相性



「おい、亮平」
松井亮平が歩いていると、背後から声をかけられた。
「何?」
振り返ると、ひとりの男が立っていた。
見たことのない顔だった。
こんなイケ面の知り合いはいない。
「誰…ですか?」
亮平は警戒しながら、目の前の男に尋ねた。
「俺が誰か分からないのか?」
男の口調は亮平のことを責めているようだった。
どこかで会ったんだっけ?
亮平は思い出そうと記憶を手繰った。
しかしやはり思い出せない。
そのとき目の前の男が笑い出した。
腹を抱えて笑っている。
亮平は反射的に馬鹿にされたと思った。
腹が立ってきた。
「何だよ、あんた。僕をからかってるのか!」
「悪い、俺だよ、優作だ」
しかし、亮平が知っている優作はこんな恰好よくない。
顔はもちろん全然違うし、身長だって10センチ以上低いはずだし、体重だってもっと…。
典型的なオタクっぽいのが、亮平の知る佐野優作という男だ。
チビで痩せぎすな亮平と体格こそ違ったが、二人とも性格はオタクだった。
そのせいか高校時代から馬が合った。
趣味趣向も同じだった。
最高の相性だったと言える。
学力も同じ程度だったせいで、同じ大学に進むことになった。
当然のごとく大学でもつき合いは続いている。
こんな恰好よかったりしたら、ここまで仲良くならない。
親友になんかなり得なかったと断言できる。
「あんたが優作なわけない」
「そりゃ今の見た目は違うけど、俺は俺なんだよ」
言っている意味が分からない。
もしかしたらイタい奴なのか?
何か怪しい薬でもやってるのかもしれない。
面倒なことに巻き込まれないうちに、逃げた方がいいんじゃないか。
そう考えていると、男が手招きした。
「俺の部屋に行こう」
そう言って歩き出した。
亮平は一瞬躊躇したが、おとなしくついて行くことにした。
怪しいものを感じながらも、男が話している真意が知りたいのが勝ったのだ。

男は確かに優作の部屋に向かっている。
「マジで優作なのか?」
亮平は聞いた。
「だからそうだと言ってるだろ。まあ待て。部屋に戻ったら見せてやるよ」
見せてやる?
何を見せるというんだ?
そんなことを考えていると、優作の部屋の前に着いていた。
男は鍵を取り出し、当然のように鍵を開け、部屋に入った。
亮平も男に続いた。
「それじゃ見せてやるよ。驚くなよ」
男は首の後ろに両手を当てたかと思うと、手を一気に左右に広げた。
そしてそのストッキングのようなものを剥ぐと、そこには佐野優作の顔があった。
「これで分かったか」
「…」
亮平は目の前の光景をどう理解すべきなのかが分からなかった。
目で見ているものを、そのまま信じられない気持ちだった。
「確かに優作みたいだけど、体型が全然違うじゃないか。どうやればそんなふうになるんだ?」
「それがこの皮のすごいところで、この皮で全身を被えば、その皮の人物の姿になり切れるんだ」
「皮?皮って何だ?」
「変身できる素材…みたいなもんかな」
「変身?変身ってかなり怪しくないか?それってどういう仕組みになってるんだよ」
「知るか、そんなこと。とにかく百聞は一見にしかずだろ。ちょっと待ってろ、全部脱いでやるから」
優作は皮と呼んでいるものから腕を抜き、身体を抜き、脚を抜いた。
すると全裸の優作の姿が現れた。
身長は縮み、横幅が増えた。
その姿はまさに見慣れた優作だった。
優作の足元には全身ストッキングのようなものが落ちていた。
亮平はそのストッキングのようなものを手に取った。
肌触りはパンストと変わりなかった。
「このストッキングみたいなものを着ると、誰でもさっきみたいなイケメンになれるのか?」
「そうだ、すごいだろ」
「ああ、すごい。僕が使っても同じようになるのか?」
「もちろんだ。興味があるんだったら1枚貸してやるよ」
「マジで?」
「マジで」
そして亮平は皮をひとつ受け取った。
「本当にこれを着ると僕でも恰好よくなるんだろうな」
「騙されたと思って着てみろよ」

亮平はその場で裸になって、その皮に手足を通した。
そして頭部をつけると、一瞬視界がぼやけた。
しかし少し経つと、視界がはっきりしてきた。
視界がはっきりすると、すぐに違和感を感じた。
やがてその違和感は、いつもより少し高い位置に視点であるせいだということに気づいた。
元々の亮平の身長は158センチしかなかった。
今は明らかに身長が伸びているのだ。
「どんなふうになったんだ?」
「見せてやるよ」
亮平は全身が映る鏡の前に立たされた。
鏡に映った姿は亮平の知る亮平ではなかった。
見たこともない男だった。
身長は20センチ以上伸びたようだ。
顔は色黒で精悍な顔になっていた。
身体はスポーツをやっているような感じで、ガッチリした体格だ。
亮平と対極の身体と言える。
「何か僕じゃないみたいだ」
「そりゃそうだ。そのための皮なんだから」
「でもこの鏡に映っているのって確かに僕なんだよな」
そう言って亮平は自分の頬をつねった。
「マジで痛いし」
「その姿だったら女にもてるぞ」
「そうかな?」
「ちょっとその辺を散歩してこいよ。ナンパしたら成功間違いなしだぜ」
「そんなこと言っても、この身体に合う服なんて持ってないし」
「そんなものくらい貸してやるよ」
亮平は、優作に出された服を着て、外に出た。
何となく人生が変わるような期待があった。
亮平の足取りは自然と軽くなった。


駅前の大通りに来た。
ここなら行き交う人の数も多い。
当然若い女性も多くいる。
女性の中には亮平の方に視線を移す者もいる。
そんな女性になら声をかけても成功するかもしれないと考えた。
しかし少し恰好よくなったと言っても、中身は亮平のままだ。
女性に声をかける勇気なんかカケラもなかった。
予想通りいくら時間が経っても、誰にも声をかけることはできなかった。
もちろん女の子から声をかけてもらうこともなく、ただただ女の子を眺めているだけだった。

「あのぉ、お時間ありますか?」
亮平は声のする方を見た。
すぐそばに女の子が立っていた。
155センチくらいの可愛い女の子だった。
亮平の好みのストライクゾーンだった。
「えっ、僕ですか?」
「はい、そうです。わたしとデートしていただけませんか?」
逆ナンだ。
こんなに可愛い子から声をかけられるなんて。
信じられなかった。
「僕でいいんですか?」
「はい、もちろん♪」

女の子は『ゆうこ』と名乗った。
亮平が歩き出すと、ゆうこはすぐに亮平の腕に腕をからめてきた。
身体を寄せられると、亮平の肘がゆうこの胸の辺りに当たった。
肘から伝わってくるゆうこの乳房のせいで亮平は平静を保つことができなかった。
そもそも生まれて初めてのデートだ。
亮平は何をどうしていいのか分からなかった。
そのせいでゆうこに連れられるままいろんなところに行った。
そしてそこで発生する全ての費用を亮平が払う羽目になってしまった。
手持ちのお金がなくなるとクレジットカードで支払った。
次の日からの生活費がなくなるほどの散財だ。
しかし今の亮平にはそんなことを冷静に考えることはできる状態ではなかった。

「それじゃ最後にわたしの家に行こっ♪」
ついに童貞から卒業できる。
しかもこんな可愛い子と。
亮平は完全に夢見心地だった。

しかし彼女が向かう方向に気がついたとき、亮平の心の中はパニックになっていた。
ま…まさか…。
嫌な予感は当たった。
そこは優作の部屋だった。
そして鍵を開け、扉を開けた。
「どうぞ、入って」
「君って優作の妹だったの?」
「違うわよ」
「でも…」
「とにかく早く入って。人の目もあるし」
亮平は言われるまま部屋に入った。

「まだ分かんないのかよ。俺だよ、俺」
急に口調が変わった。
「ふぇっ?」
亮平の口からは間の抜けた声にもならない声が漏れた。

女の子はうなじに両手を当てて頭部のカワを剥いだ。
すると優作の顔が現れた。
「ほら、これでどうだ」
「う…嘘だろ…」
「皮を使えば女の子にもなれるんだよ」
亮平は言葉を失った。
今の優作の姿は顔だけ優作で首から下がゆうこのままだ。
その姿は決して気持ちのいいものではなかった。
「それよりその中途半端な状態を何とかしろよ」
「ああ、確かにそうだよな」
そう言って、再度頭部の皮を被った。
「これでいい?」
再びさっきまでの可愛い女の子が現れた。

しかし中身が優作だと分かってしまうと、さっきまでの気持ちが湧いてこない。
童貞から卒業できると考えた自分が馬鹿みたいだ。

「俺、帰るよ」
「何?どうしたの?あたしの正体を知ったから」
「そうだよ」
「それじゃちょっと待ってて」
女の子の姿をした優作が何かを紙袋に詰めた。
「ねえ、亮平くんにこれ貸してあげる」
「何だよ、これ」
亮平は優作の差し出した紙袋を受け取った。
「あたしみたいに女の子になれる皮よ」
「いらないよ、こんなの」
「興味がないなら使わないでいいけど、もし興味が出たら使ってみて」
「興味なんかないって」
「とりあえず騙されたと思って」
「仕方ないな。それじゃとりあえず借りてやるよ」
亮平は紙袋を持って自宅に戻った。

家に着くと、もらった紙袋を部屋の隅に放り投げた。
そして全裸になり着ていた皮を脱ぎ去った。
痩せぎすな見慣れた姿が現れた。
格好良くはないが、この姿のほうがずっと落ち着く。
そして服を着て、横になった。
あーあ、ゆうこが本当に女の子だったらなあ。
もしそうだったら、今頃は童貞から卒業できていたはずだった。
でも自分の姿は自分自身ではないのだ。
皮を着ての経験なんて、本当に自分の経験と言えるんだろうか。
皮なんてものは虚しいものに過ぎない。
あんなものに頼っちゃロクなことがないような気がする。
そんなことを考えているうちに、眠りに落ちていった。

空腹で目が覚めた。
「腹減ったな。何か食い物、あったっけ?」
カップ麺がひとつだけ残っていた。
亮平はお湯を沸かし、それでカップ麺を食べた。
腹が満たされると、部屋に置いた女の皮が気になってきた。
「せっかく優作が貸してくれたんだし、話のネタに着てみてやるか」
寝る前に考えていたことなんてどこかに消えていた。
亮平は全裸になって、少し興奮しながら皮を手に取った。
「着方は男バージョンと同じでいいんだよな」
大きく開いた背中の部分から脚を入れた。
そうして腕のところに自分の腕を入れ、全身を皮で被った。
そして最後に頭部の皮を被った。
ボヤけた視界が少しずつ見えるようになってきた。

「へえ、おっぱいがあるってこんな感じなんだ」
おそらくかなり大きいんだろう。
亮平にはAカップとBカップにどれくらいの差があるかなんて知識はなかった。
それでも今の自分がかなりの巨乳であることは間違いなさそうだ。
手のひらに乗せても重さを感じるほどだった。
重いけれども軟らかかった。

「どんな顔になったのかな」
亮平の部屋には全身が映る鏡なんてない。
小さな手鏡があるだけだった。
その鏡に今の顔を映してみた。
すごく美人だった。
少し北川景子に似た感じだ。
亮平とすればさっきのゆうこの顔の方がずっと好みだった。
それでも今の顔も悪くない。

「これが今の僕の顔か…。えっ!」
このときに初めて自分の声が女の声になっていることに気がついた。
「すごい。声まで変わるんだ」
そう言えば優作がゆうこになっていたときは完全に女の子の声だったことを思い出した。

「あそこはどうなってるんだろう」
亮平は恐るおそる股間部に手を当てた。
予想通りそこにペニスはなくなっていた。
代わりについているものは…。
自分の目で確かめたくなった。
亮平は座り込んで、脚の間の手鏡の角度を調整して、あの部分が見えるようにした。
「すごい、マンコになってる」
まさにネットで見る女性のモノだった。
ペニスは跡形もなく、なくなってしまっていた。
「どういう仕組みになってるんだ?」
不思議でたまらなかったが、それ以上に鏡に映る女の子のモノが気になった。
「これがクリトリスだよな」
そう言って指で触れてみた。
「痛っ」
急に触ったせいか痛みしか感じなかった。
亮平は指を唾で濡らし、今度はゆっくりと触れた。
「ぁ…」
弱い電気が走ったような快感が全身に走った。
優しく触れていると、一番感じる触り方が掴めてきた。
亮平は無意識のうちに息遣いが荒くあり、その行為を止められなくなった。
そして自然と喘ぎ声を漏らしていた。

「どうだ?女の身体ってすごいだろ?」
驚いて声のするほうを見た。
優作が立っていた。
いつの間に入ってきてたんだろう?
夢中になっていて気づかなかった。

「女になってオナニーするんだったら、鍵くらいしとかないとマズいだろう」
そもそも男の一人暮らしだ。
部屋には盗られるものなんて何もない。
だから日常的に部屋にいるときは鍵なんて掛けてなかった。
その習慣が仇となった。

優作のズボンの前が大きく膨らんでいる。
しかも目が変だ。
亮平は身の危険を感じた。
「おい、落ち着け。俺は亮平だ。分かってるよな」
自分は中身が男だと分かると性欲がなくなった。
しかし優作はそんなことはないようだ。
中身が亮平だと知った上で勃起してやがる。

亮平は優作に背を向け逃げようとした。
しかし、すぐに背後から圧し掛かられ、乳房を掴まれた。
「痛い!」
しかし優作は掴んだ乳房を離さなかった。
強く揉んできた。
「痛い!やめろって」
優作は手を離し、強引に向かい合うような体勢にさせられた。
そして乳房全体に舌を這わせた。
男に舐められるなんて気持ち悪いはずだった。
しかしそうでもなかった。
しかも乳首に当たると、無意識に声が漏れてしまうのだ。
「やめろって………ぁんっ…気持ち悪いんだって………んっ…」
亮平は優作の行為に身を任せていた。

やがて、優作の手が股間に伸びてきた。
「そこはダメだって!」
さらなる危険を感じて身体を捩って逃げようともがいた。
しかし、身体が女になっているせいで、力も女のレベルになっているようだ。
優作の手が乱暴にオマンコに触れた。
そして優作の指が身体に入ってきた。
(えっ?嘘だろ?)
その瞬間亮平の抵抗が止まった。
見た目が変わるのは不思議だがまあいい。
ありもしない膣ができるなんて、そんなことはありえない。
しかし亮平の身体の中に優作の指が入ってきているのは確実だ。
どういうことだ。
亮平が戸惑っている間に、優作は指を出したり入れたりしていた。

「これだけ濡れてくれば、そろそろいいかな」
優作はいつの間にかズボンを脱いで、下半身を露出していた。
股間にいきり立ったペニスを当てられたのを感じた。
「やめろ。いくら何でもそれは無理だ」
亮平の言葉を無視して優作は腰を突き出した。
亮平は身体に入ってくる違和感を感じた。
入れられた!
しかも優作のペニスを、だ。
自分の身体のどの部分に入れられているのか理解できないが、間違いなく入ってきている。
そのとき何かのスイッチが入ったような気がした。
違和感とはちがった感覚が身体に湧き上がってきた。

少しずつ奥まで侵入してくる。
やがて優作のペニスが完全におさまった。
初めては痛いと聞いていた。
しかし痛みはなかった。
でも快感もなかった。
あったのは妙な乾きだった。
もっと満たして欲しい。
そんな欲求が身体の内から湧き上がってきた。

「ねえ、動いて…」
どういうわけかそんな言葉が出てきた。
ほとんど無意識だった。
でもそれは素直な欲求だった。
「あ…ああ……」
そう言って優作が腰を動かし始めた。
ゆっくりと快感が全身に広がった。
「ああ……いい………もっと…もっと…深く突いて……」
亮平の口からそんな言葉が出た。
どういうわけか話し方が女のようになっていた。
どうなってるんだ?
心の片隅の冷静な部分でそう思った。
しかし口から出てくるのは全然違った。
「ああ…ダメ……変になりそう………」
亮平のそんな言葉に応えるように優作はさらに腰の動きを速めた。
亮平もそれに応えるべく自ら激しく腰を振った。
「亮平、そんなに激しくされたら出てしまう…」
「来て…来て……私の中に出してぇ………」
亮平が優作のペニスを強く締め付けた。
挿入してまだ1分ほどしか経っていない。
しかし優作にとっては初めてのセックスだった。
射精を我慢することなんてできるはずがなかった。
耐え切れず亮平の中に射精した。
その瞬間、亮平は背筋を仰け反らして身体を痙攣させた。
短時間の抽送で亮平は女性の絶頂に達したようだ。
「すごく…よかったわ……」
亮平は身体中に充満している快感の余韻を味わっていた。
快感は長い時間、身体の中に漂っていた。


「お前を見てると、女の快感も悪くないような気がしてきた。お前ってまだ童貞だろ?今度は俺が女になって、お前の筆下ろししてやるよ」
「ううん、いいの」
亮平は首を横に振った。
そして萎んだ優作のモノに触れて言った。
「そんなことよりこのままでもう一回しよっ♪今の姿の方が今まで以上に相性がいいみたいだから」


《完》

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