誰よりも、愛してる



生まれて初めてだ。
こんなに人のことを好きだと思うのは。
そしてその思いがこんなに苦しいなんて。
ましてやこんな形で知ることになんて思いもしなかった。
「俺、東京の大学に行こうと思うんだ」
俊之にとっては何てことのない言葉だったのだろう。
しかしボクにとってはものすごくショックな言葉だった。

幼稚園からずっと一緒だった。
気がつけばいつもそばにいた。
楽しいときも悲しいときも一緒にいるのが当たり前の存在だった。
だからそんな俊之が離れるなんて考えたこともなかった。

どうして?
まずそう思った。
ボクは地元の大学に進学することが決まっていた。
ということは俊之はボクと離れることを選んだわけだ。
どうしてボクから離れることができるの?
ボクは周りの音が聞こえなくなるほどのショックを受けていた。

「どうしたんだよ、雅樹。そんな顔すんなよ」
ボクのそんな思いが表情に出ていたのだろう。
俊之が心配そうな顔をしてボクの顔を見てくれている。
そんな瞳が嬉しくて、ボクは何とか少しくらいは強がることができた。
「だってまさか俊之と別れる日が来るなんて思いもしなかったから」
ボクは少し冗談めかして言った。
「だってもうすぐ20歳だぜ。親から離れて一人暮らしとかしたくなるだろ?」
俊之の言うことはボクたちの世代では当たり前のように考えていることだ。
だから頭では理解はできる。
でもそれを俊之が実行するなんて考えもしなかった。
「永遠の別れってことじゃないし、そんな顔するなよ。時々帰ってくるからさ」
「別にそんなにショック受けてないよ。ちょっとびっくりしただけだよ」
少しだけ強がったが、ショックはかなり大きかった。
そのあとの俊之との会話はほとんど覚えてなかったほどだ。

その夜、ずっとボクの頭には俊之の言葉がずっと響いていた。
「俺、東京の大学に行こうと思うんだ」
別に俊之がボクと別れたくて東京の大学を選んだわけではないことは理解している。
ボクだって東京への憧れはある。
でも勉強するのに地元も東京もない。
何より両親にいらぬ負担を強いたくない。
だからボクは地元の大学を選んだのだ。
そのときは俊之も同じように地元に残るものだとばかり思っていた。
いや、改めてそんなことを考えたわけではない。
俊之が自分のいる場所と違うところに行くことなんて頭の片隅にすら思いつきもしなかった。
なのに……。
ボクの妄想はどんどん変な方向に向かっていた。
ボク自身コントロールすることは放棄していた。
ボクは妄想の中で俊之と抱き合っていた。
キスしていた。
気がついたときにはボクはペニスをしごき、射精していた。

俊之…。
愛してる…。

やっと気がついた。
ボクは俊之のことが好きなのだ。
今まで好きになったと思っていた女の子に対する気持ちと全然レベルが違う。
アイドルを好きになるように女の子を好きになっていた。
ただ単なる可愛い女の子に対する憧れだ。
でもボクが本当に好きなのは三浦俊之なのだ。
同性愛ってわけじゃない。
他の男をそんな目で見るのは無理だ。
俊之だからこそ好きなのだ。
離れることになって、やっとボクは自分の本当の気持ちに気がついた。
このタイミングで気づくなんて…。
それは本当につらいものだった。

それから間もなくして俊之は東京へ引っ越して行った。
ボクは当日「元気でな」とメールを送っただけだった。
じかに会えば間違いなく涙が出ることが分かっていたから。
「男のくせに泣くなよ」なんて言われたら声をあげて泣きそうだから。
だからボクはメールだけにしたのだ。
ボクたちの関係はひとつの区切りを終えた。


春になった。
新しい大学生活が始まった。
授業は新鮮で面白かった。
クラブには入らなかったが、それなりに友達はできた。
表面上は俊之がいなくても楽しく過ごしている。
それでもボクの心の一部はポッカリ穴が空いているようだった。
俊之がいないことを埋めるものは何もないのだ。

ボクは頻繁に俊之にメールした。
最初はタイムリーに返信が返ってきた。
しかし時間の経過とともに、少しずつ返信が少なくなってきた。
夏を迎えるころにはメールは一方通行になっていた。
俊之からの返信はほぼなくなっていたのだ。

夏休みに実家に戻っていたらしいのだが、それすら教えてもらえなかった。
夏休みが明けても状況は変わらなかった。
メールは一方通行で、会うことすらできなかった。

正月には戻ってくるだろうと思い、俊之の実家に行ってみたが、ダメだった。
「ごめんね。何かバイトが忙しくらしくって帰らないって連絡があったのよ」
そう俊之のお母さんから言われたのだった。
結局1年生の間は一度も俊之と会うことができなかった。

それでもボクの気持ちは切れなかった。
逆に会えなければ、余計に思いが募る。
俊之への思いは逆に強くなっていた。


2年になってもやはり状況は変わらなかった。
夏休みにも帰ってくる気配がない。
ボクは自分から行動を起こすことにした。
2学期が始まるころサプライズで東京に遊びに行くことにしたのだ。
大学の授業があるころには確実にいるだろうというボクの読みだ。
住んでいるところは俊之のお母さんから教えてもらった。

ボクは俊之に会うために電車に飛び乗った。
東京に着くまでの数時間ボクはずっとドキドキしていた。
急にボクの姿を見たら俊之は何て言うだろう。
「おっ、久しぶりだな。元気だったか?」
という普通の挨拶だろうか?
「会いたかった。俺がどれだけお前に会いたかったことか」
そう言って抱き締めてくれるだろうか?
ボクの頭にはいろんな妄想が浮かんでは消えた。

初めての東京はボクを戸惑わせた。
最寄りの駅という下北沢で降りてもどこに向かえばいいのかさっぱり分からない。
だいたい人が多すぎる。
何かイベントでもあるんだろうか?
人の多さのせいでここまで来るのに、ものすごく疲れていた。
「あれ、雅樹。どうしてこんなところにいるんだ?」
懐かしい声が左のほうから聞こえてきた。
俊之だ。
この声を忘れるわけがない。
ボクは声のするほうを見た。
そこには俊之がいた。
少し垢抜けてはいるが、間違いなく俊之だった。
「あ……」
ボクは心の準備ができておらず、何も言うことができなかった。
すると、少し離れたところから「俊く〜ん」という声が聞こえた。
「おぉ、佳菜」
俊之もその女性のほうを向いた。
「今から彼女とデートなんだ。またチャンスがあれば会おうぜ。じゃな」
俊之が女性のところに行って、何か話している。
きっと高校時代の友達とでも紹介したのだろう。
女性がボクのほうに会釈した。
それほど美人ではないが、愛くるしい女性だ。
どことなく日本テレビの水卜アナに似た印象があった。
ボクは無意識のうちにスマホで二人の姿を撮った。

その夜、ボクは俊之の住んでいる周辺を歩き回った。
しかし俊之には会えなかった。
一泊することも考えたが、結局ボクはその日のうちに帰った。

ボクはその日から俊之と「佳菜」と呼ばれた女性との2ショット写真を毎日ながめていた。
そんなある日冷静に考えると狂気とも思える考えが頭をよぎった。
その日ボクは写真と自分の顔を見比べていた。
もしかしたらボクのほうが綺麗なんじゃないか。
いや絶対に綺麗だ。
ボクはそんな考えにとらわれた。

ボクは取り憑かれたようにインターネットのいろいろなサイトで化粧の方法を調べた。
そして手順をまとめてあるサイトを印刷した。
必要そうなものを片っ端からメモった。
もちろんそれらを買うためだ。

ボクはそのまま100均に行った。
そしてそこにあった化粧品を全種類買った。
どれがいいのか分からないし、どれも自分には必要だと思ったからだ。
レジにいる店員が変な目で見ていたが、大して気にならなかった。
ボクはこれから綺麗になるんだ。
それほど綺麗ではないこの店員にボクの美しさを理解できるはずはない。
そんなふうに思っていた。

家に戻ると、まず最初に髭の処理を行った。
元々それほど濃くはないが、やはり気になる。
ボクは毛抜きで髭を一本ずつ抜いた。
それだけで2時間近くかかった。

化粧水を塗った。
良い香りがする。
これだけで女性に近づいたような気になった。

ファウンデーションをつけた。
それでも髭のところが少し気になる。
その部分をコンシーラでカバーした。

ビューラーでまつげをあげた。
なかなかうまくいかない。
何度かチャレンジした。
少しは上向きになったような気がした。
そしてアイラインをひいた。
これがなかなか難しい。
先端恐怖症の女性だったらとてもこんなものは使えないんじゃないか。
そう思った。
うまくできたかどうかは分からないが、とにかくできた。

そしてアイシャドウだ。
これは一度でうまくいった(ような気がした)。

さらにつけまつげ。
うまくついたかどうかは分からないが、まつげにボリュームはついたようだ。
これでかなり印象が変わった。

そして、チークと口紅。
口紅は真っ赤なものをつけた。
何となく唇は赤というイメージがあったためだ。

ボクは自分の顔を見た。
愕然とした。
とても見られたもんじゃない。
厚化粧すぎるし、バランスが悪すぎる。
部分部分ではそれなりにうまくいったと思ったのに…。
顔全体としてはダメダメだった。
真っ赤な口紅はものすごく浮いていた。
ボクの顔はこんなもんじゃない。
もう少しナチュラルにしたほうが良さそうだ。
ボクはいったん化粧を落とし、再チャレンジを試みた。

5回目のチャレンジでそれなりに納得のいく出来になった。
ボクは自分の顔を見た。
予想通りかなりの美人だ。
ピンクの口紅がチャーミングだ。
ボクは長い時間鏡を眺めていた。

ボクは全身を鏡で見てみた。
男の身体に女の顔がついている。
かなり奇妙だ。
髪型もいただけない。
服も買わないといけないな。
ウィッグも必要か。
とにかく顔だけ綺麗になっても仕方がない。
ボクはもっともっと綺麗になって、俊之にふさわしい存在になるんだ。
強くそう思った。

ボクは母・雅美の22歳のときの子供だ。
若くしてボクを産んだわけだが、子供はボクひとりだ。
弟も妹もいない。
母はまだ40歳を少し過ぎたくらいだ。
だから着ている服はそれほどおばさんっぽくない。
もしかしたら今のボクに似合うかもしれない。

ボクは母の洋服タンスを開けた。
女性の香りが鼻をくすぐる。
両親とも勤めに出ているので、家にいるのはボクひとりだ。
誰かに咎められる心配はない。
試してみるチャンスだ。

ボクはスマホでタンスの状態を写真に撮った。
タンスの服を出したことを気づかれないようにするためだ。
写真を撮ると、できるだけ可愛い華やかな服を何着か取り出した。
その中から1つのトップスを取って、身体にあててみた。
そしてその状態で鏡を見てみた。
何となくいいような気がする。
しかしやはり着てみないと分からない。
ボクは口紅がつかないように注意しながらトップスを着た。
ボクは華奢な身体つきで撫で肩だったので、母のサイズでピッタリだ。
鏡に映るボクはすごく可愛い。

しかし、難点が2つある。
髪型と胸だ。
やはり髪は少しくらい長いほうがいい。
胸は嘘でもあったほうがいい。
そう思うとすぐに、母の下着が入ったタンスの引き出しを開けていた。
ボクはもう自分の欲望を抑えられなくなっていた。
ブラジャーはカップの部分で揃えられて、すごくカラフルだった。
ボクは取りやすい一番上のピンクのブラジャーを取り出した。
綺麗なレースがついている。
ボクはドキドキしながらストラップに腕を通した。
そして必死になって、背中のフォックと格闘した。
悪戦苦闘の末、少しきついが、何とか留めることができた。
カップにティシュを5枚ずつ詰めて、ふたたびトップスを着た。
悪くない。
ウィッグもきっとどこかにあるはずだ。
それは母の髪型が時々変わることがあることを覚えていたからだ。
ふだんは黒っぽいブラウンのショートなのに、真っ黒のボブになっていたことがあった。
ボクは探した。
それはすぐに見つかった。
洋服タンスの奥にウェーブのついたセミロングのウィッグがあったのだ。
目的のものとは違うが、こちらのほうがボクの好みだ。
ボクはもつれさせないように注意しながら、そのウィッグを被った。
頭に少し違和感がある。
視界も前髪のせいで鬱陶しく思えた。
しかし鏡を見たとき、そんな気持ちは消えた。
母を若くしたような美少女が鏡の中にいたのだ。
「可愛い……」
ボクの口からは無意識にそんな言葉がこぼれていた。

さすがに母のショーツを穿く気にはならなかったので、下着はそのままで我慢した。
そしてマキシスカートを穿いた。
声と仕草以外は完璧な女装だ。

ボクは両親が帰ってくるまで女装して過ごすことにした。
外にも出掛けずにカップ麺で食事を済ませた。
家の中で母のハイヒールを履いて、歩く練習をした。
コーヒーを飲んでは、カップにつく口紅に喜んでいた。
そんなことをしているうちに時間は過ぎていった。
ふと時計を見ると5時になろうとしていた。
もう少しこのままでいたい。
そう思ったが、いつ母が帰ってくるか分からない。
こんな姿を見られたら何を言われるか分からない。
ボクは撮っておいた写真を見ながら、タンスの中を元の状態に戻した。

もっと綺麗になりたい。
綺麗になって俊之とつき合うんだ。
ボクはそんな思いに取り憑かれた。

ボクはその日から女性になるべく、その方法をインターネットのサイトで調べまくった。
まずはすね毛の処理だ。
ただ剃るだけではあまり綺麗にならなかった。
どうやらムダ毛をなくしてくれるクリームがあるらしい。
次の日に早速除毛クリームを買ってすね毛を綺麗に処理した。

ボクの家では週末は両親のどちらかが必ず家にいる。
だから女装するのはウィークデーで、かつ、大学の授業のない曜日だ。
だが、休講でもない限り、そんな曜日はない。
すね毛を綺麗にしたので、早く女装を試したい。
自分の欲求を抑えられなくなっているボクは、その週のうちに授業をサボって、女性になるトレーニングをした。

すね毛を綺麗にしたことで前より短い膝丈のスカートを穿いた。
しかし違和感がある。
すね毛がないのはいいのだが、そうなると筋肉質であることが気になった。
どうすればいいか?
ボクはすぐに女性ホルモンを購入した。
筋肉を落として女性らしい身体にするには絶対に必要だ。
ボクはそう確信した。

そして自分用の女性下着も購入した。
ついでにタックという方法をマスターした。
自分のペニスをうまく隠す方法だ。
この方法をマスターできたときに、試しにビキニショーツを穿いてみた。
陰毛を綺麗に処理すると、男の股間には思えなかった。
まるで女の子だ。
こんなに可愛いショーツを穿けるようになったのは本当に嬉しかった。

そして女の子の声のトレーニングについても調べ、特訓した。
家で女装するときはビデオで自分の姿を取り、仕草のチェックを欠かさなかった。
そんな地道なトレーニングを半年近く続けた。

半年経つと、ほぼ女性として振舞うことができるようになった。
筋肉質だった身体も女性ホルモンのおかげで、優しく丸みを帯びたラインを描くようになった。
寄せて上げることでBカップのブラジャーがパッドなしで使えるようになっていた。
そんなことも、女性として振舞うことの自信になっていた。
実際はパッドを使ってCカップのブラを使っていたのだけれども。
髪の毛も以前より細く柔らかくなっていた。
さすがに親の目があるので、髪型はそのままにして、ウィッグで我慢している。
何より女性の声を出せるので一人で外出することも可能だ。


そうなると、ボクはひとりで女性として外出したくなった。
外出して初めて行ったのはデパートの化粧品売り場だ。
そこでプロにメークの仕方を教えてもらった。
それまで独学、と言うか、インターネットサイトで調べてやっていた化粧方法が、いかにいい加減だったかを思い知らされた。
プロにメークしてもらうと、自分の顔が数倍綺麗になった(ように感じた)。
ボクは勧められるままに化粧品をセットで買った。
かなりの出費になったが、自分が綺麗になるためだ。
そのためのお金は惜しまなかった。

化粧もバッチリできるようになったボクは街でナンパされるまでになった。
たまには食事くらいはつき合ってあげた。
誰もボクのことを男だなんて思わなかった。
これなら俊之もボクのことを好きになってくれるんじゃないか。
ボクは自信を深めた。

ボクは俊之に対し、次のアプローチを実行することにした。


季節は3年の夏休み直前だった。
ボクは俊之にメールを送った。
『今度の水曜、遊びに行っていいかな?』
返事が返ってきたのは、それから1日以上経ってからだった。
『分かった。それじゃその日は時間空けて待ってるからな』
これで準備は完了だ。

ボクはその日に備えて準備を進めた。
基本は肌の艶だ。
化粧で誤魔化すのではなく、本当に綺麗になるようにしなくてはならない。
そのためにはきちんとした睡眠だ。
ボクはそれまで以上に睡眠を規則正しく取った。
もちろん肌の手入れを徹底した。
おかげで肌は綺麗になり、体調も良くなった。

そしていよいよ、決行の日になった。

その日、ボクは朝起きてすぐにシャワーを浴びた。
女性ホルモンの効果は絶大だった。
ウエストニッパーの効果で腰の括れも少しはある。
タックをしておけば、裸の状態でも男だと見破られないだろう。
ボクはバスタオルを胸元で巻き、鏡の前に座った。
全身に化粧水を染み込ませ、それが落ち着く間にドライヤーで髪を乾かした。
そして股間のものをタックで隠した。

タックが無事に終わると、化粧をした。
もう化粧は手馴れたものだった。
それでもこの日は念入りに、しかし派手にならないように注意しながら化粧した。
ボクの化粧の腕もかなりあがった。

下着はすでに前夜に決めてあった。
ラベンダー色のブラとショーツだ。
この色が自分に一番合うように感じていたのだ。
ブルーのキャミソールを着て、パープル地で花柄のついたミニのフレアスカートを穿いた。
そして白いカーディガンを羽織った。
イメージはおとなしいお嬢様風の女の子だ。

この頃にはボリュームをつけるようにセットすると、地毛でも充分女性として通用するようになっていた。
しかし、今日は俊之に会うのだ。
できるだけ見破られるような要素は排除しておいたほうがいい。
だから、ウェーブのかかったロングのウィッグをつけた。
これは自分のお金で購入したものだ。
かなり高かったが、それだけの価値はあった。
このウィッグはボクによく似合っているのだ。

(よしっ、完璧)
そしておもむろに鏡を見た。
そこにはアイドル顔負けの女の子が映っていた。
「こんな子に言い寄られたら、絶対好きになるよね」
そんなことを呟きながら、ボクは鏡の中でいろんなポーズをとった。

8センチのヒールのパンプスを履いて、家を出た。
道ですれ違う男たちがボクのことを見ている。
そんな男の心理はよく理解できる。
ボクは内心喜びを感じながら、あえて男たちの視線に気づかない振りをして、歩を早めた。

ボクは電車に乗ってから、俊之にメールを打った。
『ごめん。今日朝から熱が出て、行けなくなったんだ。前から妹が東京に行きたいって言ってたんで、切符をやったんだ。それで悪いけど、あいつを東京案内してやってくれないかな』
すぐに俊之からメールが来た。
『お前に妹なんていたっけ?どっちにしてもそれは困るよ』
予想通りの反応だ。
『そんなこと言ったって、もう東京への電車に乗ったころだよ。頼むからあいつのことよろしく頼むよ』
『仕方ない。その代わり、何かの機会に酒でも奢れよ』
『分かった。それじゃ頼むな』
これで何とか俊之に会うことができる。
ボクの鼓動は急に速くなったように感じた。


ボクは女の子になったときには「紗季」と名乗っていた。
そもそもの名前の「雅樹」と音が似ているために反応しやすいというのが第一の理由。
第二の理由が昔好きだった女の子の名前が「紗季」だったことだ。
この子は外見はもちろん可愛かったが、性格が抜群に良かった。
ボクにもう少し勇気があったなら告白しただろうと思う。
告白したいと思った唯一の女の子だった。
しかしクラス替えとともに「好き」という気持ちが薄れていった。
それでも、今でも時々夢に出てくるくらい好きだった女の子なのだ。

「妹の紗季です」
約束の場所にすでに俊之は待っていた。
そして俊之に向かってそう自己紹介したのだ。
「あ、どうも」
俊之は照れていた。
それでも視線はしっかりとボクの顔を捉えていた。
ボクはニコッと微笑むと、完全に視線を外してしまった。
少しからかい過ぎたかな?
「今日は兄がすいません。わたしまで図々しく押し掛けちゃって」
「あ、いいんだけど、あいつに君みたいな可愛い妹、いたっけ?」
「可愛いだなんて」
妹がいたかどうかの話題から逸らすために、ボクは「可愛い」というところのみに反応した。
「いや、可愛いよ」
「そうですかぁ」
「それじゃ、どこか行こうか?行きたいところのリクエストってあるのかな」
「それじゃ代官山でランチを…」
俊之がサッサと歩き出したので、ボクは急いで俊之の後を追った。
俊之に遅れないように歩くためには速く歩かないといけない。
ハイヒールを履いているため、なかなか速く歩けなかった。
「少しゆっくり歩いてもらえませんか?」
「あ、ごめん。よく言われるんだ」
「もしかして彼女さんに言われるんですか?」
「ああ、そうだよ。雅樹からそんなことも聞いてるんだ」
「何も聞いてませんよ。お兄ちゃんとそんな話、することありませんから」
「ふ〜ん、兄妹っていってもそんなものなのかな」
「そんなものですよ」
「ところで、お店のリクエストはあるの?」
「いいえ、そこまでは…。とりあえず代官山かなって…」
「ははは、なるほどね。それじゃ代官山ならとりあえずイタリアンあたりでいいかな?」
「はい♪」
俊之と昼飯を食べるなんて高校のときは何てことのない日常だった。
しかし今ボクは紗季なのだ。
俊之とデートしているのだ。
そんなことを考えると、ランチの味も分からないほどドキドキする。
それでもすごく幸せな気分だ。

「次はどこに行く?」
「遊園地がいい!」
「遊園地か…。東京ドームかな。ディズニーランドはちょっと遠いしな…」
「うん、東京ドームでいいですよ」
アトラクションに乗っているうちにボクたちはいつの間にか手を握っていた。
「紗季ちゃん」と呼ばれたときは天にも昇る気持ちだった。
ボクも「俊之さん」と呼んだ。
ボクが彼の腕に腕をからめても拒否されなかった。
ボクはわざと柔らかな胸が俊之の肘に当たるようにして歩いた。
俊之は何事もないような表情をしていたが、確実にボクを意識していた。
ボクにはそれがよく分かった。
もしかしたらこのまま…。


楽しい時間が過ぎるのは早い。
「また来ていいですか?」
「うん、そうだね……」
充分脈アリだ。

そのとき俊之に近寄る女がいた。
あのときの女だ。
「俊くん」
「あ、佳菜…」
俊之の目が泳いだ。
動揺している。
「誰?この子」
完全に怪しんでいる目だ。
「い…いつも話してるだろ?雅樹の…」
「妹の紗季です。今日は兄が熱を出して、代わりに遊びにきました」
「そ、そう。雅樹の妹なんだ」
何とか紹介できてかなり安心したようだ。
「それじゃ3人でお茶でも飲みましょうよ」
女がそう提案してきた。
ボクとしてはこの女と勝負したい気持ちだった。
「何言ってんだよ。今帰ろうとしてたんだ。予約した電車もあるし、そんな時間ないさ。なっ?」
俊之はボクに同意してほしそうだった。
しかしボクは電車を遅らせてでもこの女と勝負したかった。
しかし俊之が目で「帰れ」って感じで促した。
ボクは急に悲しくなった。
やっぱりボクよりこの女がいいんだ。
「わたし、もう帰ります。今日はありがとうございました」
そう言って、俊之の頬にキスをして、走り去った。
少し離れたところまで来ると、二人を見た。
少しもめていたようだが、すぐに仲直りしたようだ。
俊之と女は手をつないで歩いていった。


ボクは敗北感で打ちのめされていた。
こんなに可愛くなったのに。
絶対にあの女より綺麗なのに。
デートの感じは悪くなかった。
つき合っている女がいなければつき合えたと思う。
なのに…。
どうして最後の最後にあの女が来るんだ。
もしかしたら俊之のことを監視してるのかもしれない。
監視していて、雰囲気が良くなると、ぶち壊しにやってくるんだ。
きっとそうだ。
あの女は性悪女だ。
なのに、どうしてあんな女のご機嫌をとらないといけないんだ?
ボクだったらもっと俊之のことを立てるのに。
女の顔色をうかがうようなことはさせないのに。
どうして!
どうしてなんだ!

目の前で知らない男が何か話している。
どうやらボクを誘っているようだ。
「ねえ、僕と食事つき合ってよ」
「ごめんなさい、急いでいるので」
「そう言うなよ。僕見てたんだよ。君、彼にフラれたんだろ?僕も彼女にドタキャンされてさ。フラれた者どうし、仲良くしようよ」
あれを見られて、事情の知らない人にもフラれたって分かるような状況だったってこと?
ボクは動揺した。
「あそこに店を予約してるから、ちょっとだけつき合ってよ」
見ると、田舎者のボクでも知っている一流ホテルだ。
もしかするとこの先も入ることはないかもしれない。
そんなことを考えたせいで、スキが生まれたのだろう。
男は手慣れたようにボクを強引にそのホテルへ連れて行った。

すごく美味しい料理だった。
あんなことがあったせいで食欲をなくしていたはずのボクが料理を平らげたのだ。
食事が終わると、最上階のバーに連れて行かれた。
そこでのカクテルは口当たりもよく、とても美味しかった。
男がいろいろと話しているのを子守唄のように聞いていた…。

気がつくとどこかに寝かされていた。
目の前にバスタオルを腰に巻いた男が立っていた。
「……ここは?」
「ホテルの部屋だよ。君だってタダであんなご馳走を食べられるなんて思ってなかっただろう?」
「やめろ。ボクは男だ」
「へえ、そうなんだ。男であっても、それだけの美人だ。ぜひ味見をさせてもらいたいもんだな」
男がボクに覆い被さって、キスしてきた。
ボクにとってはファーストキスだ。
俊之にあげたかった。
ボクは涙を流した。
男の手がボクの胸に触れた。
「おっ、男のくせにおっぱいがあるじゃないか。本気のニューハーフなんだ」
男がボクの服を剥ぎ取った。
「可愛いブラジャーしてるじゃないか」
男の手がボクの乳房を揉んできた。
そして男の指がボクの乳首に刺激を与えると、ボクは感じてしまった。
「ぁ…ぃゃ……」
「へえ、ニューハーフでも感じるところは同じか」
男が乳首を口に含み、舌で転がすようにもてあそんだ。
「ぁ…ぁぁ……」
ボクは耐え切れず声を漏らした。
男はいやらしそうにボクの顔を見ながら、スカートをずらした。
「おっ、本当に男か?まるで女に見えるぞ」
男はラベンダー色のショーツをゆっくりとずらした。
「竿も玉もないじゃないか。すっかり工事済みってわけか」
男はクンニしようと股間に顔を近づけた。
「やめろ!」
ボクは手で股間を隠そうとしたが、無駄だった。
「ほぉ、本当に男だったのか。それにしてもこんなふうにして隠すなんてスゴいな」
男がボクの股間をマジマジと見ている。
恥かしくておかしくなりそうだった。
男がボクの股間を舐め始めた。
ペニスの先を舐められる度にボクの身体は痙攣したように感じた。

男のペニスが入ってきた。
ものすごく痛い。
「痛い、痛い、痛い、………………」
ボクがどれだけ喚こうが、男の抽送は止まらなかった。
「それじゃ最後に口で綺麗にしてくれよ」
男のペニスはまだ硬度を保っていた。
ボクはコンドームを取り、精液のついたペニスを口に含んだ。

ボクと俊之がうまくいかなかったのは佳菜のせいだ。
ボクと男に犯されたのも佳菜のせいだ。
ボクは頭の中であの佳菜という女への恨み言を並び立てた。
そして罵詈雑言を並び立てていた。
それでも負けたことには変わりはない。
きっと二人の関係はつき合い始めたころとは違うんだろう。
二人の強い関係がきっとでき上がっているのだ。
だとすると、あの二人の間に割り込むことは不可能なのか…。

それでも「また会いたい」という連絡が俊之からあるかもしれない。
そんな根拠のないことを期待して、ボクは女装をやめるにやめられなかった。

そのころには24時間女の子の恰好をしていた。
親にも知られてしまったが、ほとんど何も言われなかった。
そもそもボクになんか興味がないのかもしれない。

会った後も何度かメールしたが全く返事は返ってこなかった。
そして卒業をあと半年までなったころ、結婚式の招待状が届いた。

負けた…。
完全に……。
ボクの愛は届かなかったのだ。
こんなに愛してるのに。
誰よりも、愛してるのに。

それでもボクは最後の最後まであがいてやろうと考えた。
僕はいろんなサイトを探した。
インストールしていたセキュリティソフトが警告を出すような怪しいサイトも見た。
該当しそうなサイトは隅から隅まで読んだ。
(これだ!)
ついに見つけた。
あるサイトで見つけた方法がボクの目的を実現してくれそうだ。
そしてボクは試行錯誤の末、その方法を会得した。


結婚式の当日。
ボクは最高のお洒落をして出かけた。
チャペルでの結婚式だったが、そこには出席しなかった。
指輪交換なんか見たくもない。
ボクはチャペルの見える木陰でひとり佇んでいた。
しばらくすると結婚式が終わったらしく、参列者が屋外に出てきた。
そして参列者たちは手に花びらを持ち、道の両側に並んだ。
フラワーシャワーなのだろう。
参列者たちの準備が終わると、俊之と佳菜が並んで出てきた。

よしっ、今だ!

「きゃああああああああああ」
近くでオカマのような叫び声がした。
「わたしの身体、返して」
一見綺麗な女に見えるが、声は男だった。
そのオカマが叫びながらボクたちに向かってきた。
サッと俊之がボクを庇ってくれた。
「わたしの身体、返してってば」
オカマがボクに掴みかかろうとした。
ボクは俊之の後ろに隠れた。
バシッ!
俊之がオカマを殴った。
「誰か!警察を!」
俊之が叫んだ。
周りの男たちがオカマを押さえつけていた。
「わたしが佳菜よ。離してよ」
オカマはそんなことを叫び続けていた。

パトカーがやってきて、オカマを連行した。
オカマはずっと「わたしは佳菜」と叫び続けていた。

「佳菜、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫。これからもずっと守ってね」
「ああ、もちろんだよ」
俊之が優しくボクを抱き締めてくれた。
ボクは俊之の腕の中でほくそ笑んだ。

ボクと佳菜の魂の入れ替えはこうして成功したのだ。

「佳菜」
「俊くん」
俊之がボクを抱き締めてくれた。
いよいよだ。
いよいよボクは俊之に抱かれるのだ。
まだ馴れていないこの身体で。
俊之がボクをお姫様抱っこしてベッドに運んでくれた。
優しく下ろそうとして、最後はベッドに落とす恰好になった。
ベッドが柔らかくてベッドに身体が弾んだ。
身体にはダメージがほとんどなかった。
「ごめん。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫」
ボクは俊之の首に手を回し、ベッドに引きずり込んだ。

ボクと俊之は長いキスをした。
「やっとだね」
「うん」
ボクは何が「やっと」なのか分からなかったが、とりあえず返事した。

俊之がボクの耳たぶを舐めた。
「あ……」
自然と声が漏れた。
俊之はこの身体の感じるところを知っているのだ。
ボクの身体は俊之の愛撫全てに艶やかに反応した。

乳房を舐められた。
乳首の先に指が軽く触れた。
「あああああ………」
身体に電気が走ったようだ。
すごい快感…。
俊之が乳首を口に含んだ。
口の中で乳首を転がした。
「あああ……、すご…い………」
あの男のときとは全然違う。
ボクは確かに佳菜の身体で感じているのだ。
そしてボクは初めての女性としての快感でおかしくなりそうだった。

俊之の手が股間をまさぐった。
ボクはビクッとした。
あのときの男の感覚が蘇ったからだ。
しかし俊之は違うように理解したようだ。
「佳菜、感じてるんだね。すっごい濡れてる。これだったら大丈夫かな」
何かが入ってくる感じがした。
少し痛かったが、耐えられる程度だ。
「入ったの?」
「ああ、指が一本だけな」
俊之は指を出したり入れたりした。
何だか奇妙な感覚だ。
気持ちがいいのとは少し違う。

「それじゃ二本入れるね」
今度は指を二本入れたようだ。
「痛い……」
「大丈夫だって」
俊之はそう言いながら、さっきより長い時間指を出し入れした。
やがて違和感がなくなってきた。
「もう痛くない?」
「うん、大丈夫」
俊之がブリーフを脱いだ。
ペニスが屹立していた。
あのときの男のモノより大きくはないように思える。
しかし俊之のモノというだけで愛おしく思えた。

「いくよ。力を抜いて」
俊之がボクの股間にペニスの先をあてたかと思うと、何かが入ってくる感覚があった。
ペニスの先が入ってきたのだ。
「痛いっ」
「最初のうちだけだから大丈夫。ほら、力を抜いて」
最初のうちだけなんて嘘だ。
ペニスが入ってくれば、それだけ痛みが強くなった。
身体の中心に杭をぶち込まれたようだ。

何と佳菜は処女だったのだ。
だから俊之は「やっとだね」って言ったんだ。

俊之がボクの上で動き始めた。
すごい痛みだった。
しかしそんな痛みは我慢できた。
だってボクが俊之に処女をあげることができたのだ。
あの男に犯されたときに一旦諦めたのに。
自分が本当の女になって大好きな俊之に処女をあげられるなんて…。
そう思うと、この痛みは大したものとは思えなかった。
ボクはそんな体験をさせてくれた佳菜に感謝した。
涙が出てきた。
それが痛みのせいなのか、佳菜への感謝のせいなのか分からなかった。

俊之がボクの中に射精したとき、あまりの痛みで失神しそうになった。
俊之のペニスが出て行った後のシーツは破瓜の血で真っ赤に染まっていた。
俊之が離れてからも、ずっと股間に何か入っているような違和感が抜けなかった。
それでも最高に幸せだった。


次の日からはヨーロッパへの新婚旅行だった。
ボクにとっては初めてのヨーロッパ。
理屈抜きに楽しんだ。
しかも隣には大好きな俊之がいる。
ボクにとっては夢のような時間だった。
夜は毎晩抱かれた。
痛みこそ少しずつ薄れたが、快感を感じれるほどにはならなかった。
乳房を触られるほうがずっと感じるくらいだ。
もしかしたら、あの男との経験がボクの何かにブレーキをかけているのかもしれない。
そうは思ったが、本当のところは分からなかった。
だからセックスのときには感じた振りをしていた。
そうすることで、俊之が喜んでくれるからだった。

そして新婚旅行の最終日。
いよいよ明日から日常生活に戻るわけだ。
「明日から普通の生活に戻るんだね」
「ああ、そうだな」
「わたし、ちゃんと奥さんの役割できるかな?」
「大丈夫だって。できることをやればいいから。俺も手伝うからさ」
「うん、わたしも頑張るね」
そんなことを言って、新婚旅行最後の夜に抱き合った。

新婚旅行から戻ると、すぐに俊之の実家に挨拶に行った。
俊之のお義母さんがお茶を入れるために台所に立つと、ボクもそれにしたがった。
「佳菜さんはゆっくりして。疲れてるでしょう?」
「いいえ、大丈夫ですから」
そうして棚にあった茶葉を取って、お義母さんに渡した。
「ありがとう。でもよく茶葉があるところ、分かったわね」
しまった。
ボクはしょっちゅう俊之の家に遊びに来ていたので、どこに何があるか大体知っている。
しかし佳菜としてはそれほどは知らないのかもしれない。
下手に動くとボロが出るだろう。
これからは慎重に行動しようと思った。
「たまたま見つけたので」
そう言葉を濁した。

「ねえ、佳菜さん」
お義母さんが急に改まった感じで話し出した。
「はい?」
「あの子は親のスネばかりかじって、家のことは何もできないの。だから、きっとあなたにも迷惑をかけると思うけど、くれぐれもよろしくお願いしますね」
「えっ、あ……はい」
突然の言葉に驚いた。
ボクはうまく返事できなかった。
「きっとあなたたちは今愛し合ってるから最初は大丈夫だと思うけど、結婚すれば、いつまでも恋人どうしじゃいられないの。時間が経てば、お互いのことが空気のような存在になったり、時には疎ましく思えたりしてしまうものなの。そんなときにも一緒にいられる関係ってのを二人で作ってね。でも、こういうことって男ってあんまり考えないから、佳菜さん、あなたが主導権を取っていって欲しいの」
何だか難しそうなことを言われた気がする。
ボクはうまく消化できないでいた。
「要はいつまでも仲良くしてねってこと。俊之をよろしくお願いします。愚痴ならいつでも聞くわよ」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
そしてボクたちは笑い合った。

「何、お袋と話してたんだ?何か盛り上がってたみたいだけど」
帰り道で俊之に聞かれた。
「ふふふ、内緒。女どうしの話だもの」
「まあ、お袋と仲良くしてくれるのはいいけど、女で連合軍を作られると後々恐ろしいな」
「大丈夫だって。わたしはいつでも俊くんの味方だから」
「頼むぜ。佳菜は俺の味方でいてくれよな」
「もちろんよ」
そう言ってボクは俊之の手を握った。
ボクたちの新婚生活は順調にスタートした。



俊之の会社生活が始まるまで、少しの間だったが、恋人気分の時間を過ごすことができた。
二人で目覚めて、二人で買い物に行って、二人で食事を作る。
何てことのない日常生活だ。
まるでままごとのような生活だったが、ボクにとっては新婚旅行よりも楽しかった。
お義母さんは「何もできない」と言っていたが、俊之はいろいろと手伝ってくれた。
ボクは料理など一通りできるように準備していたので、大抵のことは問題なくこなせた。
ただ佳菜の身体は思ったよりも非力だった。
以前なら楽に持てた重さでもかなりつらかった。
そんなとき俊之は何も言わずに持ってくれた。
ボクはそんな俊之のことをとっても頼りにしていた。

俊之が会社に行くようになると、待っていたのは退屈な専業主婦生活だった。
それでも仕事に疲れて帰ってくる俊之のためにいろいろな料理を作って待っていた。
夜の生活は毎日抱かれたかったが、あまり無理は言わなかった。
だって俊之が仕事で疲れていると思ったから。
でも本当は毎日抱かれたかった。
ボクは実際抱かれることは好きだったし、胸を触られると感じるのだが、まだイッたことがなかったのだ。
最初は痛かったし、少しずつ痛みはなくなった。
だからきっと回数を重ねれば、きっとそのうちイケるようになるはずだ。
ボクはそう考えていた。
だから毎回期待しつつ抱かれたのだが、残念ながらまだイッたことがなかったのだ。

また積極的になれない理由もあった。
それはフェラチオだ。
時々だが、俊之がフェラチオを要求するのだ。
大好きな俊之のものとは言え、ペニスを口に入れるのは抵抗があった。
あの夜の男を思い出してしまうからだ。
だからノラリクラリかわしてきた。
しかしそのことが少しだけ気になって素直にセックスを求められないという一面があったのだ。

フェラチオを拒んできたせいなのか、それとも仕事が忙しくなったせいなのか、はたまた単に時間の経過のせいなのか、俊之との夜の生活は少しずつ減ってきた。
週に1〜2回だったのが、1週間まったくなかったこともあった。
まだ結婚して2ヶ月が過ぎたばかりだというのに。
それでもボクは俊之のことを信じていた。
俊之の気持ちはまだまだ自分に向いているのだと信じて疑わなかったのだ。


そしてそんなある日のことだった。
ボクが買い物に出たときに、街で俊之を見かけたのだ。
となりには知らない女性がいた。
仕事時間中だったので、同僚と外回りに出ているのだろうとくらいにしか思わなかった。
何となく二人を見ていると、二人してわき道に入っていた。
どうしたんだろう?
ボクが見てると、女性が俊之に抱きついた。
そして二人はキスをした。
数秒の短いキスだった。
しかし挨拶代わりのキスなんかではない。
二人が恋人関係にあるのは明らかだった。

そして俊之と女性はそれぞれの方向に歩き出した。
ボクは俊之の後を追った。

「俊くん」
ボクは背後から俊之を呼び止めた。
俊之はゆっくりと背後に振り返った。
「ぁ、佳菜…」
「ちょうどこの辺りまで買い物に来たの」
「へえ、そうなんだ。俺、まだ仕事があるから」
そう言って、俊之はその場から逃げようとした。
「仕事があるのに女の人とキスしてたんだ…。綺麗な人ね」
はっきり言って、それほど綺麗とは思わなかったが、皮肉を込めてそう言ったのだ。
「何だ、見てたんだ」
「誰なの、あの女?」
ボクは俊之を詰問した。
「会社に戻らないといけないから、その話は家でしようぜ」
俊之は逃げるように歩き去った。

その夜、ボクは夕食の支度もせず、部屋の電気をつけることもせずに家で俊之の帰りを待った。
「ただいま」
俊之が帰ってきたのは8時を少し過ぎたころだった。
「何だよ、これ見よがしに電気もつけずにいるなんて。飯は?」
「作ってない……」
「何だよ、それ。それじゃコンビニででも弁当買ってくるよ」
俊之はそのまま出ていこうとした。
「ちょっと待ってよ」
「何だよ」
「昼間のこと、説明してよ」
「ああ、取引先の受付の子だよ。何となくウマが合ってさ」
「寝たの?」
「……ああ」
少しの間が開いたが、俊之は肯定した。
「だから最近抱いてくれなくなったのね?まだ結婚して2ヶ月しか経ってないのに、どうして?」
「どうして?それはお前が変わったからだよ。結婚した途端、お前が変わったんだ」
さすがにばれていたみたいだ。
しかし白状するわけにはいかない。
中の人格がボクに変わってしまったことまではばれていないだろう。
ボクは白を切るしかなかった。
佳菜の振りをし続けるしかないのだ。
「どこが変わったっていうのよ?」
「結婚するまではどちらかというとサッパリした感じだった。ある意味、男らしいというか、細かいことにこだわらないというか……。でも結婚した途端、変に女を感じるんだよ。俺の帰りがどんなに遅くなっても、食べずに待ってるなんて、結婚前の佳菜じゃ考えられないよ」
「どうして?だって一緒に食べたいでしょ?」
「そんなこと、毎日されてみろ。残業してても、佳菜のことが気になって仕事に集中できないだろ。俺の知ってる佳菜だったら、自分が腹減ったら、俺のことなんか構わずに食べるはずなんだよ」
「だって、夫婦になったら夫に尽くしてあげたいって思うんじゃない?」
「そこが違うんだよ。どういうか……人間そのものが違ってしまったような感じがするんだ」
これ以上言うとボロが出そうな気がして、ボクは何も言えなかった。
「なあ、俺たち、もう別れようぜ」
「えっ、離婚ってこと?」
「ああ、そうだ。こういうことは早いほうがいいし」
「そんな……」
「とにかく俺はそういう気持ちだ。お前も考えてほしい」
「本気なの?」
「ああ、もちろんだ。こんなこと、冗談で言うわけないだろ」
「分かったわ。少し考えさせて」
「それじゃ今日から俺は別に寝るから」
俊之が出ていった。
しばらくすると家からも出て行った。
食事に出たのだろう。
ボクは全然食欲がなかった。
簡単にシャワーだけを浴び、ベッドに潜り込んだ。
なかなか寝つけなかった。
11時ころに俊之が帰ってきた。
「何だ、風呂も入ってないのか」という声が聞こえてきた。
俊之もシャワーだけを浴びたようだった。
そしてリビングからテレビの音がした。
どうやらリビングで寝るらしい。
しばらくするとイビキが聞こえてきた。
ボクはベッドから起き出した。


「おはよう。やっと目が覚めたんだ」
ボクはようやく目覚めた相手の頭を撫でて、そう言った。
相手が眠そうな目でボクの顔を見た。
ボクの顔を見ると、相手の顔には恐ろしそうな表情が浮かんだ。
何か言おうとしているようだが、うまく声にならないようだ。
「どうして"俺"が?」
ようやくそんな言葉を発した。
「やっぱり驚いてるんだ…。今の自分の姿見てみる?」
ボクは鏡を差し出した。
相手はボクが差し出した鏡を奪い取った。
そして鏡を覗き込んだ。
「どうして俺が"佳菜"になってるんだ…」
「さあ?そんなの、分かんないわ」
「俺の姿になってるお前は誰だ?佳菜なのか?」
「そうよ」
ボクは佳菜の振りをし続けた。
そうするしかないと思った。
「何だよ、これ?こんな漫画みたいなことアリかよ!」
「俊くんがわたしと別れたいなんてわがままを言うから、神様が罰を与えたんじゃない?」
「罰?」
「そう、罰よ。わたしが俊くんのことをものすごく愛してるし、俊くんはそのことをよく知ってるのに…。なのに俊くんはわたしと別れたいなんて言うから。きっと神様が二人がどうしても離れられないように身体を入れ替えたのよ」
「そんなわけ、ないだろ?」
「だったらどうしてこんなことが起こったんだと思う?」
「知るか、そんなこと。それより早く戻してくれよ」
「どうやって?わたしが戻せると思うの?」
「それは……」
「無理なこと言わないでよ。わたしにそんな力があるわけないでしょ?」
そんな会話をしながら、佳菜の姿になった俊之は自分の胸を触わろうとしていた。
もしかしたら無意識の行動なのかもしれない。
男として女性の乳房が気にならないわけがないのだ。
「やっぱりおっぱいが気になる?」
「そんなわけ、ないだろ?」
俊之は慌てて手を引っ込めた。
「別に触ってもいいのよ。男だったあなたがおっぱいに興味を持つのってすっごく自然だし…。せっかく自分のものになったんだから好きなだけ触れば?何ならわたしが揉んであげよっか?」
ボクが手を伸ばすと、俊之が身をかわした。
「触られるのはいやなんだ。……ところで、昨夜の話だけど、わたしたちの離婚の話どうする?あなたは"佳菜"として独りぼっちになりたい?」
「…それは…無理……」
「それじゃ離婚するって話は?」
「もういい。というか、入れ替わった状態で捨てないでくれ」
「仕方ないわね。それじゃ今のまま夫婦でいるしかないわね。それじゃあなたの覚悟がどこまで本物かを確かめさせてもらうわ。どこまで佳菜になり切れるのかをね」
「何するんだ?」
「もちろんセックスよ。夫の性の相手をするのは妻の大切な役目でしょ」
「そんな…いきなりは……」
「それじゃいつならできるの?」
「それは……」
「夫婦だったらいずれはしないといけないんだから。男でしょ、覚悟を決めなさいよ」
ボクは俊之を押し倒した。
「きゃっ!」
「『きゃっ』て可愛い反応するじゃない。俊くんって女の子の才能があるんじゃない?」
「そんなこと…んっ」
ボクは俊之の口をキスで塞いだ。
最初は抵抗しようと力が入っていたが、やがて諦めたように力が抜けていった。
もしかしたらキスだけで感じているのかもしれない。
男と女では感じ方が全然違うのだ。
俊之は女性としてのキスの快感に飲み込まれてしまったのかもしれない。
ボクは俊之の乳房をパジャマの上からまさぐった。
抵抗する様子はなかった。
俊之はされるがままだった。
そして明らかに感じていたようだったが、必死に声を出さないようにしていた。
そうすることが男としての最後の抵抗だったのかもしれない。

ボクはキスしながら、俊之の手を取った。
すでにボクのペニスは大きく勃起していた。
久しぶりの感覚だ。
あまりに感覚が開きすぎて、初めての感覚と言ってもいいくらいだった。
ボクは俊之の手をつかみ、その手をボクの股間に運んだ。
俊之はそれに触れると、慌てて手を引っ込めた。
ボクはいったんキスを中断した。
「どうしたの?自分のモノでしょ?」
「いや、しかし……」
そんな俊之の様子を見ていると、少し苛めたくなった。

「男の子のオナニーってどんなふうにやるの?」
「握ってしごけばいいんだよ」
俊之はボクへの視線を外して答えた。
「それじゃあ、やってよ」
「どうして俺がそんなことしないといけないんだよ」
「ああ、そんなこと言うんだ」
ボクは意味ありげに言った。
それで俊之は悟ったようだ。
「分かったよ、やりゃいいんだろ!」
簡単に応じた。
「それから…」
そう言ってボクは間をおいた。
俊之の顔には嫌な表情が浮かんでいる。
何か嫌な要求があると思っているのだろう。
「せっかく可愛いわたしになってるんだから『俺』なんて言い方はしないで。話し方も優しくしてよ」
「分かったよ。その代わり佳菜も男らしく話してくれ…話してよ」
俊之は対抗してそんなことを要求した。
「あなたは人に命令できる立場じゃないってこと、分かってないのね?」
「ご…ごめん…なさい。ちゃんとするから」
俊之は慌ててボクのペニスを握った。
ボクは俊之からペニスが見えやすいように体勢を変えた。
俊之はペニスを見ないように横を向いてペニスをしごいた。
「ちゃんとおちんちんを見なさいよ」
俊之はイヤイヤといった感じで視線だけをペニスのほうに向けた。
自分のペニスを人に触られるなんて初めての経験だった。
しかも大好きな俊之に握られていると思うとますます興奮した。
ボクはあっという間に射精した。
飛び出た精液は俊之の腕にかかった。
射精ってこんな感じだっけ?
思っていた以上に気持ちいいや。
射精したときボクはそう思った。
「男の子の感覚ってこんな感じなのね。結構気持ちいいかも」
俊之のほうは手についた精子をティシュで一生懸命に拭き取っていた。
「そんな汚いものじゃないでしょ?もともとは自分のものなんだし」
「そんなこと言ったってあんまり気持ちのいいもんじゃないし」
俊之はさらにティシュをつかみ拭いていた。

ボクにさらなる悪戯心が湧いた。
「ねえ、口で綺麗にしてよ」
「そんな…。絶対無理…」
「無理でもいいからやってよ。できないのなら……」
俊之はペニスをジッと見ている。
迷っているようだ。
でも何となく最後には折れそうな気がした。
ボクはそのときを待った。

俊之の柔らかな指がボクのペニスに触れた。
そしてその手で優しく包まれた。
俊之に握られていることだけで興奮して再び勃起した。
俊之の顔がゆっくりとペニスに近づいた。
ペニスに息づかいを感じる。
ヌルっとした感覚がペニスの先端を襲った。
「んっ」
ボクは思わず声を出してしまった。
俊之は一気にペニスを口の中に含んだ。
俊之がボクのモノを咥えてくれてる。
そう思うだけで、すぐにでも爆発しそうに思えた。
しかしついさっき射精したため、すぐには出なかった。

俊之がペニスを咥えたまま、ボクのほうを見た。
視線が合った。
俊之は視線が合うとは思っていなかったのだろう。
慌てて俊之が視線を外した。
その姿がすごく可愛かった。
ボクは俊之の頭をつかみ、腰を振った。
俊之は咥えながら何か呻いていた。
ボクはそれに構わず必死に腰を振った。
「出そう……。全部飲んでね」
ボクは俊之をつかむ力を強め、さらに激しく腰を振った。
ついにボクは俊之の口の中で射精した。
感動だ。
フェラチオがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
俊之が求めたのが理解できた。

ゴホッゴホッゴホッ……。
俊之は口から精液を流して咳き込んでいた。

ボクは高まった気持ちを抑え切れず、俊之を押し倒して、一気にパジャマのズボンを剥ぎ取った。
そしてショーツを乱暴に剥がし、一気にペニスを突き立てた。
すでに俊之のその部分は濡れていた。
ペニスはやや萎みかけた状態だったが、何なく俊之の中に挿入することができた。
俊之の中は温かかった。
俊之の中でボクのペニスは再び元気を取り戻していた。
「どう?気持ちいい?」
「もうやめて…よ……」
「まだあんまり気持ち良くない?」
ボクは俊之の表情を見ながらゆっくりと腰を動かした。
「あ……」
俊之の口から喘ぎ声が漏れた。
きっと感じているに違いない。
昨日まではボクの身体だったんだから、どこにどんな刺激を与えれば感じるかは分かっている。
ボクは効果的なところにペニスが当たるように微妙に腰の動きを調整した。
俊之が喘ぎ声が出ないように自分の手を噛んでいた。
「気持ち良かったら声を出していいのよ」
「気持ちなんか良いわけ……ない………」
「そうなんだ。それじゃやめようか」
そう言って、ボクはいきなりペニスを抜いた。
もうすでに2回も射精しているんだ。
元々男性とは言え、男性として初めてのセックスなのだ。
かなり疲れていた。
だから俊之が望まないのならやめてもいいと思っていた。
本当にやめるつもりだった。
ボクは俊之の横に仰向けに寝た。
俊之は動かなかった。
しかしボクを寝かせてはくれなかった。
ボクが少しウトウトとしかけたときだった。
小さな手にペニスを握られたのを感じたのだ。
「こんな形でやめないで」
俊之がそう耳元で囁いた。
そして手でペニスに刺激を与えていた。
すぐにペニスは大きくなった。
「だって気持ち良くないんでしょ?」
「そんな…。分かってるくせに……」
そう言ってキスしてきた。
精液の臭いがした。
ボクは仕方なく再び俊之の中に挿入した。
「ぁぁ……いい……」
俊之は素直に声を出した。
ボクは緩急をつけながら腰を動かした。
俊之はボクの思うままの反応を示した。
しかし2回も射精したせいで、なかなかイクことができなかった。
「もう…ダメ……おかしくなりそう………」
俊之はそう言いながらも、さらに快感を求めてきた。
ボクはやけくそで腰を動かす速度を速めた。
するとようやくイケそうになった。
「ああ…出そう……」
「来てぇ………」
やっと俊之の中に射精することができた。
俊之は身体を反らせ痙攣した。
きっとイッたのだ。
ボクは一度もイケなかったが、俊之は女性としての初めてのセックスでイッたのだ。
ボクは俊之を絶頂に導いたことで男としてやっていける自信がついた。
ボクが俊之になり、俊之が佳菜になったほうがきっとセックスの相性がいいのだろう。
きっとこの関係は長続きするに違いない。
ボクはそう確信した。

「俊くん、良かった?」
ボクは俊之にそう聞いた。
俊之は何も聞こえないかのように反応を示さない。
「返事してくれないの?わたしがセックスうまいかどうか知りたいんだけどなぁ……」
それでも返事はなかった。
「それじゃあなたの浮気相手とでも試してみようかな」
そう言うと、やっと反応があった。
「彼女のことは知らないだろ?……知らないでしょ?」
「携帯の履歴を見ればおおよそのことは分かると思うわ。違う?」
そうしてボクは俊之から離れて、俊之の携帯を手に取った。

「やめてよ」
俊之は携帯を取り上げようとしたが、ボクは簡単に俊之の手を払った。
「やめてあげてもいいけど、だったらどうだったか教えてよ」
俊之は少しの間躊躇っていたが、ついに「気持ち良かったわ」と小さな声で言った。
「良かった…。俊くんが感じないんだったら、せっかく女の子になった意味ないもんね?」
「何、意味って?」
「だって男より女のほうが感じるって言うじゃない?俊くん、身体を仰け反らせて感じてたもんね」
「……仕方ないでしょ?身体が反応するんだから」
「その分、女の身体って面倒よ。月一回の生理があったりするんだからね」
「えっ、生理…」
「でも、生理は当分経験しないでいいから」
「えっ?当分経験しないでいいってどういうことなの?」
「だって、その身体、妊娠してるもの」
俊之には意味が通じなかったようだ。
「妊娠したら生理ってこないのよ、知らなかった?」
「えっ……あっ…嘘だろ?」
話し方が元に戻っている。
それくらい動揺してるってことなのだろう。
「3ヶ月だって。たぶん新婚旅行のときにできたんだと思うわ」
「俺のお腹に赤ちゃんがいるっていうのか……」
俊之が自分のお腹に手を置いた。
「そうよ。だからその身体、大事にしてね」
「俺のお腹に赤ちゃんがいるんだ……」
俊之はそのままの体勢でブツブツ呟いている。
かなりショックを受けているようだ。

「仕方ない。荒療治だけどやるか」
ボクは俊之の家に電話をかけた。
「母さん、今日ちょっと行っていいかな?…えっ、あ、うん、行って話すから。それじゃ昼過ぎくらいに行くよ」
俊之がボクの顔を見ている。
ボクの意図を探っているのだろう。
「電話、聞いてたんでしょ?昼過ぎに俊くんの家に行くわよ」
「こんな佳菜になった姿で行くなんて無理だよ。恥ずかしいよ」
「何言ってるの?俊くんはどこからどう見ても佳菜にしか見えないわよ。普通にしてたら全然おかしくないって」
「でもこの姿を親に見られるなんて絶対に無理」
「そんなこと言って、一生外に出ないつもりなの。ツベコベ言ってないで、行くわよ」
ボクは俊之のために服を選んであげた。
さすがにいきなりミニスカートは難しいと思ったので、ロングスカートを選んだ。
俊之は文句を言いながら、出された服を着た。
そして黙って化粧されていた。
俊之は意外と化粧されることは楽しみにしていたのかもしれない。
何となくご機嫌のように見えた。
そのことを指摘すると、きっと機嫌が悪くなると思い、黙って化粧してあげた。
そして出掛けるときはヒールではなくヒールのないものを履かせてあげた。

「やっぱり無理だよ」
俊之は自分の実家を前に尻込みしていた。
「そんなこと言ってないで入るぞ。それより言葉遣いには気をつけてくれよ。俺だって頑張ってるんだからさ」
ボクが男言葉を使わなくなってかなり経っていたので、自分の言葉が妙に聞こえた。
しかしそんなことも言ってられない。
俊之がオカマに見られないように頑張って男言葉を使おうとしていた。
「そんな気分になれないよ」
そんな俊之をボクは睨んだ。
「わ、分かったわよ。これでいいんでしょ?」
ようやく俊之は覚悟を決めたようだ。
「それじゃ押すよ」
ボクはインターホンを押した。

「俊之、今日は急にどうしたの?」
「ちょっと話があってさ」
「とにかく二人とも座って」
そう言って、俊之の母親がお茶を入れるためにキッチンに立った。
「おい、お前は嫁なんだから、手伝ったほうがいいぞ」
ボクは小声で俊之に言った。
「分かったわよ」
俊之は「お義母さん、お手伝いします」と言って、キッチンに行った。

やがて、俊之がお茶とお茶菓子をのせたお盆を持ってきた。
それぞれの前にお茶とお茶菓子を置いて、俊之は自分の席に座った。
そして母も席に座った。
ボクは軽く咳払いをして、言った。
「父さん、母さん、実は俺、父親になるんだ」
ボクは俊之の両親を前にそう話を切り出した。
一瞬沈黙が訪れた。
しかしすぐに両親の表情が崩れた。
「父親?そうか、おめでたか。それはめでたい。それにしても儂らも爺さん婆さんになるのか。困ったもんだな」
「佳菜さん、あまり無理しないでね。力仕事は全部俊之に頼めばいいから」
二人はそんなことを言いながらとても嬉しそうだった。
そんな二人の表情を見ながら俊之の表情は複雑に見えた。

「佳菜さん、ちょっと」
俊之の母親は俊之を別の部屋に呼んだ。
ボクは俊之の父親と他愛のない話をして時間を潰した。

そして帰り道、ボクは俊之に聞いた。
「お義母さんと何話したの?」
「元気な子供を産んでねって」
「そうなんだ」
「それからこれ渡された」
小さな木箱だ。
「何が入ってるの」
「俺のへその緒だって。これを持ってればきっと安産だからって渡された。俺を産んだときの話も聞かされた」
「ふ〜ん、そうなんだ」



次の日から、ボクは俊之として会社勤めする毎日が始まった。
そもそもボクは働きに出たことがない。
なのに他人として訳の分からない仕事をしなければならないのは苦痛でしかなかった。
しかし3ヶ月、6ヶ月と経つうちに、勘所が分かってきて、少しずつ仕事が面白くなってきた。

俊之は母親と話したことで、妊娠していることにネガティブでなくなった。
入れ替わって3ヶ月過ぎたころには、俊之のお腹も少しは目立つようになった。
と言っても、それは全裸になったときだ。
服を着ているときは妊娠していることが分からない。
俊之が目立たないファッションをしていたせいなのかもしれない。
いつの間にか女性誌を読んだりしてファッションにも気を配るようになっていた。
また手芸にも興味を持ち、産まれてくる子供のためにケープや靴下を編んだりしていた。
俊之は佳菜としての生活を楽しんでいた。
そして確実に母親になりつつあった。



俊之は無事に男児を出産した。
医者が言うにはとても軽い安産だったそうだ。
それでも一晩ずっと分娩室で呻っていて、かなりつらそうだった。
産まれてきた子には『俊之』から一字を取って『俊哉』と名づけた。
俊之の生活は俊哉一色になった。
「おい、佳菜」
「何、ちょっと待って。今、俊哉が泣いてるんだから」
すべてがこの調子だ。
夜の夫婦生活も俊哉の夜泣きに邪魔されてしまう。
俊之にとっては、ボクとの関わりより、俊哉との関係のほうがずっと大切なのだ。
もう俊之はすっかり女に、そして母親になっていた。

そんな俊之との関係に寂しさを覚え、ボクはある部屋を訪ねた。
「久しぶりに来てくれたのね。寂しかった…」
その部屋の女がボクの胸に飛び込んできた。
ボクはその女を抱き締めた。
それはボクの元の身体だ。
すなわち雅樹の身体になっている佳菜だった。



佳菜は騒動を起こし警察に連行された。
罪としては大したものではなかった。
単に結婚式に乱入したというだけだ。
ただ、言動がおかしかったため、そのまま病院に収容されてしまったのだった。
「自分は佳菜だ」「自分は女だ」と強く主張していた。
佳菜の言動がおかしいのはずっと続いた。


ボクは佳菜が入院している病院を訪ねた。
ボクが俊之の姿になって3ヶ月ほどが経ったときだった。
ボクは"雅樹"の状況を尋ねた。
病院には"雅樹"の兄だと名乗った。
単なる友人というよりはそのほうが訪ねた理由が説明しやすいと思ったからだ。
"雅樹"は自分のことを佳菜だと言って聞かないそうだ。
したがって病院関係者は全員「佳菜」と呼んでいるとのことだ。
もし患者と話をすることがあっても、佳菜と話をしているように振舞ってほしいと言われた。
もちろんこれは佳菜を興奮させないためだ。
しかし、ボクは会うのならもう少し落ち着いてから会うと返事をした。
ボクはその後も月に1〜2回の頻度で病院を訪れた。
佳菜の病状はもちろん良化しない。
ボクは医者に性別適合手術をしてもらうよう依頼した。
言動がおかしい原因は認識している性別の不一致からくるからものと考えられるのなら、それを治してほしいと言ったのだ。
手術の日、ボクは手術に立ち会った。
手術は成功した。
ボクの身体は女性に作り変えられてしまったことで、何となくもの悲しい感傷がよぎった。
しかし、今の佳菜にとってはそのほうが良いことだろう。
ボクは佳菜が気がつく前にその場を去った。

佳菜の手術が成功し、しばらく経ってからボクは佳菜の前に姿を現した。
「俊くん……」
佳菜はボクの姿を見ると涙を流した。
「もう会えないと思ってた……」
ボクは何も言わずに佳菜が泣き止むのを待った。

一頻り涙を流すと、佳菜はボクのことをまっすぐ見た。
「信じて。わたしが佳菜なんだから」
「ああ、分かってる」
「本当に信じてる?本当に私が佳菜なんだよ」
「実は、今一緒に生活している佳菜は結婚してから何となく変わった感じがするんだ。それでふとあのとき君が言った『わたしの身体、返して』っていう言葉を思い出したんだ。もしかしたら本当に佳菜が身体を奪われたんじゃないかって」
「そう!そうなのよ。やっぱり俊くんは分かってくれたんだ」
佳菜は再び泣いた。

ボクは佳菜に自分が佳菜だと主張することをやめるようアドバイスした。
そんなことをすれば退院が難しくなるだけだと。
佳菜は気持ちの上ではかなり抵抗があったようだが、退院するために我慢することに納得した。

そしてそれから退院するまでには1年ほどを要した。
入院したきっかけが微罪とは言え、犯罪だったことが時間を要した理由だった。
しかし何とか退院までこぎ着けることができた。

退院できると、佳菜には雨露が凌げる程度の部屋を与えた。
時々ボクは佳菜の元を訪ねて、恋人のように振舞った。
そして、今の妻とはいずれ離婚して、佳菜と一緒になるつもりだと何度も話した。
佳菜はその言葉を信じているようで、おとなしくボクの言葉にしたがっていたのだ。


その日ボクが佳菜を訪ねたのは10日振りくらいのことだった。
久しぶりに会ったことで、そのままセックスになだれ込んだ。
すでにボクの元の身体は完全に女だった。
乳房は柔らかく弾力があった。
ウエストは見事に括れていた。
ヒップはやや小さめだったが、その他の機能は完璧だった。
感じれば濡れるし、挿入すれば締め付けた。
とても元の自分の身体とは思えないほどだ。
ボクは二度佳菜の中に射精した。
佳菜は身体を反らせて絶頂を迎えたようだった。

セックスが終わると、佳菜は寝息を立てて、眠りについた。
佳菜の睡眠をさらに完全な睡眠にするため、ボクは強力な睡眠薬を注射した。
これで24時間は目を覚まさないだろう。


ボクは急いで、俊之のいる家に戻った。
「お帰りなさい。ちょっとごめんね、今俊哉のおむつを替えてるから」
相変わらずだ。
もっとボクのことを見てほしいのに…。
しかし、これで迷いはなくなった。

ボクは念をこめた。

目の前の俊之が崩れ落ちた。
そして数分後「うう〜ん」と声を出し、起き出した。
「佳菜か?」
ボクは探るように聞いた。
「ぇ、ぅん……」
未だに意識がはっきりしないようだ。
明らかにボォーッとしている。
「ここはどこ?」
急に意識がはっきりしたようだ。
「俺の家だよ」
家の中をキョロキョロと見回した。
「どういうこと?」
「ホラ」とボクは佳菜に鏡を手渡した。
佳菜が鏡を見た。
何も言えないようだ。
やがて涙が流れた。
「……嬉しい。元に戻ったのね」
佳菜がボクに抱きついた。
無事に佳菜が自分の身体に戻ったのだ。


俊哉が声を出して笑った。
佳菜は俊哉のほうを見た。
俊哉を見て不思議そうな顔をしていた。
「この子は?」
「ボクと佳菜の子供さ。俊哉って名づけたんだ」
佳菜は少し考え、状況を理解したようだ。
「そう…そうなんだ。わたしたちの子供なんだ…」
「そうだよ」
「わたし、いつの間にかお母さんになってたんだ…」
「お母さん、できそうか」
佳菜は少し考え「うん」と笑顔を返した。
佳菜は慣れない様子で俊哉をあやした。
最初は恐るおそるといった感じだったが、やがて慣れた感じになった。
まるで身体が覚えているようだった。
やがて疲れたのか俊哉に寄り添うように眠った。

確かに佳菜は良い子だ。
こんな状況に彼女を巻き込んだことに少し心が痛んだ。
きっと佳菜なら俊哉を育ててくれる。
「あとは頼んだよ」
佳菜の寝顔に向かってそう言って、ボクは家を出た。
もう二度と戻ってくるつもりはない。
ここには俊之がいないのだから。
そしてレンタカーを借りて、俊之が眠っている部屋に向かった。

俊之が入っていると思うだけで、元・ボクの身体は何倍も魅力的になったようだ。
ボクは丁寧に俊之を抱き上げて、車に乗せた。
まだまだ目を覚ましそうな様子はない。
そして、すぐに車を走らせた。
佳菜が目覚めれば、真っ先に探すであろう部屋から離れたかったのだ。

ボクはあてもなくただただ南のほうへ車を走らせた。
腹が減ると、ドライブスルーで食べ物を調達した。
次の日の夜になって、ようやく俊之が目覚めるような兆候が出てきた。

ボクはラブホテルに入り、俊之が目を覚ますのを待った。
「…う…う〜〜ん……」
俊之がわずかに目を開けた。
「パパ、俊哉は?」
俊之はまだ佳菜の身体にいるつもりのようだ。
「俊哉は寝てるよ」
そう嘘をついてボクは俊之を抱いた。
俊之はまだ完全に薬が抜けてないようで、身体がうまく動かせないようだった。
ボクはキスをしながら、俊之の服を脱がせた。
俊之は抵抗しなかった。
ボクは俊之(元・ボクの身体)の隅から隅まで舌を這わせた。
こんなに執拗に舐めたことはなかったが、この日はその行動を抑えることはできなかった。
作り物の女性器からは溢れるほどの汁が出た。

俊之の中に挿入した。
「ああ……、いいわ……」
俊之の口から声が漏れた。
ボクは腰を叩き付けるように打ちつけた。
俊之は軽くイッたようだ。

「今度は佳菜が上になってくれないか?」
今までそんな要求をしたことがなかったが、俊之は別に何も言い返さず体勢を入れ替えようとした。
しかし、まだ身体が思うように動かせないらしい。
ボクは俊之の中に挿入したまま、半ば無理やり体勢を入れ替えた。
ボクは下から突き上げるように腰を動かした。
俊之は手をボクの腰に置き、目を閉じて、快感を享受しているようだ。

ボクは念を込めた。

「あ……」
下から突き上げられる快感で思わず声が出てしまった。
俊之は状況が分かっていないのか、無意識に腰を振っていた。
俊之に突かれている…。
それだけでボクはたまらなく嬉しかった。
やはり俊之は俊之でないと魅力が薄れるのだ。
俊之の射精が近い。
ボクはそれを感じていた。
ボクは腰を激しく上下させた。
そしてついに俊之が中で弾けた。
これでもう思い残すことはない。

「どうなってるの?あなたは誰?」
俊之は目の前にいるボクのことが分からないようだった。
「ボクが誰か分からない?」
せめて紗季と気づいてほしかった。
でも俊之の記憶には何も残っていないようだ。
「ええ……。そんなことより俊哉はどこ?すぐに戻らなきゃ」
「あなたは元の身体に戻ったんだから、新たに人生をやり直せるのよ。ボクとやり直さない?」
ボクの言葉に俊之は自分の身体を見た。
そして自分の身体に戻ったことに気づいたようだ。
「え、うそ……。もう俊哉のママじゃないの?…そんな……あの子には私が必要なの。私がママじゃなきゃいけないの」
俊之はすっかり母性に支配されているかのようだった。
「あなたはもう男なのよ。もうママじゃないの」
「そんなの嫌よ。佳菜に戻して。俊哉のママでいさせて」
俊之が泣き始めた。

「もうあなたは俊之じゃなくて、俊哉くんのママなのね」
「そうよ。分かってるのなら、すぐに戻してよ」
俊之が叫んだ。
「分かったわ……」
こうなることは分かっていたような気がする。
ボクは溜め息をついた。

ボクは隠し持っていた包丁を取り出した。
そして気づかれないように背後から近づき、俊之の首筋に包丁をあてた。
「さよなら…」
ボクは一気に包丁をひいた。
血が噴水のように飛び出した。

「どうして………」
俊之は絶命の寸前にそれだけの言葉を発した。

「すぐにいくから」
ボクは心臓に包丁をあて、一気に押し込んだ。
ボクは俊之に重なるように倒れ込んだ。
こんな形でしか一緒になれなかったけど、ボクは後悔していない。

だって、ボクが誰よりも、俊之のことを愛してるのだから…。


《完》

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