悪戯の顛末



ボクと裕二はいつものように裕二の部屋でゲームをしていた。
「なあ遼一、男って損だよな?」
裕二が急にそんなことを言い出した。
「何が?」
何を考えてるんだ、こいつは?
そう考えて、ボクはそう言った。
「男って自分で努力しないと金持ちになれないじゃん。それに比べると、女だと金持ちに見初められたら、それだけで金持ちになれるし。ちょっと可愛かったら男から奢ってもらえたり、いっぱいプレゼントもらえたりするらしいし」
「そういう意味なら、男でも逆玉っていう可能性はあるじゃないか」
ボクは冷静に切り返した。
裕二の妄想になんかつき合ってられない。
しかし、裕二はボクの切り返しをスルーした。
「それに映画やいろんなところでレディースデーとかあって、今の世の中、女に有利なようにできてると思わないか?」
どうしても女が有利だとしておきたいらしい。
ボクは少しだけ裕二につき合ってやることにした。
「そう言われればそうだけど、女は女で大変だと思うけどな。美人の女はまあいいとして、そうでない女は人間以下の扱いされるだろ、特に若い間は」
「でも綺麗な女なら絶対今の世の中得だ、だろ?」
「まあ、綺麗な女は得かもな、確かに」
「だろだろ!」
話に乗ってやると、何となく嬉しそうだ。
何を考えてるんだろう?
「で、何でそんなこと言い出したんだ?」
「へへへ、じゃーん」
裕二は一枚の写真をボクの前に出した。
その写真には一人の女の子が写っていた。
「へぇ、可愛い女の子じゃん。誰、この子?」
裕二はニヤニヤしながら自分を指さして言った。
「オレ」
ボクは少しの間、裕二の言葉の意味が理解できなかった。
そう言えば、写真の女の子の顔は裕二の顔に似てる。
いや裕二の顔だ。
「えぇぇ、この子がお前?」
ボクは写真の女の子をジッと見た。
やっぱり可愛い。
裕二だと知った今でも可愛いとしか思えない。
それにしてもどうして…。
「どうしてこんな格好したんだ?」
ボクは素直に疑問を口にした。
「姉貴とさっきみたいな話してたらさ、『じゃあ、アンタ、女の子してみる?』ってことになって女装させられたんだ。そしたら自分でもびっくりするくらい可愛くなってさ。ホントびっくりしたよ」
「うーん、この写真の女の子がお前だって分かってもやっぱり可愛いとしか思えないよ」
「だろ?だろ?」
「うん、まあな」
「でさ、お前もオレと似た感じじゃん。だからお前も女装したら可愛くなるんじゃないかなぁって思って」
何を言い出すかと思えば、突拍子もないことを言い出した。
「やだよ、ボクは。そんな趣味はないし」
ボクは本気で断った。
しかし裕二はしつこかった。
「まあそんなこと言わずに。洒落だと思って一回やってみようぜ。実は今度の日曜に姉貴にまたやってもらうよう頼んでるんだ。そのときにお前も連れて行くって約束してあるし」
「そんな約束、勝手にするなよ。ボクは絶対やだからね」
「そんなこと言わずにさ。ちょっとした青春の思い出ということでやってみようぜ」
「絶対にやだ」
「お前も意外に頑固だな。意外とそういう趣味があって見破られるのが怖いとか」
「な…何だよ、それ!そんなことは絶対にない」
「なら1回くらいいいじゃん。あんまりムキになって断ると逆にあやしいぞ」
「何だよ、それ。普通、女装なんか嫌がるだろ。ボクは普通なんだよ」
「とか何とか言って、そこまで嫌がるのはおかしいぞ。人には変身願望があるって言うじゃん。だから普通の人間なら1回くらいだったら、引き受けるもんだと思うな」
「何だよ、それ。ムチャクチャな理屈だと思わないか」
「全然。お前の言うところの"普通"ってやつだろ?お前、やっぱり、陰で女装してるんじゃないか?だから必要以上に嫌がってるんだろ?」
「そんなことないって。そこまで言うんならやってやるよ。ただし1回だけだぞ」
「ああ、1回だけでいいって言ってるだろ。それじゃ約束だからな」
結局ボクは次の日曜に裕二の家に行くことになった。

日曜日、ボクは約束通り裕二の家に行った。
「いらっしゃい、篠山くん。うちのバカ弟に乗せられて本当に来たのね」
「こんにちは、お姉さん。お手柔らかにお願いします」
「やるからには私は本気で行くからね、覚悟してて」
「ははは、よろしくお願いします」
ボクは裕二の部屋に行った。
「よっ、遼一。準備しておいたぞ」
机にはピンクのTシャツとデニムのミニスカート、それにブラジャーとガードルが置いてあった。
「これ着るのか?」
「この前のオレが着てたのよりおとなしめにしておいたんだぞ、感謝しろ」
「感謝しろったってブラジャーまではしないでいいだろ?」
「馬鹿か、お前は。胸の膨らみのない女なんて魅力も何もないだろ。ブラジャーは女装の必需品だ」
「そうは言ってもなあ」
ボクはブラジャーを摘むように持ち上げて言った。
「ブラジャーの中にはティシュでも丸めて入れとけばいいから」
ボクはパンツ1枚になって、ブラジャーをつけた。
胸が締め付けられる感じがする。
ちょっと苦しかった。
「オレのときはティシュ10枚ずつくらい入れておいたらちょうどいい感じになったぞ」
「じゃあ同じだけ入れとこうかな」
ボクはティシュを10枚数えて取って、左側のカップに入れた。
そして右のカップにも同じようにティシュを詰め込んだ。
「おお、胸があるのってこんな感じなんだ」
ボクは両手でブラジャーを下から持ち上げるようにした。
「このガードルはトランクスの上から穿いたらいいのかな?」
「ああ。チンコの膨らみを抑えるためのものだから」
ボクはガードルを穿いた。
幸いにもボクのペニスはそれほど大きくない。
なのでガードルを穿けば、前の部分はほとんど目立たなくなった。
「こんな格好しても全然腰のくびれがないと全然女に見えないね」
「まあそれは仕方ないだろ」
ボクはTシャツを着て、スカートを穿いた。
Tシャツはいつも着ているものより身体にフィットする感じが強かった。
女の子はボディラインを出すためにこんなTシャツを着ているんだ。
スカートは何となく頼りない感じだ。
そう感じた。
残念なことに、スカートからのびる脚には臑毛が生えている。
男が女装しているんだとばればれだ。
「どうもボクの女装はうまくいかないような感じだね」
ボクは正直な感想を言った。
「まあ結論は姉貴に化粧してもらってからにしろよ。それじゃあ姉貴の部屋に行こう」
「ここでするんじゃないの?」
「オレの部屋に化粧品を持ってくるより、オレたちが姉貴の部屋に行った方がいいだろ?」
「確かにそりゃそうだな」
ボクは裕二の後にしたがった。

「姉貴、入っていいか?」
裕二は返事を待たずに、部屋に入っていった。
「お邪魔します」
ボクは生まれて初めて異性の部屋に入った。
しかし、その理由が女装のためというのは何とも情けない。
ボクは心の中で苦笑いを浮かべていた。
「篠山くん、なかなか可愛いじゃない。これだとバカ弟より美人にできそうだね。じゃあそこの鏡の前に座って」
「はい」
ボクは言われるままに鏡の前の椅子に座った。
「まず前髪を上げるわね」
ボクの前髪は何本かのピンで上げられ、おでこが全部見えるようになった。
「最初に眉毛をちょっとだけ抜くから、我慢してね」
裕二のお姉さんの顔がボクに近づいてきた。
性格はどちらかというと男性的な感じなのだが、見た目はなかなか美人の女性だ。
さすがにボクはドキドキした。
そして自然の反応で、ペニスが大きくなった。
しかし、ガードルのおかげでお姉さんに気づかれることはなさそうだ。
気持ちの上では楽だった。

裕二のお姉さんは何本かの眉毛を抜いた。
「ちょっと鋏を当てるから目を閉じてて」
ボクは言われるままに目を閉じた。
だから、具体的に何をされているのかは分からなかった。
それでも目蓋の向こう側で裕二のお姉さんの手が動いているのは分かった。
「いいわよ、目を開けて」
ボクは目を開けた。
特に大きな変化はなかった。
ホッとした。
「ずっと女の子の格好するわけじゃないでしょ?あんまり細くすると、普通のときに困ると思ったんで、形を整えるくらいしか触ってないわよ、ご心配なく」
お姉さんにはボクの心の中が見えるようだ。
そう言われれば眉毛が少し細くなったようだ。
「それじゃあ、最初に化粧水でちょっと肌を落ち着かせるわね」
お姉さんはちょっといい匂いのする液体を含ませた綿でボクの顔をパタパタと叩いた。
ひんやりとして、気持ち良かった。
顔の脂が抑えられていくような感じがした。
少し間を置いてから、チューブから液体状の肌色のクリームを出して、僕の顔に塗った。
「これはファンデーションね。肌を綺麗に見せるためにつけるの。変に白くするといかにも化粧してますって感じになるからできるだけ薄くのばすのが大事な点よ」
お姉さんは念入りにボクの顔にファンデーションをのばした。
「篠山くんはあまり髭が濃い方じゃないけど、念のためもうちょっとつけとくわね」
お姉さんはパウダー状のファンデーションを顎と鼻の下につけた。
「それじゃまず眉毛からね」
次にピンクのアイシャドーをつけた。
ビューラーを取り出し、ボクの睫毛を挟んで上にカールさせた。
これだけで結構目が女の子っぽくなったように思えた。
鼻にハイライトを入れた。
頬にチークを入れた。
最後に口紅をつけた。
リップペンシルで輪郭をはっきりさせ、リップグロスをつけることにより唇に輝きを出した。
化粧が一通りできるとウイッグをつけた。
肩より少し長めで、少し髪の先にウエーブのついたものだった。
「はい、出来上がり。どう、なかなかでしょ?」
ボクは目の前の自分のあまりの変身振りに驚いて、言葉も出ないくらいだった。
「どうしたの?あまりにも美人になりすぎて驚いた?うちのバカ弟でさえ、あのレベルになったんだから、篠山くんとしてはこれくらい当然でしょ」
「これがボク?」
「うーん、その格好で『ボク』って言われると、ちょっと"萌えー"かもね」
鏡の中には美人で、可愛くって、ちょっとだけ釈由美子に似ていて(釈由美子ファンが聞いたら怒るかも)、本当にこんな女の子がいたら思わず抱きしめたくなってしまいそうな、ボクの大好きなタイプの女の子が映っていた。
ボクは全身の映る鏡の前に立った。
全身を見ても女の子で通用するような気がするくらい、綺麗だと思った。
それだけにちょっとした脛毛とかが残念だった。
ボクが自分に見とれているうちに裕二の女装も完了した。
「じゃあ、二人で女の子を楽しんでね」
ボクと裕二は裕二の部屋に戻った。

いつもだったら胡坐を組んだり、寝転がったりしていた。
しかし、今日はベッドに腰掛けて座った。
しかも、座るときにはお尻に手を当ててスカートが皺にならないように気をつける程だ。
座ったときには膝をつけて内股になっていた。
話し方はもちろん女の子モードだ。
「ねえねえ、名前どうする?私は自分の名前から『ゆう』っていう名前にするね、漢字はね、理由の"由"に、宇宙の"宇"で『由宇』。いいでしょ?あなたはどうする?」
「うーん、ボクはあんまり考えてなかったけど、名前そのままで『遼子』でいいよ」
「じゃあ私が由宇で、あなたは遼子ね。じゃ、早速提案なんだけど、私たちってそれなりに可愛いじゃん。外に行かない?」
「確かに可愛いと思うけど、大丈夫かな?」
「遼子ったら私がちゃんと女の子の言葉で喋ってるんだから、つきあってよね」
「分かったよ、じゃなくて、分かったわよ。これでいいんでしょ?」
「で、行く?」
「もうちょっとこのままで考えさせて。今はまだ勇気が出なくって」
「いいわよ」
それからボクたちは女の子言葉で世間話をした。
1時間ほど話をしてから裕二が言った。
「そろそろどうするか決めた?」
「やっぱり今日はやめておくわ。その代わり提案なんだけど、水曜日って映画がレディースデーで1000円で見れるじゃない?その日に二人で映画見にいかない?」
「それ、面白そう。うん、やろうやろう」
ボクたちは3日後に女装外出することを決めた。


作戦決行の日が来た。
ボクはあの日から完全に気持ちが女装一色になっていた。
より完璧な女装を実現すべくまさに血のにじむような努力をしていたのだ。
まず無駄毛のために女性用のシェーバーを買った。
毛根から抜くタイプのもので、インターネットで評判の良い物を選んだ。
買ったその日から無駄毛の処理をした。
日頃運動しないため筋肉があまりついていないし、テレビゲームばかりしていたので色も白いから、結構綺麗になった。
毎日無駄毛剃りをして、その後に化粧水をつけて肌のケアも怠らなかった。
また女の子の声を出せるような方法をインターネットで探し出して、練習した。
努力が実を結び、それなりに女の子の声を出せるようになった。
さらにインターネットで見つけた女の子の股間の作り方を実践した。
まず、睾丸を体内に押し込んだ。
テーピングのテープに穴を開けて、そこにペニスの先っちょを入れた。
それをお尻の方に引っ張ってペニスを股間に隠すようにテープをお尻に貼り付けた。
袋をペニスの下から引っ張り出して、ペニスを巻くようにしてテープで固定した。
これが脚を閉じると、それなりに割れ目に見えるのだ。
ボクは臑毛や脇毛はもちろん、ペニスの部分の毛も綺麗に抜いておいた。
割れ目を確かめるためだった。
ボクはできあがった女の子の股間を確かめた。
パッと見は本当に女の子の股間のように見えた。
と言ってもインターネットで見たことがあるだけで、実物は未だに見たことはないのだが。
ともかく少なくとも男の股間には見えなかった。
ボクは出来上がりに気を良くして、ショーツを買って、そのショーツを穿いて月曜・火曜を過ごした。
この方法の良いところはこの状態でおしっこができることだ。
もちろん、便座を下ろして女の子のように座ってしないといけない。
しかし、実はこの点もなかなか良いポイントで、本当に女の子になったような錯覚になり、自然と女性っぽい仕草ができるようになれる(ような気がする)。
気をつけないといけないのは大きい方をしたときで、下手に拭くとウンチがペニスの先っぽについてしまうことくらいだった。
しかし慣れると案外支障なく用をたせるようになった。

ボクは裕二の家に行った。
裕二はすでに女装していた。
部屋にはこの前と同じ服が用意されていた。
「今日はガードルはいいよ」
「いいって…これがないと前が膨らんじゃうだろ?」
「それがね……ジャーン」
ボクはズボンを脱いで、ショーツを見せた。
「これってどうなってるんだ?」
「へへへ…切っちゃった」
「切っちゃったってチンチンをか?」
「うん、そう」
「そんなわけないだろ。どうなってるんだ?」
「見る?」
「うん」
裕二は唾を飲み込んだようだった。
ボクはゆっくりとショーツを腿のところまで下ろした。
「えっ、毛を全部、剃ったのか?」
「うん、だって手術したんだもん」
ボクは割れ目を指差した。
「う……嘘だろ?」
「それからね……あたし、ホントは女の子だったんだ♪」
ボクは練習した女の子の声で話した。
「すっげぇ。本当に女みたいだ。……やっべぇ、立ってきた」
裕二はスカートの上から自分の股間を押さえた。
「いたたたた。ガードルの中で大きくなったら結構痛い」
ボクは裕二に種明かしをした。
インターネットのホームページも教えてやった。
裕二は真剣にそのページを見ていた。

ボクはガードルの残して、女の子の服を着てから、お姉さんの部屋に言った。
「お姉さん。入ります」
ボクは女の子の声で言って、ドアを開けた。
「なあんだ、篠山くんか。バカ弟に彼女でもできたのかと思った」
「今日に備えて女の子の声を出せるようにインターネットで調べて練習したんです。ちょっとすごいでしょ?」
「なんかホントに女の子みたいだね。無駄毛も綺麗にお手入れできてるみたいだし。お母さんとか何も言わない?」
「大丈夫ですよ、両親とも働いてるんで、昼間は全く顔を合わせないし、朝晩も滅多に顔を合わすこと、ないっすよ」
「そうなんだ。それにしてもそこまで一生懸命にやってるんだったら、私も気合入れて、お化粧してあげるね」
「お化粧の方法も教えてもらえますか?次から自分でやりたいし」
「ホント気合入ってるわね。マジでニューハーフになるじゃないでしょうね」
「うーん、今はそのつもりはないけど、これからは…分かりませんね」
「もしそうなったら、篠山くんのお母さんに謝んなきゃ、ね」
「ははは、多分大丈夫ですって」
「多分?ちょっとは危ないってことね」
「あっ、そういうことになりますね」
化粧のやり方を一つひとつを教えてもらいながらお姉さんに化粧をしてもらった。
今日の化粧の方がこの前の化粧より綺麗だった。
髭の処理が完璧だったせいかもしれない。
それともたった数日ではあったが、お肌の手入れがよかったせいかもしれない。


準備完了!
ボクと裕二はお姉さんから借りたミュールを履いて外に出た。
すれ違う人は特に怪しんでいる様子はない。
女性からはほとんど無視される。
一部の女性からはファッションチェックをするように服を一瞥する。
男性は必ずボクたちの顔を見る。
それから脚から頭の先を舐めるように見てくる。
胸で視線が止まる奴もいる。
彼らの考えていることが分かるだけに何となく面白かった。
彼らの頭の中でボクたちは裸にされているんだと思う。
ホントの女の子でもないのに。
ボクたちと視線が合うと、間違いなく慌てて逸らす。
ボクは"見られる"快感を感じていた。
裕二を見ると、彼も同じように感じているようだった。

「由宇、あたし達、結構注目されてるんじゃない?」
ボクは小声で裕二に言った。
「当然じゃない、こんな美人が並んで歩いてるんだから」
裕二は自信を持って歩いていた。

ボクたちは目的の映画館にやってきた。
Mission Imposible III だ。
今日はレディースデーと銘打って、女性だけ1000円で映画を見ることができる。
ボクと裕二はチケット売場へ向かった。
「すいません、ミッションインポシブルスリー、女性2枚、お願いします」
ボクは千円札2枚を出した。
何も問題がなかったようだ。
目の前にチケットが2枚出てきた。
「やったね」
ボクはチケットを取り、裕二にウインクして1枚渡した。

映画が終わった。
ボクたちは近くの喫茶店で休憩していた。
「ねえ、これからどうする?」
裕二が聞いてきた。
「あたしね、服を買いたいんだけど、付き合ってくれる?」
「服って女の子の?」
「当たり前じゃない」
ボクは次に備えていろんな服を買っておきたかったのだ。
ボクと裕二はデパートのレディースのフロアに行き、いろいろと見て回った。
女の子の買い物は時間がかかる。
それは自分が女の子になっても同じだった。
服だって男と違って、いろいろな形があって、いろいろな色があって、見てるだけでも楽しい。
あっという間に時間が過ぎていった。
結局、ボクはライトブルーのキャミソールとカーディガンのアンサンブル1組とミニのオフホワイトのフレアスカートとブルーのサンダルを買った。
今日のボクたちは手ぶらで出てきてしまったけど、街ですれ違う女の子たちは必ずバッグを持っていた。
それに気がついたボクはそれほど高くないショルダーバッグも買った。
それにしても、慣れないミュールで2時間近く見て回ったので脚が疲れてしまった。
ボクたちはどこかで食事しようということになった。
「どこで食べる?」
「この格好じゃいつものようにラーメン屋ともいかないよね?」
二人で迷っていると声をかけられた。
「彼女たち、時間ある?」
ボクたちがナンパされている?
「これから食事して帰るとこ」
女の子の声が出せるボクが答えた。
「俺たちもメシ食おうとしてたとこなんだ、一緒に行かない?男二人より綺麗な女の子と一緒の方が楽しいからさ」
「ええっ?どうする、由宇?」
「私は普通に喋れないから」
裕二はボクに聞こえるくらいの小声で言った。
「そっか、そうだよね」
ボクも小声で答えた。
「ごめんね、友達がどうしても帰んなきゃいけないの」
「そんなこと言わないでさ、一緒に行こうよ」
「ホンット、ごめんね」
ボクたちは急いでその場から移動した。
「もう食べないで帰ろうよ」
ボクはそう提案し、家路を急いだ。
裕二の家に着くまでにさらに2回声をかけられた。

裕二の家に着いてもしばらく女の子の服を着たまま喋っていた。
「あのまま誘いに乗ってたら食事くらい奢ってもらえたかな?」
「そりゃそうじゃない?女の子を誘っておいて割り勘はないでしょ?」
「また来週もやる?」
「週末にしない?それまでには私も女の子の声を出せるように練習しておくから」
ボクたちは女装の楽しさにすっかりはまってしまっていた。

その週の土曜日にボクたちはまたしても女装外出を敢行した。
ボクは裕二の家に行かずに、自分の家から女の子モードで外出した。
この前に買ったライトブルーのキャミソールとライトブルーカーディガンのアンサンブルを着た。
それにオフホワイトのミニのフレアスカートを合わせた。
コンビニで揃えた化粧品をショルダーバッグに入れて肩から提げた。
ボクはブルーのサンダルを履いて、外に出た。

ボクは真っ直ぐ裕二の家に行った。
「おはよう、由宇。声の調子はどう?」
「うん、まあまあ、でしょ?」
裕二の声はちょっとハスキーだが、それなりの女の子の声に聞こえるようになっていた。
「じゃあ、今日はどうする?とりあえず渋谷に行かない?」
ボクたちは電車に乗って、渋谷に行った。
渋谷に着くと、丸井やロフトでウインドウショッピングを楽しんだ。
二人とも普通に話せると店での会話も弾む。
アッと言う間に時間が過ぎ、何も買わないうちにお昼時になってしまった。
ボクたちはロフトの近くのスパゲティ屋に入った。
店内は混んでいた。
ボクたちは男性二人(ボクたちも"男性"二人なんだけど)と相席になった。
相席の男性のことは気にせずボクたちはこれからの計画を話していた。
「ねえ、これからどうする?」
「私は特にもう行きたいとこないけど、遼子は?」
「道玄坂のお店に行きたいところがあるんだけどいい?」
「何か買うの?」
「買うかも。でもあんまりお金はないけどね」
ボクたちはスパゲティを食べて、道玄坂に向かった。
お金がないボクたちはウインドウショッピングくらいしかできなかったが、道行く男性の視線が楽しくて、わざと大きな声で注目を浴びるように話していた。
恋人と二人で歩いている男性もほとんど必ずボクたち二人に目をやる。
ウインクしてやると、顔を真っ赤にしている男もいる。
なかなか快感だった。
ボクたちは高そうなブティックのショーケースの前で相変わらず大きな声で話していた。
「このワンピース可愛いよね?」
「うん、遼子に似合いそうだね」
「でも、高いし」
「えっ、一、十、百、千、万、7万9800円!そんなにするんだ。これはちょっと無理ね」
二人で他愛もない話をしていると、突然後ろから声がした。
「それ、プレゼントしましょうか」
振り返るとさっきのスパゲティ屋で相席した男性二人が立っていた。
「そんな。こんな高いもの、いいです」
「その代わり、と言っちゃあなんだけど、今日一日俺たちとデートしてくれること」
「でも……」
「いいからいいから」
半ば強引にボクたちは店の中に連れて行かれた。
そこでさっき見ていたワンピースだけでなく、いくつかのアクセサリーも買ってもらった。
ボクだけでなく、裕二にも。
二人で30万円以上の出費になるはずだ。
渡された買い物袋を男性二人が持ってくれた。
「さてそれじゃどこに行こうか?何か予定あったの?」
「えっ、あの…」
「映画に行こうと思っていたの、ねえ」
返事に躊躇したボクに、裕二が助け舟を出してくれた。
映画だとあまり話さなくていいからボロも出にくいと考えたのだろう。
ボクはその意図が分かったので「そうなの。映画に行く予定なの」と答えた。
「映画って何を?」
「日本沈没に行こうかなって」
「じゃあ、一緒に行こうか」
ボクたちは映画館に行った。
あと20分ほどで次の上映が始まるタイミングだった。
「とりあえず映画を見る前に自己紹介しておこうか。俺が山口隆志。で、こいつが佐伯康之っていうんだ」
「佐伯です、よろしく」
「私は由宇で、こっちが遼子」
「ふーん、ゆうちゃんにりょうこちゃんか。フルネームは教えてくんないの?」
「……」
「まっ、いいか。女の子は少しくらい警戒しないとね。いつ狼に襲われるか分かんないもんな。俺たちが信用できる奴らだって分かったら教えてくれるかな?」
「ええ、いいわよ」
裕二は落ち着いて言った。
「それじゃ映画を見に行こうか」
ボクたちは男たちに挟まれる形で座った。
ボクの左隣は山口だった。
映画が始まると山口の手がボクの手を握ってきた。
(まあ、手をつなぐくらいは誰でもするよな)
とボクが思っていると、やがて太腿を撫でてきた。
ボクは変な気分になってきた。
股に押し込んだペニスが大きくなってきたようだ。
「ちょっと止めてください」
ボクは山口に小声で言った。
「いいじゃん、これくらい」
「止めないとフルネーム教えませんから」
「うーん、そうなると、俺たちのデートもこれで終わりってなるのか。それはちょっと困るな」
山口にはまだまだ余裕があるようだった。
太腿から手を離し、またボクの手に重ねてきた。
「手を握ってるくらいはいいよな?」
「それくらいなら別にいいです」
本当は男同士で手を握るなんてしたくないのだが、さっき高額な買い物をしてもらったこともあり、断りづらいのだ。
やがて映画が終わり、ボクたち4人は映画館から出た。
ボクと山口はまだ手を握った状態だった。山口が離してくれないのだ。
「おい、山口、映画の間にりょうこちゃんとそういう関係になったのかよ」
「映画館では手を握るのがお約束だろ?」
「ねえ、ゆうちゃん。俺たちも手をつなごうよ」
「私、手をつなぐのってあんまり好きじゃないの。だって汗でジトッてしてくるじゃない?腕を組んであげるから、それでいい?」
「もちろん!」
裕二は佐伯の左腕に両手を絡ませて歩き出した。
佐伯は振り返ってボクたちにVサインを送った。
可愛いやつだ。
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
山口はボクの手を握ったまま歩き出した。
ボクは大人しくそれにしたがった。
「ねえ、どこに行くの?」
ボクは山口に聞いた。
「どこって若い男と女が行くとこって決まってるじゃん」
「えぇっ!そんな…駄目です」
「駄目ですってどこだと思ってるの?もう夕食の時間じゃん。だからメシ食いに行くの?りょうこちゃんはどこだと思ったんだ?りょうこちゃんってそんな可愛い顔して意外とエッチだね」
「そんなことないです。だって山口さんが思わせ振りな言い方するから」
ボクは俯いて、山口と目を合わせずに言った。
「ははは、りょうこちゃんって本当に可愛いな。今まで付き合った女って、ほとんどずけずけ物を言ってたし、ちょっと仲良くなるとすぐタメ口になるのに、りょうこちゃんってそんな奴らとはちょっと違うみたいだな」

ボクたちは高級そうなフランス料理店に着いた。
そこで個室に通された。
「こんな高そうなところでいいんですか?」
裕二は佐伯に聞いた。
「いいの、いいの。山口ってさ、こう見えても、ちょっとした会社やってるんで、こういうのも交際費で落ちるから」
「ええっ、山口さんって社長さんなんですか?すっごーい」
裕二は若い女の子らしく驚いて見せた。
「会社って言っても社員は10人くらいの小さなもんだよ」
山口は謙遜して(?)言った。
「ビルをいくつか管理してやがるんだよ。実際の面倒な作業は下請けに出してさ、いい身分だよね。だからさ、遠慮しないでいっぱい食べていいんだぜ」
ボクたちは目の前に運ばれてきた料理を食べた。
料理としては知っているが、今まで食べた物とは全く違う美味しさだった。
「ゆうちゃんもりょうこちゃんも女の子とは思えないくらい、よく食べるね」
と佐伯に嫌味を言われても、ボクたちは料理をしっかり平らげた。
山口はほとんど食べている様子はなかった。
ボクたちが食べている様子を楽しんでいるようだった。
「じゃあ次に行こうか」
「ごめんなさい、私たち親が厳しいので10時までに帰らないと」
裕二が言った。
「大丈夫、ちょっと食後のアルコールだけつきあってよ、それくらいいいだろ?」
時間はすでに8時を回っていた。
これから帰っても9時くらいになってしまう。
「じゃあ1時間だけでもいい?」
「OK、OK。それじゃすぐ近くだから」
歩いて2分ほどのバーに行った。
「ごめんなさい、おトイレはどこですか?」
「そこの奥にあるんだけど、ついて行ってあげるよ」
「そんないいです」
「いいから、いいから」
山口はボクをトイレまで案内してくれた。
ボクは用を足すと、鏡に向かって化粧の具合をチェックした。
少し口紅が落ちているのが気になったので、口紅を付け直した。
トイレから出ると、そこに山口が待っていた。
「ありがとうございます、待っていていただ…」
ボクが言い終わらないうちに、山口がいきなりボクを抱きしめた。
そして荒々しく唇を重ねてきた。
(男にキスされてる)
ボクはそう思いながらも、それほどの嫌悪感を抱かない自分が不思議だった。
ボクは目を閉じて、進入してくる山口の舌を受け入れた。
「りょうこ、好きだ」
やがて口を離して、山口が言った。
「あたしは…」
ボクはそれ以上何も言えなかった。
「いいんだ、ごめん。今日会ったばかりなのに…。また会えるかな?携帯とか教えてほしいんだけど」
「ごめんなさい、あたし、携帯持ってないの?親がどうしても駄目だって言うから」
ボクは携帯を持っていたが、嘘を言った。
「そうなのか。じゃ来週の土曜の12時に今日と同じ渋谷で待ってるから、絶対に来てほしい。ずっと待ってるから」
「…はい、分かりました」
ボクたち4人のデートは終わった。

10時を過ぎたころにボクたちは裕二の家に着いた。
一日中、女装しての外出だったので二人ともクタクタだった。
ボクたちは買ってもらった買い物袋を床に置き、女装のまま床に寝転がった。
「疲れたな」
「ホントに」
「それにしてもあいつらすごかったな。女にあんなに金を使うなんて」
「今日だけで50万円くらい使ったんだろうね、よく分かんないけど」
「ぜったいやらせてもらえると期待してただろうな。オレがホントに女だったらセックスを武器に繋ぎとめておきたいくらいだ」
「そんな奴じゃないと思うよ、意外と紳士だったもん」
「遼一はあいつに何もされなかったのか?オレなんか映画館で太腿は触られるは、胸に手を伸ばしてくるわ、バーでお前たちがいなかったときにはキスまで迫ってきやがったぞ。気しょい奴だったぜ、佐伯は」
「山口はそうでもなかったよ、手は握られたけど」
ボクはバーでのキスの話は裕二には内緒にした。
話してはいけないことのように思えたのだ。

ボクは自分の家に戻った。
部屋に入り、すぐに山口に買ってもらったワンピースを着てみた。
鏡の中には上品な大人しげなお嬢様タイプの女性が映っていた。
ボクは山口にキスされたことを思い出しながら自分の唇に触れた。
何かがボクの中で変わっていた。

この経験で味を占めて、次の日からもボクたちは毎日のように女装した。
そして街に出て、言い寄ってくる男に食事やお酒を奢らせていた。
しかし、ボクは山口のことが何となく心にひっかかっていた。
楽しそうな裕二と違って、ボクのほうはもうひとつ気分が乗らなかった。


土曜になった。
ボクは朝から気持ちの高揚を抑えられないでいた。
ボクは裕二に今日は急用ができたので今日は一緒に出かけられないと電話を入れた。
この日のために人工乳房を5万円で購入した。
粘着ジェルで身体に直接人工乳房をくっつけ、ブラジャーをつけた。
ブラジャーを通して触った感じは本物の乳房のようだった(本物は触ったことはないが)。
ボクは1週間前に山口に買ってもらったワンピースを着て出かけた。
約束の12時よりも30分も前に渋谷に着いてしまった。
時間を潰そうと駅前の喫茶店に入ろうとドアを開けると、その店に山口がいた。
山口はすぐにボクに気がつき、軽く手を上げた。
ボクはまっすぐ彼の席に行った。
「よかった。俺、今日の約束がすっごく楽しみで11時過ぎには渋谷に来ちゃったんだ。1時間も待つなんてあんまり経験がないし、手持ち無沙汰だったところなんだ。りょうこちゃんも早く来てくれて助かったよ。それにしてもよく俺がここにいることが分かったね」
「あたしも早く着きすぎたんで、どこかで時間を潰そうと思って…。それで目にとまったこの店に入っただけです」
「そうなんだ、俺たちってきっと相性がいいんだよ。ところで、忘れないうちに、これ」
山口はポケットから携帯を取り出した。
「りょうこちゃんって携帯持ってないじゃん。携帯がないとなかなか連絡がとりづらいから、これは俺からのプレゼント。俺の電話番号とメルアドは登録済みだから、俺たちの連絡用に使ってよ」
「そんな…悪いです」
「いいからいいから。受け取ってもらった方が連絡が取りやすくって俺としても嬉しいからさ」
山口は満面の笑顔をボクに向けた。
「ありがとうございます。それじゃ遠慮なくいただきます」
「それじゃあ出かけようか」
ボクは山口の後ろにしたがった。
少し歩いた駐車場に山口の車が置いてあった。
山口の車はジャガーXKシリーズだった。
ボクは促されるままに助手席に乗った。
乗るときはお尻を先にしてスカートが乱れないようにした。
「どこに行くんですか?」
「デートの定番のディズニーランドに行こうと思うんだけど」
ボクは生まれて初めてディズニーランドに行った。
女の子と付き合ったこともなく、男だけでこういうところに行くわけもなく、ずっと行けず仕舞だったのだ。
ボクは女の子らしく振舞うことに気をつけながら、思いっきり楽しんだ。
一日の終わりにはボクは山口のことを『隆志さん』、山口はボクのことを『りょうこ』と呼ぶようになった。
ボクと山口は葛西臨海公園にいた。
山口の右手はボクの右肩にあった。
ボクは山口の身体に身を預けていた。
「りょうこ。そろそろフルネーム教えてくれるかな?」
「大久保涼子です。篠原涼子の涼子って書きます」
ボクは初恋の女の子の苗字を使った。
名前の漢字も嘘を言った。
そもそも遼子というのもいい加減な名前なのだが、本当の名前で使われている漢字を教えるのが躊躇われたのだ。
「大久保涼子ちゃんか。可愛い名前だね」
山口はボクの顎に手をかけボクの頭を少し上に向けた。
そして唇を重ねてきた。
ボクは腕を山口の背中に回し、舌を絡め合った。
山口の手が服の上からボクの胸を揉んだ。
「ダメッ」
ボクは慌てて山口から離れた。
「ごめん」
「…ううん、あたしこそごめんなさい。でももう少し待って欲しいの」

ボクと山口はそれから3回ほどデートを重ねた。
回数を重ねるうちに山口に抱きしめられたいと考える自分がいることに気づいた。
一方、そんな自分に恐怖すら感じていた。
ボクはこれ以上付き合いを続けるのが怖くなった。
もう連絡ができないように、山口からもらった携帯電話を捨てた。

山口との付き合いをやめてからも女装は続けた。
ボクは裕二と、時には一人で、街に出かけていたのだ。

ある日のことだ。
「おい姉ちゃん、この前、うちの坊ちゃんを馬鹿にしてくれたそうやな」
ボクは見るからにある筋の人に見える男たちに声をかけられた。
「何ですか、あなたたちは?」
「うちの坊ちゃんに飯奢らせて、高価なプレゼントも買わせて、渡した携帯に電話しても全然つながれへんらしいやないかい。舐めた真似しやがって。ちょっと顔貸してもらおか」
「こらっ、ケン。そんな言い方したらお嬢さんが怖がるじゃないか。すみません、口の利き方を知らないやつでして、許してくれませんか。山口隆志という男性をご存知ですよね?」
「ええ、まあ」
「実はあっしらの親分の息子さんなんですよ。もちろん、跡目はご長男が継がれることになっており、隆志坊ちゃんはきちんと堅気のお仕事をなさっていて、あっしらとは直接の関係はありません。ですが、その坊ちゃんが最近何となく元気がない。坊ちゃんはその理由は何もおっしゃいません。それで佐伯とかいうツレに聞くと、リョウコとかいう女に振られたらしい。しかし、正確には振られたというよりは連絡が取れなくなっているということだ。もちろん、坊ちゃんと言えども、男と女の色恋沙汰にいちいち口を挟むほどあっしらもヒマじゃありません。坊ちゃんはこれまで女を泣かせることはあっても、女に振り回される人ではありませんでした。そんな坊ちゃんを知ってる我々としては、振るにしても仁義を尽くしてほしいわけでして、たまたまあなたを見つけたので、お願いしている次第です。坊ちゃんのことを嫌いになったんならなったで仕方がありませんが、坊ちゃんにそれを伝えてやってもらえませんか。もちろんあなたがどう言ったとしてもあっしらがあなたに危害を加えることはありません。色恋は暴力で何とかなるもんではありませんのでね」
「分かりました。それであたしはどうすればいいんですか?」
「坊ちゃんに会っていただいて、あなたの気持ちを坊ちゃんに伝えてくれれば結構です」
ボクは二人の男に挟まれるようにして車に乗り込んだ。
車が都心に向かって20号線を東に走っているときだった。
急に車が横から出てきて、ボクの乗っている車が急停車した。
危うく衝突事故になりそうだったが、ギリギリ衝突は回避できた。
運転手はすぐに車から飛び出し、相手の運転手をボコボコに殴っていた。
ボクは急停止の拍子に前の座席で頭をぶつけた。
「痛い…」
ボクは頭に手をやった。
地毛に触れた。
(やばいっ!)
ボクは両手で頭にさわった。
ウイッグが大きくずれていた。
元に戻そうとしたが遅かった。
関西弁の男に見つかり、ウイッグを取られてしまった。
「兄貴、こいつ男ですぜ」
「何!本当か?」
さっきまで紳士的だった男がボクの服を引き裂いた。
ブラジャーに収まった人口乳房を見られた。
「こいつ、どこまで舐めてやがるんだ。どう落とし前つけさせたろか?とにかく組事務所に連れていけ」
紳士的だったのが一転し関西弁が顔を出した。
ボクは都内の雑居ビルに連れていかれた。
後ろ手に縛られ猿轡を噛まされて部屋の隅に転がされた。
「こいつニューハーフヘルスでも働かしたろか。とりあえず坊ちゃんに報告しとこう」
男は携帯を取り出してどこかへ電話した。
「坊ちゃんですか。マサです。実はリョウコってやろうを見つけまして。ところがですね、……」
マサと名乗った男は何やらボソボソと電話で話し、電話を切るとボクの方を見て、ニヤッと笑った。

マサがボクに近づいてきた。
「この世界でしくじったらどうなるか知ってるか?指詰めるんや。お前も坊ちゃんへの不義の落とし前をつけてもらうからな」
マサは小刀を持ってボクの顔の前で振ってみせた。
「指を詰めるのだけは勘弁してください」
「他のことやったらええんか?」
「はい」
「それなら」
マサは周りの連中を見渡しながらニヤッと笑った。
「それなら金玉取ってもらおか」
「えぇ?」
「それだけは許してください」
「さっき『指を詰めるのだけは勘弁してください』て言うとったやないか?男の癖に言うこと、コロコロ変えるな。って言うてもお前はおかまやから、しゃあないか」
ボクは許してもらえるかもと淡い期待をよせた。
「しゃあけど、お前は金玉を取るんや。ほんでオマンコ作って、ちゃんと坊ちゃんの女になってもらうんや、分かったか。坊ちゃんもそうしろって言ってたぜ」
マサは小刀でボクの頬を叩いた。
ボクは恐ろしさで何も言えなかった。
「もちろん、ちゃんとした医者にやってもらうから安心せえや」
ボクはハンカチのような布を口に当てられたかと思うと気を失ってしまった。

次に気がついたときには病院の手術室のようなところだった。
「気がついたか。せっかくの機会やから気ぃつくのん待っとったんや。これからお前の金玉、取ったるからな。ちゃんと覚えとけるように意識だけは残しといたるわ」
マサが白衣を着て、ボクの傍に立っていた。
ボクは叫び声をあげようとした。
だが、猿ぐつわをはめられており声を出すことができなかった。
「あんまり下手に暴れへん方がええで。余分なとこも切ってしまうかもしれんしな」
手術が始まった。
ペニスが引っ張られる感じを何となく感じた。
その後、身体の中の物が取り出される感覚を感じた。
「おら、これがお前の金玉や」
マサがトレイに転がったどす黒い2つの固まりをボクに見せた。
ボクはあまりのグロテスクさに吐きそうになった。
「言い忘れとったけど、今日から女性ホルモンの注射するからな。最終的には性転換までやってもらう。坊ちゃんのお相手ができるようになるのがお前の落とし前やから、頑張ってくれや」
その夜、ボクは泣いた。
睾丸を取られたせいか、女性ホルモンを打たれたせいか、情緒不安定だった。
泣き出すと止まらなかった。
こんなに涙が出るなんて自分でも信じられないくらいだった。
数日後、豊胸手術をされた。
ボクの胸は包帯が巻かれたいたが、その下に膨らみが存在しているのは疑いのないことだった。
ボクは毎日女性ホルモンを打たれていたせいで髭がほとんど伸びなくなっていた。
ペニスも勃起しなくなった。
肌がきめ細かくなっているような感じだった。

数日後、股間の手術をされた。
その結果、ボクの股間からはペニスも陰嚢もなくなった。
襞のある割れ目があり、男を迎え入れる穴ができた。
もう男ではなくなってしまったのだ。

退院すると、山口の実家に連れて行かれた。
そもそも山口はこの家には住んでいない。
しかしそれでは一人暮らしではボクの監視ができない。
そのため、わざわざしばらくは親元で暮らすことにしたのだそうだ。
結構大きな屋敷で、ボクは2階の6畳ほどの部屋に通された。
最低限の家具しかない殺風景な部屋だった。
ボクはそこでメイドの服を着せられた。
「お前は今日から坊ちゃんのメイドじゃ。ちゃんと坊ちゃんのことは『ご主人様』って呼ぶんやぞ」
メイドスタイルで山口の部屋に連れて行かれた。
「涼子、久しぶりだな。半年以上振りだな?随分綺麗になったじゃないか」
山口はベッドに腰掛けていた。
「ご主人様、よろしくお願いします」
ボクは深々と頭を下げた。
「そんな格好して、俺の召使いってわけか?それなら俺のちんこをしゃぶってもらおうか」
ボクは山口のズボンのチャックを下ろして、山口のペニスを取り出した。
しかし、どうしても口に入れる勇気は出なかった。
「すみません、許してください」
ボクは山口に謝った。
「ははは、いくら何でも無理だよな、何てったって"処女"だもんな。なら裸になって、オマンコの出来栄えを見せてもらえるかな」
ボクは俯きながら服を脱ぎ、ブラジャーとショーツだけになった。
「よし、後は俺が脱がせてやろう」
山口はブラジャーのストラップを肩から外した。
それから後ろに手を回し簡単にフォックを外した。
ボクのDカップのお椀型が山口の目に現れた。
ボクは慌てて両手で胸を隠した。
「そんな姿を見てると本当に女みたいだな。俺は本当の女だと思ってたんだけどな」
山口はボクのショーツを取った。
右手を股間に当てて隠した。
「そんな格好してたら見えないじゃないか」
山口はニヤニヤしながら言った。
ボクは俯いたまま、両手を下ろした。
「ほー、綺麗な胸じゃないか。尻はもう少し大きいほうが俺は好きだけどな」
山口はボクに近づき、乳首を摘まんだ。
「ぅんっ……」
ボクは声を出すのをこらえた。
「一端に感じるのか」
ボクは声を出さずに、なされるがままにされていた。
「それじゃベッドに仰向けに寝てもらおうか、膝を立てて」
ボクは言われるままに仰向けに寝て、膝を立てた。
山口からボクの股間が見やすくなった。
「綺麗なオマンコだな。とても作り物には見えない」
ボクは山口と視線を合わせないように顔を背けていた。
「機能はどうかな?」
山口は股間に手を伸ばした。ボクの割れ目に沿って指を動かした。
「痛い!」
山口の指がクリトリスにあたった。
「これがクリトリスなのか?触った感じもそのままだな」
山口はボクの割れ目を広げた。
「なかなか綺麗なクリトリスだな」
そう言って山口はクリトリスに舌を這わせた。
「んっ…あああ……」
「感じるのか。本当に女を抱いているような気になってきた」
大陰唇、小陰唇、膣口に指を這わせた。
「濡れてないな」
山口は女性自身に舌を這わせて、ボクのあそこを唾液でたっぷりと濡らした。
「中の具合を確かめてやる」
山口はズボンとパンツを脱ぎ、ペニスを取り出した。
ボクの新たに作られた受け入れることのできる器官にそのペニスをあてがった。
「それじゃ行くぞ」
そう言って、山口はペニスを一気に突き刺した。
「痛い!」
「入れた感じも女のものと変わらんな」
山口はボクの顔を見ながらゆっくりと前後に動かした。
痛みと違和感が身体を襲った。
ボクは声をこらえてシーツを握り締めていた。
10分以上突かれていただろう。
動きが激しくなり、それに伴い痛みが強くなった。
それとともに痛みとは別の感覚も湧き出てきた。
その感覚が何かが分からないまま、山口がボクの中で精液を放った。
「なかなかよかったぞ。ただ明日からはもっと反応してくれよ」
ボクは全裸のまま自分の部屋に戻った。
女として犯された。
その精神的なショックで、ボクは一晩中泣いた。

ほとんど毎晩山口に抱かれた。
しかしボクは濡れなかった。
挿入は痛みでしかなかった。
動かされると少しだけ感じるものがあったが、それだけだった。
女性としての快感は程遠いものだった。
ボクは生きたダッチワイフにすぎないのだ。

そんなボクに変化があったのは2週間ほどした経ったときだった。
山口にキスされ乳房を揉まれているときに自分の股間が湿ってきたのを感じた。
山口の手が股間をさすったときにさっきの感触が間違っていないことが分かった。
「涼子、濡れてる。ついに感じるようになったんだな」
その日山口はいつもより丁寧に愛撫してくれた。
愛撫されながら、早く挿れてほしいと考えていた。
そんなことは初めてだった。
そのせいか山口のペニスを挿入されたとき、軽くイってしまった。
「涼子、いつもより締まりがいいぞ」
「だって…何か…いつもと違う……ああ…あ…ん…ん……」
「涼子、いくぞ」
「ぅん…、来てぇ……」
山口の動きがいつもより激しいように思えた。
やがてボクの中に放出した。
そのタイミングでボクの意識もホワイトアウトした。
「涼子、イったのか?」
山口はボクの中に入れたまま聞いてきた。
ボクはまだ快感の余韻にひたっていた。
「……はい、……イきました」
「そうか、やっとイったか」
山口はペニスを出そうと動いた。
「あっ、あのぉ…、もう少し……このままでいていただけませんか?」
山口はニコッと笑ってそのままの状態で抱きしめてくれた。
ボクも山口の背中に手を回した。
ボクはそのまま眠りについてしまった。

次の日からボクはどんどん感じるようになっていった。
抱いてもらえると思うだけで、ジワァッと濡れてくるようになった。
ある日、いつものようにセックスの余韻にひたっていると山口が言った。
「明日親父のパーティがあるんだ。どうしても俺も出なきゃいけない」
「そうなんですか」
「そのパーティに俺の同伴で涼子も出てほしいんだ」
「私はご主人様のメイドです。そんなことはできません」
「たった今から涼子は俺の恋人ということにする。涼子も俺のことはご主人様でなく昔のように隆志さんと呼んでくれ」
「隆志…さん?」
「うん、そうだ。それでいい。今からお前は俺の恋人だからな。明日はそれなりにちゃんとした服を着ろよ」

次の日、目覚めたときから、何となく気持ちが浮き浮きしていた。
無理矢理女にされて、そんな男の恋人役に仕立て上げられるのは屈辱的なはずだ。
だから喜ぶなんておかしい。
気持ちの一部でそう考えるのだが、気持ちは間違いなく弾んでいた。
ボクはパーティに行くための服を選ぼうとした。
隆志さんの横に立つのに相応しい服はどれだろう?
清楚なワンピース?
可愛いドレス?
そんなことを考えていると、アッという間に2時間が経ってしまった。
それでも決めることができなかった。

昼前に美容師が来てくれた。
美容師に着て行く服が決められないことを話した。
「だったら彼に相談したらいいんじゃない?」
そんなアドバイスを受けた。
そうだ、ボクには女性としてのセンスはない。
隆志さんに決めてもらおう。
そう思った。

美容師は黙ってボクの髪のセットを始めた。
まず肩より少し長くなったい髪を、少し濃いブラウンに染めてくれた。
そして、シャギーレイヤーを入れられた。
最後に髪先に少しウエーブを入れてもらうと上品な感じに仕上がった。
そのタイミングを見計らったように、山口がドレスを持ってやって来た。
「涼子、今日はこれを着てくれ」
それはラベンダーカラーのパーティドレスだった。
細い肩紐で、胸元は大きく開いたVカットになっていた。
右側半分がシャーリング&シワ加工になっていた。
裾は斜めカットになっていて膝元が歩くたび見えてとっても可愛いドレスだ。
女装してからこんなドレスは着たことがなかった。
似合うかな?
少し不安だったが、いざ着てみると誂えたようにボクに似合っていた。
ボクは鏡に向かってポーズをとってみた。
そして一回転してスカートの揺れ具合を確認した。
可愛い!
10センチ以上あるピンヒールを履くと、脚が恰好良く見えるような気がした。
ボクは朝起きた時点よりさらに浮き浮きした気分になっていた。

「それじゃ行こうか」
山口はタキシードを着ていた。
カッコいいとは思ったが、ボクのドレスについて何も言ってくれないのがすごく不満だった。
しかしそんな不平不満は一言も言わず、山口と車に乗った。
着いたのは一流ホテルだった。
正装した男女が何組も入っていった。
ボクは山口と腕を組んで会場に入った。
山口は多くの人と挨拶を交わした。
その度にボクのことを「ガールフレンド」とか「恋人」と紹介していた。
ボクは微笑を浮かべて軽く会釈していた。
「可愛いお嬢さんですね」
「結婚式には是非呼んでくださいよ」
通り一遍の褒め言葉なのだが、そんな言葉が嬉しかった。
ボクは完全に舞い上がっていたのだ。

その日の夜、ボクたちはパーティのあったホテルのスイートルームに宿泊することになっていた。
「疲れたし、そろそろ部屋に行こうか」
そんな山口の言葉にボクの気持ちは高まった。
部屋に入るまで、山口の腕に腕をからめて歩いた。
アルコールが入っていることもあり、一人で歩くのが不安だったこともある。
それより山口の体温を少しでも感じていたいという欲求があったからだ。

部屋はスイートルームと呼ぶのに相応しい素敵な部屋だった。
ボクは完全に雰囲気に酔っていて、ドレスを着たボクはお姫様気分になっていた。
「涼子」
そう言って、抱き締められた。
そしてキスされた。
優しくて激しくて長い長いキスだった。
ボクはキスだけで感じていた。
キスが終わってから、お姫様抱っこでベッドへ運んでくれた。
軽々と抱き上げられる自分に何だか嬉しさを感じていた。

山口がボクの横にやってきて、顔を近づけた。
ボクは目を閉じた。
激しいキスを期待していたが、唇が触れる程度のキスだった。
優しくキスだった。
少し不満を感じ、目を開けた。
すると、山口の顔は息がかかるほど近くにあった。
山口がジッと見つめていた。
ボクは恥ずかしくて視線を外した。
「今日の涼子はとっても綺麗だったよ。俺は他の男たちからの妬みの目で睨まれていて本当に参ったよ」
何かいつもの山口と違う。
ボクは何か良いことが起こりそうな予感を感じていた。
「なあ涼子、結婚しないか?」
驚いた。
いくら何でもそんな言葉は期待していなかった。
でもものすごく嬉しかった。
「えぇ、無理よ。だって、あたしは男なのよ」
嬉しさを抑えて、そう言った。
「涼子が男だろうが女だろうがどっちでもいい。問題は涼子が俺を好きかどうか、結婚したいかしたくないかなんだ」
「そんなこと言ったって…」
「涼子の気持ちを教えてほしい」
ボクは山口の目を見た。
彼の真剣な気持ちが伝わってくるような気がした。
「…あたしは隆志さんが好きです。愛してます」
「涼子…」
山口は黙ってボクを抱きしめてくれた。
ボクにはそれが『俺もだ』と言っているものだろうと感じた。
山口がゆっくりとボクのドレスを脱がせた。
ボクのドレスを脱がせると、今度は自分の服を脱いだ。
山口が服を脱いでいる間に、ボクは下着を取り全裸になった。

ボクたちは全裸で抱き合った。
彼の体温を直接感じるだけで幸福感に包まれた。
山口の手がボクの乳房を揉んだ。
それに呼応して、ボクはこれまでにないくらい激しく喘ぎ、快感に酔った。
これまでと比べものにならないくらい感じた。
行為の前に言葉で愛を確認することで、これほど感じ方が違うなんて思わなかった。
女性は言葉による愛の確認を求めるらしい。
ボクは精神的にも女性になったようだ。
山口の言葉でこれだけ感じてしまうんだから。
いよいよ山口のものを迎えるときには洪水のようにボクの股間は濡れていた。
「すごく濡れてるぞ」
「言わないで。恥ずかしい…」
山口のペニスがボクの秘部にあてられていた。
「涼子はホントにセックスが好きだな」
「…だって…気持ちいい…んだ……もの…」
「こうして見てると、とても元男には見えないな」
山口はボクの顔を見て言った。
「いやっ…そんなこと言わないで…。あたしは女よ…」
山口はボクの股間にペニスの先をあてるだけでなかなか入れてくれなかった。
「ねえ…早く……」
「何をどうして欲しいんだ?」
「あなたのを…あたしに……ちょうだい」
「何をどうするんだ?」
「あなたのこれを…あたしの中に…入れてください…」
「もう少し具体的に言わないと分かんないな」
「涼子のオマンコに隆志さんのペニスを入れてください」
「はい、よく言えました。元男のくせによくそんな恥ずかしいことが言えるな」
「だって…あたしは…女だもの……」
じらされたせいか、言葉による陵辱のせいか、山口のペニスが入ってきただけでボクはイキそうになった。
山口が動き出すとさらにすごい快感に襲われた。
「あ…もう…やめて……おかし…く…なりそう……」
ボクは一度か二度ほど意識を失ったようだ。
自分の声が遙か彼方から聞こえてくるような気がした。
そして山口が自分の精をボクの中に放った。
完全にボクの意識が飛んでしまう程強い絶頂感を覚えた。

どれくらい意識がはっきりしなかったのだろう。
やがて正気を取り戻したときに山口が言った。
「涼子」
「なあに?」
ボクは甘えたように言った。
きっと「愛してる」とか言ってくれるんだろうと思っていた。
「別れよう」
「えっ?」
ボクは山口の言葉が理解できなかった。
今何を言ったのだろう?
「涼子が俺のことを愛してくれたんだろ?だから別れるんだ」
追い打ちをかけるように『別れる』と言われた。
どういうことなんだろう?

「昔、俺はお前のこと、女だと信じて声をかけた。俺はホントにお前のことを好きだった」
「…ごめんなさい……」
ボクは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
あのときはホンの軽い悪戯のつもりだったのだ。
「竹内からお前の性転換の話を聞いたとき、俺はこう思ったんだ。お前の方から進んで俺に抱かれるようにさせたいと思った。そうなったときに捨ててやろうと思ったんだ。今ようやくそのときを迎えることができた」
「嘘、嘘よね?だって愛してるって言ってくれたんですもの?」
「俺は"結婚"とは言ったが、"愛してる"なんて全然言ってないぞ」
「"結婚しよう"ってことは"愛してる"ってことでしょ?」
「お前は男のくせに女のふりして俺の心を傷つけた。だから今度は俺がお前の心を傷つけてやるためにこの計画を立てたんだ」
軟禁されて1年近くの日々はこの瞬間のために仕掛けられたものだったというのか?
「もし最初はそうだったとしても、私たちの半年間は何だったの?あんなに愛し合ったじゃない」
「俺はこれでも結構モテるんだぜ。お前程度のおかまに入れ込むはずがないだろう?」
「全部嘘だって言うの?」
「だからそう言ってるじゃねえか。しつこい女だな。そういうとこまでしっかり女になりやがって。今日ここを出ていくか、明日殺されるか、お前にはこの2つしか選択肢はない」
山口はそれだけ言って、部屋から出ていった。

信じられなかった。
ボクは枕に顔を埋めて泣いた。
これまでの山口の優しさが真実で、ついさっき言われたことが嘘のような気がするくらいだった。
ボクは本当に山口を愛しているんだと思った。
山口にふられた今、このまま殺されてもいいとさえ思った。
ボクはいつの間にか眠ってしまっていた。
目が覚めたとき、ボクはもっと生きたいと思った。
ボクは山口の屋敷から出て行くことにした。
出て行くときに手紙を残すことにした。

隆志さん
 短い間でしたが、いろいろとお世話になりました。
 私は隆志さんのことを愛しています。
 無理やり女にされる前から愛していました。
 別れるくらいなら死んでもいいとも思いました。
 でも私は生きていくことを選びます。
 無理やり女にされても生きていたからこそ
 ひと時でも隆志さんと恋人のような気持ちでいられたから。
 これからも生きていればきっといいことがあると信じて
 この屋敷を出て行きます。
 今までありがとうございました。
涼子 

ボクは必要最小限の下着・服や化粧品を鞄に詰め、手元にあったお金を持って屋敷を出た。
しかし、行くあてもなく、街を彷徨い歩くだけだった。


行くあてのないボクは元の家に向かった。
ボクの部屋はすでに誰か知らない人間が住んでいた。
ボクは途方に暮れた。
とりあえず近くをフラフラと歩いていたら、前から裕二が歩いてきた。
懐かしさに目頭が熱くなった。
「裕二…」
「えっと、どなたでしたっけ?」
裕二はボクが分からなかったようだ。
「ボクだよ、遼一だよ」
ボクは無理に昔の口調で言った。
「ええっ、遼一?あの日連れて行かれてから、全然音沙汰なかったんで、心配してたんだぞ。どうしてそんな格好してるんだ?」
話しにくそうにしているボクを見て、裕二は自分の部屋に連れて行ってくれた。
そこで、ボクは今まで起こったことを話した。
ただし、ボクが山口を愛していたことは話さなかった。
「そうか、大変だったんだな」
二人ともどう言葉をつないでいいのか分からず、しばらく沈黙が続いた。
やがて、その沈黙が耐えられなくなったのか裕二が話し出した。
「今はお前のこと、何て呼んだらいいんだ?昔通り遼子でいいのか?」
「今もリョウコって呼ばれてる。ただし、漢字はサンズイに京都の京って書いて涼子だけど」
「ふーん、涼子か、いい名前だな。でオレはどう呼んだらいい?涼子さん?涼子?」
「昔のまま涼子でいいわ」
「じゃ、涼子。久しぶりの友人の再会を祝してどっかで祝杯をあげようぜ」
ボクは裕二についてこれまでよく行っていた居酒屋に行った。
「いらっしゃい。おっ、今日は綺麗な彼女連れてきてるじゃん。デートかい?」
「ははは、そんなとこかな?」
ボクたちは適当に空いている席に座った。
「こんな綺麗な彼女だったら、こんな店じゃなくってもっとお洒落な店に行った方がいいんじゃないの?」
「うるさいな、親父さん、とりあえず生二つ持ってきてくれる?」
「彼女も生でいいのかい?」
「だからそう言ってるじゃん」
ボクと裕二は久しぶりに他愛もない話で盛り上がった。
しかし"涼子"と呼ばれる度に今の現実を認識させられて話す言葉も女性言葉で話していた。
帰るときに裕二は言った。
「涼子はどこか行く宛はあるのか?ないんならオレのとこに来るか?」
ボクは裕二の優しい言葉に甘えて、裕二の部屋に行くことにした。
「裕二、あたしがこんな姿になっちゃったのに普通に接してくれてありがとう」
家に入るとすぐにボクは裕二に言った。
「何だよ、改まって。友達なんだから当たり前だろ」
「でもあたし…本当に心細くって…これからどうしていいのか分からなくって…だから裕二のそんな態度が嬉しくって…」
ボクは裕二に抱きついた。
ボクと裕二はじっとお互いの顔を見つめ合った。
どちらからともなくゆっくり唇を重ねた。
ほとんど触れただけで、すぐに二人とも我に返った。
「ごめん」
「ゴメン」
ほとんど同時に言い合った。
ボクは裕二の胸に顔を埋めた。
「ごめん…。オレ、そんなつもりじゃなかったのに」
「…いいの」
ボクは裕二の腕の中でじっとしていた。
「抱いて」
しばらく後で自分の中から湧き上がる欲望に勝てずに裕二にセックスを要求した。
「何を言ってるんだ」
「お願い。抱いて欲しいの」
ボクは裕二の唇を求めた。
裕二もそれに応じた。
お互いの舌が絡み合って、長い口吻が続いた。
「本当にいいのか?」
「…うん……」
裕二はゆっくりとボクを仰向けに寝ころばせた。
ボクはゆっくり目を閉じた。
裕二はゆっくりとボクに覆い被さってきた。
唇が重ねられた。
裕二の舌がボクの口の中に挿入され、ボクの口の中で動いていた。
ボクはその舌を必死になって自分の舌で追っていた。
お互いの唾液が混ざり合って、ボクはそれを飲み込んだ。

長いキスの後、躊躇いがちに裕二の右手が服の上からボクの左の乳房に触れた。
「遼一、オレ、実は女とするの…その……」
「初めてなんでしょ?分かってるわよ。裕二が思ったようにして」
裕二は不器用にボクの服を脱がそうとした。
ボクは手助けするように服を脱がせ易いように腕を動かした。
ボクと裕二は全裸になった。
裕二はいきなりボクの股間の割れ目に指を入れようとしてきた。
「いっ、いた…い…」
「ごっ、ごめん」
「まだあんまり濡れてないから。まず胸とかを触って」
裕二は不器用にボクの乳房に触れて、揉んだ。
胸を揉まれても感じないことがあることをボクは初めて知った。
「裕二、もう少し優しく揉んでみて」
なかなか裕二は不器用なようだ。
ほとんど感じることはなかった。
裕二が乳首を摘んだ。
「痛い!」
「ごめん」
「だから優しくしてって言ってるでしょ」
ボクは少し怒ったような口調で言った。
裕二は恐るおそる乳首に触れた。
「あっ、そう…それくらいで触って…」
裕二はしつこく乳首だけを触ってきた。
少しくらいは感じたが、それだけだった。
「ねえ、舐めて」
裕二は乳首を吸ってきた。
「うっ…」
ボクが痛さで言ったのを感じていると勘違いしたようだった。
さらに強く乳首を吸った。
「痛い!さっきから何度も痛いって言ってるでしょ、いい加減にしてよ」
ついにボクは怒って裕二を突き放してしまった。
裕二は項垂れるように座った。
「ごめん、オレ、不器用で」
そんな裕二の姿を見てると可哀想に思えてきた。
「ごめんなさい……」
ボクは仰向けに寝て、両膝を立てた。
「ねえ、あたしの…ここ……舐めて……」
裕二はボクの股間に顔をうずめた。
『ペチャペチャペチャペチャ』
裕二が舐める音が響いた。ボクはようやく濡れてきた。
「ねえ、そろそろ、きて」
裕二はペニスをボクの股間に当てた。
なかなかうまく入らなかった。
ボクは裕二のペニスを自分の中に導いた。
裕二のペニスがボクの身体の中に入ってきた。
裕二は性急に動き出した。
あっという間にボクの中で精液をぶちまけた。
裕二はボクの身体から離れると、そのまま寝息を立てて寝始めた。
「初めてだから仕方ないよね」
ボクは火照った身体を自分で慰めた。
頭の中には山口の裸体があった。

次の日も、そのまた次の日も同じような繰り返しだった。
裕二ひとりがさっさとフィニッシュを迎え、ボクはいつまで経っても全然いけなかった。
ボクは欲求不満で精神的にイライラする日が続いた。

1週間もすると裕二に抱かれることに嫌悪感を感じるようにさえなった。
このままだと間違いなく裕二を傷つけてしまう。
(別れなければ)
ボクは真剣にそう考えた。

いつものように裕二に抱かれて裕二が寝入ったのを見届けると、ボクは自分の荷物をまとめた。
黙って出て行くつもりだったが、簡単な手紙を書いた。

裕二へ
 短い間だったけどありがとう。
 ボクがこんな姿になってしまった今
 やっぱり裕二とは一緒にいられません。
 ごめんなさい。
 さようなら。

ボクは裕二の部屋を出て行った。
行き先は決めていた。
(隆志さんのところに戻ろう)
殺されるのを覚悟して山口のところに行った。
山口は自分のマンションに戻ったそうだ。
ボクは応対に出た人に山口の住所を教えてもらうよう頼んだ。
応対者は奥に下がった。
出てきたマサだった。
「涼子。よくもおめおめとこの家の敷居がまたげたな」
「マサさん、お久しぶりです。私は覚悟を決めてきました。隆志さんの住所を教えてください」
「……なかなかいい面構えしてるな。お前なりに覚悟を決めてきたんだろう。…よしっ、分かった、坊ちゃんに聞いてやろう。ただし、坊ちゃんがお前を殺せと言ったら、迷わずぶっ殺すからな」
マサは携帯電話を取り出し、電話をかけた。
「もしもし坊ちゃんですか、マサです。実は今、涼子が屋敷の方へ来てましてですね、坊ちゃんの住所を教えろと言ってやがるんですが、どういたしましょう?……はい…いいんですかい?……分かりました」
マサは電話を切って、ボクに言った。
「とにかく一度だけ会うとおっしゃってる。送ってやるから、ついてこいや」
ボクはマサの運転する車に乗った。
10分くらいであるマンションに着いた。
「ここのマンションの3001が坊ちゃんの部屋だ。エントランスで3001を押せば坊ちゃんがドアを開けてくれるはずだ。あとはお前が何とかしろ」
ボクはエントランスから3001を押し、呼出ボタンを押した。
何の返事もなく、鍵が開く音がした。
ボクはエレベータで30階まで上がった。
3001号室の前で、一瞬の躊躇の後、インターフォンを押した。
ほとんどすぐにドアが開いた。
そこには山口がいた。
「隆志さん、あたしはあなたのことを愛してます。あたしはあなたの傍にいたいんです。お願いです、傍に置いてください」
「涼子、お前、いい根性してるな。殺されるとは思わなかったのか?」
「少しだけ考えました。でもあたしには隆志さんしか考えられません。隆志さんに殺されるんなら、それはそれで仕方がないと思います。だから……」
「まあとりあえず中に入れよ。込み入った話はそれからだ」
ボクは山口の部屋に入った。
一人で住むには贅沢な広さのマンションだった。
ボクは部屋に入ると山口と向かい合った。
「隆志さん、もう一度、抱いてもらえるのなら、どうしてもやりたかったことがありました」
ボクは山口の前に跪いた。
ズボンを開け、中からペニスを取り出した。
顔を近づけるとおしっこの匂いがした。
ボクはそれを我慢して、ペニスを口に含んだ。
「涼子、初めてフェラチオをしてくれたな」
「殺されるとしてもあなたのペニスの味を知ってから殺されたいから」
ボクは再びペニスを銜えた。
「涼子。正直に言うよ。お前がいない1週間、俺がどれだけ寂しかったか。結局俺もお前のことが好きだったんだと思う。お前が殺されてもいいという覚悟で、俺のところに戻ってくれて、すごく嬉しい。もうお前をどこにもやりたくない。一緒に暮らそう」
ボクは山口の言葉が嬉しくて、涙を流しながらフェラチオを続けた。
ついには山口のペニスから精液が放たれた。
ボクはむせ返りそうになりながらも全部飲み干した。

その日からボクと山口の同棲生活が始まった。
ボクは山口のことをセックスのときだけだが"隆志"と呼び捨てするようになっていた。
前よりもずっと優しく接してくれるし、ほとんど毎日のように抱いてくれるし、二人の距離は確実に縮んでいると感じている。

同棲が始まって3ヶ月くらいすると、山口から話があった。
「涼子、お前にちゃんとした性転換の手術をしてほしいんだが」
「"ちゃんとした"ってどういうこと?」
「実は俺もよくは分かってないんだが、そうしてくれば俺とお前が結婚できるようになるそうだ」
「えっ!?本当?それならすぐに受けます」
ボクはすぐに入院し、手術を受けた。
1週間で退院できたが、自分では違いがもうひとつ分からなかった。
少しだけ胸が大きくなったのと触った感触が何となく柔らかいかなって感じだけだった。
問題なのは許可が出るまではセックスを禁止されたことだった。
その期間が1週間になるのか1ヶ月になるのかは経過を見てみないと分からないと言われていた。

手術を受けてから2週間ほど経った日だった。
その日は朝から何となくお腹の辺りが重かった。
(何か変な物でも食べたかしら?)
そう思って考えても思い当たるものがない。
それで手術を行ったせいかと思い、病院に電話した。
「あの…今朝からお腹の具合が悪いのですが」
「篠山さんですね。それじゃすぐに病院に来ていただけませんか」
ボクが病院に行くと、そのまま入院するように言われた。
何事が起こったのだろう?
手術に何かミスがあったのだろうか?
ボクは不安だったが、言われるままに入院するしかなかった。

入院着に着替えてベッドに横になっていると、股間から出血があった。
やっぱり手術にミスがあったんだ。
このまま死んでしまうのかな?
ボクは不安な思いで、ナースコールで看護婦を呼んだ。
「ああ、月経が始まったのね?」
「月経?どういうことですか?」
「月経は月経よ。だって篠山さんは女性になったんでしょ?」
「確かに今はこうなっちゃいましたけど、元々男ですよ」
「あら?山口さんが説明したって聞いてたけど、聞いてなかったの?」
「"ちゃんとした性転換手術をしてほしい"って聞いたことは聞いたんですけど、どういう意味なのか分かんないです」
「それだけ?だったらどんな手術だったのか知らないわけね」
「はい」
「簡単に言うとね、子宮と卵巣を移植して、乳房も生理食塩水じゃなくて普通の女性のように脂肪と乳腺で膨らんだようにしたの」
「移植って拒絶反応とかがあるんじゃないんですか?」
「よく知ってるわね。でも、あなたの場合は多分ないと思うわ」
「どうしてですか?」
「ES細胞って知ってる?どんな器官にもなる万能細胞なんだけど、このES細胞っていうのは受精卵からしか取り出せないの。受精卵を壊してES細胞を取り出すのって、道徳的に何かと問題が多いのよね」
「そうでしょうね」
「でもね、最近、皮膚から取り出した細胞から万能細胞を作ることができるようになったの。これをiPS細胞って呼んでるんだけど、あなたが最初に性転換したときにあなたの細胞を取っておいたの。その皮膚細胞からiPS細胞を作って、そこから子宮と卵巣を作ったってわけ。これで分かったと思うけど、あなたの細胞からできた器官だから、拒絶反応は起こらないはずなの。念のためにしばらくの間経過観察はするけどね」
「じゃあ、あたしは本当に女性になったんですか?」
「そうよ、毎月生理を経験しないといけなくなったし、妊娠することだってできるはずよ」
「すごい」
「うちの病院でこの手術をしたのはあなたが初めてなの。だから経過を見るために少しだけ入院してもらったわけ。でも全然心配することないわよ。あなたは女性としていたって健康なんだから」

ボクは1週間入院した。
その間、いろいろな検査を受けさせられた。
その結果、医者からは『正常な月経。異常はなく問題なし。今日からでもセックスOK』と言われた。
ボクは退院して、まっすぐに山口のマンションに戻った。
マンションに戻ったボクに山口は花束で迎えてくれた。
「涼子、おめでとう」
ボクは生まれて初めて花束をもらって心の底から『嬉しい』と感動した。
ボクたちは長いキスをした。
そのままベッドルームに入り、久しぶりのセックスをした。
山口のペニスがボクの中に入ってきて、子宮を突いたことを感じたとき、ボクは新たな喜びを感じた。
山口がボクの中で精液を出したとき、ボクは絶頂を感じながらも、妊娠するかもしれないという喜びと不安を抱いていた。
セックスを終えたときに山口はボクにどこからか手に入れた女の戸籍を見せてくれた。
篠山涼子。
それがボクの新しい名前になった。
新しい名前になってすぐに名字が変わった。
ボクと山口が入籍したのだ。
ボクは山口涼子になったのだ。
そしてボクが山口の妻になって半年ほどしたときだった。
ボクのお腹に山口の子供が宿ったことが分かった。
そしてさらに8ヶ月経ち、ボクは元気な赤ちゃんを産んだ。
山口によく似た男の子だった。


ほんのちょっとした悪戯心から始めた女装。
それがきっかけで性転換を施され、妊娠可能な女の身体にまでされてしまった。
そして今ボクの腕の中にはボクが産んだ赤ちゃんがいる。
自分が起こした悪戯のせいでボクの人生は大きく変わってしまった。
でも今のボクには全然悔いはない。
それどころかすごく幸せだ。


《完》

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