男と女と元婚約者



最悪の目覚めだった。
昨夜は遅くまで会社の課の連中と飲んでいた。
3軒目までは覚えているが、その後は覚えていない。
タクシーで帰ってきたような気がするが、それも定かではない。
とにかく頭は痛いし、胃の辺りがムカムカする。
(やっと起きたのね)
突然頭の中に女の声が響いた。
(?)
俺は周りを見渡した。
白を基調にして、きちんとあるべきところにあるべきものがあり、機能的な部屋だ。
確かに見慣れた俺の部屋だ。
俺は自分の部屋にいることを確認した。
(どこ見てるの。あたしはあなたの中にいるのよ)
相変わらず女の声が俺の頭に響いてくる。
「俺の中?」
俺は今朝初めて声を出した。
耳慣れた俺の声だった。
(大丈夫、俺は俺だ)
自分の声が自分の思い通りに出ることに安心感を覚えた。
変な霊に身体を乗っ取られたのかと思ったのだ。
「俺の中ってどういうことだよ」
(よく分かんないけど、気がついたら、あなたの身体にいたのよ)

女の説明によるとこうだ。
女の名前は田所美香、28歳。
俺より4歳も年上だ。
婚約した男に振られて風呂場で手首を切って自殺したらしい。
三途の川まで行ったとのことだ。
そこでそのまま渡ってしまえば、こんなややこしいことにならなかったはずだ。
あろうことかそのタイミングで婚約者への未練が蘇ったらしい。
結局川を渡ることができず引き返そうとしたそうだ。
そして、そこで記憶が飛んでしまったらしい。
気がついたら、二日酔い状態の俺の身体に入っていたということだ。
それにしても自殺したのは半年以上も前のことらしい。
どうして今頃?
しかも何で俺なんだ?

「それで、俺はあんたにどうしてやればいいんだ?」
(分かんないわよ。あたしだって好きであなたの身体に入ったわけじゃないし)
(ふぅ〜、参ったな。まだ酔ってるのかな?)
(参ってるのはこっちの方よ。あたしだって男の身体になんて入りたくなかったわよ)
俺の身体の中にいるせいで、俺の考えてることは筒抜けらしい。
うかつに物も考えられない。

「ともかく俺は二日酔いで頭が痛い。シャワーでも浴びてスッキリさせる」
俺はそう宣言して、トランクスを脱いで全裸になった。
朝起きたところなので、俺のムスコは元気いっぱいの状態だ。
(急に何するのよ。レディの前でそんなものを出すなんて)
「何言ってんだよ。これは俺の身体だ。俺が俺の身体をどうしようが俺の自由だ」
俺はムスコがいきり立った状態でシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら小便をした。
(何してるの!おしっこはトイレでしてよ)
「うるさい、朝シャワーを浴びながら小便するのが俺の日課だ」
シャワーを浴びながら小便をすると、俺のムスコは通常状態に戻った。
俺はタオルで髪の毛を拭きながら風呂場から出た。
「お前はいつ出ていくんだ?」
(どうやったら出て行けるのかあたしにも分かんないわよ)
「まあいいや。俺はお前を無視するからな。適当に出て行ってくれよ」
俺は全裸のまま、シリアルを食って、歯を磨いた。
それから、髭を剃って、スーツを着て、髪型を整えた。
(へぇー、あなたって意外といい男なのね?)
「だろ?これでも結構もてるんだぜ」

俺は会社に行った。
「おはようございます」
すでに上司の櫛木課長が来ていた。
俺の中の女が動揺しているのが伝わってきた。
「おはよう。昨夜は大丈夫だったか?」
「はい、あれくらい大丈夫ですよ」
「ははは、相変わらずお前は元気だな」
「課長も年なんだから俺たちに付き合ってくれなくっていいですよ」
俺は自分の席に着いた。
(何だよ?どうしたんだよ?すっげぇ動揺してんのが伝わってきたぜ)
(彼なのよ、彼に婚約破棄で振られたの)
(えっ、あの櫛木課長か?あの人、今も独身だぜ)
(そうなの?)
(ああ。あんだけ格好良いのに結婚しないのはホモじゃないかっていう奴もいるぞ)
俺は頭の中で美香に経緯を教えてもらった。

櫛木と美香が知り合ったのは、お互いの友達からの紹介だった。
美香は櫛木の見た目の格好良さもあったが、それ以上に誠実そうなところに惹かれた。
櫛木は美香のさっぱりしたところに惹かれたんだそうだ。
交際が始まっても手をつなぐくらいだった。
一度だけ美香からキスを求めてキスした。
濃厚な接触と言えばそれくらいだった。
美香はそれを自分が大事にされているためだと思っていた。
やがて櫛木が美香にプロポーズした。
美香は喜んで受けた。
お互いの家族への紹介も済ませ、簡単な結納を交わした。
順調に周りの状況を固めつつ、結婚を迎えようとした。
さらにセックスの相性が大切だと考える美香は櫛木に婚前交渉を求めた。
もちろん美香は処女ではなかった。
そのとき櫛木は困ったような顔をしていた。
それから2〜3日して櫛木から婚約解消を告げられた。
美香には何が起こったのか理解できなかった。
絶望の中で気がついたら手首を切っていた。
…ということだった。

仕事が終わり、俺は櫛木課長を飲みに誘った。
「櫛木課長、今日仕事が終わってからちょっといいですか?」
「昨日の今日だから今日はやめておいた方がいいんじゃないか?」
「飲みはどうでもいいんですけど、実は相談事があって」
「今日じゃないとダメなのか」
「はい、できれば」
「分かった。これだけ片付けたいから1時間くらい待ってくれないか」
「分かりました。じゃあ、いつものバーで待ってます」
俺は課の連中でよく行く会社近くのバーでビールを飲みながら櫛木を待った。

「よっ、田中くん、待たせて悪かったな。で、何だ、相談事って?」
「櫛木さん、実は困ったことになっちゃって」
「どうしたんだ?」
「櫛木さん、田所美香って知ってます?」
「!?」
櫛木課長の顔色が変わった。
「どうして君がその名前を…」
「実はですね、今朝から彼女が俺の身体に乗り移っちゃったんですよ」
「乗り移っちゃったって…。そんな馬鹿なことが…」
「まあ、普通は信じませんよね?俺だって自分の身に起こったことじゃなければ信じられないですもん」
「じゃ、君は田中くんじゃなくって美香なのか?」
「いや、そういうのとも違うんですよ。俺は俺のままなんすけど、俺の頭で彼女の声が響いてくるんすよ」
「どういうことなんだ?」
「それは…。俺にもよく分からないんですけど、何かの弾みで彼女の魂が俺の身体の中に入ってしまったらしくって…」
「それじゃこの場に美香もいるってことか」
「はあ、まあ…。目に見えないけど、いるみたいなもんですね」
「そうか…。美香がいるのか…」
櫛木課長が何かを考え込むような表情をした。
少しの時間、沈黙の時間が流れた。

「それで何の相談だ。除霊してくれったって僕にはできないぜ」
「そんなことじゃないですよ。彼女が振られた理由を知りたいらしいです」
「そういうことか…。田中くんは僕と美香の関係は知ってるんだね?」
「ええまあ。大体のところは聞きましたから」
「実は僕と美香は結婚しようとまで約束してたんだけど、やっぱり僕は自分に対して嘘がつけなかったんだ」
「嘘って何ですか?」
「実は僕は……ホモなんだ。世間体を考えて美香と結婚しようとしたけど、やっぱりダメだった」

噂は本当だった。
櫛木はホモだったのだ。
その告白を聞いた瞬間、俺の意識は俺の頭の隅に追いやられた。
代わりに美香が俺の身体をコントロールできるようになった。

「義之さん」
俺は自分がおかまになったような気分だった。
「美香…なのか?」
「ええ」
「今までは田中くんだったんだよな?」
「なぜか急に田中さんの意識と入れ替わったの。田中さんはあたしの頭の中で『勝手に入れ替わるな』って叫んでるわ」
「美香、すまない。君の性格に惹かれてプロポーズまでしたのにあんなことになってしまって」
「うん、そうね。あなたはあたしに酷いことをしたわけよね。あたしはあなたを許さない」
「許してほしいなんてことを言うつもりはない。でも僕にとっては君が田中くんの姿で戻ってくれて、正直嬉しい」
「えっ、どういうこと?」
「さっきも言った通り、僕は君の性格に惹かれた。でも君は女だったから僕は最後の最後のところで愛することができなかった。でも今僕は君を愛せる」
櫛木は俺の手を握ってきた。
「義之さん」
「美香」
身体の制御の利かない俺と櫛木は手を握って見つめ合った。
(何気持ち悪いこと二人でやってるんだよ)
俺は声にならない声で叫んでいたが、美香は完全に俺を無視した。

俺と櫛木はそのままホテルに行った。
スーツを着た上司と部下が手をつないでラブホテルに入るなんて信じられない光景だ。
ましてやそのひとりが俺だなんて信じたくもなかった。

俺と櫛木はラブホテルの一室に入った。
すぐに二人とも全裸になった。
「美香」
「義之さん」
俺と櫛木は抱き合った。
櫛木のムスコはもちろんだが、俺のムスコもなぜかいきり立っていた。
櫛木は俺と唇を重ねた。
櫛木は俺の口の中に舌を入れてきた。
俺はその舌を求めるように舌を絡めた。
俺は気持ち悪さを感じながらも、美香の恍惚感を強く感じていた。
櫛木は俺のムスコを握った。
「美香も感じてくれてるんだね、嬉しいよ」
「いやっ、恥ずかしい」
俺自身も本当に恥ずかしいと思った。
この異常事態に美香と俺の感情が融合されているような感じだ。
「美香、ベッドに行こう」
俺はベッドに横になった。
櫛木は俺の首筋や胸に舌を這わせた。
俺の乳首に櫛木の舌が当たるとすごく感じた。
それはこれまで感じたことのない快感だった。

「ぁあん…」
美香は俺の身体で女のように啼いた。
櫛木の舌が胸から腹、腹からムスコにやってきた。
俺は恥ずかしさに身をよじろうとした。
櫛木は強い力で俺の下半身を動かないように押さえた。
「ぁん、ダメ…恥ずかしい……」
美香は甘えるように言った。
櫛木が俺のムスコを銜えた。
櫛木の舌が俺のムスコに絡みつく。
俺は不覚にも気持ち良さを感じていた。
やがて俺のムスコは白濁した液体を櫛木の口中に放出した。
櫛木はそれを飲み込んだ。
今度は俺が櫛木と体勢を入れ替えた。
櫛木を仰向けに寝かせ、櫛木のムスコの先に舌を這わせた。
俺の精液と櫛木の先走り汁の混じった味がした。

俺は自分の舌で櫛木のムスコの先に刺激を与えていた。
櫛木のムスコを銜えて、俺は頭を上下させた。
やがて櫛木のムスコが口の中でビクンビクンとして、精液が出てきた。
俺はそれを飲み込もうとしたが、あまりの量の多さに口端から櫛木の精液が溢れ出た。
「美香、ありがとう」
精液が残っている俺の口に櫛木は唇を重ねてきた。
再び体勢を入れ替えて、次のときには俺は櫛木にうつ伏せにされた。
櫛木課長は俺の背中に舌を這わせ、さらに肛門の周りにも舌を這わせた。
「ああぁ……、感じる……」
美香は声を上げていた。
「美香、四つん這いになってくれないか?」
俺は腰をあげて四つん這いになった。
肛門に何かがあたるような感触があった。
「美香、もう少し力を抜かないと入らないじゃないか」
櫛木は俺の肛門に自分のムスコをあてていた。
「こう?」
美香は甘えるようにそう言った。
「もう少し力を抜いて。そうだ。じゃあ行くよ」
櫛木課長のムスコが俺の肛門にゆっくりと入ってきた。
「ンンン……」
美香は痛みをこらえるべくシーツを握り締めていた。
「美香の身体に僕のペニスが全部入ったよ」
「義之さん、こんな形だけどあたしたち結ばれたのね」
美香は嬉しさに涙を流していた。
櫛木課長はゆっくりと腰を動かした。さらなる痛みが襲ってきた。
「痛い」
さすがの美香もそう叫んだ。
櫛木課長は俺を突き続けた。
やがて、痛みを感じる感覚がなくなり、肛門が麻痺したような状態になった。
「あ…あ…あ…あ…あ……」
美香は喘ぎ声をあげていた。
実際、美香だけでなく俺も感じていた。
「美香、愛してるぞ」
「義之さん、あたしも愛してる…」
そう叫びあいながら櫛木課長は俺の中に精液をぶちまけた。
信じられないことに俺のムスコからも精液が放出された。

この夜から俺の身体は完全に美香に乗っ取られた。
仕事の方は美香が俺の意識を覗くことで何とか無難にこなせている。
どうやら美香という女はかなり実務的な女だったようだ。
明らかに俺より優秀だった。

俺は自分の部屋には戻らず、毎晩櫛木のマンションに行った。
そこで俺は食事を作ったり、洗濯をしたり、ほとんど櫛木の妻のような役割をしていた。
もちろん、夜の相手もだ。
俺と櫛木は毎晩のように交わった。
土日は一日中一緒にいた。
美香は喜んでいたが、俺の方は最初のうちは嫌悪感があった。
しかし、1週間もするとそんな嫌悪感はなくなっていった。
徐々に美香の意識と同化したのかもしれない。
そのせいか、美香だけでなく、俺のほうも櫛木の身体を求める意識すら生まれていた。

俺の身体に美香が取り憑いて一月ほどしたときだった。
朝目を覚ますと、俺は自分の身体のコントロールを取り戻していた。
俺は久しぶりに自分の身体の感触を確かめていると美香の声が頭に響いてきた。
(田中さん、1ヶ月の間、あなたの身体を好きに使わせてもらってごめんなさい。でもお陰で思い残すことはなくなりました。あたしはもう逝かないといけないみたい。本当にありがとうございました)
俺の頭の中でそう言うと美香の意識がすっと消えた。
頭の中には美香の意識は完全に消滅した。
俺は美香が成仏したことを知った。

俺の隣では櫛木が気持ち良さそうに寝ている。
俺は櫛木に軽くキスをしてから言った。
「義之さん、起きて。もう会社に行かなきゃ」


《完》

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