、私はベッドに横になった。


翌日私は恐るおそる出社した。
部屋に入るといつものようにすでに出社している社員たちに「おはよう」と挨拶した。
席についている者は私をチラッと見て「おはようございます」と返してくれる。
私が女に変わっていることに触れる者はいない。
私は席に着くと、すぐにイントラサイトの社員情報で自分の情報を調べてみた。
私の名前の漢字が少し変わっていた。
「竹藤雅巳」が「竹藤雅美」になっていたのだ。
名前以外は何も変わってなかった。
あたかも以前から竹藤雅美だったかのようだ。
西野の魔法、恐るべしだ。

西野が出社してきた。
「課長、昨日はありがとうございました」
何に対して礼を言っているのか分からない。
きっと昨夜のセックスでも思い出しているのだろう。
「S社さんが納得してくれたといっても、もうあんな間違いはしないでね」
私はそう言ってやった。

午後になると、S社の購買責任者から来てほしいと電話があった。
昨日で万事終わったと思ったのだが、責任者として事情聴取せざるをえないというところなのかもしれない。
18時に訪問する約束をして電話を切った。
その日は大きな問題はなく、無事に就業時間が終わった。
「それじゃS社さんに行ってくる。今日はそのまま直帰するつもりだから、よろしくね」
私は課のメンバーにそう言って、会社を出た。

S社に着くと、井口部長が待ち構えていた。
「竹藤さん、昨日はこちらが世話になったようでありがとうございました」
「いえいえ、あれはこちらのミスですから」
「そうは言っても今後とも御社とは良い関係でいたいですからな。今日は昨日のことを水に流す意味でお食事につき合っていただけませんかな」
「そういうことならお気遣いいただく必要はありませんから」
「まあまあそう言わずに、今日はこちらの顔を立ててつき合っていただきますよ。御社と弊社のためということで。よろしいですね」
「はい、それじゃあ…」

仕方なく、井口部長の誘いにのることにした。
連れていかれたのはホテルの中の割烹料理店だった。
食事が進むうちに、強烈な睡魔に襲われた。
どうやら一服盛られたようだ。

気がつくと、全裸にされていた。
そして全裸になった井口に抱かれていた。
「やっと気がついたね。いくら何でも反応もないマグロ状態の女を抱いてても面白くも何ともないからな」
「どうしてこんなことをするんですか?」
「さあ、どうしてかな?ずっと御社と取引してたんだが、あんたみたいな美人がいることに全然気がつかなかったんだ。それがどういうわけか今日になって責任者が女性で美人だったことを思い出したんだが、なぜか顔を思い出せない。一度顔を見てみようと呼んでみると、想像以上に美人だった。そうなると自分の欲求を抑えることは無理だったってところかな」
西野の魔法はこんなところまで影響を及ぼしているというのか。
すごいものだと思った。

井口は年を取っているだけに西野よりうまかった。
昨日の西野はフェラしてすぐに合体だったが、合体までの時間を執拗にとった。
おかげで私は自分の身体のことがよく分かった。
耳の裏を舐められるとなぜかゾクゾクとするのだ。
また乳房が右と左で感じ方が違うことも分かった(左の乳首の方が感じた)。
クンニをされたときは恥ずかしかった。
しかし恥ずかしさ以上に感じた。
私はクンニされるのが好きだ。
クンニされながら、フェラするのも楽しいし。
私はもうすっかり女だ。

井口はいろんな体位で突いてくれた。
バックで突かれると奥まで突かれるように感じる。
それもいいのだが、私が一番好きなのは正常位だ。
最も一体感を感じることができる。
井口は3度も射精した。
それでもまだ体力には余裕があるようだった。

「これからもよろしく頼むよ」
井口は服を着ながら、そう言った。
「お断りします」
私はすぐに断った。
セックスの相性としては絶対に西野よりはいい。
しかし弱点を押さえられてつき合うのは嫌だ。
私はすでに井口の企みに気づいていた。
「えっ、そんなことを言っていいのか。今日のことは写真に撮ってあるんだぞ。写真がネットに拡散することになるかもしれないんだぞ」
井口はすけべそうな笑みをうかべて、そう言った。
「どうぞ。拡散元なんてすぐに分かりますよ」
「えっ、そうなのか?」
「ええ、でもそんなことを調べるよりも、井口さんの家に行って『こんな女と別れて!わたしと結婚してくれるって言ったじゃない』って泣き叫んだ方が効果的かもしれませんね。私との関係は写真に撮っていただいたんですもんね。奥様に見ていただいたら、確かな証拠になりますから」
「…それは、困る」
「ですよね?だったらそんな写真はさっさと消して、大人の対応しませんか」
井口は何も言い返してこなかった。
迷っているのだろう。
「どうですか?」
「さすがは一流企業の課長さんだ。こんな卑怯なやり方にも冷静に対応されるとは」
「それじゃ納得していただけたんですね。ありがとうございます。それじゃ契約成立ということで、写真は消しておいてくださいね」
「ああ、もちろんだとも」
「消していただいたのなら、もう一回します?」
「ぜひ、と言いたいところだが、今日はもうやめておこう。身体が持たない」
まだ余裕があると感じたのは気のせいだったのか?
もしかすると私の対応で動揺しているのだろうか。
意外と肝っ玉が小さいのかもしれない。
「それじゃまた機会があれば、こういうおつき合いにもつき合いますから、また誘ってくださいね」
私は井口の頬にキスをしてやった。
井口は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな表情になった。
これで私が主導権を握ったのも同然だ。
今後井口とのセックスをしたくなるかどうかは分からないけど…。
私はそんなことを考えていることはおくびにも出さず、サッサと身支度を整えた。
そして井口と腕を組んでホテルを出た。

「昨日は西野で、今日は取引先の部長かぁ。どうして女になって連続で男に抱かれなくちゃいけないのかしら?」
井口からタクシー代をもらって乗ったタクシーの中で考えるともなく考えていた。
「それにしても男とセックスするということに全然抵抗感ってどうしてかしら?」
「やっぱり西野の魔法のせい?」
「性的対象が完全に男性になっちゃってるってことよね?」
「女になったんだからそれがきっとその方が自然なのかしら?」
そんな結論の出ないことを考えているうちに部屋に着いた。
部屋の鍵はすでに開いていた。
部屋にいたのは西野だった。

「課長、こんな遅くまでS社から説教を受けていたんですか。ご苦労さんでしたね」
「どうしてこの部屋にいるの?ここの鍵をどうやって手に入れたの?」
「なに、簡単なことです。昨日課長が気を失っているうちに合鍵を作ったんですよ」
「あ、そんなこと…。それじゃ何しに来たの?」
「課長がS社に叱られてるので、慰めてあげようと思って」
「それって私を抱きたいってこと?」
「簡単に言うとそういうことになりますね」
「でも昨日と違って、私には拒否することができそうな気がするけど」
「そうでしょうね。僕の部屋でしか魔法は使えないので」
「ふーん、そんなものなの。それじゃあの部屋に何か仕掛けがあるの?」
「さあ、分かりません」
「西野くんが知らないんだったら、方角とか何かがあるのかもね」
「それより今日も…、いいですか?」
井口に抱かれてきたから今日は勘弁してほしいというのは言いづらかった。
「今日は疲れてるから…」
「疲れているから、僕が課長をなぐさめてあげるんですよ」
理由にならないことを言ってまでもセックスを求める西野のことを可愛いと思った。
だから応じてあげてもいいかと思った。
一晩で二人の男に抱かれるなんて。
そんな状況に対して自然に抱かれている自分も自分だ。
私はすっかり女になってしまったのかもしれない。
昨日まで男だったなんて思えないし、思いたいとも思わない。
きっと今の姿が本当の私なんだ。
西野に抱かれながらそんなことを考えていた。

それから西野は半同棲しているかのように私の部屋に時々やってきた。
週に2、3回は西野に抱かれた。
西野のことはともかくセックス自体は決して嫌いではなかった。
ただ月に一回経験しなくてはいけなくなった生理のことは好きにはなれなかった。
とくに初日はつらかった。
女性は誰もが経験していることで、周りに気づかれないように過ごしている。
女性は本当に偉大だと思った。
男だったころ生理というものは知識で知っているだけで、こんなにつらいものだとは思ってもいなかった。
病気でもないのに休暇なんか使いやがってとすら考えていたほどだ。
無知は罪だ。
今は心底そう思う。

女性になって4ヶ月が経った。
そんなある日、幹部会に出席するように言われた。
とは言え、幹部になったわけではない。
上司の泉部長が出張で出席できないため、代理出席を頼まれただけだ。
最近次長というポストに昇進したのだ。
西野に振り回されて、課として目覚ましい成果も出せていないのに、昇進できたのは不思議だった。
次長兼営業三課課長というのが私の役職だった。
代理出席とは言え、幹部会に出席するのは初めてのことだった。
幹部会の会議室に入ると、女性は私だけだった。

「それじゃ竹藤次長、報告をお願いします」
営業部の月次報告をし、今月からの営業方針を説明しただけだった。
特に指摘されるようなことはなかった。
ただ社長からこんなことを言われた。
「彼女が我が社で唯一の女性管理職の竹藤さんですか。竹藤さん、うちの会社は女性の登用が遅れているから、あなたに続く優秀な女性社員をどんどん育ててくださいよ。期待してますからね」
女性管理職が私だけ?
西野に無理やり女にされた私だけというのか?
ということは、この会社には女性の管理職なんかいなかったということじゃないか。
女性の登用。
私が次長になったのは、そんな会社の思惑のせいかもしれない。


するとその夜、伊東直道専務から食事に誘われた。
伊東専務は幹部会に出席していた役員のひとりだ。
たぶん役員会で私のことを見たのだろう。
伊東専務は社長の息子で、営業部門の責任者だ。
そして将来社長になると言われている人物なのだ。
もうすぐ40歳というのに浮いた噂もない。
一部ではゲイじゃないかという噂もあるほどだ。
もしかすると玉の輿のチャンスかもしれない。
私が女性になったことが吉となるかもしれないのだ。

結果的には食事だけだった。
食事に誘われたんだから食事だけというのは当然といえば当然かもしれない。
しかし大人の男が女性を誘って食事だけなんて想定外だった。
てっきりそのまま部屋に誘われると覚悟、というか期待していたのに。
そんなことを考えるのも、女になってから、立て続けに男たちに抱かれたことが影響しているのかもしれない。
食事の間も仕事の話が7割、バスケットボールの話が3割だった(彼はバスケが好きらしい)。
ムードのある話はまったくなかった。
それはそれで私にとっては気が楽なことだった。
ただ別れるときには「直道さん」「雅美さん」とお互い下の名前で呼び合うようになっていた。
そのことが進展と言えば進展と言えるのかもしれない。

その夜も惰性のように西野に抱かれたが、伊東のことは話さなかった。
西野が変な気を起こして伊東に迷惑をかけてはいけないと思ったからだ。

ある日、西野に黙って彼の部屋を調べた。
彼の魔法は彼の部屋に理由があるような気がしていたからだ。
そんな自分の考えを確かめずにいられなくなったのだ。
1時間ほど部屋の隅から隅まで見たが、特に変わったところはないように思えた。
自分の考えは間違っていたんだ。
そう思って、部屋から出て行こうとしたときだった。
絨毯に足をとられ転びそうになった。
そのとき絨毯の下に薄汚れた紙が敷かれていることに気づいた。

絨毯を捲れるように移動できる家具を移動した。
ようやく半分ほどだが絨毯を捲ることができるまでになった。
私は絨毯を捲って敷かれている紙の模様を見ることができた。
その紙には星形や円などで複雑な模様が描かれていた。
おそらく魔法陣のようなものなのだろう。
これを破り捨てれば、元に戻るかもしれない。
でももしかすると魔法が使えなくなり、元に戻ることは永遠に不可能になるかもしれない。
とにかく何かのときにはこの紙を破るか燃やすかしてみよう。
そう思った。


伊東と食事をして2週間、伊東から誘われることはなかった。
伊東から興味を持ってもらったというのは勘違いだったようだ。
あるいは伊東の話を聞いていた私の態度で脈なしと思われてしまったのだろうか。
いずれにしても玉の輿だなんて考えた自分が恥ずかしい。
男のときには結婚することで金持ちになるなんて考えもしなかったのに。
女という武器を使って幸せを掴もうだなんて、そもそも人としてどうなんだ。
しかもそんなことを考えながら、西野には週に2-3回ほど抱かれていた。
伊東のことを考えながら、西野に抱かれるなんて。
私は自分に自己嫌悪を感じていた。

しかし、現実は気まぐれなものだ。
伊東と食事をしたことも忘れかけたある日、久しぶりに伊東から連絡があったのだ。
土曜の午後、家に来てほしいと誘われた。
いきなり家に招待されるなんて思いもしなかった。
もしかして…。
凝りもせずそう思った。
伊東の家はタワーマンションの最上階だった。

私は目一杯のおめかしをして、伊東の家に向かった。
伊東の部屋に着くと、普段着の伊東が迎えてくれた。
すぐにリビングに通された。
「雅美さん、今日はわざわざありがとう」
「いえ、でもどうして直道さんの部屋なの?」
「そのわけは後で話すから、ちょっとここで待っててほしい」
そう言って伊東は隣の部屋に消えていった。

1時間近く待たされた。
もしかしたら隣の部屋で倒れているのだろうか。
そんな不安が頭をよぎった。
様子をうかがった方がいいのかもしれない。
でもそんなことをしたら失礼かもしれない。
そんなことで迷っていると、隣で人の動く音がした。
そしてひとりの女性が入ってきた。
かなりの美人だ。
歳は私より少し上だろうか。
品がよくて美しかった。
顔をジッと見ていると、とんでもない考えが頭に浮かんだ。
「えっ、まさか…」
女性が恥ずかしそうな笑みを浮かべ言った。
「そうだ、僕だ」
それは紛れもなく伊東の声だった。

「どうしてそんな格好を…」
「僕の本当の姿を見てほしかったんだ。その上で僕との交際を真剣に考えてほしい」
「その姿でそんなことを言われても」
「それもそうか。それじゃ男の姿に戻ろうか」
「せっかく綺麗になったんですから、このままでいいんじゃないですか?」
「雅美さんがよければ」
「私はかまいませんよ」
「気持ち悪くないか?」
「別に。ちょっと驚きましたけど、直道さんは美人ですから大丈夫です」
「それでさっきの話だけど…」
「?」
「交際だよ」
「あ、そうですね。いくつか確認したいんですけどいいですか?」
「ああ、もちろん」
「直道さんがそういう格好されるということはいわゆるLGBTの人ですか?」
「ああ、そうだ。ゲイだ」
「ゲイってことは直道さんは男性がお好きなんですよね?ならどうして私と交際したいんですか?」
「自分でもよく分からないんだが、君のことが気になって仕方がないんだ」
「それは私が女性っぽくないってことですか?女らしい色気がないとか」
「いや、決してそういうわけじゃないんだ。けど…」
「けど?」
「君は美人だし、女性としての魅力もあると思う。けど、僕には君の中に男性性を感じてしまうんだ」
「男でも内面には女性性があるっていいますし、女でも内面に男性性があるのかもしれませんね」
「そういう一面があるってことではなくって、君は根っこでは男のような気がするんだ」
「それって私が性転換した元男ってことですか?」
「そういうのともちょっと違うんだが…。どう言えば分かってもらえるんだろう」
「いいですよ。直道さんにとって私は男だってことだって分かりましたから」
「弱ったなぁ…」
伊東は私が男だということを本能で感じているのかもしれない。
訳の分からない魔法で女にされたという話しても、もしかすると信じてくれるのかもしれない。
もちろんそんなことを言う気はないが。

「ところで、直道さんって」
「その直道さんっていう呼び方だけど、この姿のときはミチと呼んでもらえるかな」
「直道さんだからミチさんですか。いい名前ですね。どういう漢字なんですか?」
「美しいに、知る日だよ」
「ああ、分かりました。では美智さん、私がうかがいたいことをうかがっていいですか?」
「ああ、いいよ」
「美智さんってタチですか?ネコですか?」
「君がそういう言葉を知ってるなんて驚きだな」
「私だってそれなりに年齢を重ねているんだから、それくらいは知ってます」
「それにしても、いきなりそういうこと聞くかな?」
「だって美智さんがネコだったら、私どうしていいのか分かりませんから」
「なるほど。交際を真面目に考えてくれてるってことなんだ。…タチだよ。タチだったら交際してくれるってことでいいのかな?」
「本当にタチですか?」
「えっ、疑うの?どうして?」
「何となく…女の勘ってやつです。…ま、いいです。タチってことにしておきましょう。それで私のこと、愛してくれてるんですよね?」
「ああ、もちろんだ」
「それじゃおつき合いお受けします。ただし…」
「えっ、条件があるのか?」
「今日これからその恰好のままデートしてください」
「えっ、このままで?」
「ええ、そうですよ。だって一緒にいて楽しくない人と交際なんてできないじゃないですか?もしかしてその姿で外出したことないんですか?」
「そんなこと、ないけど…」
「だったら問題ないじゃないですか」
「それにしても女装して、女性とデートなんて…」
「細かいことは気にしなくいいです。女どうしでもデートくらいします。まだうかがいたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なんだい?」
「話し方がずっと男性のままなんですけど、その格好をされても話し方は変えないんですか?」
「いつもは変えてるけど、今日は雅美さんにそのままを分かってほしいから、あえてこういう話し方をしてるんだ。いつもだったら女性の話し方をするのよ」
最後は女の声だった。
「女性の声も出せるんですね。でもその方が見た目と合ってますし違和感がありません。ずっと女性として話していただけませんか」
「いいわよ、あなたがそれでいいのなら」
「それじゃ最後の質問ですけど」
「まだあるの?」
「先ほど美智さんはゲイでタチだとおっしゃいました。ネコが女装するのは何となく分かるんですけど、どうしてタチの美智さんが女装されてるんですか?」
「それは…最初につき合った人のせいかしら。実は最初につき合った男性はネコだったんだけど、外に出かけるときは人目を気にして、男どうしで出かけるのを嫌がって、私に女装を強要したの。現実問題として、私の方が女装が似合ってたということもあったの。私も女性の服を着るのが嫌いじゃなかったし、いろんなファッションのひとつくらいと考えていたし、むしろ楽しかったし。その人と別れた後も、女装することはやめられなかった。女装することで、いろんな呪縛から逃げられるような気がしたし。今でも仕事が休みの日には、一日中この部屋で女装して過ごすの。そうすれば、また次の週も頑張れる気がするし」
「そんなに私に何もかも話して大丈夫なんですか?明日私がいろんな人に話すかもしれませんよ」
「雅美さんは大丈夫。私はそう信じてるから」
「まあ私はそんなことしませんけど…。でもそんなに信用していただけるほど、まだ知り合って時間が経ってませんよ」
「好きな人のことは信用するものよ。それに人を好きになるなんて時間は関係ないわ。雅美さんはどうなの?私のことを信用できる?」
「信用します。それに私は美智さんが男でも女でもどっちだっていいんです。男とか女とか関係なく美智さんという人とおつき合いするんですから」
「やっぱり雅美さんは私が思った通りの人だったわ。とても男らしい」
「それって褒め言葉ですか?」
「もちろんよ」
私たちは笑い合った。

「それじゃ約束通りデートに行きましょう」
「いいわよ」
伊東がヒールを履くと、180センチを超えた。
美人でスタイルがよくて、まるでモデルだ。
私はヒールを履いても170センチほどなので、伊東の引き立て役にしかならない。
街に出ると、予想通り周りの人たちに注目された。
「あの人たち、モデルじゃない?」
そんな言葉が聞こえてきた。
私たちはあえてそんな言葉を無視して、ショッピングなんかを楽しんだ。
女どうしだと相性は良さそうだ。

そして部屋に戻ると、すぐに抱き合って唇を重ねた。
「人から見たら、まるでレズみたいって思うでしょうね」
私はキスをしながら、伊東の下半身に手をあてた。
そこはしっかりと硬くなっていた。
私はスカートの中に手を入れ、下着越しにそれを握った。
「硬くなってる」
「身体は男だもん」
私は舌を絡ませながらペニスの先端を擦った。
伊東の手は私の胸を揉んでいた。
私たちはお互いの身体に愛撫しながらベッドに倒れ込んだ。
伊東は私の至るところを舐めながら服を剥ぎ取っていった。
気づいたときにはショーツ一枚にされていた。
伊東はまだ美智のままだ。
「美智も裸になって」
私に応えるように伊東は女装を解いていった。
私も自らショーツを脱いだ。

「ねえ、来て」
私は手を広げて伊東を誘った。
伊東は私のそばに来て下半身を見ていた。
女の私を抱くことに戸惑っているように感じた。
「やっぱり女性だとダメ?」
「いや、そんなことないよ」
そう言ってペニスを私の中に入れようとした。
しかしやや硬さがなくなっていたペニスはうまく入らなかった。
「やっぱり女性だとうまくいかないみたいね。それじゃ美智が横になって」
私は美智と上下を入れ替わった。
そして硬度を取り戻すべくフェラをしてあげた。
硬さが増したのを見計らって騎乗位で美智のペニスを迎え入れた。
「どう?女性の中でも感じる?」
「あ、ああ…うん…」
やはり女相手だとダメなんだと思った。
それでも今は二人で感じたい。
そう思った。
私は一生懸命腰を上下させた。
美智はなかなかイってくれなかった。
腰を動かすのも疲れてきた。
それでも必死に腰を動かした。
すると下から伊東が突いてくれた。
私は美智に突かれている。
そう考えることで、私は感じることができた。
美智の腰の動きが激しくなり、ついに美智が私の中で射精した。
女になって最高のエクスタシィを感じた。
彼の子どもを宿したかも。
女になって初めてそんな思いが浮かんだ。

それから2週間ほどは伊東と楽しい時間を過ごした。
しかしセックスはあれ以来ない。
気になっていたので、思い切って伊東に聞いてみることにした。
「ねぇ、美智って私以外にいい人ができたんじゃなくて?」
「そんなことないわよ。けど」
「けど、何?」
「私ってやっぱり男性が好きみたい」
そんなことは最初から分かっていた…気がする。
「…やっぱり。いくら私に男性性を感じるからって言っても私は女だもんね」
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいわ。…ねぇ、美智が本当に女性になれるとしたらなりたい?」
「性転換手術ってこと?」
「そんなんじゃないわ。魔法みたいなものよ。だから周りの人の記憶操作もできるし、子どもも産めるようになるかもしれない」
「えっ、本当に?」
「うん、周りの人の記憶を細工して、美智のこと、昔から女だって思わせることも簡単よ」
「そっちじゃなくて、子どもを産めるって話」
「本当の女性でも不妊の人はいるわ。そういうこともあるかもしれないから100%とは言えないけど、たぶん産めるようになると思う」
「本当?」
「だって私も魔法で女になったのよ」
「えっ、そうなの?だから私があなたのことを好きになったのね」
「たぶんそうだと思う。それで女性になりたい?」
「うん、すぐにでもなりたい!」

その日の夜、私は伊東を西野の部屋に連れていった。
そこにはあらかじめ呼んでおいた西野が待っていた。
「電話で言ったように、この人を女にして欲しいの。できる?」
「そりゃできるけど、この人ってうちの会社の偉いさんだろ?どうしてそんな人が」
「そういう細かいことは気にしない。サッサとやって」
「それじゃその辺りに座って。それでなりたい姿を想像して」
西野は以前のように呪文を唱えた。
以前の私のときのように伊東の姿がモーフィングのように変化していった。
そして伊東は女の身体になった。
「ふぅ、これでいいかな」
伊東は服の上から自分の身体を点検している。
胸の膨らみを揉んだり、股間の辺りを触ったり。
「本当に女になってる…」
そう呟いた。
「ねえ、鏡はないの?」
「あるわよ、ほら」
私は伊東にコンパクトを差し出した。
伊東はコンパクトの鏡で自分の顔を見ている。
「何となく少し印象が変わったような気がする」
「そうね。あまり変わってないようだけど、ちゃんと女性の顔になってるわね」
「うん、そうよね。嬉しい…」
「今日から直道さんは正真正銘、伊東美智よ。部屋も女性の部屋になってると思うし、会社でも伊東美智専務になってるはず」
「本当に?」
「ええ、たぶん…」
「あ、ありがとう!」
そして伊東は慌てたように立ち上がった。
「行きたいところがあるの。すぐに行っていい?」
「もちろんよ。がんばって!」
伊東は部屋を飛び出していった。
あとに残された私と西野は驚いたように顔を見合わせていた。

次の日、伊東の指には見たことのない指輪がはめられていた。
以前から気になっていた男性に告白し、そのまま抱かれたそうだ。
初めてのセックスは驚くほど痛かったとなぜか嬉しそうに話してくれた。
私のときは最初から感じたけど、いろいろと個人差があるようだ。
痛みはあったが、処女を彼にあげることができた喜びが大きかったとも言っていた。
破瓜の痛みを経験した美智のことを私は羨ましいと思った。
しかも初めての経験が愛する男性だなんて。
女性としては羨ましい限りだ。

考えてみれば、私は女性として初めて交際した男を女性に変えてしまったのだ。
そしてダメ部下の西野と相変わらず半同棲生活をしているという有様なのに。
西野は私以外の女性ともつき合っているようだった。
本人はバレていないつもりのようだが、バレバレだ。
男の嘘なんて本当に分かりやすい。
自分が女になって痛感していることだ。
それにしても私は女性としてついてないのかもしれない。
私を女に変えた憎き男に犯され、そんな男と腐れ縁のように同棲しているなんて。
やっとつき合った男は、今は女になり女としての幸せを手に入れようとしているのだ。
それにひきかえ、この私は…。

悪いときには悪いことが重なるものだ。

ある朝、ご飯が炊ける匂いで吐き気を催した。
原因はすぐに思い当たった。
私は体調が悪いので休むと、会社に伝えた。
そして病院に行き、私の考えが当たっていたことを確認した。
私の中に新しい生命が宿っていたのだ。
魔法で女に変えられた私が妊娠できるなんて。
意外にも私の動揺は少なかった。
それよりも新しい生命が自分の体内にいることを嬉しく思えたのだ。
すでに母性が目覚めているのかもしれない。

部屋に戻って、西野にそのことをLINEした。
何も返ってこなかった。
夜になっても西野は姿を現さなかった。
いくらLINEを送っても、既読すらつかなくなった。
愛情のないセックスだけのつき合いだったから、大したショックはない。
そう思った。
なのに何とも言えない寂しさがこみ上げてくる。
私はどうにも堪えきれず涙があふれ出た。

西野は次の日会社を辞めた。
人事に退職願を出し、そのままどこかに去っていったとのことだ。
きっと私の前には姿を現しづらかったのだろう。

私は会社の帰りに西野の部屋に寄ってみた。
しかしそこはすでにもぬけの殻だった。
ただ絨毯はそのまま残されていた。
下に敷かれていた紙を取り出し、破いた。
しかし何も起こらなかった。
私は女のままだった。

妊娠月数が進んでくると、当然お腹が目立ってくる。
私が妊娠していることは誰の目にも明らかになってきた。
どんなに鈍いおじさん社員でも私が妊娠していることは一目瞭然になったはずだ。
そして独身のまま妊娠したことに対し、様々な陰口を言われているようだった。
特に父親が誰かということが話題になっているらしい。
そんなことは何となく耳に入ってくるものだ。

私は泉部長に産休取得の依頼に行った。
「泉部長、来月から産休を取らせていただきたいのですが」
「ああ、そうだな。もちろんいいよ。それで産んだら仕事はどうするんだ?」
泉部長は私の方に視線を向けることもなく言った。
「産休が明けたら、また頑張らせていただきます」
そう言った途端、不機嫌そうな顔を向けてきた。
「子育てしながら営業できるほど営業って甘いもんじゃないだろ。人事か経理にでも異動できるようにしてあげようと考えていたんだが」
その言葉にムッとした私は反射的に答えてしまった。
「えっ、それって出産するから仕事を変えろってことですか?」
「いや、そんなふうに考えてほしくないんだが。ただ産まれてくる子どものために少しでも負担の少ない仕事の方がいいんじゃないかという私の提案だよ」
さすがに今時出産を理由に異動を迫ったことが知れるとまずいと思ったのか、妙に優しい声で言った。
「…分かりました。考えておきます」
「ああ、ぜひ考えておいてくれよ」
白々しい空気を残して、私は泉部長のもとを離れた。

部長にとっては子どものいる女なんかが部下にいること自体が鬱陶しいということなんだろう。
子どもを産んだ女は家庭に入るべきだとか考えているのかもしれない。
きっと奥さんにも専業主婦という立場を押し付けているのだろう。
そんな専業主婦の奥さんに完全に尻に敷かれていて、その腹いせに会社でああいった態度をとっているのかもしれない。
決して人事とか経理にいくのが嫌なわけではない。
いろんな仕事をするのは自分の成長にもプラスになるのだろうと思う。
しかし、こんなおっさんの言われるままに異動するのは絶対にくやしい。
意地でも営業にこだわってやるんだ。
そして子どもがいても営業はできるんだ。
そう証明した上で、人事か経理に異動するのもいいかもしれない。
私はそう考えた。

産休が始まって家で過ごしていると、すぐ伊東がやってきた。
「どうしたの?彼氏と喧嘩した?」
「うん、私って異性とはダメみたい。女になったらなったで、女性ばかりに気がいっちゃって」
「えっ、まさかそれで彼と別れたの?」
「うん、そう」
「それでまた私と?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど」
「それじゃそういうことで、私の部屋に来てよ」
そういうことで私が伊東の部屋に転がり込むことになった。
伊東との同棲生活が始まったのだ。

伊東の部屋に行くと、伊東が急に真面目な表情になった。
「雅美のところに来たのはプライベートだけじゃなく、仕事のことも相談したくって」
伊東が言うには、女になってから自分の意見が軽んじられると感じることが多くなったそうだ。
はっきりとは言わないが、女が何を言ってやがるという雰囲気がプンプンするのだそうだ。
それでこんな形だけの女性登用とか言っている男尊女卑な会社なんか見限ってしまおうと考えているのだそうだ。
そして女性が活躍できる会社を起業しようと言うことだった。
伊東が考えている会社というのは、伊東や私の営業ノウハウを活かしたマーケティングコンサルタントの会社だ。
私は即座にその話に乗ることに決めた。

そうと決まれば、産休とは言え今の会社にしがみついていたくなかった。
翌日会社に退職願を出しに行くことにした。
落ち着いて考えれば産休のままで様子見して、新会社が無理そうならば、何事もなかったかのように復職する道もあるにはあった。
しかし私の中ではあの泉部長の言葉がひっかかっていたのだ。
戻ったところで、意に沿わない仕事をすることになるかもしれない。
変に意地を張って、無駄な軋轢に苦しめられるかもしれない。
いずれにせよ、今の会社には自分の存在場所が思い浮かばないのだ。
産休をとって、育休までとっているうちに、自分の戻る場所はまったくなくなっているとしか思えない。

新会社には未来があるが、今の会社には未来を感じられない。
新会社に過度な期待を持ち過ぎているのかもしれない。
でもそれでいいのだ。
希望を持つことができる職場こそ自分の力を試すことのできる場所なのだ。
そう思ったから、翌日朝一番に会社に行き、退職願を出した。
泉部長が「その方が君にとってもいいだろう。もちろん産まれてくるお子さんにとってもな」としたり顔で言ったのがむかついたが、もう顔を合わすこともないだろうし、あえて何も言わなかった。
所詮、こんな親父とは価値観が違うのだ。

すぐに戻り、新会社の準備にとりかかった。
伊東とともに働けることは私にとってすごく大きかった。
それだけでやる気が倍以上に増えるような気がした。
そして伊東と毎晩のように会社の未来を語り合った。
仕事だけでなく、女どうしの友情なのか愛情なのかよく分からないものも深め合った。
とにかく毎日が充実しまくっていた。
私は出産前日まで起業準備に奔走するほど頑張ることができた。

子どもが産まれた。
女の子だ。
奈緒と名づけた。
これは美智の元の名前の直道から名づけたのだ。

そしてDNA鑑定を受けた。
これは伊東の希望だ。
伊東には感じるものがあったのだろう。
そして伊東の予想通り、父親は伊東だった。

「奈緒には悪いことしちゃったわね。父親が女になっちゃって」
「でもそのおかげで今こうして私たちが一緒にいられるんでしょ」
「そうね。これからは二人で力を合わせて奈緒を育てていこうね」
「よろしく、パパ」
「パパじゃないわ、私はママよ」
「それじゃ私は?」
「雅美はお母さんでいいんじゃない。ママよりお母さんって感じだもん」
「お母さんとママか。奈緒は受け入れてくれるかな?」
「私たちが一生懸命に生きてれば、その姿を見て何かを感じてくれるんじゃないかな」
「そうよね。まずは私たちが奈緒に恥ずかしくないように生きることよね?」

それから私も美智も起業に子育てに頑張った。
まだ数人だが社員も雇った。
パートのような形態で働ける仕組みを作り、手伝ってもらっている人も数人いる。
そのおかげで徐々に会社も軌道に乗りつつあった。
多くの女性の力がひとつの形になりつつあるのだ。

人生の伴侶は同性の美智だ。
美智は時々私とのセックスを求めてくる。
私もそれに応じて美智を抱く。
でも私はそれだけでは物足りない。
だから私は時々男性との時間を持つようにしている。
そしてボーイフレンドとセックスする。
そんな一人にS社の井口部長も含まれている。
彼とのセックスはどういうわけか相性がいい。
避妊のためのピルを飲み、子どもは授からないよう注意していたが、

奈緒を産んで4年後、私に新たな生命が宿った。
父親は誰か美智は問い詰めてこない。
生まれてきたのは男の子だった。
薫と名づけた。
万が一将来自分の性を変えたいと思ったとき、少しでも違和感のないようにと考えてつけたのだ。

女性が普通に生きていこうとしても、結婚や出産や子育てなど男にはない苦労がある。
男だった頃にはそんなことは人生の単なるイベントくらいにしか考えてなかった。
しかし女性にとっては自分の人生を左右しかねない大イベントだ。
そして実際人生を左右してしまうのだ。
その折り合いに苦しむ女性が多い。
まだまだ社会の仕組みは女性のことを考えてない。
そんな仕組みを変えていくのは至難の技だ。
無理解な男性の責任も小さくない。
今の立場に疑問を持たない女性も少なくない。
そんな様々な問題に対し新たな働き方・生き方を模索し挑戦できていることが、自分が女性になった意味だと思う。

静かに眠る奈緒と薫と美智の顔を見ながら、女性になったことの幸せを、そして生き甲斐を感じていた。


《完》

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